「ラルト早く!走って!」
「ちょ、ちょっとまってルナリさん…僕、さっき走ったばっかりっ…」
心臓破り終盤、後輩悪魔のルナリとラルトは先輩の魁雅、サブノックを運んでいた。
魁雅はアトリに敗れかなりの重症だが、バラムの魔術による適切な応急処置を受けた結果、ルナリに運ばれ揺さぶられながらも、気持ちよく眠っている。
ラルトは”
「あのぅ…私達が、代わりに持ちましょうか…?」
「あなた達、私達が来るより前にアトリと戦ってたでしょ?きっと疲れてるだろうし、大丈夫よ」
「正直…変わってほしい、けどっ…僕、今回何もしてないし…」
そして、ルナリとラルトの後ろには、サブノック率いる後輩悪魔、ロン・ロンとプル・プコがいた。
ルナリ達の今目指すべき場所は、バビルス校舎内の医務室。いくら試験級の教師でも、ここまで重症の魁雅、そして焦っているルナリ達を見れば、話しを聞いてくれてすぐに治療を施してくれる。そんな希望を持ちながら、4人は走っている。
「もー!あなたはなんでそんな体力が少ないの!?男でしょ!」
「だからさっき走ったばっかりなんだって…逆になんでルナリさんはそんな疲れてないの…?」
「原動力があるからよ!何かを守りたいと思えてるから、こんなに頑張れるの!」
「ルナリさんってそんなキャラだったっけ……」
ラルトは知らないが、ルナリは上の戦いで数多くのことを魁雅から学び、成長した。その分性格が魁雅から影響しているところもあるのか。
前のルナリだったら、原動力だの守りたいだのそんなことを考えず、自分の欲に引くほど忠実で、周りのことなど何も見えていなかっただろう。これはれっきとした成長だ。…だが、ルナリの難のある性格は、如何せん治ってないようで。ラルトには強く当たるし、すぐ怒る。こればかりは、魁雅とのお約束を守ることが出来てなかった。
ちなみに、本人はもうとっくにそんな約束のことを、忘れていた。
「あ、ほら!着いたわよ医務室!すみませーん!誰かいませんかー?」
「はーい……って、凄い傷!えっ、何があったの!?」
「はぁっ…ひぃっ………い、いいから早く、寝かせてあげてくださいぃ…」
「そ、そうね。その二人はこちらで治療するわ。あなた達も、よく連れてきてくれたわね。そこで待ってなさい、すぐに終わらせるから」
医務室にいた女性教師は、慣れた手つきで魁雅とサブノックを運び、ベッドに寝かせた。ベッドの周りは瞬時にカーテンで囲まれ、別室から出てきた教師たちによる治療が始まった。
魁雅とサブノックはそれぞれ別々の場所で治療され、ロンとプコはすぐさまサブノックのベッドの方向へと向かった。何やらパパとサブノックを呼んでいた気がしたが、それの真相はルナリとラルトには理解できなかった。
「―――はぁぁぁぁ。疲れたぁ…」
「やっぱり、ルナリさんも疲れてたんだ」
ルナリが溜まった息を全て出し、その場に膝から座り込む。相当お疲れのようだ。
「当たり前でしょ。あなたが頑張ってる間、こっちでも色々あったんだし」
「…ルナリさん」
「何よ、文句でもあんの」
「ありがとう、カイガ先輩を守ってくれて。僕があちこち走り回ってる間に…ルナリさんは、すっごく頑張ってくれてたんだ」
見よ、このルナリとは遠くかけ離れた純粋な心を。どれだけルナリにボロクソ言われようとも、感謝を伝える。自分だって頑張っていたのに、口から出る言葉は相手への感謝のみ。
こんな二人が試験で組まされたのも、あの陰湿教師の目論見なのか。
「――あ、当たり前でしょ。私だって後輩なんだし。…あなたこそ、先生を連れてきてくれて……ありがと」
「…ふふっ」
普段二人は目を合わせて話せるぐらいの身長差だったが、ルナリが顔を赤らめ座り込んでいる今、ラルトが上から見下ろす形となっていた。これにはラルトも、少し珍しく面白かったようで、つい笑いが口から漏れてしまった。
「何笑ってんのよ。…というか、なんでラルトは先生を見つけれたの?」
「なんでって…どういうこと?」
「実は私達、アトリに存在を認識させない魔術をかけられてたのよ。だから、どれだけカイガが戦っても、ラルトが走っても、先生には見つけてもらえるはずがなかったのよ」
今はもう思い出のように語っているが、これはついさっきの出来事だ。確かに、アトリの言っていたことが本当なら、もう誰にも見つけてもらえず、ラルトだってそれに気づかず走り回っていたはずだ。
なのに、もう終わりだと思ったその瞬間から、何故かバラムに存在に気づいてもらった。流石のバラムでも、ここまで高度な魔術に干渉するのは難しい。
「へぇ、そんなことが……確かに、僕が声を出しながら先生を探しても、誰にも見つけてもらえなかったのに…あの大きい衝撃が走ってから、すぐバラム先生に見つけてもらったんだ。何か魔術が解けるきっかけでもあったのかな…」
「衝撃…………あっ、待って」
久しぶりに頭を回転させ、ルナリが一つの考察にたどり着いた。
「本当にただの憶測なんだけど、多分カイガが発した衝撃で、魔術が解除されたんじゃない?」
「あれってカイガ先輩の衝撃だったんだ?」
「うん。カイガがなんか凄い魔力を集めだして…ってそこじゃない」
「それも一理あると思うんだけど…誰かに直接干渉する魔術って、ちょっとやそっとじゃ解除されないんじゃないかな」
ルナリ達にかかっていた魔術は、存在の認識をさせない魔術。それが一人一人に、それも正確に魔術が使われていたなら、ラルトの言うことが正しいだろう。だが、
「それなんだけど……アトリの魔術は、私達一人一人にかけられたものじゃないと思うのよ」
「――もしかして、範囲内の悪魔に適応される魔術…とか?」
「私はそう考えてるわ。それで、もし範囲内の悪魔にしか適応されないんだったら、きっとその魔術の発生源があったと思うの」
今のルナリとラルトの考察はこうだ。アトリは、そこに居た悪魔一人一人に魔術をかけていたわけではない、どこか特定の場所から魔術の領域を広げていた。ここまでの高度な魔術を作るのは現実的では無い、という
「要するに、屋上のどこかから発していた魔術は、カイガの攻撃による衝撃で壊れて、私達にかかっていた魔術が解けた…ってことだと思わない?」
「確かに…ルナリさんにしては良い考察かも」
「でしょ?私にしてはうまく…………ってどういう意味よあなた!」
ラルトもだいぶ、ルナリの扱い方にも慣れてきたようだ。
「ちょっと、医務室ではなるべく静かにしなさいね」
なんの前触れもなくベッドのカーテンが開いた。二人は少し驚き、声も収まった。
「カイガくんとサブノックくんの治療は終わったわ。二人とも安静にしていたら大丈夫だけど…カイガ君が…」
「カイガ先輩に…何があったんですか?」
医務室の教師が、少し冷静で、だが内心は焦っているような、そんな表情で話し始めた。
「彼がお腹に打ち込まれた傷なんだけど、あれが完全に治りきらなかったの。別に傷口が開くとかそういうわけではないんだけど…古傷として、跡がずっと残ってしまうの」
「あの傷って…まさか」
アトリとの戦闘中、魁雅がルナリを庇うために出来た傷。あの時の魁雅は、攻撃を受ける準備など何もしていなかった。ただ守ることに必死だったから。そのため、腹に深い穴が開いてしまい、それが完璧には治せなかった。
その時現場に居て、その光景を直に見たルナリにとって、その現実は自分の心を締め付けるようなものだった。
そして、そんなルナリにもう一つ、辛い現実がのしかかる。
「それと、彼の右腕に…なんというか、見たことのない現象が起きているのよ」
その報告で心配になったルナリとラルトは、教師に眠っている魁雅の右腕を見せてもらった。
「黒く…変色してる」
「そうなの。こればかりは私達だけじゃ分からないし、カイガ君が目覚めないと、腕に何が起こっているのか分からないから……カイガ君が起きたら、また聞いてみることにするわ」
「…そう、ですか」
「――私が、あの時馬鹿みたいなことしなければ……カイガの傷は、まだ少なかったのに…」
ルナリの目から、涙が一粒、二粒と頬を辿りこぼれ落ちていく
「別に、ルナリさんのせいじゃないよ。それに。ここで自分を責めても、カイガ先輩の傷は治らないし、カイガ先輩も嬉しくないでしょ」
「ラルト君の言う通りよ。ルナリさん、あなたとカイガ君がどんな戦いをしてたか、私には分からないけど、彼はあなたを守るためにした行動だったんでしょ?だったら、迷わずその好意を受け取りなさい。それが、彼にとっての本望でしょ?」
「…うん」
この後、またもやルナリが涙を流すことになるとは、この場の誰も予想してなかった。
ラルトの性格のほうが一番泣きそうで、感情のコントロールが出来なさそうだが……これでも男、意外と逞しいところはあるのだろう。先程の戦闘時の情けない姿まで補填できるとか言われたら、少し怪しいところだが。
「とにかく四人とも、よく頑張ってくれたわ。後は試験が終わるまで、先輩の側にいてあげなさい」
病人先輩二人をそれぞれ別のベッドに移し、それぞれの後輩は先輩の隣に椅子で座り込んだ。
「…カイガ、気持ちよさそうに寝てるわね」
「そりゃあ、僕たちを守るために戦ってくれたんだし、相当疲れが溜まってたんだよ」
さっきまではあんなにかっこよく、頼もしく守ってくれていた存在が、今はこうして”平和”としか言えないような表情で寝ている。全く、誰に似たんだか。
「…こういう時、カイガになんて言えば良いのかな」
「こういう時?なんだかルナリさんらしくない発言だね」
「うるさいわねさっきから。――私達って、カイガに命を救われたわけだけど…今伝えるべき言葉って、本当に感謝で良いのかな、って思って…」
「…えっ?」
先ほど教師に慰められたばっかりのルナリだが、それでもまだ、心には引っかかっているものがあるらしい。
今の魁雅は、本当にただの感謝で済むような体なのか。逆に自分からの感謝の言葉が、魁雅にとっては不快に聞こえてしまうのではないか。
自分は今、魁雅に顔を合わせても良いのか。
「…ねぇラルト、あなたはどう思「ルナリさんのばーーーか!!!」えぇ!?」
ラルトの口からは、そんなくだらない考えを一発で壊す発言が飛んできた。
「ルナリさんのばか!!ばかばかばかばーか!!!!」
「ちょっ、何よいきなり!流石に私そこまでバカじゃ「いや!ルナリさんはバカ!僕なんかよりもずっっとバカ!」何なのよホントに!」
初めて目にする、ラルトの罵詈雑言Level1。ルナリは現状を読み込めず、ラルトに反論する余裕すらない。ラルトはその場で立ち上がり、ルナリを指さす。
「カイガ先輩は、僕たちを守るために必死に戦ってくれたんだよ!なのに感謝の言葉を掛けないほうが良いがいいとか…そんなことないに決まってるでしょ!」
「っ…だって!私のせいでこんなに怪我して、先生ですらどうすればいいか分からない状況なのよ!カイガは絶対…私を、恨んでる…」
「…もー!ルナリさんは全然分かってない!」
ラルトが自分の水色の髪をわしゃわしゃ触り、癇癪を起こす。
「さっき先生も言ってたでしょ?好意は受け取りなさいって!カイガ先輩はルナリさんに怪我をしてほしくなくて守ってくれたのに、感謝が無いとかふざけてる!」
「…だけど「だけどじゃない!何かをされて感謝をするのは生き物の基本なの!相手がどう思ってようと自分がどう感じてようとも、”感謝”は一番単純で、一番嬉しい言葉なんだから!」
場が一気に静まり返る。
ラルトもやっと興奮が冷めたようで、椅子に座り込み呼吸を整える。ラルト自身も、自分らしくなかったなと思い返し、少し頬を赤らめる。
「――”ありがとう”って言葉は、ただお礼を伝えるだけの言葉じゃないよ。相手がやりきったって感じるためには、その言葉がないといけないんだ。だって、僕もルナリさんに”ありがとう”って言われる前は正直、自分は何も出来なかったって思ってたし」
「そう、なの。ごめんなさい。私…」
「僕に謝るよりも……ふわぁあ……カイガ先輩にお礼を言って…あげて…」
先程から妙にまぶたをピクピクさせ、目を細めていたラルトだが、ついに我慢の限界か。疲労困憊の末、一つあくびが口から出てしまった。
まぁ、無理もない。先の戦闘から時間は1時間も経っていないのだから。
「え、ちょっと、あなたも寝ちゃうの?カイガが起きるまで待たないの?」
「ごめん、もう限界……ルナリさんも…寝ちゃえば?カイガ先輩も、まだ起きないんだし…」
「…いや、私は寝ないわよ!カイガが起きるまで待つもん!」
「そう……じゃ、ごめん……僕はもう、寝……る……すぅ」
落ちたな。
完全に目を閉じ眠りについたラルトを見て、ルナリは心の中でそう思った。
「……」
今この場は、自分以外全員寝てしまっているとっても静かな状態。少しでも音を立てると、全て崩れてしまいそうなほど。自分一つ一つの行動の音が、全部強調されている。
「…ねぇ、カイガ。あなたは…どう思ってる?」
周りの悪魔、そして魁雅を起こさないように、独り言のように話しかける。
「正直…まだ、私は不安。あなたが私をどう思ってるか……もしかしたら、やっぱり恨んでるんじゃないかって、ちょっと考えちゃうの」
先程のラルトの発言、心に刺さっていないわけではない。むしろ、自分は間違っていたと、考え直すことが出来たほど、ラルトの言葉はルナリの心を動かしていた。
だけど。周りの音がなくなり、魁雅の顔をよく見るたびに、前の自分が浮かんできてしまう。
「今の私に、あなたは私を恨んでないって決めることは出来ない。だけど…そうだとしても、たとえあなたが、私をどれだけ恨んでいようと、
だが決して、ラルトの言葉は無駄じゃなかった。
ルナリを馬鹿と罵ったあのめちゃくちゃな発言で、ルナリは確実に、変わっていた。カイガの見てないところで、後輩たちは、魁雅の思うように成長していた。
「…私達を助けてくれて、ありがとう。カイガ先輩」
魁雅が少し、へにゃっと笑った気がした。
〜試験終了後〜
「カイガ先輩!ご飯食べに行きましょ!僕たちのおごりで!」
「おっマジで!?いこいこ!ルナリも早く!奢ってくれんだろ?」
「ちょっあなた、後輩に奢ってもらうってのに、先輩のプライドってもんはないの!?」
「ない!」
その後二人は、魁雅に改めて礼を伝えることが出来ましたとさ。めでたしめでたし。