ボクの上段   作:発破六十四

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ボクらの夏合宿 前編

夏合宿の初日。ボクらはS駅前に集合して、佐々木先生とその旦那さんの車に二手に別れて乗り込んでいた。

 合宿の参加人数は2年生が2人で、1年生が5人の合計7人。愛ちゃんと2年の先輩が1人不参加だ。

 

「美咲も祐希も酔うでしょ。私が真ん中に座るけん」

 

 そう言ってくれる恵子にお礼を言い、車の後部座席に、中央中の3人で固まって座った。

 車が走り出して、すぐに高速道路に乗る。F県まではそんなに時間がかからない。

 

「合宿かぁ……いゃあー私らもすっかり部活やってるねぇ」

 

 ぐんぐん流れて行く風景を窓から見ながら、美咲がしみじみと言った。

 

「美咲、のんきな事言わんとよ。緊張感のなくなる」

 

 恵子がそう言ってちょっと眉をひそめるけど、口調はどこか柔らかい。

 

「ごめんごめん、副キャプテンどの」 

 

 ちょっとおどけた感じの美咲に、ボクも恵子も笑う。

 

「だけど祐希ちゃん、大丈夫?愛ちゃんいないけど」

 

 美咲が少しだけ心配そうに聞いてくる。からかい半分本気の心配半分。そんな感じで。

 

「美咲もそれ言うの?大丈夫だって」

 

 愛ちゃんはボクの目標。それも追いつくだけじゃなくて、()()()()()()()()()()()()

 

 だけど、その愛ちゃんが一時的にいなくても関係ない! ボクは稽古も合宿も頑張るだけ。

 

 そりゃあの時はちょっとびっくりして、がっかりしちゃったけどもう切り替えたから大丈夫……だと思う。

 

「……まあ祐希を誘ったのは、私だけど深みにはめたのは愛理やもんね。しかも無意識に」

 

 恵子がぼそっとつぶやく。その言葉に、美咲もすぐに同調する。

 

「あー分かる分かる。祐希ちゃん、愛ちゃんおっかけて薙刀の沼にズッポリ……て感じやもんね」

 

 うーん、それは否定はできないなぁ。あの日、愛ちゃんに出会わなかったら、ボクがここまで薙刀に夢中になることはなかっただろう。

 

 愛ちゃんに惹かれて追いかけだして、いつの間にか、追い越したいと思うようになった。だから、今も走り続けている――そんな感じ。

 

 車内には、高速道路を走るエンジン音と、どこか安心感のある友だち2人の声が響いていた。

 

 途中のパーキングエリアで休憩を挟みながら、ボクらは目的地のI島に到着した。

 

 ここは夏は結構有名なリゾート地だから、海水浴客や観光客でいっぱいでとても賑やかだ。

 

 でもボクたちが用があるのはそんな楽しそうな場所じゃない。

 人がいっぱいの海沿いじゃなくて、車はちょっと奥まった場所へと入っていく。

 

 確か泊まるのも練習するのも青少年の家。だったはずだ。

 

「もうすぐで着くからね」

 

 その佐々木先生の言葉どおり、車はそれからすぐに青少年の家へと到着した。

 

 山の中に建てられた白い建物。体育館らしいのも見える。

 

「ほら、着いたわよ。皆、荷物を持って」

 

 佐々木先生に促されボクたちは荷物を持って外に出る。

 じりじりとした夏の日差しが照りつけているけど、吹いてくる山の風はとても心地がいい。……ここで三日間、薙刀漬けの生活か。

 

 なんだかちょっとワクワクしてきた。恵子や美咲が言うみたいにボク、すっかり薙刀の沼に肩まで浸かっちゃってるみたいだ。

 なんて考えながら、ボクは自分の薙刀を握る手にぐっと力を入れた。

 

 

 7人みんなと佐々木先生とで施設の人に挨拶をして荷物も部屋に運び込んだら、着替えて体育館に移動する。

 そしてそのままいつも通りの基礎練習。佐々木先生は体育館の床にテープを貼って薙刀のコートを作ってくれた。

 

「……よし、足さばきが終わったら、素振りね。一本一本意識をして、いつもの倍はやるわよ」

 

 テープを貼り終わった佐々木先生が、サラッと厳しい事を言った。

 でもまだ合宿は始まったばかり。キツいなんて言ってられない。

 それに、ボクは素振りが好きだし、倍でも全然良かった。特に最近は薙刀を振る時の音に「びゅん」が増えてきて嬉しいから。

 

 そのうち素振り全部を「びゅん」にしたいそれも目標の一つかな。

 

「素振りが終わったら、水分補給の後、防具をつけて12時半まで打ち込みやるからね」

 

 いつもは30分もしない打ち込みも、今日は倍以上の時間する。ボクら1年の中で一番体力のない唯はもう息が上がっている。

 でもボクも他人の心配をしている余裕は、あんまりない、打ち込みが進むにつれ、疲労がじわじわと腕や脚にたまってくるのが分かる。

 

「藤野さん!手打ちになってるわよ。腕力で打ってはダメ!」

 

 疲れてくるとつい腕だけで薙刀を振ってしまう。分かっているけれど、体が思うように動かなくなる感覚がもどかしい。

 気を付けないと。ボクなるべく大声で先生に「はいっ!」って返事をして打ち込みを続ける。

 

 集中を切らさずに弧を描くことを意識して、薙刀を振り抜いた。その音が「びゅん」と響いた気がして、ほんの少しだけボクは疲れが抜けるような気がした。

 

 

 

 

「ぅ…ぐぅ…」

 

 テーブルに座った唯が顔を青くしている。

 

 午前練習の後体育館から青少年の家に戻って、ボクらはお昼を食べていた。

 

 目の前にはおいしそうな冷やしきつねうどんと、サラダ、かき揚げにフルーツゼリーもある。

 

「だ、ダメ、私入らないかも……」

 

「大丈夫、森山さん?気持ち悪いの?」

 

「唯。午後も練習に参加するなら食べておいた方がいいよ。サラダとかゼリーだけでも」

 

 つらそうな唯に、明日香と川井先輩が声をかける。

 

「森山さん、本当に体調が悪いならお昼からは休んでも良いのよ?」

 

「……いえ、まだ2時間半ぐらいしか練習してません。これで音を上げていたら、合宿に来た意味がないですから」

 

 そう言って唯はうどんを啜る。それを見てたら、ボクもちょっと食欲ないなんて事言ってられない。

 ガズッ。いい音がしてボクの箸がかき揚げにめり込んだ。ボクはそのまま切り取ってうどんと一緒に口の中に入れる。サクッとした衣とじゅわっと広がる油の香ばしさが広がる。

 

 

「……しっかし覚悟はしてたけど、暑いわね。山の中だから少しはマシだけど」

 

「本当ね。もう頭の手拭いビッショリやもん」

 

 美咲と恵子がサラダをつつきながら愚痴る。

 

「そういえば川井先輩、明日から馬津なぎなた会もここに来るって聞きましたけど……もしかして、合同練習とかするんですかね」

 

「ああ、そうみたいね……合同練習をするかはまだ分からないけど」

 

 思い出したように恵子が川井先輩に話を振る。ボクはそんな話知らなかったから、少し驚いた。

 ボクら中央と小中高全部ライバルらしい馬津。本当に合同練習になるならどうなっちゃうんだろう?

 そして馬津といえば、あの小学生最後の試合、上段の構えで一本取り返したのがなんだかすごく昔の話みたいに感じる。

 

 なんて思い返していたら、偶然斜め前の席の明日香と目があった。

 

「……明日香はなんだか涼しそうだね」

 

 うどんとかき揚げを飲み込んだボクは、なんだかあんまり暑さを感じでなさそうな、明日香に声をかけた。

 

「昔から、暑さには強い体質なの。代わりに寒さには弱いんだけどね」

 

 明日香は苦笑いしながら、ゼリーの蓋をキレイに剥がした。その動きすら涼しげに見えるのが少し羨ましい。

 

「その体質、今は分けて欲しいなぁ……冬辛いのもイヤだけど」

 

 自分でもかなりムシのいい事を言っていると思う。

 

「…ワガママ言ってると、村田さんに言いつけるよ?祐希」

 

 急にすました顔で言われて、ボクはちょっとむせた。……もう、みんなして愛ちゃんネタでいじりすぎ!

 

「……こほっ……はいはい。キミたち、もういい加減してよね」

 

 怒ってないけど、このままいじられキャラになるのもなんだから、軽く拗ねた顔を作ってボクは怒ってますよ感を出してみた。

 

「アレ、祐希……本気で怒っとると?」

 

 みんなはポカンとしてるけど、さすがに恵子には分かるみたい。

 

 

「…むぅ……いや、怒ってないって。でももう、これで唯にもいじられたら、同級生全員にいじられたことになっちゃうよ」

 

 笑って思わず口にした言葉に、テーブルの向こうから食事と格闘していた唯が顔を上げる。

 

「え、何の話ですか?」

 

 純粋な顔で聞き返す唯に、明日香と恵子と美咲が顔を見合わせて、ほほ笑んだ。

 

「なんでもない。唯は何も気にしなくていいよ!」

 

 慌てて話を打ち切り、ボクは再びうどんに向き直った。食べないと動けない。昼からも頑張るために食べなくちゃ。

 

 

 

 熱中症に気を付けながら、午後の稽古が始まった。ここが比較的涼しい山の中で本当に良かったと思う。

 それでも汗をかきすぎて、頭に休憩の時に頭に巻いていた手拭いを絞ったらポトポトと汗が落ちたのはさすがにびっくりした。

 

 いつもはそんなに回数をやらない、お互いに自由に打ち合う地稽古もたっぷりやる。

 大変だったけどボクら『初心者トリオ』が薙刀の試合に完全に慣れる良い機会だと思った。

 

「漫然とやるんじゃなくて、自分に足りない所や上手くなりたい部分を意識しましょう」

 

 佐々木先生の檄が飛ぶ。ボクの足りない所かあ。足りない所だらけです。で終わったらダメだよね。

 

 小休止の時間、ボクは体育館に置いてある大きな鏡の前に立つ。

 そこで持ち替えの練習をちょっとだけしてみる。

 薙刀の構えは5種類あって、動きの中でコロコロ変わる。ボクはそれがまだまだスムーズできていない。 

 

 鏡の前の無表情な自分を見ながら薙刀を操る。

 中段から、持ち替えて八双!八双から下段!……うーんなんかバタバタしてるなあ。

 

 下手でも仕方ない。だから練習するんだ。ボクは持ち替えをなん度も繰り返す。

 そうしていると半分無意識に、いつのまにかボクは上段の構えを取っていた。

 

「あっ……!」

 

 

 ……うん、やっぱり上段はボクがやっても強そうに見える。

 佐々木先生にああ言われて、最近あんまり上段をやってなかったけど、要はやたらにやらずに、大事な時や有効な時にやれば良いんだ。

 問題はそれがどういう時か、具体的には分からない事だけど、稽古をいっぱいして上手くなればきっと分かるはず。

 

 そうだよ。きっとそうだ。──ボクが上手くなれば良いんだ。

 

「祐希、休憩終わるみたいだけど、大丈夫?」

 

「……あっ、うん、大丈夫。ありがとう明日香」

 

 明日香に促されて、ボクは意識を稽古に戻した。とりあえず、今は回数をこなしてできる事を増やさなきゃ。

 

 でも目標が一つ増えた───上段を使うべき時に使えるようになる。

 

 ボクは鏡に背を向けて、みんなの方へと戻った。

 

 

 

 一日を使った稽古が終わると、食事や洗濯、お風呂を済ませて21時には消灯になった。

 

 普段ならボクもみんなもまだ起きている時間なんだけど、疲れ果てておしゃべりもそこそこに、みんな爆睡した……ボク以外は。

 

 

 なんだか体は疲れているはずなのに、目を閉じても眠れない。自分の家と寝床が違うからか、それとも頭が興奮しちゃってるかな。

 

「うーん……」

 

 どうしても眠れないボクは半分諦めて目を開ける。目の前にあるのは上のベッドの底。

 

 ボクたち7人は2段ベッドが4つ並んだ8人部屋で寝ている。

 このちょっと圧迫感のある感じも眠れない原因なのかな。

 

 って考えてたら、上のベッドで寝ているはずの恵子が話しかけてきた。

 

「………祐希、起きてる?」

 

「……うん、起きてるよ。なんだか眠れなくて」

 

「私も。なーんか2段ベッドって苦手とさね」

 

 みんなを起こさないようにボクたちはとても小さい声で囁く。

 

「…………祐希、ごめんね。こないだ、愛理との事からかって。みんなあれから言うやろ?私から美咲や明日香に、止めようって言っとくけん」

 

 突然の恵子の以外な言葉にボクはますます眠気が薄れた。そんな事気にしてたんだ。

 そういえば午後の稽古の時、少し元気がなかったような気もする。

 

「…恵子、気にせんで良かよ。実は愛ちゃんが来ないって聞いて、ちょっとガッカリしたのは本当やけん。むしろ、恵子がなんでもお見通しなんだって感心したぐらい」

 

 ボクは正直に言った。恵子は笑い声を返してくれた。

 

「ははっ、そうやったとね………………ねぇ祐希?私、愛理にちょっと嫉妬しとったとかもしれんね」

 

 

 えっ、嫉妬?恵子が愛ちゃんに?急になにを。

 

「私と祐希はさ幼馴染で親友やけど、私はどこかアンタを、世話ば焼く妹みたいに思っとったとやろうね……おかしかね。アンタも私も一人っ子とにさ」

 

「恵子……大丈夫?」

 

 なんか変だ。ボクの幼馴染の友達、横田恵子はこういう事を言うタイプだったっけ。

 

「大丈夫よ。私も中学生だから自己分析って奴ばしてみただけ。それでさ、最近の祐希は本当によか……薙刀に一生懸命で勉強も頑張っとるし、よう人と話すようになった。愛理の影響やと私は思うとやけど違う?」

 

 

 ボクはその質問に少しだけ考えてから、うんって短く返した。

 

「…そいでさ、私はなんだかアンタば──妹とみたいに思っとった祐希ば、最近知り合った愛理に取られるような気がして、あがん事ば言ったと思うとさね………バカばい。愛理も大事な友達やし、アンタは良か風に変わっとるだけとにね」

 

 声の感じから、恵子は涙ぐんでいるような気がした。

 恵子、保育園からいつも一緒の親友。そんな風に思ってくれてたんだね。

 

 でもそれで恵子に傷ついては欲しくなかった。

 

「………恵子、もう本当に気にせんでよかよ。だってボクは恵子のおらんやったら、多分まともに保育園も、卒園できんやったと思う。今より無口なボクば、みんなの中に入れてくれたとも、ボクが自分の事をボクって言うのを、からかう子たちとケンカしてくれたとも────ボクがオシッコを漏らした時に、誰にも言わんでずっと、一緒におってボクが泣き止むまで手ば握ってくれたとも。ボク、一生忘れんけん」

 

 言葉がすらすら出てくる。

 

「確かに今のボクは愛ちゃんと薙刀の事ばっかり考えとるみたい……けどその2つと出会えたのも恵子のおかげやもん………ちょっと今まで恵子に、頼りすぎとったって思うぐらい。だけん気にせんで、いつものボクが大好きな、元気で優しか恵子でおってよ。そいで一緒に強くなろうよ」

 

「祐希……」

 

「……頼むさ、副キャプテン」

 

 最後はちょっと冗談っぽく言う。小さな笑い声が上から聞こえた。

 

 

「………もう、アンタも美咲も役職言えばウケると思っとらんね?………ねぇ祐希、眠くなるまで話さん?なんでもよかけんさ」

 

「うん、よかよ。話そ」

 

 

 それからボクらは眠くなるまで、学校のこと、薙刀のこと、家の事、好きな男の子のこと、色んなことをずっと2人で喋った。

 そうしているといつの間にか、ボクも恵子もぐっすり眠ってしまった。

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