「う゛っ・・・お゛えぇ・・・っお゛ぇ・・・!」
深夜、トリニティの学生寮。その一室に、くぐもった吐瀉音が染み込む。音の源は、科加部リエ。
トイレに吐き出した、胃の内容物。黄ばんだ透明な液体ばかりのそれが、食道を、喉を引っ掻き回し、焼け付くような痛みが彼女を苛む。
「ゲホッゴホッ、ハァ、ハァ・・・」
胃液の色だけが着いた汚水を流し、フラフラとキッチンへ。口や喉に残ったねばつく酸を、うがいで洗い落とす。
━━さぁ科加部さん、貴方も混ざりなさいな━━
━━ゴミを掃除するのが、我々淑女のエチケットですわよ?━━
━━こんな穢らわしい角付きは、あの吐き溜に永遠に篭って勝手に腐り死ぬべきですわ━━
「ひっ・・・や、やめて・・・やめて・・・っ」
脳裏に焼き付いた、友人を甚振る上級生の姿。染み着いた声が、頭の中で木霊する。
「ごめん、なさいっ・・・ごめんなさいっ・・・うッ!?」
相手の居ない、無意味な懺悔。臓腑が躍り、えずくのも何度目か。
財布を奪い、モアを逃がしたその後、上級生達には体調が優れないと断り集まりは途中離脱となった。上級生達も、あんな気色悪いものを見たのなら、と快く帰宅を許した。
寮の部屋に着くなり、リエの脳は眼を逸らし続けていた現実に殴り倒され、意識を失う。
気がついた頃には、とっくに日が落ちた午後9時。それから2時間近く、エリはフラッシュバックと嘔吐を繰り返していた。
肋骨の内側、五臓六腑を無数のムカデに踏み荒らされるかのような苦痛。乱れる鼓動と嗚咽に塗れて、彼女の夜は未だ明けない。
(コウサイド)
「さぁてと、何処を探したもんかねぇ」
一晩明けて、午前9時。トリニティ市街地まで来てみたは良いものの、何処を探せば良いのやら。取り敢えず、
「どうしたもんかな」
「何かお困りですか、イナホさん」
「お?」
声が掛かり振り返る。そこに居たのは、巨大な黒い翼と艶やか且つ豊かな黒髪を流す長身の少女。
「ハスミちゃんじゃねぇか。丁度良かった、気になる事があってよ」
羽川ハスミ。俺の主な仕事相手、正義実現委員会に所属するスナイパーだ。相方共々、悪くない対戦相手になってくれている。
「と言うか、また背が延びたんじゃないか?」
「そ、それは言わないで頂けると・・・」
「あぁ、悪い悪い」
「それに、身長ならイナホさんも大差無いと思いますが」
「それもそうか」
ハスミちゃんの身長は、ずっと俺と似たり寄ったりだ。メモリの副作用か、おかしな成長曲線を描く俺の身体とトントンのペースで発育している。身長も然る事ながら、その体型もグラビアモデル並みの見事なプロポーションだ。良いものを食って、良く動いて、良く寝てるんだろう。
それはそれとしてだ。
「横に逸れたな、悪い。気になった事ってのは、俺がブラックマーケットから助けたあの子の事だ。中々酷い状況だったからな。当事者として、気に掛けておきたいと思った訳なんだが・・・」
目的を口に出した瞬間、ハスミちゃんの顔が曇る。何かあったのか?
「彼女ですか・・・丁度今朝、彼女に関して報告が上がりました。怪我をして、現在本校舎の医務室で寝ているとの事です」
「何があったんだ?」
「救護騎士団によると、複数の手榴弾を何度も身体のすぐ側で爆発させたとか・・・」
「自爆による自傷行為・・・医務室だったな、ちょっと行ってくる。仕事には遅れねぇから心配すんな」
「分かりました。お役に立てたなら幸いです。では」
ハスミちゃんと別れ、医務室を目指す。外様用の下駄箱に安全ブーツを預け、スリッパに履き替えてペタペタと足早に校舎内を通過。何度かここで仕事をしたからか、周囲の生徒も一瞥するだけだ。
そうして間も無く、医務室に到着。猶予は45分程。
「邪魔するぞ」
「おや、貴方は・・・」
扉を開けた俺に振り向いたのは、青髪と翼、尖り耳が特徴の少女。
「青森か、丁度良い。科加部リエの容態についてだ。手榴弾で自傷したと聞いたが」
「成る程。確か貴方は、先の誘拐事件の解決者。関係者と言えるでしょう。分かりました」
素早く理解し、彼女、青森ミネは頷く。彼女はトリニティには珍しい、直球な遣り取りを好む直情型だ。俺としても、手っ取り早い話し方が出来て助かる手合いだったりする。
医療ベッドを囲うカーテンを開き、俺を招く青森。それに従い、エリが寝かされたベッドに歩み寄った。
「使ったのは、コンビニ等で買える一般的な破片手榴弾です」
「パイナップルか」
「はい。更に診察した結果、口腔から食道に掛けて酷い炎症が見られました。恐らく、何度か嘔吐を繰り返したものと思われます」
「典型的な心因性発作だな。見つかった時間は?」
「今朝8時、パトロール中に連続する爆発音を聞き、駆け付けた校舎裏で発見。即座に医務室に搬送し、各方面に報告しました」
「8時か。吐く程に高ストレス状態だったなら、丸一晩眠れなかった可能性もあるな。もしそうだとすれば・・・大まかに見積もって、午後までは起きない可能性が高い」
「成る程・・・睡眠不足については、現状では診断しかねる所ですが、確かに可能性は高いですね」
「俺はこれから正実相手に、何時ものお仕事だ。取り敢えず、もし起きたらあんま根掘り葉掘り聞かずに俺が来るのを待ってくれないか?前提を共有出来てるかどうかってのは、この手のトラブルではかなり重要だ」
「・・・もしも目覚めた場合は?」
「俺が来るって伝えろ。ローザスト、草薙、イナホ、全部通じる」
「了解しました。では、お気を付けて」
「おう。頼んだぜ」
青森に注文を通し、医務室を後にする。残り40分、指定の市街地演習場までは15km。まぁ、クウィンケーを飛ばせば余裕で間に合うだろうさ。
(NOサイド)
「オラオラどうしたァ!?お前らの訓練の成果とやらはこんなもんかァ!!」
「さぁーて、どうしたもんっすかねアレ・・・」
市街地演習場で仮想敵として暴れ倒すローザストを遮蔽物越しに覗き、引き攣った笑みを浮かべる黒セーラーの少女。
今回は、テロリストによる市街襲撃を想定した訓練。状況開始から8分で味方の増援があり、それまで持ち堪えるのが彼女達の役目だ。
「ノルマまであと2分チョイ・・・しょーがないっすね」
冷や汗を流しながら、息を吐く。そして遮蔽の陰から飛び出し、アサルトライフルでローザストの背中を撃ち抜いた。
「ほらほらこっちっすよバッタ野郎!」
「俺ァ女だよッ!」
振り返ると同時、拳を腰溜めに構えるローザスト。そのまま右脚で地面を蹴り、滑るように一瞬で距離を詰める。
━バギョッ━
「ぐぁおっ・・・!」
振り抜かれる右の縦拳。鳩尾を咄嗟に庇ったアサルトライフルの銃床が、弾丸の如く捻り込まれた突きで打ち砕かれる。
「ほぉ、防ぐか今のを」
「ケッ!まだまだァ!」
ストックレスとなった銃を腰溜めでばら撒きながら、再度突撃。ローザストは腕を上げ、複眼を保護する。
距離は大股3歩分。ここで弾が切れる。ブルパップ式ライフルをグリップから瞬時に弾倉挿入口付近に握り換え、焼け付いた銃口で掬い上げるようにローザストの喉元を狙った。
「悪く無ェ」
対して、ローザストはスウェーバックで回避。バックステップで距離を取ろうとし━━━
━ガツンッ━
「ぬおっ!?」
「逃がさねぇっすよ・・・!」
━━━足の甲を踏み付け、縫い止められる。
少女は引いていた右腕を振るい、弾倉底部を側頭部目掛けて振り抜いた。
「良い・・・!」
迫るマガジンを、左手でキャッチするローザスト。しかし、これで終わりでは無かった。
マガジンリリースで弾倉を棄て、カヤックのオールのように銃口側で再度殴打を試みる。こちらも、ローザストはコート越しにガントレットで受け止めた。
だが、まだ止まらない。砕かれた銃床で、防御の手が回らない腹部を突き抜く。
「ぐおっ!?」
「でぇりゃあッ!!」
「がおッ!?」
尖った断面で腹部を貫かれ、動きが鈍ったローザスト。そのコメカミに、右脚のハイキックが直撃した。
そこから胸板を蹴り、バックジャンプで離脱する1年の少女。極度の興奮から眼を血走らせ、呼吸も荒い。しかし視線はブレる事無く、ローザストを睨んでいる。
「・・・ククッ、クハハハ!良い!良いなお前ッ!良いセンスだ!最高の原石だッ!」
腹筋を固めて容易く止血し、歓喜に震えるローザスト。既に細胞の増殖が始まっており、間も無く刺突の傷は塞がる。どうでも良い痛覚は脳内から蹴り飛ばし、唯々相手のバトルセンスの高さを称賛した。
「だが・・・あぁ、折角美味そうなのとヤり合えてた所だが・・・残念、今回は時間切れらしい」
「ヒャァァハハハハハハァ~ッ!!」
━ドゴォンッ!━
怖気を煽る絶叫にも似た笑い声を上げながら、砲弾のように落下して来た怪物染みた少女。有刺鉄線にも似た歪な翼をはためかせ、砂埃を吹き飛ばす。
剣先ツルギ。トリニティ2年生でありながら、既に正義実現委員会最強の戦略兵器と呼ばれるバーサーカー。
「オペレーション、パターン2に移行だ」
ローザストは右袖から蝗丸を引っ張り出し、左腰に帯びるように構えた。
「さぁ、シンプルな殴り合いだ!見学しとけお嬢ちゃん!」
「グフフフフ・・・死ネァ!!」
━━━
━━
━
「ふぃ~・・・楽しかったな、ツルギちゃん」
「あぁ・・・キヒヒッ、スッとした」
血でベトベトになった身体を布で拭いながら、ツルギと談笑するローザスト。
状況終了後、こうやって対等に駄弁るのが正実の仕事を受けた日の彼女達のルーティンとなっている。方や単純なバトルジャンキー、方や強さの追求。根底の欲求に差こそあれど、それらが各々のスタンスに食い違う事は無い。故に、対等な戦闘を演じられる2人は相性が良く、良好な友人関係を築けているのだ。
「でだ。さっき俺に良いのをご馳走してくれた1年の子は誰だ?」
「あぁ、それなら・・・居た。おいイチカ、此方に来い」
「は、はいっす!」
ストックの壊れたアサルトライフルを抱えた少女が、慌てたように駆け寄る。戦々恐々といった様相で、自分が何かをやらかした自覚があるようだ。
「安心しろ、叱責の類いじゃない。コイツが、お前に興味を持ったらしくてな」
「おう。イチカちゃんか?」
「はっ、はい!1年の、仲正イチカって言います!」
「そうか、覚えとくよ。いやぁ、1年で既に俺に有効打を入れられるとは、正実も安泰か?」
「きょ、恐縮っす・・・」
カカカと笑いながら、既に傷跡すら無い腹をなぞるローザスト。しかしその恐ろしい顔面で笑われても、イチカにとってみれば安心材料には程遠いようだ。
「ただ・・・放置しちゃいけねぇ部分も明確にある」
「ほぉ・・・イチカ、しっかり聞いておけ。コイツの嗅覚は信用できる」
「オイこらツルギ、犬か俺は?」
ベシッと軽くツルギの肩を叩くローザスト。だがすぐに切り替え、分析した情報を開示する。
「まず、闘争心と度胸は申し分無し。俺のバックステップを踏み付けで潰したり、マガジンリリースで殴れるチャンスを増やしたりと、咄嗟の応用力も高いな。何より、俺の攻撃を防げた。あの反応、殺気や敵意の類いを察知するセンスも良いと見える。
反面、自分の闘争本能に振り回されてる。アドレナリンの過剰放出による過度の緊張と視野の狭窄、肩の硬直が見られた。自分の獣性を乗り熟せていない証拠だ。あの爆発力は間違い無く武器になるが、あれはすぐにバテるからな。対多数戦や継戦能力がアキレス腱になる。しかし、これはそのままなら致命的な悪癖になるが、扱い方を覚えれば天賦の才にもなるんだ。
総評としちゃ、センスの良さは申し分無いが磨きが足りないって感じだな。まぁ1年だから未熟で当然だ。格闘技や拳法の類いを習って、自分の肉体を正しく認知し、精神を俯瞰視する技術を身に付ければ更に化ける。あの突撃のセンスなら、八極拳辺りが向いてるんじゃないか?」
「との事だ。精進しろイチカ」
「はいっす!ありがとうございました!」
ペコリと頭を下げ、走り去るイチカ。微笑ましい後ろ姿を見送り、ローザストは重い腰を上げる。
「名残惜しいが、ちっと用事があってな。お暇させて貰うぜ」
「あぁ、楽しかった。また頼むぞ」
コートに付いた埃を払い、立ち去るローザスト。その背中を、晴れ晴れとした表情でツルギは見送った。
「あ、そう言えばハスミちゃん今日市街地に行く予定あったか?」
「は?」
「ここ来るちょい前に市街地で会ったぞ」
「・・・場所は?」
「西側」
「新作スイーツッ・・・ハァ、報告感謝する」
「良いって事~」
━━━
━━
━
「・・・んっ・・・?」
微かな呻き声と共に、少女の意識は浮上する。うっすらと目を開け、滲んだ焦点が結ばれるのを待てば、見覚えの無い天井。
「ここ、は・・・っ!」
「おう、起きたか」
「あっ・・・イナホ、さん・・・」
「目覚めましたね。では、問診をさせて頂きます」
「あ、はい・・・」
一言だけ交わしたイナホとリエ。ミネが問診票を挟んだバインダーを持ち、質疑応答を開始する。
「・・・大方、イナホさんの推測通りでしたね」
「だな。まぁそう言う訳で、さっき言った通りだ青森。ちっと外してくれや」
「・・・承知しました。医務室の外に居ます。何かあれば呼んで下さい」
「おう」
不服そうにしながらも、ミネは医務室を出た。それを見送り、イナホはベッドの側に置いたパイプ椅子に腰掛ける。
「・・・」
「・・・」
「・・・事の流れは、モアから聞いた」
「っ・・・!」
リエの身体が跳ね上がり、強張った。顔色がサッと青くなり、呼吸が乱れ、眼の焦点が合わなくなる。
「落ち着け」
「がふっ!?」
背中を少々強めに叩くイナホ。肺に響いた衝撃は、ストレスによるパニックをある程度打ち消す。
「・・・すみません」
「良いんだ。取り敢えず、あんまり慌てんな」
「・・・あの、私の鞄は・・・」
「ちょっと待て・・・ほらよ」
ベッドの下、患者の私物カゴに入っていたバッグを引っ張り出し、リエに渡す。その中をゴソゴソと漁り、やがて何かを取り出した。
「あの・・・これを、彼女に返してあげて頂けませんか?」
イナホが渡されたのは、茶色い革財布。それなりの年期ものだが、直近で多少の手入れをした痕跡が見て取れる。
「ハァ・・・無理だな」
「っ!?」
イナホは冷たく突き放すように、財布をリエに押し返す。体温を削がれるような拒絶に、リエはザワリと血の気が引いた。
「それを返す権利と義務を持つのは、他ならぬお前さんだけだ。俺は受け取れん」
「そんな!私は・・・私はもう、モアさんに会う資格なんて・・・」
「それは只の逃避だろ」
「ッ!」
色も熱も無いイナホの言葉が、リエの胸に突き刺さる。慈悲も容赦も無く、銛のように。
「お前が逃げたいってんなら俺は止めねぇ。だがアイツは・・・モアは、お前に会いたがってたぞ」
「え・・・?」
「幸か不幸か、お前の尋常じゃない症状は青森が保証してくれる。明日1日休むなんざ容易い事さ。そんでもって、向こうは秩序が生命維持装置を手放せないようなゲヘナだ。1日休むハードルも低い・・・まどろっこしいのは無しに言おう。明日、俺の事務所に来い。そんでアイツと話せ」
「そんな・・・でも、私は・・・」
「ゴタゴタ抜かすんじゃねぇ。お前は財布を俺に渡そうとした。俺に聞かれてもねぇのに自分からだ。それは何故だ?」
「それ、は・・・」
「嫌だったんじゃねぇのか?友達を助けられなかった弱い自分が。弱くて卑怯な自分が嫌だから、せめて自分を赦す口実として渡そうとしたんじゃ無いか?」
息を詰まらせたリエの眼から、涙が溢れる。噛み締めた歯を剥き出し、早鐘を打つ脈に頬を染められ、今にも泣き出しそうな様相だ。
「・・・弱いのが嫌なら、強くなれば良い」
「ッ!簡単に、言わないで下さいッ!貴方みたいな強い人と、私は違う!覚えも悪い、気も利かせられない!私を守ってくれたあの子に、変わる事を恐れて、恩を仇で返して・・・」
「確かにそうだ。俺は強い。恵まれてる。お前よりも、モアよりも、成長のスピードは早い。遥かにな。だがな?それはお前が出来ない証拠にはならない。変われないと言う枷にはならない」
「え・・・?」
「現にお前は、植え付けられたモノと言えどゲヘナへの十把一絡げな憎悪を捨てられたんじゃないか?それは小さく無い、十分な変化と言える。1度は成せた事だ、出来ない道理なんぞ無いだろ?だから、弱い自分が嫌だってんなら、そんな自分から変われば良い。もう1度な」
「・・・私に、出来るでしょうか」
「出来るかどうかはお前次第だ。だが、周りの物差しに自分を当て嵌めて腐ってるより可能性はあるぜ」
口を噤み、俯くリエ。やがてその手はぎゅっと握られ、深呼吸と共に視線は上がった。
「明日、行けば良いのですね?」
「ああ。9時に来い」
「分かりました。行きます・・・必ず」
「・・・フッ、良い眼だ。澱んで腐った濁り眼じゃねぇ、覚悟を決めた澄んだ眼になった・・・鍵は開けとく。勝手に入れ。じゃあな」
「はい・・・また、明日」
組んでいた脚を解き、立ち上がるイナホ。
今日の用事はここまでとなる。憂いの芽は彼女が摘んだ。種を潰すのは、当人達である。
━━━━━
━━━━
━━━
━━
━
━ガチャリ━
午前9時。蝗屋の事務所を支配していた静寂を、開かれた扉の音が破る。玄関からコツコツと階段を上る足音が響き、縁から、北極星を囲む星の軌跡のヘイロー、次いで金髪が現れる。
「来たか」
「・・・はい!」
ワーキングチェアに腰掛けていたイナホの呼び掛けに、リエは声を張って応えた。
「あ、あの、モアさんは・・・?」
「ガレージだ。着いて来な」
滅多に人を入れないガレージの扉を開き、エリを招き入れるイナホ。中は薄暗く、足元を照らす非常灯しか点いていない。
「足元、気を付けろよ」
「は、はい・・・」
カンカンと螺旋階段を2人で下る。視界の不明瞭な空間で、薄い鉄板に体重が跳ねる感触が妙にエリの精神を掻き立てた。
「イナホさん・・・リエ」
「モア、さん・・・」
ハッチを開いたドゥオルギャリー。そのハンガーに固定されたライドクウィンケーに、モアは触れていた。
「・・・あっ、ゴメン。勝手にバイク・・・」
「気にすんな、俺しかエンジンすら掛けられん。で、だ。俺の協力はここまでだ。後はお前らで話を付けろ」
「「えっ?」」
トンッ、と軽やかに床を蹴り、出入口に跳び上がるイナホ。そしてドアノブに手を掛け、電灯のスイッチをパチンと切った。
「ちょっ!?」「何で真っ暗!?」
「その方が良いんだよ。じゃ、ごゆっくり」
一方的に扉が閉ざされ、ガレージを暗闇が支配する。暫し留まる残響が、より静寂を強調する空間となった。
(コウサイド)
「さぁてと、どう転ぶかな」
ワーキングチェアに腰を下ろし、机の上のタブレットに眼を向ける。表示されているのは、ガレージ内の暗視映像。天井付近に張り付かせたバットショットから中継された、リアルタイムの状況だ。
『あーもう、大丈夫かリエ!』
『え、えぇ、何とか』
『待ってろ、今そっちに・・・どわっ!?』
『ちょっ、モアさん!?』
「おー、コケとるコケとる」
地味に起伏の多いガレージで、足を取られてスッ転ぶモア。一方エリは四つん這いになって、周囲を探りながら距離を詰めようとしている。
『い、今そっちに・・・あいたっ!?』
『お、おい大丈夫かリエ!?』
「よしよし、お互いの事をナチュラルに心配出来てる。こう言う時に、これは大きいぞ」
対話の舞台として、真っ暗なガレージを提供した理由は主に2つ。1つは、暗闇は情報開示に対する心理的な抵抗を弱める効果があるから。そしてもう1つが、今のようにお互いに対する心情を態度として浮き彫りにさせる為だ。
視界が使い物にならないからこそ、声によるコミュニケーションは普段よりもその濃度を増す。相手の声色、息遣い、それら全てから、ダイレクトに意思や感情が伝わる。更に普段は無意識に取り繕ってしまうような仕草であっても、相手から見えないと言う状況が警戒を忘れさせる。結果、より素直に、正直になれる訳だ。心情開示と言う課題に取ってみれば、暗闇と言うのは最適解の1つと言っても過言では無いだろう。
『おっとと・・・大丈夫か?』
『はい・・・ちょっと、コブが出来てしまいましたが』
『あはは、スゴい音してたもんな?カーンってさ』
『わ、笑い事じゃありませんわ!』
「更に、最初の一声を掛けるハードルも既に下がってる。この調整があると無いとじゃ、大違いだぜ」
手探りで漸く側に寄り添えた2人。ギャリーのハッチに凭れ掛かって座りながら、穏やかに対話を始めている。
『・・・なぁ、リエ』
『っ・・・な、何でしょうか』
『・・・アタシ、リエに言わなきゃいけない事があるんだ』
『っ!』
「やっぱりモアから斬り込むか」
モアは1年の割に、かなり腹が据わってる。決して恐怖が無い訳じゃ無く、しかしそれを噛み締めて覚悟を決められる強い子だ。故に、彼女は自分からぶつかりに行ける。
『・・・はい、どうぞ仰って下さい』
『・・・ごめんッ!』
『・・・へ?』
『あの時、アタシがトリニティに入ったりしなきゃ良かった!自分の身も守れないぐらい弱い癖に、いっちょ前にカッコ付けようとして、喜ばせたかったお前にあんな事をさせた!ごめん!』
『ちょ、ちょっと待って下さい!謝るのは寧ろ私の方です!あの場で私は、貴方を助けるべきでした・・・なのに・・・』
『それは・・・仕方無いよ。トリニティって上下関係とか結構厳しいんだろ?上の人には口答え出来ねぇって』
『それでも!私はあの時、貴方を庇うべきだったんです!生まれて始めて、大好きになった貴方を!』
『えっ!?』
「おっとォ?」
リエの奴、テンション上がり過ぎてトリップしてねぇか?勢いに任せてぶっぱなしたが、それ結構な爆弾発言だぞ?
『え、だ、大好きって・・・えっ、そう言う意味?』
『えぇ、えぇ!そうです!お慕いしているんです!牢屋で寄り添って、守ってくれた日から!貴方の事が、心から離れないんです!それなのに・・・私は・・・』
『・・・』
『私は、貴方を見捨てた事を正当化しようとしました!恩人であるイナホさんに、この貴方の財布を押し付けて、楽になろうとしてしまった・・・自己保身しか頭に無く、賎しい獣のように・・・!』
『それは違うだろ』
バッグから取り出した財布を握り締めるリエ。その肩を手探りで見付け、モアはそっとリエの手に自分の手を添えた。
『ホントに保身しか考えてないなら、そんなに自分を責めねぇよ。それにあの時、リエはアタシを見捨ててなんかいなかった。見て見ぬふりも、リンチへの参加もせず、アタシからアイツらの関心を反らす方法を考えてくれた。自分も泣きそうなぐらい辛くて怖いのに、それを必死に圧し殺して・・・アタシの為に、勇気を振り絞って1歩を踏み出してくれた』
『っ・・・!』
『だからアタシは・・・リエを許すよ。だからリエも、自分をもう責めないで。許すんだ』
「100点だ・・・」
天井を仰ぎ、思わず呟く。君は悪くない、じゃなく、相手の自罰感情を丸ごと引っ括めて赦す。相手の思考を否定せず、真っ直ぐ立てるように寄り添ってやれるのは・・・相手の感情を想像出来る奴だけだ。
いや、マジで格好良いなコイツ。俺まで脳ミソ焼かれる所だった。
『ず、ずるいです・・・そんな事を言われたら、私・・・~っ!』
『おわっと!?』
『自分が、こんなに惚れっぽいなんて・・・私、知りませんでしたのよ?・・・責任、取って下さいますか?』
『・・・うん』
ガバッと抱き付いたリエを、モアは優しく抱き締め返した。
おぉ、カップル成立か?離れた所から見守る純愛程旨いモノは無い。
『アタシも、リエの事が好き。うん、間違いない。この気持ちが、リエのと同じかは分からないけど・・・こうやって抱き締めたエリの暖かさは、間違い無く好きだよ』
『ッ~!?』
「ミ゜ッ!?・・・おいこらモア、終いにゃ死ぬぞ俺とリエが」
コイツのバカみたいな火力は何なんだマジで。何か脳ミソの奥底で知らない脳内麻薬が分泌され始めたぞ。あぁ~漲る尊さでトぶぜオイ。陶酔感と言うか酩酊感と言うか、クラクラしちまうじゃねぇか。
『アタシさ、ここで仕事する事になったんだ。イナホさん、鍛えてくれるって言ってた。だから、自分の身と、リエも守れるぐらい、強くなって見せるよ』
『それは・・・!では、私も一緒に働きます!』
『えっ、リエも?』
『今回のトラブル、原因の1つは私の弱さ、そこから来る自信の無さです!それらを克服し、貴方の対等な・・・こっ、恋人になります!守られるだけで無く、貴方を支えられるように!』
『そ、っか・・・うん、そうだよな。アタシからも、イナホさんに頼んでみる!一緒に強くなろう!』
「大歓迎です・・・ご馳走さまです」
合掌し、天を仰ぐ。
実際、この2人はくっ付けといた方がモチベーションも上がって成長を促せるだろう。それに、リエのヘイロー・・・北極星を中心に回る星の軌跡だ。名前と合わせて、本質たる根源は想像が付く。その力を引き出せたなら、強さは何倍にも跳ね上がる筈だ。
「さぁて、忙しくなるな」
未来への期待に胸を膨らませながら、ワーキングチェアから立ち上がる。
「・・・フフッ、今夜はお月見日和だな」
スマホで天気を確認してほくそ笑み、俺はガレージの扉を開けた。
「「んむっ!?」」
「済まん・・・いや、マジで済まん」
結果、熱烈なベーゼに乱入して邪魔してしまった。これ程自分を殴りたくなったのは始めてだ。
to be continued・・・
~キャラクター紹介~
・叢雲コウ/草薙イナホ
図らずも愛のキューピッドを演じる事となったバーサク飛蝗少女。
トリニティの治安組織、正義実現委員会の戦闘訓練に於ける仮想敵を演じる依頼を受けており、それに乗じて傷心中のリエに接触した。
それなりに人脈があり、更に先の誘拐事件の解決者と言う立場もあってすんなりとリエに会う事が出来た。リエに対しては少々心を鬼にして甘えを跳ね除けつつ、本人の成長の為に謝罪の場をセッティングしている。フィリップも利用した暗室仲直り作戦を再現し、無事関係修復成功。それどころかカップルが成立して尊さでぶん殴られる事に。
10合の飯と同じぐらい甘酸っぱい純愛が好き。なのでリエとモアの関係はバリバリ応援する。
複数の戦闘術の類いを基礎程度ながら学習しており、自分に合うようカスタマイズして実戦に活かす。
現在、身長177cmの体重93kg。
・羽川ハスミ
現在2年生。長身グラマラスなスナイパー。
正実内でも優秀な成績を納め、次期幹部として注目されている。コウとは何度か訓練を重ねて交友を深めており、普通に友人関係と言って差し支えない。
実は今回急遽休みを取っており、本来ならツルギと共にコウの相手をする予定だった。体調不良と報告していたが、実は新作のスイーツが目当て。帰る頃、訓練終わりのツルギにコッテリと怒られた。
・青森ミネ
現在2年生。トリニティの医療部活動、救護騎士団を牽引する女傑。訓練終わりの誠実部員を治療する際に、「どんな攻撃をするのか知っておけば救護に役立つ」と言ってローザストとガチ戦闘を行った過去がある。
トリニティには珍しい直情家であり、回りくどい遣り取りをせずに済む点でコウに好まれている。
・仲正イチカ
現在1年生。正実の期待の新星。
突撃力と格闘センス、暴力の爆発性に凄まじい才能を秘めたヒヨッ子。ローザストに対して、1分ちょっととは言え食い付けた上に腹に傷を負わせられた。コウにはかなり期待されている。
・剣先ツルギ
正義実現委員会最大戦力、通称トリニティの戦略兵器。
2年生にしてそのバーサク気質から恐怖の象徴と化している。
文字通り人間離れした膂力と再生力にモノを言わせて砲弾の如き突貫、からの蹂躙を最大の特技としており、その奇々怪々と言って過言で無い強烈な顔芸の威圧効果によって特に対多数戦での殲滅能力に長けている。コウ曰く、「多分適合メモリはビースト」との事。
素でバトルジャンキーな気質も相まって、ローザストとは喧嘩友達に近い関係。鬱屈する事の多いトリニティでのストレス発散も兼ねて、定期的に半ば殺し合いレベルの模擬戦を行っている。
・科加部リエ
過酷な曇らせが遂に晴れたトリニティ少女。ヘイローは北極星を中心に回る星の軌跡。早い話がACVのアンジーのエンブレム。
自分の弱さと臆病さを責める自己嫌悪に苛まれ続け、一晩中えずいて泣いてを繰り返し、夜が明けたらコンビニで大量に買い込んだ手榴弾で自傷行為に走った。幸か不幸かその行動によって正実にまで話が伝わり、コウが場所を特定出来た。
その後コウに渇を入れられ、翌日に見事仲直りとカップル成立を果たす。
実は書いてる途中で反転させ掛けるか悩んだが、流石にまだ浅いしトリニティと言う人口密集地では収拾が付かないと却下した。
・亜門モア
ゲヘナの心が強ぇ奴。
本当に人の感情に寄り添ってやれる、あまりにも精神が良く出来た子。何かファンクラブ出来てそうまである。
熱烈な愛情を受け止め、超絶火力のカウンターで見事リエとコウの脳を焼いた。
エリと共に強くなる事を選択。共に万事蝗屋で働きながら、仮面ライダー基準の稽古を受ける事になる。