「――――であるので、京都レース場における特徴としては、平地バトルレースにおいては、国内で最も高低差のあるフィールドである、というものがあります。なので、戦略としましては――――」
午後、昼下がりの教室の中に、カッカッ、とチョークの走る音が聞こえる。
スーツに身を包んだウマ娘教諭が、レース場の写真の張られた黒板の前で、ウマ娘の生徒たちへと解説を行っていた。
教室の席、一番左端、一番後ろの席で、ジャングルポケットは腕を枕に顎をそこに乗せていた。
彼女の見る先は先生の授業と黒板ではなく、彼女のすぐ左の、窓の外であった。
暖かい春先のぽかぽかとした日差しが、彼女のブロンドの髪の毛の上に降りかかってきていた。
その視線の先には、今はだれもいない運動場。これよりあと10分でもすれば、そこには数多のウマ娘が集まり、ひしめき合い、互いに高めあうトレーニングがはじまることになるだろう。
「くぁ……」
アグネスタキオンは小さくあくびをし、すぐにかみ殺した。
(あー、早く授業終わらねぇかな……)
すこしぼーっとする頭の中で、彼女はそんなことを思った。
トレーニング。
トレーニングは楽しい。自分を高め、強くなることができる。
でもそれを考えてるわけではない。
ジャングルポケット。彼女の心にあるのは――――
――――キーンコーンカーンコーン…………
ガタン!
ジャングルポケットはチャイムが鳴るや否や、立ち上がった。
「あっ! ジャングルポケットさん! まだ挨拶はしていません、席を立っては――――」
「わり! 先生、ちょっと用あんだ!」
先生の静止を歯牙にも留めず、ジャングルポケットは出口へと向かって一目散に走って行った。
「あっポッケさん!」
そのころには、ジャングルポケットの足は廊下の床を踏んでいた。
「へへっ、おーい! ダンツ! いっくぞー!」
「あっ、ポッケちゃん!」
ジャングルポケットが手を振る向こう、そこには、同じく教室を抜け出して来たダンツフレームが、嬉しそうに笑みを浮かべながら立っていた。
「早いな、ダンツ、先生に止められなかったのか?」
「ううん、先生が事情を知ってて、ちょっと先に出させてくれたんだぁ」
「なんだそうか。よっしゃ、じゃー行くぞダンツ!」
「うん!」
授業が終わったばっかりの、だれもいないトレセンの廊下――――
ポッケは全力で脚に力を籠め、自らの体を前へとぶっ飛ばした。
そのぴったり後ろに、ダンツフレームはついて行く。
広い校舎の中を、二人のウマ娘は全力で駆けて行っていた。
「――――きゃっ!?」
「あっわりたづなさん!」
「あっごめんなさいっ!」
ぶおんっ! と音を立てて、二人は角から出てきたたづなさんのすぐ前を、危なげに通り過ぎて行った。
「もうっ! おふたりとも、いくら走っていいと言っても、限度がありますよーー!」
口元に手を当てて注意するたづなさん。
が、そのころには、二人の姿は豆粒ほどに小さくなっていた。
「はっ、はっ、はっ――!」
笑顔で走るポッケの息が、すこしずつ弾んでくる。
そして、その目の前には、すでにこの走りのゴールとなる場所が見えた。
木製の重厚な扉を、ジャングルポケットは、半ばタックルするように押し開けた。
バーーーーーン!!
「っしゃーー! 今回も俺の勝――――うぐぇっ!?」
その瞬間、ジャングルポケット両腕が拘束され、羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなった。
「――――学園の備品を大切にしろといっつも言ってるだろうが!!! ジャングルポケット!!!」
「あだーーーーっ!?」
生徒会副会長、エアグルーヴが、けたたましいほどの声で、ジャングルポケットの頭上で叫んだ。
それは耳が頭上についているウマ娘にとっては拷問に等しい。
キーン、とポッケの耳が鳴る。
「わ、悪かったって! って、いでででででっ! ちょ、ちょっと一回絞めるのやめ――――あだだだだだっ!」
更に腕に力を籠め、エアグルーヴは、ジャングルポケットの拘束を強めた。
「エアグルーヴ、そのへんにしておいてやってくれ」
別のウマ娘の声がポッケの耳に届く。
「わかりました」
すっ、と腕が解放されたのち、ジャングルポケットはそちらの方へと目を向けた。
「いてててて……ど、どうも、すんません、会長さん……」
頭の後ろをすりすりしながら、ポッケは部屋の奥に座るウマ娘に目を向けた。
『会長席』とある場所に、一人のウマ娘が座っている。
その名は、シンボリルドルフ。
この学園2000人のウマ娘の頂点に立つ、生徒会長その人だった。
口元に小さな笑みを浮かべながら、彼女はジャングルポケットに目を向けていた。
「ようこそ。まずは座るといい、ジャングルポケット。それに」
すこし体を横に傾けて、その目がポッケの後ろへと向けられる。
「ダンツフレームも」
扉の端から顔半分だけを出していたダンツフレームが、びくりと肩を揺らす。
ぺこりと一礼をして、おずおずと会長室に入室した。
「し、しつれいします……」
ポッケに近づいて、その耳元でダンツは小言を言った。
「ぽ、ポッケちゃん、入室の仕方乱暴すぎだよ……!」
「だってお前もノってたじゃんか!」
「いきなり扉に突っ込むのはやりすぎだよ……!」
「二人とも、早く座れ!」
こそこそ話をする二人に、エアグルーヴが一喝を入れる。
「ご、ごめんなさいっ!」
「す、すんません!」
言われた通りに、二人は来客用のソファに腰を下ろした。
その対面に、シンボリルドルフは腰を下ろす。
すると、事前に用意していた湯呑をエアグルーヴがお盆に乗せて持ってきた。
「お茶です」
「ありがとうエアグルーヴ」
湯気の立ち上る湯呑が三つ、重厚な木の机に置かれた。
そのお茶をルドルフは手に取って、ひとくちすする。
コツン、と机に戻すと、彼女は指を組んで二人の方を向いた。
「今日は来てくれてありがとう、ジャングルポケット、ダンツフレーム」
「ども」
「は、はいっ」
ポッケとダンツが交互に返事をする。
「さっそく本題に入ろうか。君たち二人が今日来てくれた目的が、今わたしの手の中にある」
さっ、とルドルフは二枚の厚紙のようなものを取り出し、机に置いた。
それは封筒だった。羊皮紙のような質感のその表面には封蝋がされており、アンティークの雰囲気を漂わせる。
そしてその上には、URAのロゴであるウマ娘の横顔のシルエットとともに、『URAファイナルズ・バトルロワイアル運営より』と書かれてあった。
「マジか……!」
ポッケは自分の方に置かれた封筒を手にした。
裏面を見ると、そこにはトレセン学園の住所などの事項と共に、自らの名前が書かれている。
「これ、開けていいんすか……!?」
「もちろん。ぜひ内容を確認してくれ」
封蝋に手をかけ、ばりっとそれを引きはがす。その中には、折りたたまれた、これまた羊皮紙っぽい質感の紙。
それを取り出して広げ、ポッケはその内容を目にした。
そこには手書き風の書体の文字で、こう書かれてあった。
親愛なるジャングルポケット様
この度、あなたがURAファイナルズ・バトルロワイアルの推薦出走枠を得られたこと、
同時に当大会の出場権を得ましたことを、ここにお知らせいたします。
この封筒と便せんそのものが、出場におけるチケットそのものになります。
また、出場における詳細を記した便箋を同封しましたので、そちらも併せてご確認ください。
URAファイナルズ・バトルロワイアル運営より
「――――――よっしゃああああああああ!!!」
その瞬間、ジャングルポケットは、大きく跳びあがった。
「やったぜーーーーっ! 俺も、ついにフジさんと同じ場所にっーーーーーー!!」
その手が、ぐっと強く握りしめられる。
手紙がぐしゃりと折れ曲がったが、ポッケはそんなことは気にならなかった。
憧れていた――――トレセンに入る前から、何年間もあこがれ続けたその舞台に立つ資格を、今自分は、この手にしているのだ――――!!
ばっ、と自分の顔をダンツの方に向ける。
「なあダンツ! お前はどうだった!?」
同じく手紙を眺めていたダンツ。
そこから目を離し、ポッケの方へ顔を向け、にかっ、と満面の笑みを返した。
「うん、ポッケちゃん! わたしも受かったよ!」
手紙の内容を見せるダンツ。
そこにはポッケのものと同じ文面があった。
「やったぜダンツ! いっしょに出走だ!」
勢いのまま、ジャングルポケットはダンツフレームに抱き着いた。
「むぐっ! うんポッケちゃん! 一緒に頑張ろうね!」
ぎゅーーーっ
ポッケは抱きしめる力を一杯に籠めた。
(やった、やった、やったぜ……! 俺も、URAバトロワに出れる……! 最っ高の気分だ……!)
「ちょ、ちょっとポッケちゃん苦しい……!」
「あ、わり!」
がばっ、と距離を取ってダンツから離れる。
そして提案を口にした。
「なあダンツ、このあと一緒に商店街で前言ってたにんじんオッチャホイ食いに行かねぇか!?」
「うんっ、もちろん、いっしょに行こ、ポッケちゃん!」
「っしゃあ! お祝いだーーっ!」
再び、ジャングルポケットはその場で跳びあがった。
シンボリルドルフが口を開く。
「渡すものは渡した。わたしからは以上だ。ぜひ、周りのしかるべき人たちにも報告してやってくれ」
「ああ! ありがとな、じゃなくて、ありがとうございますっ、会長さん! よっしゃ、行くぞダンツ!」
「あっ、まってポッケちゃん! あ、わたしも、ありがとうございました……!」
バーン、と扉を押し開けて、ジャングルポケットが部屋から飛び出ていく。その後ろに、再びダンツがついて行った。
「はあ……また、雑に扉を開けて……」
エアグルーヴが額に手を当て、悪態をつく。
うるさい二人(原因の八割はポッケ)が出て行った会長室は、とても静かに感じられた。
そんな中、ふふ、と、シンボリルドルフは、口元に手を当て、小さく笑った。
「楽しみだね、エアグルーヴ」
顔の向きを変えず、シンボリルドルフは扉を見つめて。
その声のトーンは、先ほどより、少し低かった。
「ええ……。そうですね、会長。我々も、出走する身として……」
「ああ、もちろん、わたしは君にも期待しているよ、エアグルーヴ」
いつの間にか手にしていた羊皮紙の封筒を、ルドルフはエアグルーヴの方へ向けた。
エアグルーヴはそれを手にして開封し、その中身を確認する。
二人と同じく、優先出走枠の招待状。
それを読みながら、エアグルーヴは会長に答えた。
「はい。トゥインクルシリーズからすでに出て、ドリームトロフィーシリーズにいるわたしたちにとっては、彼女たちと闘える、またと無い機会」
「ああ……彼女たちと闘うのが、今から楽しみだな……」
また別の封筒を、ルドルフは懐から取り出した。
すでに、その封筒には開封された跡がある。
中の便せんを取り出し、内容を一瞥した。
親愛なる、シンボリルドルフどの
前年度優勝者として、あなたを優先出走枠に招待いたします。
今年のご活躍も、ますます期待しております。
URAファイナルズ・バトルロワイアル運営より
「本当に、楽しみだよ」
ルドルフは、心の底からの笑みを、顔に浮かべた。