関東に存在するとある町、
曰く、化け物が出るとか。曰く、裏で秘密の組織が暗躍してるとか。曰く、それらと戦う少女達が居るとか。
「だあクソッ! なんで出やがらねえんだよアソコ!」
なんとも怖い噂だが、所詮噂は噂だ。こうして真っ昼間からパチンコを打ち、ボロ負けした怒りを大通りで撒き散らす男の方が怖いまである。
「チッ、ブッ壊れてんじゃ……訴えて……」
ブツブツと独り言をしながら肩を揺らして歩く男、当然関わり合いになりたくない人々は男を避けて道を歩く。その為、男の周囲には不自然な空間が出来上がっていた。
「……コイツで良いか」
そんな中で一人、もう夏だというのに全身をローブで包む女が小さな呟きと共にその空間内へと入り込んだ。
「……あ?」
近付く足音に気付いて男は振り返る。そこには見るからに不審な格好をする女が居て、その女は男の前で立ち止まるとおもむろに深く被っていたフードを取る。
「お、おお」
フードの下から現れたのは、褐色肌の気品ある見目麗しい顔立ち。不意に目の前に現れた美女を前に男はボケっと口を開けてフリーズする。
「……」
その顔に見惚れる男は気付かなかった。確かに女の容姿は非常に美しいが、その耳が異様に長く、尖っている事に。そしてその女が、コチラに向けて腕を伸ばしている事にも。
「ガッ……!?」
女はゆっくりとした動作で男の心臓部分に触れる。すると触れた手は男の体をすり抜けて、体内へと潜り込む。
「使わせて貰うぞ、その
女はそう言うと、男の体内に入れていた手を一気に引き抜く。その手には黒く濁った不鮮明なナニカが握られていた。
「───」
体内に手を入れられ、そしてナニカを引き抜かれた男は、そのまま気絶するように後ろへ倒れた。
「顕現せよ」
女は倒れる男の事なんて見向きもせず、手の中にあるナニカを上空へと掲げる。……次の瞬間、ソレは現れた。
手のひらに存在するナニカは激しく蠢いた後、輪郭を描き、形を持ち、実体を得る。
【───GRERERERE】
ズシンと重たい音を鳴らして着地したソレは、シルエットだけ見れば黒い犬である。しかしそのサイズは驚異の三メートル大、目の部分には眼球の代わりに真っ赤な宝石が嵌められ、生え揃う鋭利な歯には黄金が敷き詰められていた。
「行け、グリードッグ。狩って奪え、喰らって満たせ、そして恐怖を撒き散らすんだ」
【GREEEEED!!!】
女の言葉に従うように咆哮する化け物。呆気に取られる周囲の人間は、そこでようやく事の重大さを理解した。
【GREREREREEEE!!】
「う、うわぁー!?」
今から逃げようとしても遅く、現場近くに居たスーツ姿の男が化け物の大顎の餌食となる。
「……ぅ、え、あれ?」
ガブリと上半身を口の中に入れられた筈の男は、暫くして痛みが一向にやって来ない事に気付く。
目を開けてみれば無傷のままで、化け物もとっくに口を男から離していた。
「なんで俺、生きて……って、ああ!!?」
食われた筈の自分が五体満足な事に混乱する男だったが、ふと化け物の口元にある物を見てそれどころじゃ無くなった。
「わ、私の財布、それにバッグも!」
手に持っていたビジネス用のバッグ、ポケットに入れていた財布、それらを化け物が口に咥えていたのだ。
「待ってくれ! そのバッグは今から商談で必要な物で」
【GREE】
「あ、あああ!」
奪われた財布とバッグは、そのまま化け物が大口を開けてパクンと呑み込んでしまった。
【GRERERERE……GREEEE!!】
財布とバッグを喰らって満足げにする化け物は、その勢いのまま周囲の人間の持ち物を見境なく喰らい始めた。
「私のお気に入りの香水!」
「拙者のロゼリアたん六分の一スケールフィギュア(プレミア価格)!」
「買ったばかりの新車がー!?」
「くっ……!」
無秩序に暴れる化け物に、駆け付けた一人の警官が躊躇いなく拳銃を発砲した。
一発、二発、三発、全てが化け物の体に命中し、三発目は宝石と化している化け物の目に当たった。
【GREEEE……】
しかしそのどれもが化け物に傷を付ける事すら叶わず、それどころか怒りを買うだけに終わった。
【GREEEE!!】
化け物は、最初の獲物となった男と同じように警官を丸呑みにする。その後、同じように傷一つ付ける事なく警官の持ち物だけを奪い去った。……身に付けている衣服さえも。
「なあっ!?」
【GRERERERE!!】
パンツ一丁にさせられた警官。その姿に化け物はまるで嘲笑うように口元を大きく歪ませた後、用は済んだと言わんばかりに警官を放置して新たな獲物を探しに行った。
「……」
阿鼻叫喚な光景を前に、化け物を生み出した首謀者であるローブの女は無感動なままジッと佇んでいた。
「……チッ、やはり来るか」
しかしそれも、急速に近付く四つの気配を感じ取ってすぐに崩れ去った。
「───待て」
身構えるローブの女。その女が予想していた通り、その者達は高らかな声と共に姿を見せた。
【GREE?】
依然として人の持ち物を喰らい続ける化け物も、その声が耳に入ると思わず顔を向けていた。
化け物の視線の先に居たのは、可愛らしい衣装で身を包む色彩豊かな四人の少女。
「至情溢れる青き魔法使い、マギアブルー」
「人情貫く黄色の魔法使い、マギアイエロー!」
「愛情捧げる緑の魔法使い、マギアグリーン」
「情熱燃やす赤き魔法使い、マギアレッド!」
青髪を真っ直ぐ伸ばした少女が、黄髪の小柄な少女が、ウェーブを巻いた緑髪の女性が、ポニーテールの赤髪の少女が、各々化け物の前で名乗りを上げる。そんな彼女達の瞳には、脅威に立ち向かう闘志が灯されていた。
……曰く、化け物が出る。曰く、裏で秘密の組織が暗躍してる。曰く、それらと戦う少女達が居る。
「魔法少女参上! これ以上好きにはさせないよ、プライド!」
マギアレッドと名乗った赤き少女はそう吠える。己の存在を指し示す言葉……魔法少女という名を告げて。
「もう嗅ぎつけたか。相変わらずしつこい奴らだ」
「それはコッチの台詞や、こんな真っ昼間に騒ぎ起こしやがって。ええ加減エンコ詰めさせたろか、ああ?」
悪態をつくローブの女、プライドに魔法少女の一人であるマギアイエローが小柄で愛らしい顔立ちから想像も付かないほど凶悪な睨み顔で、大変物騒な言葉で言い返す。
「まあまあイエロー、そう怖い顔しちゃだめ。折角の可愛い顔が台無しになっちゃうわよ」
「はんっ、別に可愛げがあろうと無かろうとどおでも……って、頭撫でんなや!!」
ガン飛ばすイエローを宥めようとグリーンが言葉を掛ける。結果、頭に置いていた手を怒った様子で退けられた。
「何度やっても同じ事だ。今回も私達が勝つ」
そう言ってブルーは弓を構えて、その鋭い目でプライドを真っ直ぐに射抜く。
「御託は良い。……やれ」
【GREEEED!!!】
彼女が放った命令を皮切りに化け物……強欲魔獣グリードッグは動き出す。
「レッド、イエロー!」
コチラに突進してくる魔獣を見たブルーは、二人に声を掛ける。
「うん!」
「応!」
それに二人はすぐさま反応し、相手と同じように肉薄すべく走り出す。
【GRRERERE!!】
「やあああ!」
前足を頭上大きく持ち上げて振り下ろす魔獣。対してレッドは、心の昂ぶりを表すように四肢から炎を吹かしながら大剣をぶつけた。
ガキンッと重たい金属音が辺りに響く。自身の身の丈ほどある巨大な腕を前に、レッドは華奢な見た目から想像も付かないパワーで拮抗を保たせる。
「イエロー!」
「あいよ!」
魔獣の一撃に耐えるレッドの後ろから、同じく肉薄していたイエローが大きく跳び上がる。
「オラァ!!!」
イエローの小さな拳が、魔獣の眉間を穿つ。
───ドゴォオオン!!!
レッド以上に小柄で華奢、そんな彼女が放った一撃はレッドと同等、いやそれ以上のパワーが込められていた。
【GREEEE!?】
銃弾で傷一つ付かなかった魔獣の肉体は、イエローが放った一発の拳で額を大きく凹まされた。
【GRERE……GREE!?】
堪らずその場から離れようとする魔獣だったが、それを許さないと言わんばかりに遠方から放たれた水の矢が魔獣の眼球に直撃して怯ませる。
「そうはさせん」
その矢を射ったブルーは、矢を放った後に小さくそう呟く。
「まだまだ行くよぉ!」
怯んで後ろへ大きく仰け反る魔獣に、レッドは魔獣の一撃を受け止めた大剣を前に突き出す。
四肢から吹き出る炎が大剣へと引き込まれ、刃を伝ってその切っ先へと集中する。
「〈ブレイブバーン〉!!!」
【GREEEEEE!!?】
大剣から猛る炎が真っ直ぐに放出される。それを至近距離に浴びた魔獣は、全身を余す事なく焼き焦がされる。
【GRERERE……】
全身に火傷を負い、頭部はひしゃげて、片目は潰される。そんな目に遭った魔獣の瞳が灯すのは恐怖ではなく殺意、そしてやはり満たされない欲望であった。
【GRRERERERE───】
一刻も早く目の前のコイツらを排除する。すべきだ。いやされなければならない。そんな欲望を満たすべく、魔獣は自身の喉を大きく膨らませる。
「ッ、なんかヤバい。退くでレッド!」
その動作に嫌な予感を覚えたイエローは、そうレッドに呼び掛けて後ろへ退こうとする。……しかし、一足遅かった。
【───GREEEED!!】
ギュッと閉じていた口を開き、魔獣はイエロー達に目掛けてソレをブッ放す。
魔獣の口から放たれた無数のナニカは、キラキラと輝きを放ちながら恐ろしい速度でイエロー達に迫る。
「いぃっ!?」
後ろへ大きく飛び退いたレッドとイエロー、それでも魔獣が放ったそれらを避けるには足りず直撃してしまう……その直前、足元の大地が隆起し、彼女達の目の前に土の壁が出来上がる。
直撃する筈だった無数の飛び道具は、全て分厚い土の壁によって受け止められる。
「た、助かった……ありがとうございます。せん……グリーン」
「お礼なんていいのよ、みんなを守る事が私の役目だから」
「いやホンマに助かったわ、やってくれなきゃアタシらどうなっていた事か」
土の壁を生み出したグリーンは、そんな二人の感謝の言葉に穏やかな口調で謙虚に返す。
「……これは」
未だに放たれ続ける無数の弾丸のようなナニカ、そのナニカが足元に転がってきたブルーは訝しげに摘み上げる。
摘み上げたそれは、キラキラと輝く丸いコインのような物。しかしブルーはその質感や重さから正体を察して、信じられない様子で呟く。
「金貨、それも本物の」
「ええ!?」
「ホンマかそれ?」
「ああ、間違いない」
「あらー」
本物の金貨、それが弾丸の正体だと知った彼女達は一様に驚く。
「アレ全部が金貨……見るからに金が好きそうな奴やと思うたけど、ホンマ雑な使い方しよるわ」
「恐らく魔力で出来ているだろうし、倒せば消えると思うが……悪趣味なものだ」
金貨をぶつけて攻撃してくる魔獣に嫌悪感を示すブルーとイエロー、そんなこんなで土の壁に隠れて凌いでいると、ようやく弾切れなのか嵐は途切れた。
「攻撃が止まった」
「今がチャンスや! ……って!」
意気揚々と土の壁から飛び出すイエローだったが、その先に広がる光景を見て呆気に取られる。なんと、魔獣はコチラの事なんて目もくれず誰かの落とし物や停めてあった自動車を手当たり次第に喰らっていたのだ。
「あ、あの野郎アタシらを無視して……!」
「脅威である筈の私達より食べる事を優先している……?」
「あんなに食べてお腹壊さないのかしら?」
「気になる所そこなんですか?」
戦闘中とは思えない行動を取る魔獣に不審がる少女達、そのまま眺めていると魔獣は再びコチラに顔を向け、そして喉を大きく膨らませた。
「ッ、みんな隠れて!」
見覚えのある予備動作にいち早く気付いたブルーは、土の壁の後ろへ行く急いで他三人に伝えた。
【GREEEED!!】
その直後、魔獣の口から再び無数の金貨が放出された。
「くっ、やはりアイツは人の物を食べる事で弾となる金貨を補充しているらしい」
ブルーは敵の能力に当たりをつけて冷静に答える。
「あの野郎……! 人様の物を奪って、それをテメェの物みたいに好き放題使うだあ?」
そしてイエローは、そんな魔獣の行いに怒りに震えて壁の外へ出ようとした。
「待て!」
「邪魔すんなやブルー!」
「まだ攻撃は続いている、今出たら負傷は避けられないぞ」
「怪我はグリーンの魔法で治せる! それよりも早くあの野郎のタマァ取らにゃアタシの気が収まらん!」
「いや、ここは攻撃の手が止まるのを待つべきだ」
「このままアイツに人様の物を使わせ続けろ言うんか!?」
弾切れになるのを待つべきと言うブルーと、これ以上他人の物を武器として消費させる訳にはいかないと言うイエロー。互いに一歩も譲らない二人の押し問答は終わりが見えなかった。
「あ、あわわわ」
「あらら、どうしましょう」
言い争いをする二人に残されたレッドは取り乱し、グリーンも相変わらず穏やかな口調ながらも困った様子で見ていた。
……これからどう動くべきかで揉める魔法少女達、そんな有り様だったから、彼女達はそれに気付けなかった。
「キャッ!」
逃げ遅れた小さな女の子が一人、戦いを見て急いでその場から立ち去ろうと魔獣の横を駆け抜けていた時、盛大に転んでしまう。
【GRREE?】
転んだ拍子に少女は持っていた小さな袋を落としてしまう。その袋は魔獣の足元まで転がっていき、そして魔獣は袋の中に入っている物に気付いた。
キラキラと輝くそれは、宝石の付いた指輪だった。しかもその宝石は、数カラット以上は確実にあろうダイヤモンドである。
【GREE! GRERERERE!!】
突然現れた極上の餌を前に、魔獣は攻撃の手を止めて一刻も早くそれを腹の中に入れようと口を大きく開ける。
「い、いや! やめて、それ食べちゃダメ!」
少女の悲痛な叫びも虚しく響き、魔獣はそのまま指輪の入った袋を……
「させるか!」
喰らう直前、視界の端から人影が現れ、そいつは袋を拾って少女の居る方へすぐさま投げた。
「君、逃げなさい!」
そいつの正体は、さっき魔獣が身ぐるみを剥ぎ取った警官の男である。パンツ一丁となった彼は今まで物陰に隠れていたが、少女が落とした物を魔獣が食べようとしたのを見て咄嗟に出てきたのだ。
【G……GREEEED!!!】
「ぐあっ!」
餌を食い損ねて激怒した魔獣は、その怒りのままに警官を巨腕で薙ぎ払った。
【GRERERERERE】
「ひっ……」
吹き飛ばされた警官は大通りの店の中の棚に激突し、棚にあった品物に埋もれる。そんな姿を見た少女は恐怖で動けず、魔獣は少女の足元にある指輪の入った袋を喰らおうと歩き始める。
「あ、あの子が危ない!」
「チィッ……!」
ようやく事態に気付けた魔法少女達。レッドは咄嗟に土の壁から体を出して少女の下へ走り出し、遅れてイエローもレッドに続いて走り始めた。
(ッ、間に合わない!)
必死に走るものの届かない。レッドが懸命に手を伸ばす先で魔獣は意気揚々とその袋を喰らおうとし……それは、再び失敗に終わった。
袋が落ちている地面の側から、氷の柱が勢いよく生成される。
【GREE!?】
その柱は魔獣の顎を正確に打ち抜き、見事なアッパーカットを決めて魔獣を後方へ吹っ飛ばした。
「い、今のって」
一瞬の出来事に思わずその場に立ち止まってしまうレッドとイエロー。そしてレッドは、その氷の柱の正体が何かをいち早く理解した。
「チッ!」
敵であるプライドもその正体に気付いたらしく、忌々しそうに
「……」
戦場から少し離れた場所、そこで彼女は氷の柱に向けて手をかざしていた。
……いや違う、彼女は柱に向けて手をかざしている訳じゃない。彼女が手をかざした事で、その位置に氷の柱が現れたのだ。
「やはり貴様も来るか、マギアホワイト!」
プライドは今日一番の敵意を彼女に向けて、その名を告げる。
アイスブルーの目と髪、その顔に感情と呼べる物はなく、瞳も凍えるように無機質で冷たい。まるで死人や人形のようだが、その身に纏う可愛らしい衣装が彼女も悪と戦う魔法少女である事を示していた。
白き魔法使い、マギアホワイト。それが彼女の正体だった。
「……」
敵意を向けるプライドの事など意に介さず、ホワイトは魔獣の方へと視線を向ける。
【GREEEE……!】
魔獣も新たに出てきた脅威に驚きつつも、すぐに切り替えて喉を大きく膨らませる。
「ッ、気を付けてホワイト! そいつ飛び道具使ってくる!」
その予備動作に気付いたレッドは、慌ててホワイトに呼び掛ける。
「……分かってる」
その呼び掛けに対してホワイトは、返答する気などサラサラ無いような小さな声で喋る。
「もう手は打った」
そうホワイトが言った直後、先ほど生み出した氷の柱を中心に地面が凍り始める。
【GREE!?】
地面の凍結は魔獣に向かって進んでいき、魔獣の前足を凍り付かせる。
【───G、GGG】
氷はあっという間に魔獣の口元まで侵食し、その大顎をガチガチに凍り付かせた。
「これでおしまい」
飛び道具を封印したホワイトは、次に魔獣の足元の地面全域を凍結させる。
凍った地面からは無数の氷柱が生え始め、それらの矛先は全て魔獣へと向けられていた。
「〈アイシクル・ヘル〉」
右腕を前にかざして、ギュッと虚空を握りつぶす。瞬間、無数の氷柱が魔獣を串刺しにする。
【G───gyaaaaaa!!!】
爆散する魔獣、中からは魔獣が喰らったであろう物が飛び出し、それに紛れて黒いモヤモヤが漏れ出る。
「……ぅ、あ、あれ? 俺、なにして」
そのモヤモヤが気絶しているギャンブル狂いの男の体へ入り込むと、男は目を覚ましてなにがなんだか分からない様子で周囲の惨状を見回した。
「チッ……今日の所はこれで退く。だが次こそはお前達を、特にマギアホワイト、貴様は必ず倒す」
魔獣が完全にやられた事を確認したプライドは、そう捨て台詞を吐くとその場から霞のように消えた。
「……」
もう敵が居ない事を確認したホワイトは、無言でその場を立ち去ろうとする。
「あ、あの!」
そんな彼女を引き止めるべく、小さな女の子が声を掛けた。
「……なにかしら?」
振り返るホワイト。その目は氷のように冷たいままで、思わず背筋が凍ってしまう。
「あっ……あ、ありがとうございます!」
それでも少女は勇気を出して感謝の言葉を口にした。震える手には、指輪の入った小袋がギュッと握られている。
「……思い出は、消える事の無い一生の宝」
「え?」
少女に頭を下げられたホワイトは、口を開いたかと思えば突然何かを語り始める。
「だけど物は違う。粗雑に扱えばあっという間に手元から離れる。そして一度手放した物を取り戻すのは、簡単な事じゃない」
そう言ってホワイトは少女の頭に手を置く。
「物を大事にしてあげて、思い出の詰まった物は特に」
「……」
その手は冷たく、温もりなど感じられない。けれど少女の心は、確かに温まっていた。
「───ホワイト!」
その時、マギアホワイトの名を呼ぶ第三者が現れた。
「……レッド」
「ありがとう、魔獣を倒してくれて。あと、その子を守ってくれた事にも」
「お礼なんていらない。私は当然の事をしただけ」
「だとしてもありがとね。……それでなんだけど、今日こそ一緒にお話しない?」
「……」
レッドは努めて笑顔でホワイトにそう尋ねる。そんな彼女に対しホワイトは、彼女の後方からやって来る他の魔法少女の姿を見て、冷たい瞳をより一層凍らせた。
「……話す事なんて無い」
「っ、わ、私は知りたいの! あなたの事を、なんでそんなに苦しんでいるのかも!」
「貴女が知る必要なんて無い」
ホワイトは拒絶の言葉を告げた後、話は終わりだと言わんばかりにレッドから背を向ける。
「───こんなもの、知るのは私一人で十分」
▼▼▼
去り際に溢した小さな声は、不思議とはっきり聞こえた。
「ま、待って!」
慌てて彼女を呼び止めるけど待ってはくれず、大きく跳躍して建物の上まで登るとそのまま姿を消した。
「……」
「また彼女に話しかけようとしたのか?」
私がホワイトの立ち去った方向を眺め続けていると、後ろからブルーが声を掛けてきた。
「うん、けど失敗しちゃった」
「……あまり気を落とすな、彼女の決意は相当の物だ」
肩に手を置き、励ましてくれるブルー。まだまだ気分は落ち込んでいるけど、このままじゃいけないと無理にでも切り替える事にした、
「そ、そうだ! あの女の子は大丈夫そう?」
「ああ、彼女ならイエローが見てくれている。それと、怪我をした警官はグリーンが治しに行ってくれた」
「そっか、良かった……」
それを聞いて安心していると、イエローとグリーン、そしてグリーンが治しに行った警官の人がコチラにやって来た。
「子どもはウチに帰らせたで。一人で行ける言うて、ホンマ強かな子やったわ」
「こっちも治療が終わったわ〜」
「君達には感謝が絶えないよ、また助けられてしまったな」
そう言って話す警官の人は、どこか見覚えのある顔だと思ったら知っている人だった。
「なんや、誰かと思うたら巡のおっちゃんか」
「魔獣を倒してくれて感謝する。魔獣が食ったであろうアレらは私が責任を持って持ち主の所へ返すよ」
「こちらこそ、いつも後始末を任せてしまって申し訳ない。……それで、その」
巡さんの申し出を有り難そうにしていたブルーは、ふと顔を赤くして巡さんから目を逸らした。
「……見苦しいものを見せてしまってすまない。魔獣が落とした物の中から私の服を少し探したんだが、どうしても見つからなくて」
そう言う巡さんの姿は裸の上に布一枚だけという、夏場と言っても少し開放的が過ぎる格好だった。
「い、いや、あの魔獣は食べた物を金貨に変換する能力があったんだろう。だから巡殿が気にする事じゃない」
「せやせや、ブルーが気にし過ぎなだけや。フルチンでもないのに大袈裟やでホンマ」
「き、気にし過ぎとはなんだ! というかイエロー! ひ、人前でそんなはしたない言葉を使うな!」
「そんなってどんな言葉や?」
「え? いやだから、その」
「ほーら気にし過ぎとる。こんなんで一々突っかかるとかガキかいな」
「〜っ!」
ブルーとイエローの
「……えーと、彼女らはいつもこんな感じなのか?」
「あ、あはは」
「仲良しですよね〜」
そんな巡さんの質問に私は苦笑する事しか出来なかった。軽く流せるグリーンは凄いと思う。
「だいたい何故お前は───」
「はあん!? そらこっちの───」
「……あー、そうだ、もう一人は居ないのか?」
話題を変えようと気を遣ってくれたのか、巡さんは思い出したようにそんな事を聞いてくる。
「あら? もう一人?」
その質問に首を傾げて答えたのはグリーンだった。
「ほら、氷を操っていた白い子だ。彼女にも女の子を助けてくれた礼を言いたくてね。初めて見る顔だが、格好を見るに君達の仲間かと思ったんだが……違うのか?」
そう言う巡さんに私とグリーン、そしてブルーとイエローも口喧嘩を中断させて、その質問に答える事ができず難しい顔を浮かべてしまっていた。
「味方、やとは思うんやけどなぁ」
「ああ、ただ得体が知れないというか」
「仲間と言われたら微妙な所なのよねぇ」
「……?」
三人の要領を得ない返答に巡さんは大きく首を傾げる。
「───あの子は」
不審に感じている巡さんを見て、気がつくと私は口を開いていた。
「あの子は、悪い人じゃないです。まだちゃんと話した事も無いけど、それだけは間違いありません」
私は知っている。ある時ピンチに陥った私達を助けてくれた事も、今日みたいに見知らぬ誰かを守ろうとする事も。
「私達と関わろうとしないのは、何か理由があると思うんです」
───近寄らないで
初めて出会った時、彼女が最初に放った一言。
「……何か」
───私は、穢れた存在だから
それは今でも私の脳裏にこびり付いて離れない。
「とても悲しい、何かが」
▼▼▼
魔法少女特有のジャンプ力で建物の屋上を飛び回り、私は人気の少ない適当な路地裏へと着地する。
「……」
周りに誰も居ない事を二、三回ほど入念に確認した後、少し意識を集中させて変身を解く。変身する時みたいにやかましい光が出ないのは安心する。周りに気付かれないかいつも不安になるのよ、アレ。
「よし」
一瞬だけ光が全身を覆った直後、そこに居るのは黒髪黒目のおかっぱ女子、要するにいつもの私である。
「……うん、大丈夫、今日も問題なくやれてた」
魔法少女になってひと月かそこらだが、戦いが上達している感覚は確かにある。欲を言えば一人で彼女達の代わりに戦えるぐらい強くなりたいが、流石にそれはまだ難しそうだ。
(もうちょい自主練を増やすべきかな……あ、そういえば)
魔獣を倒した後、マギアレッドに話しかけられて慌てて逃げてしまった私は、一つ気がかりな事があったのを思い出す。
(あの子、指輪をどうするつもりなんだろ)
子どもが一人で持ち歩くには高価すぎる宝石の指輪。ふとこの近くに質屋があった事を思い出した私は、なるべくやんわりと彼女に忠告しておいたのだ。
(まあ考えすぎかも知れないけど。というかそっちの可能性の方が高いか)
だとしたら無駄に小っ恥ずかしい事を言ったなと思いつつ、いや万が一あの子が非行に走るのだったらそれを止めるのが大人だろうと、私は自分に言い聞かせた。
「……あんまし考えても意味ないか」
お節介を焼きすぎても迷惑なだけだと、これ以上深掘りするのをやめて私は帰路に着くのだった。
「フタバ」
……と、思っていたけど、後ろから私の名を呼ぶ聞き覚えのある少年の声が聞こえて足を止める。面倒だが無視する訳にもいかず、私は渋々と振り返った。
「……なに? エルエム」
そこに居たのは、タキシード服を着る二足歩行の猫、妖精のエルエムである。その見た目もサイズもまんま猫、付け加えるなら三毛猫のオスだが妖精の世界じゃ別に希少価値は無いらしい。
「彼女達はどうしたの?」
「折角の休日だし遊ぼうって話になってどこかに行ったよ」
「ならそっちに行きなさいよ、なんで私の所に来たの」
そう言う私だったが、何故かなんて分かりきっていた。この妖精が私に用事なんて一つしかない。
「今からでも遅くない。みんなと仲良くして欲しいんだ」
「……はぁ」
そして案の定の答えで、私は思わずため息を吐いた。
「……ねえ、エルエム。別に私も彼女達と仲良くするのが嫌な訳じゃないの。むしろ逆、出来る事なら積極的に仲を深めたいと思ってる」
それは単に仲良くしたいという話だけじゃない。互いの理解を深め合う事は戦いでのチームワーク向上に繋がるし、それが難しくても現状のように拒絶の姿勢を取るのは論外だ。ええ、ええそうよ、そんなの私自身も良く分かっているわ。
「けどね? それを踏まえてもよ」
私が彼女達を拒絶するのは、なにも私個人の問題だけじゃない。
「───話すたびにチ○コ○ちかける奴が女の子と仲良くなんて出来るか!!!!」
ひとえに彼女達の貞操を守るためである。
「ねえおかしいでしょこれ! 年中発情期かってぐらいムラムラするんだけど! ウサギ? 私はウサギなの? ウサギでももうちょい節度あるわ!」
変身を解いたら一緒に消えるのは本当に救いだ。あんな状態でまともに暮らせるとは思えない。……いやまず変身したら生えるってなに? エロ同人の設定? ニチアサワールドじゃなかったのここ?
「お、落ち着いてフタバ! 大丈夫、前にインターネットで調べたんだけど性欲は一人でも解消する事が出来るらしいんだ。だからみんなと話す前に発散しておけば」
「シコれと!? シコってから会いに行けと!?」
そんな事したら申し訳なさと自己嫌悪で寝込むわ!
「ねえ何回も聞いてるけど本当に取れないのアレ? 性欲を抑える為に感情を殺し続けるのもいい加減キツいのよ」
「む、無理だと思う。普通なら存在しない物が現れたという事は、それが君の魔力の源……リビドーに関係しているんだ」
魔法少女が扱う魔法、その燃料となる魔力は、その人の持つ想いや感情、欲望……すなわちリビドーから生み出されている。魔力の源となるリビドーの内容は人によって違い、私の場合は……多分性欲なんだろうなー。
「リビドーの喪失は魔力を失う事と同じ。だから無理にでも取ろうとしたら多分、魔法少女に変身出来なくなる」
「グギギィ……!」
全ての悩みの元凶の癖して、無かったら無かったで困るとか呪いの装備すぎる。
「うぅぅ……なんで……なんで……!」
地面に手をついて項垂れる。前世と違って女の子だからはしたない行動は控えているけど、もう今更でしょ。
「なんで変身したら生えるのよおおお!!!」
……いやこのキャラでニチアサは無理でしょ。