奴隷迎合 - The Servant above Slaves 作:紙谷米英
倉庫を出てコンテナの間を縫い走る最中、敵を警戒してマラクを見ると、上甲板に火の手が上がっていた。先のミサイル二発は、いずれも三段積みにされていた二十フィート・コンテナ側面に着弾していた。艦尾のコンテナの一部はドミノ倒しになって、船縁を越えたコンテナ数基が湾へ落下して海面を打ち据え、水柱が立ち上がった。
「あれ、やばいんじゃないのか?」
コンテナの陰から前方を覗き見つつ、ジェロームが不審を口にした。「お上が何を隠しているにしても、空爆を躊躇する理由があったんだろう? シェスカがどうやってミサイルを撃ったかはさておき、あのコンテナ船はNBC兵器の類を積んでいるんじゃないか?」
普段の放蕩ぶりからは想像できないが、ジェロームという男は地頭がたいへんに優れている。核廃棄物や新種の炭疽菌がマラクに積まれている可能性は考えたくないが、仮に事実だとすれば、俺はとんでもない要求を叫び、そしてシェスカは実行したことになる。そう、戦犯だ。
「……やばいブツは、船の奥底に仕舞ってあると祈ろう」
「びかびか光る使用済み核燃料を直視したくないしな」
これまでの兵役で軍法会議に掛けられたためしはなかったが、今がその時かもしれない。目下の戦火だけでなく、銃後からも圧が掛けられたために、胃の奥からさっき食べたチョコレートの臭いがこみ上げた。急に全身にでかい水膨れが生じたら、まず誰に申告するべきであろうか。
上甲板での火事に加えて、増援の車輌部隊が重機関銃による支援射撃が、こちらの進行を後押ししてくれた。曳光弾がバラ鞭の如き軌道で自分の頭上を飛び去り、マラク外殻と上甲板のコンテナを絶え間なく叩いて火花を散らしている。機銃手らが敵の姿を捉えているかは定かでないが、こちらの前進を妨げるやつらの頭を押さえてくれるのはありがたい。
頭上のコンテナ群にまだ敵が潜んでいないか視線を巡らせつつ、ケベック・チームが待機する地点に近づくにしたがって、マラクからの攻撃が息を吹き返し始めていた。銃火は我々三人を狙ったものではなく、我々が行く先に集中しているらしい。つまり、ケベックが攻撃を受けている。
「ジェローム、止まれ。行き先の安全を確保したい。ダニー、敵が何処から攻撃しているか見えるか?」
「マラクの上甲板、丁度中程に発砲炎が二つ……いや、三つ。距離は一五〇メートルほど」
「擲弾で狙えるか?」
「ぎりぎりですが、二十代の連隊員なら可能です」
生意気野郎は尻の脇に吊り下げていたM320擲弾発射筒を持ち出し、その威力に反して頼りなく見える床尾を片付けして、コンテナの陰からそっと頭を覗かせる。照準に邪魔だったのか、高性能のNVGをヘルメットの上に跳ね上げ、極めて原始的な照尺に目をこらしたかと思うと、迷いなく引き鉄を絞った。ぽん、と間の抜けた発射音が周囲のコンテナの金属板を震わせた二秒後、マラク上甲板に小さな煙が立ち上り、ヘッドセットが増幅された敵の小さな悲鳴を拾った。そして、ケベックの位置への攻撃はなくなった。
「これで、昨晩のヘマは帳消しでしょう?」
こいつ、気にしていたのか。返事の代わりに肩を二度叩くと、ダニーはカービンを構え直し、先頭のジェロームに合図して、ケベックの元へ再び駆け出した。
いざケベックの元に辿り着くと、やはりまずい状況が繰り広げられているのが分かった。エコー・スリー――ケベックのレンジローバーの傍らで、隊員ふたりがうずたかく積まれたコンテナに背を預けてへたり込んでいた。ふたりとも腕に点滴のカテーテルが繋がれており、こちらを見上げようともしない。負傷箇所こそ判明しないが、戦力には数えられない。
そのすぐ傍で、ちびのスタンがマラクからの攻撃を警戒して、まだ白煙が立ち上る銃口を甲板へ向けている。力なくうなだれる二人の手当は、ケベック・ワンたるヴェストが担当していた。そのヴェストの下半身も、じっとりと色濃く変色している。
「負傷箇所は?」
「ブランドンは右大腿の貫通銃創。ランドルは腹に食らってるが、臓器は無事だ。処置も済んでる」
「あんたは?」
液体にまみれた下半身を指差すと、ヴェストは唖然として目の前の光景を信じられないと息を呑んだ。アドレナリンの爆発的な分泌により、被弾の痛みや衝撃そのものを感じなくなる事例は少なくない。ヴェストは努めて冷静に濡れた脚に触れ、自分の身体の何処に穴が開いたのか突き止めようとした。それから不意に、手を口元へ運んで眉をしかめた。その反応で、俺も液体が血液でないことに気付く。
「……こいつは多分、シェスカとお前のせいだ。でかい爆発がすぐ頭上で起きたもんだから、膀胱が決壊したんだろう。くそ、道理で身体が軽かったはずだ」
喫緊であったとはいえ、我ながらとんでもない要望を通したものである。通常、近接航空支援の要請には、友軍と攻撃対象との距離を最低でも六百メートル確保するという大前提がある。マラクにミサイルが着弾した時、俺たちがいた倉庫は爆心地から二百メートルしか離れていなかった。いわんや、ヴェストらのケベックからはたったの百メートルである。俺がに詫びようとすると、ヴェストが一本指を立てて制してくる。
「そのおかげで、うちのチームはマラクから一番近い場所にいながらも生きている。それに、後ろは漏らしてない」
ヴェストはブランドンの脚に包帯を巻き終えると、立ち上がって自分のMP7サブマシンガンを構え直した。どうやら、マラクへの攻撃に参加するつもりらしい。それはいけない。ヴェストの考えを察したらしく、ちびのスタンが肩の下から声を掛けた。
「あんたは敵の攻撃が手薄なうちに、負傷者を後送してくれ。銃後にも負傷者が出ているだろうし、医療担当がいた方がいい。ヒルには俺が着いていく」
ヴェストは一切の反論なく、スタンに「気を付けろ」とだけ返して、作戦本部に別の車両の要請を掛け始めた。マラクへの攻撃に備えて銃の弾倉を交換するスタンに、俺は尋ねた。
「このクルマには何が積んである?」
「さっきあんたらが言ってた催涙弾なら、すぐ足下に用意してある」
「〈ベネリ〉はあるか?」
「ああ」
「貸してくれ。弾も全部だ」
コンテナと小部屋だらけの貨物船へ攻め込むのだから、閉所での戦闘は避けられない。狭い箇所で出会い頭に撃ち合うのであれば、直感的な照準が可能で一撃が重い武器が欲しい。身体の何処に中《あ》てても確実にダウンを取れるショットガンなら、その用途に最適だ。
スタンから〈ベネリ〉M4ショットガンを受け取ろうとすると、横から力強い腕が銃をさらっていった。
「俺が先頭だ。俺が使う」
基地にいる時と全く別の表情筋を強張らせたジェロームは、手早くショットガンの弾倉いっぱいに装弾して肩から吊るし、そのまま足下に転がっていた、〈ダイソン〉の掃除機に似た装備を拾い上げた。回転式弾倉を有する擲弾発射器・アーウェン37の古めかしい照準器を覗くが早いか、装填されていた催涙弾五発を続けざまに投射した。催涙弾は五発全てがマラク甲板上に着弾したらしく、間もなく艦首から艦尾にまで白色の靄で覆われた。船からの反撃がないか様子をうかがっていると、早速レスピレーターを装着したジェロームが、アーウェンに次の弾薬を装填していた。その腰に下げたダンプ・ポーチ(使用済の弾倉などを放り込む雑嚢)が一二ゲージの散弾で満たされて、がらがらと音を立てている。元から装備していたC8カービンも背負っており、手負いの野獣めいた獰猛性が全面に溢れていた。
〈アルファよりブラヴォーへ。受信しているか?〉
ヘッドセットからシェスカではない女声、クラプトン家の長姉たるニーナの声が寄越される。果たせるかな、UAVからのミサイル発射を強行したシェスカは、通信手の席から退けられたらしい。
「ブラヴォー・ワンが報せる。感明度は良好だ。……シェスカは無事か?」
〈その件は後にしろ。ヘルファイアによる煙のせいで、上空からはマラク周辺とお前たちの状況が判断できない。負傷者を後送する車輌を向かわせるために、詳細を報せろ〉
マラク上甲板への催涙弾により一時的に敵の攻撃が弱まり、その隙に俺たち四人がマラクへ突入する旨を伝えると、コンマ数秒ではあったが、ニーナが言葉に詰まるのが窺えた。
〈正気か?〉
"馬鹿たれ"でなかった辺り、悩み抜いた上で選ばれた言葉なのであろう。基地でブリジットに装着してもらった背中のポーチからレスピレーターを取り出しつつ応答する。
「俺たちが正気でいられるためにも、今から三十秒後にマラクへの掩護射撃を強化してくれ。その間にマラクが接岸しているエプロンまで走って、舷門に掛かっているタラップからマラク艦尾へ突入する」
〈たったの四人で、パナマックス級貨物船の制圧をするとでも?〉
「そうさせているのはそっちだ。それに、目標は貨物船の制圧じゃない。そちらが指定するコンテナの中身を検めたら、すぐに帰って、このふざけた作戦を立案したやつをふん縛る。だから、お目当てのコンテナがどんな見てくれで、何処に積まれているか教えろ」
レスピレーターを顔面に装着する間に、ニーナからの返答はなかった。その代わりに、目的のコンテナ――オクトパスが見付けられなかった最後のひとつの詳細が、ダニーが操作する衛星通信機にメッセージ形式で送られてきた。
「ありがとう、姉ちゃん」
〈十秒後に、現地の車輌部隊が掩護射撃を強める。現地部隊を編成次第、船首側からも兵を突入させる。誤射に警戒しろ〉
「期待はしないよ」
マラク艦尾への突入は、艦首と同時に行われるのが望ましい。だが、英語もろくに通じない現地兵が隊伍を整えて位置に着く頃には催涙ガスは霧散しているし、先より堅固な防御が敷かれてしまう。攻め込むには、今しかない。
後方から機関銃弾が光のつぶてと化して飛来し、マラク側面の外殻を叩き割る勢いで打ち据える。あまりに大量に銃弾が降り注ぐので、少し下にいる俺たちに命中するのではと懸念されたが、躊躇える暇は残されていない。
〈シエラ・ワンよりブラヴォー・ワンへ。マラク甲板上の敵は、催涙ガスを逃れて下部構造へ移動している。船倉で残る敵全てを相手にすることになるぞ〉
誰が何を言うまでもなく、ジェロームがマラクへアーウェンを構え、艦尾周辺に発煙弾五発を発射すると、そのままアーウェンを足下へ放って全力で駆け出す。まだレスピレーターを固定しきれていなかったダニーが慌てて続き、その後ろを俺、最後尾をスタンが短い間隔を空けて追随した。マラクに近付くにつれて、アラビア語の呻きや喘ぎが、ヘッドセットのスピーカーから届く様になった。今からこれを無音にしなければならない。