ボクの上段   作:発破六十四

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ボクの試合デビュー

「ねぇ恵子、手ぬぐいの付け方教えてよ」

 

卒業式を控えているどこか慌ただしい3月の教室で、ボクは雲柄の手ぬぐいを広げて恵子にそう頼んだ。

 

「……アンタこないだ川井先輩に教えてもらってなかったっけ?」

 

川井先輩。ボクが初めて見学に行った時にぶつかった人。

なぎなたクラブに入ってて、中央中の1年生でボクらの一つ上。つまり学校でもクラブでも先輩になる。

優しい人で初心者のボクにも、色々親切にしてくれてる。

 

「あの時はできたんだけど…家でやるとなんだか上手く巻けなくて…」

 

薙刀の面を被る時には、剣道みたいに頭に手ぬぐいを付ける。

その巻き方を川井先輩に教わったけど、あんまり綺麗にできない。

相変わらず不器用ねぇと、ため息をする恵子にボクは笑ってごまかす。

 

「けど、祐希が薙刀、結構楽しそうにやってるから私安心してるんだ。誘ったのに、馴染めなかったり、つまんなかったりしたら悪いからさ…あ、そこ違う」

 

「んー……まあ意外とボクに向いてるのかも……こう?」

 

なんとか頭に手ぬぐいを巻けたボクは、恵子に尋ねる。

 

「そうそう…慣れたら何も考えずにできるわよ……今日から防具着けるんやしね。楽しみ?」

 

「うん。早く試合形式の稽古もやってみたか」

 

「凄いやる気。祐希って一度ハマったらとことんタイプだったんやね…」

 

そう、今日の稽古からボクは防具を着ける。

つまりこれでかかり稽古や、地稽古にも参加できるって事だ。

 

基本練習が嫌いなわけじゃないけど、やっぱり実際に防具を身につけて戦うのが薙刀って感じだから。

そしてその先には、本当の試合もある……って考えたら、ボクは似合わないかもしれないけどとてもワクワクしていた。

 

 

 

「どう?祐希ちゃん」

「なんだか、耳が押さえつけられてる感じ……あと、自分の声が中で響くのが面白い」

 

その日ボクは予定通り、薙刀の防具を全部身に着けていた。

面に胴に小手に、薙刀独特の脛当て。

面の隙間から見えるのは、当然同じ格好の恵子と美咲。

 

「他に感想なかと?」

「んー……重い…かな?」

 

身体全体がずっしりする感じ。ゲームとかで、鎧を着込んだキャラが軽快に走り回ったりするけどあんなの絶対嘘だ。

 

「大丈夫。すぐ慣れるよ」

 

美咲が笑って言った。

 

「身長のおかげで結構サマになってるじゃない」

「ほーんとっ、ユウちゃんおっきいから凛々しく見えるね」 

 

後ろからそう褒めてくれたのは愛ちゃん。

 

「へへっ……借りているだけだけどね」

 

みんなは自分の防具を持っているけど、ボクはとりあえずという事でクラブの防具を借りている。

ちょっとボロくてにおう気もするけど、それよりもボクは初めて防具を全部身に着けた事に興奮していた。………していた。していたんだけど。

 

 

「めんっ!」

あうっ。

「コテぇっ!」

いたっ!。

「スネっっ!」

おうおう……。

 

 

 

当然ながら、初回から経験者といい勝負なんてできるワケがない。

打ち込みはともかく、地稽古やかかり稽古ではボクは同級生3人どころか、年下の子たちにもボコボコにやられた。

何回かは防具じゃない所を打たれた。みんなから聞いてた通り結構痛い。

 

ボクは自分の目から涙が落ちるのを感じた。稽古中だし面をつけているから拭うことはしない。

愛ちゃんが言ってたように痛くて涙が出るのは生理現象なんだ。気にしない。

それにボクだって、相手の防具を着けていない所を叩いているんだ。おあいこだ……けれど痛いものは痛い。

 

「ぷはっ……すずしー…」

 

休憩で面を外すと空気がすごく気持ちよく感じた。みんながしているみたいに手拭いを外して汗をぬぐう。

 

「藤野さん、今日初めて防具着け

たのに凄いじゃない!打たれても痛がらず頑張ってたし」

 

近くにいた、川井先輩がすぐにやってきて褒めてくれる。お世辞でも嬉しい。

 

「……ありがとうございます。でもボクの攻撃、一回もしっかり当たりませんでしたし…」

 

「なーに生意気な事言ってるのよ。初めて試合形式する人にやられたら、逆に私たちがだらしないでしょうが」

 

恵子がボクの肩を叩いて励ますように言った。

 

「そうだよユウちゃん。そんなに焦らないで」

 

にっこりと天使のように笑う愛ちゃん。でも、キミが一番ボクを叩いた(防具の上から)んだけどね。

 

「そんな事言って愛ちゃんが一番祐希ちゃんをやっつけてなかった?」

「え?そうかなぁ……でもユウちゃんおっきいから、やりやすかったかも」

 

それはひょっとして、的が大きいって事ですか?

 

「…あなた達、頼もしいわね」

 

呆れているのかそれとも感心しているのか。川井先輩の言葉からはボクは分からなった。

 

 

 

 

練習が終わって家に帰った後、ボクはお風呂に入る前にちょっとだけと言って庭で薙刀を振っていた。

焦る必要はない。初めてだからしょうがない。それはそうなんだけど、それで悔しさが消える人はいるんだろうか?ボクは無理だった。

気持ちがモヤモヤウズウズして、身体を動かしてないと収まらなかった。

 

薙刀を頑張って振るう。最初よりはいい音がするようになったけど、みんなみたいな綺麗で鋭い音はまだしない。

 

「はぁっ……はぁっ」

「祐希。頑張ってるなあ。けど、もうそれぐらいにしたらどうだい?」

 

ボクはその横からの声にびっくりして手を止めた。

お父さんだった。いつの間にか、窓のところに立ってボクを見ていた。

 

「…お父さん、いつからそこにいたの?」

「さっきからだよ。声は何度かかけたんだけど、祐希はすごいね。集中していて今まで全然気が付いてなかったよ」

 

そんなに集中していたんだ。自分では全然分からなかった。

 

「………お父さん、あのねボク今日初めて防具をつけて稽古したんだけど、全然ボクの攻撃は当たらなかったんだ…それで悔しくなっちゃって……まだまだ初心者のクセに生意気かな」

 

「そんな事はなかさ。お父さんだって空手ばやってた頃、始めたばかりの癖に負けると悔しかった。上手く動けないと嫌だった。そがん気持ちは大事だよ祐希?」

 

お父さんはなんだか優しい目をしている。

 

「けど周りのみんなが、焦るなって言うのも正解やけん……大丈夫、その気持ちば忘れんやったら祐希は上手くなる。だから今日はもうお風呂に入ってこんね」

 

「そうかな…」

 

「そうだよ。だって習い始めた時祐希は、稽古が終わったらすぐ寝てたし、起きたら筋肉痛だったけど、今はそんな事はなか。だけんちゃんと成長しとっとさ」

 

お父さんがそう言ってくれると、なんだか嬉しい。ちゃんと見てくれているところも。

 

「……うん。分かった……ありがと、お父さん。うわーボク、こんなに汗をかいてたんだ」

 

ボクが着ていたTシャツはいつの間にか、結構汗が染み込んでいた。

 

ボクは急いでお風呂場に向かう。ササっと服を脱いでまずはシャワー、かなり気持ちがいい。

 

「はぁー……ん?」

 

ボクは鏡を見た。目の前にはいつもの無表情の自分。それはどうでも良いけど、二の腕と太ももに色の違う部分を見つけた。

アザだ。きっと今日の練習でついたんだ。

 

「…みんな、容赦ないもんなあ」

 

ボクはむしろ何だかそのアザが誇らしい気がしていた。

だって、これでボクも薙刀やっている人になれたような気がして。

 

「……がんばろ」

 

愛ちゃんみたいに強くなる。それが今のボクの目標だけど、お父さんが言ったみたいに、今の悔しい気持ちを忘れなければなれるんだろうか?

なんて思いながら自分の顔を鏡でみる……やっぱり無表情だなぁと思った。

 

 

6年生の3学期、特に3月なんてあっという間に過ぎてしまう。

ボクは6年間通った第二小学校を卒業した。

卒業式では泣いてる人もいたけど、ボクは泣かなかった。

 

大抵の子はそのまま中央中に行くんだから、仲のいい友達と別れる事もない。

けどもし恵子とか美咲と離れるってしたら……泣くんだろうなボク。

 

 

在校生より一足早い春休み。と言ってと特段やる事もなく、遊んだり進学の準備と薙刀の稽古とかで時間は過ぎていった。

 

「え?試合」

 

卒業してから10日過ぎたある日、ボクは稽古にくるなり同級生3人からそう聞かされた。

 

「そーよ。小学生最後の試合。なんとか錬成大会。個人戦なしの団体だけ」

 

恵子が説明をしてくれる。

 

「それにね、ユウちゃん。他県の薙刀クラブも参加するらしいよ」

 

「え?本当に?」

 

思わず食いついてしまう。試合だけでも興奮するのに、他県のクラブまで参加すると聞いて、胸の奥がざわざわしてきた。

 

「まあ隣の筑後なぎなたクラブだけだけどね」

 

美咲が笑いながら付け加える。その笑顔につられて、ボクも少し笑った。確かに、ここから川を越えてすぐ隣のF県Y市だ。それでも、ボクにとってはすごく大きな話だ。

 

「も、もしかして……ボクも出られるの?」

 

初めての試合。自分でも驚くほど声が上ずっていた。

 

「もちろん。今回2チーム出すみたいだからね。6年だけで1チーム組むらしいわよ……まあ、今度の試合は3人制だから祐希は補欠だけどね」

 

補欠。恵子の言葉に、ボクの胸のざわめきは少しだけしぼんだ。

 

「そうねー、でも最初は試合の雰囲気に慣れるのが一番大事だと思うし」

 

美咲もフォローしてくれる。みんな優しい。みんな、気を使ってくれている。

 

「補欠……」

 

そりゃそうだ。3人制なら、愛ちゃん、美咲、恵子で枠は埋まる。たった2ヶ月前に薙刀を始めたばかりのボクが補欠なのは当然だ。それでも。

やっぱり、どうしても悔しい。右手が知らず知らずのうちに強く握りしめられていた。

 

悔しさを感じた自分に驚いてしまう。

ボクって、こんなに負けず嫌いだったんだ――。

 

その時だった。ギュッと握りしめた右手に、誰かの手がそっと重ねられた。

 

「ユウちゃん、大丈夫」

 

愛ちゃんの手だ。その声は、お父さんがかけてくれた言葉を思い出させる。

彼女の目はくりくりしていてまっすぐで、そしてとても優しい。

 

「そう思えるユウちゃんは、きっと絶対強くなるよ。だから、今は……ね?」

 

その声が胸に響いた。

優しい言葉なのに、不思議と力が湧いてくる。

 

何も言えずに、ボクはただ頷いた。

「ありがとう、愛ちゃん」と心の中でつぶやきながら、心の中で固く誓う。

 

そうだ、負けないぞ。どんなポジションでも、やるからには全力で。

ボクの初めての試合、頑張るぞ――!……補欠だけどね。

 

 

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