「あ~ボディーカム持ってくるの忘れたー」
「北署に中央署から記録用のカメラが届いたのが今朝でしたからね。どの道バッテリーの充電が必要でした」
荒々しい駆動音を響かせるエンジン。
逃走車両を追跡する警察車両の中で現場の状況に似つかわしくないボタンの間の抜けた呟きにノエルは「そうですね」と相槌をうった。
ロスサントスでは市民と接触する警察活動のほぼ全てにおいて録画が義務付けられており、これらは後に証拠として監査官へ提出される。
「間が悪い・・・」
配備直後。録画が義務となっているが『今回は』数少ない例外として処理される事になるだろう・・・
カメラ映像が無い分、事後報告として監査官へ長い報告書を提出するという面倒事が決定した瞬間でもあった。
続けてボタンはドライブレコーダーへと視線を向ける・・・
パワーユニットはエラーを示す黄色いLEDが点滅しており、再起動ループを行っている事を示すビープ音が不規則に車内に鳴り響いていた。
(・・・だが、都合はいいか)
ノエルへと視線を向けるとボタンの意図を汲み取ったのか静かに頷く。
ボタンはノイズの混じる無線機へと手を伸ばした。
『ディスパッチ、此方ユニット46。現在、容疑車両を追跡中。当車両は軍の通信妨害区域を走行中。ドライブレコーダーがエラーを表示している』
『了解。ディスパッチから全ユニットへ…ユニット46は追跡を継続。セントラルからヘリを向かわせている。状況を報告しろ』
『此方スバル!!現在、ロックフォードヒルズ上空。当区域への空域は州軍が制限していて上空待機をしている!!どうなっているんだ!?』
『ディスパッチ、及びユニット7へ。現在、侵入許可を申請中…承認されるまでその場で待機しろ』
「どうやら応援は期待できないみたいだね…仕方ない…か」
無線から流れる状況を聞きボタンは決断をする。
時速120㎞で高速道路を疾走する警察車両。
道路は短い直線の区間に差し掛かったところだ…(やるなら今しかない)とボタンはドライブレコーダーを見つめた後ノエルへと無言で視線を投げる。
行動の意味を伏せた合図…だが、長年同じ仕事をしてきたノエルにとって、そのジェスチャーの意図を察するには十分な情報だった。
コクリと一つ頷いた後、流れる様な動作でハンドルを握るノエルは変速機のギアをニュートラルへ入れて惰性走行へ移行する…
そして、走行中にも関わらずキーを回しエンジンを停止させる。
助手席のボタンは身を乗り出し、ノエルが手を離したハンドルを握り固定する。
エンジンが切られ油圧が消えた重いハンドル・・・ブレーキも同様にこの状況では正常に動作する事は無い。
迫りくるコーナー…ガードレールの先には断崖…そして青い海が広がっている。
自殺行為と言える凶行を行ったノエルは眼前に広がる死へのタイムリミットなど意にも介さず、運転席の足元に配置されたヒューズボックスへと手を伸ばした。
馴れた手つきでボックスをこじ開け、配線の伸びているヒューズを素手で抜き取り、通常の物へと入れ替える…
「ノエル!!」
「OK!!」
ボタンはキーを回しエンジンを始動。続け様にハンドルを大きく回す。
白煙を上げながらロールする車両。
迫るガードレールすれすれを後部バンパーが通過する。
『此方ディスパッチ。現在、当区域をパトロール中の車両は無い、ユニット46は追跡を継続せよ。グランドセノーラ砂漠をパトロール中の9号車は高速道路封鎖、民間の車両の被害を抑えろ』
『ユニット9。コピー』
態勢を立て直した車両の中で流れる警察無線。
ノエルへとハンドルを受け渡し、ボタンは何事も無かったかのように『了承した』と通信指令部へと返答する。
ドライブレコーダーは電波障害に見立てて電源ラインを切断、ボディーカムは未着用。
記録の残らない空白の時間…これから起こる事を考えるとそれらの状況は『都合の良い』ものだった。
レコーダーの電源ユニットが消灯している事を確認し、ボタンはセンターコンソールと席の隙間に挟まれた銃…MP7を引き抜きながらいつもの様な軽い口調で言う…
「それじゃ、お仕事始めますか」と・・・
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警察車両の前を走る容疑車輌。
防弾仕様シャフターV12の後部座席に座るトワは窓から追走するパトカーの様子を伺っていた。
(規則的に鳴っていたサイレンが止んだ?)
警察を振り切ろうと車両のアクセルを踏み込むコヨリ。
だが、その程度で逃げきれる程甘くはない事などミリモンのメンバー全てが分かり切った事だ。
事実、トワの視線の先には距離が離れつつあるパトカーの姿がある。
何かしらの意図があってサイレンを切った?だけど、その意図をトワは察する事は叶わない。
それでもトワの胸の中ではけたたましく警鐘が鳴り響いている。
コヨリがハンドルを切り視界から消えた警察車両…数秒後には何事も無かったように再びサイレンを鳴らし接近するパトカーが視界に写る。
警鐘は鳴りやまない…距離が縮まる度にトワの胸騒ぎは強くなる。
これまでとは違う…『これからが本番』なのだと…
銃撃を警戒してか100m程の間合いを維持していた警察車両がみるみる距離を縮めてくる・・・
50m…40m…既に追跡の間合いではない。
「対ショック!!」
トワは痛む胸を押さえながらメンバーへ注意を促した。
「「え??」」
前席に座る2人から間の抜けた声が聞こえた…直後に車両を揺らす衝撃と打撃音。
時速120kmの速度で疾走する逃走車両の後輪付近へ右斜め後方からの接触。
路面を捉えていた後輪のグリップは破壊され警察車両のプッシュバンパーに押される形で左側へスライドしていく。
一瞬の出来事だった
「っ!!」
ハンドルを握るコヨリは息をのみながら反射的に回転方向とは逆にハンドルを切りアクセルから足を外した。
要人護衛用の防弾車両。シャフターV12。超重量の後輪駆動。
慣性が強く振れやすい。
FR駆動のこの車両はアクセルワークがシビアで一つの判断ミスはこのまま壁への衝突へと直結する。
路面に残る4つのタイヤ痕。進行方向に対して真横まで膨らんだテール・・・スピン一歩手前の状態にもかかわらずコヨリは(まだ前輪のグリップは生きている)と冷静にハンドルを捌く。
そして白煙を上げながら横向きに滑る車はコヨリの咄嗟の操作で徐々に態勢を整えていく。
(この速度帯でマニューバは行わないんじゃなかったの!?)
通常のマニュアルでは周囲への被害を考慮して手出しはできない。
今回は何故例外となる攻撃が行われたのか?
(今はそんなことはどうでもいい!大事なのは・・・)
今回は奇跡に持ちこたえた・・・ならば、もう一度マニューバに耐えることが出来るのかと問われればコヨリは首を縦に振る事は出来ない。
「次は立て直せない!先輩!近寄らせないで!!」
「無理!なんかこっちに向かって撃ってきてるんですけど!?」
牽制しようとするアヤメの先手を打つように警察車両から制圧射撃が行われているのだ。
「だから・・・市警とはやり合いたくなかったのよ・・・」
これまで作戦の度に市警との交戦を避けるように手配していたトワ・・・その理由はこの状況を見れば考えるに容易いものだった。
通常、市民や周囲の被害を考慮して無理な攻撃を行わない様にマニュアルが設定されている。
走行する車両からの容疑車両への銃撃も同様だ…そもそも、ソレを行えば一発で内部監査機関や警察委員会から処罰が下るだろう・・・そもそもドライブバイは警察では危険行為と厳格に禁止されており警察の特殊部隊ですら車内からの発砲を訓練する事はない。
当然の様にルールを破り、当然の様に移動中の車両へ当ててくるアイツ等が異常なのだ・・・
牽制射撃を行いながら再びシャフターV12の後方へ移動するユニット46。
「次が来る…コヨリちゃん、いける?」
「大丈夫、何とかする!スタンバイ!」
「「スタンバイ!」」
窓を開けLMGを構えるアヤメ、前席を押すように足を押し当てて衝撃に備えるトワ…ハンドルを強く握りしめるコヨリ…
後方から接近する警察車両。
ミラーでタイミングを合わせて・・・コヨリはサイドブレーキを引いた。
後輪がロックし白煙を上げる。
限界まで切られたステアリング。
弧を描くように回る車両のテール…華麗な180度ターンをキメてクラッチを踏み込み動力を切る。
田舎町、パレトベイの入り口で互いに向き合った両者の車両。
マニューバを行おうと接近する警察車両が3人の眼前に広がる・・・
「痛ったいのをぶちかまして!!」
そして、開け放たれた窓から覗く3つの銃口から同時に弾丸が放たれた。
路上に散らばる薬莢、プレートで補強されたボンネットに着弾した弾丸は火花を上げて塗装を剥がす。
瞬く間に警察車両の防弾ガラスが銃弾の雨に晒されて白濁していく・・・
雌雄は決した・・・3人はそう思っていた・・・
だが、既に視界ゼロとなっている追跡者の勢いが止まる事は無かった。
形勢が不利と判断すると共に限界まで踏み込まれたアクセル。
加速する警察車両。
動力を切り、惰性で反転走行するミリモンの車へと尚も加速するノエルの警察車両が衝突した。
展開されるエアバッグ。
それらは搭乗者を強制的に座席に押し戻す。
数秒~数十秒をかけて背部の排気孔からガスが排出されバッグは収縮していくが、その数十秒が彼女達にとって致命的だった。
視界が開けた先に目に映ったのは走行する車両のボンネットに足を掛け、至近距離でMP7の銃口を向けるボタンの姿だった。
「・・・・マジか「噓でしょ!?」」
「取り付かれた!!」
自車の防弾ガラスに至近距離からの銃撃で致命的なダメージが蓄積されていく中、コヨリは必死にハンドルを切り振り落とそうと車体を揺さぶった・・・
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『ディスパッチ、此方ユニット46。パレトベイ・クラッキングベル工場前で容疑車両は車両操作を誤り電柱へ衝突、停止。車両を降りた容疑者は3名。当車両への発砲を行っており車両の損傷が激しい。応援を求む』
シロップを焦がした様な甘い香りがする白煙が辺り一面に漂っていた・・・
激しい衝撃が体を襲った後の時間は、どこか他人事のようにコヨリは感じていた。
「○○夫?被〇を〇〇して!」
サイレンが止まり、再び鳴り始めた意味も。
無線で応援を求める警官の声も。
痛む頭を押さえながら視線を前に戻すと数多の銃弾で真っ白に濁ったフロントガラスと萎んだエアバッグ。
割れたガラスの間から覗く捲れ上がったボンネット、そして車両に突き刺さった電柱が写った。
(この車はもう走れないな)
ラジエーターを破損したのか大量の白煙がボンネットから立ち上がっている。
助手席の
「損害報告!コヨちゃん!無事!?」
「・・・ごめん・・・少しトんでた…大丈夫」
ゆっくりと進む音の無い世界。
アヤメの呼びかけにより痛みと共に騒がしい世界へと変貌する。
まるで現実に引き戻されたかのような感覚だった。
鳴り響くクラクション。
胸を押さえるトワの呼吸には微かに『ヒューヒュー』と異音が混じっている。
「状況は?」
「極めて最悪」
コヨリの耳には今も尚、膨大な量の情報が舞い込んできているが『収集、統合、判断』の感覚が今も戻っていない様に感じていた。
・・・分かったと頷きコヨリは無線機を取り出した。
必死に首を横に振るトワを無視し回線を繋げる…
『Kからママへ。回収地点への到達は絶望的。離脱を開始する』
『分かったわ。此方で何とかする』
左には追跡していた警察車両『ユニット46』が道路を閉鎖するように停車し、右側には・・・
「なんで生きてんだ余」
「アレは人間じゃない…未来から来た殺人ロボットだ!!」
平然と立ち上がるボタンの姿があった。
作戦の続行は不可能。自身達の離脱も危うい状況。
どの道、今を切り抜けなければ明日は無い。
「場所が悪い…移動して」
「ラジエーターがやられている。もう動かないよ!」
「エンジンが焼き付くまで何秒?限界まで回して!」
左右からの銃撃を受けながらギアをRへ、そしてアクセルを踏み込んだ。
大量に漏れたオイル、ラジエーター液。
似たような状況をアヤメとトワは既に体験していた。
だからこそ知っている。この車の限界は今ではないと。
後退…精肉工場『クラッキングベル』のフェンスを押し倒し敷地内へ。
そしてエンジンは焼き付き駆動輪はロックされる。
「降車!」
この地に立ったコヨリの耳には幾多もの情報が届いていた。
工場の横を走る鉄道。
この地を通過する貨物列車が接近する地響きを。
「隙が出来たら線路まで走って!」
「隙なんていつ出来るのさ!?」
「もうすぐよ!」
耳を押さえて車の陰に身を隠すコヨリ。
意図を察したアヤメはトワを庇うようにその身で覆いかぶさる。
コヨリの耳には幾多もの情報が届いていた。
遠くの上空を飛ぶ大型航空機のエンジン音も。
空が赤く赤く染まった…
形成された火球は地を舐める様に広がり、周囲の空気を引き込み・・・強烈な衝撃波となって周囲の大気を揺らす。
耳を強く押さえつけ、轟音と衝撃波に備えていたコヨリですら鼓膜が悲鳴を上げていた。
世界の音が無くなり、自分の鼓動の音だけがやけに大きく聞こえた。
ふらつく足を前にだしながら周囲の仲間へ「進め!」と大きく声に出す。
最早、自身が正しく発音出来たのかすら分からない。
口から出た音はただの悲鳴だったのかもしれない。
それだけで十分だった。
3人は進む。
互いに肩を貸しながら…通過する列車へと手を伸ばす。
・
・
・
『ユニット46からディスパッチへ。容疑者はクラッキングベル付近を通る列車に乗り込み逃亡。付近で大規模な爆発を確認した…衝撃波により警官一名が負傷。命に別状はない』
『ディスパッチから46へ。追跡を中断。爆心地の被害状況が不明瞭だ。そちらへ急行し市民の避難誘導に当たれ』
『・・・了解』
「署長・・・大丈夫ですか?」
報告を終えたノエルは幾多もの銃弾でボロボロになった警察車両のボンネットに腰掛けるボタンへと声を掛ける…
「…あ~ごめん。今、何言ってるか分かんないんだわ」
音の無い世界で震える手を押さえつけ、煙草を取り出すボタン。
彼女とは対照的に、騒がしい世界でノエルは無線機を握りしめていた。