奴隷迎合 - The Servant above Slaves   作:紙谷米英

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奴隷迎合【6-3】(改訂版)

 最初の破裂音を皮切りに、マラクの方角から立て続けに複数の発砲が生じる。我々が乗るレンジローバーは、運転席側のサイドウィンドウに大きな蜘蛛の巣が生じていた。

「バックしろ!」

 俺の叫びで、デイヴがくずおれたパーシーを押しのけ、ギアをリアに入れた。ぐったりと脱力したパーシーの右脚を踏みつける様にペダルが踏み込まれて車体が急バックするや、サイドウインドウに二つ目の蜘蛛の巣が張りついた。車体が再びコンテナの陰に入るとほぼ同時、デイヴの上半身が弾かれる様に身震いし、ダッシュボードに額を叩きつけて動かなくなった。くそ。

「エコー・ワンは二名死傷した!」

 送話スイッチを押し込んで喉のマイクに叫ぶと、正気を失った怒声が返ってきた。

〈エコー・ツー、一名がKIA(戦死)だ!〉

〈エコー・スリー、艦の方から攻撃を受けている! コンテナの陰から出られない!〉

〈監視チームは何をやっている!〉

 部隊間の通信は、状況を理解できずにいる隊員たちの喘ぎで溢れ、必要な情報を得るのが不可能なまでに混乱していた。

〈アルファより全部署、マラク上に複数の人影……いや、武装勢力が出現した。それと、オクトパスとの通信が途絶した〉

「監視《シエラ》チームは?」

〈激しい攻撃を受けているのを確認している。連絡はない〉

 平静を装ってこそいたが、シェスカの声音はひどく重いものだった。

 前の座席では、パーシーとデイヴの上半身が折り重なっていた。デイヴの頸の辺りに、月明かりを受けて喰らい輝きを放つ創傷が確認できた。

 何を考えたのか、ブリジットが前の席の二人へ手を伸ばしかけたので、すぐに腕を掴んで引き戻す。

「おいよせ、触るな」

「止血しないと!」

「……もう、死んでるんだ」

 言った途端にブリジットが両の目を見開いてデイヴへ向き直ったので、急ぎ掌で視線を遮ったが、遅かった。デイヴの右肩辺りでは大小の血肉が散り、右上腕が皮と僅かな肉片で繋がっているだけになっていた。たった一発の銃弾で。

 俺と一緒にブリジットを抑えていたダニーが、絞り出す様に語を発した。

「防弾ガラスが一発で貫通されています。弾痕と肉体の損壊状況からして、対物ライフルの徹甲弾です」

 運転席側のウィンドウは、二発の弾丸で真っ白にひび割れ、我々が携えているライフルでは到底作れない径の孔が穿たれていた。改めて前部座席の二人に目をこらすと、むごい有様の割に、出血はさほど激しくない。つまり、弾丸による体組織の破壊が直接の死因ではなく、大口径弾の命中による衝撃そのもので心臓が即座に停止していたことになる。

「……敵に位置がばれています。車を捨てて、すぐに移動しないと」

 たったひとり残った部下の意見に頷く。

「しかも、この夜闇で初弾から中《あ》ててきた。暗視装置を装備してやがる」

 ブリジットのヘルメット後部に触れ、赤外線ストロボのスイッチが入っていないか確かめた。敵対勢力が棍棒と投石を用いる蛮族であれば、暗視装置を通して明滅を発する赤外線ストロボは味方の判別に役立つが、世代はともあれ、そいつらが高級な玩具を有するとあっては、良い的でしかない。

 車外から断続的な射撃の音が聞こえてくるが、味方がいるはずの方角からの応射はなかった。こちらの作戦が、事前に知られていたと考えるべきだろう。奇襲の優位性を失われた手前、寡兵で出来ることはない。即応部隊の応援と、それ以上に大規模の現地部隊で港湾そのものを静圧しなければならない。前線の長として、マイクのスイッチを握り込む。

「ブラヴォー・ワンより全部署へ。マラクの戦力はこちらの想定を大幅に超えている。至急、増援を求む」

〈ブラヴォー・ワンおよび全部署へ。既にオメガ・ワンとオメガ・ツーが離陸準備に入っている〉

 オメガは、ピューマ・ヘリに満載されたSASとSFSG(特殊部隊支援群)を指していた。

〈増援の到着まで、現状を固守せよ〉

「無茶を仰る」

 増援が来るまで生き延びるには、ただちにこの場を離れなければならなかったが、背反する事象がその判断を鈍らせていた。ダニーと二人して隣の"荷物"を見やると、ブリジットが何か言おうとしたので、機先を制して割り込んだ。

「何か役に立とうなんて考えてくれるなよ。お前を後方へ逃がすために、まずはこの辺りを安全にする。負傷したやつらをどうこうする考えは捨ててくれ。分かるな?」

 ブリジットの瞳に珍しく反抗的な色が覗いていたが、間近に突きつけた一本指を前に、深く俯いてくれた。何を偉そうに。作戦の都合上、敵の奇襲を受ける可能性は必ずつきまとう。情にほだされて彼女の参入を許した自身にこそ責があるのに。

「……よし、いい子だ」

 ヘルメットの下の小さな頬をひと撫でして、送話スイッチを押し込む。ブリジットは、今でこそ緊張状態を保ち、目の前に死体があっても落ち着いている。それが、あとどれだけ続いてくれるかも分からない。敵の銃火のまっただ中で、急に膝をついて泣き崩れられるのは非常にまずい。

「全部署へ。ブラヴォー・ワンとツーは、エコー・ワン周辺の確保を行い、通訳ひとりの戦域離脱をエスコートする」

 喉元のマイクへ伝えつつ、身勝手な発言内容に唇を噛んでいると、聞き慣れた声が通信網に飛び込んできた。

〈シエラ・ワンより全部署、監視に使っていたクレーンを下りた。これから煙幕を展開しつつ、百五十メートル東の建物へ向かう〉

 よし、ショーンはまだ無事らしい。恐らく、複数の銃口に狙われながら、トランスファー・クレーンの階段を転げ落ちる様に駆けたのだろう。他部署の応答を待たず、発煙弾のピンを抜いたと思しき音を伴い、ショーンが語を継ぐ。

〈クレーン上から、敵の狙撃地点を確認した。どうやら改造して小窓を設けたコンテナが複数あって、その内部から狙撃を行っている。シエラ・ツーはそいつらに殺られた。オクトパスに関しては……分からない。俺が最後に見たのは、船倉に下りる直前だった〉

 途中で何度か息を切らせつつも、ショーンは貴重な情報を伝達してくれた。敵はマラク甲板上だけでなく、最初から埠頭に展開していた。我々が港に来る、そのずっと前から。

〈アルファより全部署、マラクから敵の一部が埠頭に下りた。ブラヴォー・ワン、そちらへ向かう敵三人を確認している〉

 心なしか覇気を僅かに取り戻したシェスカの警報で、アドレナリンの放出が加速する。

「了解、少なくとも三人だな。"ヘルファイア"の許可は?」

〈敵が攻勢に出た以上、付近のコンテナ内に何があるか仔細に調べる必要がある。UAVによる攻撃は不可能だ〉

「でしょうね」

 これで、身を敵の銃火に晒さずに喫緊の脅威を排除する未来はなくなった。ヘルメットに装着した暗視装置を目元に下げつつ、銃の薬室に初弾が装填されているか、グローブ越しの指先の感覚で確かめた。

「……こいつは必要で?」

 同様に戦闘準備を終えたダニーが、自分のヘルメット横に装備した小型カメラを指差す。

「異常事態だ、必要だろう。だが、ブリジットを映すのはまずい。カメラを回すのは、あいつを逃がしてからだ」

 ダニーが深く首肯するのを見てから、レンジローバーのドアをゆっくり開く。もしかすると、この車のすぐ隣にあるコンテナ群の中にも、敵が潜んでいる可能性があるが、これまで動きがないところからして、まず問題ないだろう。ダニーも車外へ身を乗り出しつつ、近くのコンテナに不審な点がないか探っていた。

 我々ふたりの手には、既に発煙弾が握られていた。二人して安全ピンを抜くと、ダニーは車輌の前部、俺は後部に位置取り、コンテナの陰からマラクへ向けてそっと発煙弾を放った。

「ブラヴォーは、エコー・ワンの地点で煙幕を展開した。こちらへ接近する敵対勢力へ応戦する」

 手を離れた発煙弾がコンクリートの地面を転がりつつ、濃密な煙を噴き出す音が聞こえてくる。足下まで煙が漂ってくるのを待ってから、暗視装置を頭上へ跳ね上げ、身を限界まで低くしてマラクの方角を覗き見た。――熱線映像をも欺く煙幕の向こう、三十メートル先で敵ふたりの靴がせわしなく動いているのが確認された。

「見えたか?」

 俺と全く同じく不格好な体勢を取っているらしいダニーから、返事が呻かれる。

「ひとりだけ。そっちは二人で?」

「そうらしい」

 最早、合図など不要だった。筋肉に刻まれた記憶の通りに腕が動き、カービンの銃口が敵へ一直線に向く。脳が指先から引き鉄の感触を伝達された頃には、手元で既に四度の衝撃が生まれ、おぼろげな視界の奥で男ふたりが地面にどうと斃《たお》れ伏していた。減音器(サプレッサー)から立ち上る白煙越しに、今しがた攻撃した対象が再び起き上がらないか一秒足らずで見届け、すぐにコンテナの陰へ身を隠した。

「やったな?」

「訊く気ないでしょう、それ」

 背後から寄越された舎弟の応答に不謹慎な苦笑を漏らし、送話スイッチを押し込んだ。

「ブラヴォー・ワン、ツーは敵三人を無力化した」

 スイッチから手を離し、ドアが開いたままのレンジローバーの後部座席へ手を伸ばす。

「……行くぞ。出来るだけ下を見てろよ」

 ブリジットは唇を固く結んだまま頷き、新品のグローブに包まれた手で俺の手を取った。それと反対の手で、送話スイッチを押し込む。

「ブラヴォー・ワンとツーは、通訳を後方までエスコートしつつ、敵の排除を行う」

 護衛対象を連れながら、どれだけ叶うかは神のみぞ知るところだが、増援の到着まで大人しくしているには、向こうさんはやり過ぎた。この子にまで手を掛けられてたまるか。

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