ボクの上段   作:発破六十四

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ボクたちの『約束』

愛ちゃんがボクに背中を向けている。すぐ目の前にいるはずなのに、ボクの手はなぜか届かない。

 

『愛ちゃん……愛ちゃんだよね?なんでそっちを向いてるの?』

 

『ゴメン、そっち向けないの……』

 

 愛ちゃんは返事はしてくれるけど、言う通りこっちは向かない。背中を向けたまま話す。

 

『ユウちゃん……ゴメンね…私パパとママと東北に行くから、前に言ったみたいにもう一緒に薙刀できない』

 

 愛ちゃん!そんなのイヤだよ!待ってよ、ボクを置いていかないで!

 

 何か……何かSに残れる方法があるかもしれないよ!

 

 だから……だからさ、振り返ってこっちを向いてよ………!

 

『ごめん……ごめんね…悲しくてもう、ユウちゃんの顔も見れない…』

 

 そんな…そんなこと言わないでよ!

 

 

 

 

「愛ちゃん!」

 

 

 そう叫ぶと、目に入ったのはボクの自分の部屋の天井。辺りを見回してもあるのはボクの部屋のものばかり。

 

 もちろん愛ちゃんはどこにもいない。

 

「夢……夢か…」

 

 少し落ち着くと頬の冷たさから、自分が眠りながら泣いていたことに気がつく。

 

 前評判を覆して知事さんはかなり頑張って、僅差まで迫ったけどダメだった。

 

 その選挙の結果で県知事さんが変わる。それは、愛ちゃんがSから引っ越すってこと。

 

 それが分かっているから、あんな夢を見てボクは泣いたんだ。………愛ちゃんがいなくなるのが本当にイヤだから。

 

 ……優勝した時はあんなに嬉しかったのに。今は最悪の気分。

 

 スマホを触るとまだ4時45分だった。多分もう朝まで眠れないと思う。

 

 

 

 

 その日ボクはどんな顔をして学校に行ってたんだろうか。

 

 そりゃ他人が見たらいつもの無表情だろうけど、お母さんが『祐希、その顔どうしたと?』って心配するぐらいには酷い顔してたみたい。

 

 ………愛ちゃんと同じ西中じゃなくて良かった……。多分ボク顔見るなり泣いてたと思うから。

 

「おはよう祐希……酷か顔しとるね」

 

 教室に入るなり目が合った恵子がそう言った。やっぱり恵子にはわかるんだ。

 

「祐希ちゃん大丈夫?」

 

「うん。まあ……ある程度は分かってたことだし…もう前みたいに、変になったりしないよ…悲しいのは悲しいけど、一番辛いのは愛ちゃんだしね」   

 

 心配そうにボクを見る美咲に無理に笑って見せる。そうしてたら健太くんが教室に入ってきた。

 

「おはよう藤野……アレっ、お前どがんかしたとか?そがん辛そうな顔ばして。具合でも悪かとか?」

 

 意外だ。健太くんもわかっちゃうんだ。

 

「健太……あっち行ってな。大事な話ばしよるけん」

 

「なんや恵子その言い方は……まあよか。今度教えろよ」

 

「うーん、いっつもタイミング悪いんだよねぇ中山くん。ごめんねぇ」

 

 美咲が苦笑して恵子が手を振って健太くんが離れていく。

 

 恵子は、はあーって大きくため息をついた。

 

「下馬評の割にはめちゃ惜しかったけどこれで…愛理とは………覚悟しとらんかったわけじゃなかけど…やっぱり辛かね」

 

 恵子は悲しそうに教室の天井を見上げ、美咲もうつむいた。そうだよね、2人とも愛ちゃんとの付き合い自体はボクより長いし。

 

「………ねえ2人とも……もう本当に終わりなのかな?新しい知事さんになっても、愛ちゃんのパパが副知事に残るって事はないのかな」

 

 ボクは2人に問いかける。もうそれぐらいしか思いつかない。

 

「……ゼロじゃないとは思うけど…」

 

「祐希…気持ちは分かるけん…」

 

 2人のとても悲しそうな顔が、答えのような気がした。

 

 

 その日の夕方ボクのは帰り道をトボトボっていう擬音が似合う感じで歩いていた。

 

 1月の寒い風が、顔に当たる。なんだかとっても冷たい。

 

「さむっ…」

 

 思わず声が出る。ボクは歩きながら愛ちゃんの事を考えていた。

 

 ………お別れする時、なんて言おうかなんて一瞬考えたけど首を振って違うことを考えようとする。だって引っ越すにしても3月まで時間がある。

 

 

 だけど愛ちゃんのことが頭から離れない。

 

 

『自分の事、“ボク”って言うんだね。いいね、なんだかカッコいい。ユウちゃんに似合ってる』

 

 初めて会った時のことを思い出す。初対面でそんなこと言ってくれたの愛ちゃんしかいない。

 

 ボクが女の子なのに自分のことをボクって言うのを、誉めてくれた愛ちゃん。

 

 

『ユウちゃん、大丈夫。そう思えるユウちゃんは、きっと絶対強くなるよ。だから、今は……ね?』

 

 あの時ボクの手に、愛ちゃんが手を重ねながら言ってくれた。なんでだろう、思い出すのが止められない。

 

『………うん。いいよ、分かった。私ににそれを口に出して言うって事は、そういう事なんだよね……あはっ、私やっぱりユウちゃん好きだなぁ』

 

 ボクが愛ちゃんに宣戦布告した時の反応。あの時の愛ちゃんの笑顔はいつもと違ってちょっと怖かった。

 

『ユウちゃん、がんばれぇっっっ!!』

 

 久保田との初試合。声をかけてくれなかったら、ボクはどうなっていたか。

 

『ユウちゃん、顔見ずに話そ?私、ユウちゃんが好きだから。今顔見ちゃうと、なんだか戦う気が薄れちゃう気がするの』

 

 ものすごく愛ちゃんらしくと思った言葉。横を向いたまま話したよね。

 

『でね…やっぱり私、パパの事もママの事も大好きだって………そんな大好きな家族が、離れ離れになるのはもっと嫌だなって気づいたの』

 

 いつも話の中でパパをネタにしてイジるけど、本当は誇りに思ってるし大好きなんだよね。ボクには分かるよ。

 

『……やったねユウちゃん。全部ユウちゃんのおかげだよ』

 

 そんな事ない。ボクはキミの背中を追ってずっと走ってきたんだ。もちろん薙刀は好きだし、もしも愛ちゃんがいなくても続けるよ…だけど………だけど!

 

 

 この1年、薙刀を始めてから本当に色々あった。

 

 始めたころの筋肉痛、突然の試合デビュー、愛ちゃんにライバル宣言、順位戦に夏の防具の臭さ、大変だったけど楽しかった合宿、初勝利と愛ちゃんとの対決、そしてこないだの武道始め大会。

 

 一気に思い出が頭の中を通り過ぎていく。なんなんだろうこの気持ち。悲しいのか切ないのか寂しいのか。それともそういうの全部合わせた感じかもしれない。

 

 ボクは灰色の空を見上げた。なんだか雪でも降ってきそう。

 

「寒い……ホント寒い」

 

 ボクはいつの間にか下を向いて歩いていた。とても胸を張れない。前向きになれない。

 

 それでもなんとか泣き出さないのは、こないだボクが薙刀が好きだってちゃんと思えたから。

 

 そんな心がなんだか空と同じ灰色になった感じで歩いていたら、不意に横から声をかけられた。

 

「……ユウちゃん、ずっと下向いて歩いてると危ないよ?」

 

「あっ、ごめんね愛ちゃん───愛ちゃん!?」

 

 びっくりして声のした方を見ると、愛ちゃんのコートと西中のセーラー服が目についた。

 

「へへっ、恵子ちゃんに聞いてユウちゃん待ち伏せしちゃった」

 

 イタズラっぽく笑う愛ちゃん。風で制服のスカーフが揺れる。

 

「ど、どうしたの?」

 

「ユウちゃんにね、ものすごーく言いたい事があるから来ちゃった。本当は同級生みんなとか、他の友達にも言わないとなんだけど、やっぱり1番最初はユウちゃんかなって」

 

 一体なんだろう?……まさか本当に転校前のお別れとか?でもさっきも考えたけどまだ2ヶ月はあるはず。

 

「な、何?言いたい事って」

 

「うん。昨日の選挙さ、パパたち頑張ったけど、負けちゃったよね……だけど、かなり接戦に持ち込んだ…いつだって最後まで諦めずに、薙刀を頑張るユウちゃんみたいに……だからすっごく良い事もあったんだ」

 

 良い事?負けたのに?さっぱりわからない。

 

「……ってごめん。私も興奮してて話が変かも。まあ、これ見てよユウちゃん」

 

 そう言って愛ちゃんが自分のスマホをボクに向けて、何か動画を再生し始める。どうもついさっきのニュースみたい。

 

『お伝えします。昨日の知事選の結果により、新知事が誕生しました。それを受けて村田副知事も辞任するものと思われていましたが、なんと新知事は、村田副知事に異例の留任を要請しました。新知事のコメントをどうぞ』

 

 

 えっ!?リューニンを妖精?……言葉は難しいけど、それって辞めなくていいって事だよね。ボクが学校で妄想したみたいに。な、なんで?

 

 ボクはあまりの事態に頭が全然追いつかない。画面が切り替わって新知事さんが映る。

 

 

『えー、私どもは選挙戦を戦った仲ではありますが、戦いが終わればノーサイド。逆風の中、あちらへの票もかなりのものでしたし、村田副知事の手腕を私は大変評価しております。副知事は民自党所属でもない……できれば留任して、より良い県政の為に力を貸して欲しいとお願いしました』

 

 続いて副知事の声ですとアナウンサーが言って愛ちゃんのパパが映る。ボクはびっくりし過ぎて口を開けたまま見ている。

 

『……いや、率直に申し上げて寝耳に水で大変驚いております。しかし留任要請は大変ありがたいです。家族とも話し合って前向きに検討したいと思っております」

 

 ………嘘でしょ!?夢じゃないよね。これで愛ちゃんのパパが副知事のままだったら、当然愛ちゃんは引っ越さなくて良いじゃないか!

 

 

 ボクは思わず愛ちゃんを見た。愛ちゃんはにっこりと笑った。

 

「実はね、昨日の夜にはもうパパには新知事さんから、電話がきてたみたい。私も知らされたの今日の朝なんだ。超早朝から家族会議だよ?政治家の家族ってホント……」

 

 愛ちゃんが言葉とは裏腹に楽しげにボクの顔を覗き込む。

 

「前の知事さんも、『理一郎には迷惑をかけた。俺の事は気にせず是非留任してくれ。それだけ俺たちの県政が、評価されたという事でもあるんだから』だって。すごいよね落ちたのにそんな風に言えるの」

 

 うん、ボクもそう思う。落選しちゃったけど、きっと素晴らしい人なんだろうなって。

 

「で、でもニュースだとはっきり留任しますとは言ってなかったよね?」

 

 そこだけはちょっと不安だったけど、愛ちゃんはぱたぱたと手を振って答える。

 

「ああ、アレはパパのカッコつけだよ。負けてすぐに『残ってくれ』って言われて、ハイ残ります、じゃちょっとねって事……でも大丈夫。ちゃんと私とママの前で約束したんだから。もし破ったら──」

 

 愛ちゃんは微笑みながら、ちょっとおどけた声で続ける。

 

「私、家出してユウちゃんの妹になっちゃおうかな。藤野愛理です、祐希ねぇね〜ってさ」

 

 ──それ、さすがにあり得ないけど。

 

 でも、ちょっとだけ想像してしまった。愛ちゃんがボクの妹になるなんて、最高じゃないか。

 

「まあそれは冗談だけど…」

 

「じゃ……じゃあさ、愛ちゃん引っ越さないの?ここに残ってくれるの?これからもまた一緒に薙刀ができるの?」

 

 自分でもなんだか変な声だと思った。思わず出た声はめちゃくちゃ上擦っている。

 

「うん、そうだよ……!心配かけちゃってゴメンね。また、一緒に頑張ろうね」

 

 その言葉を聞いて── 愛ちゃんが、この町に残ってくれるって事実にボクはもうたまらなかった。

 

 悲しい涙は我慢できても、嬉しい涙は我慢できない。

 

 ボロボロ涙を流しながら、道端だけど周りのことなんて無視して、愛ちゃんに抱きついた。そしたらぎゅうって力を込める。

 

「ユウちゃん…!」

 

「嬉しか……ボク、本当に嬉しか!こんなに嬉しかとは、はじめて……!」

 

 最悪から最高、1番下から1番上に。上手く言えないけど、天にも昇る気持ちって今のボクの気持ちだと思う。

 

 愛ちゃんに抱きついたからか、それとも気分の問題か、もう全然寒くない。

 

「……私も嬉しい……またユウちゃんたちとみんなで薙刀ができるの、本当にめちゃくちゃ嬉しいよ……!」

 

 愛ちゃんもボクの背中に腕を回してくれる。声の感じからすると愛ちゃんも泣いているみたい。

 

 でもこんな涙なら、いくら流しても良い気がする。

 

「………それとボク、まだ愛ちゃんに勝った事なかとよ?そのまま勝ち逃げなんて、許さんけんね?」  

 

 なんて言って、ボクは泣きながら笑う。でもちょっとコレは本音でもある。

 

「あはっ、出たね……ユウちゃんの負けず嫌い」

 

「そうだよ……ボクは薙刀に関しては負けず嫌いやし、しつこかとさ。知ってるくせに」

 

 だから頑張れたのかもしれない。そういう自分の知らない一面を、たくさん知れた1年だったと思う。

 

「うん……それでこそユウちゃん、それでこそ私の友達でライバル……大好きなユウちゃんだよ」

 

 そう言いながら自然と抱きしめ合うのをやめる。顔を見合わせると涙でぐしゃぐしゃなのに、とても嬉しそうに笑う愛ちゃんがいた。きっとボクも同じだろう。

 

「ユウちゃん、ひどい顔……ユウちゃんが無表情とか絶対ウソだよね。すっごく表情豊かだもん……でも嬉しいなぁ。嬉しくて楽しくて…それしか出てこないよ」

 

 それは多分薙刀を始めたことと、キミの影響のおかげもあるよ愛ちゃん。

 

「……うん、ボクも……ねぇ愛ちゃん、ボク約束するけん。せっかく愛ちゃんがSに残ってくれるとやもん、ボク絶対愛ちゃんより強くなるけん!今のテンションで言ってるんじゃなかよ?本気ばい……強くなって勝つよ…ボクの…ボクの上段で!」 

 

 一番好きな構えを上手く使えるようになって愛ちゃんに勝つぐらい強くなる。そうしないと、この奇跡みたいな幸運には見合わない気がした。

 

 愛ちゃんは袖で涙を拭くと、笑顔のまま小指を立てる。

 

「うん…その約束、良いね。私も負けないように稽古していくから……ね、指切りげんまんしよ?」

 

「よかね……しようよ…!」

 

 ボクらが小指を絡める。愛ちゃんの体温が直接伝わってくる。

 

 きっとボクはこの日を一生忘れない。大好きな友達兼ライバルが、遠く行かなかったこの日。その大好きな愛ちゃんと大事な約束をしたこの日を。

 

 そしてこの日にたどり着けたこの1年間。薙刀という武道に出会えて、好きになって、ちょっと変われた1年も絶対忘れない。

 

 

 

 ───薙刀、真剣にやってみて本当に良かった。

 

 

 

 ボクはその時心からそう思えたんだ。

 

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