相変異 黒蝗   作:エターナルドーパント

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見敵

『第1中隊壊滅!撤退し、整備に入ります!』

『こちら第3中隊!戦闘続行不能!撤退許可を!』

『第2中隊!携行火器の凡そ半分が破壊若しくは鹵獲されました!』

 

「・・・成る程」

阿鼻叫喚と化した前線から引っ切り無しに届く悲鳴混じりの報告に、アコの額を冷や汗が伝う。

「シャーレの力、それを抑え込むのに必要であろう兵力・・・どうやら、見積もりを大幅に上方修正せねばならないようですね」

 

「ひぃ!?た、助け・・・!?」

「逃がさない」

「ぎゃっ!?あ、脚が!?脚がぁ!?」

「喧嘩売る相手を間違えたわね!」

「と~っても、痛いかもしれませんよ~☆」

『皆さん、補給物資です!受け取って下さい!』

 

第1の誤算は、各個人の戦闘能力。風紀委員会の特記戦力と同等のポテンシャルを持ち、雑兵では歯が立たない文字通りの少数精鋭。更に脚の関節や指先を積極的に狙い、行動不能な負傷者を増やす戦法を取っている事も、人的リソースを圧迫している。

 

「蝗屋、多分伏兵。8時の方向」

「了解。5分保たせろ」

「なるべく急いでね」

 

第2の誤算は、その連携精度。本来先生では、正確にはシッテムの箱の指揮ソフトでは統制しきれない部分を、前線でフィールドモニターを務めるカヨコが補っている。風紀委員会の手の内をよく知る彼女は、前線の対処も行いつつ地形情報から伏兵の可能性を悉く看破し、その伝達を受けたローザストが単独遊撃兵として前線を一時離脱。5分足らずで迎撃を完了し、道中の編隊をズタズタに引き裂きながら持ち場に戻る。これは最早、市街地戦闘では無い。特殊ゲリラを抱えた難攻不落の山岳要塞を相手に、麓から攻城戦を仕掛けているに等しい状況。

だがしかし、それでもアコの口元から笑みは消えない。どれだけ強い個人が寄り集まっていると言えど、高度的優位も物理的障壁も無しに長時間の波状攻撃に耐えられる部隊等存在しない。控えている兵力にはまだ余裕がある。それを順繰りにぶつけ続ければ、何時かは圧潰する。それが、アコの勝ち筋━━━━━

 

「━━━━━な~んて、考えてんのは分かってんだよな」

 

(コウサイド)

 

「大隊規模相手、それしき読むのは当然よ」

上空のバットショットから送られた映像を見て、呟く。ドンピシャだな。

「い、言われた通り、やって来ました!」

「よくやった平社員」

前線に戻って来たハルカを労い、冷却コートで身体を冷やす。冷媒、残り40%・・・余裕だな、行ける行ける。

 

「撤退!撤退だ!」

 

正面で当たってた奴等が撤退を始めた。気絶した部員を背負っている奴も多く、その足取りは遅い。これなら、()()()()()のが良いな。

「クフフ、逃がすと思ってんの~?」

「室長、放っておけ」

「え~?何で?後からめんどくさくない?」

「心配するな、お前好みのを見せてやる。きっと気に入るぞ?」

手元に戻したスタッグフォンを操作し、仮面越しにニヤリと笑い掛ける。ムツキのキョトンとした眼を余所に、親指でEnterキーを押した。

「ポチっとな」

 

━ドゴゴゴォォンッ!━

 

連鎖する爆音。出所は、街道沿いのビルの足元。

大質量の鉄筋コンクリートの塊。その根元が揺らぎ、ぐらりと傾く。そして、倒壊。瞬く間に瓦礫の山となり、撤退中の部隊と交代部隊が交わる場所に降り注いだ。

「そ~ら、大事なお仲間だぞ~?気張って掘り出せよ~?5分過ぎたら、死ぬかもしれんぞ~?」

「アッハハハハ!すっごーい!撤退を狙って一網打尽なんて、やるぅ~!さっきダイナマイト寄越せって言ってたの、これだったんだ~!」

そう。ムツキから高火力のダイナマイトと起爆用のリモコン爆弾を分けて貰い、複数回の迎撃出動のついでにチラリと見た移動経路を繋ぎ合わせ、それを潰す位置を指示してハルカに仕掛けさせた訳だ。

「まぁ、こんなもんよ。アイツ等は手出し無用だぜ。救助活動中は動けまいよ。しっかし・・・止めときゃ良かったかも・・・」

作戦が成功したと言うのに・・・やっぱ素直には喜べねぇな。

「どーしたの?何か浮かない顔しちゃって」

「いやな?」

破れかぶれになって突撃してくる雑兵をあしらいながら、ムツキに答える。

「こう、正面からぶん殴るだの蹴っ飛ばすだのは良いんだ。罠を張って騙すのも良いんだ。だが、ああやって瓦礫の下敷きにしちまうと・・・どうしても、気が悪くてな。罪悪感と言うか・・・」

「ふぅん、よく分かんないな~」

「だろうな。理解してくれとは言わんさ。だが俺の中では・・・何か、違うのよ」

「こっ、コメカミ握り潰しながらしっとり語るなァァ!?」

「おぉ悪い悪い」

「わぁぁぁぁぁぁぁ!?」

アイアンクローで締め上げていたイオリを再びぶん投げ、ふっと息を吐く。

『くっ、まさかこんな罠まで仕掛けるなんて・・・このままでは・・・』

『このままでは、何なの?アコ』

『ヒッ、ヒナ委員長!?』

「来た!カヨコ!パターン3!」

「了解」

俺の伝達を受け、カヨコが3発上空に発砲。そして前線を俺に任せ、撤退を開始した。

「ローザスト、便利屋が撤退したけど・・・」

「俺の指示だ。この草刈りも、もうじき一段落着くぜ」

「どういう事?」

「まぁ見てりゃ分かるさ!」

 

『アコ、今何処?』

『わ、私ですか?私はその、えーっと・・・ゲヘナ近郊の市街地辺りです!風紀委員会の一員としてパトロールを・・・』

 

「思いっきり嘘じゃん!」

「行政官の独断と言うのは本当だったんですね」

しどろもどろになる天雨を見て、セリカが顔を顰める。しかし、俺の胸中は軽やかだ。何せ、勝利条件が漸くやって来た訳だからな。

 

『その、申し訳ありませんが現在立て込んでおりまして・・・後程かけ直します!』

『立て込んでる?珍しいね、何かあったの?余所の自治区で、風紀委員会のメンバーを大隊規模で投入しなきゃならないような事が』

『えっ・・・?』

 

「ハハハハッ!勝った!勝ったぞ!ハッハハハハ!」

チェックメイトが掛かった。駄犬の間抜け面と来たらどうだ。笑いが止まらんわ。

 

━ズドォンッ━

 

上空からの落下物。それなりの衝突音を上げ、砂埃が舞う。その中から現れる、小柄な友人。

白い髪。金色の装飾が着いたコウモリのような翼。大きく捻れた黒い角に、王冠にも歯車にも見えるヘイロー。ゲヘナ風紀委員長にして、キヴォトス最強クラスの個人の1人、空崎ヒナ。

「この状況、説明してくれるかしら、アコ?」

『え、えぇぇぇ!?』

「い、委員長!?いつから!?」

吊り上がったすみれ色の鋭い眼が、ホログラムの天雨を射貫く。突如として出現した自分達のボスに、他の風紀委員もびくびくと狼狽していた。

『こ、これはその、素行の悪い生徒達を捕まえようと・・・』

「便利屋68の事?私が見た限り居ないように見えるんだけど?」

『え、便利屋ならそこに・・・居ない!?いつの間に!?』

そう。便利屋は既に、俺の合図で撤退を完了している。しかしアイツ等の逃げ足、相当なもんだな。

「ねぇアコ、何でアビドスとシャーレを相手に攻撃したの?」

『そ、それは・・・こ、公務執行妨害を受けて、やむを得ず・・・』

「そう、おかしいわね。私が受け取った写真や映像には、爆撃された無関係の建物とかも写ってたのだけど」

『はぁっ!?い、何時の間に・・・と言うか何処から!?』

「俺の可愛い手下の事、忘れてくれてて助かったぜ?」

パチンとフィンガースナップを響かせれば、上空や瓦礫の影からメモリガジェット達が集まって来る。

そう。この戦闘中、地味ながら確実な撹乱をして優位を保ってくれていた縁の下の力持ちは、正にコイツ等だ。どさくさに紛れて適宜放ち、それぞれの機能を活かして参戦してくれていた。

『ッ!ひ、ヒナ委員長!今の蝗屋は、我々と敵対関係にあるんですよ!?どんな加工やフェイクが・・・』

「そう言う工作が出来るシュラウドを抱えてる事務所からじゃ無く、個人的な連絡用のモモトークチャットで送られて来た。戦ってる最中にそんな事が出来る程、イナホは器用じゃない」

『ぐっ・・・』

「おいヒナちゃん、信頼は嬉しいがその言い方はチクッと来るぞ?」

まぁ、器用万能何でもありって思われて疑われたりするよかよっぽど良いけどさ。まぁでも、ホログラム越しにも分かるぐらい顔色悪くなってる駄犬が見られたから、良しとするかな。

「ごめんなさいね、イナホ・・・まぁ、大体経緯は分かったわ。大方、ゲヘナにとっての不安要素の確認、及び排除。そんな政治的な活動の一環って所でしょ?」

『・・・』

「けど、私達は飽くまで風紀委員会。暴力装置であって、政治をする生徒会じゃない。シャーレ、ティーパーティー、そして連邦生徒会長・・・そんな面倒なあれこれは、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の仕事よ。あの狸共に任せておけば良いわ。

取り敢えず、処分は追って下すから。校舎で謹慎してなさい。何か不満はあるかしら?」

『・・・いいえ、ありません・・・』

目尻に涙を浮かべながら、駄犬は通信を切った。いやはや、胸がすくとはこの事だな。

「・・・じゃ、仕切り直しと行こうか」

「バカタレ」

「いった!?」

ヒナちゃんに銃を構えたシロコの頭を、そこそこ力を込めてひっぱたく。此方が両手を合わせてスマンとジェスチャーすると、ヒナちゃんも眼を伏せて頷いてくれた。

「良いか?ヒナちゃんは正面からの戦闘なら蝗丸持った俺にそれなりに勝てるレベルの強者だからな?俺相手に吠え面かきっぱなしのお前じゃまだ無理だからな?」

「うっ、ご、ごめん・・・」

「った~く、そのバーサーカー気質は誰に似たんだか」

「「『間違い無くあなたです(アンタでしょ)』」」

「あぁ、そっか」

『取り敢えず、交渉は私が行いますから!シロコ先輩は大人しくしてて下さい!』

「・・・分かった」

シュンとしょげたシロコが下がると、入れ替わるように奥空のドローンが前に出る。

『此方、アビドス対策委員会です。ゲヘナの風紀委員長ですね、初めまして。この状況に関しては、理解されていますか?』

「・・・えぇ、勿論。事前通達無しでの他校自治区における無断兵力運用、及び他校生との衝突。けれど・・・そちらが公務を妨害した事も、また事実。違う?」

「くっ・・・そうかも」

「で、それが何だって言うの?」

「私達には、意見を曲げる道理はありませんよ?」

『ちょ、ちょっと待って下さい!』

あらま、闘争心を煽る教育がちょっと裏目に出たかも知れんな。

『大隊規模の戦力は未だ健在、更に便利屋も撤退済み・・・うぅ、こんな時にホシノ先輩が居てくれたら・・・』

「ホシノ?・・・アビドスのホシノって、もしかして、小鳥遊ホシノ?」

『えっ?』

「あぁ、まぁ知らん訳無いわな。特級の単騎戦力なんだから」

「うへぇ~、こりゃまた何があったのさ~。すごい事になってるじゃ~ん?」

「おぉ、噂をすれば何とやらだな」

力の抜けるような声。アビドス最強の個人の登場だ。

「ほ、ホシノ先輩!?今まで何処に!?」

「いやぁ、ごめんごめん。お昼寝してたらさ~、ちょっと遅れちゃった~」

「「・・・」」

俺とヒナちゃん、2人の視線が重なる。その眼に宿る思いは、恐らく同じ。『んな訳あるか』である。

「昼寝ぇ!?此方は色々と大変だったってのに!ゲヘナの奴らが!」

「ん。でももう全員ぶちのめした」

「まだ全員ではありませんが・・・まぁ大体は」

シロコ達の言い分に何かカチンと来たのか、何人かの雑兵が歯を噛み締める。だが事実でしか無いので、言い返せない様子だ。

「ゲヘナの風紀委員会かぁ~。お目当ては便利屋かな?事情はよく分かんないけどさ、これで対策委員会は勢揃いだよ。どうする?改めてやりあってみる?風紀委員長ちゃん」

「・・・随分と変わったのね。1年生の時とは、まるで別人」

「あれ?私の事知ってるの?」

「知らん訳あるかい。お前キヴォトスでもトップランクの個人戦力なんだから」

「え~?そうなの?なーんかムズムズするなぁ~」

「そうね。情報部に居た頃、各校の要注意生徒は粗方把握してたから。特に小鳥遊ホシノ、貴方を忘れる筈が無い。あの事件の後、てっきりアビドスを去ったものだと思ってたけれど・・・」

「・・・」

ホシノの眼が鋭くなる。そしてカチリと音を発て、ショットガンの安全装置が外された。

威嚇だな。これ以上踏み込めば撃つと。

「・・・そうか、そう言う事か。だからシャーレが・・・まぁ良い。私も別に、戦う為に此処に来た訳じゃ無いから」

そんな態度を取られて尚、ヒナちゃんは銃を背負ったままだ。本当に戦うつもりは無いんだろう。まぁ、ホシノを知っていれば尚更か。割に合わんからな、致命的に。

「チナツ、イオリ、撤収準備。帰るよ」

「えっ!?」

『帰るんですか!?』

敵味方双方に驚きが広がる。まぁ、此方はヒナちゃんの人柄知らねぇからな。そら驚くわ。

そんな事を考えている間に、ヒナちゃんはペコリと頭を下げた。

「事前通達無しでの無断兵力運用、そして他校の自治区で騒ぎを起こした事。この件については私、空崎ヒナより、ゲヘナの風紀委員会の委員長として、正式に謝罪する。

これより風紀委員会は、許し無くアビドスに侵入する事は無いと約束する。どうか許して欲しい」

再度頭を下げるヒナちゃんに、対策委員会はどう返して良いのか分からず硬直している。まぁ、あの傲慢ちきな駄犬を見せられた後だと戸惑って当然だ。

「ちょっ、委員長!?便利屋はどうすんのさ!?校則違反者だよ!?」

「イオリ。私に2度も同じ事を言わせたいの?」

「あ、う・・・」

ひと睨みでイオリを黙らせて、ヒナちゃんはさっさと撤退を始めさせた。そして本人は、半ば空気と化していた先生に歩み寄り囁く。

「先生。伝えておいた方が良いかもしれないから、教えておくわ。カイザーコーポレーションは知ってる?」

”ま、ザックリとはね”

「そう。これはトリニティのティーパーティーも、ゲヘナの万魔殿も知らない情報・・・アビドスの捨てられた砂漠で、カイザーが何かを企んでる」

”砂漠で、か・・・”

「えぇ。本来なら、廃校予定のアビドスに伝達する義理は無いけれど・・・一応、ね」

”へぇ、お優しいこった。ご協力どうも”

「・・・じゃあね、シャーレの先生」

伝える事を伝え、ヒナちゃんは踵を返して歩き出す。それは間も無く早歩きから駆け足になり、やがて砂埃を巻き上げる程の高速疾走に至る。その背中が消えるまで、2分も掛からないだろう。

”・・・はっや”

「時速150kmは軽く出てるぜ。キヴォトスのトップ層はあれで軽く数時間は走り続けるからな」

”え、じゃあイナホはどれぐらい走れる?”

「冷却加味して無理無くってんなら、羽広げて時速180kmで1時間ってとこだな。マジで後先考えないなら倍近く速く走れはするが、多分10分そこらでぶっ倒れる」

”ハハハ、とんでもないね。ホント・・・”

引き攣った笑みを浮かべる先生。まぁ、そりゃそんな顔にもなるか。確か常人って30km出れば良い方なんだっけ?どうだっけな。

「先生、ローザスト、何の話だったの?」

”ん?・・・あー、そうだね。帰ってから話そうか”

「おう。まぁその前に、大将を病院に連れてって・・・お?」

ふと眼に着いたのは、何か見覚えのあるボストンバッグ。柴関ラーメンだった瓦礫の山の前に置かれたそれは、さっきまで無かった物だ。

「・・・ふぅん、成る程な。ま、悪く無いじゃないか?アイツ等も」

呟いて、俺はそのままバッグを懐に仕舞った。こんな所に置いてりゃ、盗まれちまうからな。確り届けてやらねぇと。

 

(NOサイド)

 

「さーてと、これはどう言うこった?」

午後。対策委員会の部室で、イナホが呆れたように問う。

柴大将を病院に送り、更に何処かの誰かが置いていった大金も渡した彼女が、調べ物があると言った1年の2人と別れて学校に戻れば、ホシノとシロコの空気が明らかにギスギスしていた。

「・・・まぁ、それは後で。アヤネから大事な話があるみたいだから」

「・・・まぁ、それならそっちが先だな」

懐から冷媒を封入したガス缶を取り出しつつ、イナホはソファに座った。

「では、此方を。アビドスの土地関係のデータです」

「ん?地図だよねこれ」

「直近までの土地取引が記載されている、地籍図と呼ばれるものです。これによると・・・」

PCに映し出された地籍図を、全員に見せるアヤネ。その地図は、大半が真っ赤に染め上げられていた。

「柴関ラーメンを含め、自治区の実に98.7%の所有者が・・・アビドス高校ではありませんでした」

「えっ!?そんな訳・・・これって!?」

「この、持ち主は・・・」

データに記載された名を読み、ホシノとノノミが声を詰まらせる。

「カイザーコンストラクション・・・そう、書かれています」

 

「辿り着いたか・・・」

 

場の空気が驚愕と困惑に塗り潰される中、イナホは冷却コートに冷媒を注入しながらボソリと呟いた。

「まさか、アビドス自治区の所有者が・・・カイザー?」

「・・・柴関ラーメンも?」

「はい。随分前から、退去命令も出ていたそうです。それで、元々店を畳むつもりではあったと・・・」

「そんな・・・!」

部室の雰囲気が、重く沈む。美味いラーメンを提供してくれていた上に、柴大将の人情は全員にとってとても好ましいもの。そんな相手が、出て行けと言われていた。ショックを受けて当然だ。

「・・・既に砂漠に呑まれた、本来のアビドス高校の本館。その周辺、数万坪の荒地・・・まだ所有権が移っていないのは、最早この校舎と、その周辺の僅かな土地だけでした・・・」

「で、ですが、どうしてこんな事に!?自治区の土地を取引だなんて、普通は出来る筈が・・・一体、誰がこんな事を・・・」

理解出来ないと頭を抱えるノノミ。対して、ホシノが眼を暗く沈めて吐き出すように呟く。

「そりゃ、アビドスの生徒会でしょ」

「っ!」

「常識的に考えてさ。土地を含めた学校の持ち物をどうこう出来るのなんて、生徒会以外無い訳だし」

「・・・その通りです。取引の主体は、アビドスの前生徒会でした」

「そんな・・・アビドスの生徒会は、2年前に無くなったんじゃ・・・」

「はい。なので生徒会解散後は、取引は行われていませんでした」

アヤネの示す通り、最終取引記録は2年前。その年度の頭に交わされた切りで、その後に土地の売却は行われていなかった。

「何考えてんのよ生徒会の奴ら!学校の土地を切って売る!?それもよりによってカイザーコーポレーションなんかに!?学校の主体は生徒でしょ、どうなってんのよ!?」

「・・・こんな大事に、私達は今まで気付かずに・・・」

「仕方ねぇ面もあるだろうさ」

ボンベの口を冷却コートの襟の注入口に突き立てながら、イナホが混ざる。

「生徒会最後のメンバーであるホシノにすら、知らされてなかった。そんな情報に、今のお前等で辿り着けってのが土台無理な話よ」

「えっ!?ホシノ先輩、そうだったの!?」

「それに、最後の副委員長だったとも聞きました」

「マジで!?どこ筋の情報よアヤネちゃん!」

周囲の意識が、騒ぐセリカに集まる。その一瞬、ホシノは苦虫を噛み潰し、飲み下し、再び平静を装った。

「うへぇ、まぁそんな事もあったねぇ~。と言っても、その当の先輩達とは実際は関わり無くてさ。私が生徒会入った時には、殆ど辞めちゃってて・・・」

ホシノの口から幾つか溢れる、過去のアビドスの惨状。

生徒数は2桁を割り、教職員も不在。授業も途絶え、学校と言う体すら成せていない状況。

物置のような生徒会室。碌な引き継ぎも無く投げられていた業務。砂漠化から逃げ、何度も本校舎を移した事も。

「あの時残ってたのも新任の生徒会長と、私と同級生だった書記の子だけでさ。無鉄砲でおバカな会長に、人を小馬鹿にするようなヘラヘラした言動の同級生・・・なんて言う私も、とんだじゃじゃ馬1年生で・・・」

「ホシノ先輩におバカ呼ばわりされるって、どんだけよその会長・・・」

「セリカちゃん酷くない・・・?」

「では、その書記の方は?」

「っ・・・」

アヤネの問いに、ホシノは言葉を詰まらせる。その複雑な表情は、後輩には見せた事の無い物だった。

「・・・出て行っちゃった。一緒に頑張り続けてたんだけど、心が折れちゃったみたいでね・・・その時私もカリカリしてて、売り言葉に買い言葉と言うか、喧嘩別れみたいな感じでさ・・・」

「それは・・・残念、ですね・・・」

「ホントホント。全く、何で3人揃って生徒会なんか入っちゃったかなぁ。あの時はもうてんやわんや、あっちやこっちに行ったり来たりで・・・バカみたい。何も知らないでさ・・・」

自嘲や自罰が混じった呟きが漏れ、鉛のような空気が周囲を包む。そんな中、シロコがホシノの肩を叩いた。

「・・・そこは、ホシノ先輩の責任じゃ無いと思う。昔何があったって、ホシノ先輩がいなかったらこの対策委員会も無かった。それに、私の命も・・・」

「シロコちゃん・・・」

「ホシノ先輩はぐーたらで、万年五月病で、色々とはぐらかしてばかりで・・・」

「し、シロコちゃん?」

「でも、大事な時には誰よりも前に立ってくれてる」

”確かに。セリカ拐われた時も、真っ先に私を頼って来てくれたのもホシノだったねぇ”

「えっ!?何それ初耳なんだけど!?何で教えてくれなかったのよ!」

「うへぇえぇえぇ~!?」

セリカにガックンガックンと揺さぶられ、気の抜ける悲鳴を上げるホシノ。そのお陰か、若干だが空気は軽くなった。

「ホシノ先輩は色々とダメな所も多いけど、尊敬はしてる・・・ダメな所多いけど」

「それ褒めて無い気がするわよ?」

「えぇ!?ちょ、シロコちゃんどうしたの急に!おじさんそういう青春っぽい雰囲気得意じゃないんだけど~!?」

「・・・何となく?言っといた方が良い気がして」

「ハッハッハ、何だそりゃ」

「んっ・・・」

ワシャワシャとシロコを撫でながら、イナホは笑う。湿っぽい空気は既に流れた。シロコがこれを狙ったのかは定かではないが、結果として雰囲気はある程度回復している。

「・・・にしても、どうして生徒会は土地をカイザーコーポレーションに売ったりしたんでしょうか・・・」

「実は裏で繋がってたとか?」

「それなら今頃アビドス高校って名義は残ってねぇ。借金のカタにしたってとこだろ」

コートの充填量を確認して羽織りながら、シロコの説を否定するイナホ。確信に満ちた断言は、多角的に急速な成長を遂げているカイザーの貪欲さに裏打ちされている。

「恐らくそれで正しいでしょう。ですが、既に棄てられた土地の値段が高く付く筈も無く・・・」

「そんで経済規模を回復出来ず、土地が棄てられては売りの悪循環の果てがこの有り様って訳だな・・・」

「・・・それ、何かおかしくない?最初からどうしようも無かったって言うか」

”お金じゃ無く、土地を奪うのが目的って感じの動きだよネ。だとしたら、何ともまぁ気の長いトラップだけどさサ”

呆れたように吐き捨てる先生。一企業が、たかが土地を獲る為に数十年掛けて借金漬けにする・・・常識的に考えて、有り得ないレベルの非効率さ。呆れて当然だろう。

「だとしたら、数十年規模でやってるって事だもんね~」

「何よそれ!結局、全部カイザーの連中の掌の上だったって事じゃない!生徒会の奴ら、どんだけ無能だったのよ!こんな詐欺みたいなやり方・・・」

”ハイハ~イ、皆落ち着こうか。騙される方も迂闊っちゃ迂闊だし、責任者としてもどうかと思うけど・・・決定的に誰が悪いっつったら、そりゃ騙す方なんだからさ”

先生がパンパンと手を打ち、セリカのボルテージを下げる。セリカの頭に血の上りやすい質と、その扱い方を心得て来たようだ。

「わ、分かってるわよ私だって!たまに、ゲルマニウムブレスレットとか買っちゃったりするし、何ならここにいる誰より分かってる!悪いのは騙した方だって事は・・・!でも・・・ただでさえ苦しんでるアビドスに、どうしてこんな酷い事が出来るのかって・・・」

「狙い目なのさ、そういう奴等こそな」

「い、蝗屋さん・・・」

「飯や金が最低限あれば、どうであれど人は生きられる。誇りや尊厳、拠り所になる支えがあれば、人は苦しくても何とか踏ん張れる。じゃあ、食うにも困って、誰からも認められず、無力感で心が折られたら・・・?

そうなりゃ簡単だ。万事、どうでも良くなる。成り振り構わず、どんなモノだって頼らざるを得なくなる。挙げ句、地べたに転がる握り飯にすら、頭っから飛び付く。

当然そんな状態じゃ脳ミソも回らず、自分がどんな風に縛られて、どんな風に苦しめられてるのか、それさえ理解出来なくなる。格好の養分よ、ああいう手合いのよ」

碌でも無い外道の遣り口。それをたっぷりと語るイナホの口角は、皮肉げに吊り上がっていた。笑顔のそれでは無く、唾棄すべきモノに牙を剥くように。

「・・・兎に角、今まで見えていなかったものが見え初めて来ました。アビドス生徒会が消えた今、カイザーは以前のように土地を買い取る方法が無くなり・・・それ故に、最後に残ったこの学校を奪うべく、ヘルメット団を雇用していた・・・!結論として、カイザーの狙いはアビドスの土地そのものだった、と言う見方で良いと思います!」

「ついでに言うなら、向こうさんも上から圧を掛けられて焦ってるかも知れんぜ。何せ、こんな長期的な経済戦争を水面下で進めて来た奴等が、今年になって急に不良なんぞを差し向けて来やがった。漏洩リスクの増加も気にせず、1年2人の卒業や自主退学も待てずに、だ。何やら尻に火が着いた匂いがするぜ?」

今度はニヤリと笑いながら、イナホが付け加えた。ブラックマーケットに浸って銭を転がした経験から来る、敵の行動理念の読み取りである。

「でもそうだとして、何故カイザーはこの土地を欲しがってるんでしょうか?廃墟や荒れ地、砂漠しか無いのに・・・」

「確かに・・・企業は営利目的の筈。なのにこんな土地をどうして・・・」

”それに関しても、丁度さっき聞いた話があるよン”

先生が手を上げ、風紀委員長から提供された情報を開示する。捨てられた砂漠での、カイザーの企みについて。

「ゲヘナの風紀委員長が、そんな事をどうして・・・?」

「何でそれを先生に・・・」

「あぁ~もう!そんな事より、先にやる事があるでしょ!アビドスは私達の自治区!直接行ってみれば良いのよ!四の五の言うより、眼で見た方が確実じゃない!」

フンスと鼻息荒く拳を振り上げるセリカ。他の面々も顔を見合わせ、頷き合う。

「セリカ、良いこと言った」

「逞しく育ってくれたねぇ~。ママ嬉しくて泣いちゃいそう。ティッシュどこだっけ~?」

「や、止めて止めて!何この空気!?私がマトモな事言うのがおかしいっての!?」

”ハハハハハ!良い~じゃん!盛り上がって来たネ~!”

その空気を楽しむように、豪快に笑う先生。そしてまた手を叩き、視線を集めた。

”じゃあ、準備が出来次第出発しようか!いざ行かん、アビドス砂漠!”

「「「「お~!」」」」

 

━━━

━━

 

「先生、ローザスト。これを見て欲しい」

シロコに招かれ、イナホと先生は空き教室に入る。秘め事の類いと察して、2人は静かだ。

差し出された書類を見て、先生は眼を見開き、イナホは額を叩く。

”退会・退部届け・・・何でホシノのサイン入ってンのさ・・・”

「あぁ~・・・こらいかん・・・」

深刻な表情で書類を見るシロコと先生を余所に、別の意味で頭を抱えるイナホ。その抱えた頭の中で、点が線で瞬時に繋がってしまったのだ。

「取り敢えず、皆にはこの事を黙ってる。でも・・・多分、バッグを漁った事は、ホシノ先輩にはバレてる」

”そっか・・・シロコは何で怪しいと思った訳?”

「ホシノ先輩は昼寝で参戦が遅れる事はあっても、今回の遅れ方は流石に有り得ない。こんなに長時間席を外した事も・・・それで、先輩のバッグを漁ってみた。そしたら、これが出て来た・・・ローザスト、どうしたの?」

座り込み、ブツブツと何かを呟いているローザスト。シロコが話し掛けるが、ギラリと見開かれた眼は揺らぎすらしない。

”あれれ、なーんか知ってる感じ?”

「・・・シロコ。この件は一旦保留だ。お前は準備に戻れ。説得するつもりだろうが、それまでは書類も隠してろ。俺はちっと、先生と話がある」

「う、うん、分かった。じゃあ、出てるね」

教室を出るシロコを見送り、イナホは大きく溜め息を吐いた。

 

”・・・で、聞かせて貰えるカナ?”

「・・・詳しくは、まだ言えん。だが・・・前に言った知り合い、あれが関わってる可能性が極めて高い。アイツの遣り口は、良ォく知ってる」

”へぇ、そうなんだ・・・で?”

「・・・シロコの説得、そのプランBを組んでおく。上手く行けば、カイザーに毒餌を呑ませられるかも知れん。ホシノの意思を利用する事になるがな」

”・・・気は進まないネ。けど、海千山千相手にゃそうも言ってられないって感じカナ?”

「苦い決断だが、な」

”・・・じゃあ、その辺は任せるよ。此方に出来ないやり方も、イナホなら取れるんでしょ?”

「あぁ。俺のカードを切れば、な」

”大分ハイリスクなんじゃないの?”

「あぁ。袋叩きにされる可能性もあるな。だが、敵は戦略規模だ。俺達は戦術規模。これをひっくり返すには、致命的な毒を呑ませるしかない。仕方ねぇさ」

”儘ならないねぇ”

「この世の中、何処もそんなもんさ。任されたからには、ベストを尽くす。それが万事蝗屋だ」

 

To be continued・・・




~キャラクター紹介~

・天雨アコ
カッとなりやすい駄犬。
入れ替わり立ち替わりで継続火力をぶつけ続けると言う作戦をイナホに見切られ、交代人員を丸ごと物理的に潰されると言う大ポカをやらかす。更に空から降って来たヒナに首根っこをひっ捕まれ、すごすごと引き下がると言う醜態を曝した。
因みに、イナホの言う「目立つ場所に陣取って釘付けにする時間稼ぎ」と言う手段に2回連続で引っ掛かっている。

・叢雲コウ/草薙イナホ/仮面ライダーローザスト
適材適所の飛蝗少女。
人員、メモリガジェット、自身の暴力。全てを駆使して風紀委員会を押し留め、同時にヒナに現状を伝達していた。その上で再び《無視出来ない脅威》と成り続け、別動隊を悉く潰し、連携をしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回して時間稼ぎを完遂した。
カヨコにのみヒナを召喚すると伝え、それ以外にはデモンズロアの3連射が撤退の合図とだけ伝えている。
人を生き埋めにするのは好きじゃないので、作戦の為に必要と理解していても中々割り切れない。そんな状態でも躊躇無く発破はするのだが。
ヒナとはそれなりに仲が良く、対等に物を言い合ったりからかったりする関係。それもあって、アコには睨まれている。因みに、本人から風紀委員会そのものに対する印象は今回の件を差し引いても侮蔑の域に達し掛けているレベル。
カイザーのやっている事、その実態は既に知っていたが、一切他人に漏らしていない。

・便利屋68
成り行きによって対策委員会と共闘。カヨコと言う優秀な前線リーダーがいたお陰で、先生の指揮系統がパンクせずに済んだ。
カヨコの3連射で撤退した直後に降って来たヒナを見て、物陰で戦々恐々としていたが、何とか逃げ仰せた。柴関ラーメンへの詫びとして、大金が詰まったバッグを置いて逃げている。

・空崎ヒナ
空飛ぶ風紀委員長。
出張終わりにイナホから個人間用チャットに連絡が入り、風紀委員大隊の蛮行を止める為に全力疾走して来た。途中幾つか邪魔なものがあったので、自前の翼で滑空し飛び越えている。
イナホとはそれなりに悪く無い関係ではあるが、彼女の小言には耳が痛い思いをしている。目下の悩みは部下の暴走癖と弱さ。人材育成が致命的に下手クソ。
何故ゲヘナの情報部が万魔殿にも黙ってカイザーを監視していたのかと考えると、某遺産を探しているのではと警戒していた、と言う仮説が一番しっくり来る気がする。
駆け足で時速100kmを超える。

・先生
清濁併せ呑む教師。
撤退するヒナの速度を見てドン引きした。本人としては100mは10秒台で走れる上に長距離もバリバリ走れるフィジカルエリートではあるが、比較対象が悪過ぎる。
ホシノの退部届けに関しては、イナホと同じく小狡いプランも考えてはいる。

・小鳥遊ホシノ
ぶきっちょおじさん。
嘘を吐くにしても全く効力が無いし、重要書類の機密管理もあったもんじゃない。
消えた同級生に酷い言葉を浴びせ掛けた事を今でも後悔しまくっているので、原作より精神的なダメージは酷い。
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