「そこのあなた、すぐ近くに宿があるというのになぜそこで店広げようとしているの?」
「え・・・あなたは?」
「私はこの宿を営んでいるの。あなたは旅人でしょ?遠慮せずに泊っていけばいいわ。」
これは助かった。向こうから話しかけてくれるとは。それにしてもこの国の宿は分かりにくい。というのもおそらくすべて有字だからであろう・・・。それにしても話しかけられてしまった。これは応じてもいいのだろうか?なにより、この宿に泊まれるほどの金を私は持っているのだろうか・・・
「あ、今私は宿に泊まるほどの金がないのだが・・・」
「料金なんて後から払えばなんとでもなるわ」
「おお、なんとありがたい。」
「ふん、なんて調子のいいのかしらね」
「いや、私の故郷ではそんなことはありえない。あなたは非常に慈悲深き人だ」
「あら、よほどつらいのね、あなたの故郷は。まあいいわ、とりあえずあがりなさい。」
「どうもありがとう」
その女性に招かれるがままに建物の中に入る。普通の木造であった。
「えーっと、ここがあなたの部屋ね。はい鍵」
その女性が部屋の名前が書かれた地図のようなものを持って言う。
「あ、どうも」
「夕飯はどうする?」
「あ、是非。」
「そこは遠慮しないのね。」
「駄目だったか?」
「いや、別にいいけれども。7時ごろにはできているからそのころに呼ぶわ。部屋でゆっくりしてて。」
食事は女将の手作りか・・・古風な雰囲気が漂っているな。とりあえず部屋へ行こう。
部屋へは階段で二階に上がる必要があった。ぎしぎしと独特の木がこすれあう音がする。こんなのもあそこではまず聞かない。
部屋に入り、地べたに座る。そのまま寝てしまいそうだったが何とか起きた。
そして女将が言っていた時間に近づく。そろそろ食堂に行ってみようかな。
「あら、来たわね。」
「いや、もうそろそろかと思って」
「食事に関しては妥協しないのね。」
「ああ、まあ・・・」
「まあいいわ、食べて。」
メニューは魚を中心としたもののようだ。それに米、スープもある。ラネーメ人が食いそうなメニューであった。
しばらく食べていると女将が尋ねてきた。
「そういえば、あなた名前は?」
少々驚いた。どうしよう、ここでアロアイェーレームを名乗ればかなり怪しまれる。ここはユーゴック語教室時代に付けてもらったユーゴック名を名乗るか・・・
「ガルタ=ツラエルトゥロムだ。」
ガルタ(Garta)は「炎」の意味。男性名では使われやすい単語の一つ。ツラエルトゥロム(Tsuraertrom)は直訳すると「四万本の道」になり、ネステルに多い庶民的な名字。庶民的とはいえ珍しい部類に入る。いずれもそんなに突飛した名前ではない。系統的にはファイクレオネ人との混血であるSazasyimi姓やその分家と言われるRantein姓がいいんだろうが、それは自分が異邦人であると断言したようなものである。かといって王国人であることを主張してIzartaSyiinaria姓とかKariiphaTeriin姓とかにするとそれはそれで怪しまれる。なのでその中間ともいえるTsuraertrom姓は自分みたいな立場の人間が名乗るのにちょうどいいかと考えた。
やはり、予想通りの反応を得られた。
「へー、向こうの出身なのね。めずらしいわ。この辺ではあまり見ないわね。」
「そうなのか・・・あなたは?」
「私はタースマング=スカスラルカスっていうの。」
「タースマングか・・・」
「あら下の名前で呼ぶなんて、ずいぶんと馴れ馴れしいじゃない。」
「そうなのか?」
文化が違うのだろうか?まあいい。
スカスラルカスといえば南スケニウにはよくいる名字だ。直訳すると「南西」。ようするに南西さんということになる。
氏はともかく、、なんとすばらしい名であろうか。タースマングときたもんだ。つまり美しい子というかなんというか、そういう直訳になる。
「タースマング、美しい女性なんだな。」
「ふふ、あのあたりにはそういう親バカな名前が多いわよ?」
「なるほど、面白い」
「ごちそうさまでした。」
「はい、お粗末さまでした。」
「すみませんね、迷惑かけて。」
「なに、仕事よ。」
「では部屋に戻りますね。」
「ええ、どうぞ。ちなみにそこの廊下真っ直ぐ行けばお風呂あるから、よければどうぞ。」
「ありがとう」
とりあえず部屋に戻る。
ちょっと興奮に駆られた私はその辺のタンスを開けてみた。布団が一式収納されていた。やはりか。
ふと、風呂の話を思い出す。連邦では水につかるなんてことしないのにな、と文化の違いを感じつつ着替えを持って風呂場へ行く。
途中でタースマングが通りかかった。
「お風呂入る気になったかしら?」
「ああ、不潔はよくないからね。」
服を脱ぎ、浴槽につかる。風呂に入るなんてネステルにいた時以来だ。
そして上がって体を洗う。普通のせっけんだ。
そしてあがる。服を着て廊下に出るとタースマングが立っていた。
「ん?タースマング、どうしたんだ?」
「あ、ガルタ・・・」
タースマングが少々焦っているように見える。するとすぐに持ち直していつも通りの笑顔で。
「なんでもないわ、最近風呂場の火の調子が悪くて心配だったのよ。」
そうか、今でこそウェールフープの渡来によってガス技術が伝わったとはいえやはりこういう辺境にはまだ行き届いていないのか。普及させるにはまだまだ時間がかかるな。だからこういうところでは水を温めるのに火を起こしているのか。
と、自己解釈をする。
かるくあいさつを交わして部屋に戻る。時計を見ると9時であった。まだ寝るには早い。しかたないので、暇つぶし用に持ってきた小説でも読み進める。もちろん布団の上で・・・
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気が付くと朝になっており、本が私の顔の上に乗っかっていた。
「寝てしまったか。」
布団を片づけて荷物を整理して、部屋を出る。そしてタースマングに礼を言う。
「あなたとはなにか縁があったみたいね。じゃあ、さようなら。もしかしたらどこかで会えるかもしれないわ。」
「また会えるといいね。それじゃあ、ありがとう。」