『ミンミンミンミン!!!』
『Pipii! Pipii! Pipii!』
「……」
肌にまとわりつく蒸し暑さに、外でどんちゃん騒ぎするセミの声、それと昨日かけたスマホのアラーム。
夏が来た。そう感じられる嫌なサインの目白押しだった。
『Pipii! Pipii! Pi───』
「暑煩い」
私はスマホのアラームを切ると、モソモソとベッドから起き上がる。
「ん、ふぁ〜」
そして一度大きく欠伸をした後、顔を洗いに洗面台へ向かう。
(今日で夏休みが始まって二週間かぁ)
七月中旬。それは学生にとってのゴールデンタイムである夏休み突入の時期である。勿論、我が
前世では社会人だった為、夏休みのような長期休暇がどれだけ素晴らしいものか、身に沁みて理解している。だからこそ、この一日一日を大切に、
(今日は何をしようかなぁ)
……出来れば良かったんだけどね。
(家の掃除も粗方終わったし、夏休みの宿題も日記以外は全部終わった。もうやる事がないのよねぇ)
朝食の食パンを食べながら、私は虚空をボーっと眺めながら思案する。
(久しぶりにバイトでもするかぁ)
遊ぶ友達も居なければ、これといった趣味もない。
中学に入ってからの私の長期休暇の過ごし方は、まず宿題を全て終わらせて、余った時間でバイトをこなす。この繰り返しだった。
……今思い返すと前世の時からそんな感じだった気がするけど、気にしない。気にしないったら気にしない。
(いやでも、魔獣が出たらいけないしなぁ)
今年もバイト漬けの日々を送って夏休みを消化していきたいところだが、今はリビディアンとの戦いがある。
もしバイト中に魔獣が現れようものなら、私はバイトをバックれないといけない。それは元社会人としていただけない。
じゃあ何をして暇を潰すのかと言えば……本当に何をしようか?
「うぎぎぎ……! なにこの花のJKとは思えない悩みは……!」
これじゃあまるで、久しぶりに休みが取れたけど何をしたら良いのか分からない社畜じゃん!
……精神年齢的にはまさしくソレだわ。
(こうなったら変身して戦いの特訓を、いやでも戦闘以外での変身はエルエムに止められてるし……)
『フタバ』
「うわびっくりしたぁッ」
食パンを食べ終えてムムムと頭を悩ませていたら、エルエムが念話で呼びかけてきた。
『ちょ、なにエルエム、こんな朝早くから』
『う、うん、ちょっと困った事になっちゃって……今玄関に居るから開けてくれないかな?』
『……? まあいいけど』
どうにも様子のおかしいエルエムに私は疑問に思いつつも、とりあえず玄関に向かう。
「───はい、どうぞ」
「ありがとう」
「それで何があった……の……」
そして扉を開けて、エルエムを見た時、私は彼の右手にある物が目に入った。
「……なにそれ」
「手紙だよ。レイナ……マギアイエローが君にって」
「……」
私には、どう見ても厄介事の気配しか感じられなかった。
▼▼▼
妖精界と人間界……もっと言えば
空間の狭間には、果てしない虚無が広がっていた。その真っ只中にポツンと浮かぶ白銀の塔こそ、彼らの拠点だった。
「……」
塔の上部には、幾本もの尖塔が天を突くように伸びている。そのうちの一つ、その頂に彼女、プライドは立っていた。
「……」
「───こんな所に居たのねぇ」
塔のてっぺんから何かをジッと眺める彼女のもとに、ルストが翼を広げてやってくる。
「……ルストか」
「そんな所でどうしたの? 落ちたら危ないわよ」
「そんなヘマはしない。それに……」
プライドは心外そうに言った後、チラリと真下を一瞥する。
「……」
そこには全身鎧の大男、ラースが塔の途中の階のベランダで静かに佇んでいた。
何か言うでもなく、黙々とプライドと同じ方向を眺め続けているラース。そんな彼の姿を見たプライドは、フッと笑みを溢す。
「落ちたとしても、彼が受け止めてくれるさ」
「あらあら、お熱いわねぇ」
そんな久しぶりに見たプライドの微笑に、ルストは思わず茶々を入れてしまう。
「おあつ……!? な、何を言ってるんだ貴様は……!」
「はいはい、それで何を見てたの?」
「〜〜〜っ……はぁ〜……あれだ」
何を言ってものらりくらりとかわされるだろうと諦めのため息を溢したプライドは、大人しくルストの疑問に答える事にした。
「あれって……ああ、妖精界?」
プライドが目を向けた先には、妖精界へと繋がる出入り口があった。その向こうには、妖精界の全景が広がっている。
柔らかな光に満ちた空間。その中央には、広大な島が浮かんでいた。
緑豊かな森林に澄んだ湖、遠くには雄大な山々がそびえ立つ。そんな穏やかな風景がどこまでも続いて……それは唐突に途切れる。
妖精界の一部の土地。かつては他と同様に光に満ちていたはずの大地は、今や何色ともつかぬ混沌の瘴気に覆われていた。
草木の一本すら育たず、生命の存在を許さない。そんな死の領域と化していた。
「昔に比べて
光に満ちた世界にあまりにも似つかわしくないソレに対して、ルストはそんな感想を述べる。
「……そうだな」
そしてその言葉にプライドも頷く。その目は、かつては緑豊かだったであろう枯れ木の森を見つめていた。
「だが、まだ足りない。もっと闇の魔力を集めなければ」
「そうねぇ……あ、そうそう、そういえばその事で話があるのよ」
「む、なんだ?」
聞いてから、プライドは少し意外にルストを見た。
(コイツが闇の魔力の回収に積極的なんて珍しいな)
ルストはリビディアン随一の自由人だ。
目的には協力しているものの、基本的には自分の娯楽を優先する。そんな彼女が自ら話を持ちかけてくるとは。
「マギアホワイトについてなんだけど」
「……ッ」
しかし、その名が出た事でプライドはすぐに思考を切り替える。
「最近、彼女の調子が悪いと思わない?」
「……ああ、確かにそうだな」
ルストの言う事にプライドも思い当たる節はあった。とくに前回の魔獣(タコのやつ)では、それが顕著だった。
「実は私、その理由が分かっちゃったのよ」
「なに?」
だから原因が分かったというルストの発言は、プライドにとって吉報だった。
それが本当なら、今までやられっぱなしだったマギアホワイトに一泡吹かせられる。
「それはなんだ?」
期待を隠しきれず、プライドはルストに詰め寄る。しかし、返ってきたのは予想外の反応だった。
「ふふ、秘密よ♡」
「なっ……! ルスト貴様、敵を庇う気か!?」
「もおっ、違うってば」
今にも掴みかかってきそうなプライドを、ルストは慌てる様子もなく宥める。このままでは勢い余って塔から落ちかねない。
「あの子の相手、私にやらせて欲しいのよ」
「なに?」
激昂しかけていたプライドは、その言葉にぴたりと動きを止めた。
「……誰が、誰と戦うって?」
「私が、マギアホワイトと、戦うのよ。でも十中八九ほかのマギアウィッチちゃん達も出てくるだろうから、あなたにはその相手をして欲しいのよ」
いつもと違って真面目な表情でルストは伝える。それが冗談ではない事は、一目瞭然だった。
「本気か? そもそも貴様、戦えるのか?」
「あら、心外ね」
バチバチバチ!!
そう言ってルストが手をかざした時、その手のひらの上を紫電がグルグルと駆け巡る。
「……!」
「というか見たこと無いんだっけ、私が戦うところ」
好戦的で、それでいて妖艶な、
「うふふ、まあ見ていてちょうだい。私が彼女を……マギアホワイトを墜とすところを♡」
そんな表情を浮かべたルストは、静かに宣言した。
▼▼▼
『───明日の十八時、町外れにある採石場跡地に来い。サシで話をしようや。
変身した状態で来てもかまへん。ただし絶対に来い。来んかったら、次から魔獣より先にお前をシメたる。
マギアイエロー、陸千 嶺菜より』
「……」
手紙を読み終えた私は、無言のまま冷や汗を流した。
(そ、率直すぎる……!)
手紙の内容は、それはそれは簡潔に纏められていた。それでいてご丁寧に本名を書いていたりと、変なところで真面目なのが、かえってタチが悪い。
「え? なにこれ? なにこの果たし状は?」
「ボクも今朝レイナにそれを渡されたんだ。ホワイトに渡してって。中身は知らなかったけど……やっぱり話し合いの申し出みたいだね」
話し合いってこれ、本当に言葉の対話で合ってる? 拳の対話じゃなくて。
「どうするフタバ? レイナのことだから、来なかったら本気で襲ってくると思うよ」
「う、うん、それは私にも分かる」
脅しや冗談ではない。彼女には、やると言ったらやるというスゴ味がある……!
「だからもう行く以外に選択肢は無いんだけど……うーん」
行くしかないのは分かっている。けれど、少しだけ問題があった。
向こうからの提案通り、お言葉に甘えて変身した状態で向かうつもりだ。ただ、変身する時に生えるアソコが、最近ますます悪化していた。
周囲に魔法少女がいないにもかかわらず、変身した途端に●起し、そのまま治まらなくなってしまう。
この状態でレイナと対峙して、果たして無事でいられるかどうか……。
「───やるしかない、か」
そこまで考えて、私はどうしようもない事だとバッサリ切り捨てた。
何をどうしたって、いつも通り感情を殺して、気合いで我慢するしかないのだ。
「そう……我慢だ……我慢……するしか……」
「……フタバ?」
その時、エルエムも、私自身すらも気づかなかった。
私の瞳の奥から、漆黒の炎がチロチロと漏れ出ていた事を。
▼▼▼
もう使われなくなって久しく、山林の中にあるため人が来る事も滅多にない。もし此処にフタバが来たら、「特撮に使われそう」と思うだろうが、そういった話もない。
故にレイナは、ホワイトとの話し合いの場に此処を選んだ。
(ホワイトの奴、ちゃんと来るんやろうな?)
レイナは予定の三十分前に到着して待っていた。採石場の中心で腕を組み、仁王立ちの構えである。
(来たとして、どっちの姿で来るんか……)
レイナは変身していない。ありのままの姿でそこに立っている。
それは戦う意志がない事をアピールする為であり、なによりホワイトへの信頼の現れだった。
(まっ、十中八九ホワイトの方やろうな。残念やけど)
だからと言って向こうにも正体を明かせと強要するつもりはないが、それでも明かして欲しいとレイナは思ってしまう。
(……アタシら、そんなに信用ないんかなぁ)
(それとも、アタシが信用できひんのか)
しかしその悩みは、アスカのように相手を思いやるような清いものではなく、
(アタシが、ヤクザもんやから)
もっと自分勝手で、みっともないものだった。
関西最大の極道組織、
荒っぽい性格で喧嘩っ早い。そして自分の家は極道のトップ。周りから恐れられても無理はないと思うし、そのことで思い詰めるような事はしない。
ただ一つ、自身に流れる極道の血。その一点に関してだけは、彼女はずっと疎み続けてきた。
「……あかんな、考えが後ろ向きになってしもうとる。こんな
そう、彼女が此処に来たのは、ある事を伝える為だ。その為だけにわざわざ手紙を認め、エルエムを通じて彼女を呼び出したのだ。
(……アレからもう一ヶ月か)
ふと、思い出す。あの時の出来事を。
(早いもんやなぁ)
そして待っている間、暫くその出来事を振り返っていようと思った。
マギアホワイト……彼女が初めて現れて、そして自分達を助けてくれた、その時の出来事を。
▼▼▼
それは、梅雨の時期の事。
ザァーザァーと雨が降る中、魔獣の出現を察知した少女達はいつものように変身して魔獣の発生地点にまで向かった。
「……ここのようだが」
先頭に立って歩いていたブルーが歩みを止めて呟く。その発言に他の少女達は、そして彼女自身すらも首を傾げた。
「ここって……」
「使われてない工場、みたいね」
「せやな、そんで魔獣どころかひとっこひとり見当たらんのやけど」
彼女達が訪れたのは、人気のない空き工場だった。しかし魔獣が現れたというのなら、ここに居るのはおかしな話だった。
これまで彼女達が戦ってきた魔獣は、みんな人の多い場所に現れていた。それは、リビディアンが人々から発する負の感情から闇の魔力を集める事が目的なのだから当然だ。なので、こんな人の居ない場所に魔獣をけしかけても意味がない。
『エルエム、本当にここに魔獣が居るのか?』
『う、うん、確かにその場所から気配がするよ』
『そうは言うてもなぁ』
ブルーがエルエムに確認するが間違いないと言われて、どうしたものかと少女達は立ち往生する。
その時だった。
「待っていたぞ」
人が居ない筈の工場の奥から人の声が聞こえて、その後すぐにコツコツと足音を鳴らして一人の女性が現れた。
「あ、プライド!」
「お前が居るって事は、エルエムの気のせいじゃないようやな」
「そうみたいねぇ、でもなんでこんな場所に居るのかしら?」
「……まさか」
プライドの意図が分からない一向の中、ブルーは一つの考えに至りハッとする。
「狙いは、私達か?」
「そうだ」
プライドは頷き、そして答えを示すかのように懐から黒いモヤモヤを取り出した。
「これ以上邪魔され続けたら敵わんからな。……だから今回は、本気で貴様らを叩き潰す」
プライドは冷徹な眼差しを少女達に向けながら、取り出した黒いモヤモヤを天高く掲げる。
「顕現せよ! 傲慢魔獣プライドレオ!」
【───PRRRIIDE!!!】
戦いは数分にも満たなかった。
「はあ、はあ、はあ」
「う、うぅ……」
「ぐっ……クッソォ……!」
少女達は膝を屈して目の前の魔獣を見上げる。
【PRIIIDE……!】
現れた魔獣は、白銀の毛並みを兼ね備えた筋骨隆々の巨大な獅子。
その力は、これまで彼女達が戦ってきた魔獣とは明らかに格が違った。
ただひたすらに強く、疾く、硬い。鋭利な爪はコンクリートを抉り、振るう剛腕は鉄骨をひしゃげさせる。圧倒的な暴力がそこにはあった。
「す、すごく、強い!」
「当然だ」
レッドが苦悶の表情で発した言葉に、後ろで控えていたプライドが返す。
「コイツは私が作り上げた最強の魔獣。あまりに強くて人を殺しかねないから闇の魔力の回収には向かんが……」
プライドは、地に倒れる少女達に冷たい目を向ける。
「貴様らを倒す分には問題ない」
「「「「……ッ」」」」
その時、少女達の頭に敗北の二文字が浮かんだ。
もし、ここで負けてしまったら……そんな想像が過ぎってしまい、恐怖に押し潰されそうになる。
「……と、とんでもない事になってしまった」
……その光景を、一人の少女は物陰から一部始終見ていた。
(どどど、どうしよう! このままじゃ本当に全滅しちゃう)
少女の名前は
(今からでも出て助けに……いや、私が出たところでしょうがないでしょ!)
彼女が魔法少女の存在を知ったのは、今から一ヶ月前のこと。
少女達が魔獣という脅威と戦っている。その事を知った彼女は黙っていられず、こうして毎度毎度と魔法少女達の戦いを影から見守っていた。
「何か……何か私にも出来ることは……くぅ……!」
そして今、彼女達がピンチになった時、フタバは何も出来ない無力な自分を呪った。
(見守るなんて言っておきながら、何かあっても助けられない。結局、私には何も……!)
「───み、見つけた!」
「え?」
悔しさで拳を震わせていた時、フタバのすぐ近くで少年の声が聞こえた。
「だ、だれ……って」
「君にお願いがあるんだ!」
フタバはキョロキョロと見回す。そして足元に目をやった。
そこに居たのは、タキシード服を着て二足歩行で立つ一匹の三毛猫。その猫がたった今、口を開いて人の言葉を発したのだ。
「ね、猫が立って服着て喋ってる!?」
「お、驚いたかも知れないけど、今はそれどころじゃないんだ」
「───お願いだ。彼女達を助けてあげて!」
「……え?」
三毛猫が発した懇願に、フタバは呆気に取られる。
「た、助ける? ……って」
フタバは戦場に目線を移す。
【PRRR……!】
「……っ」
そこに我が物顔で鎮座していた魔獣を見て、フタバは身を震わす。
「む、無理よ。わ、私には、あんなのを倒す力なんて」
「方法ならある! 君もマギアウィッチになるんだ!」
「……!」
マギアウィッチ。それが何なのかフタバには一瞬分からなかったが、要するに彼女達のような魔法少女の事だろうと察する。
「……私に、なれるの? その、マギアウィッチって言うのに」
「うん、なれるよ。君にはその素質がある」
「……」
それを聞いたフタバは、心にあった波立つ感情をスンッと沈ませ、
「怖いかも知れない。だけど……!」
「分かった」
確固たる決意と覚悟を、胸に宿らせた。
「……え?」
今度は彼が驚く番だった。
「い、いいの?」
「うん、だってそれしかないんでしょ?」
フタバの心に迷いはなかった。
「そ、そうだけど」
「それに……」
戦うことも、傷つくことも、全て受け入れよう。
「子どもを守るのが、大人の務めだからね」
それが前世から続く、彼女の価値観なのだから。
「大人……?」
「ほら、いいから早く! どうやったら私はそのマギアウィッチになれるの?」
「あ、う、うん!」
フタバに急かされて、彼は慌ててタキシードの裾裏に手を入れてまさぐる。
「───はいこれ!」
そうして取り出したのは、液体の入った小瓶だった。
「ありがとう……え? なにこれ?」
咄嗟に受け取ったフタバだが、小瓶の中身を見て顔を顰めてしまう。
入っていた液体が虹色で、しかもほんのりと発光していたのだ。
「それはリビドープ。飲んだ人間のソウルハートを変質させて、魔力を生み出せるようにする物だよ。それを使ってマギアウィッチに変身するんだ」
「リビ、ドープ……えっと、違法薬物とか心身に害するものじゃないのよね?」
「え? うん、大丈夫だけど」
「いや、なんでそんな事聞くのって顔しないでよ。かなりヤバい見た目と名前してるじゃんか」
まあ健康を害さないなら良いかと、フタバは頭を振って思考を切り替える。
「……そういえば、あなたの名前はなんて言うの?」
「ボク? ボクの名前はエルエムだよ」
「そう、私は下成フタバ。フタバでいいわよ……それで、エルエム」
「なに?」
「ありがとう。私に力をくれて」
───子ども達を守れる力を与えてくれて。
……そう言って彼女は、ビンの中身を一気に煽った。
【PRRR……!】
膝を屈する少女達を、魔獣は嘲笑うかのように上から見下ろす。
「……これでトドメだ。やれ」
【PRIIIDE!】
そしてプライドの命令を聞き入れ、悠々と一歩前に踏み出す。
……その時だった。
「【アイシクル・ヘル】」
どこからともなく、地面が凍り付いて這うように魔獣の足元全体を覆う。
「え?」
その呟きは誰が溢したものか。その場に居た全員、凍り付いた地面の先を見る。
「……」
そこに立っていたのは、アイスブルーの目と髪をした少女。まるで人形のように表情が無く、その無感情な瞳は魔獣を真っ直ぐに見据えていた。
「なっ……貴様、何者だ!」
突然現れた謎の少女……新たなマギアウィッチの登場に、プライドは狼狽える。
「あ、あの力って……私達と、同じ?」
一方、少女達もまた、目の前の光景に驚きを隠せなかった。
見知らぬ少女が放った魔法。その力は、紛れもなく自分達と同じものだった。
「……マギアホワイト。それが私の名前」
そして一同から注目された彼女は、静かに、淡々と、自身の名を告げた。
「……ッ、やれ! プライドレオ!」
【PRIIIDE!】
プライドは動揺を押し殺し、指示を飛ばす。
「マギアウィッチが何人現れようと、コイツの敵じゃ」
「───いいえ」
啖呵を切るプライドをマギアホワイトは遮る。
「これでもうおしまい」
【……PRR?】
その時、マギアホワイトが最初に魔獣に向かって凍らせた地面。その地面から無数の氷柱がジワジワと姿を見せ始めた。
「砕け散りなさい」
右手を前にかざした彼女はそう告げて、その手で虚空をギュッと握りつぶす。
───瞬間、無数の氷柱が魔獣を串刺しにした。
【PRRR!!?】
「なっ……!?」
串刺しにされた魔獣が断末魔を上げる。その間も魔獣の足元からは氷柱が絶え間なく突き出される。
それは、魔獣の体が完全に霧散するまで続いた。
「……バ、バカな」
自慢の魔獣が、たった一撃で葬られた。その事実にプライドはショックのあまり呆然とする。
「……まだやる?」
「〜〜〜! くっ……!」
そしてマギアホワイトからそう聞かれた彼女は、苦渋に満ちた顔を浮かべ、そしてすぐにキッと相手を睨む。
「今日のところは引き返す」
プライドの背後に闇の渦が生まれる。彼女がそこに入ったと同時、その渦は消えた。
「覚えていろよ……!」
その間、プライドはホワイトのことをジッと睨み続けていた。
……魔獣が消え、プライドが居なくなり、辺りに静寂が訪れる。
「……」
「あっ……」
するとホワイトが踵を返してその場から離れようとした為、レッドが慌てて口を開く。
「ね、ねえ! あなた、マギアホワイトって言うの?」
「……」
レッドの呼び掛けにホワイトは立ち止まる。しかし振り返る事はせず、言葉も返さない。
「え、えっと……その!」
反応のないホワイトにたじろぐレッドだったが、すぐに頭を振って立ち上がり、彼女に近づこうと一歩前に進む。
「さっきは助けてくれて」
「近寄らないで」
「……え?」
……しかしその一歩は、彼女の無情な一言で無理やり静止させられた。
「……なん、で」
心身が凍えるようだった。レッドは口を震わせながら、なんとかその一言を紡ぐ。
「……」
その一言にホワイトは、ゆっくりと口を開いた。
「私は、穢れた存在だから」
その後、マギアホワイト……下成フタバは、空き工場から離れて、人気の少ないどこかの建物の裏に身を潜めた。
「───フタバ!」
「……っ」
そしてフタバを追っていたエルエムもまた、その場所にやって来た。
「……エルエム」
「ど、どうしたんだい? さっきの言葉は、いったいむぐぅぇ!?」
フタバはエルエムの姿を捉えた瞬間、彼の両頬を引っ掴んで持ち上げた。
「
「どうしたもこうしたもないよ! いったい……いったいこれは何なのよ!?」
「ふぇ?」
エルエムはなんとかフタバの拘束から逃れて、地面に着地する。
「えっと……何がなんだか分からないんだけど」
「分からないとは言わせないわよ。なんで……なんで……」
「───なんで
「???」
……フタバの心の底からの叫びに、エルエムは頭に疑問符を目一杯浮かばせていた。
「え、うん……え? ごめん、本当にどういう事?」
「だから生えてるんだってば! ア! レ! が! 私のア! ソ! コ! にィィィ!」
フタバは癇癪を起こした子どもが如く、ダンダンとその場で足踏みをする。
「……ごめん、アレだったりアソコだったり言われても、ボクにはちょっと意味が」
「ち●こだよ!!!」
「…………うん???」
再びエルエムの頭に疑問符が湧いた。
「だからち●こ! ち●こが生えてるんだって! 息子! 男性器! 私の下半身にそれが生えてるの!」
「……ごめんなんて?」
「だからちん……何度もち●こって言わせんな! わたしゃ小学生男子か!?」
フタバは苛立ちのあまり、ガシガシと頭を掻きむしる。
「しかもなんか
「アワワワ……! お、落ち着いてフタバ! えっと、そもそもボク、ち●こやだんせーきが何なのか分からなくて」
「無知シチュか!」
「どういうツッコミ!?」
……こうしてフタバは、追加戦士枠の
▼▼▼
そんな裏で起きた事件など露知らないレイナは、マギアホワイトが初めて現れた時の事を思い出してしんみりしていた。
(……あん時のホワイトの姿、ホンマ格の違いってのを見せつけられたわ)
レイナは、改めてホワイトの強さを実感する。それを頼もしいと思うのと同時に、悔しくも思った。
(あん時、アタシが一番に立ち上がって、魔獣に立ち向かわなアカンかった)
レイナは俯いて、悔しさで拳を震わす。
恐れ知らずの一番槍。無鉄砲でも向こう見ずでも、いの一番に立ち向かって仲間を鼓舞する。それが自分の役割だと彼女は捉えていた。
それなのにあの時、彼女は立ち上がれなかった。
(ホンマ情けない限りやで……)
実際のところ、一歩も動けないほどに体力が底を尽きてしまったからなのだが、それすらもただの言い訳だと彼女は断じている。
「……せやけど、それはそれや」
そこまで考えて、レイナは顔を上げて前を向く。
「……」
そこには、いつの間にかホワイトが立っていた。案の定、変身した状態でやって来たらしい。
「アタシが不甲斐ない事と、お前に助けられた事は別物や」
「……」
無言のまま佇むホワイトに、レイナは構わず頭を下げた。
「あん時、全員やられ掛けたところをお前は助けてくれた。……ホンマおおきにやで、ホワイト」
……名前も、素顔も、秘めたものさえ明かさない。
あらゆる面で怪しい彼女だが……助けられた事実には変わらない。
だから、感謝を伝える。
(……ああ、やっと言えたわ)
【傲慢魔獣プライドレオ】
プライド最高傑作の魔獣。恐ろしく強いが、自分が不利な状況に陥らないと本領発揮できないという特性を持っている。しかしその特性上、魔法少女が四人がかりで向かってくる状況は、逆にプライドレオの有利に働いていた。
本当ならピンチになると更に強くなれるのだが、マギアホワイトが不意打ちに必殺技ブッパして瞬殺したせいでそれは叶わなかった。