奴隷迎合 - The Servant above Slaves   作:紙谷米英

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奴隷迎合【11-5】

 スクリーンからバザロフの写真がはけ、イギリスを中心に据えたミラー図法の世界地図が映る。やがて七つの大陸全てに無数の青い点が浮かび、続いて東欧と中央アジアに赤い点がまばらに出現した。

「青で示したのは、ここ十年間でバザロフが関与する犯罪の起きた場所……赤は実際にバザロフの所在が確認された場所だ。分布から見て取れる様に沿岸部のみならず、内陸や洋上さえもがやつの活動範囲だ。扱う商品は武器に止まらず、臓器売買や要人の誘拐、他の犯罪組織への斡旋行為や仲介……我々がおよそ考え得る国際犯罪を網羅している。出自を鑑みるにロシア国内の協力者の存在は確実だが、知っての通り、かの凍土の軍警には汚職が蔓延している。バザロフが我が国の国益に害為しているのは事実だが、やつ一人の排除にロシアマフィア全部を相手する余裕はない」

 あの情報将校は人が出来ている。仮に俺が彼の立場なら、二言目には私情や愚痴をぼやき、ため息の絶えない座談会が約束される。最前線を引退する時分が来ても、司令部への転属は遠慮願いたいものだ。もしそんな辞令が下りたら、書類を改竄してヴェストをその椅子に着かせるのも躊躇わない。

「先方政府との交渉が如何に不利な着地点を用意するか、現時においては不透明である。東欧へ配置される部隊へは、近日中に辞令が下りる見通しだ。その間は現状の任を継続し、ロシア側の決定と英首脳部の判断を待機する。また、当該部隊へは本国での三日間の休暇が与えられる。状況が何処へ転がるか知れない以上、目立つ動きは控える様に。これは引き続き中東に残る将兵も同様だ。サウジアラビアの後ろ盾があるとはいえ、迂闊な言動は慎め」

 ポインターを胸ポケットへ収める情報将校が、こちらへ意味深な視線を投げる。ほんのコンマ数秒、それで事足りた。彼が意図するところはつまり、アフメドの捜索に、サウジの支援は期待出来ない――もっと踏み込んでしまえば、我々は今いる国家そのものを信用出来ない局勢にある、と彼は音なき符帳を送った。成る程、おおっぴらに出来ない訳だ。国家最高機密に属する特殊部隊の、情報漏洩が認められたのだ。無思慮な苦笑も許されず、胃がじくじくとうずき出した。

「具体的な作戦要綱は、追って伝えられる。この場においては如何なる質疑も認められない。以上。各自、予想される任務に備えよ」

 プロジェクターとラップトップの同期が切られ、「信号なし」の案内が浮かぶ。照明の点灯も待たずに情報将校は退室したが、連隊の兵士はしばらく席を立てずにいた。先の講説が寄越したのは敵ふたりの名だけで、他は兵隊とは無関係に等しき政(まつりごと)に過ぎない。要するに、何の進展もなかったのだ。東側へかち込みを掛ける政治的な橋頭堡はなく、共産圏へ派遣される仲間の受け入れ体制は整っていない。どうやら航空小隊も砂漠生活が延期になりそうで、心が乾燥イチジクみたいになった。

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