carry on
降りしきる雨の中、父は私を連れて聖なる場所を訪れた・・・
そこは、これまでに何度か訪れたことのある場所。
記憶にあるその場所は、綺麗に切り揃えられた芝生を暖かい陽気が照らしていたのを鮮明に覚えている。
・・・人名が刻まれた石がいくつも立ち並ぶ・・・聖なる場所。
・・・死者の魂が眠る場所へと。
雨が地面を叩く音。いつもとは違い、冷たくどんよりと重々しい空気が少女の小さい体を包んでいるようだった。
私にだけ傘を持たせ自らは濡れながら黙々と歩く父の横顔は、私がこれまでに見たこともない程に険しい。
私が幼いころに病に倒れた母。
その横に新たに立てられた墓石の前に立ち、父は「すまない」とだけ言葉を漏らした。
・・・優しかった兄。
国を守っている父の姿に憧れて、彼の背中を追うように軍に入隊した兄の名前がその石に刻まれている事に気づき、私は茫然と傘を取り落とした。
幼い私でも、その意味を理解している。
家族が喪われたということ・・・もう、二度と兄の姿を見る事も叶わないという事を・・・
私は父の手を握りしめて聞いた
「戦争があったの?」と
応えは無い。ただ、耐えるように真っすぐと目の前の石を見つめる父。
それは、これまでに幾度となくあった。
「機密上、答える事が出来ないからだよ」と笑いながら教えてくれた兄、少しバツが悪そうに頬を掻く父の在りし日の景色が思い浮かぶ。
・・・つまりそういう事なのだ。
世界は血を流していた。誰しもがそれに気づいていなかっただけ。
平和な世界での戦死・・・それは誰のための闘いだったのだろう?
国の為?友の為?家族の為の闘いだったのだろうか?
被害者面して他国の地を我が物顔で歩く難民の為か?
平等の意味を履き違え、他者へ強要を求めるレイシスト共か?
己の利益のために兵士を死地に送り込み、不都合が生じると容易く切り捨てる国家の為だろうか?
──何故、兄が犠牲にならなければならない?───
兄は勇敢に闘ったのだろう…
国家の為…護る必要の無い糞共の利益の為に...
─何故、私達が血を流さなければならない?─
与えられることの無い世界で、いくら助けを求めても私達を救ってくれる者などいたためしもないのに。
縋るものが欲しい…だけど…
もう、神も王も信じられない・・・
きっと幼い頃の私も同じ結論に辿り着いたのだろう・・・
だから、かつての私も静かに父へ尋ねた・・・
「今、この世界を支配しているのは誰?」
「
「部隊は壊滅。敵に包囲されています・・・救援をお願いします!」
「持ちこたえろ!必ず迎えに行く」
この世界で最も強く平和を望んでいるは誰だか分かるか?
「早くヘリを向かわせろ!」
「許可されていません。越境行為になります」
戦場で戦っている兵士たちだよ
「我々は・・・見捨てられたのですね・・・」
私は最善を尽くしてきたつもりだった・・・
「会員議員、及び軍評議会の皆さん。私は厳重に抗議します」
人は理不尽な死に直面すると、自身の死に意味を求めてしまう。
『国の為』『家族の為』『恋人の為』『子供達の為』
部下、戦友、そして戦死した息子・・・砕け散った皆の思いを拾い集めて戦場を渡り歩いてきた
だが、私の言葉は何一つ聞き入れてはくれなかった・・・
残された唯一の矜持さえも彼らは容易く踏みつぶそうとする・・・
「断じて許せない」
止まない雨。
息子の墓石に額を当て、静かに泣き崩れる娘の姿
隣の墓・・・妻の眠る場所へ跪き、話しかけるように囁く。
「君に会えなくて寂しいよ。やらなければならないことがある。君が居た頃には出来なかった事だ・・・」
男の家族は娘だけとなってしまった。今から行う事の重大さを考えると、その娘の安全すら保障する事も叶わない。
「アリシアは信頼のおける人へ預けようと思う・・・君に似て賢く美しい子だ。私と共に過ごすよりか遥かに安全だろう」
「どうか軽蔑しないで欲しい・・・」
これから行う行為を・・・
残された唯一の家族を突き離すことを・・・
男の懺悔のような囁きは誰の耳にも届く事無く雨音の中に溶けていった。