ボクの上段   作:発破六十四

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ボクと愛ちゃんのお出かけ

本格的に秋になって、ボクは一つ習慣が増えた。

 

 それは新聞を読んだり、ニュースサイトを見るようになったこと。

 

 でもそれは別に、社会科が好きになったとかじゃない。

 

 来年になってすぐに、ボクらが住んでいるS県の県知事選挙があるからだ。

 

 ボクは今の県知事さんのことは、なんとも思ってない。だけど、その副知事である村田理一郎……つまり愛ちゃんのパパの事はとても気になる。

 

 愛ちゃんのパパと県知事さんは親友で、頼み込んで副知事になってもらったと前に愛ちゃんが教えてくれた。

 

 そしてそれはつまり県知事が変われば愛ちゃんのパパも、副知事ではいられない可能性がかなり高いということ。

 

 ………考えたくないけど、そうなったら愛ちゃんは引っ越しちゃうのかな。

 

 今の県知事さんに頼まれて関東から来たんだから、副知事じゃなくなったのにS県には残らないんじゃないか……なんて心配をしてしまう。

 

 愛ちゃんがいなくなる──あの柔らかい笑顔も、あの上手な巻き落としも、流れるようなカウンターも見れなくなる。

 

 そんな想像をしただけで、ボクは不安が止まらない。胸がぎゅっと締め付けられる。

 

 こないだまでは県知事さんの再選は確実って明日香も言ってたし、テレビや新聞も伝えてたから心配する必要もなかった。

 

 だけどあの『民自党の裏金問題』からはどうも雲行きが怪しい。

 

 どの新聞やニュースサイトを見ても、県知事さんの支持率は落ちる一方。県知事さん自身は何も悪いことはしてないのに…愛ちゃんのパパは尚更だ。

 

 なのに世間の風向きは悪くなるばっかりだった。

 

 

 

「……私たちはまだ投票権ないけん心配してもムダなんやけどさ、やっぱり気になるよね」

 

 学校の昼休み。恵子と美咲と話していたらその話題になった。

 

「だよね。愛ちゃん本人に聞けないしね『県知事さん負けたら、お父さんどがんすっと?』なんて」

 

 美咲の言葉にボクも恵子も頷く。

 

「愛ちゃん本人は、いつも通りなんだけど……」

 

 そう、稽古の時の愛ちゃんはいたって普段どおり。にこにこふわふわしてて鬼強い。

 

「…愛理も案外自分の事喋らんもんね。私中学生になるまで、お父さんが副知事とか知らんやったし」

 

「そうだね。だから私たちもいつものように、接してるつもりなんだけど……多分できてないよね」

 

 美咲が困ったって顔で頭を掻いた。ボクも多分愛ちゃんは気がついていると思う。

 

 ボクらの心配と戸惑いを、わかっているけど知らんぷりをしてくれている。そんな気がする。

 

「今の県知事さんが勝ってくれたら、なんの問題もなかとやけど……」

 

 そればっかりは誰にも分からない。こないだの、西九州新聞には『民自党への逆風受け、楽勝ムード一転。大混戦模様』なんて書かれてたし。

 

「結局、県知事さんが勝つのを祈るしかないって事なのかな。後は家族にお願いするとか」

 

 美咲が大きなため息をつきながら言った。その肩にはどこか力が入っていない。

 

 自分じゃどうしようもないことを悩むのって、こんなにも辛いんだ。

 

 でも、ボクなんかよりもっと辛いのは、きっと愛ちゃんと、そのパパとママなんだ。

 

『自分の事、“ボク”って言うんだね。いいね、なんだかカッコいい。ユウちゃんに似合ってる』

 

 何故かボクの頭の中で、初めて愛ちゃんと出会った時の光景が蘇る。

 

 初対面であんなこと言ってくれたの、愛ちゃんしかいない。

 

 この1年近くでボクの心の中で、愛ちゃんと薙刀がこんなに大きくなっていたことを今更だけど自覚する。

 

 

 ──愛ちゃん、いなくならないでよ。絶対に。

 

 ボクの心の中で、その言葉が小さく響いては消えていった。

 

 

 そんな話をしてから10日ほど過ぎた。ある日の金曜日。

 ボクのスマホに、愛ちゃんからRINEが来た。

 

『ユウちゃん、明後日の日曜日ヒマ?良かったら2人でさS城跡とか見に行かない?』

 

 唐突といえば唐突な誘い。それに愛ちゃんから、2人での遊びの誘いなんて初めてだ。だけどボクの予定は空いていた。

 

 まあ薙刀の試合がないと、ボクの日曜なんて大体空いてるんだけどね。

 

 ボクが『良いよ。だけど愛ちゃんお城とか好きなんだね』って送るとすぐに返事が来た。

 

 そこには『うん、好きだよー。これK本城の写真』という文章と、愛ちゃん一家がK本城の前で笑っている画像が送られて来た。

 

「ふふっ…なんか、仲良し家族って感じ」

 

 よく普段の話の中でパパをいじる愛ちゃんだけど、やっぱり好きなんだなって思った。

 

 そしてその愛ちゃんが、ボクを誘ってくれた。それが嬉しかった。

 

 ボクもだけどきっと愛ちゃんもモヤモヤしているだろうから、日曜は楽しく遊んで気晴らしをしよう。

 

 そう思いながらボクは珍しく、何を着て行こうかなんて考えながら衣装ケースを開けた。

 

 約束の日の日曜日。ボクは待ち合わせ場所のS駅に来ていた。

 ちょっと早く来たから、適当な場所に立ってスマホを触りながら愛ちゃんを待つ。

 

 やっぱり駅前は賑やかで、日曜なのもあって人がいっぱいだ。

 

 そうしていると、どこからか聞き覚えのある高い声が聞こえてきた。

 

「おーい、ユウちゃーん!」

 

 愛ちゃんがこっちに手を振りながらやってくる。

 

 愛ちゃんの服装は薄いピンクのゆったりしたセーターに、黒いフレアスカート。

 うーんかわいいし似合っている。愛ちゃんの柔らかい雰囲気にぴったりだ。

 

「おはよう、ユウちゃん」

 

「うん、おはよう愛ちゃん。やっぱり愛ちゃんおしゃれだね」

 

 ボクがそう言うと、愛ちゃんは大きくてくりくりの目を向けながら言う。

 

「そう?ユウちゃんこそ、おしゃれじゃない。ボーイッシュでカッコいいよ」

 

 そうかなぁ。ボクは緑のトレーナーにデニムのホットパンツ。寒がりだから黒いタイツに、頭に従兄弟の颯人くんに貰ったMLBの野球帽。

 ボクは身長はあるから、ボーイッシュって言うよりまるで男の子って気もする。

 

「ありがと、愛ちゃんに褒められると自信つくかも」

 

「ユウちゃんはおっきくてスタイル良いから、なんでも似合うよ」

 

 やめてよ愛ちゃん。キミにそんな風に言われると、ボク調子に乗っちゃいそう。

 

「えーっと、城跡にはバスで行くんだよね?」

 

「うん、10分くらいで着くよ」

 

 なんて話しながらボクたちは、駅横のバスセンターに向かう。

 

 愛ちゃんの笑顔と楽しそうな声に、今日一日がきっといい日になる、そんな気がした。

 

 

 

 S城跡は広い公園のような場所になっていて、城として残っているのはごく一部だけ。

 

 ボクは小学生の時の社会科見学以来、愛ちゃんは初めてだ。

 

 今日は秋晴れだから、公園を歩くだけでも気持ちが良い。

 

 堀の水に日差しが反射してちょっと眩しいけど、愛ちゃんが一緒じゃなかったら、ベンチ座ってしばらくボーっとしたいぐらい。

 

「うわーっ、鯱の門だ!これ、見たかったんだぁ!」

 

 その残っている一部の、門の前でとってもテンションの高い愛ちゃん。

 

「見て見てユウちゃん!これ、Sの乱の時の銃弾の痕!凄いよね!」

 

 愛ちゃんは木の門に空いている、丸い穴を指差して声をはずませている。

 そういえば昔来た時先生が、そんな事説明してくれた…ような気がする。

 

「愛ちゃん、引っ越して来たのに、ずっと地元のボクより詳しくない?」

 

 半分冗談で言ったつもりだったけど、愛ちゃんはにっこり笑って答えた。

 

「お城を見るのも好きなんだけどさ、それにまつわる歴史の話とかも好きなの」

 

 そう言う愛ちゃんの目は、キラキラしている。なるほどだから愛ちゃんはマイナーだけど、日本の伝統武道の薙刀を始めたのかな。

 

「この城って…確か鍋島茂勝が作ったんだっけ」

 

 昔習ったおぼろげな知識を話すと、すぐに愛ちゃんに修正された。

 

「ユウちゃん、茂勝じゃなくて勝茂ね。お父さんの直茂と一緒に作ったんだよ。それまでは、同じ場所に龍造寺氏の村中城ってお城があったらしいよ」

 

 愛ちゃんの口からスラスラとガイドブックみたいな知識が出てくる。うん、これは適当なこと言わない方がいいね。

 

「愛ちゃん、本当に詳しいんだね。なんだかガイドさんみたいだよ」

 

「えへへ、好きなことだとなんだか自然に覚えちゃうんだよね」

 

 愛ちゃんの楽しそうな笑顔に、ボクは少し圧倒されながらも引き込まれていった。

 

 この調子だと、今日はボクも愛ちゃんのおかげでたくさん勉強できるかもなんて思った。

 

 

 それからボクたちは2人で色々見て回った。

 

 愛ちゃんの解説を聞きながら城跡公園を回るのも楽しかったし、その後ちょっと歩いて神社にアームストロング砲を見に行ったのも良かった。

 

 愛ちゃんはその大きな大砲を前に、目を輝かせながら言った。

 

「これが戊辰戦争で活躍したアームストロング砲…!すごい、やっと見れた!」

 

 まるで推しのアイドルに会ったみたいに、ちょっとうっとりしている愛ちゃん。

 

 ボクは戊辰戦争もアームストロング砲もあんまりピンとこなかったけど、楽しそうな愛ちゃんを見ているだけでこっちもなんだか楽しくなった。

 

 それにボクに教えるための、愛ちゃんの解説も分かりやすくて面白かった。愛ちゃんが社会の先生なら良いのにって本気で思ったぐらい。

 

 

 それから駅の方に戻ってお昼を食べたり、2人でプリクラを撮ったりもした。

 

 できあがったプリクラを見た瞬間、2人で大爆笑。

 

「盛りすぎ!」「この人たち誰?」なんて言いながら、涙が出るほど笑ってしまった。

 

 楽しかった。本当に楽しかった。とてもこないだ薙刀の試合で、お互いを倒すために必死になって、時間いっぱい戦いあったボクらとは思えないよ。

 

 ………いや、逆かな。あんなふうに全力でぶつかり合ったボクたちだからこそ、今こんなふうに楽しく過ごせるのかもしれない。

 

 それから女の子同士っぽく服や雑貨を見た後、愛ちゃんがちょっと座りたいって言うから駅の近くのベンチに並んで座る。

 

 スマホの時間を見たらもう3時近い。楽しい時間ってあっという間に過ぎちゃうなあ。

 

 ボクがスマホをしまってふと愛ちゃんの方に視線をやると、なんだか様子がおかしかった。

 

 さっきまで楽しそうだったのに、とても表情を暗くしてちょっと息も荒い。

 

「ど、どうしたの愛ちゃん!?具合でも悪いの?」

 

 ボクが慌ててそう言うと、愛ちゃんは首を横になって振る。

 

「ううん違うのユウちゃん……あのね、これまだ友達には誰にも言ってないんだけどさ、ちょっとあんまり良い話じゃないけど大事な事だから……」

 

 え?どういうこと?も、もしかして……。

 

「ユウちゃんには一番最初に言いたくて…私にとって友達とライバル、どっちもしてくれてるのはユウちゃんしかいないから……」

 

 その言葉に、胸がきゅっと締め付けられる。

 

 愛ちゃんのこんな弱々しい顔、初めて見る。思わず手を取ると、その手は冷たくて、小さく震えていた。

 

「ありがとう…ユウちゃんの手、あったかいね……ねえユウちゃん、来年になったらすぐ知事選あるよね?アレどうもね、今の知事さん勝てるかどうか分かんないらしいんだ……おかしいよね?こないだまで、絶対勝つって感じだったのに」

 

 イヤだ。聞きたくない。ボクは正直耳を塞いで逃げ出したかった。

 

 けどそれはもっとイヤなはずなのに、話してくれてる愛ちゃんへの裏切りになる。

 

 だからボクは逃げない。ただグッと愛ちゃんの手を握る自分の手に力を込める。

 

「知事さんはパパに土下座したらしいよ。『民自党のせいでお前にまで迷惑をかけてすまない』って。その時のパパの気持ち……分かりたくないけど、分かっちゃうな」

 

 親友の自分への土下座。そんなの絶対見たくない。

 

「それでね。パパとママと私の3人で選挙負けちゃった時の事、何度も話し合ったの。パパが言うには、もしそうなったら生まれ故郷の東北のMに帰って政治家続けたいって……ママも基本的に賛成するって言うし…」

 

 そういえば夏合宿の後、愛ちゃんが言ってたっけ『おじいちゃん家に来ないはずだったパパが来た』って。

 

「私それ、初めて聞いた時はキレちゃったな。初めてパパに本気で怒った。『4年前にパパの都合で転校したのに、また転校しろって言うの!?私せっかくSに馴染んで友達もいるのに!』って」

 

「愛ちゃん……」

 

 何か声をかけてあげたいけど、ボクの頭も半分真っ白で何も思い浮かばない。

 

「他にも『てゆーか選挙勝つ気あるの?最初から、負ける気の人たちが勝てるわけないじゃん!』とかさ……ひどい娘だよね。パパも県知事さんも、頑張ってるはずなのに」

 

「そ、そんなことなかよ!愛ちゃんは、ひどい娘なんかじゃなかって!」

 

 衝動的に言葉が出た。難しい話はわからないけど、それだけはボクは断言できる。

 

「ありがと……でね、その後も何度も何度も話し合ったの。………それでねみんなとお別れするのも嫌だけど……」

 

 愛ちゃんの言葉が途切れがちになる。もう鼻が赤い。

 

「でね…やっぱり私、パパの事もママの事も大好きだって………そんな大好きな家族が、離れ離れになるのはもっと嫌だなって気づいたの」

 

 ──うん。そうだよね。ボクだってお父さんお母さんと離れるのはイヤだもん。

 

 愛ちゃんのパパも政治家をやりながら、単身赴任ってのも無理があると思うし。

 

 って理屈ではわかるけど、全然感情が納得しない。本当は負けても残ってよ愛ちゃん!ってわめきちらしたかった。

 

 それをしなかったのは、頭に一昨日送られて来た、家族3人で笑う愛ちゃん一家の写真が浮かんでいたから。

 

 

「だから……ゴメンねユウちゃん……もし、県知事さんが、選挙に負けたら……私もうここで一緒に薙刀できない………」

 

 愛ちゃんは泣いていた。涙がくりくりの目からポロポロとこぼれている。

 

「……愛ちゃん、謝らなくて良いから…」

 

 ボクは涙をこらえて、絞り出すようにそう答えるのが精一杯だった。

 

 その後も愛ちゃんはゴメンねを何度も何度も繰り返した。

 ボクはもう何も言わずにずっと愛ちゃんの手を強く握っていた。 

 

 

 

 そうすれば全部上手くいく。

 

 県知事さんが選挙に勝って愛ちゃんはSに残る。

 

 そして中学を卒業したらみんなで中央高校に行って、榊原が言ったみたいにボクと愛ちゃんがダブルエースになって──。

 

 

 

 この手さえ離さなければ、そうなるんじゃないか。

 

 そんな事あるはずないのに、ボクはその時どこか本気で考えていた。

 

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