ボクの上段   作:発破六十四

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ボク、負けられない

愛ちゃんがそのまま出る事が決まって、ボクらが試合場に目を向けるともう喜野と馬津の試合は終わっていて挨拶をしている所だった。

 

「勝ったのは馬津か…私たち中央と勝った方が優勝だね祐希」

 

 明日香がボソッと言った。

 

「うん。ボクたちが勝つさ」

 

 ボクはそれだけ答えた。あの後1年みんなにお礼を言ってから、ボクはなんだかスイッチが入ったような気分だった。

 

 ───勝つんだ。みんなと、愛ちゃんと一緒に。

 

 それだけが今のボクの心を満たしている気がした。余計なことは考えない。

 

「ユウちゃん、行こ」

 

 愛ちゃんに促されてボクらはコートの近くへと移動する。その途中、愛ちゃんがふっと小さく息を吐いて、ボクを見た。

 

「………ユウちゃん、さっきはありがとね」

 

 歩きながら愛ちゃんがお礼を言う。

 

 その言葉は、柔らかくて、それでいてどこか重みがあった。

 

 ボクは一瞬だけ立ち止まり、愛ちゃんの大きな瞳をまっすぐに見返す。

 

「気にせんでよかさ。アレ、ボクの本音やけん」

 

 そう、みんなの前で言ったアレは完全にボクの心からの本音だから。

 

「そー、そー、お礼なら勝ってから言おうでエース様」

 

 恵子が愛ちゃんの肩を軽く叩いて笑う。その言葉に愛ちゃんも微笑む。

 

「……うん。勝とうね」

 

 愛ちゃんがちょっとだけ目を閉じて言う。なんだかその言葉に、色んな気持ちがこもっている気がした。

 

 

 ボクたち馬津戦のメンバーが防具を身につけて順番に並ぶ。

 

 ボクは副将。愛ちゃんの一つ前で四番目に戦うポジション。最初から決まっていた事だけど副将は初めてだ。

 

 5人で並んでコートに入り礼をする。馬津の副将は……榊原だった。

 

 榊原と目が合った。夏の合宿ぶりだけど相変わらず強気で自信ありげな表情。

 

 まるで『藤野、夏からどんだけ強くなったね?楽しみばい』そう目と表情だけで言ってる気がする。

 

「お互いに礼っ!」

 

 ボクらも馬津も礼をして、コートの両端に戻る。

 

「祐希、榊原が相手よ」

 

「……うん。だけど、誰が相手でもやるだけだよ」

 

 相手にとって不足なし!とか楽しみだ。とか言えたらカッコイイんだろうけど、ボクはまだそこまではない。

 

 だけど、“勝ちたい”じゃなくて“勝つんだ”ってこんなに強く思っているのは初めてかも。

 

 だってもしボクが負けて、団体戦の負けが確定した状態で大将の愛ちゃんに回す……それだけは嫌だから。

 

「恵子ちゃん、ユウちゃんは大丈夫だよ」

 

 

 愛ちゃんが恵子に優しい声で言った。

 

 

「…愛理が言うと根拠がなくても信じたくなるね」

 

 恵子が少しだけ笑った。先鋒の2年の先輩が試合場に入る。そういえば団体戦は久しぶりだ。

 

「先輩、落ち着いていきましょう!」

 

 試合が始まり恵子が先鋒の2年の先輩に声をかける。相手も確か2年生、頑張ってください!。

 

 そんな先輩が互角の攻防をしている中、次の次鋒として立って待つ明日香の背中が見えた。

 

 これが明日香も初の公式戦。緊張しちゃってないかな。

 

「……明日香大丈夫?もうすぐ次鋒戦だけど」

 

 ボクはちょっと声を潜めて聞いた。明日香は振り返らずに声だけで答える。

 

「………緊張しすぎて、逆に落ち着いとる感じやね」

 

 珍しく明日香は地元の方言で答えた。これは相当緊張しているみたいだ。

 

 ちょっと心配だ。さっきの佐々木先生と川井先輩に愛ちゃんのことを頼んだのも、もしかしたら………。

 

「……明日香、ボクのせいもあるだろうから、お前が言うなって思うかも知れないけど…後ろにはみんないるから。楽に行って来なよ」

 

 そう言うと、明日香は黙って頷いた。そして、前を向いたまま、ぽつりと呟く。

 

「……祐希、そがん言うけど私にとって祐希の励ましが一番気合いの入るとよ?だって私、祐希の事ばどこか尊敬しとるけん」

 

 え、尊敬?ボクを?愛ちゃんじゃなくて?。

 

 びっくりして黙ってしまったボクを尻目に先鋒戦が終わる。どちらも一本ずつ取り合った引き分け。

 

「赤、白川選手!」

 

「はいっ!」

 

 名前を呼ばれて、明日香が元気に返事をした。次鋒戦が始まる。

 

「やあっっ!」

 

 明日香の気迫のこもった掛け声が響く。

 

「明日香、自分から行くよ!」

 

 後ろからは唯の元気な声が聞こえる。そうだ、びっくりしてる場合じゃない。ボクも声を出さなきゃ。

 

「明日香、先手で行こう!」

 

 相手も同じ1年生。なんとかならない相手じゃないはずだ。

 

「コテっ!」

 

「スネっ!」

 

 うん、ちょっと固いけど動けているし、打突もちゃんと出せている。

 

「いいよ、明日香!その調子!」

 

 明日香の薙刀が相手の面を狙い、それをかわした相手が明日香のスネを打つ。

 

 どっちもポイントにはならないけど、ここまで全然悪くない。

 

「スネっ!」

 

 明日香が相手のスネを打った。いいタイミングでいい所を打ったんだけど、ちょっとズレてしまって膝下辺りを打っていた。

 

「小手っ!」

 

 返しの小手打ち!明日香、危ない!

 

「くぅ……!」

 

 小手が当たりそうだったけど、明日香は逆に前に出て一本を防いだ。その代わり防具のない二の腕を叩かれた……アレは痛い。

 

 かなり痛いはずだけど、明日香は動き続けて攻撃もしている。凄いよ明日香、ボクの最初の試合なんかより全然。

 

 くっついた2人を審判が剥がす。明日香、引き分けとか狙わないで一本を取りに行くんだ。

 

 仕切り直しからまたぶつかり合う2人。だけどなんだか明日香が押され気味だ。疲れちゃったのか、それともさっき打たれた所が痛いのか。

 

 手数で負けて、どんどん追い込まれている感じだ。なんだかマズイ。

 

「明日香ちゃん、一旦距離を取って!」

 

 愛ちゃんもそれが分かっているから、必死に声を出している。

 その声が聞こえているのか、明日香は後ろに動いて間合いを切ろうとした。

 

 だけど相手はまるで読んでいたように大きく踏み込みながら、体ごと被せるかのように明日香のスネを打った。

 

「スネぇっ!!」

 

 旗が──三本全部上がる。

 

「スネありっ!」

 

 一本が入ったから2人が、一度開始線に戻される。

 

 まだだ、まだだよ明日香。取り返せるよ。ボクだってあの時取り返せたんだから!。

 

 「いゃぁぁっ!」

 

 明日香が声を上げる。

 

「明日香!まだまだ」

 

 唯の大きい声が聞こえてくる。2人は同じ中学校で仲良しだからきっと唯も気が気じゃない。

 

「明日香、焦らずに攻めよう!」

 

 ボクも声を出す。明日香は全く諦めていない。リードされても粘って攻撃をし続けた。

 

 でも残念ながら一本には届かなかった。次の中堅は恵子だ。

 

「恵子、頼むよ」

 

 ボクが恵子の背中に声をかけると恵子は黙って手を上げた。

 

 戻ってくる明日香と恵子が手を合わせてすれ違う。

 

 こっちに戻って来た明日香が面を外した。その顔はかなり赤くなっていて、ダラダラと汗が流れている。

 

 ボクの視線に気がつくと、悔しさを隠さずに言った。

 

「ごめん、祐希、愛理……勝てんやった」

 

「良いんだよ明日香ちゃん。ものすごく頑張ったじゃない。腕大丈夫?」

 

 愛ちゃんが心配そうに言う。明日香は首を横に振る。長い髪が生き物みたいに動く。

 

「………痛くないって言ったら嘘になる……だけど…!」

 

 血が出るんじゃないかってぐらい、明日香は下を向いて唇を強く噛み締めながら言った。

 

 気持ちは分かる。ボクだって順位戦で愛ちゃんに負けた時は似たような感じだったし。

 

「………明日香、顔をあげて。キミはちゃんと戦ったし、まだ試合は終わってない。大丈夫、明日香のその悔しさも全部無駄じゃないから……恵子が、ボクが、愛ちゃんが──みんなで晴らすよ」

 

 そう言って立ち上がる。明日香は顔を上げてくれた。恵子の戦いが始まっているボクも自分の戦いに行かないと。

 

「ユウちゃん、頑張って」

 

「うん……ボク絶対に大将戦を消化試合にはしないから」

 

 それだけを愛ちゃんに告げてボクは歩いて行く。視線の先には恵子と馬津の久保田の戦い。そしてコートの向こう側に立つ榊原が写っている。

 

「……恵子!積極的に!」

 

 2人の勝負も一進一退。久保田、夏よりもまた上手くなっている気がする。

 

「やあっ!」

 

「おおっ!」

 

 恵子も久保田も止まらずに、激しく連続で打突を繰り返す。

 

 ボクにはこんな激しい連続技は無理だ。しかも2人とも、適当に打ってるんじゃなくてある程度正確だし。

 

「めんっ!」

 

「スネっ!」

 

 薙刀の打つ乾いた大きい音が、試合場で爆ぜる。今のは恵子のポイントかなと思ったけど旗は上がらない。

 

 微妙なタイミングだったけど、同時と判断されたんだ。ボクと2年の先輩が声をかける。

 

「横田さん、いいよ!その調子」

 

「恵子、落ち着いて!惜しかったよ」

 

 それからも一進一退は続いた。恵子が押せば久保田が受けて、逆に押し返してくると恵子が受ける。

 

 前に佐々木先生が言っていた「薙刀が噛み合っている」ってこういうことなのかな。

 

 確かにあの時みたいに、どっちも決め手がないみたいに見える。

 

 時間はどんどん流れて行く。こうなってくると今のところ1勝1分の向こうが精神的に楽かもしれない。

 

「いゃあっ、コテっ!」

 

 久保田のスネ打ちをかわして、恵子は小手を狙った。気合いの入った一撃だったけどしっかりとは当たらなかった。

 

「やめっ、そこまで!」

 

 ブザーが鳴って審判が恵子たちを引き離す。ポイント無しの引き分け。

 これでボクたちは3戦で1敗2分……ボクが負けたら愛ちゃんは勝っても負けても同じ。

 

 “負けられない”。全身をそんな思いが包むような気がした。

 

「ユウちゃん、ファイト!」

 

 愛ちゃんの声が聞こえる。戻って来た恵子とすれ違う。

 

「ごめん祐希、勝ちきれんやった……後は頼むけん、愛理につなげて」

 

 面の隙間から見える恵子の顔は汗と悔しさでいっぱいだ。

 

「うん、任せてよ」

 

 ボクらはパンって大きい音を立てて手を合わせた。

 

「赤、藤野選手!」

 

「ハイっ!」

 

 ボクは榊原と戦うためにコートの中に進む。変な感じだ。明らかに緊張しているのに今までみたいに体が固い感じはしない。

 

 勝った時のふわふわした感じとも違う。なんだか身体は熱いのに頭だけ冷めているというか……上手くいえないけどそんな気分だ。

 

 榊原と目が合った。愛ちゃんと同じぐらい強くてボクより明らかに格上。

 

 だけど、いまさらそれがどうした。ボクはまだ薙刀を初めて1年。いつだってボクの相手は格上だったんだ。

 

「はじめっ!」 

 

 

 ──いけっ!

 

 

 主審の声が聞こえると同時にボクは飛び出した。

 

「やーっ!」

 

 ボクは出バナを仕掛けた。それも夏休みとは違って面じゃなくてスネ。

 

「スネっ!」

 

 榊原のスネを防具の上から叩いた。バチンって音が聞こえた。強く叩きすぎたのかビリビリと手に衝撃がくる。

 

 横目で旗を見ると……赤は…一本。クソッ!ダメか。けど、まだまだ!

 

「いゃゃぁっ!」

 

「さぁっっ!」

 

 ボクはそのまま攻め込む。相変わらず榊原は間合いの調整が上手い。

 良い感じにボクの間合いは外されるし、逆にスーッと間合いに入ってくる。

 

「めんっ!」

 

 ボクは榊原の面打ちを、ギリギリ薙刀で防いだ。ボクはそのまま体を前に出しながら、グッと力を入れて薙刀を下げる。

 

 お互いの薙刀と体が密着して力比べみたいになる。

 

「……藤野の、今日は一段と気合いの入っとるね」

 

 榊原が口の端を上げながらボソッと言った。そう、今日のボクは特別に気合いが入ってるんだキミに勝つために。

 

「やめっ、離れて!」

 

 止めがかかってボクたちは離れる。ボクはもう一度奇襲をかけようかと思ったけど止めた。

 

 試合中にあんな事言うぐらいだから、榊原には余裕がある。多分また出バナを仕掛けても待ってましただろう。

 

 ──なら、どうしよう?間合いを取るのが上手い榊原相手に、ボクの攻撃は有効打になりにくい。

 

 愛ちゃんみたいに応じ技が得意ならなんとかなるんだろうけど、ボクはそうじゃない。

 

 応じ技じゃなくても、せめて榊原が次何をして来るかわかったら!

 

「コテっ」

 

 

 相変わらず榊原はいい間合い、言い換えたら嫌らしい所で打ってくる。

 

 なんとか防いだけど、このままだとこの前みたいに………ん?この前?……待てよ次に榊原がどんな動きをするか誘導する方法があるかも。

 

 もちろん絶対じゃないし、そこまででやられる可能性もある。だけど、勝ち目があるならそこに掛けなきゃ!

 

「めんっ!」

 

「コテっ!」

 

 打ち合うボクと榊原。でも旗はどちらにも上がらない。榊原が下がった一度度間合いを切った………今だ!

 

 ボクは薙刀を思い切り振りかぶって上段の構えを取った。

 

 榊原の鋭い目がボクをとらえて離さない。合宿の時と同じで戸惑いもびっくりもしていない。

 

 むしろ『やっぱり藤野は上段ね。でも、あたしには通じんよ?』って言ってるみたいな感じ。

 

 隙の大きい上段の構えの、どこを打ってやろうか。そんなことを考えているようにも見える。

 

 でも、ボクだって作戦があるんだ。夏のようにはしない。

 

 それに榊原相手に、2度目はないかもしれない。絶対ここで一本を取る!

 

「祐希、四級トリオのリーダーの力を見せて!」

 

「さあ祐希!上段からブッた斬ってやらんね!」

 

「祐希ちゃん!やっちゃえ!」

 

「行けるよ!祐希ちゃん」

 

 恵子が美咲が明日香が唯が声援と勇気くれる。今だ、今───。

 

「いっけぇぇっ!ユウちゃん!」

 

 ボクは動いた。振りかぶった薙刀をまっすぐに振り下ろす。榊原も動いた。ボクのスネを打つために。

 

 それは分かっていた。上段は体がガラ空きになるけど、剣道と違って胴を薙刀で払うのは難しい。

 

 だから上段の隙をつくなら、スネかボクの打ち終わりに合わせて小手か面。

 

 合宿の練習試合では、ボクはスネを合わせられて負けた。

 

 だから今回も似たような状況で似たような展開になれば、同じようにスネを打ってきてくれるんじゃないか。そう思った。

 

 ──狙い通りだ。ここまでは。

 

「……っ!」

 

 榊原の顔が「しまった」って感じに歪む。

 

 ……ボクが榊原のスネへの攻撃を、踏み込まずに空振りさせたからだ。そう、これが狙いだったんだ。いかにも上段でキメにきたと見せかけてスカす。

 

 はっきり言って、保証はなかった。だけど、前の戦いからボクが上段に構えたら、思いっきり振り下ろしてくるって印象はあったはずだ。

 

 それでなんとか上手くいってくれた!後はこのまま面に向かって振り下ろすだけ。

 

 

「っ……」

 

 面を打とうとしたその瞬間、ボクは違和感に気がついた。ヤバい!慣れてないことをしたから、動きがちょっとズレている。

 

 自分のことだからわかる。絶対いつもの踏み込み面のモーションじゃないよ。

 

 このままだと榊原がちょっと頭を振れば、側面か肩に当たってしまう。榊原ならそれぐらいやるかもしれない。

 

「……こてぇっっ!!」

 

 咄嗟にボクは小手に切り替えた。お願い!当たって!

 

びゅんっ!

 

 薙刀が風を切る音が聞こえた。ボクがけんめいに、振り下ろした薙刀は榊原の手首の上を叩いた。

 

「コテありっ!」

 

 旗を見ると赤が二本上がっている……。やったやったんだ。ボク、あの榊原から一本取れたんだ。

 

 喜んでいる間も無く、すぐに戻って試合が再開する。

 

 榊原は取り返すためにかなり激しく攻撃してきたけど、もう時間がなかった。すぐにブザーの音が響く。

 

「そこまでっ!」

 

 終わった……勝った。ボクが榊原に。

 

 嬉しいんだけど、嬉しさよりも安心感が体を包んでいる。これで1勝1敗2分の五分だ。ボク、ちゃんと愛ちゃんにつなげられたんだ。

 

 礼をして戻る時愛ちゃんが手を上げていた。面越しに見る、そのくりくりの目はとても澄んでいる。

 

「ユウちゃん……あそこでフェイントとか、カッコ良すぎるよ……これでもう私、負けられないね」

 

 愛ちゃんがボクを見上げて、きっぱりと言った。

 

「……たまたまだよ…それに負けるつもりなんか、最初からこれっぽっちもなかクセに」

 

 そうボクらは揃って“負けず嫌い”だから。

 

 ちょっとだけ笑って、手を叩いてすれ違う。

 

 

 愛ちゃん──がんばれ。

 

 

 最後の大将戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「ほら、みんな笑って笑って」

 

 大会が終わって、ボクら9人は賞状を掲げて佐々木先生に写真を撮ってもらっていた。

 

 あの後愛ちゃんが大将戦で馬津の2年の人に一本勝ちを決めてボクらは優勝した。

 

 それもとっても愛ちゃんらしいカウンターの小手打ちで。

 

 ゆるくて小さい大会だからメダルもない。だけどなんだかボクは、今までの試合で一番嬉しい気分だった。

 

 

「……やったねユウちゃん。全部ユウちゃんのおかげだよ」

 

 写真を撮った後愛ちゃんが笑っているけど、どこか寂しそうに言った。

 

「…愛ちゃんも含めてみんなが頑張っただけでしょ」

 

「榊原さんに目をつけられちゃったしね」

 

 あの後榊原から『藤野、あたしあんたの事ば認めながらも、どこか下に思っとった……フェイントなんかしてこん…上段に構えたら打つだけ…なんて、とんだ思い上がりばい』って悔しそうに言われた。

 

 それと『そいが今日の敗因たい。情けなか……もう藤野のこと下には絶対見らん!あたしたちは。対等のライバルたい』なんて言う榊原。なんだか勝手にライバルが増えちゃった。

 

「面白いよね榊原さんって」

 

「うん、本当思ったまま話している感じ」

 

 なんて言いながら、2人で笑う。なんだかいつまでも愛ちゃんとこうして喋ってたいけど、そうもできない。

 

 もうすぐ帰らないといけない──帰って何時間かしたら知事戦の結果が出る。

 

「愛ちゃんはどうするの?」

 

「うーん、家は記者さんたちが来るから、ママとホテルかなぁ」

 

 そうなんだ。勝って欲しいなあ。いくら厳しくても、本当今の県知事さんに勝って欲しい。

 

 それで愛ちゃんをSに残して欲しい。政治とか裏金とかよくわからないけど、ボクはそうとしか思えない。

 

 それから、佐々木先生の話を聞いてみんなで帰り支度をして、武道館の出口に向かう。

 

 そうすると愛ちゃんのママの姿が見えた。なんだか疲れてて、前より痩せたように感じる。

 

 

「じゃあ、ユウちゃん、みんな、ママが来ているから」

 

 佐々木先生とボクらに手を振って、愛ちゃんはママの所に行った。愛ちゃんのママかこっちに向かってお辞儀をしたからボクらも返す。

 

 愛ちゃんたちはそのままどんどん歩いて、背中はすぐに小さくなっていく。

 

 ボクは恵子に声をかけられるまで、その背中をずっと見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩、ボクはスマホとテレビに齧り付いて選挙を見守っていた。

 

 あれだけ不利だ逆風だと言われてけど、まだ頑張ってる。

 

 そうだよ、あの愛ちゃんのパパとその親友の知事さんだもん。そう簡単に負けるわけがない。

 

 けど、23時になったころスマホの選挙速報のサイトが更新を押しても読み込まなくなった。

 ボクは嫌な予感がしてテレビに目をやると、地元のアナウンサーが真剣な顔でとても言った。

 

 

 

 

『……お伝えします。S県知事選は新人候補が現職候補を破り初当選です。やはり全国的な民自党への逆風の煽りをうけた結果となりました。繰り返します……』

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