ジャングルポケットの弥生賞観戦から、一年後……
「…………」
もぞもぞ……
「……………」
もぞもぞもぞ……
「……………………」
もぞぞもぞぞぞぞ……
「……ポッケちゃん?」
「んっ!? なんだトップロード!?」
トレセン学園栗東寮、その一室……。
机の上で落ち着かない様子のジャングルポケットへ、ナリタトップロードが声をかけた。
「もう寝ないんですか? もうすぐ消灯時間ですけど……」
パジャマに着替えたトップロードはすでにベッドに横たわり、首をもたげていた。
視界の先には、何やらスマホを机に置いて、熱心にのぞき込んでいるジャングルポケットがいる。
「あーいや、気にすんな! ちょっと気になる情報があってよ……」
「……もしかして、今年の『URAファイナルズ』の参加者発表ですか……?」
トップロードがそう言うと、ジャングルポケットは体をトップロードの方に向ける。
「おお、さすがわかってんじゃん。参加者っつっても推薦出走枠の発表だけどよ。どーだ、いっしょに見るか?」
「うーん、わたしは大丈夫です。そろそろ眠気が限界で……デビュー戦もそろそろ近いので、もう寝ますね……ふぁ……」
ベッドの上で、トップロードはひとつ大きなあくびをした。
「おー、そっか。じゃ、天井のライト消すぞ」
「……ふぅ……はい、おねがいしまふ……」
パチリ、とジャングルポケットは天井の電気を落とす。
トップロードはベッドの上で身じろぎをして、そのまますやすやと寝息を立て始めた。
「よっし、イヤホンつけっか……」
机の引き出しから先日購入したイヤホンを取り出して、スマホに接続をする。
イヤホンの先を頭上の耳まで持って行くと、スマホの音が耳の中に響いた。
『今年もこの時期がやってい参りました! 年末から来年のこの時期にかけて行われる、『URAファイナルズ・バトルロワイアル』! その推薦出走枠の発表が今、行われます!』
「おおっ……!」
ジャングルポケットは小さく歓声を上げた。
『URAファイナルズ・バトルロワイアル』――――
それは、『すべての能力』、『すべての
一般的なトゥインクルシリーズで行われる、十数名以下で行われる乱闘形式とは違い、何十人、または何百人もが一斉にあつまり、『レース』をする……。
発祥を海外に持つこのレース形式は、近年瞬く間に人気を博し、今や世界中で熱狂的な人気を持つ一代レースジャンルとなっていた。
そしてその波は日本にまで押し寄せ、トレセン学園現理事長、秋川やよいによって、『URAファイナルズ・バトルロワイアル』となって実現したのだった。
まだ浅い歴史しかもたないこのイベントであるが、今や国内ではトップレベルの参加者の集まるイベントとなっており、すでに何千人、何万人もの熱狂的なファンが注目する、一大国民的イベントとなっていた。
トゥインクルシリーズにおいて『G1』レースを制した参加者や、ドリームトロフィーシリーズにおいて大活躍しているウマ娘までもが参加する、そのレース。
その熱狂的なファンのひとりとして、ジャングルポケットもまた、熱心に画面を見つめていた。
壇上に立つ、スーツに身を包んだウマ娘。そのスーツに似合う黒い髪の毛を持ち、マイクを片手に、解説を始めていた。
『まだまだ歴史の浅いこのレース。新しい方々のために、『推薦出走枠』とは何なのかを、ご説明いたしましょう。そもそも、『URAファイナルズ』では、前哨戦として、『予選』が行われます。その『予選』トーナメントには、レースウマ娘であれば、どのようなウマ娘もご参加することができます。未だデビューをしていない者であっても、まだ成績を残せていないウマ娘であっても、もちろん活躍の真っただ中にいるウマ娘でも、です!』
彼女の背後にある巨大な画面には、大きく『予選』と表示され、その周りには多くのウマ娘たちのシルエットが映っていた。いくらか、シルエットだけで、誰かが分かるものもいる。
ばっ、とスーツのウマ娘が、五本の指を上に掲げた。
『そして、予選において優秀な成績を収めた五名のウマ娘が、次にコマを進めることができます! 予選が行われるのは12回、それぞれ回数に応じたブロックが振られます。つまり、予選から準々決勝に進めるウマ娘は、最大で60人! そこを勝ちあがったウマ娘たち60人が、『チャレンジャーウマ娘』として、本大会『URAファイナルス・バトルロワイアル』にコマを進めることができるのですっ!!』
興奮した様子で、スーツのウマ娘が後ろの画面を指さした。
『そして、『推薦出走枠』とは何か! それは、『予選』トーナメントに参加せずに、運営側の推薦によって『出走権』が得られる枠のことです! 推薦出走枠を得られるウマ娘は、トゥインクルシリーズで活躍するウマ娘や、前回までの大会で優秀な成績を手にしたウマ娘、さらに運営によって大会に参加する十分な実力があると判断された有望なウマ娘、など! 審査基準はもろもろありますが、一般的なトーナメントにおけるシード枠のようなものと思っていいでしょう! そして、推薦出走枠において選出されるウマ娘は……』
バンッ! という効果音と共に、ウマ娘の背後に、大きく数字が表示された。
そしてそれに続けて、何十ものウマ娘たちの小さなシルエットがそこに現れる。
『その数、なんと40人! 運営によって選出された40人の推薦ウマ娘たちと、予選トーナメントを勝ちあがった60名の『チャレンジャーウマ娘』たちっ! 彼女ら総勢100人によって行われるレースこそが――――! そうっ! 『URAファイナルズ・バトルロワイアル』、なのですっ!!!』
ウマ娘が、その右手を大きく突き上げた。
ワアアアアアアアアア――――――――!!!
画面の向こうの会場に、大きな歓声が沸き上がる。
(すげぇ、推薦出走枠発表だけで、こんな盛り上がり……! やっぱURAバトロワ、ダン違いだ……!)
URAバトロワ、それがこの大会の略称だ。
総勢100名によって行われる、かつてない規模の『バトロワレース』。
国中が熱狂するのも、何ら無理はない。
そして、それに出走する40名のウマ娘が、これから発表されるのだ。
『さあっ、それでは行きましょうっ!』
その掛け声とともに、背後の画面がまた移り変わった。
今度は、10名のウマ娘のシルエットが表示されている。
『まずは、この10名から行きましょう! 推薦出走枠の第一番っ! まずは、この方からだーっ!』
シルエットのひとつが飛び出し、それが画面いっぱいを埋める。
「……! このシルエットは……!」
スマホ画面の前で、ジャングルポケットは前のめりになった。
そのシルエットには見覚えがある。
スーツのウマ娘が、興奮気味に腕を振る。
「ジャンっ! この方っ! 『フジキセキ』だーーーっ!!」
――――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーー!!!
ポッケは今にも喉から飛び出しそうな声を必死に抑え、両手で力いっぱいガッツポーズを握った。
「フジさんっ、フジさんだ――――――っ!!」
声を伴わない吐息だけの声で、ジャングルポケットは精一杯叫んだ。
もちろん、トップロードが起きない程度の小さな声で。
すっげぇ、フジさん……! 推薦出走枠のトップバッターを飾るなんて、さっすが……!! あこがれるぜっ……!!
去年のクラシックのトゥインクルシリーズは、脚の怪我でうまく活躍できなかったけどっ……! あれから順調に復活して、さっすが、フジさんだっ……!!
『それでは、ここでトップバッターのフジキセキさんには、特別に会場にお越しいただいております! フジキセキさん、ご入場ください!』
「ま、マジで!?」
その瞬間、画面の向こうの会場に、再びどっと歓声が沸く。
舞台の
フジキセキが、登場した。
「フジさんだ――――――――っ!!」
ポッケは吐息で叫びながら握り締めた両手をそのままブンブンと振り始めた。
舞台の中央まで出てきたフジキセキは、そこでピタリと脚を止める。
そしてふわり、と両手を広げ、うやうやしく、流麗に、会場へと一礼をした。
ワアアアアアアアアアアアアアア――――――!!
会場が再び歓声で沸く。
スーツのウマ娘が駆け寄り、フジキセキに挨拶を始めた。
『ようこそお越しくださいました、フジキセキさん!』
『こちらこそ、この場にお誘いいただきありがとうございます』
勝負服についたマイクロマイクを通して、フジキセキはスーツのウマ娘に挨拶を返した。
『このたびは推薦出走枠の決定おめでとうございますっ! 今のご感想をお聞かせ願えますか?』
『はい。まず――――』
そのまま、フジキセキが出走枠を得たことへの謝辞を述べ始める。
昨年、自分が故障し、思ったように活躍できなかったこと、必死になって自分を鍛えなおしたこと、そしてその成果が報われここに来れてうれしく思っていること――――自らの来歴を交えた上手なトークで、同時に他人へのリスペクトが感じられる、フジキセキらしい謝辞の言葉だった。
『素晴らしいご感想、ありがとうございますっ! それでは、今回の推薦出走枠の選手の発表は、フジキセキさんを司会者として進めさせていただきますっ!』
『はい。よろしくおねがいします』
思わぬサプライズのひとことと共に、フジキセキは再びお辞儀をした。
「マジで!? 今年はフジさんがいっしょにやんのかよ……!」
URAバトロワの出走枠の発表では、毎回一人のウマ娘を迎え入れて発表を行うのが通例だ。
そして今回は、バトロワ参加者からの司会という珍しい事例。
(すっげぇええええ! 今年のURAバトロワマジでやべえっ! ほんっとにマジで楽しみすぎるぜっ……!!)
ブンブンと腕を振るポッケ。
「それでは、続いての候補者の発表へ移りまーすっ!」
「今夜はアツくなりそうだぜっ……! くぅーっ、勝負服のフジさんをこんなにずっと見られるの、ありがてぇっ……!」
机の上のスマホにのめり込むポッケの後ろで、トップロードがもぞりと身じろぎをした。
「……うーん、ポッケちゃんの声、大きくて寝れないなぁ……」
友人の楽しそうな姿を邪魔しては悪いと思いつつ、トップロードは布団の中で小さくつぶやいた。