(コウサイド)
「フン、歯応えの無い」
目標地点近辺。屯する不良共やオートマタを蹴散らし、鼻を鳴らす。排熱の為に変身こそしているが、普通に生身で事足りるような連中だ。
「いやぁ、この辺も懐かしいな~。生徒会時代に何度か来たっけ~」
「ホシノ先輩、何か知ってるの?」
「ま~ね。この先もう少し進めば、何とかつてのアビドス砂祭りに賑わっていた大オアシスが!」
「え、オアシス!?こんな所に!?」
「勿論、とっくに干上がっちゃってるけどね。そんじょそこらの湖より大きくて、船を浮かべたりも出来たらしいよぉ?いやぁ、一目でも見てみたかったな~」
「オアシスなぁ。良く考えりゃ、おかしな話だ」
サマーソルトで不良の顎をカチ上げながら、俺は会話に混ざる。降って来たソイツを回し蹴りで集団に蹴り込み、コートの表面を叩くように払った。
「おかしな話?どういう所が?」
「こう言う土地のオアシスってのは、砂漠に降った雨が即座に地下深くに染み込み、軈て合流。それらが大きな地下水脈となって、地形的に低くなった所から溢れ出す事で生まれる。アビドス全盛時代、巨大湖サイズの水量を支える大水脈があった筈だ。なら、何故今は湧いていない?」
「いや、その水脈が渇れちゃったって話じゃ・・・」
「黒見。1度通った水脈は、そう簡単には消えない。アビドスの降水量は、数十年で見て劇的に減ってる訳じゃねぇ。なら、降った雨は何処に行く?必ず何処かに流れ着く筈だ」
『・・・水脈が変形して、自治区外にまで沸き先が遠ざかった、と言う事でしょうか?』
「まぁ、現実それぐらいだわな」
奥空の推測に頷きながら、取り上げた銃を投げ付けてドローンを撃墜する。
ワラワラと湧いてくるのが、不良からオートマタやドローンに変わり始めた。それも、バリアシステム登載シールドを持ったやつだ。これ防御性能の割にバカ高いから、そんじょそこらのゴロツキじゃそうそう買えないもんなんだが・・・まぁ、この先にいるのが何かを考えたら、それも当然だな。
『っ!皆さん前方に何かあります!砂埃で、まだハッキリは見えませんが・・・町?いや、工場、もしくは駐屯地・・・?兎に角、半端じゃない大きさの建造物です!』
「えっ?こんなとこに施設?見間違いとかじゃなくて?今の所、私達からは干からびたオアシスしか・・・」
「お前ら、リロード済ませとけ」
今一気合いが入らない対策委員会に対し、俺は出来るだけ声の温度を下げて指示する。おふざけ無しの雰囲気は伝わったようで、全員が残弾確認とリロードを行った。
「先生」
”ハイハイ、何かな?”
「今ここにいるのは、《連邦捜査部シャーレの顧問である先生とその部員である俺》。それと、《俺達を案内してくれた親切な現地協力者》、だよな?」
”!・・・あ~、そうそう!いやぁありがたいよネ!ありがとねガイドの皆さん!”
「えっ、どう言う事?先生はもう対策委員会の顧問じゃ・・・」
「セリカちゃん、ここはそう言う事って口裏合わせとこうよ。イナホ達にも考えがあるっぽいしさ」
『・・・そうですね。私達は先生の協力要請に賛同し、志願した。そう言う事にしておきましょう』
ホシノと奥空は、俺の意図に気付いたらしい。これで多少の無理は利くだろう。
━ダパパパパッ!━
「うわっ!?何!?」
脚を進めていると、唐突に響く銃声。俺はガントレットで、ホシノはシールドで、それぞれガードし、敵を見遣る。
「侵入者だ!排除しろ!」
「1人も逃がすな!」
こちらに向けて銃を構える、ODとダークグレーの迷彩柄のオートマタ。何度か見た手合いだな。
『不明勢力、正面から攻撃を仕掛けて来ています!』
「うへぇ、なんだか知らないけど、これが向こうの挨拶なら応じてあげよっか」
「口頭警告も無しにいきなり発砲かい。オオスズメバチの方がまだ穏便に済まそうとするぜ?」
軽口を叩きつつ、アームカッターとフットカッターを展開。翅も展開し、大きく息を吸い込む。
「じゃ、派手に行こっか!」
(NOサイド)
「理事、侵入者です」
「ほう?こんな僻地にか」
専用の事務室。報告を受けて、理事と呼ばれた大柄なオートマタが立ち上がる。そして懐から取り出した端末を操作し、施設内の監視カメラからの映像を映し出した。
「ほう?コイツらは・・・!クハハ、懐かしい顔も居たものだな」
「如何なさいますか、理事」
「・・・そうだな。折角ご足労頂いたのだ。茶の1杯でも出してやるのが、大人としての礼儀だろう。一等に苦い茶をな。これで、手間も省けると言うものよ」
━━━
━━
━
「あーもう!コイツらどんだけ出て来るのよ!めんどくさい・・・何と言うか、兎に角厄介!」
「ん。下手したら風紀委員会より面倒」
不機嫌を隠さず愚痴るセリカに、シロコも頷く。敵は単体では強くは無いが、問題は運用する戦術。地形を利用した一撃離脱とその援護を繰り返すコンビネーションは、相当高い練度を伺わせる動きだ。
「うおっ!コイツら、暴徒鎮圧用のテーザー弾まで撃って来やがる!俺の
通常の弾丸に混ざって飛んで来る、電極針の付いた特殊弾頭。それをキャッチして投げ捨てながら、ローザストは呆れたように呟いた。
「この方達、一体何者なんでしょう?どうしてこんな所で・・・」
「何をしてるかは兎も角、何者なのかは俺等がここに来た理由考えりゃ明らかだろ・・・ほれ、あのエンブレム見てもな」
そう言って、ローザストが指差した先。三角形が幾つか重なったようなエンブレムを見て、ホシノの顔は険しいものとなる。
「カイザー、PMC・・・」
「カイザー?アイツ等もカイザーって事!?」
『は、はい。カイザーコーポレーションの系列企業で・・・』
「あーもう!何処もかしこもカイザーカイザー!何だって言うのよ!」
苛立たしげに叫ぶセリカ。その怒り任せの乱射で、遂に敵兵全てが倒れ伏す。
「それに、PMCって・・・」
「えっ、何かマズい言葉なの?」
「
「ぐ、軍隊ぃ!?」
「さっきから五月蝿ぇぞ黒見」
「いった!?」
余りに騒ぐセリカの脳天に、ローザストのチョップが刺さる。しかし驚き自体はローザストを除く全員が同じであり、お互いに顔を見合わせていた。
「退学者や不良生徒を集めて、企業が私設兵として雇っていると言う噂はありましたが・・・」
━ヴィィィィンッ!ヴィィィィンッ!━
「こ、今度は何!?」
けたたましく鳴り始めるアラート。そして風を切り裂くヘリのプロペラ音に、戦車のキャタピラ音、まで鳴り響き始めた。
「おうおう、奴さん等も本腰入れ始めたみたいだな」
「でも、まだまだいける」
「そうだね~。弾薬も余裕あるし」
「言うと思ったよ。戦車とヘリコは俺に任せろ、歩兵は相手しろよ」
「了解!」
応答を受け取ると同時。ローザストは両手を地面に着き、全身のバネを絞る。そして上空に見えるヘリを目掛け、一気に跳び出した。
「突貫だと!?バカめ、空中に踊り出すとは!」
当然、ヘリは機体を傾け攻撃を躱す。しかし、その動作を予想出来ないローザストでは無い。
【SPIDER】
左腕からスパイダーショックを放ち、機体下部の降着装置をガッチリとホールド。ワイヤを巻き上げ、容易く取り付いた。
━バキャッ メリメリメリッ バゴンッ!━
「ば、バカな!?」
「フハハハ、怖いか?怖かろうよ!フンッ!」
操縦席を塞ぐ扉をひっぺがし、テールローターを目掛けて投擲。フレームとの間に挟まり込んだ金属板によって、テールローターのプロペラは脆くも破砕される。姿勢制御の要が機能を停止し、ヘリは錐揉み回転しながら墜落し始めた。
「あい一丁あがり!」
真下に戦車があるのを確認し、衝突する寸前。ローザストは自前の脚力に物を言わせ、容易く人力
「もう一丁あがり!」
「いや~、乗り物に強いね~イナホ」
”装甲車のハッチもひっぺがすからね。イナホ相手に車両持ち出すのは棺桶に人員突っ込むのと同義でしょ”
「オラオラオラ!こんなもんかよアァ!?」
先生とホシノが呆れたように呟いている事を気にも留めず、戦車を次々と襲うローザスト。装甲ハッチをひっぺがして搭乗者を殴り倒し、奪った銃を車内に乱射。跳弾しまくり悲鳴を上げる敵に笑いながら、更なる獲物を求めて飛び出す。
「しゃらァ!」
「ば、バカな!?」
「シレァ!」
「うわぁぁぁ!?」
「オラよォ!」
「化物ォ!?」
蹴りで履帯を砕き、アームカッターで砲身を切断。その砲身を担ぎ上げ、別の戦車の天面に突き立てる。余りにも非常識な戦い方、否、蹂躙劇に、対策委員会と先生は何時もの如くドン引きしていた。
「くっ!アパッチ!高度上げ!奴の間合いに入るな!」
「了解!」
「逃がす訳ねぇだろが」
台風染みた攻撃を避ける為、高度を取ろうとする攻撃ヘリ。3機のそれに対して、逃げを見逃す程ローザストは甘くない。
【
レイズスロットに装填される金色のメモリ。幻想の記憶が左腕に発現し、アステロイドベルトのような発光粒子の帯が巻き付く。
「そォらよ!もういっちょ!」
引き剥がした装甲ハッチを左手で掴み、投擲。神秘の粒子が纏わり付いたそれらは、高速回転しながら物理法則を一蹴するが如き不可思議な挙動でヘリに襲い掛かった。
「あぁァ来るゥ!?」
「ふ、振り切れない!?」
「聞いてねぇ、聞いてねぇよォ!?」
「被弾したっ!被弾したぁっ!?」
逃走を図るも虚しく、一瞬で追い付かれて被弾。余りにも情けない悲鳴を上げながら、制御不能になったヘリの木の葉落としが始まる。
「墜ちろ、ガガンボ共。貴様らには地べたが似合いだ」
”絵面と台詞回しが絶望的に
墜落し爆発炎上するヘリ達を背に、サムズダウンを決めるローザスト。そんな姿を見て、先生は盛大に顔面を引き攣らせる。しかし、その惨劇を目の当たりにして動揺が広がる敵部隊の隙を見逃す事は無く、シッテムの箱から指示を飛ばして敵の包囲を半ば捲り返しつつあった。
だが、そんな最中に新たな敵兵力が投入される。車両を完全に廃し、盾兵を多く配置した圧迫陣形。これまでと違い攻撃の通りが悪く、再び押し込まれ始めた。
「・・・絶体絶命?」
万事休すと言った状況。そんな中、敵方の銃撃が一斉に止まる。そしてその人垣の中央が開き、濃いオレンジを差し色とした黒いスーツが特徴の、大柄なオートマタの男が歩み出た。
「ごきげんようアビドスの諸君。まさか、こんな所までご足労頂けるとはな?」
(あいつは・・・)
「不法侵入に加えてこの狼藉、被害総額が如何程になるやら・・・君らの借金に加えても良いかも知れんな?」
その姿に見覚えがあり、ホシノは顔を顰める。そんな様子を知ってか知らずか、彼はわざとらしく芝居掛かった仕草をして見せた。
”それについては申し訳無い。連邦捜査部シャーレが彼女らに無理言ってやらせた事だから、請求は連邦生徒会の方にでも”
「シャーレ・・・あの連邦生徒会長が呼び込んだ余所者だったか。何とも虫の良い話だ。虫と言えば・・・まさかまた会う事になるとはな、
「・・・は?」
「・・・」
ホシノの脳が真っ白に染まる。対してローザストは・・・叢雲コウは答えず、大きく息を吐き出すばかり。
「そっちは確か、ゲマトリアが狙っている生徒会長、いや副会長だったな・・・ふむ、そうだな。便利屋や有象無象を雇うよりも良さそうだ」
(ゲマトリアが狙ってる・・・ビンゴかよ)
敵方のリーダーの口から溢れた一言に、コウは自分の推測が当たっていたと確信。左手を懐に差し込み・・・目当ての物は無いと思い出して舌打ちした。
「便利屋の、雇い主!?」
「貴方は一体・・・」
「何だ、まさか私を知らなかったのか?君達アビドスにとっては、誰よりも長い付き合いなのだがね・・・まぁ良い。
私は、カイザーコーポレーションの理事を務めている者だ。そして君達、アビドス高等学校が借金をしている相手でもある」
「っ!」
「う、嘘!?」
敵リーダー、もといカイザー理事の言葉に、シロコとセリカは息を飲んだ。
「より正確に言うならば、カイザーコーポレーション、カイザーローン、そしてカイザーコンストラクションの理事だ。今は、カイザーPMCの代表取締役も兼任している」
「それはどうでも良い。要するに貴方がアビドス高校を騙して、搾取した張本人って事で良い?」
「騙すとは人聞きが悪いな。我等カイザーPMCが合法的に活動出来るこの土地に不法侵入した挙げ句にそれか。流石はくたばり掛けの学校だ、礼儀作法は獣に教わる他無かったと見える」
「ッ!」
「シロコ、ストップ」
噛み締めた歯を剥き出して飛び出そうとするシロコを、コウが手で制する。ここから更に武力行使等すれば、それこそ敵の思う壺だからだ。
「何より、我々がアビドスの土地を買い上げた取引は全て合法的に行われたものだ。そちらも記録は閲覧出来る筈だが?まさか、喧嘩を売りに来ただけではあるまい。
大方、ここで何をしているのかが気になったと言う所か?土地を態々買い上げて、何がしたいのかが知りたいと?」
”責任者兼任は伊達じゃないネ、頭のキレ具合はサ”
「褒め言葉として受け取っておこう、シャーレの先生よ。そして教えてやろう。私達はこのアビドスの何処かに埋められていると言う、宝物を探しているのだ」
腕を大きく広げ、目的を明かす理事。しかしその答えは、アビドスの特に血の気の多い2人の精神を盛大に逆撫でした。
「何よそれ!そんな出任せ信じろって、どんだけバカにしてんの!?」
「宝探しにしては、この兵力は明らかに過剰。本当は私達を武力制圧する為の・・・」
「思い上がるなよ小娘共」
シロコの推測を馬鹿馬鹿しいと遮り、理事は呆れたように額に手を当てた。
「全く、小児的全能感が抜けない子供はこれだから困る。数百台規模の戦車隊、選りすぐりの兵士達、数百トンもの火薬に爆薬・・・お前達たった5人に、これ程の資源を投入する価値があるとでも?蝿を潰すのに重機関銃を使う馬鹿はカイザーには居ない。思い上がりも大概にしろ。
飽くまでこれは、大規模不明勢力に宝探しを妨害された時に備えての物だ」
”へぇ。じゃあ逆説的に、その宝物には戦略規模の取り合いが発生するレベルの価値があるって事?”
「流石は先生、道理の通じない子供と違って話が分かるじゃあ無いか。そう。武力兵力を用いずとも、君達など、いつでもどうとでも出来るのだよ。そうだな、例えばこんな風に。・・・私だ。あぁ、進めろ」
理事がスマホを取り出し、短く何かを伝える。そして心底愉快そうに、腕を広げた。
「残念なお知らせだ。君達の学校の信頼が、どうやら落ちてしまったらしい」
「っ・・・やられた」
ローザストは呻き、奥歯を噛み締める。間も無く、部室に残っていたアヤネに電話が掛かって来た。
『・・・えっ!?ちょ、6000万!?そんないきなり!?』
「6000万!?」
それは、信用評価を最低のものにすると言う一報。変動金利を大幅に引き上げ、次から払わねばならない利息が6000万と言う大金に膨れ上がったと言う絶望的な宣告だった。
”いやいや、流石にそれは無茶苦茶でしょ。今回彼女らは只の協力者で・・・”
「それを笠に着て、2度目3度目の狼藉が無いとどう信用出来る?これに関しては、超法規的権限とやらでもどうにもならんぞ、先生」
”あらら、してやられたか・・・”
「これで理解出来たかな?君らの首に掛かった紐が、一体誰の手に握られているか・・・」
「ちょっ、本気で言ってるの!?」
「無論だとも。しかし、それだけでは面白味に欠けるな・・・5億の借金に対する補償金でも貰っておこうか。1週間以内に1億、カイザーローンに預託して貰おうか」
『い、1億・・・』
通話後しに卒倒しそうになるアヤネ。やりやがったと全員が理事を睨むが、当の理事は何処吹く風だ。
『そんなお金、用意出来る訳が・・・』
「ならばとっとと学校を諦めれば良いだろう」
「っ!」
「そも、学校が、生徒会が払わねばならない借金を、押し付けられたからと言って何故払い続ける義理がある?そんな事の為に、砂にまみれて
「そんな事、出来る訳無いじゃないですか!」
「ん。この街を見捨てて逃げ延びたら、きっと心から笑う事なんて出来ない。アビドスは私達の学校で、私達の街」
「そうか。つくづく道理の分からない小娘共だ。全く救いようの無い・・・では、精々返済を頑張ってくれたまえ」
「・・・帰ろう。これ以上話しても、掌で転がされるだけだよ」
「その前に1つ」
踵を返すホシノ。しかし、ローザストが遮って指を立てる。
「理事さんよ。あんた最近、カイザー系列の横並びから土地を貸し出せなんて言われたんじゃないか?大方、インダストリーかスペシャルフォース辺りから。それなりのボーナスとかと引き換えに」
「・・・部外者の貴様に教える事は無いな。何故そんな事を気にする?」
「・・・成る程な。いや、満足だ。お答えありがとうよ」
「そうか。それは何よりだ。では、保証金と返済について、今後ともよろしく頼むよ、お客様?」
高笑いする理事の見送りを背に、彼女達は退散する他無かった。アビドスの面々にとっては初めての、明確な敗走。しかしその中でローザスト、コウだけは、決して大きくは無くとも有意義な確信を得ていた。
(コウサイド)
「さて・・・教えてくれるかな、イナホ。いや・・・コウ?」
「・・・」
部室に戻った俺は、ホシノの詰問を受けていた。物理的な拘束は無く、されど誤魔化しや言い逃れは赦さない。そんな重圧を放つホシノが、正面に座っている。
「はぁ・・・何が知りたい」
「うん、じゃあ、そうだね。イナホは・・・君は、本当に、叢雲コウなの?」
「・・・少々複雑だから、焦らず聞いてくれ。その問いに対する返答だが・・・俺は叢雲コウであって、叢雲コウじゃない。別人格、と言えば早いか」
「・・・」
ホシノは、黙って俺の答えを聞いている。少なくとも、今の所は。
「ちょっと待ってよホシノ先輩。その、むらくもコウ?ってそもそも誰なの?」
前提を理解出来ていない黒見が、堪らずと言った調子で問う。まぁ、そこは気になって当然だろう。一瞬、ホシノとアイコンタクト。頷いたのは向こうだった。
「さっき、言ったよね。昔、おじさんには唯一の同級生が居たって。生徒会の書記をやってくれてた、喧嘩別れした同級生が」
「・・・まさか、その人が?」
「そう、叢雲コウ・・・いや、ビックリはしたんだよ?顔も声も、喋り方だってそっくりだし・・・けど、私が知ってるコウとは、それ以外の何もかもが違ってた。
コウは身体が弱くてさ、私みたいに前線で戦う事なんて出来なくて・・・いっつも書類仕事だったり、裏方をやってくれてたんだ。あんな大立ち回りなんて、とてもとても・・・何より、背丈だっておじさんとそんなに変わらなかったんだよ?こんなに背が伸びて、こんなに強くなって。まさか同一人物だなんて思わないじゃない・・・そう。思わなかった。思いたく、無かった・・・」
肺を押し潰されたような、蚊の鳴くような弱々しい声。そんな様子のホシノを初めて見たのか、全員が眼を見開いている。
「ねぇ、教えてよ。あの後・・・君に、コウに何があったの?」
「・・・この学校の借金、5億あるよな。黒見?」
「え?そうだけど、今更何で・・・」
「元は5億じゃ無かった・・・9億あったんだ」
「きゅっ!?」
「ッ!?」
「9億円!?」
「そ、そんなに・・・!?」
今日何度目かの、丸く見開かれた驚きの眼。今の返済ですら火の車も良い所を、倍近くの借金があったと言われればそれも妥当な反応だ。
「じゃあ、何で4億円もの金額が・・・」
「・・・コイツが、元の叢雲コウが、自分の身体を実験材料として売り渡したんだ。学籍を棄て、人権の無い生体素材としてな」
「じ・・・実験、材料?」
”・・・実験って、どんな?”
「・・・実験の内容そのものは、そこまで重要じゃ無い。だがそれによって、コイツの人格は崩壊した。その後生まれたのが俺だ」
「・・・じゃあ、あいつが・・・理事がコウの事知ってたのも・・・」
「・・・俺が
「・・・ねぇ、ローザスト」
「どうした、シロコ」
「ローザストは、知ってたの?あの理事が、このアビドスにお金を貸し付けてる張本人だって」
「あぁ。自慢気に話してくれたからな」
「自慢気に・・・って事は、土地を買い叩いてた事も?」
「・・・ハァ。ったく、勘の良い犬っころだ事」
「ッ!」
シロコの手が、俺の胸ぐらを掴み上げる。眼に宿るのは強烈な怒り。砕けんばかりに噛み合わせた奥歯の隙間から、音を発てて吐息が漏れた。
「ちょっ!シロコ先輩!」
「ど、どうしたってのよ!」
「セリカッ・・・分からない?ローザストは、最初から知ってた。幾ら借金を返しても・・・アビドスの土地は、カイザーから・・・戻って来ないって・・・ッ」
「ッ!!」
・・・全く、痛い腹を良くもまぁ散々とまさぐってくれる。その嗅覚はイヌ科だからか?
「どうして!?どうして教えてくれなかったの!?答えてローザスト!」
「・・・お前等に教えたって、良い事無かったからだよ」
「そんな事!」
「ねぇんだよ!」
「ぐっ!?」
シロコの手を逆に掴み返し、握力任せに引き剥がす。相当痛かったようで、シロコは俺に握られた手首を擦っていた。
「じゃあ、何か?俺はお前等に、『借金返済なんて全部無駄だから、こんな学校見棄ててとっとと引っ越せ』って言えば良かったってのか?言って欲しかったってのか?まだ此方に悪さ仕掛けてる事もハッキリしねぇカイザーにゃ手出し出来ねぇ状況でそれを言われて、お前等に一体何が出来るってんだ?」
「それ、は・・・」
「嫌だろうが。認めねぇだろうが。頑として。
今日、さっき、面と向かって理事に言ってやったもんな?故郷を棄てるつもりは無いと。だが意地を張った所で、現実は変わらねぇ。これまでで十二分に茨の道だったが、真実を明かせばお前らが落とされたのは錆毒まみれの剣山だ。そんな地獄にお前等を蹴り堕とす事が、正しかったのか?なぁ、どうなんだお前等?」
「・・・」
目尻に涙を浮かべるシロコ。いやシロコだけじゃ無い。俺以外、この場に居る全員が、どいつもこいつも絶望を口に突っ込まれた面をしてやがる。
「茶碗の、欠けるに似たり・・・知らなかった頃には、戻れない・・・」
ノノミが、泣きそうになりながら呟く。そうだ。何時か俺が言ったその言葉の意味が、正にこの、これだ。これなんだ。
「・・・そんな地獄に堕とすぐらいなら、何も知らせずに精一杯頑張って、出来る限り返済やら防衛やらせた方がマシだと、そう思うのは・・・間違ってたのか?その果てに負けたなら、例え1度心折れたとしても、『でも自分達は出来る限りの事はやった』と言う諦めは付くだろう。立ち直りも早いだろう。そう思って、伝えなかった。もしもアビドスを立ち去る決心が付いたと言うなら、俺がコネのある各学園に全力でお前等を売り込んで、拾い上げて貰えるよう働き掛けるつもりだった。現実逃避に過ぎないとしても、それが俺に出来る、唯一の優しさだと思った。
それも全て、間違いだったのか?」
「・・・」
返ってくるのは、沈黙。それもそうか。俺がして来た秘匿は確かに、心情的には最悪に映る。その点で責められても仕方無い。
だが一方で、現状のアビドスの致命的な状況を理解しながら、俺の行いを糾弾出来る奴もまた、此処には居ない。開き直ってるみたいで気分悪いが・・・事実だから、仕方無いだろう。
「俺は確かに、そんじょ其処らの有象無象よりは強い。だがな、出来ない事の方が多いんだ。何でも好き勝手出来るカミサマでも、便利な願望器でも無いんだよ」
心臓が、煩い。向こうだって辛いだろうが、此方だって文字通り心が痛い。全く、こう言う手合いのやり取りは好きじゃないんだがな・・・
だが、一番しんどいのは此処からだ。ホシノに仕掛けられた罠を、此方がカイザー共に呑ませる毒餌として逆展開する・・・その為の、誘導。その為の、欺き。
心の軋みに蓋をしろ。感情と肉体を切り離せ。肺を、声帯を、表情を。全身全霊悉くを、随意運動で支配しろ。
「・・・金については、俺が自分の報酬を常に半分アビドスに送っていた。ホシノが管理してる筈だ。有事の際に使えるよう、貯蓄してたんだろう?軽く1億はある筈だ。手付かずならな」
「いっ、1億!?ホシノ先輩、そんなに持ってたの!?」
黒見の声が裏返る。まぁ、会計責任者の自分の預かり知らぬ所でそんな臍繰りを隠し持たれていたんだ。ショックは大きいだろうさ。
「うん・・・全部、貯めてあるよ。これを使えば、取り敢えず直近の大問題はどうにかなる・・・」
もう少し・・・もう少し・・・あと、1手・・・
「取り敢えずさ、今日はもう解散にしない?一応、延命は出来る目処は立ってるからさ!一晩頭を冷やして、明日改めて、皆で話し合おうよ。これは委員長命令って事で、ね?」
「・・・ハァ、そうだな」
溜め息を1つ。脱力の仕草。
仕込みは完了した。毒餌は練り上がり、ホシノ本人の自覚無いままに、二重の罠として成立した・・・これ以上はボロが出そうだ。退散するとしよう。
━ピピピピッ ピピピピッ━
「・・・どうした・・・分かった」
着信音。スタッグフォンを取り出し、耳に当て、間を置いて頷く。そのままスタッグフォンを仕舞い、踵を返した。
「済まんが、用事が出来た。今日は
有無を言わさず、部室を出る。灼熱の日が墜ち掛けた茜色の中で、再びスタッグフォンを取り出す。番号を選んで呼び出すと、相手は3コールもしない内に応じた。
「シュラウド。仕事だ」
━━━━━
━━━━
━━━
━━
━
翌朝。ホシノは姿を消した。心情を綴った置き手紙と、退部届けを置いて。
To be continued・・・
~キャラクター紹介~
・叢雲コウ/草薙イナホ/仮面ライダーローザスト
しんどい飛蝗少女。
戦車とアパッチを悉く叩き潰した所、見覚えのある奴が出て来た。そして本名を暴かれ、気不味い雰囲気に。しかし最後の質問で理事の立場がどんなものかを確信し、撤退する。
その後、自分の正体を問われ、身の上を開示する。そしてシロコには元々理事の地上げ作戦を知っていたと看破され、責められたものの理詰めと感情両方で押し返した。
最後に、ホシノに仕掛けられた罠を理解して逆に敵を陥れる二重トラップとして仕込みを施す。
何とも苦労の絶えない立場である。
・小鳥遊ホシノ
ショッキングホルス。
自分のせいで姿を消したと思っていた同級生が、まさかの立場でずっと近くに居た事に驚愕。同時に、見てみぬ振りをして来たイナホとコウの類似点を確定させられた。
イナホの思考誘導に乗り、貯金を切り崩す事が悪手であると確信。自分を犠牲にすると決意するに至る。
・砂狼シロコ
激怒スナオオカミ。
理事の理論武装に歯が立たず撤退し、コウが溢した一欠片のヒントから事実を看破。しかしコウを責めるに足る改善案も出せず閉口するしか無くなると言う不憫さがのし掛かる。
頭の回転は早く勘も鋭い。だが、理論武装では分が悪い。
・十六夜ノノミ
理解したお嬢様。
初対面時にイナホが言った、『識るは茶碗の欠けるに似たり』と言う言葉の意味を叩き付けられた。同時に、『家畜の安寧』を嫌悪したホシノがどれだけ凄まじい事を言っていたのかも、それを結局実現出来ていなかった事も、脳髄に叩き込まれた。
・黒見セリカ
それなりにショックが大きかった会計黒猫。
1億円以上の隠し貯金の存在を知らされていなかった事に驚いた。コウの隠し事に関しては、何を考えて黙っていたのかまで説明されて何も言えなくなった。
恐らく、対策委員会の中で1番精神ダメージが浅い。
・カイザーPMC理事
悪い会社人。
確定していた勝利をより早めるチャンスが舞い込んだ為、意気揚々と顔を出した。相も変わらず喋り好き。
しかし、本人は気付いていない。カイザー本社にとって、彼がどう言う存在なのか。最後の質問で、コウはそれを理解した。