(リメイク版)ラスボス転生 逆境から始まる乙女ゲームの最強兄妹になったので家族の為に運命を変えたい 作:ケツアゴ
「今のを避けた。避けられないなら次で良かったから嬉しい」
嬉しい、そんな言葉とは裏腹に彼女の表情筋はピクリとも動かない、帽子のペンギンは凄く嬉しそう。
相手は敵で、どれだけ面倒な相手かはゲームの知識で知ってはいるし、こういう相手だと分かってはいるんだけれど……帽子が気になるな。
「次、か。それはどういう意味かな? 他にターゲットでもいるのかい?」
「残念、不正解。僕ちゃまポイントはあげない」
「要らないけれどね」
彼女の正体は知っているし、目的も大体想像が付く。問題はゲームでは詳しく描写されていないし、セリフや展開を全部覚えている訳じゃないから情報が欲しいって事だ。
ああ、でも絶対に殺す。彼奴は僕達を、僕の大切な人達が死んでも良いからと攻撃して来た。
その時点で絶対に排除するべき敵だ!
頭に血が昇り、自分でも不思議な位に感情が怒りと殺意に支配されて行くのを感じる。
今まで立場上刺客を送られる事も、鍛える為の戦いで攻撃される事も経験していて、目の前の奴のせいでどんな未来が来たのかは前世で見た物語の中に過ぎないのにだ。
その恨みが自らの身で味わった絶望による物かの様に溢れ出す殺意に思考が持って行かれる中、僕の耳に風切り音と共に困った様な声が届く。
「駄目ですよ、若様。感情のままに動く妹を諌めるのが貴方の役目でしょう?」
「レナ……。うん、助かった。落ち着いたよ」
思考が直ぐに冷えて殺意が燻り残りながらも収まって行くのを感じる。そうだ、守りたい相手こそ見るべき対象なんだ。だからそれを仇なす相手に向ける感情は僅かで良い。
……ふぅ。僕もまだまだか。
「ですので、その昂りはベッドの上で私にぶつけて下さいませ。何なら二人きりになって路地裏で発散しても構いませんよ」
「だから君も落ち着こうねっ!? 敵の前だから!」
こんなタイミングで何をぶち込んで来ているんだ、このセクハラメイド!
舌舐めずり迄して既に準備は整ってますってか!?
「うわぁ……」
街中で襲って来ながらレナのセクハラにドン引きした様子の声。この時、僅かながら本来の顔にも表情が現れてレナに視線を向けている。
顔は紅潮して息も少し荒くなったレナは両腕を胸の下で組んで軽く揺らす。
視線を向けたくなるけれど我慢する中、少女は直ぐに無表情へと戻り姿勢を僅かだけ後ろへと傾けた。
「わっ……」
前に揺れた前髪数本が途中から切り落とされ風に舞ったのはその時。真横から飛来して前髪を切り裂いた物体はレナの方へと向かい、指先で摘む様に受け止められた。
それは輪っか状の刃。手の平に収まるサイズのそれの中心に指を入れてクルクルと回す姿に少女の視線が注がれる。
「チャクラム?」
「ええ、その通りです。それと……おかわりは如何ですか?」
今度は真正面から投擲されたチャクラムの数倍の速度で相手へと向かって行くけれど、それは体を左右に揺らす様な動きで避けられて窓を破り部屋の中にと消えて行く。
「甘いよ。僕ちゃまには通じない」
「ええ、ですが今度は少し多めですので」
少女の帽子のペンギンの顔が得意そうな顔から一転、驚きに満ちた表情になって左右に視線を送る。
最初の投擲よりも速度を上げて放った真正面からの投擲、それよりも更に速度を上げたチャクラム二つが左右から挟む様に弧を描いて迫っていた。
「だから甘い……」
既に手を伸ばせば触れられる距離までチャクラムが迫るが、彼女が驚いたのは死角から向かって来ていた事にだけ。
あの速度と距離に達した刃が顔に迫っても本人の無表情には揺るぎない。
ペンギンの顔もまた表情を表に出す事は無く、再び後ろに体を逸らすだけで避けられるだろう。
「【エアスラッシュ】」
チャクラムの刃に沿って流れる風が急激に勢いを増し、チャクラムを覆う刃になりながら加速をさせなければ。
それが合計三つ、左右と最初に投げて部屋の中へと飛び込み背後から戻って来たチャクラムに少女が選んだのは跳躍での回避。
ベランダの手摺りの上で余裕を持って見下す体勢から真上への跳躍によってチャクラムを避け、僕達に向ける視線は外さないまま屋上へと降り立った。
「ああ、それと足下にお気を付けて下さいませ」
「足下?」
レナの言葉に少女は視線を下に向けるけれど何もない。揶揄われたとでも思ったのかペンギンの瞳が不満そうに吊り上がるけれど、不意にその頭部に影が差した。
「何やら勘違いをなさっているみたいですね。私が忠告したのは……お嬢様にですよ?」
バッと顔を上げるけれどもう遅いよ。君はあまりにも余裕を見せて油断し過ぎていた。
それだけの時間があれば十分だ。
飛び上がったリアスが君に向かって踵を振り下ろすにはね。
その姿を少女が視認した時、既にリアスは光を纏いながら頭より高く上げた足を脳天目掛けて振り下ろしていた。
「超必殺・ホーリー大山割りぃいい!!」
「甘い」
再び少女の顔に感動が現れ、咄嗟に先程の水鉄砲の銃口を向けて引き金を引く。
先程と同規模の水が放たれ、それが真っ二つに分かれた。
「はっ……?」
再び浮かぶ動揺。目の前で街の一角を押し流す洪水規模の水流を踵落としで打ち破ったのだから無理も無い。
それでもだ、咄嗟に腕を差し込んでの防御が間に合ったんだから凄いと認めてあげるよ。
回避は不可能って判断したのは正解だけれど、その防御は不正解と言わざるを得ない。
そんな防御で防げる程にリアスは柔な鍛え方はしていないんだ。
交差した腕に踵が振り下ろされた瞬間、無人の街に響き渡ったのは山が砕ける様な轟音。
あまりの音量に周囲の空気がピリピリと震え、少女は真下へと吹っ飛んだ。
防御に使った腕は即座に押し込まれ頭部を強打したのが相手の踵か自らの腕かの違いしか生まれず、逃がそうとした衝撃は逃げる前に体を伝播してベランダから建物の地下にまで貫通した。
衝撃の分散を示す建物左右の破壊は殆どなく、ベランダをぶち抜いて事件に激突しても勢いが殺し切れない少女は地面へと埋まってしまっている。
「へへーんだ! 油断するからそうなるのよ。馬鹿馬ー鹿。ベー!」
「……幾ら魔法で強化していてもホーリーを頭に付けるのは安直では?」
「じゃ、じゃあ超ウルトラスーパーメガトン大山割り?」
「ホーリーが一番無難かと存じ上げます」
宙で身を翻して着地したリアスは相手が埋まっているであろう辺りに向かって得意げにしているけれど、公爵令嬢としての慎みは守って欲しいんだけれどな。
ベーは止めなよ、ベーはさ。
「それにしても随分と派手にやりましたね。王国の連中が好機とばかりに責め立てて来るのでは? あの女が何処の所属かさえ明らかではないというのに調子に乗る顔が浮かびます」
「帝国貴族が問題を持ち込んだって感じかな? まあ、多分大丈夫さ」
街の一角は水に押し流され外壁にまで穴が開いている状態だ。かべを破壊した後で水は瓦礫を飲み込みながら左右に分かれて射線上以外にもそれなりの被害が出ている。
ついでにリアスが建物一つを蹴り割って地面深くに続く穴までって状態だけれど、レナの心配は杞憂なのさ。
最初は気が付かなかったけれど、此処迄の被害を出して誰一人鳥一羽ネズミ一匹騒ぐ様子もなければ分かるよ。
「多分妖精の使う奴に似た魔法だろうね。よく真似て作っているけれど、この結界内部から出れば街は元通りさ」
「え? そうなの?」
あっ、リアスは分かってなかったっぽい。あの洪水で騒ぎにならない時点で少しは気付こうね?
ビックリしたって感じの顔でこっちを見ている妹に少し溜め息を吐き出したい気分になる中、それでも敵から意識を逸らす気にはならない。
実際、リアスの踵落としの直撃を食らっていながら意識があるのか穴の奥から急激に高まる魔力を感じ取った。
「【「ギガスプラッシュ」】
静かで無感情、なのに狭い部屋で反響するみたいにその声が響き渡った時、周囲の地面複数箇所がひび割れ、その隙間から水が溢れると同時に天高くに向けて水柱が登った。
まるで深い谷間へと落ちて行く巨大な滝を逆さに描いたみたいな勢いで次々に事件から吹き出し続ける水柱は建物を容易に貫き、巻き上げた瓦礫が水飛沫と共に降り注ぐ。
それはあの少女が埋まった穴を中心に点在し、徐々に速度を上げながら増え続けた
「ちょっと力を試すだけだったのに、僕ちゃま驚愕。ご褒美に名乗ってあげる」
これまで無作為に地面から現れ続けた水柱は街の外壁を覆う様に立ち昇り、合わさって王都全体を囲う巨大な水の壁になった。
外壁の倍近く高く、澄んでいるにも関わらず何処まで続くのかが分からない程に分厚い。
「【ノア・カタストロフィ】」
魔法名の詠唱と共にそれが街全てを押し流す濁流となり、王城すらも瓦礫の山に変えながら僕達へと迫った。
会話が掻き消される程に五月蝿い水音、瓦礫を大量に含む津波が迫る様子は大災害による世界の破滅を連想させる程の物。
振動と轟音、それらが他の何もかもを飲み込む中でもその声だけは聞こえたんだ。
「僕ちゃまはラドゥーン、神獣ラドゥーン。その名を抱いて果てるが……殺しちゃ駄目だった。何とか助かって」
急に現れて一方的に踊って来て、これだけの力を見せておきながら最後の最後で気が抜ける奴だなぁ。
言われなくても死ぬ気は無いし、そもそもこの程度で終わる様な鍛え方はしちゃいない。
もう直ぐ全てを飲み込む津波が到達するという中でも僕は平然とし、リアスもレナも一切臆さずにいる。
リアスならこの津波でも平然と泳ぎそうだなって思ったけれど口には出さず、濡れて冷えるのも嫌だからさっさとどうにかしようか。
既に津波は目前まで迫り、瓦礫を飲み込み濁った水が跳ねて僕に触れる瞬間、静かにその名を紡ぐ。
「【マジックキャンセル】」
僕も目の前に現れた金の懐中時計が光と共に砕け散り、迫り来る津波から伝わる轟音も振動も消えた静寂のみが周囲に広がった。
崩れ瓦礫となって濁流と共に迫る建物は何事もなかったかの様に無事な状態で、水の一滴すら周囲に存在しない。
「僕ちゃまの魔法を消した? ……違う。戻した」
唯一崩れているのはリアスが真っ二つに蹴り割った建物と地面にラドゥーンの埋まった穴だけ。
穴から這い出したラドゥーンは右腕は折れ曲がり服もボロボロ、足の片方に力が入らないのかフラフラとした状態で頭から血を流している。
「うん、合格をあげる。700僕ちゃまポイントもプレゼント」
指先で押せば倒れそうな状態でペンギンも目を回す中、ラドゥーンの指が鳴る音が周囲に響く。
それに少し遅れる様にチャクラムが迫るけれど、霧を通り抜ける様にラドゥーンの体をすり抜け、その体は薄くなり始めていた。
「ちょっと! ここまでしておいて逃げる気かしら?」
「……ん。僕ちゃまは賢いから戦略的撤退。君は馬鹿っぽいしメイドはエッチだから300僕ちゃまポイント没収」
最後にペンギンが鼻で笑うとラドゥーンの姿は完全に消え去り、周囲の風景も揺らめき始めた。
まるで石を投げ込む事で水面の虚像が揺れる様だけれど足下が震える感覚は無し。
その揺らぎは息を吐いた一瞬の内に消え去り、僕達の耳には行き交う人の声が再び届く。
今までの戦いが白昼夢だったかの様に人々の平穏な日常が繰り広げられていたんだ。
「……おや、今のは結界内部だったのですね」
レナは僅かに困惑の後、すぐに得心が行った様子で頷いているけれど、説明の手間が省けたのは良かったよ。
そう、今の戦いは結界内部に作られた空間、“領域”と呼ばれる場所だ。
本来は自分に有利な環境に誘い込む為の魔法なんだけれど、彼処迄の広範囲に及ぶ領域を作り出すだなんて……。
「終わったし、カフェに行きましょ、カフェ。色々なケーキが食べたい気分だし、三人でシェアしましょうよ」
あははは、リアスは呑気だなあ。襲われたばかりなのに直ぐに切り替えられるのは長所だよ。
でも、駄目。
「承知致しかねますよ、お嬢様。神獣ラドゥーン……光神リュキの配下を名乗る刺客に襲われたばかりなのですから。狂信者の教団が関わる可能性を考えて屋敷に戻りましょう」
「……むぅ。私とお兄様なら絶対返り討ちにしてやるのに」
「カフェの代わりに私がケーキを焼きましょう。それでご容赦下さい」
理解はしたけれど納得はしていない、子供っぽさがこんな時に出やすいリアスは不満を滲ませるんだけれど、流石扱い慣れているだけあってレナがなんとか宥めてくれている。
「狂信者の教団か……」
「ええ、最近は幸福の世界に繋がる門だの怪しい話も耳にします。学園ではどうかお気を付けを」
ラドゥーンがただの狂信者だったら良かったんだけれどね。
ゲーム通りなら彼女は本物の神獣、神によって創り出された配下の一体。
その目的はリュキが切り捨てた悪心を復活させて人間を滅ぼす事。
その悪心を滅ぼすのに必要なのが主人公であるアリアの闇の力だ。
ゲームでは神獣に騙されて利用されていた僕達だけれども、今回撃退した事でいよいよ出方が分からなくなって来た。
さて、取り敢えず彼女に接触してみるか……。
私を登録してくれたお気に入りユーザーが千百人になってました やったね
感想待ってます