ミリモン   作:ブルーな雛菊

36 / 36
一番気に入ってるのは…値段だ

「青くん~ちょっと後で手伝って欲しいのだけど~大丈夫?」

 

自動車専門カスタムショップ『にゃんにゃんカーサービス』のスタッフルーム。

ここ数日、車両の出力UPから防弾プレートの追加まで様々な内容ではあるが立て続けに舞い込む仕事の依頼。

それはまるで『大地震の予兆』を感じ取り、一斉に騒ぎ出す鳥達の様だった。

 

残業に次ぐ残業・・・目の下に濃い隈を浮かべ、疲れ切った様子の青へオカユは無情にも追加の依頼を言い渡した。

 

「・・・真顔止めてね?感情が一切消えた能面みたいな顔で見られると流石に怖いよ?ちょっと車を移動するのを手伝って欲しいだけだから・・・ね?」

 

青の危うい雰囲気を感じ取ったオカユは「整備自体は私がするから」と絶望しきった青を安心させる様に説得を行う。

 

「いや~本当に参ったよ~。まさかお得意様からこんな物の整備を依頼されるなんてねー」

「今回の依頼はなんですか?」

 

「ん~唯の定期メンテナンスだよ」と何気なく言うオカユ。

それは、狭いスペースに巨大なスーパーチャージャーを取り付けろという無茶振りでもなければ、非力な車両に重い防弾プレートを取り付けた上で『普通に走る様にしろ』等と言った物理的に不可能な依頼ではなかった。聞く限り一般的な業務内容・・・ならば、面倒なのは車の方なのかと青は察した。

 

「前に強盗団が銀行を襲った時に使った車両・・・覚えてる?」

「確かバンシーGTSでしたっけ?」

 

強盗で使用され、脅威的な速度で警察車両を圧倒し、追跡するヘリさえも振り切ったモンスターマシン・・・バンシー。そして、その一部始終を生中継で放送され一躍有名となった車である。

 

「その後、盗まれたオーナーと車メーカーがどうなったか知ってる?」

オカユの質問に青は肩を竦める。仕事の消化で日々を忙殺されていた青にとって、その後の情報など知る機会がなかったのだ。

 

「銀行強盗に使われた車両は無傷でオーナーのガレージに戻っていたの。だから、盗難届は出していないし警察もその事を知らない」

 

あれだけの事をしでかしたのに損害はない。

オーナーとメーカーは『伝説』と言っても良い逃走劇に使用されたモンスターマシンという、仲間内では『栄誉』とも言えるステータスを手に入れたの。

 

「富豪達は見ていたの…実際に起こった犯罪を…まるで映画やスポーツを観戦してるかのようにね」とオカユは青に呟いた後、すぐに「私には今ひとつ理解できないけれど」と付け足した。

 

「この一件を富豪の仲間達に自慢げに話していたんでしょうね」

マスコミでもバンシーの事を『スーパーカー』として取り上げて連日報道・・・それが、今回依頼された富豪の癇に障った。

 

「青君、スポーツカーとスーパーカーの違いは分かる?」

それらに具体的な定義は無い。だが、敢て言うならば『スポーツカー』が日常生活の中で走る楽しみを与えてくれる車とするならば、『スーパーカー』は性能や価格がソレ等から一線を画している物だと言えよう。

 

その定義で考えるならば『バンシーGTS』はスポーツカーをチューニングしたモンスターマシンであり、『スーパーカー』とは全くの別物。

そして、一連の報道を快く思わないのは・・・

 

「つまり、高価で優れた性能を持つ『本物』のスーパーカーを所有するオーナーはこの騒ぎを面白いとは思わなかった様だね・・・」

ギネス記録に登録されるような車を差し置いての報道。

『最速』『最強』のステータスを誇りに思うメーカーと、その車を所有するオーナーの心に火をつけたってわけ。

 

「店の外に停められている車は、アメリカの公道を走る事が出来ない品物よ」

車の輸出では衝突テストなど、公道を走る上で連邦自動車安全基準という規格を満たしている必要があるのだが、オーバーフロッドの手がける車両は極一部を除きアメリカの安全基準認証を受けていないのだ。

 

「衝突時に乗員を守る装備は無く、吐き出される排気ガスは基準値以上。堅すぎるボディーは歩行者を跳ねた際にも変形せず、逆に相手を粉砕する…複数の規格に中指を立てるような車だね…あれは…」

 

複数の国で乗用車として登録不可能、勿論アメリカでも同様なのだが抜け道がある。

 

「だけど例外として技術的、歴史的に価値がある車は限定的に輸入が許可されているの。あれはその中の一台なのよ」

 

そう、希少価値が高いのだ。

スーパーカー『トラクス』なら、街に建てられたショールーム『トリュファード』を訪ねれば購入できる。だが、エンティティーは違う・・・

そもそもショールームが存在しておらず、認定されたディーラーで申し込み審査を行わなければならない。そして、承認が降りて初めて本社工場への招待が届くのである。

そして、1億円以上の一時的な保証金を支払い、ようやく車の製作が開始される。

 

「あの車はカーボンファイバー製のボディー、チタン製のボルト。細部までオーナーと共に選定を行い設計し、完成するまでに2~3年の時間が必要になるの」

工場での大量生産品とは違う。『オーバーフロッド』の製作する車、全てが職人によるハンドメイド。希少価値があり『選ばれた者の為だけの車』なのだ。

 

「特に今回の依頼主は『速度』に関して絶大な信頼をその車に置いていて、()()()()()()()()()()()()()()()()()は愉快なものではなかったみたい」

「きっと整備した車で()()するつもりなんでしょうね・・・知らないけど」と依頼主の発する空気から何らかの決意を感じ取ったオカユは敢て(整備した車がどの様に使われようが関係ないけど)と自身のスタンスを崩さない。

 

そんな社長の姿に感心する一方、青は一つの事実に気が付いた。

 

「そんな貴重な車を外に停めっぱなしなんですか!?」

鍵を車から持ち出しているかは不明・・・そうでなくても簡単なセキュリティーなど易々と突破し、車を強奪する腕利きの強盗団が街に居るのに不用意に駐車しているのは、あまりにも迂闊だ。

 

盗難を心配して、慌てて腰を上げようとする従業員の青。

 

「大丈夫、あの車は簡単には盗まれないから・・・手伝うのはコーヒーを飲み終わった後でいいよ」と制するオカユ。

 

頭の上に疑問符を浮かべる青にオカユは「まぁーそうだよねー」と返す。

「あの車・・・エンジン始動も特殊なんだわ」

 

オカユが『盗難される心配がない』と言い張るのには理由がある。

通常の車は鍵を差し込み、回すだけでいい。

電子キーを持っていればボタンをプッシュするだけで始動する物もある。

だが、店の前に停められた車は違う・・・

 

「あの車を動かすには儀式が必要なの」

 

エンティティーMTを始動するにはまず、まるでエンブレムの様な盾型のキーの背面にあるボタンを押し、ドアのロックを解除する。

車内に入り、キーを差し込むスロットは運転席と助手席の間。

続いてセンタークラスターというシフトレバーの前にある正面パネルには、コネクシブボタン・イグニッションボタン・スピンオーバーボタンが並んでいる。

 

「最初にコネクシブボタンとイグニッションボタンを押してアクセサリー電源を供給する。ギアがニュートラルになっているのを確認し、クラッチを踏んだらコネクシブボタンとスピンオーバーボタンを押してエンジンを始動・・・ね?一般人には鍵があってもエンジンの掛け方すら分からないよ」

 

と青に説明するオカユ。「ただ、一つ問題があって」と続ける。

 

「あの車・・・完全にレース仕様なんだよね」

F1カーと同じ・・・つまりオーナーの意向で設計段階から重量の嵩む冷却器は省かれており、エンジン始動と共に走行し、走風でエンジンを冷却しなければならない。

 

「信号待ちや駐車、低速走行ではエンジンを冷却出来ないから2分程度でオーバーヒートするの」

「それじゃ、ガレージへ車の移動をするって・・・どうやってするつもりだったんですか?」

 

と疑問を口にする青へオカユは良い笑顔で「勿論、エンジン掛けずに車を押して入庫するんだよ」と返した。

 


 

『メリーウェザー・セキュリティ・コンサルティングス。貴方の安全は私達の利益です。ご用件をどうぞ』

『此方はフォート・ザンクード。航空支援を頼みたい』

『畏まりました。直ちに部隊を編成し、向かわせます。目標地点への到達まで推定2時間です』

 

・・・2時間。今も尚、移動するターゲット。2時間も経過すれば一体どこまで移動している事だろう・・・街か?それとも国外か?

基地の司令官、ジョン大佐は一刻を争う状況にも関わらず、何一つ思い通りにならない現状に舌打ちをした。

大量破壊兵器が基地から持ち出され、市街地で爆破されれば10万人近くの市民が死亡する。それとも兵器を持ち出したテロリストの目的が他国への売却だったのならば?

他国で化学兵器が使用され、ソレの出所を特定された場合・・・国際問題になり、戦争の引き金になりかねない。そうなった場合、責任を問われるのはこの基地とソレを管理していた自分だ。

 

最悪の未来が司令官の脳裏を過るがソレを振り払う様に思考を切り替える。

 

(既に奪われた2機の化学兵器の一つを奪い返している)

2機目ガス弾頭を運ぶトラックも特定し、地上部隊が追跡を行っている状況だ。

襲撃を受けた当初よりは事態は好転している筈だ・・・

 

《此方メリーウェザー。先程のご依頼の件ですが付近のユニットを探したところ一機、現地へ向かえるユニットがあります。其方でしたら直ぐに対応可能ですが・・・パイロットへ繋ぎますか?》

 

民間軍事会社へ部隊の派遣要請を行った直後に、再び来た連絡。

司令官は「それはありがたい」と先方の提案を了承した。

 

「此方、ヴァルキリー26。現在、ロックフォードヒルズ上空を飛行中。オーダーをどうぞ」

『フォート・ザンクード所属、ジョン大佐だ。現在、当基地は攻撃を受けおり航空機を離陸出来ない状況にある。貴社にはグレートオーシャン高速道路を北上するテロリストの追跡を行ってもらいたい』

 

『テロリストは強力な化学兵器を所持しており、弾頭への攻撃は控えるように・・・既に出発している基地の陸用部隊と協力してテロリストの逃亡を阻止しろ』

「copy。陸上部隊と合流、荷台への攻撃を控えエンジンを破壊、逃亡を阻止する。・・・作戦地点への侵入まで残り20分。指定座標へ到達後、再度指示を仰ぐ」

 

・・・状況は好転している筈だ。

基地の司令官は何処か『誰かの手の平で踊らされている』かの様なもどかしさを感じながらもその正体に辿り着けずにいた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ママ、お客さんが来たよ」

 

本隊と合流したアキ・ロゼの乗る軍用トラック『バラックス』を先頭に、トワの乗るV12気筒エンジン搭載のパワフルなセダン『シャフターV12』、アヤメの乗る重量級ピックアップトラック『ガーディアン』、コヨリの乗るトレーラー『ファントム』がグレートオーシャン高速道路を車列を組んで疾走する。

 

そして、最後尾を走るコヨリの乗るトレーラーのサイドミラーには蟻の行列の様に連なって『ミリモン』を追うザンクード基地の追手の姿が映っていた。

・・・全ては予定通り。アキが目的地まで辿り着ければ私達の勝利。逆にメンバーが倒されれば作戦は失敗となる。

 

「ママ、私達が時間を稼ぐ。先に行って!」

 

軍用、民間のトラックに比べ頑丈でパワーはあるが所詮はトラックでしかない。

鈍足なトラックに乗るアキは先行。迫りくる追手への妨害を残りのメンバーが総出で行う。

 

トワの合図と共にコヨリは左右にハンドルを回し、蛇行運転を始める。

 

フルトレーラー『ファントム』。

連結された荷台はハンドルを左右に振られる度に大きく振られ、やがて大きく傾き、高速道路を塞ぐように火花を散らしながら横転した。

 

 

最北端の小さな街『パレトベイ』へと繋がる道。

島の海岸線に沿うように設けられたこの道路は『オーシャングレート高速道路』等と大層な名前が付いているが実情は違う。

北へ向かう程、道は湾曲し、走行車線も片側1車線と細くなっている。

 

チリアド山脈の岩肌、波が岩礁に叩きつけられて飛沫を上げる海岸線。

そんな狭い道路を塞ぐように横転したトレーラー。

 

「みんな!気張るわよ!ここが防波堤だ!」

横倒しになったファントムの運転席から這い出したコヨリに「悠長に休んでる間は無い」とばかりにミニミ軽機関銃を投げ渡すトワ。

 

事故現場へUターンし停車。

鉄板の張り付けられたピックアップトラックを盾に、配置に付き合図を待つアヤメ・・・

 

「私達のルールは覚えてる?」

既に追手は目前まで迫ている・・・にも関わらずトワは『今思い出した』かの様にコヨリ達へ問いかけた。

 

「軍、警察、一般の死者は0」

 

「そうだね・・・それじゃ、openfire(発砲許可)!」

openfire(攻撃開始)

 

元々、この場に残った3人は軍隊と正面から殴り合う為に準備を進めてきた。

これまで着用していた物よりも一段階上の装備、レベルⅥ+プレートの入ったボディーアーマー。軽機関銃、40mmグレネード・・・

合図と共にミニミから激しい三重奏が奏でられ、駆けつけた州軍の防弾車両のフロントガラスを白く染め上げた。

 

 


缶コーヒーを飲み、重い足取りでガレージの外に駐車しているスーパーカーの元へ向かうオカユと従業員の青。

異常に気づいたのは丁度、ガレージの入り口。シャッターを開閉する際だった・・・

 

オカユは首を傾げる・・・建物の外から聞きなれない車の爆音が鳴り響いているのだ。

 

「まさか・・・!?」慌てて外に出るオカユ、そして社長の後に続く青が目にしたのは・・・

これまでにオカユが面白半分で話していた『絶対にエンジンを掛けてはならないアノ()』だった。

 

「大事な事だからもう一度言うけど、あの車には冷却器が付いていないの」

一般の車には()()()()の様に搭載されているラジエーター・・・だが、製作段階から純粋なレーシングカーとして設計されたエンティティーMTには重量のある冷却器は搭載されていなかった。

一度エンジンを始動させたらば最後・・・オーバーヒートさせない為に走り続けるしかない。

 

「青君!!急いで送風機用意して!!」

勿論、ディーラーとしても一度エンジンに火を入れたら壊れてしまうような車など論外。サーキット走行が終了した際にエンジンをブロー(溶融)させない手段も存在する。

 

「まぁ、車の手押しが嫌ならば、エンジン冷却用にポートが設けられているから移動後に、そのポートを使って外部から送風機で冷却すればいいのだけど・・・」

と補足を青に伝えていたオカユ。では何故、事前にその方法を使って車を移動しなかったのかと問われれば、「エンジンに火を入れたら点検項目が増えて面倒じゃん」という一言に尽きる。

 

青がガレージの中へ引き返し、送風機を持ち出す間にオカユは必死に車泥棒の静止を試みる・・・

 

「ああ何を!?待って!ここで動かしちゃ駄目ですよ!」

車の進行方向へ割って入り、行く手を遮ろうとするオカユ。

 

エンティティーMT。

5.0リッターV8ツインターボエンジンを搭載。

重量はわずか1290kg、E85(エチルアルコールを85%含むアルコール燃料)では1600馬力、1500Nmを発揮する。

そして戦闘機のような2枚のフィンが空気の流れを整え、高速走行時の安定性を提供する。

スーパーカーの域を逸脱したハイパーカーと呼んでも良い掛け値なしのモンスターマシン。

 

「待って!停まれ!停まれー!!」

その車の前に立ちふさがるオカユの横を、車は無常にも通過し、颯爽と走り去った。

 

「社長!送風機持ってきました!車は!?」

「・・・行っちゃったよ」

 

「どうします?追いかけますか?」と問う青へ静かに首を横に振るオカユ。

「・・・あれは陸上を走る戦闘機だよ。あんな物にどうやって追いつくのさ?」とオカユは力なく項垂れた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。