マギアイエローこと陸千レイナ。彼女との話し合いは、意外にもあっさりと終わった。
(まさか、お礼を言う為だけに私を呼び出すとは)
夕焼け空の下、適当なところで変身を解いて帰路についていた私は、先の話し合いについて振り返っていた。
どうやら過去に助けてくれたお礼を言うのが一番の目的だったらしく、それを伝えた後は、正体を明かすつもりは無いのかとか、これからも一緒にリビディアンと戦おうとか、そんな話をいくつかして解散となった。
(律儀というかなんというか……前々から思っていたけど、陸千さんって荒っぽいけど生真面目だよね)
その辺り、天宝院さんと似ていると思う。彼女も超が付くほどの真面目だし。
極道の娘である陸千さんと名家の娘である天宝院さん。相容れないように思える二人だが、その仲は良好だ。それはひとえに、二人が似た者同士だからなのだろう。
(それに気を遣ってか、一定の距離を置いてくれてたし)
お陰で、私の性欲が暴走する事態には至らなかった。
(それは本当に良かった。……けど)
ふと、私は立ち止まり、側に駐車してあった車のガラスに映る自分を見る。
(このまま我慢し続けられるの?)
ガラスに写る自分に自問する。
(性欲は日に日に増していく一方。いつか限界が来るんじゃないの?)
当たり前だが、ガラスに写る自分は仏頂面のまま何も語らない。
しかし私には、その瞳の奥に何かが潜んでいるように感じられた。
(それに……信じたくないけど、たまに恐ろしい事も考えてしまう)
下劣で最低な、ドス黒い感情が、私の瞳の奥に宿っているように感じられた。
(もし、そんな事になったら……私は……)
『───みんな、魔獣が現れたよ』
「……!」
その時、エルエムの声が脳内に響き渡った。
「……」
私は、目を瞑って一度大きく深呼吸をする。
『……分かった。場所は?』
そして胸の内に渦巻く不安を押し殺してから、エルエムに念話で答えた。
▼▼▼
エルエムから話を聞いたホワイトは、すぐに変身して魔獣が現れたという商店街に向かった。
「あ、ホワイト!」
「……レッド」
その商店街の入り口で、既に集まっていた他の魔法少女達と合流する。
「……」
そこでホワイトは、その中に居たイエローに目を向ける。
「ん? イエローがどうかした?」
「……いんや、なんでもあらへん」
レッドの言葉にイエローは首を振りつつ、ホワイトだけに分かるようコクリと頷く。
(安心しい、今日のことは誰にも言ってへんで)
「……ええ、なんでもないわ」
その意図を読み取ったホワイトもまた、首を傾げるレッドにそう答えた。
「それで……これはどういう状況?」
ホワイトは話題を変えて、先ほどから気になっていた商店街の入り口の方向に目を向ける。
「……分からない。私達もさっき着いたばかりなんだ」
ホワイトの質問にブルーが商店街の方を訝しげに見ながら答える。
商店街は、異様なほどに静まり返っていた。その理由は明白だ。
「誰も居ないわねぇ」
居ないのだ、人が。道行く人どころか、店に立つ店員の姿すら見えない。
「みんなもう避難したのかな?」
「いやそりゃ無いやろ」
「ああ、日が暮れてきたとはいえ、商店街に居る人達が全員逃げられるとは思えない」
「じゃあどうして」
「……き、君たち、は」
「……!」
その時、近くの店から一人の人物が仰向けの状態で這い出てきた。
「め、巡さん!?」
現れたのは、警官服を身にまとった男。
今にも気を失いそうなメグルを見て、少女たちは慌てて駆け寄る。
「おいおっちゃん! 何があったんや!?」
「はあ、はあ……こ、この先に、例の怪物が現れたんだ。それで、現れた瞬間、周りの人たちが次々に眠っていったんだ」
「眠った……?」
「そう、だ……眠った人たちは、建物の中まで運んで避難させた、けど……はあ、はあ……わ、私も、そろそろ限界らしい」
重たげに落ちていく瞼を精一杯持ち上げながら、メグルは少女たちに伝える。
「眠った人たちはみんな、魘されていた。きっと、悪夢を見せられてるんだと思う」
「……情報感謝する、巡殿。魔獣は速やかに倒してみせよう」
「はあ、はあ……あ、あとは、まかせ、た……」
メグルは最後にそう告げると、糸が切れた人形のように、持ち上げていた顔をパタリと倒してしまう。
「……みんな聞いたな」
「おう!」
「ええ」
「うん、早く魔獣を……ふあぁ〜〜」
……ブルーに返事をしようとしたレッドは、途中で口を大きく開いてあくびをしてしまう。
「……ハッ! ご、ごめんみんな! なんだか急に眠くなって」
「違う」
「へ?」
レッドは慌てて謝ろうとするが、ホワイトがそれを止めた。
「眠くなったんじゃない。
「……っ、ああ、ホワイトの言う通りだ」
ホワイトの言葉に同意したブルーは、体をフラフラとさせてこめかみを押さえている。
否、ブルーだけじゃない。イエローもどこか、うつらうつらとしていた。
「ああクソッ、頭がボーッとしてかなわんわ」
「どうやら、魔獣の力が私たちにも及んでいるらしい……っ、これは、早くしないと私たちも巡殿の二の舞になるな」
「……耐えられないなら、あなた達はそこで待ってて」
それを見かねたホワイトが、一歩前に出る。
「私が、魔獣を倒すから」
「っ、ホワイト!」
レッドは、一人で商店街の入り口をくぐろうとするホワイトに慌てて駆け寄った。
「待ちな」
しかしそれよりも先に、イエローがホワイトの肩を掴んで止めた。
「……離しなさい」
「ならテメェ一人で突っ走るのはやめるこった」
ホワイトが暗い感情の込もった瞳をイエローにぶつけたが、それで退く彼女ではない。
「魔獣のいっちゃん前に立つんはお前やない。アタシや」
「そうは言ってもあなた、フラフラじゃない」
「はんっ、これしきのもん、魔獣と
「……」
図星を突かれたホワイトは口を噤む。
なお、レッドやイエローのように動き回らない一番の理由は、スカートがめくれた時にパンツの中でもっこり膨らむアレが衆目に晒されてしまうからだったりする。
「……分かったわ」
少し間を置いて、やがてホワイトは諦めたように目を閉じた。
「みんな大丈夫かしらー? 怪我じゃないから私の魔法じゃ治せないし」
「グリーンは大丈夫なんですか?」
「うふふ、お仕事で徹夜する事が多いから、眠いのには慣れてるのよ」
「……お、お疲れ様です」
サラッと言ってのけるグリーンに、大人って大変なんだなぁとレッドは思った。
【───JEALOOO】
静まり返った商店街の道半ば、そこに居たのは、捻れ曲がった二本の角を携える羊を模した魔獣。
その魔獣は暴れたり、動いたりせず、ただ悠然とその場に立つ。かと言って何もしていない訳ではない。
「う、うぅぅ」
「ひっ、い、いやぁ」
「や、やめろぉ」
【JEALO JEALO JEALO……!】
時折聞こえる、悪夢に魘され苦しむ人々の声。その声をたっぷりと堪能し、ソレは愉快げに緑色の瞳を大きく歪めた。
「……」
一方、その隣にはプライドが居た。彼女は腕を組み、瞼を閉じ、凛とした姿勢で佇んでいる。
「……来たか」
そして、近づいてくる複数の足音を耳にし、プライドはゆっくりと目を開く。
「待っていたぞ、マギアウィッチ共」
現れた五人の少女達に向けてプライドが告げる。続けて、一番奥に居るホワイトに視線を移す。
「マギアホワイト、貴様もちゃんと居るようだな」
「……?」
「はんっ、待っていたとかよお言うわ」
その言葉にホワイトは首を傾げるが、疑問を口にするよりも先にイエローが口を開いた。
「いっつも邪魔するなって言いよるクセに。それともなにか? また私達を倒そうとでも言うんか?」
「そうだな……だが、少し違う」
───スッと、プライドはおもむろに片手をあげる。
「今回の狙いはマギアホワイト、貴様だ」
それが合図となって、ホワイトの足元に闇の渦が現れた。
「「「「なっ……」」」」
「……!」
突然の出来事に一同驚愕の声が漏れる。それとほぼ同時にホワイトの体は闇の中へと沈んでいった。
「ホ、ホワイト!」
「……!」
咄嗟に手を伸ばして引きずり出そうとするレッド。その手を握り返そうとホワイトも手を出すが、
「……っ」
一瞬、躊躇うように動きを止めた。
それが決定打となったのか、二人の手は空を切り、ホワイトはそのまま闇に呑まれてしまった。
「ホワイト! ホワイトォ!」
「ダメよレッド、危ないわ!」
「で、でもホワイトが……!」
その後を追って自ら闇の中に飛び込もうとしたレッドをグリーンが後ろから抱き留める。
その間にもホワイトを呑み込んだ闇は次第に薄れていき、そして完全に消え去った。
「そんな……!」
(……お膳立てはした。お前もしっかり務めを果たせよ)
プライドは闇の向こうで待ち構えている仲間の事を思ってから、目の前の少女達に目を向けた。
「お前達の相手はこっちだ。……やれ、ジェラシープ」
【JEALO JEALO JEALO!】
静かに佇んでいた魔獣は、プライドの言葉に従って少女達の前に立ちはだかる。
「チィッ! 足止めって事かいな」
「は、早くホワイトを助けなきゃ!」
「けど彼女、どこに行っちゃったのかしら」
「ああ、場所が分からなければ助けようが……いや待て、そうだ!」
何かを思い付いたブルーは、不意に目を瞑って念じる。
『───聞こえるか、エルエム』
『う、うん、聞こえるよ。どど、どうしよう! フタ……ホワイトが連れ去られちゃった!』
『落ち着け。まずエルエム、今ホワイトに念話が出来るか? 出来るなら、彼女から今どこに居るのか聞いてくれ』
『……! そ、そうか、うん、分かったよ!』
それから少し間を置いて、再びエルエムから念話が来る。
『聞いてきたよ! 商店街近くの空き工場の中に飛ばされたって』
『空き工場……あそこか!』
ブルーはエルエムから聞いた話を全員に伝える。
「さっきエルエムから念話を通してホワイトに聞いてきた。彼女は今、商店街近くの空き工場に居る」
「本当!?」
「よっしゃナイスやブルー!」
居場所は分かった。これでもう彼女達に憂いはない。
あとはただ、目の前の魔獣を倒すのに専念するだけ。
(待っててねホワイト、この魔獣を倒したらすぐそっちに行くから!)
レッドは魔獣と向かい合いながら、ホワイトの無事を祈った。
▼▼▼
やられた。そう思った頃にはもう体の半分が闇に呑まれていた。
咄嗟にレッドが手を差し出してくれたものの、触れる事で闇に呑まれた下半身のアソコが反応しないかと躊躇してしまった。
結果、私はどこかの工場の中に飛ばされていた。
(……いや、確か此処って)
辺りを見回して不意に思い出す。私は、この場所を知っている。強く、記憶に残っていた。
忘れる筈がない。此処は、私が初めて魔法少女に変身したあの空き工場だ。
(あの闇、ワープゲートみたいなものだったのかな?)
私を宙に落っことした後、闇の渦はすぐに消えてしまった。
プライドやルストが逃げる時に使っていたけど、アレってこんな便利な使い方できるんだ。
(てっきり敵が退場する時にだけ使えるご都合能力とばかり)
『───フタバ、聞こえる?』
『……! エルエム?』
と、その時、頭の中にエルエムの声が聞こえてきた。
『良かった。ちゃんと繋がってる』
『ええ、どうやら念話は普通に使えるみたいね』
『うん、早速だけどフタバ、君が今どこに居るか教えて欲しい。そうすれば、ボクが念話で君の居場所をみんなに伝えられる』
『……』
エルエムの言葉に、私は少し逡巡する。
居場所を皆に伝えるというのは、助けに行く為なんだろう。だけど果たして、それは良い選択なんだろうか。
ここで助けは必要ないと言えば、彼女達は焦らず魔獣退治に専念できる。それに助けに来ても、彼女達が近くに居る事でアソコが反応し、かえって不利になるかも知れない。
『───分かった』
と、さっきまで思っていた。
上空からこちらを見下ろしてくる、彼女の姿を見るまでは。
『場所は、今は使われてない空き工場。多分商店街近くにある所だと思う』
『分かった。すぐに報せてくるね!』
『ええ、お願い』
(私もなんとか、持ち堪えてみせるから)
その言葉はそっと胸にしまい込み、私は頭上を見上げた。
「こんにちは、会うのはこれで二回目かしら? うふふ♡」
「……ええ、そうね」(よりにもよってコイツが相手か)
少し前に現れた新たなリビディアンの手先、ルスト。彼女は蝙蝠の翼を羽ばたかせ、妖艶な笑みを私に向ける。
「会いたかったわよ〜? わたしぃ、あなたとたぁくさん、イ・イ・コ・ト♡ シタイと思っていたのよ♡」
ルストは空中で前かがみになり、両腕を前に出す。その際、前に出した腕が彼女の豊満な胸を左右からぎゅ〜ッ♡と押し潰す。
(その台詞とポーズやめろ! なによそれなんなの誘ってんの!?)
敵だと分かっていながらも、私の視線は押し潰された胸の間に生まれた長くて深い谷間に一直線だった。
「……ふふ♡ うふふふ♡」
(うん?)
その時、ルストから堪えきれないといった様子の笑いが漏れ出た。
「うふふふふ♡」
「……なにかしら」
「ふふふ……はーあ、やっぱりなのね」
ひとしきり可笑しそうに笑った後、彼女は私の目を見て、はっきりと告げる。
「───あなた、女の子に弱いでしょ」
(は?)
「勿論、エッチな意味でね♡」
「……」
(ゑ?)
【悲報】敵に秘密がバレた。
【嫉妬魔獣ジェラシープ】
羊の魔獣。周囲一帯の人間を眠らせて、悪魔を見せる能力を持つ。魔法少女であっても、時間が経てば悪夢へと誘われてしまう。
なお、このあと画面外で倒される模様。