「1曲分しか歌えないのか……」
京平は、綾小路たちが言っていた“1人分の時間しかない”ということについて悩んでいた。
虹ヶ咲はあくまでソロアイドルで、曲も一つしか作っていない。今からメドレーを組むにしても難しい話だった。
「どうしたもんだろうね」
「あれこれ考えても無駄よ。残酷だけど、一人しか歌えない。誰が歌うか、決めましょう」
侑は言葉を選びながらそう口にしたが、その言葉に朝香果林が続けた。
「果林さんの言う通りだな。ちなみに聞くが、出たい人はいるか?」
京平はみんなに挙手という形で聞いた。
誰かに推薦するより、その方がいいと思ったし、自主性を大事にしたかったからだ。
しかし、うまくはいかなかった。
しずくやかすみが手を挙げようとしても、遠慮が生まれてしまう。
人を思いやるというのは、時に残酷だ。
「くじ引きとか、いいかな?」
「私もそう思う」
歩夢とエマが新しい提案をする。
「お互い遠慮し合った結果、そんなのでいいわけ?」
甘い考えは果林には通用しないようだった。
「衝突を怖がるのは分かるけど、それが足かせになるんじゃ意味ないわ」
「その通りだな。それでソロアイドルとして成長したとは言えない」
果林の言葉に京平も同意する。
マネージャーという立場上、厳しい言葉も必要だ。
「いずれにしても、今回は同好会が試される形になるわ。だから本気で立ち向かえるメンバーを選ぶべきよ」
みんなは言葉が出なかった。正論を言われて、何も言えなかった。
「今日は帰るわ。モデルの仕事もあるから」
重い空気の中、果林は帰っていく。
「いずれにしても、今日は解散だな」
「そうだね。色々あったし、考える時間も必要だよね」
京平と侑は話し合い、この日の練習を中止にした。
***
私、朝香果林はモデルの仕事をしていた。
「いいポーズです!」
カシャ、カシャとカメラのシャッター音が響く。
「いい体してるよな、朝香果林」
「ほんとほんと。高校生とは思えない体してるよな」
カメラアシスタントの声が耳に入ってくる。
(聞こえているわよ)
そんな声を気にせず、私は撮影を終える。
「ありがとうございました」
メイクを落とし、次の場所へ向かう。
次は確かダンススクールよね。
メールで場所を確認して、撮影場所を後にした。
(ほんと、男ってどうして体しか見ないのかしら)
撮影の時からずっと感じていた視線が気持ち悪かった。
慣れない視線。本当に、嫌になる。
そんなことを考えながら歩いていたら、道に迷ってしまった。
「ここ、どこかしら……やっぱりエマを連れてくるべきだったかしら」
スマホの地図を見ているはずなのに分からない。
十分ほどふらふら歩き続けても、やっぱり分からない。
「何してるんですか、果林さん?」
「あれ、本当だ」
声のする方を見ると、二年生の川木君と、優木せつ菜、歩夢、侑がいた。
「もしかして迷子?」
川木君がぼそっと呟く。
そういえば前にも、歩夢がウサギの練習をしていた時に案内してもらっていたわ。
「そんなわけないでしょ? 三年生よ? しかも高校生」
笑う侑に、反論できない私がいた。
「え、本当に?」
「違いますよ。果林さんも、こういうのが好きだったんですよね?」
私たちがいたのはゲーマーズの前だった。
あ、これで誤魔化しましょう。
「ありました! 買ってきますね!」
せつ菜が目当ての本を見つけて、嬉しそうに店内へ走っていく。
「よかったわね」
そう言って店内を見渡すと、スクールアイドルのグッズが置いてあった。
「へぇ、こういうのも置いてあるのね」
ブロマイドに目を奪われて、私はしゃがみこむ。
「ほんといいですよね。虹ヶ咲も置いてほしいです」
「あら? それならあなたは最初に誰を買うの?」
隣に来た川木君に、少し意地悪な質問をする。
「全員に決まってるじゃないですか」
当たり障りのない返事。
「もっと素直になっていいんじゃない? 最近はスマホケースの後ろに入れるって言うじゃない」
「それを俺がやってみてください。誰かしらに殺されます」
遠い目をしながら言う。
「確かにそうね。私が悪かったわ」
「京ちゃんは、私が一番だもんね」
「驚かすなよ、歩夢」
「ごめんね」
歩夢がいつの間にか横にいて、声をかけてきた。確か幼馴染よね。
「どうせなら歩夢のを買えばいいじゃない?」
「そうすると全員を買えってなるでしょ?」
「確かに」
「試しに遥ちゃんのを買って部室に行ったんですが、どうなったと思いますか?」
「遥ちゃんなら彼方が喜ぶんじゃない?」
「そうです。でも一年生組に“京平さんって小さい子が好きなんですか?”って言われました」
「あら……それはご愁傷様としか」
「さらに彼方さんから“遥ちゃんを妹にするなら、私と結婚したら義妹になるよ”って」
京平は続ける。
「その発言のせいで、菜々と歩夢からお説教されました」
「あなたって本当、気づいたら説教されてるわね」
同情にもならない。かわいそうな男ね。
「私、そろそろ行くわ」
買い物も終えて、五人で外に出る。
「用事あったんですか?」
「引き止めてすみません」
「大丈夫よ。時間通りに着けばいいけど」
歩夢と侑は、私を引き止めたことを謝る。
「でも一体どこに行こうと?」
川木君の質問に、私はスマホの画面を見せた。
「ダンススクール?」
川木君が上を見上げる。
「そこですよ」
指差された方向を見る。
「もう着いてるじゃない」
「気づいてなかったんですか?」
「地図を見てもわからないなんて」
侑・せつ菜・歩夢が次々に言ってくる。
「意外だけど、可愛いです!」
侑が、さりげなくそう言った。
「しょうがないでしょ。あまりここに来ないんだから」
私がそう言った、その瞬間だった。
キィーーッ、と大きなブレーキ音。
音がする方向に顔を上げると、トラックが歩道に向かって突っ込んできていた。
「っ——」
体が固まる。声も出ない。
「下がってろ!」
川木君が一歩前に出た。
彼は片手を軽く前に出す。大げさな動きも、派手な光もない。
——風が、逆流した。
突風がトラックの正面からぶつかり、見えない壁のように進行方向を押し返す。
ゴッ、と短い音がして、トラックはその場でぴたりと止まった。
空気が静かになる。
川木君は振り返り、短く言った。
「ふー危ない、全員無事か?」
「……っ、はい!」
真っ先に答えたのはせつ菜だった。胸の前で手を握りしめながら、はっきり言う。
「本当に……ありがとうございました。助かりました」
歩夢は安堵の息をつき、侑は目を丸くし、私はただ、心臓の鼓動を必死に抑えていた。
「……それにしても、このトラック……果林さんを狙っていた気がするな」
そんな言葉を、京平は誰にも聞こえない声で呟いた。
救急車と警察が到着し、現場は少しずつ整理されていった。
事情聴取を終え、近くのベンチで一息つく。周囲には歩夢と侑、少し離れたところに果林さんとせつ菜がいる。
——だが、京平の表情だけは冗談ひとつ浮かばなかった。
(さっきのトラック……偶然、で片づけていいのか?)
頭の中で、ゆっくりと出来事を並べていく。
ブレーキ痕。
進路。
停車位置。
そして——
(……“一直線”だった)
歩道に人はそれなりにいたのに、進路は妙にブレず、まっすぐこちらへ向かっていた。
具体的な言葉が喉まで出かかったが、飲み込む。
「京ちゃん……?」
歩夢が心配そうに覗き込む。
「ん?あぁ、ごめん少し考え事していた」
笑って見せる。だが、笑顔を作っている自覚があった。
果林は少し離れた場所で、じっとこちらを見ていた。視線が合うと、ほんの一瞬だけ目を逸らす。
(果林さん、か)
「……嫌な予感が当たらなければいいけどな」
声に出すと、現実味を帯びた。
隣で侑が小さく首を傾げる。
「何か、気になることでもあった?」
まっすぐな目で見てくる。京平は少し迷い、そして答えた。
「……まだ確定じゃない。ただ——」
言葉を選ぶ。
「果林さんが狙われている可能性がある」
侑の表情から、冗談の気配が消える。
「冗談じゃないよね?」
「もちろん、ただ偶然の場合もある」
断言はしない。だが、否定もしない。
歩夢と侑も、その言葉に息を呑んだ。
京平は続ける。
「だからと言って、怖がる必要はない。警戒するだけでいい」
「警戒……」
「水魔法で結界はあるから命は大丈夫だ。」
そういって京平はせつ菜と果林さんがいる方向を見る
「取り敢えず果林さん達の所に行くか」
来年の月曜日に投稿します!お楽しみに!