Infinite Universe 【成層圏を超えろ】   作:MUGEN Χ

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2人のコーチ

 視線交わり、競争者同士がコンタクトをしている最中、それをまるで嘲笑うかのように『世界最強(ブリュンヒルデ)』は姿を現す。

 コツコツ、と確かな足踏みをしてやってきたのは――

 

「遅くなった」

 

 職員室そばの教材室からやってきたのは、他でもない千冬姉だった。召集命令を下した張本人である。

 先ほどから千冬姉の他の教員が忙しそうに走り回っているので、千冬姉もそれなりに忙しいのだろう。証拠として右手には分厚い資料を抱えている。

 

「織斑、千冬、さん……」

 

 そのかすかに聞こえるつぶやきの主は郁乃さん。やっぱりIS学園に入学した人にとってはとてつもなく大きい存在なのだろう。郁乃さんの千冬姉に対する視線は一種の尊敬の念が込められている。

 それはエイさんや箒も一緒。箒は昔からの知り合いだが、千冬姉は剣技に関しても最強と名高い。その面に対してもあこがれを抱いている。

 エイさんも、純粋に一人のIS操縦者としての憧れを抱いていた。

 

「自己紹介は必要ないだろう。さて、早速本題に入りたいのだが……」

 

 時間は限られているのか、話は早く終わらせたいようである。千冬姉のその問いに、俺達は沈黙の肯定をする。

 

「このメンバーからある程度察しは付くだろうが、例の決定戦についての話だ。まずは織斑」

「は、はい!」

 

 俺に対する厳しい視線と、織斑の呼称。この場では姉と弟の関係ではなく、教師と生徒の関係である。

 それを抜きにしても、家でも千冬姉は厳しいのだが。この学園に入学したからには一層と厳しい指導が入りそうである。

 千冬姉からの俺への鋭い視線が、自然と俺の体を強張らせる。

 

「まず、話していたお前の専用機だが、一週間後に届くそうだ。そして、政府はもちろん、各方面から早急にデータを要求する声が上がっている。これの意味がわかるか」

「えと……早い段階から実戦を行いたい、ということですか?」

「その通りだ。専用機が届いた直後にでも実戦データを取りたい、というのが学園の方針だ。そこで浮上するのが、例の話だ」

「れ、例のって――」

 

 俺に関する話題で『例の話』、そしてこの状況となると、心当たりは一つ。無茶ぶりも甚だしい、決定戦の優勝賞品。

 それってつまり――

 

「決定戦の賞品。公認で実行することにした」

「……本当ですか?」

「学園から期待度が高い生徒と、お前との実戦データ。要求されている状況から考えるに、それは合理的な提案だとなってな。私もまだ早計だとは思ったのだが、仕方ない」

「さいですか……」

 

 一気にプレッシャーがのしかかってきた。つまり俺は、いきなり本番で代表候補生か、それに匹敵する実力の生徒を相手にするということ。

 素人にどれだけ高い要求をするのだ、この学園は。いや、いずれ実戦段階になることは専用機の話が出てきた時点で明らかだったが、それでも心の準備というものが必要であって。

 そんな心もとない反論も、千冬姉からの威圧によって萎縮、消滅を確認。大多数がそれを望んでいる今、民主制が主流の国際情勢では俺の意見は俺だけのマイノリティな我儘にしか過ぎない。

 

「そして小牧。お前にも話がある」

「あたしに、でしょうか?」

 

 呼ばれた以上、用事があるのは必然。指名を受けた郁乃さんは、やっぱりどこか緊張が抜けない様子だ。肩も少しばかり力んでいる印象も受ける。

 

「実はお前にな、とある企業から『試作武器の試験パイロット』の指名が来ていてな」

「……あたしに? 代表候補生ではなく、ですか?」

「ああ。話の相手は『来栖川重工』。試験成績が候補生を除いた生徒で一番、かつ射撃適性が高い小牧に是非、という話だ」

 

 やはり選出されるほどの名目はあるわけだ。候補生を除いた、ということは、実質的には主席入学というわけか。

 IS学園の試験にはISの実技も含まれる。おそらくその実技において候補生との差がついたのだとすると、筆記試験はもちろん一番か。

 あの内容で一番をとれるのか……俺も入学する以上試験を受けざる終えなかったのだが、ISの専門知識に関してはさっぱりだった。

 何より、数学等の普通科目でも悲鳴が上がるほど難解だった記憶がある。俺に教えてくれた家庭教師がとても有能だったので何とかなったけど。

 そして俺は名前が出てきた企業に少し驚きを覚えていた。

 『来栖川重工』――日本国内で大きな力を持つ『来栖川グループ』、その中でもここと『来栖川エレクトロニクス』は最大規模を誇る。

 なにせ、今世界中で大流行の兆しを見せる『メイドロボ』の単独シェアだからだ。

 メイドロボとは、その文字通りメイドとして働いてくれる便利ロボだ。何回か街中でメイドロボを見かけたことがあるが、見た目はまったく人間と差異がない。

 それを開発及び生産している来栖川がISの試作武器を提供……これはつまり、来栖川がIS産業に参加することを意味する。

 巷の噂ではそういった動きがあるという憶測が流れていたが、どうやらそれは憶測ではなくなるらしい。

 

「その話もあって、選出者メンバーにお前を入れさせてもらった。周囲からの期待も高い。お前も心して取りかかることを強いられている」

「そう、ですね」

「そこで、だ。織斑、小牧。お前たちには決定戦が始まるまでの間、専属でコーチを就けることにした」

「なるほど、そういうことですか」

 

 コーチ、という単語に納得したような反応を示したのはエイさん。その反応に千冬姉は『その通り』といった様子で視線を向ける。

 

「そこで、2人の教導コーチを、篠ノ之とエイプに任せたい」

「私が教導、ですか?」

「素人への教導ぐらい簡単だろう? 代表候補生」

 

 コーチという立場に疑問を持った箒に、千冬姉は問答無用という意思を視線に込める。アイコンタクトだけで会話できるとはなんとも素敵なことだ。

 千冬姉のはアイコンタクトではなく、一方的な脅迫的な何かだが。

 その意思を汲み取った箒、しかし箒は俺ほど柔な精神の持ち主ではなかった。

 

「しかし、私の戦い方は近接特化。教導向きではないと思われますが……」

「それに関しては心配ない。織斑の専用機は、詳細は明かせんが近接特化のISとなる予定だ」

「……なるほど、では問題ないですね」

 

 なんでだろうか。その事実を聞いた箒の顔が一瞬嬉々に染まったように見えたが。

 とにかく、箒は教導の話には納得した様子である。つまり、話の流れからして箒は俺のコーチに。郁乃さんはエイさんがコーチに。ということだろう。

 俺としては拒否権がない以上、この話を受けざる終えない。

 となると、親しい知り合いである箒に教えてもらうのは非常に好都合と言っても過言ではないだろう。

 むしろ、このタイミングでいち早く実力を伸ばせる、ということを考えれば、なかなかいい話かもしれない。

 それでもプレッシャーがかかるのは変わらないが。

 

「エイプと小牧はそれでいいか?」

「自分は構いません」

「喜んでお受けします。候補生の教導が受けれるまたとないチャンスなので」

「ふむ。ではそうしよう」

 

 俺に話を振らなかったのは、やはり俺には拒否権はないのですね。実の弟に対してまったく容赦がない。

 

「訓練機の許可申請は私の権限で通した。明日から小牧と織斑はその訓練機を使用した実技特訓を始めてもらう。一週間後には織斑の専用機と小牧の試作武器が届くから、そこから決定戦が始まる1週間後まではそれを使った訓練にシフトしてもらう。期間は2週間。本来なら私も訓練に付き合うべきなのだが、身分上仕方ない、か」

 

 千冬姉は教師、個人の生徒に対して裂く時間がないのは当然。しかもIS学園の教導主任もしているらしい。教員の中でも随一の忙しさを誇る。

 

「場所は第3アリーナ。放課後の時間を活用してもらう。以上。篠ノ之とエイプはもう少し時間をくれ。後……織斑」

「はい?」

「これを受け取れ」

 

 そう言い千冬姉はポケットの中から何か小物を取り出し、俺の手に渡す。それはよくホテルとかで渡される番号札付きの鍵だった。

 部屋番号は1025号室。札に1025の数字が刻み込まれている。

 

「お前の部屋は1025号室だ。お前が持ってきた荷物もそこにある」

「あ、はい。わかり――」

「えぇっ!?」

 

 俺の言葉を遮るように、悲鳴に近い声をあげたのは箒。その顔はただただ驚嘆に染まっている。

 眉は引きつり、箒らしからぬ動揺の仕方だ。なにか問題でもあったのだろうか。

 

「い、1025号室、ですか?」

「ああ。篠ノ之と同室だ」

「……えぇー!? ちょ、千冬姉――」

 

 パシーン! と一撃。その音は俺の頭に分厚い資料による打撃制裁が加えられた音であった。

 中身は一体なんなのだろうか。豪快な音と比例し、威力も中々である。頭蓋骨に響く痛さだ。

 

「織斑先生、だ」

「す、すんません。って、ちょっと待ってください!」

「さ、さすがに、男女同室というのは問題なのでは?」

 

 箒と俺は一丸になって反論を繰り出す。お互い必死だ。さすがに男女同室になってしまったら心休ませることも不可能。

 お互いに気を遣いすぎて精神擦り切れのチキンレースの開幕である。

 

「仕方ないだろう。なにせ織斑の入学は予定外だったのだ。織斑の分の部屋の確保が出来なかった以上、準備が出来るまでそうするしかない」

「ど、どうしてもですか?」

「どうしてもだ」

 

 千冬姉お得意の屈服させる鋭い視線。その眼は反論を許さず、時には獲物を狩る。

 しかし千冬姉も少し困っている様子だ。やはり男女同室にするのは不安が残るのだろう。つまり俺ってそこまで信用されていない、ということなのだろうけど。

 

「……なら仕方ない」

「えっ!? ほ、箒はそれでいいのか?」

「考えてみれば、お前を他の女と同室にさせるのは不安が残る。私であればまだ安心だろう」

「そ、そういうものなのか?」

「そういうものだ」

 

 ついに幼馴染からも信用されなくなったようです。俺はそこまで節操なしに見えるのだろうか。心外である。

 俺だって最低限、健全な男子としてのマナーと自重する気持ちはある。確かに年頃の男子だと言われればそこまでだが。

 確かに、考えてみれば、まだ知り合いですらない女子と一緒になるよりは、幼馴染でお互いのことをよく知っている箒と同室になるのは不幸中の幸い。

 しかし俺が言いたいのは相手の問題ではなく、環境の問題なのだが。

 

「篠ノ之、織斑をよろしく頼む」

「御意」

 

 2人の間で見えない信頼関係が築かれているし。もう俺の意見は虚無の中へと消え去った。

 何か下手な真似をすれば、千冬姉からは制裁が加わるだろう。箒からは昔のように問答無用の竹刀の一閃が飛んでくるかもしれない。俺の安息の地は何処へ。

 

「ミスター織斑。確かこういうのは、何かしらの物事の始まり『ふらぐ』というらしいです。友人が言っておりました」

 

 そのエイさんの友人はどんな趣味かを是非聞いてみたいところです。後、どんな種類のフラグなんでしょう。弾がよく連呼していた『死亡フラグ』というものなのでしょうか。

 

「分かりやすい男性の威厳の衰退を見たような気がするわ」

 

 これは女尊男卑の風潮以前の問題なような気がします。

 郁乃さんの辛辣かつストレートな一言によって、この場での話題は終息を迎えた。

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