奴隷迎合 - The Servant above Slaves   作:紙谷米英

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奴隷迎合【12】

 

【11】

 

 ダンマーム港での戦闘の収束から一時間後、作戦本部では、今回の作戦に対する帰還報告(デブリーフィング)が行われていた。作戦を致命的な失敗をもたらした要因のひとつ、現地部隊の責任者を交えて喧々諤々の|談義が払暁まで続いたらしいが、その間の俺は別の場所にいた。

 狙撃地点の屋上で、ブリジットから己の不始末が招いた惨事を眼前に突きつけられた後、俺は彼女へ歩み寄ろうと一歩を踏み出し、そして膝から崩れ落ちた。戦闘での負傷を危惧して駆け寄るブリジットをショーンが制し、ヘッドセットのマイクへ叫ぶのを聞きながら、意識を手放した。

 目が覚めた時、俺はマラクを脱出して間もないダニーを付き添いに、海へ嘔吐していた。かつてはチョコレートとナッツだった混合液が、糞尿めいた澱を作って眼下の水面に溜まり、波にさらわれる度にどんよりと揺れた。食道を逆流した汚濁が顎を垂れ、海風が運ぶ微生物の死臭が空っぽの肺を満たす。

 自分のものと信じ難い嗚咽で埠頭から黒い海面へ胃の内容物を零す間、網膜に焼きついた、屋上での光景が何度も去来した。こちらへ背を向けていたブリジットが、月下にゆらりと振り返る。その顔は殺人を犯した後悔に染まってなどおらず、危うげな自信をたたえていた。精神科医ではないが、平時と真反対の状況に置かれたことで異常量のアドレナリンが分泌され、殺人による罪の意識が上塗りされているのだろう。あの手の神経伝達物質の働きは極めて強力だが、言い換えれば、効き目が失われた時の反動たる揺り戻しも激しい。肉体が多量のアドレナリンを必要とする判断を下すのは、許容量を超える不安と緊張に襲われている証左であり、ホルモンの分解と同時に、受容を先延ばしにしていた恐怖が一挙に襲ってくる。それも、アドレナリンの分解で極度に疲労した後で。

 脆弱な上司がむせ込みゲル状の胃液を吐き散らす間ずっと、ダニーは俺が海に落ちない様、戦闘ベストの襟首を掴み、余計な言葉なく介抱していた。蔑みも向けず、陳腐な憐憫も寄せずにいてくれる温情が心苦しく、消化器への自傷行為が加速する。粘液が装備を汚し、ストレス性の汗も相まって、路地裏のゴミバケツにも劣る悪臭を発しているだろうに。

 そうして一時間ほど気管を痛めつけていただろうか、喉から絞り出す液体に赤いものが混じった頃、背中から埠頭に倒れ込んだ。ダニーは即座に俺の腕に点滴の針を刺し、ブドウ糖輸液――電解質飲料に近い液体――を投与した。それから塩分を含んだ水のボトルを口に咥えさせ、生命活動の危機に腰まで浸かった肉塊の延命に努めた。口内に感じる塩気に吐き気が再来したが、必死で飲み下した。信じられない。恋人に手を汚させ、士官の責務を兄弟と親父に丸投げして、舎弟にゲロの世話をさせておきながら、それでもまだ無様に生きようとしている。

 容態が落ち着いたのを見計らい、ダニーは俺の脇に肩を差し入れ、作戦本部へと引きずってくれた。

「今は何も考えるな。詳しい話は、あんたが回復してからだ。まずは胃を手当てして、栄養を摂らなきゃ」

 返事をしようにも、喉が荒れきって声が出ず、頷く余力さえなかった。ダニーに促されて数歩を踏み出し、作戦本部への道を辿る。心身の疲弊から、目蓋を開いていられない。閉じた粘膜の裏に、ここ数時間の光景がおぼろげな像を結ぶ。狭苦しいレンジローバー、対物ライフルに射貫かれた部下、燃え盛る輸送ヘリ、奇妙なコンテナと貨物船の爆発、ブリジットの戦闘介入と殺人――。胃に仮止めした生気が、そっくり地面へぶちまけられた。

 

 午前六時、我々D戦闘中隊は、ここへ来る時と同じC-130ハーキュリーズ輸送機に搭乗し、キング・ハリド軍事都市への帰路に就いた。生き残った中隊の面々は例外なく憔悴し、ハンモックも展開せずに汚れた身体を鋼板の床へ雑魚寝させていた。俺はといえば、キャビンの端に横たえられ、乳飲み子の様に嘔吐物で窒息しないか、ダニーがすぐ傍らで見守っていた。

「ショーンから、大方の事情を聞いたよ。心配せずとも、誰にも話しちゃいない」

 くそ。疲れ切っている舎弟に、余計な懸念を抱えさせている。ダニー曰く、ブリジットは親父や通信部隊と別の輸送機に乗ったとの伝であった。ショーンもそちらに同乗しているらしく、親父に事態の詳細を聴取されていると思われる。

 キャビンの中央部には、縦長の黒い袋が整然と並べられ、輸送機の急なバンクで動かない様に固定されていた。十六の死体袋――その半数以上に、SASの同胞が収められている。往路でいびきをかいていた連中が、今は言葉を発することなく、中東上空の気流に揺られている。仲間の死体袋を見ていられず、左腕で視界を遮ったが、レンジローバーで軽口を叩いていたパーシーとデイヴの姿が脳裏に蘇る。前腕で眼球を押さえたが、食い縛った歯の上を涙が伝った。あのふたりの死に泣いたのではない。恋人に手を汚させた、エゴイスティックな不甲斐なさに涙した事実に打ちのめされ、新たな吐き気を催した。

 

 輸送機がサウジの滑走路に降り立つまでの一時間ずっと、誰もが口を開かずにいた。互いに生傷を舐め合うことさえなく、個々の心の内を明かせず一睡もままならぬまま、不穏当に変じた日常へと引き戻された。駐機した輸送機から、歩ける者は強い日差しの当たるタラップを自ら下り、負傷者は輸送車で病棟へ搬送された。タラップを下りてすぐの滑走路脇にトラックが駐まっており、死体袋がその荷台へと運ばれた。ダニーの肩を借りてタラップへ足を掛ける頃には、全ての遺体がトラックへの積み込みを終えていた。別の滑走路でも同様の光景が展開されており、そちらはもっと多くの死体袋を積み込んでいると見えた。恐らく、ピューマ・ヘリに乗っていた兵士たちだろう。瞬間、ピューマに地対空ミサイルが直撃した瞬間がフラッシュバックし、目眩に襲われる。

「目を閉じなよ、ボス」

「開いていないと、もっとひどいもんを見せられるんだ」

「難儀な男だね。知ってる」

 ダニーは呆れつつ、SASの兵舎行きのマイクロバスまで、お荷物の小隊長を引きずってくれた。貴重な水分が、またも涙腺から溢れた。

 兵舎に戻ると、使用者のいなくなったベッドが、否応なしに意識を数時間前の作戦へと引き戻した。生き残った者は各自のベッドで無気力な表情のまま虚空に視線を漂わせ、初めて実戦を経た新兵みたいに打ちのめされていた。数人は俺の姿を視界に入れると、何かを訊きたげに見つめてきた。こちらがかぶりを振ると、落胆も露わに俯き塞ぎ込む。自分たちは何のためにダンマーム港へ派遣され、待ち伏せを受け、そして多くの命を失ったのか。士官でありながら、そんな彼らの慰めのになるだけの情報さえ、俺は有していなかった。船倉の最下層で、あと一歩まで近づいていたにもかかわらず。感情の抜け落ちた兵士たちに、疑心だけが募っていた。

 ダニーの助けで自分のベッドに腰掛けさせてもらい、ブーツを脱ぎマットレスに仰向けになろうとして、やめた。俺ベッドの上段は、借主のいない空っぽのままであった。親父たちと一緒にいるであろうブリジットの現況を考え、天井を仰ぐ。戦闘が終わってから、五時間が経過していた。極度の緊張下で分泌されていたアドレナリンは、とうに分解されている。二百メートル離れた敵に並外れた強運で弾丸を二度命中させ、主人を救った経験による興奮は、とうに失われているだろう。遅効性の毒に苛まれるあの子の、一番近くで寄り添ってやらねばならない男が、こんなところで何をしているのか。

「ダニー、俺の携帯電話をくれ」

 ダニーは俺が差し出した手を取ると、電話の代わりに、蓋を開けた電解質飲料のボトルを握らせてきた。

「駄目だ。今のあんたに必要なのは休息と、何も考えない時間だ。そいつを飲んだら、シャワーに行くぞ。潮がついたままじゃ休めない」

「いや、電話を――」

 ダニーの手が俺からボトルを奪い、そのまま飲み口を顎に押しつけてきた。

「飲むんだ」

 物を言わせぬ気迫に圧され、俺は部下の仰せのままに生ぬるい水分を摂った。どういった理由かはさておき、今のこいつは親父の指示で、俺の面倒を見ているらしい。

 ダニーの牽引でシャワートレーラーへ運ばれ、小便にまみれた着の身を剥かれて、頭上から熱い湯を掛けられる。俺たちふたりの他にも、連隊数人が装備を身に着けたまま施設を利用していたが、誰もがうなだれたまま言葉を交わさず、湯がタイルを叩く音だけが響いていた。

 疲れが表情に出ているにもかかわらず、ダニーは自分の洗体もほどほどに、懸命に俺の身体をこすり洗い、水気を拭き、新しい肌着とトラウザスに着替えさせた。再びベッドに俺を横たえさせると、しょぼくれた小隊長に与える餌の準備を始めた。

「食わなきゃ駄目か?」

「食うんだよ」

 年下のお叱りにたじろぎつつ、精気を失った隊員たちを眺めていると、すぐ隣からナイフの刃を振り出す金属音が聞こえた。米軍のMREは各パウチに切り口が設けられているので、通常なら喫食に刃物は要らない。どうやら、物をつまんで引き裂くという動作が困難なまでに摩耗しているらしい。

「俺のことはいいから、お前も休め」

「うるさいぞ」

 ダニーはこちらを見ずに、MREに同梱された化学式のヒーターに水を注ぎ、糧食の加温を始めた。加熱用の袋越しに、ビーフ・ラビオリの字が見えた。

「そんなのより紅茶がいいな。英国《うち》の糧食のティーバッグじゃないやつ」

「カフェインなんか摂ったら吐くだろうが。大人しくしてろ」

 恐ろしく取りつく島のない看護婦に、言葉を失う。粘ついたラビオリの方がよほど吐きそうだ。

 十数分間、ヒーターから白煙が立ち上り、マグネシウムの酸化で生ずる静かな音だけの時間が続いた。やがてダニーがラビオリの袋をナイフで切り開き、樹脂製のスプーンを突っ込んで少し混ぜると、大きなひと匙をこちらへ差し向けてきた。強い添加物の臭いに、眉をしかめる。

「ほら、あーんしろ」

 やだ。

「くそ不味いもんを近づけるな」

「不味くても、カロリーには違いないんだ。口を開け」

 なけなしの体力で抵抗を試みたが、相手の苛立ちが俺のわがままに勝った。スプーンが口内へ突っ込まれ、薄味ながらえぐみばかり強いソースの臭いが脳幹を貫く。

「もういいよ、気分が悪い」

「黙って食え」

 ふた口目が無理くりにねじ込まれ、ろくに咀嚼していない小麦の塊とくず肉が食道を突き進む。本国の自宅で、ほろ酔いのブリジットから同じ行為をされた記憶が、こんなところで更新される。企業努力でましになっているらしいラビオリのひどい喉ごしが、ブリジットの手料理の味へ郷愁を募らせる。自分は何故、こんな劣悪な環境でひどい食事を摂らされているのだろうと、軍人として致命的な疑念を抱くまでに精神が消耗していた。自分が望んで続けている仕事なのに、快い自宅と嫁さんの美味い料理を切願している。"ハラール"とかいう文言ひとつで自分が食う物も満足に選べない地で、ブリジットが焼いた豚肉のミートローフに想いを馳せている。そのブリジットが現況を生んだはずなのに。ラビオリの最後のひと口を嚥下すると、熱い涙が零れた。

 ダニーは俺の口と消化器を犯し終えると、膝高の木箱と水のバケツを運んできて、その上で自分の銃の整備を始めた。

「お前のベッドは隣だよ」

「殴るぞ」

 げに恐ろしい上等兵である。どうやら意地でも俺の傍から離れるつもりはないらしく、やつは細かに震える指で銃を分解し、部品を幾つも取り落としながら、吹きつけられた潮をブラシで落としに掛かった。自分のベッドで休めと言いたかったが、今度こそ溶剤まみれの拳に殴られそうだったので、口をつぐんだ。

 付近のベッドで起きている者は、俺たちふたりを除いて皆無だった。ヴェストはキノコスケッチのノートを開いたまま眠りこき、ベッド下の床に茶色の色鉛筆を取り落としていた。船上でショットガンを振り回して獅子奮迅の働きを見せたジェロームは、マットレスの端から首を放り出し、半眼に白目を剥いて、喘息のカエルめいたいびきを発している。ショーンは、未だこの場で休むことさえ許されていなかった。俺のせいで。

 気分は地を這っていたが、胃に収めた物質は確かな熱量となって全身に行き渡った。点滴と異なり、経口摂取での食事という儀式を経た満足感もあり、状況の整理に向き合う姿勢が整えられた。少なくとも、自身ではそう診断した。潰れたマットレス上で尻の位置を正し、MREに入っていたピーナッツのM&M'sを舌に乗せて溶かし、じっくりと味蕾に染み込ませる。浸透した糖分で神経細胞が活性化し、ノックダウンしていた脳を叩き起こした。

 目蓋を閉じ、今回の作戦を起点から遡る。休養中の突飛な召集から三時間と経たぬうちにサウジへ飛ばされ、結果的に貧弱な装備でダンマーム港での貨物船調査に臨み、そして敵に先手を打たれ、ショーンの相棒たるマシューが死んだ。初手で大打撃を受けた自軍であったが、貨物に対するブレナン中将の執着は普通ではなく、そのせいでSASは退路を失った。思い返すと、件の通信を最後にブレナンの声を聞いていない。作戦後にぶっ倒れていた俺は別としても、帰還報告中に、あのくそじじいへ殴り掛かろうとした連隊員がいたという話もなかった。恐らくは目当てであっただろう人間入りのコンテナが発見されたというのに、当人はどこへ行ったのか。そういえば、独断で対地ミサイル発射を敢行した、通信担当のシェスカはどうなったのだろう。恋人の様子が気に掛かるであろうショーンは、自分とは無関係のストレスに包囲されたままだ。今の俺の様に、ケミカルな色と味のフルーツジュースを啜れてもいないだろう。

 寡兵ながら、我々は貨物船・マラクの内外で中東系の顔をした敵を相当数排除したが、あれがアルカイダ系のテロ組織所属だったのか、それとも武器麻薬の密輸に携わっていたのかは、そいつらを直接殴った身でも識別できなかった。こうも終始不透明な作戦であったから、連隊のタフな仲間が現実逃避に眠っているのも無理はない。ともすれば、連隊の結束が瓦解しうる可能性さえ鎌首をもたげている。そんな状況を打開すべきは士官の我が身であるのに、この根性なしは自分の恋人への憂慮に囚われていた。

「……寝なよ」

 銃の整備を終えて片付けを始めるダニーを黙殺し、不測の事態に備えてため込んでいた、ORP(英軍制式の戦闘糧食)に付属するティーバッグふたつをステンレスのマグに放り、私物の電気ケトルから熱湯を注ぐ。こんな野郎の陰毛めいた茶葉に敬意を表する必要はないので、律儀にジャンピングを待つことなく、渋みが出るのも構わずティーバッグを上下させる。インスタントコーヒーよろしく茶ばんだ液体に大量の砂糖を放り、さっきまで自分を苦しめていたスプーンで掻き混ぜた。これはメイドさんが淹れてくれる紅茶を意図して作られたものではない。単なるカフェインたっぷりの砂糖汁だ。現実と向き合うのに必須の脳内物質を生み出す、けちなブースター・ドラッグだ。

 軟便じみたチーズスプレッドの包みを噛み搾りつつ、コーンブレッドを頬張って、口内でぐちゃぐちゃに混ぜ食べる。モルタルを噛み砕いている心地を振り払い、ダンマーム港で最後に目にしたブリジットの姿を思い返す。月明かりの下、出逢った頃よりずっと豊かな感情を見せる瞳は危なげな自信に満ち、長い睫毛に縁取られた目蓋がこの世ならざる色香を漂わせていた。足下に転がる空薬莢には、大口径のラプア・マグナムだけでなく、西側の歩兵が標準的に使用する五・五六ミリの小銃弾のそれも多数確認された。ショーンのC8カービンから排出されたと考えるのが最も合理的かつ独善的だが、マラクから下船した敵が迫ってきた時、弟はすぐに建物内へ侵入した敵の排除に、狙撃地点から移動した。その際に屋上からC8で数発を撃ったとして、あれほど多量の薬莢は散らないだろう。この事実は、ショーン以上に屋上で五・五六ミリを発砲した者の存在を示しており、その弾薬はブリジットが携行する〈ナイツ・アーマメント〉SR-16とも一致する。つまり、ブリジットはマラク甲板で俺を攻撃した敵を狙撃した他に、手持ちのカービンで屋外の敵を撃ち下ろしていた可能性がある。建物の外壁周辺に、敵の死体があるかを確認すべきであったか。階段を上がってくる敵への対処に追われるショーンに、トイレを飛び出した彼女の行動を制止する余地などあろうものか。

 如何なる状況で何人を殺傷したかはともかく、ブリジットが人を殺めた現実に変わりはない。お遊びの延長といえ、対人用途の射撃術を指導すべきではなかったと、改めてほぞを噛む。死んだのが国家に仇なすテロリストだとしても、何の慰めにもなるまい。殺害対象が凶悪犯罪者であっても――我が子を玩弄したレイプ魔が相手なら別かもしれないが――初めて人間を殺した兵士は、ほぼ確実にPTSD(心的外傷後ストレス障害、トラウマ)を発症する。大脳皮質の発達と引き替えの呪いか、ヒトは同族殺しに対して極めて敏感な反応を示す。戦地で初めて敵を殺めた直後の兵士は大抵、祖国に徒なす害虫の抹殺に与した栄誉に歓喜する。これは殺人の罪悪感に対する自己防衛として、アドレナリンが分泌されるためと考えられている。当然、この神経物質が作用する時間は限定的であり、殺人童貞を卒業した当日は、床に就くものの眠れぬ夜を過ごす例が極めて多い。また、同族殺しを経験した兵士の多くは人知れず、起動時間の知れぬ爆弾を抱える。起爆装置のスイッチは時間の経過かもしれないし、料理の最中に指先を切って血が滲んだ瞬間かもしれない。契機がどうあれ、体内で爆発が生じるのだから、無事では済まない。脳と精神を吹き飛ばされた人間が、正常でいられるものか。それまで盲信していた倫理観を否定された彼らは、甚大な精神疾患をその身に科す。そんな重苦に、元よりつぎはぎだらけのブリジットの心が耐えられると、どうして考えられよう。

 近い史実に照合すると、ベトナム戦争の帰還兵が退役後にPTSDを発症する確率は、他の戦時の帰還兵と比較して極めて高かった。十年あまりの無益な戦役で青春を失い、高温多湿の劣悪な密林で祖国が共産主義に敗れ、疲労困憊で自国へ戻った米兵を迎えたのは、他ならぬ母国民による侮蔑であった。情報インフラの発達が歪んだイデオロギーを扇動し、日和を味わう市民の偽善を大いに煽った。樹冠を消滅させたナパーム弾と枯れ葉剤、"無辜の現地民"を襲うヘリからの機銃掃射、メディアの恰好の標的となった『ミライ大虐殺』……それら全てがアメリカの汚点とされた。上層部の命令を実直に遂行したに過ぎぬ下士官らは、十年以上続いた負け戦の責任として、人権の放棄を強いられた。汚染された生水を飲み、泥濘にまみれて帰った彼らに、安寧の故郷は用意されていなかった。

 二つの大戦が未曾有の死者数を記録したのであれば、ベトナム戦争は間違いなくPTSD患者数部門でノミネートされる。徹底的な訓練の"改良"により、戦闘中の兵士の発砲率は九十パーセント以上と、驚異的な数値を叩き出した。ひょっとすると、文民様はむしろこの数字に首をかしげ、敢闘精神に欠けていると仰せになるやもしれない。驚くなかれ、第二次大戦時の前線における発砲率は、士気の充実した部隊で二十パーセントに過ぎなかった。これは小火器による総合的な命中率の話ではない。かの大戦は英国、ドイツ、ソ連と自国本土における防衛戦が熾烈を極めたにもかかわらず、祖国のため、現地民の良き暮らしのためと奮起し、怨敵に立ち向かっていた者たちの中で、真に敵へ銃口を向けて引き鉄を絞っていた割合が、たったの二十パーセントなのである。記録の大半は米軍に由来するため、この数字は参考でしかないかもしれない。であれば、個人の狭隘な視野においては防衛戦争ではなかったベトナム戦争において、米兵の発砲率が飛躍的に上昇した異常性がなお際立つ。

 子持ちの同僚曰く、お遊戯の発表会の直前、極度の緊張からステージへ上がれなくなる児童がいる。そういった児童に対して、親や教師は定型文をそっと囁く。「観客をカボチャと思え」と。俺みたいなと違って素直な子供は、この呪文で見事にセンターを演じられるらしい。呪文にはカボチャ派とジャガイモ派が併存する様だが、このヒトを自分と同じ人間と認識しなくする功果こそ、ベトナム戦争での発砲率向上の正体である。過去の職業軍人がなし得なかった、兵士として備えるべき攻撃性は、その実、子供騙しから極限まで情を削ぎ落とした調教による、徹底的な脱感作――"慣れ"とパブロフ的な条件反射という、後天的に植え付けられた焼印でしかない。脳に付いている訳だから、退役したからと除去するのは不可能である。軍人の高い離婚率の所以は、家庭への不在期間の他にも、こうした急な価値観の変化によるところが大きい。

 ベトナム戦争が特異なのは、歩兵の発砲率のみに止まらない。一九六〇年代の米国では、当時と現地に限ったことではないが、数多の識字ままならぬ十代の少年の多くが就職にあぶれた。失うものなどないと信じていた彼らは"悪魔の犬"となるべく、不吉に広く開かれた米海兵隊の門をくぐり、税金の下の無償で十三週間の洗脳を施された。だが、個人の資産なしに得られた衣食住と社会保障の代償は、あまりに大きかった。うらなり面の新生海兵隊員は、現地の知見を得る予行演習やまともな座学講習もなしに、海の向こうの密林へとインスタントに空輸された。かつての戦争において、新兵は入営より寝食を共にした同期と一緒に、同じ戦地へ派遣されるのが常であった。大戦後の革新を経た米軍は、このシステムを嬉々として破壊した。ついでに、NATOの事実上トップでありながら、他同盟国の負担もお構いなしに、ほぼ独断で制式小銃の口径規格を変更した。俺の愛する七・六二ミリ弾が、鳴り物入りの小粒に取って変えられた。

 閑話休題、母国を旅立つ新兵はそれこそ肉牛の如く、訓練期間を満了したそばから出荷された。不味い食事と寝床を共有した同僚から引き離され、巨大な輸送機の中で、どこの生まれとも知らぬ同年代を隣に孤独を味わう。機首が向く先はベトナム。そこには気の置けない戦友も、信用に足る練兵軍曹もいない。その土地の誰も、彼を知らない。物理的に、精神的に、そして文化的に若者たちは孤立した。

 心の整理をつける暇も与えられず、高速の航空機で不衛生極まる新たな職場に辿り着けば、初対面の上官が「面倒なのが、またやってきた」と軽侮の視線を向ける。二十歳そこそこの先任軍曹は、母国が寄越した新兵を安物の補充品としか見なさず、そこに上下の信頼など醸成される道理もなかった。

 さて、申請がない限り一年の期限つきで現着したひよっこらは、とどのつまり薄らボケの青二才でしかない。とはいえ、糊づけの階級を傘にがなるだけの上官とて、犠牲者のひとりであった。何を隠そう、その即席軍曹とて数ヶ月前に赴任した新顔なのであるから、彼らを一概に責めるのも酷である。実際、こうしたしっぺ返しに部下の手で殺害された軍曹も多かった。ハナタレ小僧に過ぎない現場監督に、望んでもいない後輩を可愛がれと命じるのも破綻した談だ。何を以て、サルが群生すると評した遠洋の地で、首尾良く事が進むと思い至ったのか。アメリカさんはいつだって、驕り先走ってやらかす。

 ベトナム戦争の帰結を決定づけ、帰還兵らの再起不能を不可避にしたは、執念深いベトコンでも、カラシニコフ御大の作りたもうたAKー47でもない。年単位の孤独を堪え忍び、傷ついた同僚とのグループセラピーも設けられず、独りでじっくりと感傷に浸る猶予も与えられなかった国家の奴隷へ、果たしてアメリカは何を手向けたか。無益な忍耐に痩せ細った少年らの心を殺したのは、彼らの帰りを待っていたはずの母国民であった。米国史上に前例のない事象は、拝金主義の情報媒体の氾濫によって引き起こされ、以後も先進国とその新規参入勢力にまとわりついている。

 祖国に仕えて汚濁を生き抜いた証明に叙された勲章へ唾を吐かれ、人殺しと蔑まれ続けた帰還兵は、やがて自らを外界と隔絶した。塞がることのない傷を晒し舐め合う真っ当な権利を自国に奪われた彼らは、誰に助けを求めることもなく、ただひっそりと命を絶った。「よくやった」と、そのひと言で肩を抱いて欲しかっただけなのに。

 ベトナム戦争による潜在的なPTSD罹患者は、百五十万人いるとされている。そこに利権の臭いを嗅ぎつけたノミがどれだけ含まれているかはさておき、その病魔が目下、うら若きブリジットの身に迫っている。やにわに脂汗が額に生じ、手にしていたレモネードもどきを飲み干す。傷ついた新兵に必要なのは、親しい同僚と信頼の置ける上司、そして近隣の温かな理解である。どれかひとつでも、欠けてはならない。

 偽りの明晰さを取り戻しつつある脳味噌が、糖を急速に燃やし始める。シナプスが導爆線より早く信号を伝え、頭上で巨大な白熱電球のフィラメントが赤熱する。系統だった思考活動が回復し、当事者たるブリジットが最も苦しんでいる事実を、今さらながら認識した。兵舎で勝手に腐り、無為に悩んでいる場合ではない。自責に駆られているあの子に、どんな言葉を掛けてやるかが至急の課題だ。

 世から奴隷身分を欺くため、今のブリジットは形式上といえど軍に籍を置いている。勿論、入営以来の同期など存在せず、この戯れを知らぬ英国社会からは、妙に見栄えのする奴隷という認識しか持ち得ない。状況を俯瞰するに、彼女の殺人行為を正当化してやれる人間は限られてくる。自惚れた話だが、仮に俺がブリジットを否定してしまえば、あの子は生きる力を失うやもしれない。あの子が俺を中東まで追ってきて、危険な作戦への介入を決した魂胆は何か。くそ、明白だ。他の誰より彼女を知り、彼女に合わせて歪んだ唯一の存在、ヒルバート・クラプトンの死を恐れたが故だ。自意識過剰と揶揄されようが、あの子は紛れもなく俺を世界の中心に据えて、その衛星を自ら好んで演じている。こんなおじんに熱を上げたばかりに、可哀想なやつ。

 そうと分かれば、一秒でも早くブリジットと対面せねばならない。サウジの砂が付いたままのバックパックから携帯電話を取り出し、親父の番号を呼び出そうとした。が、指が意図した通りに動かない。幾度も誤操作を経た後、いざ通話しようと緑色の受話器のシンボルを押下しようとした。が、出来なかった。電話を手放し呻きつつ、目頭を揉む。感傷から通話を躊躇ったのではない。座っていながらに、強い前後不覚に襲われていた。

「……やっとで効いたか」

 ダニーがマットレスに転がる携帯電話を回収しつつごちたひと言で、自分の身に起きている現象を悟る。

「疲労とゲロで味覚が鈍ってるだろうから、睡眠薬をしこまた盛らせてもらったよ。それでもだいぶ時間が掛かったけど」

 肌着の胸を舎弟に押され、ベッドへどうと仰向けに倒される。

「何度も言ってるだろ、休めって」

 もう四肢に力の入らない上司に、ダニーはアイマスクを装着した。ただのアイマスクではない。ブリジットが戦地での俺の安眠を図って、香木や精油を収納できる様に手作りした逸品だ。伸縮性のあるバンドが後頭部に回された途端、目蓋に絹の上質な肌触りと共に、ビャクダンの穏やかな香りが鼻腔を撫ぜる。ええい、こんなもんに負けている場合ではない。

「ようし、大人しくなった。そのまま眠っちまえ」

 肩の上に、薄い布団が掛けられる感触が伝わる。その所作が荒っぽくないせいで、余計にブリジットのいる自宅を思い出し、温かな気分に包まれた。半ば覚醒したまま入眠への抵抗を続ける最中、露出度こそ低いものの、黒くてえっちな格好のブリジットが滞空しているのを見た。

「あ、夢魔だ」

 彼女は指差す俺を視認すると、ビロードの翼を羽ばたかせて急降下し、ベッドの傍らにふんわりと降り立った。レースとフリルをふんだんにあしらった漆黒のスカートから、しなやかな艶めく尻尾が延びていた。揺れる尻尾と手慰みに戯れていると、不意に手首を絡め取って巻きついてくる。果たしてこれは敵対行動だろうか。利き腕の自由を奪われて対処に戸惑っていると、尾の持ち主が俺の頭を両腕で包み、そっと胸に抱き寄せた。大きすぎず、柔らかくて、とても良い匂いがした。

 両肩に感じる衝撃が、夢見心地を割り裂いた。ちくしょう、いいところだったのに。

「おい、起きろ。お呼びが掛かってるぞ」

 アイマスクを引き剥がされた先で、ダニーが追い討ちに頬をべちべち叩いていた。さっきから容赦のない男だ。

「寝かしつけたそばから叩き起こすのか」

「寝ぼけなさんな。きっかり六時間眠ったぞ」

 冗談だろう。真相の確認に兵舎の大きな開口部へ首を向けると、沈みかけた陽がおはようとさよならを同時に掛けてきた。嘘だ、まだおっぱいに鼻先を埋めただけなのに。

「ほら、さっさとよだれを拭きな。おたくの姐さんがお待ちだ」

 ダニーが示す先で、作戦後から眠っていないらしいニーナが、腕を組んで仁王立ちしていた。ちくしょう、向こうから来やがった。ブリジットの紛い物の次は、おっかない姉ちゃんか。丁度、訊きたい事柄が諸々あったところなので、こちらの踏ん切りは別として、都合がいい。砂漠迷彩のスモックをダニーに着せてもらい、腕時計を留めてブーツへ足を通す。くそ、靴紐が上手く結べない。ようやくで不出来な結び目をこしらえるのを見計らい、ニーナはこちらの首根っこを掴んだ。

「こっち」

 そのまま兵舎の外へ引きずられる間際に、さっきまで着けていたアイマスクを、ダニーがスモックのポケットにねじ込んだ。これを心の支えにしろと? こんなえっちアイテムを?

 兵舎を出たところで首の戒めを解放され、咳き込みつつ姉の後に続く。有無を言わせぬ口振りでこうもこけにされながら、我々兄弟がどうしてこの女に反撃しないのかと、連隊の連中は尋ねる。そいつらは微塵も知らないのだ、うちの姉貴が暴力の先触れを見せた時の破壊力を。連隊のやつらが束になって掛かったところで、全員の攻撃を冷静にいなし、的確な箇所を破壊して各個撃破した後、臓物を握り掲げ誇るニーナ・クラプトンの魔物性を知らないのだ。そんな彼女だからこそ、女の身でありながら連隊の兵士であり、作戦で全てを俯瞰する通信オペレーターの併任という真似が叶うのである。あいつの鬼神の如きパンチを一度でも喰らえば、もう馬鹿な口は叩けなくなる。

 姉貴に付き従い、軍事都市の幾何学的な構造の内側をひた進む。敷地北側の居住区を離れてから、もう随分と遠くまで歩いた。数え切れぬ建築物と検問を経由し、何百という米兵とすれ違う。好奇の目を避けるため、ニーナは道中で黒い目出し帽(バラクラバ)を被った。でかいロシアンおっぱいが迷彩服の布地を押し退けているので、実際には何の意味も成していない。「それ、射撃の邪魔にならない?」かつてそう訊いたジェロームは、手刀で喉を突かれて声の涸れたひと月を過ごした。

 どこを見ても代わり映えのない、殺風景なコンクリートの壁が左右を流れていく間、煩悶とした逡巡が脳を支配していた。ブリジットはこの瞬間も、不安に苛まれているだろう。どういった態度で接触を図るべきか。精神的打撃から、絶食状態に陥っているかもしれない。いや、考え過ぎだ。親父もついているのだから、適切な処置を取ってくれているはずだ。

 問題は心理面だ。殺人における後悔の念は、決まって遅れてやってくる。報告が多く寄せられているのは、殺しを行った日の就寝時だ。殺害した人間の顔が記憶に刻まれ、延々と自己嫌悪の念が憑いて回る。自分の行動さえなければ、そいつは今も食事と睡眠を摂れる日々が続いたのではないか。戦火の果てに、いつか訪れるやもしれない安堵を共に享受出来たのではないか。そうして自己の内側で増幅した負の葛藤に抑圧された結果が、廃人化と自殺である。旦那である以前に上官として、それだけは避けねば。ブリジットに言いたい事柄は山ほどあるが、「馬鹿」「くそったれ」は禁句だ。語彙の足りないおつむには苦行でしかない。

 広大な八角形を十分も歩いただろうか。胃腸がぎりぎりとねじ切れそうになった頃、一枚のドアの前でニーナが足を止めた。一直線に走る廊下の人通りは皆無で、足音が反響するまでに静まり返っている。数メートル離れた隣の部屋は資料室らしいが、近頃は使用されていないらしく。ドアの前に大きな綿埃が転がっていた。

 ニーナが錆び付いたドアを二度殴り、空虚な金属音を響かせる。ややあって錠が解かれ、内側から親父が首を覗かせた。やはり眠っていないらしく、目元に疲れが窺える。

「用事があるのは、あんただけよ」

 冷淡に言い放つと、ニーナは来た道をそそくさと戻っていった。道案内をされただけなのに、こちらの精神はいたくすり減っていた。旦那には悪いが、今はあれが離れてくれた幸運に感謝した。

 親父が細めに開けたドアの先で、ショーンとブリジットが金属製のテーブルを挟んで向かい合っていた。五メートル四方の部屋にはテーブルとスツール、紅茶のポットとマグカップ以外の調度品がなく、天井の蛍光灯がだいぶ黄ばんでいた。隣の部屋と同様に長らく人の出入りがなかったらしく、窓や換気扇が設けられていないのもあって、湿気った臭いが鼻腔をつく。嫌な空気が、面白くない過去の光景を思い出させる。あの頃の俺はまだ十代前半の奴隷で、大量殺人と余罪のかどで、リチャード・クラプトンの尋問を受けていた。ほぼ同じ状況で、今度は親父の役割を演じなければならない。

 後ろ手にドアを閉じ、ショーンの隣のスツールにそっと腰を下ろす。壁掛時計さえない室内に、いたたまれない重圧が充満していた。ブリジットの表情に、恐怖や不安に襲われている気配はなく、ただ固く口を結んでいる。弱みを見せまいとしているのか、それとも未だ状況の理解が追いついていないのか。この子に限って、後者は考えづらい。幸いというべきか、少なくとも会話の出来る状態にはあるらしい。

 ショーンが俺の前に紅茶のカップを置く。先の一件もあり、また一服盛られているのではないかと、赤黒い液体を凝視した。カップの底に渦巻いているのは、本当に砂糖だろうか。この場で俺を昏倒させることによる有意義はないはずなので、きっと砂糖だろう。

 俺がぬるい紅茶をひと口啜るのを見届けたショーンが、対面の親父へ目配せした。厳かに口火を切ろうとした親父の鼻先へ、片手を突き出して制止した。

「まずは、こっちの前置きを聞いてくれ」

 親父は口髭を不服にくねらせつつも、腰を据え直して紅茶のカップに口をつけた。かすかに「不味い」と呟くのが聞こえた。

「まず、ブリジットの一件が外部へ漏れない様に手配してくれたこと、感謝してる。世話を掛けてすまない」

 親父は部屋の奥の存在しない窓を見つめ、聞こえない振りを決め込んでいた。

「それから、ブリジット。お前さんの行いは決して表沙汰には出来ないが、間違いなく俺の命を救った。賞賛されるべき名誉を果たしたんだ。人命を殺めた事実は変わらないが、うちの家族はお前を否定しない。いいね?」

 訴求力のない語句の連なりであったが、ブリジットは目蓋を閉じて深々と頷き、唇を解いた。

「ヒルバート様のお気持ちはお受け致しました。ご心配なさらずとも、私は変わりませんよ」

 目を細めて微笑む彼女に、数年越しに会えた気がした。

「此度の作戦進行に多大なる支障を生じさせた私の独りよがりを、お詫び申し上げます。お義父様には事後処理や情報規制に尽力していただきましたし、主人に多大な心労を負わせてしまったのは、専属使用人にあるまじき不始末です。それを踏まえた上で、ヒルバート様に請願がございます」

「言ってごらん」

 ブリジットが大きく息を吸い、こちらへ向き直る。何を要求されても、受け止める心を構えた。一拍を置いて意を決した瞳には、力強い光が宿っていた。

「私を、戦闘中隊に編入して下さい」

 

 

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