ーーーミレニアムサイエンススクール:廊下ーーー
足音がカツンカツンとタイルの上に規則的に響き、やがて消えていく。
そんな中を歩くのは、早瀬ユウカと、彼女の隣を歩く金髪の少女──自らを「高橋みほ」と名乗った人物だ。
ミレニアムの制服をまとってはいるものの、その姿にはどこか違和感がある。
ユウカが軽い口調で話しかけると、廊下の白い照明が2人を浮かび上がらせた。
「コユキにも友達がいて良かったわ。コユキに着いていくのって大変じゃない?」
ユウカは、ミレニアムサイエンススクールの生徒である黒崎コユキに関して思うところがあった。
いつもギャンブルなどのトラブルを起こしては逃げ回っている印象が強い。その分、周囲に呆れられたり敵視されたりしていて、「友達」と呼べる存在は本当にいるのだろうか、と疑問に思っていた。
だからこそ、この金髪の少女が「コユキの友達」だと聞いて、少し意外に感じているのだ。
だが、問いかけに対して「高橋みほ」は黙したまま何も答えない。まるでユウカの声が届いていないかのように、ただ歩調を合わせているだけだった。
その沈黙には何かを抱えているような重みがある。そう直感したユウカは、小さくため息をつきながらもう一度言葉を探す。
「えっと……コユキとはどんな感じで仲良くなったの?」
再びの問いかけ。けれど、「高橋みほ」は少し微笑みを浮かべるだけで、やはり無言を貫いている。
照明の冷たい光が、彼女の金髪を淡く照らす。
(この子、何を考えてるのか全然わからない……。)
ユウカの胸中に漠然とした不安が広がった。
コユキは確かにトラブルメーカーではあるが、根は悪い子ではない(はず)だ。この「見知らぬ友人」が、どこから現れたのか。
ユウカの疑問は消えないまま、廊下の曲がり角に差し掛かる。
「この先まっすぐ行けば反省部屋が……あっ、ノア!」
ユウカの視線の先には、穏やかな雰囲気を湛えた生塩ノアの姿があった。
ノアはユウカに気づくと、にこやかな笑みを浮かべながらこちらに駆け寄ってくる。
「あらユウカちゃん、ちょうど良かったですね。反省部屋まで一緒に……その後ろの子は?」
ノアは「高橋みほ」に視線を移し、柔らかい笑顔を向ける。
ユウカもまた、その紹介をするために口を開いた。
「この子? コユキの友達の高橋みほさんよ。」
そう伝えると、ノアの表情にかすかな疑いがよぎる。
そして静かに、しかし冷静な口調で問いかけるように繰り返した。
「高橋みほさん、ですか?」
ノアの瞳が細められ、「高橋みほ」を見定めるようにじっと見つめる。
一見、人当たりのいいノアの表情の裏で、警戒の色が揺らいでいるのが分かる。
「コユキちゃんのお友達なんですね? それでは一緒に反省部屋に行きましょうか♪」
ノアは表向き笑顔を崩さないまま、ユウカの元まで寄ってくる。そして誰にも聞こえぬよう、小声で話しかけた。
「ユウカちゃん、その子は高橋みほさんではありません。」
「えっ、どういうこと?」
思わぬ言葉にユウカは思わず驚きの声を上げる。
ノアは周囲に気づかれないように少し間を置き、低い声で続けた。
「私の記憶では、高橋みほは黒髪で丸メガネをかけた女の子です。この子とは全然違います。」
視線を戻すと、そこには先ほどと変わらず無言で立っている「金髪の少女」がいる。
ユウカの心はざわめく。
「じゃあ、この子は一体誰なのかしら?」
ユウカが眉を寄せて問いかけると、ノアはまるであらゆる可能性を考慮するように一瞬目を伏せ、そして再び穏やかに微笑んだ。
「今は泳がせて、隙を見て正体を探るべきです。」
ユウカは短く頷きつつ、自分の通信端末を取り出した。
オペレーターや関連部署へ、目の前にいる「高橋みほ」と名乗る少女の写真を送信し、ミレニアム内部のデータベースで照合するよう指示を出す。
彼女が果たして何者なのかを探るためだ。
こうして三人は、会話らしい会話もなく、無言のまま反省部屋へと続く長い廊下を歩き始める。
ユウカはちらちらと横目で「高橋みほ」を見やるが、まるで彼女の精神は揺らぎを見せない。
彼女は不気味なほど落ち着いていた。
(この子、本当に何者なんだろう……。)
一方でノアは先頭を行き、時々振り返っては、警戒をにじませた視線を送っている。
こうして、ミレニアムサイエンススクールの白い廊下には、無言の緊張感が漂い始めていた。
ーーー反省部屋ーーー
反省部屋と呼ばれる施設は、外聞のイメージとは裏腹にかなり快適に整えられている。
ふかふかのソファと広々としたベッド、壁には大きなモニターがあり、映画やゲームなど娯楽も揃っている。
ここは「教育的指導」の名目で私が一定期間隔離するための場所だ。
しかし、実際には「ちょっと豪華な独房」に近い。外へ勝手に出られないとはいえ、中では暇つぶしに困らない環境が揃っている。
ところが、この部屋に軟禁状態の黒崎コユキは、ソファに腰を下ろして大きなため息をついた。
何度も入れられているため、私物も大量に持ち込み、まるで自分の専用部屋のようになっているが、今回は期間が長い──3ヶ月になるかもしれない。
「……はぁ、1週間、いや3ヶ月この反省部屋から出られないのは暇ですね。」
部屋に置かれたゲーム機やPCにまったく触れず、コユキはやるせなさを吐き出す。
いつものコユキなら、備え付けの設備を使って暇をつぶすだろうが、今日は何故か元気がない。
増やそうと思ってカジノに手を出したら失敗し、学校の資金に手をつけたことが大問題になった。そのうえ逃げ回った挙句、ユウカに捕まってしまったのだ。仕方ないとはいえ、長い時間の拘束に気持ちが沈む。
そこへスピーカー越しに聞こえるノア先輩の声が、やけに明るい調子で響いた。
「コユキちゃん、聞こえますか? お食事とお友達を連れてきましたよ。」
「お友達?」
扉が開くと、見慣れぬ金髪の少女が部屋へと入ってくる。
コユキは首を傾げる。
しかし、すぐに扉が閉ざされ、ノアの冷たい声がスピーカーを通して告げた。
「さて、『高橋みほさん』。いえ、どこかの誰かさん。あなたにはしばらくここで大人しくしてもらいます。」
そして、ユウカ先輩の声も続く。
「不法侵入の罪は重いわよ。それ相応の罰を覚悟しなさい。」
(え、なにこの状況?)
コユキは思わず戸惑った表情になる。ノアやユウカが疑念を向けているらしい「高橋みほ」という少女が、まるで檻の中に押し込められた形だ。
当の少女はというと、まるで動じる様子はなく、反省部屋の中を興味深そうにキョロキョロ見ている。
「それで、結局あなた誰なんですか?」
コユキが訝しげに問いかけると、少女はやがてガラケーを取り出していじり始める。
そしてその画面をコユキに向ける。
「え、これ私の電話番号?」
そこには、コユキが適当に電話をかけた番号──つまり、あの強引にハッキングして繋げた通話先の記録が表示されている。
「助けに来てくれてありがとうございます。と言いたいところですけど……捕まってるじゃないですか! これからどうするんです?」
助っ人だと思っていたのに、肝心の姿は「反省部屋に閉じ込められた仲間」そのもの。コユキが焦りの混じった声を上げるが、少女は相変わらず無言でガラケーを操作している。
ーーーゲーム開発部:部室ーーー
同じ頃、ミレニアムの一画にあるゲーム開発部の部室では、才羽モモイと才羽ミドリ、そして部長の花岡ユズが新しいゲームシナリオの企画や資料整理に追われていた。
もっとも、モモイとミドリは買ったばかりの新作ゲームに気を取られていた節もあるが、とにかく部室に戻って作業を始めた矢先のこと。
ふと、モモイの視線が机の上に置かれた「何か金属製の物体」に止まった。
「ん? これって……銃?」
それを手に取る。外見はハンドガンだが、ずしりと重い。
「えーっと……誰のこれ? これミドリの?」
モモイが半ば冗談のつもりで尋ねると、ミドリは即座に首を横に振る。
「いや、私のじゃないよ。ユズちゃんは?」
ユズも困ったように首を振った。
「ううん、私のでもないよ……」
3人で顔を見合わせる。部室に紛れ込んでいる銃、それが誰のものか分からない。
モモイは思い当たるところとして、最近部室に出入りした人物を思い返す。
その中には、無口で金髪の少女──「高橋みほ」がいた。
「んーと、じゃあ高橋さんのかな……?」
思い至ったモモイはスマホを取り出し、モモトークのグループチャットから「高橋さん」に連絡を送る。
すると、まもなくして返信が届いた。その文面を見た瞬間、モモイの表情は青ざめて凍りついた。
『ごめんなさい、その銃は爆弾なの。あと1分で爆発するから今すぐ部室を離れて。』
「……ええええええ!? 爆弾!? 嘘でしょ!」
思わず声を張り上げるモモイに、ミドリとユズも衝撃を受ける。
「 1分って……それ、どうすればいいの……!」
「お、お姉ちゃん、とにかく捨てなきゃ! 窓、窓っ!」
ミドリが窓を開け放つ。モモイは手早く、その銃──爆弾を窓の外へと投げ捨てた。
「えいっ!」
銃は部室の外へと弧を描き、地面へ落ちていく。その刹那──
ドォォォン!!!!!
凄まじい轟音と衝撃波が部室を揺さぶる。
悲鳴を上げたモモイは尻もちをつき、ミドリとユズも慌てて身をかがめた。
ガラスがビリビリと振動し、棚に並べていた備品が床に散らばる。
「た、助かった……」
恐る恐る立ち上がるモモイの耳に、さらにいくつもの爆発音がこだまする。
窓から外を覗くと、校舎のあちらこちらから黒煙が上がり、混乱している様子がうかがえる。
「なんなの……これ……。」
呆然とつぶやくモモイ。どうやらゲーム開発部だけでなく、ミレニアムサイエンススクールの複数箇所で同時多発的に爆発が起きているようだ。
いずれにせよ高橋みほが、きな臭い騒動を起こしているのは間違いなかった。
ーーー反省部屋ーーー
「な、何ですかこの爆発音!」
コユキは反省部屋の窓に駆け寄り、外の様子を伺おうとする。
窓の外からは緊急アナウンスが聞こえ、煙が視界の端に立ち上っている。
「……」
一方、謎の少女は顔色ひとつ変えずに扉の前へ歩き、何やらカードキーのような小さな装置を取り出した。
手際よく操作すると、反省部屋の電子ロックが解除される。
「おお、このロックを数秒で解除するなんて……」
コユキは思わず感嘆の声を上げた。自分を何度も閉じ込めてきた扉が、あっという間に開いてしまったのだ。
少女は外に出ると、すぐに廊下の窓のそばへ向かう。
そしてためらいなく拳を振り上げ、そのままガラスを叩き割った。
「うわっ! 凄い馬鹿力!」
コユキはあっけにとられて、その姿を見つめる。
破壊された窓から冷たい風が吹き込み、ガラス片が床を散らばる。
少女は何事もなかったかのように振り返り、コユキを無表情で見つめ手を差し伸べる。
「ちょ、ちょっと待ってください!まさか飛び降りる気ですか!? そんなことしたら確実に――」
制止する声もむなしく、少女はコユキの手をがしっと掴む。
そして力強く引き寄せると、そのまま抱きしめるような形で体を支え、一歩足を踏み出す。
コユキが恐怖に目を見開くより早く、少女は窓から飛び降りた。
「うわあああああ!!!!!」
コユキの絶叫が夜気を切り裂く。
想像を絶する高さからの落下だ。地面に叩きつけられたらひとたまりもない。
しかし、次の瞬間──ドサッと柔らかい衝撃に包まれる。
「……い、生きてる……?」
落下の衝撃がそれほどでもなかったことに気づき、コユキはおそるおそる目を開く。
そこには大きなクッションが荷台に積まれた車が止まっていた。どうやらこのクッションを狙って飛び降りたらしい。
運転席から顔をのぞかせた人物が、にやりと笑って手を振る。
「よっ! 間に合ってよかったぜ、ダチ。」
その人物はエンジンを吹かし、すぐにこの場からの脱出を図る構えだ。
「すぐにぶっ飛ばすから、しっかり掴まってろよ!」
コユキが唖然としているうちに、車は勢いよく走り出す。
荷台のクッションに転がったままのコユキと少女は、衝撃に備えて身を伏せた。
ーーーアビドス区内ーーー
しばらく走った車は、夜の闇が広がるアビドス区の裏路地に停車した。
エンジンが止まり、静寂が戻る。周囲には人影もまばらで、街灯がかすかに道を照らしている。
コユキと少女は荷台からよろよろと地面に降り立つ。
反省部屋という「檻」から抜け出し、やっと自由の身になったのだ。
コユキは開放感に満ちた声で、小さくガッツポーズをする。
「やった! これでようやく自由だー!」
一方で、少女は相変わらず淡々としているものの、どこか達成感のようなものを感じているように見える。
車の運転手はドア越しに声をかけてきた。
「派手にやったな、ダチ。ミレニアムは今頃大混乱だろうな」
さっきの爆発騒ぎは学校中を騒がせているはずだ。
まともにアラートが鳴り響き、警備員たちが右往左往していることだろう。
コユキはほっとした様子で胸をなでおろす。
「いやー、本当にありがとうございます! 助けてもらって、お礼にお金をと思ったのですが……ただ、手持ちがないんですよ」
ポケットを探るが、すっかり空っぽだ。カジノでスッたのもあり、ほとんど手元には残っていない。
少女は無言でコユキを見つめ、冷やかな視線を送っている。
そのまま黙っていると、コユキは焦って口を開いた。
「でも、安心してください! 絶対に恩を返しますから! それに…どうでしょう、一緒に行動しませんか? お金になることなら何でもしますよ!」
まさに窮余の策という感じである。
このままだと、いつまた捕まるか分からないし、今度は一緒に稼げそうな仲間がいるなら、それもまた楽しいかもしれない。
少女はしばし考えるそぶりを見せたが、静かに頷いた。
コユキはパッと笑顔を咲かせ、嬉しそうに言葉を続ける。
「決まりですね! これからも一緒に頑張りましょう!」
コユキが手を差し出すと、少女は無言のままその手を握り返す。
まるで契約を交わすような瞬間だった。
車の運転席から声が飛ぶ。
「話は決まったみたいだな。しばらくはおとなしくしてろよ、二人とも」
そう言うと、その人物は車のエンジンを再びかけ、暗闇の中へと走り去っていった。
残されたコユキと少女は、微妙にアンバランスな空気の中、今後の行動を共にすることになった。
学校での爆発騒動、偽の「高橋みほ」、そしてコユキの脱走──次にどんな波乱が彼女たちを待ち受けているのか、まるで予想がつかない。
ふとコユキは空を見上げる。アビドスの夜空には星がまたたき、静寂が広がる。
「……よし、とにかく今日はゆっくり休みましょうか。明日から色々と計画を立てないとですね!」
かくして2人の、ここから本格的に幕を開ける。
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