ボクの上段   作:発破六十四

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ボクらの夏休み

「えーっ!?愛ちゃんのパパの仕事ってS県の副知事なの!」

 

 土曜日のお昼。順位戦と稽古の後ボクらはお昼食べに駅前のモスドナルドに来ていた。

 ボクはチキンバーガーを頬張りながら話していたところ、愛ちゃんの突然の告白に全員が箸──いや、手を止めた。

 

「うん、そうだよ」

 

 愛ちゃんはイチゴ味のシェイクをストローでかき混ぜながら、どこか他人事のように続けた。

 

「今の県知事さんとパパ、W大学の同級生でね。親友で仲良しなの。それで、県知事さんが選挙に出るとき、パパに『頼む!一緒にやろう!』って何回もお願いしてきたんだって。まあ、パパも政治家になるのが夢だったらしいし、ちょうどよかったんじゃない?」

 

 そのあっけらかんとした説明に、場がしばらく静まり返った。

 

「……村田理一郎副知事」

 

 沈黙を破ったのは明日香。スマホを操作して県のホームページを見せてきた。

 

「載ってますね。ほら、この人。」

 

 画面には、スーツ姿で爽やかな笑顔を浮かべる男性の写真が映っていた。目元や雰囲気がどことなく愛ちゃんに似ている……ような、似ていないような。

 

「うわー、これ、めっちゃ盛ってる!」

 

 写真を見た瞬間、愛ちゃんは吹き出した。

 

「子どもたちが誇りを持てる県に!……だって。家だとね、ママに『理一郎さん、もっとちゃんとして!』って毎日怒られてるのに。こんなキリッとした顔するなんて!」

 

 自分のパパをクスクス笑いながら容赦なくいじる愛ちゃん。

 

 その笑い声につられて、ボクたちも思わず笑ってしまった。

 

「いや、でもすごいよね、愛理って実はお嬢様?」

 

「やめてよ恵子ちゃん!お嬢様なんて…気色のわるかー!」

 

 恵子の言葉に九州弁で返す愛ちゃん。

 

「パパだっていつも家じゃ普通のおじさんだからさ。副知事なんて言われてもあんまりピンとこないんだよね」

 

 愛ちゃんのそんな率直な言葉に、なんだかみんな肩の力が抜けた。

 

「そういや、県知事って言えば来年頭に選挙じゃない?」

 

 美咲がナゲットにソースをつけながら、思い出したように言う。

 選挙。学校の授業では習うけど、なんだかボクらにはどこか遠い言葉。

 

「………それってもしも、今の県知事さんが負けたら愛理ちゃんのパパも…?」

 

 唯がボソリと呟くように言って、一瞬テーブルの空気がピリついた気がした。

 確かに今の県知事さんと愛ちゃんのパパが親友なら、知事が変わったら……ボクの頭に嫌な想像が広がる。

 愛ちゃんのパパが副知事じゃなくなったら、愛ちゃんもここS県からまた引っ越しちゃうんだろうか?…………それはヤダな。ものすごくヤダ。

 

「唯、皆、大丈夫よ」

 

 沈黙を破ったのは明日香だった。自信たっぷりの声にみんなが彼女を見る。

 

「現県知事の支持率は5割をゆうに超えていますから、まず負けませんよ」

 

「へぇ、さすが優等生。詳しかね」

 

 恵子が感心したように明日香を見て、唯もほっとした表情を浮かべている。

 

「…ごめんなさい。心配して変な事言っちゃって」

 

 唯が申し訳なさそうに俯くと、愛ちゃんはすぐにフォローする。

 

 

「ううん、良いんだよ唯ちゃん。それより1年生みんな、全国メンバーになれなかったね。あー、悔しいなぁ」

 

 本当に悔しそうに言って愛ちゃんはポテトを口に放り込んだ。

 確かに全国大会出場メンバーは控えも含めて順位戦上位4名で、1位から4位までみんな3年生だ。

 

「…よく言うばい。愛理、アンタ3年生の先輩たち以外には全勝やけんね?平井先輩たちはそのうち引退だから、アンタがクラブ最強って事になるとよ?」

 

 恵子が愛ちゃんに視線を送る。

 

「そんなの分かんないよ。恵子ちゃんや、美鈴先輩だって強いし……ユウちゃんだっているしね」

 

 愛ちゃんがボクの方を見た。また意味ありげな目つき。

 『今日の試合は良かったよ。これからも期待してるよ?ライバルさん』とでも言いたいんだろうか。

 ……なんだかボク、あんまり得意じゃなかった人気持ちを察するのが上手くなってきたような気もする。

 

「んー、でも本当祐希ちゃんのやる気凄いよね。順位戦も11位だったけど、全部良い試合だったんじゃない?」

 

「あっ、美咲もそう思う?祐希って一回ハマると、とことんハマるタイプだったみたいで、もう最近薙刀の事しか頭になか…は言い過ぎだけど、本当頑張ってると思うわ。学校の昼休みもよく自主練してるし…佐々木先生も褒めてた」

 

「……えっ、先生が?」

 

 思わず声が漏れた。ボクは直接言われた事はないけど。

 

「ふふ〜ん、みんな遅いなぁ。私は最初からユウちゃんがとっても頑張れる人って分かってたよ?」

 

 愛ちゃんがポテト片手に得意げに言う。

 

「何それ、後出しじゃんけんみたいな言い方」

 

 美咲があきれたようにツッコむと、愛ちゃんは「だって本当だもん!」と口をとがらせた。

 

 ボクはそう言われてなんだか嬉しかった。

 

 

 だって「強い人」って言われると、どこかくすぐったくて、少し恥ずかしい気持ちになる。

 でも、「頑張れる人」って言われると、素直に嬉しい。誰かがボクの努力をちゃんと見てくれているんだって思えるから。

 

「……ま、祐希や明日香や唯に追い抜かれんごと、愛理に追いつけるごと頑張らんばね。そしたら私ら強くなるさ」

 

 恵子がまとめてくれる。その一言で、ボクたちのテーブルにどこかふわっと明るい空気が流れた気がした。

 やっぱりボクらの世代のキャプテンは恵子しかいないと確信する。

 

 

 

 

 

 なんだか薙刀ばっかりやってたような一学期が終わって毎日暑い日々と夏休みがやってきた。

 こないだ、平井先輩たちの全国大会が終わったと聞いた。結果は団体戦で2回戦突破、個人戦では大友先輩が3回戦まで進んだらしい。

 ボクたち1年生は応援に行けなかったけれど、あんなに強い先輩たちですら思うように勝てないなんて。全国って、本当に次元が違うんだなと実感した。

 

 全国大会が終わると、恒例の代替わりがあった。といってもみんな中央高校薙刀部志望だから、普通に割と稽古に顔を出してくれるんだけど。

 新キャプテンに選ばれたのは面倒見のいい川井先輩。納得の人選だ。

 そして、毎年1年生から選ばれる副キャプテンは恵子になった。これも、かなり妥当だと思う。やっぱり恵子なら間違いない。

 

「副ってつくから、ウチのパパとおんなじだね、恵子ちゃん」

「副知事とクラブの副キャプテンば一緒にせんで!」

 

 そんな会話が、ボクたち1年のRINEグループで飛び交っていたのを思い出して、つい笑ってしまう。

 いつものように軽口を叩きながらも、みんなそれぞれ心の中に小さなやる気を灯していた気がする。夏休み、これからどうなるんだろう。楽しみだ。

 

 

 

 

「うえっ………くっさぁ…!」

 

 その夏休みの稽古中、自分の面をじっと睨んでいた唯が、耐えきれないような顔をして叫んだ。

 

 剣道や薙刀をやっている人なら、きっと共感してくれるだろう。この時期の汗が染み込んだ防具の臭いは、とにかくすごい。

 

 しかも、ボクたち初心者トリオの防具は新品のはずなのに、もうすでに強烈な臭いを放っているのだから驚きだ。

 

「この時期、臭い臭い言ってても仕方ないわよ」

 

 恵子が冷静に言うけど、しっかり鼻をつまんでいるところが説得力がない。

 

「まあ、そういうところも最近、薙刀や剣道があんまり人気ない理由かもね。男子剣道部の部室とか、かなりヤバいって聞くし」

 

 川井先輩が苦笑しながら言った。その言葉にみんな苦笑いを浮かべる。

 

「そういえば、川井先輩。今年も再来週あたり、クラブの中学生の合宿があるんですか?」

 

 恵子が川井先輩に話題を振った。その瞬間、少し空気が引き締まる。先輩たちが去年の合宿について話していたのを思い出した。

 キツさもあったけど、充実した時間だったと聞いたから、なんだかボクも気になってしまう。

 

「うん、毎年恒例でね。今年も隣のF県F市にあるI島ってところで、2泊3日の合宿を予定してるわ。まあ、来られる人だけでいいからね。後で参加不参加の紙を配るから、確認しておいて」

 

 川井先輩がそう言いながらみんなを見渡す。合宿か……うん、ボクも頑張ってみようかな。大変だろうけど、きっといい経験になるはず。

 

「でも愛ちゃん、確か再来週は東北に行くんじゃなかったっけ?」

 

 美咲が思い出したように聞くと、愛ちゃんは残念そうな顔をした。

 

「うん、おじいちゃん家にね。行くのは楽しみなんだけど……合宿にも行きたかったなぁ」

 

 美咲の問いかけに愛ちゃんは頬を膨らませて不満そうに答えた。

 ……そっか愛ちゃん来れないんだ。ボクはなんだか少しだけやる気がなくなる気がした。

 思えばボクが薙刀を始めてから大体いつも、愛ちゃんは近くにいたんだ。

 

 なんだか合宿も愛ちゃんがいないと物足りないかも。なんて思いながら飲み物を含む。

 

「なんね祐希、その白けた顔は?まさか愛ちゃんこんけん、やる気出らん〜とか言わんでしょうね?」

 

 恵子の指摘にボクは飲んでたスポーツドリンクを吹き出しそうになった。

 も……もう!鋭すぎるよ。多分もしもボクに彼氏ができても、恵子はすぐに分かっちゃうんだろうな。

 それぐらい人の気持ちを見抜くのが上手いし、他人を良く見ている。

 

 あるいは幼馴染でいつも一緒だったボクは特にわかりやすいのかもしれない。

 

「えほっ……けほっ…へ、変な事言わんでよ恵子!誰が来るとか来ないとかで、やる気が出ないとかないから!むしろ愛ちゃんが来られないなら、その間合宿で強くなってびっくりさせるから!」

 

 ボクは気持ちを見透かされた恥ずかしさを書くすように、半ばヤケクソ気味な事を言った。でもこれもボクの正直な本音だ。

 

「へー……よう言ったね。副キャプテンとして、楽しみにしとくけん」

「うーん、やっぱりユウちゃんはすごいなぁ…おじいちゃん家行く日変えられないかな?」

 

 面白がってる感じの恵子と、感心してくれてる愛ちゃん。あーもう恥ずかしい。

 しかし、愛ちゃんの来ない合宿。いったいどうなるんだろう?けど、ああ言ったからには精一杯、頑張るしかない。少しでも愛ちゃんに近づくためにも。

 

 

 ボクは期待と不安が混じった気持ちで、すごいにおいの小手を取った。この臭さがなんだかボクに気合いを入れてくれる気がした。

 

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