(リメイク版)ラスボス転生 逆境から始まる乙女ゲームの最強兄妹になったので家族の為に運命を変えたい 作:ケツアゴ
「急いで裏庭に行かないと! お兄ちゃんが大変な事になっちゃうわ!」
本来なら私程度が着るどころか触れる事すら叶わないであろう装備を貸し出され、汚してしまったら何を請求されるのか心配になった時だ。
突如ロノス様の妹である聖女が慌てた顔になったのは。
何を請求されるか、か。私程度と思ったばかりだというのに馬鹿馬鹿しい。
お前に何が払える? 命か? 見た目だけは美女と呼ばれた母に似ているが、この黒髪では配下に慰み物にさせようにも不気味がって拒絶するだけだろうに。
精々が拷問趣味の変態に売り渡す、そんな価値すらない、それが私だ。
「え? ええっ!?」
そんな考えなどは顔には出さない。自慢する相手など居ないが、私が誇れる唯一の特技だからだ。
自らの演技に吐き気さえ覚えるが、今の私は急な事態に驚く田舎の小娘にしか見えないだろう。
……魔法も体力も凄いだなんて羨ましいな。
羨望や嫉妬ではなくて劣等感を覚えつつ屋敷の裏に向かった時、突然甲高い鳴き声が響き渡った。
「この声は……猛禽類?」
「あら、惜しかったわね。正確にはグリフォンよ」
「グ、グリフォン!? まさかそんな……」
聖女はちょっと考えが足りないし、どうせアホな事でも思い出して慌てているのだと考えていたが、その名を聞いて流石の私にも動揺が走る。
グリフォンといえば高い知性と獰猛さを持ち、群れれば中型のドラゴンさえ一方的に仕留める恐るべき怪物。
そんな存在が王都内部に居るだなんて、私を驚かせる為の嘘にしては杜撰過ぎるし、もしかしたら私の事を世間知らずの田舎者だと馬鹿にしているのではと疑ってしまう。
だが、聖女の様子からして演技には見えない。そんな真似が出来る程に賢くも見えない。
まあ、私相手に親切に接する時点で馬鹿の類なのは間違い無いのだろうがな。
……今更だがこの装備って本当に借りて良かったのか? 持って来る少し前に何か壊す音が聞こえた気がするのだが……。
「ほら、彼処を見なさい」
指差された方に目を向ければ散乱する獣の骨や巨大な鉤爪の跡が刻み込まれた地面。
……そしてグリフォンを全力で撫で回すロノス様の姿。因みに赤ちゃん言葉。
え? ペット? グリフォンが?
「グリフォンを彼処まで手懐けるなんて凄いですね!」
「凄いでしょ? ふふん! ……でも、一度始めたら長いのよね」
このままじゃ見付かる、と肩を落として項垂れる聖女の言葉を聞きながらも私の意識の殆どは彼に注がれる。
共和国にはドラゴン使いの一族が居るらしいが、それに匹敵する手腕なのではないか?
「キュイ!」
先程まで自分の上に乗った主人に撫で回されるのを嬉しそうに受け入れていたポチが甘え声で鳴くと、その体は急速に縮まって子犬サイズにまでなる。
そのまま今度は自分が主人の胸に飛び込んで体を擦り寄せながら甘えていたが、あれは魔獣の中でも特に知能と魔力の高い個体が使える魔法だった筈。
母が遺した本で読んだが、成る程な。王子に嫌われている上にあれだけの力を持っているのだ。王国に入れる際に手続きが複雑化するのも無理も無いだろうな。
……その結果があれであるが。ま、まあ、ペットを溺愛するのは別に変な事でも無いだろう。
此方に気が付かずにポチを撫で回す姿も素敵といえば素敵……なのだろう、多分、きっと……うん。
私も森の動物を可愛がっていた。所詮は野生の獣なので私は餌を与えてくれる相手だと認識したから寄って来ただけで、餌が無くなれば即座に去って行くから撫でさせてくれたのは僅かだったが……。
「……羨ましいなぁ」
だからだろう、目の前でペットに懐かれて思う存分可愛がれる姿に言葉が漏れたのは。
動物は好きだ。私は持って生まれた力だけを理由にして敵意を向けないから。
本当の私じゃない仮面の私としての言葉だけれど、それが私の本心なのは本当の話。
「え? ポチが羨ましい?」
「ふへっ!?」
偶に遭遇する大人しい子だけが餌さえ与えれば撫でさせてくれた時の事を懐かしんでいた時に叩き込まれた不意打ち。
その瞬間、母が部屋に隠していて今は私の愛読書の内容が混じったイメージが頭を埋め尽くす、動物は何処かに行った。
何を言っているんだ、このアホはっ!?
ポチが羨ましい、つまり同じ様に撫で回されたいって事で……。
『あ、あの、明かりを……』
カーテンを閉め切っているのか薄暗いものの前を見るには問題無い明るさの室内、肌の白さが映えるという理由で用意された黒いシーツの上で私は肌を晒していた。
『駄目だよ、アリア。君の姿をちゃんと見たいんだ』
私に覆い被さったロノス様の手が髪や頬に触れ、やがて腹や足、そして胸や足の付け根辺りにまで触れられると甘い声が自然と漏れ出した。
恥ずかしさから口を抑えようとした手は掴まれて退けられ、代わりに口を塞ぐのは彼の唇。
そのまま彼の手は私の全身を容赦無く……はっ!?
「な、な、何を言ってるんですか!? 未だそんな関係じゃ……」
未だ……うん、認めよう。私はその内に家督を得られなかった何処かの誰かとの婚姻を進められ、その相手と子供を作った後は謀殺されると諦めていたけれど、どうせ肌を許すのなら彼が良いと思っていた。
もし優しさ全てが一時の快楽目当てに過ぎないとしても、その嘘で自分を慰めようとも。
「……あー、確かに慣れてないと怖いか。ポチって大きいものね」
……うん? えっと、今の羨ましいって、ポチみたいに撫で回されたいって事じゃなく、ペットを可愛がりたいっていう私が最初に思った事そのままの意味?
「お兄様ー! アリア連れて来たから早く行きましょうよ!」
アホだと思っていたのに私の意図をちゃんと理解して納得されて、今更ながらさっきの妄想の羞恥心が襲い掛かる。
顔から火が出そうな程に恥ずかしいのを顔に出さない様に堪える中、聖女はロノス様とポチに近付いて腕力で引き剥がしていた。
……穴があったら入りたい。
「いやー。ごめんごめん。ポチが可愛くってついね」
「キュイ!」
肩にポチを乗せたロノスさんが謝りながら指先を伸ばせば嘴がそれをハムハムと甘噛みする。
こうして見ると可愛い、ちょっとだけ撫でたいと思う程度には。
「えっと、私を鍛えて下さるそうですけれど、具体的には何をなさるんですか?」
「うん、急で悪いけれどダンジョンで実戦経験を積もうか」
ダンジョン、それは自然の魔力が豊富な場所に誕生する天然の迷宮、もしくは魔獣の発生源。
魔力によって生まれた魔獣は基本的にダンジョンの中に留まり、危険だけれども希少な薬草や鉱物、魔獣の素材で一攫千金も夢じゃない場所。
それに魔獣を倒す事で構成する魔力の一部を体が吸収して強くなれるのもあったか。
今まで倒した事なんて無いから本当かどうかは知らないけれど、強く慣れば吸収効率が悪くなって行くとか。
力と富、ダンジョンには夢が詰まっている。但し、
欲張って夢を掴めず永眠する者も珍しくはないし、生き延びても四肢の欠損とかの悪夢も含まれる。
だから基本的に公的機関や貴族が管理していて、得られる富を独占しているわね。
領地の境に利益が出やすいダンジョンがあったら争いになる事もあるとか。
「あの、私はダンジョンに行った事が無くって。いえ、そもそも魔獣と戦った事さえ……」
これが私が持つダンジョンの知識なのだけれど、そんなダンジョンに行った事は一度も無いわ。
フェレス領は土地の魔力も貧しくってダンジョンなんか発生しないし、死んで欲しいけれど今は死なれたら困る祖父母が行かせなかったもの。
私以外に後継ぎになれる人間がいたら死ぬまで放り込まれていたでしょうね。
「それは不安だろうね。でも、大丈夫さ」
不安を顔に出す私の手はロノス様の手に握られ、誰かに触れらた経験が殆ど無い私は伝わる温かみを噛み締める様に意識を集中させた。
躊躇無く触れるなんて……触れてくれるだなんて驚いたわ。でも、嫌な予感はしないの。
「僕達が守ってあげるし、ちゃんと戦いを教えてあげるからさ」
「えっと……お、お願いします」
握られた手だけじゃなく顔まで温かくなるけれど、私は彼から目が離せない。
僕達じゃなくて僕が守ると言って欲しかったって我が儘が浮かぶのを飲み込み、本当に感じた照れと嬉しさを偽りの自分のまま表に出せば頼もしい笑顔が向けられた。
ああ、温かい。手だけじゃない、体だけでもない。この人と出会えた事で私は母が亡くなって以来、初めて心に温かみを感じているの。
もっと仲良くなって一緒に居たいって願いは駄目よね? 口に出したら今の幸せが壊れちゃうかも。
「じゃあ、行こうか。ポチ、アリアさんは飛ぶのに慣れてないだろうから加減をして飛んであげて」
「キュイ……」
私達が乗り易い様になのだろう、元の大きさに戻ったポチは目の前でしゃがんで翼も折り畳んでいる。
その気になれば私なんて殺すのに一秒も必要無い存在なのに、思いっ切り飛べないのが残念なのか項垂れる姿はちょっぴり可愛いわ。
「その代わり、今度狩りに行こう。フリートの領地で鹿が増え過ぎたとかで狩りに誘われてるんだ」
「キュイ!」
愛おしげにポチの頭をロノス様の指先が撫でるとモフモフの羽毛に指が沈み、ポチが心地良さそうに撫でられるがままにしているのを見ると本当に羨ましいと感じていたわ、驚きね。
頭を撫でて欲しいだなんて子供はあるまいし、馬鹿な願いは忘れなさい、アリア。
どんなに素敵な人に出会えても、お前は闇属性、呪われた魔女。願いは叶わず努力は報われない、そんな神に呪われた忌み子が私だって忘れた?
「じゃあ、乗ってごらん。景色が良いから前がお勧めだよ」
「じゃ、じゃあ遠慮無く」
ポチは風を操るし自分も支えるからと前側に乗り、その後ろでロノス様が手綱を掴んで座る。
体温と息遣いが伝わる至近距離、少し後ろにもたれ掛かるだけで手綱を握る彼の胸に抱かれるのと同じ状況に……少し早いだろうか?
どちらにせよ私と彼が一頭の白馬ならぬ一匹のグリフォンに相乗りするのは変わらない。まるで絵本の王子と姫みたいだと思えば幼い頃の憧れが甦る。
自分の持って生まれた物が何なのかも理解せずに無知な無邪気さで思い描いた理想の相手との愛しい時間。
「じゃあ、出発しよう」
「はい!」
少し違うもそれに似た状況と思えば喜びに胸弾み、ドキドキと鼓動が激しくなる。もう王子がどうとか本当に気にならなくなる程、寧ろこの状況に辿り着いた理由として細やかながら感謝の念すら送った程に今の私は幸せだ。
正に天にも昇る夢見心地で……。
「キュィイイイイイッ!!」
その鳴き声と共に周囲の景色は矢すら置き去りにする速度で真下へと飛んで行く。耳に響くは風の音だけで、高台に君臨する王城の屋根すら一呼吸の間に飛び越して、気が付けば町並みは遥か下。
それでも更に上空へ、更に速く向かって行く。
「きゃぁあああああああああっ!? 高いっ!? 速いっ!?」
なんかこう、私にも残っていた乙女心的な物から来るドキドキとか全部遥か彼方に吹っ飛んで、ここから落ちたらバラバラを通り越して真っ赤な染みになりそうな高さへの恐怖が頭を埋め尽くして胸がドキドキした。
私は華奢でか弱いし胸が邪魔で木登りなんかした事もないのに、徐々に高くなる景色を楽しむのかと思いきやの急上昇に私は本心からの叫び声をあげて、正直並み駄目になる寸前だ。
……ロノス様に全身を撫でられた後に純潔を捧げる妄想をした時に少し湿った下着が別の理由で濡れるかも知れない。
「どうだい? 凄い光景だろう?」
……この人、ペットが関わるとちょっと変になるのかも。
耳元で囁かれた言葉は私の混乱なんて気が付きもせずに楽しそうで、私もそうだと思い感想を共有しようとしているみたいだ。
それに私はドキドキした。
こんな至近距離で彼の声がする。殆ど後ろから抱き締められる寸前の体勢でだ。
アレだ、うん。これを楽しめるなんて勇敢なのだろう。素敵な彼の事なのだ、そうに決まっている。
瞳を閉じて意識を耳と肌にだけ集中させよう。グリフォンの魔法なのかこれだけの速度と高度でも顔を打つ風は感じないし、このローブの力か寒くもない。
彼の声と温かさにだけ集中して……。
「いぃぃぃやっほぉおおおおおおおー!!!!」
「あの、ごめんなさい。少し怖いので速度と高度の方を……」
楽しそうな叫び声を聞いて悟る。これ、ちゃんと向き合うべき事だと。
「そうなのかい? ごめんよ、怖かったんだね。ポチ、一旦着陸!」
「キュイ!」
ああ、良かった。彼は優しいから直ぐに私に合わせてくれるんだ。
安心して瞳を開ける。ほぼ直角で地上へと急降下していた。