奴隷迎合 - The Servant above Slaves   作:紙谷米英

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奴隷迎合【8-1】(改訂版)

【8】

 

 オメガ・ワンが対空ミサイルを受けたすぐ横で、オメガ・ツーがその場を離れようと緊急旋回を掛けていた。

「また来るぞ!」

 ショーンの叫びに振り返ると、ミサイルの白光がさらに二発、マラク船尾からせり上がった。白光ふたつは先程より我々のいる建物に近い弾道を取るや、第二の標的へと一瞬で距離を詰め、オメガ・ツーの横っ腹に食らいついた。ミサイルが命中する直前、オメガ・ツーは赤外線誘導を欺瞞するフレアを撒いたが、昨今のミサイルには通じず、数秒前と同じ惨劇が網膜を灼いた。

 オメガ・ツーはオメガ・ワンの墜落地点から大きく左へ逸れた地面に機首から激突し、残っていた航空燃料全てを引火させて、巨大な火柱が火柱が夜闇を舐めていた。

「ちくしょう、イグラか!」

「多分な」

 ロシア製の対空ミサイル発射器に恨みをぶつけるダニーに相槌を打ちつつ、ショーンに尋ねる。「発射したやつを見たか?」

「いや。船尾のコンテナ奥にいるせいで、射線が通らなかった」

 オメガ・ワン、ツーの墜落から程なく、恐らくは現地のサウジ軍と思しき複数の人影が駆けつけ、実りのない消火活動に駆け寄っていた。あの様子では、誰も生き残ってはいまい。作戦本部への通信に送話スイッチを押し込もうとしたが、上手くいかなかった。友軍の死……いや、自分があのヘリに乗っていなかった現実に打ちのめされて、腕が強張っていた。やっとで繋げた通信に漏らした声は、ひどく震えていた。

「……アルファ、マラクの上甲板、艦尾にヘルファイアを撃ってくれ。敵がSAM(地対空ミサイル)を持っているのは確認しただろう」

〈ネガティヴ。ヘルファイア・ミサイルの使用許可は未だ下りていない。積荷の確認が最優先目標だ〉

 シェスカの口振りに、歯切れの悪さが窺えた。

「そのUAVが堕とされたら、俺たちの空の目がなくなる。それに、こんな寡兵で貨物船と埠頭を制圧できるか」

〈敵の装備がSA-16(NATO軍での9K38 イグラの呼称)だとすれば、こちらのUAVの高度までは届かない。

 車輌による増援が、あと三分でコンテナヤードに到達する。それまで現状を固守せよ〉

「今のSAMがイグラかどうかも定かじゃないんだ。ヘリと埠頭で死んだ四十人の他に死人が欲しくなきゃ、マラクを空爆しろ!」

〈空爆は許可できない。無論、撤退もだ〉

 応答したのはシェスカの聞き慣れた声ではなく、乾いた男声だった。――ジョック・ブレナン空軍中将。

「お言葉ですが、そちらの麾下《きか》の兵士と航空資産も甚大な被害を受けています。可能な限り多くの友軍を救出して、撤退すべきかと」

〈それを決定する権限は貴官にはない。作戦目標に変更はない〉

 くそ、話の通じる相手ではない。そんな折、ブレナンの声色が急に弱く変じた。「我々はとうに、後退する機を逸したのだ」

 ブレナンからの通信が切られると、束の間、ダニーと顔を見合わせた。

「どういう意味ですかね」

「さあな、どうでもいい」

 撤退の可否にかかわらず、車輌部隊の到着まで味方を持ちこたえさせなければならない事実に違いはない。それに、ブレナンの言葉を額面通りに捉えるのであれば、我々にマラクを攻略せずに帰投するという選択肢は与えられていないらしい。ふざけやがって。一秒ごとに、死にゆく味方が増えているはずなのに。

 建物前の煙幕が、間もなく晴れるほどに薄まっていた。今度こそ移動する潮時だ。ショーンの背中に声を掛けつつ、建物内部へ戻るドアを開く。

「いつもの通り、ケツは任せる」

「これが終わったら、マシューに祈ってくれ。いいやつだった」

「ああ」

 ドアを閉じる直前、腹這いのショーンから仕事中の狙撃手には好ましくない感情が溢れているのが見えた。

 

 階段を早足で下りつつ、地上の味方へ向けて送話する。

「ブラヴォー・ワンより全部署へ。車輌部隊の到着まで二分と少し掛かる。部隊を再編するために、各自の位置を教えてくれ。それと、現在の被害状況も」

 再編成なんて大したものじゃない。ぼろぼろに打ちのめされた連中から、まだ歩ける不運なやつらを掻き集めるだけだ。俺の呼びかけから間もなく、生き残った部隊員から情報が寄せられた。受け取った情報を整理すると、この場から最も近くにいるのはジェロームの分隊で、建物を出てすぐ右手にある倉庫で救援を待っているとの言であった。それと、まともに動けるのはジェローム当人のみであるとも。これで行き先決まった。

「ボス、あんたは後ろだ」

 一階へ下りると、ダニエルが俺の前に立った。侵入するのに使った窓を越えて建物を出ると、玄関前の煙幕はほとんど残っていなかった。右手にそびえる倉庫へ歩き出すと、建物の屋上から小さな金属音が聞こえた。煙が晴れるのを、ずっと待っていたであろうショーンは、孤独な復讐を始めていた。

 煙幕が完全に晴れる前にダニーと駆け出し、三角屋根の倉庫の裏口ドアを開いた。長大な倉庫はコンテナの荷解きと税関に使われているらしく、ベルトコンベアやX線照射器らしき機材が縦横を埋め尽くし、天井近くに細いキャットウォークが張り巡らされていた。

 倉庫内を慎重に進んでいると、雑多な荷物の奥から不意に、減音器を装備した銃口が飛び出してきた。練度の高いダニーは、反射的に発砲する真似は犯さなかった。

「ジェローム、俺だ。銃を下げろ」

 目の前の銃口が下ろされ、NVGのグリーンの視界に末弟らしき陰がゆらりと姿を現す。

「他のやつらはどこだ?」

 互いに手が届く距離にまで近づき、ようやくジェロームの顔が視認できるようになったが、表情から相当に切羽詰まっているのが分かった。

 ジェロームが自分の背後を顎で示すと、その先で彼のロメオ・チームふたりが、資材搬入に使うであろうパレットやフォークリフトに背を預けて座り込んでいた。ウィルフレッド・ケージとフランシス・エイリーは脚を負傷しており、特にウィルフレッドは両の大腿部に被弾していた。股間の付近で二本の止血帯が締められ、強力な鎮痛剤を含んだフェンタニル・ロリポップを咥えたまま天を仰ぎ、夢心地に呆然としていた。暗がりでも、履いているトラウザーが多量の血で濡れて光っているのが分かった。

 ショック状態のウィルフレッドは、まだ歩けるロメオ・スリーことオスカー・ライトが介抱していたが、そのオスカーも左上腕に巻いた包帯が赤黒く染まっていた。

「俺たちは、装備を車から持ち出す余裕もなかった。点滴はあるか?」

 ジェロームの言葉に頷き、バックパックからリンゲル液のパックとカテーテルを取り出し、オスカーに渡そうとした。

「違う、こっちだ」

 ジェロームは俺の手から点滴一式を奪い取ると、フォークリフトのタイヤ脇で脂汗を垂らしているフランシスの腕に針を刺した。それで事情を察した。屈んだままのオスカーがジェロームへ振り向くと、静かにかぶりを振る。その肩越しに、咥えていたロリポップを股間に落とし、地面に力なくくずおれるウィルフレッドが見えた。

「逝ったよ」

「ウィルのベストから弾倉を取れ」

 オスカーは、顔を背けたジェロームの命令に従い、生き残ったエコー・フォアの面々に弾倉を分配した。ジェロームは弾倉を自分のベストへ仕舞うと、フランシスの肩を叩いた。「ここは任せた」

 フランシスは力強く頷き、カービンの薬室に装弾されているか指先で確かめた。

「どういうことだ?」

 フランシスが答えた。「うちのボスは、あんたと一緒にマラクへ殴り込む。俺たちは着いていけないが、支援するためにここに残る。そうだよな、オスカー」

 問いかけられたオスカーは小さく返事をしつつ、倉庫の内壁に設けられた階段へ向かい、キャットウォークへ上がった。ジェロームが、その行動の理由を説明した。

「地上の目が、ショーン独りじゃ厳しいだろう。狙撃銃こそないが、オスカーはここで第二の監視を行う。でかいシャッターが開け放たれているから、射界も広く取れる」

「それだけ敵からも丸見えなんだぞ」

「だから、近づいてきたやつらを俺が迎撃する」

 フランシスは点滴を繋いだまま、尻を引きずってシャッターの近くへ這っていった。遮蔽物はそこら中にあるものの、あらゆる方向から攻撃を受ける可能性がある、理想からはだいぶ離れた陣地だ。

〈ロメオ・スリー、位置に着いた。マラク艦尾とコンテナヤードを視界に収めている〉

 オスカーの報告と時を同じくして、本部からの通信が入る。

〈アルファより全部署へ。サウジ軍からなる車輌部隊が現着した。現在は埠頭の手前で待機しているが、敵の狙撃手が排除されるまでは前進できないと主張している〉

 つまり、増援は我々が乗っていたレンジローバーと変わらぬ防護しか持ち合わせていないらしい。ジェロームが癇癪で近くの物資を殴る間際に、憔悴した声の通信が寄越された。

〈シエラ・ワンよりアルファへ。増援の連中に、エコー・ワンの停車位置へ進むように伝えてくれ。埠頭の敵狙撃手たちを無力化した。まだ残っていたら、俺に位置を報せろ〉

 どうやらショーンは単独で、コンテナ内部から対物ライフルを撃ってきた敵を撃滅したらしい。それも、遮蔽物や観測手もないまま。うちのパーシーとデイヴを殺したやつらも、コンテナの外壁ごと撃ち抜かれたのだろう。

〈シエラ・ワン、その位置は敵に露見したはずだ。すぐに移動しろ〉

〈馬鹿を言ってないで、ブラヴォー・ワンを支援しろ。俺がこの建物を放棄したら、"通訳"まで危険に晒される〉

 通信内容に、背筋を怖気が走った。これでショーンが死んだら、自分が基地に帰れたとしても、シェスカに祟り殺される。次の行動を急ぐべきだろう。

〈ケベック・ワンより全部署へ。ケベックは二名が負傷しているが、ワンとフォアが戦闘を継続可能だ〉

 ヴェストからの通信で、希望と落胆が同時に押し寄せてくる。彼の言う負傷が、瀕死という意味でないのを願いつつ、送話スイッチを握る。

「ブラヴォー・ワンよりケベック、そちらの車輌はまだ動けるか?」

無理だ(ネガティヴ)。エコー・スリー――俺たちの車輌は、エンジンブロックをぶち抜かれてる。そちらへ迎えには行けない〉

 くそ。敵の狙撃手は相当に腕が良かったか、さもなくば、我々は信じられないほど運から見放されているらしい。

「ケベック・ワン、まだエコー・スリーの位置にいるんだな?」

〈ああ。マラク艦尾から百メートル離れたコンテナの裏にいる。シエラ・ワンがマラク上甲板の敵を牽制しているおかげで、こちらへの攻撃はだいぶ弱まっている〉

 吉報には違いないが、ショーンひとりで残るマラクの戦力を押さえ込むにも限界がある。俺が語を継ぐ前に、鬼気迫る女声が耳元でがなった。

〈ブラヴォー・ワン、マラク艦尾は敵の攻撃が手薄だ。今の内に、船舶全体を制圧しろ〉

 シェスカめ。ここまで来ると、指示や命令ではなく脅迫である。こちらはダニーにジェロームを加えても三人。ヴェストの元に辿り着いたとしても、五人にしかならない。遠洋航海可能な貨物船を制圧するには、どうしたって頭数が足りない。

「アルファ、こっちが寡兵なのは分かっているだろう。あんな貨物船の制圧なんか――」

「ボス、またミサイルだ!」

 ダニーの指さす方を見ると、マラクへ一直線に伸びる白光が、長い尾を曳いて地上へ飛来していた。そう、マラクからではなく、ずっと上空からやってきた。光源は一秒と掛からずマラク直上へ到達し、憎き艦尾へ垂直に突っ込んだ。爆心地から二百メートル離れた倉庫からでも巨大な火球の誕生が見え、周囲を曙光の如く眩く照らした。

「おい、アルファ。今の爆発は何だ? 中将がヘルファイアの発射許可を出したのか?」

〈黙れ、後にしろ! たった今、増援の車輌部隊にマラクへ支援射撃を命じた! さっさとマラクへ行け!〉

 シェスカが言い終える前に、今度はマラク艦首に二発目のミサイルが突き刺さり、天高く火柱が上がった。シェスカめ。この短時間に如何なる権限を得たかは知らないが、姫君の怒りを鎮めてくれるショーンは、今まさに手が離せないと来ている。

「……兄貴、今が攻め時だぞ」

「弟の嫁さんに殺されたいんですか、ボス。俺はごめんです」

 両の肩に置かれた手を辿ると、ジェロームとダニー両名が、瞳に獣じみた光をたたえていた。敵への怨嗟に染まった攻撃的な色味ではなく、ただ己の死に濁り震えた眼であった。何にせよ、敵がミサイルで攻勢を崩したであろう機を逃すつもりはない。

「ブラヴォー・ワンより、ケベック。今からそちらへ向かう。車輌に催涙弾は積まれてるか?」

〈ああ、たっぷりある〉

「すぐに使うことになる。装填しておいてくれ」

 ヴェストからの了解を確認する前に、ダニーへ目配せする。信頼の置ける舎弟はこちらの指示を疑わず、カービンを高く構えて倉庫の外へ駆け出して、エコー・スリーの地点へと向かった。ジェロームがそれに続き、先導と年齢差を感じさせぬ足取りで倉庫の床を蹴った。若いやつらに置いてけぼりを食う前に、俺も駆け出す。早く次の年長者を捕まえて、責任をなすり付けなければならない。

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