ボクの上段   作:発破六十四

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ボク、補欠の藤野祐希です

試合の日、ボクは予定よりも1時間半は早く起きてしまっていた。

多分……自分で考えてたより楽しみにしてたんだと思う。

 

なんだか遠足の日の小学生みたいで恥ずかしい……ってまだ3月いっぱいは小学生なんだっけ。

せっかくだから、庭で軽く薙刀の素振りでもする。

 

最初は重く感じた薙刀もちょっとはボクの手に馴染んできた気がする。

そうやって素振りをしていたら、家の中からお母さんが出てきた。

 

「おはよう祐希……ずいぶん張り切ってるのね」

 

「おはようお母さん。補欠だけど、もしかしたら出番があるかもしれないし」

 

ボクの薙刀を振る手は止めずに声だけで返事をした。

 

お母さんはしばらく黙ってボクを見ていたけれど、ふっと笑みを浮かべた。

 

「……祐希もどんどん大人になって行くのねぇ」

 

「そうかなぁ?」

 

そんなの全然実感はないけど。

 

「そうよ。こうして朝早くから素振りをするなんて、昔の祐希じゃ考えられなかったもの。やっぱり武道っていいものね……お母さん試合、見に行こうかなあ」

 

その言葉に、ボクの手が自然と止まった。

 

「……うん、来てよ。もし本当に出番があったら、ボク頑張るからさ」

 

ボクはお母さんの方を向いて言った。なんだかちょっと恥ずかしかったけど、それが正直な気持ちだったから。

 

 

 

「うわーっ、おっきいねー」

 

愛ちゃんがボクらの目の前に、ある県立武道館を見上げて言った。

 

「そりゃ、県が作った武道館だしね」

 

恵子が当然といった感じで言う。ちなみに普段ボクらが練習している武道場は市立。

 

「こんなに大きいところでやるのに4団体8チームしか出ないのも寂しいね」

 

美咲が残念そうに続ける。

 

「まあ、会場が大きくても薙刀が使うのその一角だけだし」

 

恵子がそう言って肩をすくめた。

 

「ボク、始める前から、薙刀をやっている人が少ないとは思っていたけど、本当に少ないんだね…」

 

「まあ剣道って言う最大のライバルがいるからね。薙刀から剣道に行く子は多いけど、その逆はそんなに…だし」

 

ボクらの話を聞いていた、佐々木先生が悲しげに言った。

そういえば恵子の薙刀を始めるきっかけになったヒカル君も剣道に転向したんだっけ。

 

「先生、景気が悪いこと言わないでくださいよ。みんな、元気出して行くからね!」  

 

いいタイミングで恵子が声をかけてくれる。

 

「おーっ……って言った方が良いのかな恵子ちゃん」

 

「…周りに人いるし、気持ちだけもらっておくわ。愛理」

 

恵子が笑いながら返す。そのやり取りに、思わずボクも笑顔になった。

ボクらの世代、エースは愛ちゃんかもしれないけど、キャプテンは恵子しかいないなと思った。

 

ボクらはそのまま会場入りをして、胴着と袴に着替えて準備運動をする。

美咲は恵子と組んでストレッチを始めたので、ボクは愛ちゃんと組む。

 

愛ちゃんに押してもらいながら、上半身を伸ばしていると話しかけてきてくれる。

 

「ユウちゃん、眠れた?」

「眠れたよ。ちょっと早く目が覚めたちゃったけど」

「私は寝過ぎて寝坊しそうになっちゃった」

 

えへへって笑いながらそう言う愛ちゃん。

試合に慣れてるのか、それともボクよりよっぽどメンタルが強いのか……両方かもしれない。

 

その時ふと思い立って、ボクはお礼を言った。

「そうだ、愛ちゃんこないだはありがとうね。愛ちゃんが言ってくれたからボク、気持ちを切り替える事ができたんだ」

 

愛ちゃんは一瞬きょとんとした後、思い出したように目を細めて微笑んだ。

 

「そっか、役に立てたならよかった。でも、それができたのはユウちゃん自身の力だよ」

 

愛ちゃんの言葉に、あの日の会話が蘇る。

『そう思えるユウちゃんは、きっと絶対強くなるよ。だから、今は……ね?』

 

あの時の愛ちゃんの真剣な表情と優しい声を、ボクはまだはっきりと覚えている。

同級生で一番強い愛ちゃんが、ボクにそんな風に言ってくれた。それがどれほど嬉しかったか。

 

「本当ありがとう、愛ちゃん」

「もう、何度もお礼言わなくていいってば。ほら、次はユウちゃんが押してよ」

 

ボクはウンと言って、愛ちゃんと交代する。

なんだか試合前の緊張がほぐれていく気がした。

 

 

「えー、Bチームは一回戦、喜野なぎなたクラブAチームと当たります。そしてAチームの相手は馬津なぎなた会Bチームです。皆さん、相手を意識しすぎずに、普段の稽古の成果を出す事を心がけていきましょう」

 

佐々木先生がそうボクらに告げた。

4・5年生のBチームは第一試合なので、もうみんな試合の準備をしている。

ボクたち6年組はまだ時間に余裕があるので、張り出してあるトーナメント表を見に行った。

 

「ねえ恵子、どこが強いの?」

「…やっぱり、馬津Aチームと筑後のBチームじゃない?」

 

表を見ながら恵子は言った。馬津Aとは決勝まで当たらないけど、筑後Bとは一回戦を勝てば当たる。

 

「ふーん……強いって、どんな感じ?」

 

ボクが少し不安そうに聞くと、みんなはチラリとこちらを見て笑った。

 

「大丈夫だよ。祐希ちゃん、私たちも一応初心者じゃないし」

「相手どうこうよりも、先生が言ってたみたいに、自分たちが習ってきたことをするよユウちゃん」

「まあ、アンタは今日はしっかり私たちの戦いを見とかんね。それも勉強になるよ」

 

口々に頼もしいことを言ってくれる。

 

「……うん。ボク、みんなの戦いを見て、薙刀の試合ってどんなものか勉強させてもらうよ」

「祐希、よかこと言った。なんだかんだで私たちの代、強くなりそうね……よし、Bチームの応援に行こ」

 

肩を軽く叩いてそう言う恵子にボクは分かったって言って試合場に向かった。

 

「がんばれー、そこっ!」

「落ち着いて!距離を取ろう距離」

 

互いのチームメイトの声援が飛び交う中、ボクら中央なぎなたクラブのBチームは、喜野なぎなたクラブAチームと接戦を繰り広げていた。

こっちは5年二人と4年一人のチーム、相手は6年一人と5年が二人。

年齢だと不利だけどみんな頑張っている。

どちらも一勝ずつ取り合って、今は大将戦。こっちは5年の明菜ちゃんで、向こうは6年生の杉森って子だ。

これで勝負が決まるだけあって、一回戦だけどボクは結構緊張して見ている。

声援を送ろうとしても、初心者のボクには「がんばれ」とか「そこだ!」くらいしか言えないのが、ちょっともどかしい。

 

「スネッ!」

 

やがて残り時間あと20秒ちょっとってところで、相手が出したスネ打ちが明菜ちゃんに当たってしまった。

ボクは思わずアッと言ってしまいそうになり、自分の口を手で隠した。

こっちの空気が一気に重くなるのが、ボクにもハッキリわかった。

 

それでも明菜ちゃんは諦めず、最後まで一生懸命に攻撃を繰り出していた。けれど、時間は残酷に過ぎて試合終了の笛が鳴る。

 

Bチームのみんなが整列し、礼をする姿を見ながら、ボクは胸の中で悔しさが広がるのを感じていた。

戻ってきた3人は、それぞれ精一杯戦い抜いた顔をしていたけれど、静かな悔しさも同時に伝わってくる。

 

荷物を置いてある場所に戻ると、ボクは初めての団体戦での敗北の重みを実感していた。

 

(そうか……試合、特に団体で負けるって、こういうことなんだ……)

 

悔し気な明菜ちゃんの横顔を見ながら、ボクは静かに拳を握りしめた。

 

 

 

 

その後もどんどんトーナメントは進み、ついにボクたちAチームの出番やってきた。

 

「ほら、祐希」

「…うん」

 

体の動きがぎこちないのが自分でもわかった。ボクは緊張している試合に出るわけでもないのに。

礼をしながらみんなをチラリと見る。美咲も恵子も愛ちゃんも、引き締まった顔。

ボクはどんな顔をしているんだろうか?緊張したドキドキ顔か、それとも青ざめた顔かもしれない。

 

だけど控えのボクは大将の愛ちゃんの隣だ。……愛ちゃんに情けないところはあんまり見せたくないな。

そう思ったら、少しは緊張が和らぐ気がした。なんとか挨拶をしてコートの反対側に戻ってこれた。

 

「さて、行くわよ」

「…うん、行ってくるね。祐希ちゃんによかとこば見せないと」

「美咲ちゃん頑張れ」

 

先鋒の美咲がすっと立ち上がった。いよいよ試合が始まる。

ボクは心臓がバクバクするのを感じながら、コートの中央へと視線と意識を集中させた。

だけど、ボクの緊張は意外とすぐ解けていった。なんでかっていうと、みんな強かったからだ。

美咲が鋭いスネ打ちを決めて一本勝ち。続く恵子は相手の隙を突いて小手を打ち、こちらも一本勝ち。

そして大将の愛ちゃんが、圧倒的な動きで面と小手を決めて、当然のように二本勝ちを収める。

 

「すごい、すごかよみんな!ストレート勝ちやもん!」

 

試合の後戻ってきた三人に、ボクは興奮して地元の言葉で話しかけた。

 

「ふふん、祐希ちゃん、あたしたちもやるもんでしょ?」

「美咲、あんまり調子乗るんじゃないわよ。アンタの相手4年生だったじゃない」

 

こうして話していると、いつもの二人だけど試合中の二人は本当にカッコよかった。

 

「ユウちゃんが見てる前で、恥ずかしい試合できないもんね」

 

愛ちゃんの笑顔が眩しい。このにこやかな、かわいい子があっさり二本勝ちした人と同じ人なんだから嘘みたい。

 

「……でも、すぐ準決勝があるけん、気を引き締めんといかんばい。相手は筑後B。全員6年だし、1回戦みたいにはいかんけんね」

 

「あなた達の実力は負けてないわ。いつも通りやれば勝てない相手ではない」

 

佐々木先生は一人一人の目を見てそう言ってくれた。

けど筑後なぎなたクラブのBチーム――恵子が「強敵」と言っていたチームだ。

 

その言葉を思い出して、ボクは少し不安げに愛ちゃんの顔を見た。

 

「……だいじょーぶ。F岡のもんに地元で、負けるわけにはいかんけん。ねぇ?」

 

突然どこか不慣れな九州弁で言った愛ちゃんの言葉に、ボクたち3人は思わず吹き出してしまう。

 

「……な、なんね愛理。急に九州弁使うし。しかもイントネーションが変やし!」

「……でも、愛ちゃんの言う通りばいね。馬津相手ならともかく、地元で筑後に負けたらいかんよ」

「そうそう!勝たんば!」

 

愛ちゃんが軽く言っただけなのに、ボクたちの気持ちは一気に切り替わった。

きっと、一番強い愛ちゃんが笑顔で言ってくれたからだろう。彼女の言葉には、不思議な説得力がある。

 

ボクたちはその勢いのまま、準決勝に向けて心を一つにする。

 

「勝たんば!」――その言葉が、ボクたちの掛け声のように響いていた。

 

その効果があったのか、筑後との試合はボクらの有利なペースで進んだ。

先鋒の美咲は何度か相手と接触する、大接戦だったけれど最終的には引き分け。 

 

 

中堅の恵子は逆に互いに激しく打ち合う展開で、防具以外のところも二人とも叩きまくっていた。

 

だけど最終的には恵子の面打ちが決まって一本勝ち。

帰ってきた恵子が小声で『アイツでたらめに打ってくっちゃもん!マジで痛かー!』って言っていた。

これで大将の愛ちゃんが引き分けてもボクらの勝ちだ……って思ってたけど愛ちゃんが引き分けを狙うなんてことはなかった。

 

ポイントが欲しくて、焦って出てきたところを狙いすましたようなスネ打ち。

さらに、後がなくなって少し攻撃が雑になったところで小手を打つ。

 

強敵と言われてた筑後Bに二勝一分で勝利。凄すぎて、ボクは逆にさっきみたいにはしゃぎ気味に喜ぶこともしなかった。

準決まで終わったから昼休みを挟む。だけど佐々木先生はお昼の前に、ボクら4人を集めると、ボクの方を見ながら真剣な表情で言った。

 

「……藤野さん、突然だけど試合に出られる?」

 

え?冗談ですよね。というボクの心の声は、口には出せなかった。

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