奴隷迎合 - The Servant above Slaves   作:紙谷米英

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奴隷迎合【2】(改訂版)

【2】

 

 砂塵が縁取る地平線の向こうで、雲ひとつない空が白み始めていた。感動的な情景には違いないが、それを題材にこっぱずかしいポエムを排泄する趣味はない。そんなものが囁けるとしたら、最愛の異性に迫られた時くらいだろう。そもそも、周りがこうも騒がしくては、物思いに沈むのも容易ではない。

 時は遡って二時間前。現地語で読んで字の如く"砂礫が広がる"ネフド砂漠のど真ん中でハミド・イブン=ハーディ・ジャラールを捕らえた我々は、やつの回収に来る英国空軍の応援を待っていた。ジャラールは我らがクラプトン家末弟・ジェロームの手でぼこぼこに痛めつけられ、その顔面は市場に出せないジャガイモの如く変形していた。医療資格を持つヴェストの診断によれば、弟のげんこつはでかい鼻の奥で粉砕骨折を引き起こし、鼻腔に止血用の脱脂綿を詰めてやらなければならなかった。情報源が自分の血で溺れる前に、顔面の皮膚を切開してやる必要が生じるかもしれない。

 我々の機密保全と精神衛生を考慮して、ジャラールの頭には分厚い麻袋が被せられていた。先の襲撃に気付かれた時こそ脱走を試みた当人だが、今となっては、密かに窒息死しているのではと危惧するまでに大人しい。

 ジャラールの拿捕後、我々は隊の半分以上を割いて、やつが用意した地下トンネルを捜索した。距離一キロに及ぶトンネルは、最初から緊急時の脱出に用意されていたらしく、情報資料は見付からなかった。若い後進にとって幸いと言うべきか、その終点たる大型テントの真下には可燃性液体で満たされたポリタンクが大量に用意され、数十分に俺がナイフの刃先で触れたと思しきワイヤーには、旧ソ連製の手榴弾三つが繋がっていた。こんな単純なブービートラップしか仕掛けられなかった辺り、ジャラールも相当に焦っていたらしい。

「爺さん、あんたにはがっかりだよ」

 元同業者として、俺はジャラールの手腕に少し落胆していたが、若い部下たちは本物のブービートラップを見て狂喜していたので、無為な水は差さずに、テントに繋がる落とし戸と手榴弾とを繋ぐワイヤーを切断し、物騒な液体の詰まったタンクに遠隔式の爆薬を設置して、元から用意されていた梯子で地上へ戻った。部下を煽って連れてきた手間、「何もありませんでした」では許されなかっただろう。

 梯子を登って盆地に戻ると、ヴェストの指示の下で隊員がテロリストの死体を一箇所に集積し、敵キャンプの捜査に取り掛かっていた。武器もそうだが、文書や携帯電話、書物やPCといった情報資料等が、分類に応じて集積されていた。汚いテントのガサ入れに参加しようと近づく途中で、東の空から鋼鉄の怪鳥の羽ばたきが訊こえた。

 見上げると、東の澄み渡った空の彼方に、鳥の正体を認められた。RAF(英国空軍)の認識標を吹き付けた二機のMH-47チヌークが、その前後に護衛のWAH-64アパッチ・ロングボウ攻撃ヘリ二機を伴い、未だほの暗い砂漠に彼らなりのヘビーメタルをがなっていた。〈ルミノクス〉の腕時計に視線を落とせば、時刻はまだ五時を少し過ぎたばかりだ。どうやら今回の事後処理を担当する部隊は気力に満ちているのか、でなければ発狂するほど暇らしい。攻撃ヘリが吊す三十ミリの機関砲に誤って吹っ飛ばされない様に、胸に着けていた敵味方識別のストロボを頭上で振った。ヘリの分厚い風防(キャノピー)越しには分からなかったが、アパッチの操縦手が手を振り返した気がした。

 地平線を越えつつある陽光の中、キャンプ中央に輸送ヘリの編隊が着陸した。高価な航空資産とその働き蟻の防衛に、アパッチ二機が上空を旋回している。砂嵐を生む輸送ヘリの後部傾斜板(ランプ)から、空軍士官の指示でフル装備の兵士が駆け降りてくる。盆地周辺は我々が事前に掌握していたものの、彼らは標準作戦手順に則って防御陣を展開し、腹這いになって全方位へ警戒を投げた。上層部の取り決めた段取りを終えると、歩兵たちは腹の砂をはたき落とし、それから初めて我々と軽い挨拶を交わした。

 ヘリでやってきた兵士たちは、装備や部隊章を見るに陸軍の工兵隊――それもパラシュート連隊らしいが、どうにも青い世代が目立った。高校を卒業直後に入営し、初めての敵地に挙動不審な兵士も見受けられる。二機のチヌークから約四十名の陸軍兵士が産み落とされたが、三十路に達していそうな者は二割に満たない。そのくせ、支給されている銃は使い古された個体ばかりだ。可哀想に。彼らの多くは若くして、このくそ壷で純真な感受性と可能性を殺されるだろう。

 経験浅い兵士達はSAS――我々は単に"連隊"と呼ぶ――から作業を引き継ぎ、テロリストの使いかけの鉛筆から汚れた衣服に至るまで、あらゆる物資を輸送ヘリへ積み込もうとした。蝿のたかるゴミ袋の搬入を敢行した若者は、ヘリを管理する空軍兵士の叱りを受けていたが、経験からして右も左も分からないのであろう。とはいえ、愛機を汚される空軍としてはたまったものではないだろうが。

 "連隊"は自分たちの装甲車の周辺で休息を摂っていたが、俺は小隊長として空軍の方々と今後の動向を話さねばならなかった。機体前後に二つの回転翼(ローター)を持つチヌークへ向けて歩いていると、幼い顔立ちの陸軍兵士らが、こちらを見て耳打ちし合っている。彼らがホモかは知る気もないが、話題の内容は予想が付く。大方、俺たちの所属がSASかSBS(特殊舟艇部隊。英海兵隊に所属)かで討議しているのだ。通常、英陸軍の兵士は制式小銃であるSA80(L85)を装備するが、我々は〈コルト・カナダ〉C8カービンをマイナーチェンジしたものを支給される。また、通常部隊は官給品たる銃に迷彩を施す行いは許されないが、我々は作戦地域に応じて自由に銃を塗装できる。指定外の装身具も、業務に支障がなければ大概は黙認されるし、新たに開発された装備品も優先的に配備される……らしいが、この手に回ってくるのは使い古された技術ばかりである。本当に新装備が配備されるとすれば、我々を人柱に試験運用している節が濃厚だ。

 羨望と嫉妬、奇異の視線をいなし、せわしなく荷の積み込みが行われるヘリのひとつに近づくと、どうやら目的の人物を見付けた。チヌークのランプ脇で、色あせたフライトスーツに身を包んだ副機長が、手元のクリップボードにペンを走らせつつ、陸軍兵士への指示に四方へペン先を向けていた。

「失礼、陸軍のクラプトン少尉です。御足労いただき、恐縮です」

 地元・ヘリフォードの街では絶対に払わない敬意を以て、不慣れな敬礼をかたどる。同じ陸軍ならともかく、相手は面識のない、空軍の飛行機乗り様だ。下手な態度は取れまい。裕に三十年は軍籍に身を置くと見える空軍将校は、日光で変色したクリップボードから視線を上げると、二週間風呂に入っていない下級士官を真っ直ぐに見据えた。

「これが我々の職務だよ、クラプトン少尉」

 バークレイと名乗る空軍少佐が〈メカニクス・ウェア〉に包まれた右手を差し出したので、それを握り返す。長らく大荷物と戯れてきた、力強い手だ。恐らく、空軍将校としては珍しい叩き上げの人物なのだろう。白髪の少佐はクリップボードをこちらへ向けて見せ、自己が負う任務の要旨を語る。

「我々はジャラールなる男と当キャンプの押収品を積み込み次第、アパッチのエスコートで直ちに帰還する命を受けている。君たちがテロリスト狩りで消耗しているところ申し訳ないが、その積み荷に君達は含まれていない」

「承知しております。我々は自力で帰投しますので、お構いなく。それより、我々陸軍の同胞の無事に感謝いたします。パラシュート連隊は、私の古巣でもありますので」

 すぐ脇を、麻袋を被るジャラールがふたりの兵士に引きずられていった。最も大事な荷物の引き渡しが、滞りなく済んだ瞬間だ。少佐は僅かに眉根の緊張を解き、クリップボードにペン先を着けた。

「……ところで、遺体の中に別の高価値目標は含まれていたかな?」

「いいえ、ジャラール以外には。そちらも運ばれますか?」

 少佐は静かにかぶりを振り、自分の搭乗するチヌークを見やる。

「君ほど経験がある兵士には言うまでもないだろうが、見ての通り、我々のヘリに余分な荷を積む余裕はない。鹵獲した証拠品を突っ込むだけで精一杯だ。敵の遺体と武器は、この場で処理しておきたいが……」

 老紳士は言い淀み、逡巡の後に伏し目で語を継いだ。

「……我々が運んできた兵士は若すぎる。敵とはいえ、それらをこの場で処理するには、多大な心的外傷を被るだろう。正規の手順も踏まず、こんな申し出を告げるのは虫が良すぎるが……」

 今日まで前線で身を痛めた老兵が、目下にかしこまって余計な懸念を抱くべきではない。大空を支配する輝かしい戦歴に傷が付いては、世話になっている陸軍としても忍びないだろう。少佐が語を紡ぐ前に、少しくだけた口調で応じた。

「委細を承知しました。あれは我々で何とかしますので、ご心配なく」

 少佐殿は弱り目で頷き、必要な物資があるか尋ねてきた。その問いに頬を掻いていると、白いポリタンクを運ぶ童顔の兵士を視界に捉えた。――あれは使える。

「では、地下にあったあのポリタンクを地上へ運ばせて下さい。良い燃料になりますので。……ただし、絶対に取り落とさせない様に」

 中身に思い至ったのだろう。少佐は疑念もなしに、袖を余らせた兵卒へ指示を伝えた。彼としても、不安定な爆薬の原料を自分の機に積みたくはないだろう。こちらから軽く別れを済ませると、少佐は敬礼と共に職務へ戻った。

 

 パラ連隊の働きで、敵キャンプのあった盆地は正しく更地へ均され、不要な物品とAQAPの死体を除く一切合切が輸送ヘリに収容された。既に、太陽が砂丘から頭を覗かせる時分であった。二機のチヌークは眩い朝焼けを受けて上昇し、攻撃ヘリという空飛ぶ戦車のエスコートで飛び去った。

 砂の園に残された我々は、早急にこの場を去る必要があった。とうに夜が明けているし、キャンプの襲撃を知ったテロリストが報復にやってくる可能性がある。チヌークと違って攻撃ヘリの支援がない我々は、一刻も早く車輌のエンジンを吹かせたいのだが、件の少佐に託された仕事があった。

 砂漠は二重人格だ。日中と夜間で、気温が様変わりする。額を流れる汗を拭い、手にしたシャベルを地面へ放った。足下には、見張り以外の総員でこしらえた、すり鉢状の深い穴が掘られている。まるで地獄の釜だ。

「そろそろ頃合いだ。投げ込んじまえ」

 熱を帯び始めた砂にまみれて穴掘りに勤しみ、グロッキーに陥った仲間が、俺の掛け声に唸る。皆が一様に砂漠迷彩の上着を脱いで、タールみたいに黒光りするサングラスを掛けていた。仲間は慣れた手際で、ウジの湧き始めた死体を大穴へ放った。続いて、解体したテントの帆布と雑多なゴミが投げ込まれた。最後に、友軍から譲り受けたポリタンク――中身は多分、除光液を原料とした過酸化アセトンだ――を放り、穴から距離を取る。

 常識ある文民は、我々の行動に理解を示さず非難に走るだろう。イスラムの教義的にも、火葬は死者への冒涜に当たる。だが、これが現状でなし得る最大の弔いである。第一、無償で大好きなアッラーの膝元へ届けてやるのだから、こんな親切は他にないだろうに。

 ヴェストの合図で、数人が死体から剥いた布きれに着火し、穴の中心へ投擲した。様々な放物線を描いて落下した火種が穴へ着地すると、数秒の内に「ぼうん」と激しく燃え上がった。息を吐く間に穴が黄味がかった炎に呑まれ、濛々たる黒煙を吐き始める。うわあ、本当に地獄の釜になっちまった。死体を焦がす業火の渦が巻き起こり、全方位に熱風が押し寄せる。これだけ火勢が強ければ、結果を見届ける必要はない。大穴自体も、数日中に風でならされて塞がるだろう。

 各車輌の運転手が装甲車のエンジンを掛け、四輪バギーが先頭を往く。タイヤが砂を巻き上げて尾を引き、陽炎を生む炎の舌が地平線の彼方へと消えた。

 

 自分の尻の形に潰れた助手席の座面を通じて、砂の海の感触が臀部を巡る。この二週間、我々SAS第一七航空小隊は、アラビア半島に巣くうテロ組織の撃滅に砂漠を駆け回っていた。昨晩の襲撃を含めて計三箇所の敵拠点を攻撃したが、報告に足る収穫はジャラールが初めてであった。我々の以前にも他のSAS戦闘中隊が敵幹部の拿捕に臨んでいたが、情報部の怠慢だろうか、いずれも労に見合わぬ結果に終わっていた。昨今、中央アジアやアフリカに蔓延るイスラム系過激派組織は、末端の兵士を排除したところで、すぐ三倍に増殖して戻ってくる。まるでネズミかゴキブリで、きりがない。

 英国女王もとい政府は決して、地球上のテロ組織殲滅を標榜している訳ではない。だのに、我々はこうして日夜砂漠を東奔西走し、ジハーディストと銃火を交えている。この理由の説明には、まっこと複雑かつ柔軟な思考が要される。

 時は遡って今年の五月。パキスタン国内にて、かのアルカイダ首領ウサマ・ビンラディンは、米海軍特殊部隊の銃弾に斃《たお》れた。9.11の屈辱より実に十年を費やしてアメリカは面子を取り戻し、その国民は歓喜に湧いた。しかし、『国家最大の敵』の排除がアメリカに新たな課題を強いた事実を、平穏を疑わぬ民はつゆ知らなかった。二一世紀初頭、その安寧は既に一度破られているのに。

 米海軍のアザラシ――『シール』の辞書通りの意味だ――がビンラディンを殺害したことで、イスラム世界が如何に変じたか。結論を述べれば、ホワイトハウスはバルカン半島並の多民族地帯がやっとで保っていた均衡を、分別ある他の首脳陣があえて触れなかった楔を、浅い目論みで瓦解させたのだ。現地の指導者を排除した後、アメリカを宗主に集約する予定だったムスリム(イスラム教信者)は、有史以来最大の敵意を似非(えせ)の英雄へ向けた。イラクに圧政を敷いたフセインと同様、ビンラディンは存在こそ厄介であれ、問題児をカリスマで惹き付けていた実力派に疑いはない。簡単に言えば、ビンラディンという天才は、血気盛んな部下が余計な喧嘩を余所へ吹っ掛けない様に監督していたのである。そのブレーキの役目は、もうどこにもいない。かつてのイラク戦争において、フセイン麾下《きか》のバース党政権崩壊を契機に、周辺の独裁国家で反乱の気勢が爆燃した事実を、やつらは十年と経つ間もなく忘れ去っていた。

 ビンラディン亡き現在、手綱の切れたアルカイダ系テロリストは統制を失った。かつて上位組織の懲罰を恐れていたごろつきが、上司の死を端に方々へ戦火を撒いた。テロリストがテロリストを相手にメンチを切り、コーラン(クルアーン。イスラム教の聖典)に明文のない思想が無限に増長した。平和を盲目に愛する市民は、神託を歪めた政治犯に傾倒した。エゴ・イスラムの煮えた油は、今この瞬間も不毛の地に拡大している。衛星写真に、銃砲の煙が写らぬ日はない。これこそが無法地帯、神の虚像を楯に人類が生み出した、第三世界である。

 下らぬうんちくが過ぎたが、ここでようやくSASの遠征理由へ繋がる。自らの功名心のために中東全土へ紛争の火が回り、世界の警察を名乗るアメリカは、その尻拭いに治安維持部隊の投入を余儀なくされた。表面上の盟友に賛同しない訳にもいかず、イギリスは現地民の目を避けて、小規模の特殊部隊を派遣した。アメちゃんと違ってなけなしの予算で頑張る我が軍は、本件に最小限の出費で対応したかった。そう、したかったのだ!

 パキスタン発の火種は広域に飛散したが、その着弾地点にはサウジアラビアも当然ながら含まれていた。英国の石油輸入先であるサウード家の不経済は、我々にとっても好ましくない。おまけにすぐ南には、イギリスの中東支部と呼んで差し支えないUAEが控えている。ここにクーデターが感染するのはまずい。非常に、まずい。断腸の思いで英政府は大飯食らいの陸海空合同軍を編成し、広大な砂漠で勃発する小競り合いの鎮圧と、テロリストが有する資産の破壊、並びに要人の救出、イギリスの国益保守という大任を負わせたのである。……なあこれ、無理じゃない?

 つまらない情報整理で疲弊したおつむを労るのに、べちょべちょに溶けて包装にへばり付いた飴玉を口に含む。今後も偽ジハーディストはNATOを悩ませるだろうが、現場組が頭を捻るべき事柄ではない。書類仕事はお偉方に任せるのがよかろう。その結果が現状なのは、さておき。

 乾いた眼にぬるい点眼液を垂らし、幾度かしばたたく。張り詰めた視神経が、穏やかに弛緩する……気がする。間抜けな欠伸をひとつかいて、イスラム社会にまつわるペーパーバックを開いた。黄ばんだ紙が反射する朝の陽光が、限界の近い眼球に容赦ない。車体が地面の起伏を超える度に跳ねる尻の痛みを耐えつつ、ウズベキスタンの情勢に視線を這わせる。

 本来であれば、我々の様な小規模部隊は、真っ昼間から遮蔽のない地域を疾走すべきではない。かてて加えて、その指揮官がのんびりと読書に耽るなど減俸ものだが、その心配は杞憂である。確かに数年前まで、作戦地域における特殊部隊の移動は夜間に行われるのが常だったし、今だってそうだ。だが、現代の技術発展は著しい。大規模な基地に帰るという秘匿性の薄い業務であれば、こうして日中に車列を形成して移動し、大した警戒を配らなくとも済む様になった。ひとえに、|装甲化された車輌とUAVのおかげで。SASの始祖は軽量化のためにジープのドアをもぎ取ったが、エンジン出力の向上と敵対勢力の装備の凶悪化が、我々にルーフとドアの重要性を知らしめた。言わずもがな、空調の快適性も。

 UAVは、無人機と銘打っておきながら人間の管理下で運用され、精鋭の斥候さえ持ち得ぬ空の眼を地上部隊に提供してくれる。4Kテレビの画質こそ約束できないが、その操作者が映像を監視している限り、我々は神に匹敵する視力を有する。いやー、凄い! そういう訳で、ダニエルに代わって運転を受け持つまで、俺は文面上は神秘的かつ、極めて世俗的なイスラムの海に身を委ねられた。

 現実との乖離と矛盾だらけの文面に、半ば舟を漕ぎかけていると、運転席の舎弟から肩を叩かれた。

「ボス、そろそろ事前に警戒すべきとのカーブに掛かりますよ」

 ほうら、有能な部下がその都度起こしてくれるから、全く問題ない。お空の目も、流石に部隊長が居眠りをこいている事実までは見えないのだ。半身を起こして、先鋒のATVが起こした砂煙越しに双眼鏡を覗き込んだ。

「ああ、あの雨裂(ガリ)ねえ……」

 高倍率で自然が生んだ地形を観察し、敵が待ち伏せに爆薬を仕掛けるのに適した環境かを見定める。地図では高く切り立った岸壁があるとされていた一帯は、実際には五メートルにも満たない、風化した岩がまばらにあるだけだった。件のカーブで、車列が速度を落とす必要はない。

「地図で見るほど、待ち伏せには適していないな……数年の内に、大雨なんかで削れたんだろう。全部署は斥候と距離を開いたまま、そのまま道沿いに進め。念のために、機銃手はしばらく全方位へ警戒を」

「信じてますよ、寝ぼすけ少尉」

 何を根拠にしているのやら、ダニー坊やはクラプトンの次男坊を随分と買ってくれている。まったく可愛いやつめ。ペーパーバックを尻の下に敷き、戦術に欠けたテロリストの出現に備え、銃を抱えて前方に視線を投げた。少しは出来る上司を演じておかないと、万一にも襲撃があった際に言い訳が立たないのだ。

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