「胃が・・・胃がーーーー!!」
フリーサ銀行グランドセノーラ砂漠支店・上空
眼下には包囲する警官達。銃で背中を小突かれながら歩く爆発物の巻かれたベストを着せられた市民。そして、市民を盾に銀行から出た強盗犯が逃走車両に乗り込む光景が広がっていた。
「ところでスバル君・・・君は犯罪者を目の前にしながらみすみす見逃したというのかね?」
もしもこのまま容疑者に逃走されたらどうなるか・・・スバルの脳裏に嫌味たらしく小言を吐く上官の姿が浮かぶ。
ならばスバルが容疑者の射殺を命じ、失敗し市民が犠牲になったら?メディアはきっとこう書くだろう・・・『市民の流血を厭わない国家権力の犬。国に承認された警察という名の犯罪組織』と・・・
どちらを選んでも責任を負わされる未来しかない。
模範解答など最初っからありもしない。
(胃が・・・胃が・・・)
息を吸い込み、無線を繋ぐ
「こちらスバル。容疑者が立ち去るまで攻撃は禁止。爆弾の解除が終わり、市民の安全が確保されるまで容疑者を刺激するな!距離を保ち追跡を行え」
一方、地上ではその指示を実行しようと慌ただしく動き回る警官達の姿が放送局のカメラに写されていた。
人質を取られ手出しが出来ない以上、この場に容疑者が留まることは警官にとっても不都合でしかなかった。
容疑者の逃走車両は2人乗り。トランクには現金を積み込んだバッグが入れられており、銀行を立ち去る際には人質を置き去りにせざるを得ない。
故に今回の最適解は銀行周辺の包囲網を解き容疑者がこの場を去るのを見守るしかない。
容疑者が人質に巻き付けた爆薬を逃走後に起爆しないという保証はない。だが、スバルは正しく理解している・・・人質は生きているからこそ価値があるという事を。
そして容疑者がその価値を最大限に利用しようとするならば、逃走を開始した後も起爆などせずに解除されるギリギリまで警察のリソースを奪いたいと考えているだろうという事を。
現に爆発物解体班だけでなく付近を閉鎖し爆弾の解除が行われるまで市民やメディアの立ち入りを制限する人手を取られて追跡に回せる全体数が減らされている・・・
署長からの指示にラプラスは苦虫を嚙み潰した様な表情を浮かべた。
容疑者が乗る車両の内燃機関から聞こえる異音なサウンド・・・大排気量特有の窓が振動する様な重低音の排気音が『追跡だけ』なんて余裕を吹き飛ばす。
『奏~お前大丈夫か?今何処にいる?』
「此方ラプラス。奏と共に容疑者を追跡します」
『ラプラス・・・お前まさか・・・奏が運転するなんて言わないよな?』
「・・・」
『馬鹿野郎!!奏!!お前本当に出来るのか!?』
「あい!頑張ります!!」
「吾輩はちゃんと止めましたよ!」
『あああああ、もう!!!容疑者が動き出した追え!今すぐ追え!!』
「追え!奏!!早く!!何止まっとんねん!!何止まっとんねん!!」
~~~
「ここまでは計画通り・・・それで、この後はどうするの?」
警察に攻撃される事無くバッグ一杯に詰め込んだ現金をトランクに入れ、逃走車両のバンシーに乗り込んだ2人。
現在進行形で銀行周辺を包囲された状態。爆弾付きの拘束ベストを身に纏った『今にも死にそうな顔をした市民』とアヤメ達が動き出すまで手出し出来ずに遠巻きで成り行きを見守る警察一同。彼女等は車に乗り込んだだけで危機を脱した訳ではないのだが『山は越えた』とばかりに深く息を吐くトワに運転席に座るアヤメが次の計画を問う。
「後は警察を撒いて皆と合流するだけよ」
「具体的には!?」
「ないよ」とアヤメに答えた後に「出来るでしょ?」と逆に聞き返すトワ
「まぁ、余と
少し自棄になりながらもアヤメはトワに笑い返す。
「『A』、車出して。警察が準備を整えるまで待ってやる義理はない!」
「余もそう思う!」
そうして排気量8400cc、V型10気筒エンジンのスロットルは開かれる。
アイドリングで奏でていた『ドロドロ』というアメ車特有の重低音から一転し、高回転へいくにつれて高音の透き通った音へ変化していく排気音。
トラクションコントロールやローンチコントロールなどが一般的になりつつあるご時世に反するようにこの車両には便利な電子制御ユニットなどは一切取り付けられていない。
性能だけ怪物クラス。快適さ、扱いやすさを犠牲にして徹底的に軽量化された車体。
停止状態で踏み込めば空転するであろう後輪をアヤメは持ち前の技術とセンスでパワーロスする事なく強引に加速状態へ移行していく。
事前にスバルがアヤメの運転技術、そして逃走車両の驚異的な加速力をその目にしていたならば『容疑者を刺激するな』『距離をあけて追跡しろ』等と慢心とも取れる指示など出していなかっただろう。
包囲網・・・警察の有利な状況から始まったカーチェイス。
与えられた強力な装備と車両。犯罪都市を取り締まる警官としての誇り。それらがスバルの判断を曇らせる要因となった・・・
「ロスサントスから警察を引きはがし銀行を襲うところまでは分かったけど、その後はどうやって逃げるの?」
今回の作戦は説明により理解できた、だけど肝心な説明が欠落しているとベールズは感じていた。陽動班が注目を引き、隠密行動を行っている他の班の「犯行と撤退」に必要な時間を稼ぐ。その後は?取り残された陽動班はどうなる?見逃すように取引を持ち掛けても警察がそれに応じるという確証もない。それなのにトワは問題ないと言う。
何か策があるのかと聞けば、トワは静かに瞳を閉じて首を横に振った。『そんな物、最初っから用意していない』と・・・
「運も実力の内って言葉があるわ・・・だから、今回は神頼みかな~」
顔色を悪くする一同を見渡し説明不足だったとトワは捕捉を入れる。
「そもそも、『運』って何だと思う?偶発的にもたらされる奇跡だと思う?」
~~~
砂漠地帯、周辺は荒野と化しており風によって流されてきた砂はアスファルトの上に薄く積もる。
ラプラスの声によって我に返った奏は思いっきりアクセルペダルを踏み込んだ。
元々ハイパワーなスポーツカーに更にチューニングを行い馬力を上げた警察車両。
運転する奏の焦りとは裏腹に、作動したターボチャージャーによって増大したエネルギーは路面に伝えられずに空転する。
「私は違うと考える」
「荒れた路面、改造された警察車両、『逃すことは出来ない』という使命・責任感・・・それらは時と場合によっては諸刃の剣となる」
「私達の車は富豪が『走る』為だけに惜しみなく贅を尽くし最適化されたスーパーカー・・・そもそも立ってる土台が違う。1秒、2秒の遅れは致命的な距離の差を生み出す」
「それでも警察ヘリを振り切ることは困難・・・だけど考えてみて?その時、空に居るのは警察ヘリだけかしら?」
『車を停めろ!糞・・・当空域は
「我先に特ダネを撮ろうとするメディアが『偶然』警察ヘリの進路上に居る何て事もあるかもね?」
「上手く行くかもしれないし予想していた事が起こらないかもしれない、運なんてそんなモノよ・・・偶発的な事象なんて不確かなものを計画に取り入れる事は本来はしない」
「・・・だけど、発生しやすい状況を作り出すことは出来る」
助手席から後方を確認していたトワは、概ね予想していた状況に警察が陥っている事に笑みを溢した。
・・・だから言ったでしょう?『運も実力の内』だって・・・と。
「アヤメちゃん。警察はあれで全てではない、いずれ追いつかれる。だけど想定内だから焦らないで!」
相手は機械ではない。振り切られそうになった事による焦り、追いついた事による安堵感。疾走する車を障害物や一般車両に接触させない様に運転するには多大な集中力を必要とし、感情が大きく揺れ動く戦闘ではソレを維持するのは負担となる。
ならば積み重ねるだけ。『運悪く』相手がミスを誘発する瞬間まで。
「この先にバリケードが設置されている筈・・・脇道に入って橋を迂回して」
「何でわかるの?」
「私ならそうする」
銀行から出たときに何故ルート68の方面に包囲網が開けられていたのか・・・それも想定内。
海岸沿いに西署から向かっている警官が待ち伏せしているであろうことは予想できる。
地形を無視できる警察ヘリがある以上、山道を私達が逃走ルートに選ばないという事もね・・・仕掛けるならば通行量の少ない場所、逃げ道のない橋の上。
そして、状況に適した場所はこの先には一つしかない。
「此方ワタメ。グレートチャバレルの橋でイロハと一緒に待機中。爆弾解除は終わりましたか?どうぞ」
『此方スバル、爆弾の解除は完了した。遠慮なくやれ!現在、逃走車両の上空を飛行中。チョークポイントまで残り2km、此方側からの一般車両はない』
遠くから近づいてくるエンジン音にワタメは心を躍らせていた。
橋の遥か手前にパトロールカーを停車させ、海岸側からの一般車両の通行を遮断する。
ケースからスパイクストリップと呼ばれる鋲が上向きに並べられた帯を取り出し身を隠す。
逃走車両がポイントを通過する直前にコレを投げ込む。スパイクは空洞になっており、刺されば即座に空気が抜ける。後は一般車両や追跡する警察車両が来る前に素早くベルトを回収し、機動力の削がれた容疑者を捕獲する作業のはずだった。
『容疑者が手前でルート変更・・・橋を迂回・・・ポイントを通らずに対岸に出るぞ!ワタメ、急いで移動しろ!間に合うか!?』
『む・・・むりぃ~!!』
ベルトを抱え、息を切らしながら迂回路とルート68への合流地点へ向かうワタメ。
彼女をあざ笑うかのように土埃を巻き上げながら黒のバンシーが通過していく・・・
「・・・・・・」
ワタメは思った・・・
「ワタメは・・・わるくないよねぇ?」
だって、直前で感づかれる皆の方が悪いんじゃんっと…
『容疑者はルート68に復帰、グレートオーシャンハイウェイ方面へ逃走中』
「奏!真っすぐだ!」
「あい!」
「バリケードは失敗。そのまま橋を通過して追いかけろ!」
「あい!」
ワタメ達の待ち伏せは無駄ではなかった。
アヤメ達が迂回し、本来のルートへ復帰する頃には奏の運転する車両が射程圏内まで距離を縮めていたのだから。
「先輩、前の車。銃撃できないッスか?」
「馬鹿野郎。こんな所でぶっ放せるわけないやろうがい!」
警察官がライフルを自粛しているのには訳がある。
威力の高いライフル弾は目標を軽々と貫通し、その直線上にある意図せぬ者にまで被害を及ぼす。
その為、一部の特殊部隊では貫通力が低く正確に狙い撃てる精度を持ったSMGが好まれているくらいだ。
唯でさえ立ち位置が著しく変化するカーチェイス。不安定な車内から周辺の被害を考えずに発砲するわけにもいかない。
「奏!追いついたらPITマニューバで停止させろ!」
「まにゅ~ば?」
「・・・此方の前方を相手車両の後輪にぶち当ててスピンさせろ!」
「あい!」
「いいか?吾輩が『やれ!』って言ってからだぞ!?」
「あい!」
~~~
「もうすぐハイウェイ。ロスサントス方面へ・・・左折して」
「わかった!」
右手には渓谷、左手には切り立った岩肌。夕暮れ、傾いた太陽の光が辺りを茜色に染め上げている。
これまでタイヤの摩擦を最大限に利用した地味なグリップ走行を行っていたアヤメはトワの指示が飛ぶと同時にブレーキを強く踏み込んだ。
赤熱するブレーキローター。時速200kmオーバーで疾走していた車体は100km前後まで速度を落とす。
クラッチを踏み、シフトを3速へと叩き込む。
一瞬、右へハンドルを切り荷重移動を行った後に左へと操舵し車体を強引に曲げこむ。
まるで相手を惑わす様な動作から『フェイントモーション』と名の付いた技術は後続車の事故を誘発させる為の物ではない。またの名を『スカンジナビアン・フリック』
ラリーでも使用されているドリフトへと移行する際のきっかけとなる技術だ。
沈み込んだサスペンションの反動さえも利用し、高速道路とルート68の合流地点のT字路をロスサントス方面へと強引にバンシーのノーズをねじ込むアヤメ。
アクセルを離した際も供給された燃料と空気の混合ガスは、燃焼タイミングを逃してエンジン内から排出されマフラーで蓄積される。
スロットルを開けると同時にエンジン内で行われた燃焼はマフラーまで連動し、排気口から小切れ良き破裂音と共にカメラのフラッシュの様に周囲を照らす。
流れるような動作を涼しい顔で卒なくこなすアヤメ。一方、追跡を行っていた奏の車両は「奏~~~~~~~~~!!」というラプラスの絶叫を木霊させながら反対方向へスピンしていった。
数10分に及ぶ追跡で集中力を切らしたか・・・それとも、文字通り『フェイント』に騙されたのかは定かではない。
どの道、速く走る為だけに軽量化・出力アップされたスーパーカー相手に防弾装甲やポン付けのターボチャージャーを装備した鈍重なスポーツカーが機動性で勝ち目があるわけがないのだ。
「奏!ラプラス!大丈夫か!?9号車がクラッシュした。ワタメ、イロハは急行し無事を確認しろ」
「残りはヘリだけね。行けそう?」
「当然!」
高速道路。路面状態は良好、一般車両の交通量も疎ら。アヤメはアクセルを踏み込んだ。
ターボの様にラグはない。スーパーチャージャーの様に高回転時にエンジンの負荷になるわけでもない。
自然吸気エンジンは運転するアヤメの意思に沿うように車体を加速させていく・・・
5000・・・6000回転とスムーズに動く回転速度計。
可変バルブタイミング機構によって低負荷から高負荷時へと切り替わり、最適化されたエンジンは更に出力を叩き出していく。
8000・・・9000。レッドゾーンへと回転速度計の針が近づくにつれてメーターパネルモニターに泣き叫ぶ少女のイラストが浮かび上がってくる。
この車の購入者が特注で製作依頼したエキゾーストパイプとマフラーから奏でられる排気音はまるで『天使の咆哮』の様で・・・その音がアヤメの闘争心を更に駆り立てる。
~~~
「あ~まずいね~」
ヘリを操縦するボタンは泣き叫ぶバンシーを上空から見下ろしながらそう呟いた。
300・・・310km/h・・・このままではヘリでも振り切られると
「どうにかならないの!?」
「この機体の限界なんだわ~」
何処か気の抜けたような間延びした口調とは裏腹に『面白いものを見つけた』とばかりに爛爛と目を輝かせるボタンを横目にスバルは一つ、ため息を吐いた。
「此方スバル、容疑者をロスト。最終確認地点はグレートオーシャン・ハイウエイ。ロスサントス方面へ逃走している。検問を敷き街から逃がすな」
容疑者が今回の襲撃で足を洗うとは思っていない。彼等が活動する上で必ずまた相まみえる事もあるだろう・・・決着はその時につければいい・・・
そう、今回は『運がなかった』だけだとスバルは結論づけた。
誰かが死んだと思った?・・・残念だったな!トリックだよ。
という事でバンシーの回!
ゲームのスペックが見つからなかったので毒蛇からスペックを借用。
ターボやスーパーチャージャー等の過給機ではなく自然吸気の高回転仕様
高回転時、メーターモニターに泣き叫ぶ少女のイラストが浮かび出る
便利な電子制御を取り除いたスパルタン仕様
富豪の趣味で『速く走る』ではなく『走りを楽しむ』を目標にチューニングされている。
つまりつまり…バンシーの皮を被った(中身)別物の怪物!