「先輩~なんか見えました~?」
「んにゃ~何にも~至って平和~」
トワ達が交戦を行っている西側のグレートオーシャン高速道路とは反対側に位置する高速道路、ブレイン郡とロスサントスを繋ぐセノーラ高速道路の片隅で、ラプラスと奏は取り締まりを行っていた。
パトロールカーを路肩に停め、道行く車にファルコンHR(手持ち型の速度測定機材)をかざしながら速度超過を取り締まる…至って平和な何気ない日常。
「そういえば北署の署長から【今日は気を付けろ!】って無線があったっすよー」
「へ~具体的には何か言ってたか~?」
「分からないって~」
「なんだそりゃ」と報告を受けたラプラスは奏の顔を見るが、別段ふざけている様子も見られず「ちゃんと聞いたまま伝えましたよ!」と顔を膨らませる同僚の姿があった。
普段、やる気がないのは玉に瑕だが仕事はきっちりとこなすボタン署長。その指示にしては随分と漠然としたものだなと、奏と顔を合わせたラプラスは互いに疑問符を浮かべながら首を傾げた。
「そういえば先輩が探している観光客の進捗はどうですか?」
「あ~バイカーギャングに挨拶に行った話か~」
ブレイン郡に配属された当日に、近所で活動を行う犯罪組織に殴り…挨拶に行ったのはつい先日。
大した情報を持っていた訳でもないが【組織を拡大する為にバゴスが人身売買を行って資金を得ていた】という情報が手に入った。
「バゴスは強盗団との抗争でかなりの被害を被ったからな…暫くは表立った活動は出来ないだろうな」
ミリモンの活動で薬物、武器、人身売買、そして資金洗浄に至るまでことごとく密売ルートを潰され、更には警察の監視網で雁字搦め。
以前までこの島の最大勢力とまで言われていたストリートギャングは今ではひっそりと身を潜め、この嵐が過ぎ去るのを待っているかのようだった。
「売り捌くはずの商品も倉庫入り…準備が出来次第カチコミだな」
勿論、警察はギャングの事情など知ったことではない…
影響力が低下した今だからこそ、普段見逃していた犯罪にメスを入れる時なのだ。
「順調っすね。令状は取れそうっすか?」
ラプラスは横に首を振る。
「元より麻薬を密売してる連中だぞ…取りあえずワッパかけて格子にぶち込んだ後、証拠を探すくらいで丁度いい」
この地を仕切っていた保安官は既にいない。
賄賂を渡し、犯罪を見逃してもらっていたバゴスは、既に状況が変化した事にも気付かず違法となる品目を隠そうとする気配すらない。
「警察とやり合えるだけの戦力があったのは少し前の話だ。今じゃない」
買収に応じる警察は北署には居ないし、襲撃を制圧できるメンバーも幸か不幸か北署に集結していた。
「それじゃ時間の問題っすね」と他人事の様に呟く奏の横腹を小突き「お前も働くんだよ!」とツッコミを入れ、ラプラスはため息を吐いた。
「それにしても平和っすねー」
「そうだな~…ちょっと待て!何か聞こえないか?」
高速道路の路肩に停車したパトカーの後方から聞こえる歪な音に気付いたラプラスは奏に注意を促した。
富裕層が乗り回すスーパーカーの様なエンジン音とは違う。
甲高く、鋭い…【ヒュオオォォォ】というような高周波…
それが一秒一秒ごとに【シャァァァァ】という路面を切り裂くような連続音が混ざり始める。
「なんか来るぞ!!奏!準備しろ!」
まだ姿も見えない相手に備えてキツくシートベルトを締めるラプラス。
そこらの走行音とは一味違う…まるで航空機が近くを飛んでいるかのような走行音に奏、ラプラスは顔を強張らせる。
停車した車内でハンドルを握る奏、窓を開けレーダー測定器を構えるラプラスの横をソレは通過した…
まるで衝撃波を叩きつけられた様な感覚…高速で通過した車体、押しのけられた空気の壁は停車していたパトカーを揺らし、奏の帽子を吹き飛ばす程の衝撃だった…
遅れて響く重低音…こちらも普通の排気音とは異なる異質な響きだ。
「先輩?先輩!!」
放心状態のラプラス…一足早く復帰した奏が声をかけるが、どこかその反応は鈍い。
「奏…何か見えたか?」
ラプラスは時速330kmまで測れる測定器に目を落とす…
「なんにも?」
「だよな~」
「どうする?追う?」
「いや…無理だな」
測定器のモニターはエラーを表示していた…
「ボタンちゃん聞こえる~?」
無線から聞こえる懐かしい同僚の声に、ボタンは「今更何の用だ?」と首を傾げながら通信機に手を伸ばした。
この地を管理する保安官の汚職が摘発され、不正に関わっていた職員は軒並み連行されるという一件があったのは先週の話。
ブレイン郡の治安を維持するにも人手不足が深刻で、そのしわ寄せはロスサントス市警のボタンを含む中央署のメンバーの一部移動という形で補われた。
中央署では副署長だったボタンは、北署へ移動となった際に署長へ昇格。
表向きは栄転という形になっていたが、当の本人はこの配属をこれっぽっちも有難いものとは捉えてはいなかった。
それもそのはず…ボタンが配置換えを言い渡されたのは、例の強盗団と思われる事件現場でFIBと鉢合わせした直後。
…つまり体の良い理由を付けて、FIBの行う捜査の邪魔になりそうな人物を、強盗団が潜伏していると思われるロスサントスから引き離そうと執行機関の上層部が動いたのは明白だった。
「無線の周波数は中央署で使用していたCHから、ブレイン郡の保安官が使用していたものへ変更しろ」
「そちらで起こった事件は中央署まで報告しなくていいから」
中央署の現署長、大空スバルがボタンの移動日に言った言葉を忘れた訳ではない。
そうして半ば『切り捨てられた』心境のボタンへ、かつて同じ中央署で業務を行っていた部下の角巻ワタメからの突然の連絡…
「なんだ?」
無線へ応答したボタンの声は、かつての親しみは無く予想以上に冷淡なものだった。
彼女が世間話をするためにわざわざブレイン郡に赴いた訳ではないのは重々承知している。
スバルの指示でワタメが『仕事』か『厄介事』を持ち込んできたのは明白。
今更、都合良く協力を要請されたところで快く引き受けてやる義理など何一つないのだと…
「もしかして、移動の件でスバルちゃんから何の連絡も無かったの?」
対するワタメは、無線越しにも伝わる拒絶の意思を、短いやり取りの中で敏感に察した…
・左遷と捉えられてもおかしくはない状況
・スバルは目的があって本人達の意見を聞かずに強行した
・肝心の当事者達には移動の意図を伝え忘れている
・そして、のこのこと厄介事を解決させる為に応援を要請しに来た自分…
そして理解する…(これ、ワタメが恨まれる役割じゃん!)と。
これが他人事ならば「スバルちゃん、時々言葉足らずで大事な事を伝えてなかったりするしな~」と笑いながら眺めていただろう…
だが、自身が矢面に立っているこの状況は、流石のワタメでも笑えない。
「ボタンちゃんもFIBの圧力のせいで、ロスサントス内の捜査が碌に行えない状況だったの覚えているでしょ? スバルちゃんは街からは離れるけれど報告義務も無く、FIBの邪魔も入らないブレイン郡で強盗団の手がかりを追って欲しいって配置換えをしたんだよ?」
勿論、ワタメの苦し紛れに言った事は事実かもしれない…
あくまでもワタメの憶測であり、真相はスバルに聞かないと分からないままではあるのだが…
だが、そのやり取りを聞いていた者がどちらに捉えるかはその者次第だろう。
北署、部屋の片隅で『ガサリ』と物音がしたが、ボタンは敢えて気付かないフリをしてワタメとのやり取りを続ける。
「警察の中でも戦闘経験の豊富なボタンちゃんや団長、ラプちゃんが北署にまとめて移動したのはその為だよ!」
「はぁ…それで?」
スバルの行った強引な移動の後処理を必死に弁明するワタメ。
一方で気の無い返事をするボタンは「そんな事を言う為だけにブレイン郡まで来たわけではないだろう?」と本題を話すように促した。
「ボタンちゃんありがとう! それで本題なんだけど、街の宝石店で強盗事件が発生したの。FIBはミリモンだと思って周辺を封鎖しているけれど、スバルちゃんはその犯行を陽動と考えているみたい!」
「まぁ、アイツ等が使いそうな手口ではあるな…それで、ワタメが此処へ来たのはブレイン郡で起こる強盗への警告か? 言っておくがこのド田舎ではミリモンのターゲットになりそうな高価な物は存在しないぞ?」
宝石や貴金属、現金や高級車など寂れた田舎で無縁の存在。
強盗団のターゲットになりそうな数少ない銀行からも『襲撃された』との通報はきていない。
「此処に在るのは葉っぱや白粉、合成麻薬など麻薬カルテルやバイカーギャングが扱ってる『現金化』しにくい物だけだ」
これが一か月前なら状況は違った。島内の金は滞りなく流れ、麻薬などの品目も適正価格で取引が行われていた。
だが、ミリモンがこの島で活動し始めてからは金の流れが寸断された。
麻薬など娯楽品とも言える品目においては、買い手がおらず在庫過多により価値が暴落。
島内では現金化も難しく、強盗団がこれ等を狙ったところでリスクに見合った報酬を得るとは考えにくい。
「何か見落としている事はない?」
ワタメが聞くが、ボタンは「現時点では強盗団が襲撃する場所を特定できないし、見回りに出向く程の人員の余裕は無い」としか答えられなかった。
「そっかー…私は今、海岸線を北上して北署に向かっているところ。何か見つけたら連絡するね」
「わかった。此方も北署近くの貯蓄銀行に人をまわす!」
通信している間、ずっと背中越しに感じていた視線。
チリチリと空気を焦がす様な殺気にも似た闘志を…
ワタメとの通信を終えたボタンはため息を吐きながら「振り返りたくねー」と内心で思いながら、ゆっくりと署内へと視線を向けた。
「聞こえていたな?」
先程まで燃え尽きていたはずのノエル…
だが今の彼女の瞳には(署長は私を見捨ててはいなかった)と再び炎が灯り、激しく燃え盛っているかのように見えた。
「相手は米軍よりは練度の劣る州軍基地。貴女にとっては【お使い程度】の仕事ですよ」
かつて班長は作戦をカナタに説明する際、大した事ではないと言ってのけたが…
砲弾の降り注ぐ丘の上でカナタは「話が違う‼ 班長! 私を騙したな!?」と絶叫を周囲に響かせていた…
よくよく考えれば、強襲をかけた州軍基地は大規模な飛行場があり、格納庫には戦闘機や主力戦車が保管されているのだ。
陸軍州兵の中でも重装甲旅団はエリート。
航空部門も同様にパイロットは現役空軍出身者も多く、練度は非常に高い。
市民兵のイメージが強い州兵だが、このフォート・ザンクードに至っては装備も熟練兵も整っている。
連邦化されていないだけの【州軍の皮を被った米軍】…つまり米軍と看板を掲げていないだけで同等の戦力を持つ相手に喧嘩を吹っ掛けたという事になるのだ。
「なんでボクだけこんな役割なんだよ! 誰かボクの代わりにジョン・ランボーを連れて来てよ!!」
当然、作戦を説明したアリシア自身もその事には気づいていたはずだ。
だが全てカナタに伝えれば駄々をこねると見越して、敢えてその事実を伏せていた節すらある。
カナタは作戦立案の日を思い出す…たしかあの時班長は…
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フォート・ザンクードの航空写真が広げられたテーブル。
地図に記載された格納庫の上にはチェスの駒【騎士】が重し代わりに置かれていた。
「貴女の目的は、航空機の離陸を一定時間妨害してミリモンの作戦を支援する事です」
トワの計画した作戦は、基地からの追手である地上部隊の妨害、その後の逃走経路を含め、上空からの追跡を考慮していないものだった。
故にカナタが背負う役割は責任重大。彼女が任務を果たせなかった場合、被害を被るのは依頼主であるミリモンや、付近で作戦を行っていた組織の仲間。
アリシアの軽い口調とは裏腹に、その目は全く笑ってはいなかった。
少女が口にすることはないが【任務を放棄して逃げても良い…だけど、貴方の代わりに別の誰かが死ぬ】と、その目だけは雄弁に語っていた。
決して楽な任務ではない。寧ろ困難で、自身の命の危険すらある。
それでもカナタしか適任者がおらず、頼らざるを得ない…だからこそ敢えて言葉にして伝える事はない。
幸か不幸か、地図を感情の無い瞳で見つめ続けるアリシアの“らしからぬ雰囲気”に、カナタは気付く事は無かったのだが…
説明は続く。
「間違えてはいけないのは、基地の妨害であって殲滅ではないという事です」
滑走路に侵入した航空機。弾薬・燃料を補給し離陸準備を行っている戦闘ヘリ。それらを基地から1.5km離れた向かいの丘の上から狙撃し撃破する。
だが目的はあくまで時間稼ぎ。「意味を違えると逃げる機会を失いますよ」と少女は念を押した。
「勝負は最初の2分」
最初の射撃から軍は狙撃地点の特定と並行して、標的になっている航空機を保護しようと動きます。
格納庫の戸を閉じて射線に機体を晒さない様に動きますが、既に屋外に出たものに関しては手遅れですね。遠慮なく破壊してください。
「重要なのは、狙撃兵がいる間は航空機の離陸は行えないと相手の脳裏に刻み込む事です。そうする事でカナタさんの存在がチラつく間は航空機を封じることが出来ます」
「基地には音響センサーやサーモグラフィーセンサーを搭載した設備や車両がありますが、カナタさんの居場所を特定するのは困難です」
最新鋭の装備も万能ではない。
山脈や複雑に曲がりくねる渓谷…発生した銃声は周囲の環境で何重にも反響し、狙撃地点の特定を困難にする。
「勿論、音響センサーだけでなくサーモグラフィーにも欠点があります」
特殊なセンサー・カメラを用いて取得した映像を、その物体の持つ温度によって色分けする技術。
日没後の暗闇の中でも人の体温を検知しモニターに表示できる。
もしもカナタの攻撃が夜間なら、数分としない内に居場所が特定されカウンターが行われていただろう。
だが現在は日中。
サンアンドレアスの気温は32℃、日射により暖められた岩肌は40~50℃近くの温度になり、狙撃手の体温を塗りつぶす。
日陰は温度差が生じ、画像のノイズの様に表示される…それが丘全体に広がっているのだ。
「映像はノイズだらけ。人の体温を検知するように設定するにも調整が難しく時間がかかります。そしてそのセンサーを搭載している車両は【とある理由】で稼働する事が出来ません」
対人を専門とする歩兵戦闘車や戦闘ヘリHunterにサーモグラフィーセンサーは搭載されているが、航空機はカナタが無力化し、陸上の車両は現在の基地に扱える人が居ない。
「そんな都合良くいくかな~?」
「少なくとも彼等にとっては想定外の出来事です。上手く行きますよ」
どんな兵器でも【運用に適切な環境】や【想定している状況】があり、その範囲内で運用する事により真価が発揮される。
日中に暗視装置を持ち出す兵士が居ない様に、それらを逸脱した運用を行えば装備の性能を引き出せないのも道理といえる。
「最新装備が使えないのならば、基地の兵士は昔ながらの方法で狙撃手を探す事になります。考えられる手段は3つ」
1. 弾着痕と着弾から銃声が届くまでの時間を計測し、方向と距離を算出。監視塔で記録した映像と統合し狙撃地点を割り出す
2. 狙撃地点に目星をつけて手当たり次第砲撃を行い、面で制圧する
3. 地上部隊を派遣し狙撃手を排除する
「一つ目は気にしなくて大丈夫です。元より目的は時間稼ぎ…攻撃後、定期的に狙撃地点を移動する事で基地の索敵を抜けます」
彼等が苦労して特定しても、そこに貴女が居なければ問題ない。兵士達は再び特定作業を継続せざるを得ない。
「二つ目。狙撃地点の特定は困難でも、大まかな方向は早い段階で察知されます。その方向へ手当たり次第砲撃を行い排除しようと考えるでしょうね」
迫撃砲の降り注ぐ丘。
砲弾の殺傷範囲は35~45m、危険範囲は200m以上と広いが、破片が最も遠く届くのは水平方向…
傾斜のある丘で岩陰に身を隠し防御を行うカナタに被害が及ぶ確率は低い。
「なのでカナタさんの一番脅威となるのは三番目」
地上部隊を編成し、狙撃地点を制圧する。
「編成には時間がかかり、基地から川を挟んだ丘へ向かうには橋を渡らなければならない…20mmでなら軽装甲の車両を破壊出来ますし、思い出してみて下さい…この基地にどれだけ戦力が残ってるかを」
基地の戦力はおおよそ1000人。
兵士の最優先事項はガス弾頭の無力化。
「海岸線は依頼主が弾頭を積んだトラックで逃走し、その反対側の渓谷沿いの山道では私がもう一機の弾頭を持ち出します」
どちらも本命。そして、どちらも囮。
ミリモンであれアリシアであれ、どちらが目的地に辿り着いてもいい。
弾頭を所有し、兵士を引き連れている間は【陽動】が成功していると言っても過言ではない。
「でも早い段階で弾頭を奪い返されたら?」
「一度テロリストの手に落ちた殺戮兵器ですよ? 起爆するように小細工が施されている可能性もある。密封ケース内で弾頭が破損しガスが充満しているかもしれない…開けてみない事には分からない玉手箱をカナタさんは開けたいと思いますか?」
アリシアの話を聞いたカナタは「絶対嫌」と首を振った。
「基地の司令官が現地の兵士に指示するのは【絶対に開けるな、その場で処理班が到着するまで待て】ですよ」
運送中に被害が拡大する可能性のある危険物を基地に持ち帰る事はしない。
間違いなく周辺を封鎖し、弾頭の安全性を確認、処理を現地で行う事となる。
「弾頭の奪取が失敗しても、それを囮に出来るという事か~」
「ええ、なのでカナタさんの狙撃に対応できる人数は僅かとなります。更に装甲車両の操縦には専門の訓練が必要です…その人物が追撃に参加せず基地に残っている確率は如何ほどでしょうか?」
「って班長は言ってたのにーーー!」
と、降り注ぐ砲弾の中、カナタは「班長を信じた私が馬鹿だった!」と絶叫する。
『お姉ちゃん。大丈夫~?』
「これが大丈夫ならアンタの目、腐ってるんじゃない!?」
『良かったー元気そうだね!』
カナタの苦労をいざ知らず、のほほんとした口調で妹のコナタから無線が入る。
「忙しいから後にして!!」
カナタは応射の為に身を乗り出し引き金を絞る。
『焦らなくても大丈夫だよ~班長さんが言ったとおりに出鱈目に撃ってるだけだから』
「トレーサーを撃ち込まれた後に集中砲火なんだぞ! もうとっくに居場所ばれてる!!」
カナタの無線を聞いたコナタは「あ~~」と息を吐いた。
狙撃地点の大まかな方向を特定した兵士が、周囲の兵士に伝えるために曳光弾を射撃する事がある。
姉であるカナタはそれを見て、居場所がバレたと勘違いしたのだ。
続けて放たれる砲撃は丘全体を焦土にするもの…決してカナタの潜む岩陰へ向けての砲撃ではないのだが、岩陰に隠れ、周囲から絶え間なく響く爆音を聞けば判断を誤るのも仕方のない話…
『お姉ちゃんの場所はまだ特定されていないよ…カナタちゃんが赤いペースト状の何かになっていないのが何よりの証拠』
カナタからの返答はない。
荒い息遣いだけが無線機に響く…次の瞬間には砲弾が当たり死ぬかもしれない。
生と死の狭間、極度の緊張で脈拍は上昇し、周囲の音は聞こえていても彼女の脳まで届かない。
だからこそコナタは落ち着いた声でカナタへ話しかける…
『いいニュースから言うからよく聞いて~ミリモンが予定地点へ到達したよ。お姉ちゃんの撤退も許可された~』
「悪いニュースは!?」
『この話が4分前の情報で、カナタちゃんのお仕事はサービス残業になってるって事』
「なんでそれを先に言わないのさ!?」
『だって~お姉ちゃんが報告しようとしたら後にしろって言ったじゃん~班長さんも逃げる機会を見失うなって忠告してたのに~』
「~~~~~っ!!」
『それでどうするの? このまま残業しちゃう?』
「ボクは帰るからな!!」
辺りには基地からの砲撃で巻き上げられた砂埃や硝煙が充満している…
煙に紛れ撤退する事はカナタにとっては容易な事だ。
(班長さんの予想通りだったね…)
「絶対休暇取ってやる! バカンスに行ってやるんだ!」と撤退準備を始めたカナタを、モニター越しに見つめるコナタは姉が無事に任務を果たした姿を確認し、安堵の息を吐き出した。