「まずは長く厳しい訓練を経て、試験をパスした諸君らに祝辞を述べよう。『おめでとう』そして…『地獄へようこそ』」
「諸君らの大半は空を自在に飛び回る戦闘機、『P-996 Lazer』やVTOL機の『Hydra』に憧れ空軍を希望した事だろう…だが、諸君らに乗ってもらうのは『バザード攻撃ヘリ』だ」
「いいか、この機体を用いて低空で殴り合うには1にも2にもクソ度胸だ!地上から撃ち上げられる曳光弾をクラッカー程度に感じなければ一人前とは言えん!」
この機体は攻撃ヘリ『FH-1 Hunter』の様に操縦席の周囲を装甲で固めている訳ではない。
潤滑油が損失しようとも、または23mmの砲弾が直撃しようとも最低30分間、飛行が可能という出鱈目なタフさは持ち合わせていない。
銃弾からパイロットを守る物は何もなく、
「お前達は何の為に産まれた!?」
『ーーーバザードに乗る為だ!』
「何の為にバザードに乗る!?」
『ーーー糞共を吹ッ飛ばす為だ!』
「バザードはなぜ飛ぶんだ!?」
『ーーーGECAL 50を運ぶためだ!』
「お前が敵にすべき事はなんだ!?」
『ーーー機首と同軸GECAL 50!』
「GECAL 50とは何だ!?」
『ーーー撃つまで撃たれ、撃った後には撃たれない!』
「バザードとは何だ!?」
『ーーーハンターよりも速く、レーザーよりも強い!そして、どれよりも安い!』
「音速機とは気合いが違うッ!!我等空軍攻撃機!機銃上等!ミサイル上等!被弾が怖くて空が飛べるか!!」
『我等空軍攻撃機!機銃上等!ミサイル上等!被弾が怖くて空が飛べるか!!』
「我等空軍攻撃機!機銃上等!ミサイル上等!被弾が怖くて空が飛べるか!!」
…申し訳程度の装甲で地上部隊の援護の為に対空砲火の前に躍り出る…故に、この機体に乗る者の覚悟は本物である必要がある。
ハンドルはステアリングとスロットルが一体となった物。
足元にはブレーキ。
ギアはオートマチックトランスミッションの様に速度に応じて自動変速が行われる。
限られた視界で障害物や随伴する歩兵を巻き込まない様に繊細な操縦を行うのは困難ではあるが、ただ前進するだけならば難しい作業とは言えない。
未だ煙幕装置から発生した濃霧が晴れない倉庫内から響く鼓動…それはジェット機が滑走路へと侵入し、離陸の為にブレーキを掛けたままエンジン出力を上げる音と酷似していた。
テープで固定され、スロットルが全開になったハンドル。
今にも飛び出しそうな高音を奏でるガスタービンの鼓動…
そして、これまで鋼の獣をこの場に留めていた、踏み込まれた
主力戦車【ライノ】。
60tの巨体は正に質量爆弾。一度、獣が動き始めれば進路上に設置されたその場凌ぎのバリケードなどなんの障害にも成らない。
本来ならば歩兵の脚となり盾となるアーマープレートが装着された
立て籠もっていた保管庫から姿を現した獣は、包囲を行っていた兵士達から一斉に攻撃を受ける。
しかし、全方位から放たれる5.56mm弾を一身に受けながらも獣は前進を止める事は無い。
AT-4から放たれる1発15万円の携帯式対戦車ロケット弾。
1発、2発と飛来する
「いくら現代戦で戦車の弱点が露呈しようとライノの中に居れば安全よ…少なくとも生身で外に出るよりかはね。勿論、戦車を破壊出来る兵器も存在する。だけど、今回は奇襲。慌てて現場へ駆けつけ状況確認、包囲を行った兵士達がソレ等を持ち合わせている可能性は低い」
弾頭を括り付けたFPV自爆ドローンによるトップアタック。爆発反応装甲を無力化するタンデム弾頭の誘導ミサイル。120mm滑腔砲から放たれる装弾筒付翼安定徹甲弾…それらは本来、兵器保管庫に保管されており常時携帯している兵士などいる訳も無い。…つまり、先程までライノが居座っていた場所に複数の対抗手段が保管されていたという事になる。
「それでも全く抵抗がないとは限らない。車両に入れっぱなしだったロケット弾、輸送機に入ったままの弾薬。それらをかき集めての抵抗くらいは予想できる。そして私達が占領、目標物の確保に手間取ればこの基地に保有している別のライノが駆けつけてくることになる」
鉄壁の防御を誇る戦車だが、同種が相手になると分が悪い。
だからこそライノによる包囲網が完成する前に撤退に移る必要があるとトワは言う。
「さて、肝心の撤退だけど、そのままライノに乗って逃げられれば一番良いのだけど何点か問題がある」
一つ目、とトワは人差し指を立てる。
「ライノの巡航速度は時速70km。60tの車体をその速度で動かしていると考えるとかなりの速度ではあるのだけど…」
戦車の速度としては高水準。だが、追手となるのは時速100kmを優に超えるパトリオットミルスペックやターミナス等の軽装甲高機動車。ライノへの致命打を与える事は出来なくても、それらの追跡を振り切って逃げのびる事は困難だ。
二つ目。
トワは更に指を立てる。
「燃費が悪い」
燃料タンクの容量は1912ℓだが、問題なのはその燃費の悪さ。
ハイブリットや電気自動車などのエコカーが普及し始めたこの時代に逆行するかのように…ライノの燃費は驚きの200m/ℓ。
小型でハイパワーな出力を生むガスタービンエンジンだがその性質上、停止・低速時にもエンジンは高回転を維持しておりアイドリング状態でも大量の燃料が消費される。
一日の作戦で3回の給油が必要になる事もあると言えば、どれ程大飯喰らいなのか分かりやすいだろう。
満タンの状態で航続距離は460km程。今回乗り込んだ車両の燃料が半分を切っている以上、長時間の作戦は不可能。
三つ目。これが最後だと言いながらトワは三本目の指を立てる。
「いくら鉄壁とはいえ、限度がある」
銃弾程度ならものともしない。脅威となるのはロケットやミサイルといった対戦車兵器。
それすらも防護システムによって阻まれる。
「トロフィーシステムは飛来物を感知し、脅威と認識した物に対して迎撃を行う」
センサーが脅威を感知。飛来物へ迎撃用散弾をばら撒き対象が到達前に打ち落とす。だが、それらのシステムも万能ではないのだ。
「最初の脅威を迎撃後、次のターゲットの迎撃に移行するまで0.5秒のラグがある」
従って複数の角度からの同時攻撃などは防護システムを抜けられる可能性がある。
「そして、迎撃用散弾はカートリッジ。弾を使い果たした場合、無防備になる」
その様な状況になってしまえば生存も危うい状況に陥る。
「つまり、戦車で逃走を行えば…逃げきる事は出来ない。そのまま身動きが取れなくなったならば包囲され袋叩きよ」
バリケードを突破し前進するライノ。
迎撃用カートリッジを使い果たした車体にロケット弾が突き刺さり、弾薬庫から盛大な火柱が上がった。
ブローオフパネルが吹き飛ぶが、弾薬庫と車内を隔てる隔壁によって乗員が作業を行う区画への被害は無い。
「装甲モジュール、劣化ウランの複合装甲。例え防護システムを抜けたとしても生半可な攻撃では撃破する事は出来ないし、兵士達もそれを理解してるからこそ沈黙するまで手を抜く事は無い」
その時間こそが唯一のチャンスよ。
煙幕の晴れない倉庫内。正面ゲートで暴走する無人のライノが注目を集める一方で、保管庫の側面では侵入時に出来た大穴から一台の軽装甲高機動車…パトリオット・ミルスペックが残骸を押しのけ離脱を図る。
戦車は初めから囮。だけど兵士達は他の事に気を取られる余裕はないし、暴走するライノを放置する訳にもいかない。
「基地の出入り口は北と南の2か所だけ。保管庫からは北側が近いけれど、其方はゲートを塞がれている可能性が高い。従って離脱は南側」
停車を求めるゲートの守衛。
その要請に応じる代わりに、ハンドルを握る少女はアクセルを踏み込んだ。
加速する車体。
敵と認定した守衛が発砲して、フロントの防弾ガラスに次々と白い弾痕を刻んでいく…
ゲートのバーを吹き飛ばし、強引に進む。
「南側は渓谷。基地と谷を跨ぐ巨大な鉄橋があるけれど、そこはチョークポイントになっていて閉鎖されやすい」
広くて強固な橋と言えども、トラックを横倒しにすれば橋自体を閉鎖出来る程度の広さでしかない。
軍用車両に備え付けられた無線からは、まるでハチの巣を突いたかのように騒がしい通信が流れ、橋の対岸からは基地へ戻るトラックの姿が見える。
…橋は使えない。
間違いなく道は封鎖される。無事に切り抜けたとしても、基地から見下ろす位置にある橋は見通しが良く
戦車砲の射程は3km。
ジャベリン対戦車誘導弾の射程は2km。
彼らが狙いやすい橋を抜けるまでの間、何もせずに見過ごすとは考えにくい。
ハンドルを切り、渓谷に沿って伸びる側道へ…凹凸の激しい未舗装の山道へと進路を変える。
衝突の際に乗員を守る為のエアバックは取り外され、代わりに到着されたのは車体の変形を防ぐ為のブッシュバンパーとアーマープレート。
オフロード車両の巨大なブロックタイヤ…乗り心地よりも車体の頑丈さを優先させた戦闘車両。
段差で跳ねる車体…助手席に乗せていたガス弾頭入りのバックが衝撃で宙に浮き、少女は『ヒュッ!』っと息をのむ。
『通信妨害エリアを抜けたみたいですね…班長さんお疲れ様です。弾頭は無事ですか?』
「無事ですよ。私が通信してるのが証拠です」
「確かにね」と納得するコナタ。
(本来の私の得意分野は潜入や聴覚、嗅覚を活用した追跡…)
軍の注意を引き付けている間に他のメンバーが作戦を完遂する。
激しい追撃、この先にある山肌と崖に挟まれた狭い悪路を重量のある車体で走破する…そして、助手席には衝撃厳禁な大量破壊兵器。
(よくよく考えたら私の専門外な役割でしたね…)と、かつてペコラが抱いた想いと全く同じ感情をアリシアも抱いていた。
墜落した飛行機の残骸を横切り山道へ。
『ガス弾が収納されている容器だけど、金属製で多少の衝撃も考慮されているみたい』
自身がどの様な兵器を持ち出してるかは理解している。
「今回、クライアントが盗み出すのはVXガス弾頭。陽動、本命と隊を分けて襲撃する事になる。重要なのは陽動で運び出す弾頭もダミーではないという事ね」
精巧なダミーなら騙す事は可能だろうが、限られた情報で本物と遜色の無いレプリカを作るのは不可能。
また、基地に侵入する際の持ち込みも困難なのだから…
「下手なレプリカを用意するよりは本物を持ち出した方が早い」
故にガス弾頭を2機、持ち出すことが決定した。
「問題なのが殺傷能力の高さ」
ガス弾はジェル状。
ピンポン玉程度の大きさのガラスの容器に封入されている。
揮発性が高く、容器が破損すればたちまち大気中に拡散される。
「ガスを吸い込んだり、少しでも皮膚に付着すれば、たちまち全身を痙攣が襲い、皮膚の焼けるような痛み、背骨は溶融し粉砕、内臓を吐き出す事になる。水では洗い流せず、防護服でさえも完全に防げない」
「アリシア、貴女にしか頼めない任務よ」と少女に告げるルイに向かってアリシアは静かに頷いた。
「…容器は密封されていますし、今のところは安全です。中を開けて確かめようとは思いませんが…正直なところ、この依頼を受けたことを後悔しています」
亜人だって死ぬときは死ぬ。
助手席に静かに鎮座するソレがいい例だ。
『状況が更新されたよ。良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?』
速度を緩めずに渓谷を走る軍用車両。
ミラーには追跡者の影は映っておらずイヤーマフを外し、周囲の音に耳を澄ませるが
(陸地からの追跡は振り切ったか)
アリシアも状況を確認し、「いいニュースからお願いします」と言う。
『作戦は順調。本隊も基地を脱出して護衛と合流したよ。お姉ちゃんとボスも攻撃地点に到着。予定通り作戦を続行するよ』
少女は「それは良かったですね」と言う一方で『悪いニュース』を引き当てたのは自分の方なのだと悟った。
速度を出す事が難しい酷道。
左手には聳え立つ岩肌、右手に切り立った崖と下方を流れる川の濁流の音…この道に逃げ場はない。
背後からは大気を叩くブレードの音。
「でも、航空機による追跡は予定通りだったのでは?」
車両がいくら速度を出したところでヘリは時速250kmで飛行する。
振り切る事は不可能。追いつかれることは想定内だったはず…と首を傾げる少女。
『言いにくいんだけど…基地の被害確認に手間取っていて何が奪われたのか把握できていないみたい』
「はぁ!?」
背後から迫っていたヘリ特有のブレードスラップ音はいつの間にか車両と並走するように渓谷から響いていた。
「それって…つまり…この車が何を積んでいるのか把握していないって事ですか!?」
『そう!!』
『班長さん…落ち着いて聞いて…当初は車両への攻撃は無いと思っていた…』
それはそうだ。
この車両には一発で7万人を殺傷する兵器を積んでいるのだ。
郊外とはいえガスが流出すれば、風向き次第ではロスサントスが死の街と化す。
故に慎重にならざるを得ない…その筈だったんだ…
この車は軽装甲の軍用車。小銃程度の攻撃ならばビクともしない耐久力がある…
アリシアは再度、並走する攻撃ヘリに視線を向けるが…機体両弦に搭載された一回り大きいミニガンの様な機関銃をその目に捉え、乾いた笑みを漏らした。
(あの口径なら、この車の装甲は何の抵抗も無く抜けてしまいますね…)
助手席に目を向ける…衝撃厳禁のガス弾頭…
状況を確認した後のアリシアの行動は早かった…
少女は助手席に手を伸ばし、弾頭の入ったバックを引き寄せ走行中の車両から身を投げる。
直後、並走していたバザード攻撃ヘリに搭載された2門のガトリングの掃射が始まる。
毎分4000発のレートで放たれる12.7mmの弾丸は強固な車体や防弾ガラスを難なく貫通し、反対側の岩肌に突き刺さり、削っていく。
必死に操縦桿を握り、ヘリを押し返す様な反動を制御して、移動する車両への攻撃の手を緩めないパイロット。
一方で少女は、弾頭への衝撃を緩和させるため、その身にバックを抱いて硬い地面の上を転がる。
痛みで滲む視界…
先程まで乗車していたパトリオットへと視線を向けると、其処にはルーフが吹き飛びボンネットから白煙を上げる車両の姿があった……
飛び降りた少女の姿にも気が付かず今も尚、車両への攻撃は収まる事はない。
最終的にガトリングが奏でる騒音が鳴り止んだのは、オープンカーになったパトリオットが岩肌に衝突し、息絶えた後だった。
「此処までですね…車両は大破。時間は十分稼げたでしょうか…」
現状、荷物でしかない弾頭を抱えて逃走するのは困難。
更には追手を排除する事も禁じられている。
…この兵器は脅威となる。
莫大な金を生む…
すなわち、国家を相手に強迫を行い、多額の金を巻き上げる事さえ可能かもしれない...
(やめましょう…私達はテロリストではない)
少女なら弾頭を保持したまま逃走も可能だろう。
だがその結果、どのような結末に至るのかも容易に予想できたが為に、脳裏に過った欲望を殺すことにした。
(自身の役割が時間稼ぎである以上、役目を終えた者が弾頭に拘って余計な戦闘を行う必要はない)と自らを納得させるような言い訳を呟きながら。
「弾頭は放棄。離脱を開始します」
これが私からの最後の置き土産ですとばかりに道の真ん中にバックを放置し、少女は姿を眩ませる。
ええ、少なくともバックの中身を確認した兵士は私の追跡どころの話では無くなりますからね。と…
「後は任せましたよ…」