(リメイク版)ラスボス転生 逆境から始まる乙女ゲームの最強兄妹になったので家族の為に運命を変えたい 作:ケツアゴ
暖かな春先の日差しが窓より差し込む早朝、大きな屋敷の一室で一人の少年が静かに寝息を立てていた。
天蓋付きのベッドは数人が並んで横になれる大きさであり、室内の家具はどれも職人が丹精込めて作ったであろう豪奢な物ばかり。
錦糸を思わせる艶やかな金髪を切り揃えた彼の指先には僅かにインクが付着しており、服装も寝巻きではなさそうだ。
その理由は部屋の隅の机、何やら政務書類らしき物が並べられており、夜遅くまで事務仕事をしていたのだろう。
それは屋敷の者達も把握しているのか部屋の前を歩くメイド達も普段なら声を掛ける時間にも関わらず起こしに来る様子も無い。
普段よりも歩く音を抑え、それでも仕事に支障が出ない様に遅くなる事なく動く姿は洗練され、この屋敷の使用人達への教育が行き届いているのであろう。
そんな部屋に僅かに響いたのは鍵が閉められていた筈の窓が開く音。そよ風と共に花の甘い香りが少年の鼻を僅かに擽るも起きる様子は見られない。
「……相変わらず腑抜けた顔だ」
不意に聞こえたのは少女の声、先程まで少年しか居なかった部屋の中でその声の主は少年の寝顔を見下ろしていた。
まるで花の香りに乗って入って来たかの様な彼女は人ではない。
翡翠を思わせる濃い緑の髪を伸ばし、薄緑色のドレス以外に装飾品は少し子供っぽいペンダント以外は身に付けていないが、その気の強さと気高さを印象付けさせる美貌はそれらを不要と無言で告げている。
陽の光を反射して七色に光る羽を持つその体は小鳥と同程度の大きさだ。
「おい、起きぬか。余がわざわざ足を運んでやったのだぞ。起きぬとは不敬であると知れ、ロノス」
妖精、そう呼ばれる種族なのであろう彼女は苛立った様子で少年の周囲を音も無く飛び回るが、その声も起こす気が無いのが側から一目瞭然な程に小さかった。
自分は起こそうとした、そんな風に誰かに言い訳するかの様に囁き声で、それでも尊大な態度で声を掛け続けた彼女は少年の枕元に降り立ち、周囲を見回す。
数度顔を左右に振り、ドアの隙間や家具の間に誰かの目がないかを確かめた彼女は少年の頬に顔を寄せ、慌てた様子で体勢を戻すと胸に手を当てて深呼吸をする事数回、数巡の躊躇いの後に何やらブツブツ呟きながら目を瞑って再び彼の頬に顔を……いや、唇をそっと近付けて行った。
「効率だ、此方の方が効率的故に行うのだ。貴様が調子に乗らぬ様に秘密裏にな」
少年は眠っていて意識が無いというのに未だ言い訳を続ける妖精の唇が頬に触れた瞬間、触れた場所を中心に淡い光が発生して少年の体を包み込んだ。
「ふ、ふん。これで妾の時間を無駄に使わずに済むという物だ。大体貴様は……」
「キュイ?」
「何をしているかだと? 盟約に従い祝福…を……?」
耳に届いた鳴き声に返答をしながら顔を向ければ毛布とベッドの隙間から見えるつぶらな瞳と視線が重なり、妖精の動きは固まる。
「キュア……」
「待て待て待て待てぇいっ!?」
その間、数秒。その間に瞳の持ち主は眠そうに鳴くとモゾモゾと毛布の奥に引っ込んで行こうとし、妖精も慌ててその後を追った。
「キュイ?」
「誰が此奴と一緒に寝るものか! そういうのはちょっと恥ずか……じゃなく、妾が何をしていたかを絶対に秘密にするのだぞ!」
「キューイ?」
「理由など聞くな! 絶対に言うでないぞ!!」
先程まで少年を起こすまいとしていたのは何処へやら、鳴き声の主に詰め寄った妖精は分かっているのか分かっていないのか分からない相手に詰め寄りながら叫ぶと慌てた様子で窓から飛び出して中庭の木々の間に消えて行く。
妖精が飛び出した後には窓もカーテンも開いたままであり、差した日が顔に当たると少年は五月蝿かったのもあるのだろう。
毛布を頭から被ってモゾモゾ動いていたが、やがて眠そうにしながらも上半身を起こした。
「うぅーん? 何か騒がしかった気が……。ポチ、何か知らない?」
「キュイ」
少年のベッドの中、先程の鳴き声の主は小型犬の子犬程の体を毛布の中で丸め、眠そうに鳴くと直ぐに寝息を立て始めた。
「そっか。秘密だから話せないんだね。うんうん、大体理解した。秘密ってさ、秘密があること自体を黙って……ポチにはちょっと早いかな」
毛布の中に指先を突っ込んで鳴き声の主を撫でれば甘噛みの感触が伝わって来る。
未だ眠いのか完全に起き上がる様子も無く暫く毛布の中を撫でていた彼だが、突然慌ただしい足音が近付いて来た。
使用人達が慌てて諌める声が混じるもお構い無しに駆け足の音は少年の部屋に近付き、急ブレーキを掛けて床を擦る音が響くと同時に廊下側から扉が叩かれた。
ノックにしては大き過ぎる音、それも回数だって一回だ。
「お兄様、ちょっと組み手の相手してよ!」
ノックではなくて蹴り開けたのが分かる体勢で現れたには少年と顔立ちが似ている少女。
髪は同じ金髪でショートボブ、少年との違いは彼が少し落ち着いた感じなら少女は今の様子から伝わる通りに活発を通り越して少々お転婆が過ぎる印象だろう。
「お嬢様、お待ち下さい。若様は昨夜遅くまで書類作業を行っておられまして……」
お兄様と呼ぶ事から妹、使用人達の態度からも主人一族なのは伝わって来るが、異質なのは少女が肩に担いだ長物。
「リアスは朝から元気だね。うん、君はそれで良いよ」
「じゃあ、早く行きましょ! 私は先に中庭で素振りでもしてるわね!」
「はいはい、ちょっとだけ待っていてくれるかい?」
柄から刃まで焔の如き赤のハルバート、お嬢様と呼ばれる立場でこれを振り回しているのならお転婆というレベルでないが使用人達がそれ自体を咎める事はなく、あくまでも少年を起こすまいと気を使っているだけだ。
慣れている。恐らく今更なのだろう、この光景は。
「キュイ……」
少年も扉を蹴り開けた妹に驚いた様子も無く親愛に満ちた笑顔を向けるだけ。五月蠅かったのか毛布に包まった状態で不機嫌そうに鳴く声も聞こえたがモゾモゾと動くだけで一連の騒ぎに驚いた様子は見せなかった。
「じゃあ窓も開いてるから使わせてね。こっちの方が早いから!」
少女はそう言うと兄の了承を待たずに窓から飛び出していく。その姿にさえ少年達は特に驚いた様子も見せず、逆に微笑ましいものを見るような視線を少年を向けていた。
「今日もリアスは相変わらずだなあ。あっ、顔を洗いたいから温めのお湯を用意してくれるかい?」
「かしこまりました、若様。しかし昨夜までお仕事をなさっていた様ですが大丈夫でしょうか?」
「睡眠時間ならどうとでもなるさ。僕の魔法を使えばね」
毛布に包まっている相手を起こさない様に立ち上がる時、ほんの僅かだったが、彼の様子からは睡眠不足から来る怠さが見て取れた。
だが、ベッドから完全に降りた時には不調を感じさせる様子はなく、先ほどまで汚れていたはずの指先まで綺麗になっている。
「さてと……庭師には僕から謝っておかないとね」
開いていた窓を閉める為に近付いた時に見えたのは少女の進路上の庭木や庭に設置された飾り等々が少し悲惨な事になっている光景だった。
石像はハルバートが当たって欠け、見事に整えられた枝葉も幾つも折れている。
「ははは……。あの子、悪気は無いけれど周囲が目に入らない時があるからなぁ」
少しだけ苦笑しながらも彼は陽光を浴びてグッと伸びをする。少し離れた場所からは暴風の様な風切り音と共に少女の掛け声が激しく響いていた。
「これは来月もお小遣いは減額かな?」
僕はロノス・クヴァイル。リュボス帝国に属する公爵家の次期当主であり、付け足すと前世の記憶を持っているんだ。
前世の僕が暮らしていたのは此処とは別の世界である地球の日本。今と同じ十歳の時、姉さんと妹と一緒にお母さんの誕生日プレゼントを買いに行く途中、居眠り運転のトラックが突っ込んで来たんだ。
「危ない!」
姉さんが咄嗟に僕と妹を抱き締めて庇ってくれて、凄い衝撃が襲って来たのまでは覚えている。
その記憶が戻ったのは十歳の誕生日。乳母であり戦いの師匠だった人に投げ飛ばされて気絶する寸前だった。
「あ…れ……」
前世と今の記憶と人格は混ざり合い、知らない世界の無関係だった知識や価値観を受け入れる事が出来たのは良かったと思う。
だって何方かの人格に記憶だけ埋め込まれても大変だっただろうからね。
もう会えない家族や友達の事を思い出すと涙が溢れそうになったけれど、今の僕、ロノス・クヴァイルの部分がそんな場合じゃないって必死に訴える。
「そうだ! このままじゃ妹が危ないかも!」
それは前世の記憶に存在するゲームの記憶。全てを知っている訳ではないけれど偶然にしてはロノス・クヴァイルが知る知識と一致し過ぎている内容だ。
乙女ゲーム系RPG『魔女の楽園』
生まれ付き様々な属性を持ち、その魔法を使えるこの世界で悪魔憑きや魔女の象徴と伝わる”闇”を持って生まれて来た主人公が殆どの攻略キャラの初期好感度がマイナスの状況から親睦を深め、やがて世界を救うストーリー。
売り文句は”逆境から始まる恋物語”……だった筈。
お姉ちゃんがリビングのテレビで夢中になって遊んでいたし、聞いてもないのに設定とかキャラへの愛を語ったから男の僕でも内容を知っていた。
その内容とロノスとしての知識が同じだった時、真っ先に思い浮かんだのは妹の事だった。
前の妹じゃなく、ロノスとしての大切な妹であるリアス。
両親が死んでいて、唯一の肉親である祖父との仲は良好とは言えない僕にとって唯一の家族である可愛い妹。
また妹を失うの?
偶然や妄想と切って捨てるにしては危険が大きい。
前の妹も今の妹も僕にとっては大切な家族、それを失う恐怖は例えゲームの知識に過ぎないとしても十歳の僕には大き過ぎた。
だって前世の僕は今の僕や妹の事を知っていた。これで攻略対象や友人ポジションなら別に良い、巻き込まれるだけのモブならどうとでもなる。
でも、違う。闇の反対である“光”を持って生まれた事で聖女の再来と持て囃されて我儘放題に育った悪役のライバルであり、最後には自滅を繰り返した挙句に兄である僕と共に主人公の前に立ち塞がるラスボス。
そう、最後は世界の敵になるまでに落魄れ、僕の腕の中で息絶える惨めな終わりを迎えるのが物語の結末だ。
「駄目だ駄目だ。妹は、リアスだけは僕が絶対に守るんだ」
十歳の無鉄砲さもあったんだろう。ゲームでの僕は妹の我儘を強く咎めず、理不尽に八つ当たりされても宥めるだけだった。
リアスと僕は双子で今の僕達の仲は良いけれど、きっと何かがあってあんな風になるのなら今より仲良くなっていれば止められるかも知れないって、今になって思えば単純な考えだったけれど……。
「ねぇ、リア……あれ?」
だから慌てて一緒に遊ぼうって思って側に行けば此方に背を向けて歌を口ずさんでいたけれど、その歌はアニメのテーマソングだった上に、妹と同じ所で音程が外れていたんだ。
「なぁに? お兄ちゃ……お兄様」
「×××……?」
振り返った妹の顔が前世の妹と重なって、思わず口から出したのは失った方の妹の名前。
「え? なんで前の私の名前を……」
「え? 前の私の名前って……」
気が付いた時、僕はリアスを抱き締めてワンワン泣いて、僕から理由を聞いたリアスも泣いて、後からやって来た乳母姉はオロオロしちゃって大変だった。
お姉ちゃん……前世の僕の影響なのかこの呼び方を今でもしちゃうあの人にはもう会えないけれど、僕は失ったと思っていた大切な妹と今の僕にとって大切な人達を守って行こうと思う。
それは妹も同じで、取り敢えず強くなろうって決めたんだ。この世界には魔獣と呼ばれる怪物が生息しているし、何ならゲームでリアスを唆した隠しボスの闇の女神テュラみたいに明確な人類の敵だって存在するのだから。
うん、だから強くなるのは別に良いんだけれど……。
「お兄様! 軽く組み手をしたら向こうの山脈に住み着いたって聞くワイバーン退治に行くわよ! せっかくハルバートを新調したのだもの、どうせ試すなら強い相手が良いわ!」
「そうだね。ワイバーンは凶暴だし家畜や領民に被害が出る前に倒しておこうか」
でもさ、ゲームと違ってハルバートを軽々振り回して楽しそうに戦う妹の姿を見ていたら思うんだ。
ちょっと何かを間違えちゃったかも? ってさ。
「まあ、可愛いから別に良いや」
展開が思いつく限りは書きたい 書きたいシーンって感想と同じくモチベーションの元だし
感想待ってます 前回は無風が続いて途切れちゃったのでお願い!