ボクの上段   作:発破六十四

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ボク、わがままを言う

「いやぁぁぁっ!!」

 

 ボクの目の前で気合いの入った高い声を出しているのは唯だ。

 

 県の武道館で行われている年始の県武道始め大会。薙刀の部は小学生が終わり、中学生の団体戦が始まっていた。

 

 武道館自体は大きいんだけど、ボクたち薙刀が使うスペースは五分の一くらい。後は剣道柔道だ。

 

 

 その五分の一のスペースで、ボクたち中央なぎなたクラブは喜野なぎなたクラブと戦っている。唯の相手は同じ1年生。

 

「あれは相手も初めてやね。唯と同じぐらい動きの固か」

 

 ボクの隣で試合を見ている恵子が冷静に言った。ボクも恵子もこの試合には出ずに、次の馬津戦に出る。

 

 今の唯は次鋒戦。先鋒戦は2年の先輩が1本勝ちをしてくれたからリードしている。

 

「たああっ!」

「よぉしっ!」

 

 

「……ボク、自分の最初の試合ば見てるみたい」

 

 恵子の言う通り、唯も相手も声は元気だけど、動きはガチガチだ。まるで緊張で身体が思うように動いていないみたい。

 

「唯、一回薙刀落としちゃってるけど大丈夫かな…」

 

「相手も一回場外出とるけん、おあいこやろ……ガチガチで良かさとは言ったけど、まるで今日初めて薙刀握ったみたいやね。唯も相手も」

 

 心配する明日香に、恵子が苦笑しながら答える。どっちも薙刀では反則だ。ボクは恵子ほど落ち着いて見てられない。

 

 確かに、手足が硬く、動きがぎこちない。けれど、唯は懸命だ。本当に久保田と試合した時のボクみたいに見える。

 

「がんばれ唯!落ち着いて、いつも通り!」

 

 ボクはなるべく大きな声をかける。これで緊張が解けるほど簡単じゃないのはよーくわかっている。

 

 だけど一人じゃないよって、唯に教えてあげたかった。あの時ボクに愛ちゃんが頑張れって言ってくれたみたいに。

 

 唯の背中に向けてボクの声が届いているかはわからない。だけど、せめて少しでも唯の力になれたらいい。

 

「……唯、攻めて攻めて!三級トリオの意地を見せるよ!」

 

 普段冷静な明日香も熱のこもった声で応援する。こんな声も出せるんだ。

 

「…っ、いやぁっ!めんっ!」

 

 ボクらの声が届いたのかはわからないけど、唯は緊張しながらも一生懸命技を出し続けた。 

 そうしていると、試合終了のブザーが鳴った。

 結果は両者反則一回ずつでポイントはなしの引き分け。

 

「デビュー戦が引き分け。祐希と一緒やね」

 

 恵子がボクの方を向いて言った。確かに結果だけを見れば同じだ。でも、あの時のボクは途中で一度心が折れかけた。諦めかけたボクと比べたら――。

 

「唯の方が偉いよ」

 

 ボクは小さくつぶやいた。

 

 あの一生懸命さは見習わなくちゃいけない。こないだまで、選挙のことで自分を見失っていたボクなんか特に。

 

 試合はどんどん進む。次の中堅戦は美咲が出た。美咲も粘っていたけど相手が歳上ということもあって一本負け。

 悔しそうに戻る美咲。ボクも自分のことみたいに悔しい。

 

 これで勝ち負けもポイントも並ばれちゃったと思っていたら。

 

「コテぇっ!」

 

 副将の川井先輩が出バナでいきなりコテを打った。そしてこれがきれいに入って一本。

 川井先輩はそのポイントを守ろうとせずに攻め続ける。

 

 すごいやる気だ。普段の川井先輩は一本取ったらここまで積極的にはいかないのに。

 

 後ろには愛ちゃんもいるのに、ちょっと意外だ。

 

「めんっ!」

「こてっ!」

 

 川井先輩も相手も手を出し続ける。こっちにも気迫が伝わってくる。見てるだけのボクも、思わず手を握りしめて汗がにじむ。

 

「スネっ!」

 

 そのうち川井先輩の薙刀が、攻防の中で相手の一瞬の隙を見逃さずにスネを捉えた。

 

審判の旗がスッと2本上がる。

 

「スネありっ!そこまでっ」

 

「やった、二本勝ちだよ祐希!」

 

 明日香が喜ぶ。恵子も手を叩いて嬉しそう。

 これでボクたちは2勝1敗1分でポイントは2つリード。しかも次の大将は愛ちゃん。

 

 試合前に話したけど、いつもみたいにニコニコ笑ってたし、ワクワクしてた様子で試合大好きな愛ちゃんらしくてボクは安心した。

 

 

 勝ったなんて、思い上がったことは思わないけどかなり有利な状況だとは思う。

 

「はじめっ!」

 

 そして愛ちゃんが出てきて大将戦が始まった。相手は先輩だけど愛ちゃんなら。

 

「面っ!」

 

 いきなり相手が愛ちゃんに仕掛ける。出バナの面、ボクも同じことをしたことがあるけど簡単に避けるはずだ。

 

バシンッ!

 

 えっ──ふ、普通に当たった?旗が一本しか上がらなかったから良かったけど、かなり危なかった。

 

「愛ちゃん!大丈夫大丈夫!焦らず行こう」

 

 ボクは声をかける。愛ちゃんと相手の薙刀がお互いを捉えるために何度も動く。

 

 ──ボクはそれを見ながらどこか違和感を感じていた。

 

 なんだか変だ。全体的に愛ちゃんの動きも打突もいつもと少し違って見える。

 なんていうか鋭さがないっていうかキレがないっていうか……。

 

「愛理!落ち着いて!相手をよく見て」

 

 恵子も同じ違和感を感じたのか、大きな声で愛ちゃんを応援する。

 だけどボクらの思いとは裏腹に、試合はどこか相手のペースで進む。

 

 普段の愛ちゃんなら押されてても、得意の応じ技、つまりカウンターを出す前フリって感じだけど今日は違う。

 

 いや、何度か出してはいるんだけど防具以外の所を叩いたり、タイミングが悪かったりで有効打にならない。

 

「コテっ!」

 

 愛ちゃんが小手を狙う。だけど相手は読んでいたのか反射なのか小手をかわした。少し下がった愛ちゃんの頭をめがけて反撃が来る。避けて!

 

「面っ!」

 

 ボクの祈りは届かない。ついに相手が愛ちゃんを捉えた。小手をかわしてからのきれいな踏み込み面。

 

「面ありっ!」

 

 相手にポイントが入る。……いや、確かにいい面打ちだったけどあんなに簡単に一本取られる愛ちゃんじゃないはずだ。

 

 ──やっぱり表向きは変わらないように見えてても、選挙のことが気になっているんだ。そうとしか思えない。

 

「………愛ちゃん、まだまだ!取り返せるよ!」

 

 ボクは何もしてあげられない。ただ声を張り上げ続ける。ほんのちょっとでも後押しになってくれれば。

 

 愛ちゃんが一本を取られてから大して経たずに試合は終わった。

 

 結果は愛ちゃんの一本負け。団体の星は2勝2敗1分で並んだけど、川井先輩が二本勝ちしてくれたからポイントの差でボクらの勝ち。

 

 だけど勝ち負けよりも愛ちゃんのことが気になる。ボクたちはみんなの所に急いだ。

 

 

 

「………美鈴先輩、それはどういう意味ですか?」

 

 ボクたち次の試合のメンバーがみんなの所に行った時、すでに佐々木先生を囲んで話をしていた。

 

 そんな中で愛ちゃんは川井先輩を見上げている。なんだか怒っているような雰囲気だ。

ちょっと近づきにくい感じもある。

 

「言ったままの意味よ。村田さん、次の馬津戦、私と代わりましょう。私が2回出るわ」

 

 川井先輩もいつになく、厳しい顔をしている。普段はとても優しい人だから、こんな顔ほとんど見たことがない。

 

 佐々木先生は、黙って2人の話を聞いているみたいだ。

 

「確かに私負けちゃいましたけど、次はちゃんと……」

「違うの。負けたから言ってるんじゃないの──内容があまりにも"らしくなかった"から」

 

 川井先輩が愛ちゃんの言葉を遮って言う。

 

 

 らしくなかった。

 

 

 その言葉に、愛ちゃんが言葉に詰まるのがわかる。

 

「………気になっているんでしょう選挙の事。しょうがないわよ、気にしないなんて無理だもの。でも、そんな精神状態で試合に出るのは良くないと私は思うの。怪我をするかもしれないし、言葉を選ばなければこの大会は、そんな大事な大会というわけでもないし」

 

 厳しい顔つきから、うす茶色の髪を揺らしてふっと柔らかい表情に変わる川井先輩。

 

 ──ああ、いつもの川井先輩だ。優しさから、キャプテンとしての責任から、こんなことを言っているんだ。

 

「……そんな事ないです」

 

 愛ちゃんは小さく呟く。けれど、その言葉に力はない。

 

「じゃあ他に理由があるの?」

 

 黙り込む愛ちゃん。ボクは2人からちょっと離れてたけど、我慢できずに愛ちゃんの隣に移動する。

 

 だって――ボクもう、見ていられない。

 

 ボクは迷わず愛ちゃんの隣に移動する。そして、その手をぎゅっと掴んだ。

 

 ――冷たい。

 

 冬だからというのもあるけど、それ以上に信じられないくらい冷たい手だった。

 

「ユウちゃん……」

 

 愛ちゃんがくりくりの瞳でボクを見る。ボクはしっかりと、愛ちゃんの手を握りながら言う。

 

「愛ちゃん、大丈夫。川井先輩もボクもみんなも愛ちゃんの友達だし仲間だからさ」

 

 特に友達と仲間という言葉に力を込める。クラブの中学生みんなが、愛ちゃんを見ていた。

 

「もちろん、本当に言いたくないことなら良いけど、ボクらに話して何分の一……ううん、何十何百分の一でも愛ちゃんが楽になるなら、話してくれないかな?」

 

 愛ちゃんの目がうるむ。後ろからは喜野と馬津が戦っている音や声が聞こえてくる。

 

 聞き馴染みのある掛け声、踏み込む音、薙刀が交わる乾いた音。

 

 でも、今のボクの耳にはなんだか遠く聞こえた。

 

 ボクが言った後、愛ちゃんはまた少し黙った後川井に先輩に向けてゆっくり口を開いた。

 

「………ごめんなさい、美鈴先輩。変に意地を張って…不甲斐ない試合をしたのは私なのに…」

 

「……いえ、私も悪かったわ。こちらこそごめんなさい。一番辛いのはあなたなのに、問い詰めるような言い方を…」

 

「いえ、良いんです。キャプテンとして当然の事だと思います………実は私、試合が始まる前までは本当に平気だったんです。パパの事も選挙の事も頭になくて、試合の事だけ考えてました」

 

 愛ちゃんはちょっと遠くを見つめるような感じで弱々しく声を震わせながら言う。

 

「なのに、先鋒次鋒って進んでいく間になんだかなんて言うか………卒業式みたいな気持ちになっちゃって…」

 

 卒業式?ボクは思わず愛ちゃんの目を見た。うるんでいるけど涙はこぼれてない。

 

「だって、2月も3月も公式戦ないでしょう?ああもうあと2試合で、多分私が中央なぎなたクラブの一員として、公式戦で戦うのは終わりなんだなぁ……なんて思ったらとても寂しくなっちゃって…ごめんなさい、試合中なのに」

 

 ボクはいつの間にか、いつかの時みたいに愛ちゃんの手を思い切り握りしめていた。

 

 そんな……そんなことを思ってたんだ。知らなかった。気づけなかった。

 

 愛ちゃんは一人で、どうしようもない寂しさを抱えながら戦っていたんだ。だけど……だけど!

 

「……だから悔しいけど、私美鈴先輩が言うみたいに代わってもらった方が──」

 

「ダメだよ!」

 

 ボクは気がついたら愛ちゃんの話に割り込むように声を上げていた。

 

「ユウちゃん……!」

 

「そんなの……ダメだよ。それこそ愛ちゃんらしくないよ!」

 

 ボクは、胸の奥から湧き上がる気持ちをぶつけるように言った。

 

「………だって負けず嫌いで、勝負が大好きなのが愛ちゃんでしょ!?悔しいって思ったら、何が何でも取り返すのが愛ちゃんじゃないの?それに選挙だってまだ決まったわけじゃない!」

 

 愛ちゃんは目を見開いて、びっくりした顔をしている。

 

「佐々木先生!」

 

 ボクは振り向き、先生をまっすぐに見つめる。

 

「お願いします。愛ちゃんを外さないでください!」

 

 そして、川井先輩にも向き直る。

 

「川井先輩、先輩が優しさから代わるって言ってくれてるのはわかります。だけど………だけど、ここで交代したらなんだか全部ダメになる…そんな気がするんです!」

 

 その優しさが、どれだけ愛ちゃんを思ってのことなのかも分かる。

 

 でも――。

 

「だけど、愛ちゃんを信じてください!ボクも愛ちゃんも……チームも絶対勝ちますから!」

 

 ボクはそう言いながら、床につきそうぐらい思い切り頭を下げた。土下座が必要ならしたっていい。

 ボクの声が、武道館に響く。その瞬間、隣で足音がした。

 

「………先生、川井先輩、私からもお願いします。私……祐希とは保育園からの付き合いですけど、こんな祐希、初めて見ました」

 

 いつの間にか恵子がボクの横に立って、先生と先輩に声をかけていた。

 その言葉と行動に、愛ちゃんが小さく息をのむ気配がする。

 

「しかも自分のことじゃなくて愛理のために……わがままなのはわかっています。こんなゆるい大会で何を必死に…って思うかもしれません……でも、どうか、お願いします!」

 

 恵子が深々と頭を下げるのがわかった。

 

「……佐々木先生、川井先輩、私からもお願いします。この2人がこんなに頼むのは、よっぽどの事なんだと思いますから」

 

 この声は美咲。

 

「私もお願いします。愛理のままにして下さい」

 

「わ、私もお願いします」

 

 

 

 明日香、唯も。

 

──気づけば、ボクの横には、みんながいた。

 

 愛ちゃん以外のクラブの1年みんなが、頭を下げてくれていた。

 

 ………今は言えないから心の中で言わせて。恵子、みんなありがとう。

 

 頭を下げるボクとみんな。誰も何も言わない。そして静けさの中、川井先輩が口を開いた。

 

「……分かったわみんな。もう顔を上げて…村田さんが出る気があって、佐々木先生がそれで良いなら、私はもう何も言わない。普段通りにやれば私より村田さんの方が強いしね」

 

 ボクが言われて頭を上げると、川井先輩がいつもよりさらに優しく穏やかな顔で言ってくれた。

 

「川井先輩…!」

 

「愛理、どがんすると?」

 

 恵子が愛ちゃんに優しく問いかける。愛ちゃんは迷っているのか何度も瞬きをしたり、首を小さく振ったりしていたけど、ゆっくりと返事をしてくれた。

 

「………出たい……です」

 

 その声は、小さいけれど、震えてはいなかった。

 

「…本当にこれが中央なぎなたクラブから出る、最後の試合だとしたら…負けて、それで美鈴先輩に代わってもらって………それが最後はちょっと…ううん、かなり嫌です………ユウちゃんが言ったみたいに勝ちます。勝って取り返します!」

 

 愛ちゃんは強く、はっきりと、迷いや寂しさを振り切るように前を向いて言った。

 佐々木先生はずっと、黙ってボクらの話を聞いていたけどついに話し始めた。

 

「……分かったわ。実は私も迷っていたの。村田さんを変えるかどうか。でも本人が出たい、そして必ず勝つという……監督としてそれを無下にはしないわ」

 

 この言葉に、ボクも愛ちゃんも力強く頷いた。

 

「思いっきりやってらっしゃい。難しいでしょうけど……この際、周囲のことは考えずに」

 

 佐々木先生が微笑む。そして、ゆっくりと続ける。

 

「薙刀そのものを楽しむような気持ちで。そう、いつもの……貴方らしい薙刀を」

 

「……はい!」

 

 愛ちゃんが元気よく返事をする。そうだよそれでこそボクの好きな愛ちゃんだ。

 

 かわいいのに薙刀と勝負が好きで、それで負けず嫌いでめちゃくちゃ強い──ボクが憧れた、そして勝ちたい人。その愛ちゃんと一緒に勝つんだ!

 

 ボクは愛ちゃんの横顔を見ながら拳を強く握っていた。

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