ボクの上段   作:発破六十四

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ボク、絶不調

話が終わってから、泣き止んだ愛ちゃんを見送った後、ボクは何をどうして家に帰ったのか良く覚えてない。

 

 気がついたらボクは家にいて、自分の部屋のベッドに腰掛けて壁を見つめていた。

 

 愛ちゃんがいなくなるかもしれない。そしてそれは、どうなるか分からない選挙の結果に委ねられている。

 

 その事実がボクにとって、それだけ衝撃的だったんだ。

 

 それとこうなるんじゃないかって薄々感じていたことが、現実になってうろたえているのかもしれない。

 

「愛ちゃん……」

 

 思わずその名前を口にしてしまう。ボクはこの1年近く、薙刀にのめり込んできたけどそれは愛ちゃんの追い抜くためってのが大きい。

 

 だから愛ちゃんが引っ越すというのは、好きになった薙刀がどこか遠ざかるような気もする。

 

 もちろんそれは甘えと言えば甘えで、人生には別れも出会いも付き物だ………って言って、切り替えてしまえたらどんなに楽だろう。

 

 

 それができないから愛ちゃんはあんなに泣いていたし、ボクはこんなに虚しくて寂しい気持ちになってるんだ。

 

 ベッド、洋服ケース、勉強机に本棚と窓。いつものボクの部屋なのに、なんだかとても色あせて見えた。

 

 どうしてなんだろう?………「いつも」ってこんなにもモロくて、不確かなものだったのかもしれない。

 

 

 そんな気持ちが心の奥から水みたいにじわじわと染み出して、胸に重くのしかかっていた。

 

 机の上に置いた、2人で撮ったプリクラの中ではボクも愛ちゃんは笑ってた。

 

 

 

 愛ちゃんが引っ越すかもしれない。その事はすぐになぎなたクラブのみんなも、知ることになった。

 

 稽古の後愛ちゃんが、佐々木先生やクラブの全員に教えてくれたからだ。

 

 愛ちゃんは『まあパパたちが勝てば、今まで通りだから』と笑顔で言っていたけれど、それが気持ちを切り替えた結果なのか、それとも演技なのか、ボクには分からなかった。

 

 愛ちゃんの言葉を聞いたみんなの反応は、それぞれ違っていた。

 

 恵子は眉間にしわを寄せて難しい顔、美咲は明らかに無理して笑い、明日香は悲しそうにして、唯はずっと心配そうにオロオロしていた。

 

 ボクはというといつもの無表情。これは先に知っていたからというより、頑張ってそうしていたというのが近い。

 

 いつもの無表情は自然にやっているけど、今日のは意識してやっている。だってそうしないと泣いちゃいそうだったから。

 

 

「祐希……アンタ大丈夫ね?愛理もやけど無理ばしとらん?」

  

 稽古が終わった後にボソッと恵子が言った。こんな時もお見通しだ。

 そんな恵子に見栄を張っても意味がない。ボクは素直に認める。

 

「……ちょっとしてた。笑ってる愛ちゃん見てたら泣きそうになっちゃって…」

 

「…そうね。分かりずらいけど、あの子こそ不安でたまらんやろうに……」

 

 恵子は知らないけど多分こないだボクの前で泣いちゃったから、『もう泣かない』って思ったんじゃないかな。

 

 そう考えるのがなんだか愛ちゃんらしい気がする。ボクも愛ちゃんも負けず嫌いだからわかるんだ。

 

 

「選挙ってホント………なんだか私選挙苦手になりそう」

 

 ボクもそうだ。選挙そのものが良いとか悪いとかじゃなくて、なんだか生理的に。

 

「…恵子。いろいろ言われてるけどさ、愛ちゃんが言ってたみたいに、今の県知事さん勝ってさ……全部今までどおりだよね」

 

 ボクは自分に言い聞かせるみたいに言う。

 

 はっきり言って選挙が近づくたびに、報道では今の県知事側は危ないって言われ続けている。

 

 昨日の地元のニュースなんか政治評論家って人が『私の票読みでは、現知事の再選は厳しいと思います』なんて無責任なこと言ってたし。

 

 だけど勝って欲しかった。そうなって、みんなで『あの時心配して損しちゃったね」って笑いたいよ。

 

 恵子はどこか困った顔のまま、何にも言わなかった。

 

 

 それから次の稽古の最中。ボクと明日香が地稽古で戦っていた。ちなみに愛ちゃんは今日は休み。

 

「コテっ!」

 

 面金めんがねの向こう正面の明日香の薙刀が、ボクの右手に飛んできた。

 パーンといい音がして、ボクは手の衝撃に一瞬だけ目を閉じた。

 

 試合なら当然一本になるだろう。もうボクはこの地稽古で明日香に3本は取られている。

 

「っ……めん!」

 

 反撃の面打ちを出すけど、明日香の面の側面に当たっただけ。

 ………あっ、今の面は間合いも何も考えずに打っちゃった。

 

「やぁっ!」

 

 明日香が気合いを入れて攻めてくる。ボクも応じて声を出したけどなんだか負けてる。

 

 バシンッ──。

 

 ボクらの薙刀がぶつかり合い、激しい音を立てた。弾かれた薙刀を慌てて構え直すと、ボクは咄嗟に明日香のスネを狙った。

 

「スネっ!」

 

「うっ…!」

 

 明日香の顔が面の中で一瞬歪んだのが見えた。

 ボクは焦った。明日香のスネを狙ったつもりだったけれど、打ち込みが低すぎて足の甲を直撃してしまった。

 

 ……ごめん、明日香。今の打突も、気の抜けた一撃だった。

 

 ──何をやってるのボクは。ひどいひどすぎる。それにこの明日香との一戦だけじゃない。

 

 今日の稽古いや、その前もボクは良くない薙刀をしてしまっている。

 

 

「やめっ!休憩」

 

 佐々木先生がみんなに指示を出す。

 

 ボクは防具を急いで外すと、明日香のところに走る。

 

「明日香!ごめん、大丈夫!」

 

 明日香の足の甲に目を落とす。腫れてはいないけど赤くなっている。

 それを見たら顔が赤くなって、胸がチクって痛くなる気がした。

 

「ごめん…ボクのせいで……」

 

「祐希、大丈夫よ大したことない。体を叩いちゃうのは良くある事でしょ?」

 

 違う。違うよ明日香。これはボクが完全に悪いんだ。集中しているつもりなのに、どこかできていない。

 

「元気出して。祐希は私達『四級トリオ』のリーダーなんだから」

 

 笑って見せる明日香の笑顔も、どうも真っ直ぐ見れないよ。結局謝る事を繰り返すだけ。

 

「ごめん、ホントに……」

 

 これが罪悪感ってものなのか、胸の奥がチリチリした。

 

 

 

 

「はぁ………」

 

 次の日の中学校の教室。ボクは今日何度目かもわからないため息をついた。

 

 あの後もボクの薙刀はズタボロ。頭と身体がつながってないみたいな、どこかチグハグな動きや打突を繰り返してしまった。

 

 唯とやった時なんか、体当たりしてしまって唯を押し潰しちゃうところだった。それも絶対届く距離なのに、無駄に踏み込んじゃったからだ。

 

 あの時の唯も『祐希ちゃん、私が変な風に前に出ちゃったからだよねゴメン』って言ってた。

 

 違う。変な風に前に出たのはボクなのに。

 

「…何をやってるんだろうボクは……」

 

「ほーんと、なんばしよっとねアンタは」

 

 後ろから声をかけられてボクは振り返る。恵子と美咲がボクを挟むように立っていた。

 

 今の独り言聞かれてたんだ。

 

「……恵子、美咲どうしたの?」

 

「どうしたの?じゃなかよ。もう帰りのHR終わっとるよ?」

 

 ………え?あ、ホントだ。もう教室にはボクらしかいない。

 

 薙刀の事とか、こないだの稽古での自分のひどさとかを考えてたら、いつの間にか終わってたんだ。

 

「健太がじゃあな藤野って言ってたのに、アンタ一点ば見つめてたから変だと思ったとさね」

 

「中山くんかわいそ〜……いろんな意味で」

 

 ええっ……そうなんだ。ボクはダメだなあ……学校生活でも気が抜けちゃってる。

 

「………ああっ、もう本当ボクって……明日健太君に謝らないと……!」

 

 ボクが頭を抱えると美咲はため息をついた。

 

「からかっても嘆くだけ……か。こりゃ重症じゃない恵子?」

 

「うん、重症ばい。こがんなったのは保育園の時祐希が大好きやった、美久先生が辞めて以来……いや、あん時より酷かかも」

 

 美久先生。久しぶりに聞いたなその名前。優しくて絵が上手くてちょっと音痴の美久先生。確かにボク、美久先生が大好きだった。

 

 ……あの時はどうしたんだっけ……はっきり覚えていないけど、お母さんに「もう保育園行きたくない!」って駄々をこねたような気がする。

 

「……ねぇ祐希、愛理の事で悩んどるとやろうけど、絶対どっかで切り替えんばとよ?当の愛理本人はいつも通りにしよるし」

 

「まあ愛ちゃんが、あがんしとっけんこそ、逆にちょっと気になっとも分かるけどね」

 

 二人は知らない。あの愛ちゃんの涙を。泣いていた愛ちゃんを知っているのはボクだけだから。

 

「それに選挙もまだ負けた訳じゃなか。苦戦とか苦境とか言われとっても、アンタが言ったように案外あっさり勝つかもしれんたい」

 

 恵子……恵子がボクのことお見通しなように、ボクもある程度はキミのことわかっちゃう。

 それ、本心から言ってないよね?ボクを慰めようと言ってくれてるよね。

 

「…恵子も美咲も明日香も唯も……そして愛ちゃんもみんなすごいなぁ……ボクだけダメダメだ…」

 

 愛ちゃんが、ボクの目標だった人が、いなくなるかもしれない。

 それでこんなにも、自分を見失うなんて。ボクはなんて情けないんだろう。

 

「ちょっと祐希ちゃん!祐希ちゃんはダメじゃなかよ!そがんこと言わんで!」

 

 美咲の顔がちょっと怒ってる。

 

 そう言ってくれるのは嬉しいけど美咲、ボクはキミみたいに自分を押し退けた人に笑ってあげれるほど強くない。

 

「そうばい、特に薙刀始めてからのアンタは、よか風に変わっとる!自分ばバカにしたらいかん!」

 

 恵子……前もそう言ってくれたよね。言う通り、薙刀を始めてボクは変われたかもしれない。

 

 だけど薙刀を始めたから、こんな気持ちも味わうことになってるんだよ?。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………今、ボク薙刀のせいにしようとしてる?。

 

 

 ボクの気持ちの問題を薙刀のせいにしようとした?

 

  ………ダメだ、最低だ。最低すぎるよ。どんどん自分が嫌いになっていく。

 

 

 その拍子に、ほっぺたを何か暖かいものがスッと伝っていく。

 

 泣いていることに気づいたのは、顔つきが変わった二人を見た時だった。

 

 泣き出したからか、心配そうな二人にボクは問いかける。

 

「……ねぇ恵子、美咲……ボク、このまま薙刀続けて良いのかな……?こんな気持ちで続ける資格……あるのかなぁ…?」

 

「祐希……!アンタ……」

 

 

 なんだかその時ボクは、久しぶりに美久先生に会いたくてたまらなかった。

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