「はァ!?」
万事蝗屋事務所にて、コウが素っ頓狂に叫ぶ。通話状態のスタッグフォンからの報告は、コウの不意を見事に突いた。
「何でお前・・・あ~、うん。じゃあ追試で取り返して・・・は?・・・いや、うん。バカじゃねぇのお前」
呆れのあまり口を突いて出る、シンプルな罵倒。重い溜め息にたっぷり5秒掛け、沙汰を告げた。
「え~、科加部リエさん。貴方は現時点を以て、万事蝗屋から出勤停止処分を言い渡します。勉学に励みなさい。以上」
そんな殺生な、等と叫ぶ電話を無慈悲に切り、頭を抱えて椅子に沈み込むコウ。そんな彼女のデスクに、マグカップが置かれる。
「何かあったの?」
「おう、シュラウド。中々にな・・・」
重い溜め息と共に身体を起こし、手に取ったマグカップの中身を一気に呷った。
「クハァ、あっま。これこれェ」
飲み下した液体の甘さに唸り、マグカップを返す。内容物は良く練った砂糖多めのココアである。バターを引いたフライパンでココアパウダーと砂糖を極弱火で加熱し、牛乳を加えて漉し餡のような状態に練り上げてから、更にミルクで溶かしたものだ。
手間とカロリーが凄まじいこの飲み物だが、コウは事前にルウ状の餡を纏めて作り置きしており、ホットミルクに溶かすだけで完成する。それを偶に一気飲みするのが、コウの好きな飲み方である。
「はァ~あ・・・ったく、苦労が増える増える・・・」
「増えるついでに、もう一苦労。シャーレから要請よ」
「おぉ、久し振りだな」
シュラウドから差し出されたメッセージを受け取り、眼を通す。そして内容を改め、引き攣ったように口角を上げた。
「・・・ははァ~、今度はトリニティに行ってンのか」
「それで、受けるの?」
「おう。悪いがまた暫く留守にするわ。モアにも言っといてくれ」
「了解。気を付けて頂戴ね」
「おう。晴れの一面で再会なんざしたくねぇからな」
「・・・私、新聞取ってないわよ?」
「奇遇だな、俺もだ。ハハハ」
カラカラと笑いながら、コウはガレージにへと消えた。残されたシュラウドの溜め息が、残響すら無い事務所に溶ける。
「あれ、小粋なジョークか何かのつもりかしら」
センスの解離を嘆く呟き。それを聞く者は、誰もいない。
━━━━━
━━━━
━━━
━━
━
”さーてと、お掃除は完了カナ?”
水に濡れ染みの出来たジャージで額を拭い、先生が呟く。
トリニティの別館、その1つ。長く使われず放置された区画。最後のエリアであるプールを5人の生徒と共に清掃し、無事に作業を終えた。
「見違えるように綺麗になりましたね!」
”お疲れちゃんヒフミ。イェーイ”
メンバーの中で数少ない顔見知りであるヒフミが、先生のハイタッチに応える。
彼女は今回結成された落第候補者の復帰を目的とする部活、補習授業部の部長でもある。
「うふふ♪隅々まで、入念にお手入れ出来ましたね♪普段は見られないような、隅々まで♥️」
「ちょっ、何言ってるのよ!エッチなのは駄目!」
腰まで届く桃色の長髪と恵まれたボディラインが特徴の少女、
このやり取りは、早くもこの補習授業部の定番の遣り取りとなりつつある。先生とヒフミは、2人揃って微笑ましげに見守る姿勢を取った。
「うん、問題無い。掃討作戦、これにて完了だ」
長い銀髪と花飾りをあしらった翼を持つ少女、
「お疲れ様です先生。この後は・・・」
━ドゴォンッ!━
「ッ!」「きゃっ!?」「な、何!?」
先生にとって顔見知りの片割れ、リエが話し掛けようとしたタイミングで轟く爆音。他のメンバーが大なり小なり狼狽える中、アズサはデッキブラシを投げ捨て瞬時に銃を構えた。
「警戒態勢ッ!侵入者がクレイモアに引っ掛かった!しかもかなり内側まで侵入されている!」
「アズサちゃん!?いつの間にそんなの仕掛けたんですか!?」
度肝を抜かれたヒフミの絶叫を無視し、駆け出すアズサ。その後を先生が追い掛けるが、身体能力の違いからどんどんと突き放される。
「っ!止まれ!動くな!」
視界に映った人影に、アズサは銃口を向けた。大柄な体格に白のスーツと黒のコート。俯き加減の顔は、頭に被った白いボルサリーノハットで隠されている。
「何者だ!返答なき場合は敵と判断する!」
「ならとっとと撃つ事だ」
「っ!」
ヌルリと踏み込む相手に、咄嗟に発砲。バイタルゾーンを狙った2発の弾丸はしかし、脱ぎ払われたコートで弾かれる。
(防弾服!?)
「ほらよ」
銃弾を払い退けたコートが、アズサの顔に飛来する。咄嗟に銃でガードした瞬間、ドンッと地面を踏み締める音が響いた。
「上っ!」
「とは限らん」
空中のコートを突っ切るように追い抜き、両腕が蛇のようにアズサの銃へ。左手は銃身を掴み、右腕は上からコートごと包むように銃を抱え込んで、アズサの腕とストックの間に滑り込む。そのまま右脚を軸に右回転すれば、テコの原理でアズサの手は銃から引き剥がされた。そしてバランスが崩れた背中を、更に銃身で押し倒す。
「ぐわっ!?」
何とか受け身を取ったアズサの背中に、膝が押し込まれる。尋常ならざる重さに潰され、後頭部には銃口が押し付けられた。
(CQCでの武装解除と簡易拘束!?やられた!)
”アズサ!大丈夫!?”
組み伏せられたアズサが焦る中、追い付いた先生から声が掛かる。そして見覚えの無い侵入者とアズサの状況を見て、補習授業部の面々も武器を構えた。1人を除いて。
「・・・何してますの?ボス」
「・・・フッ」
呆れ混じりのリエの問い。侵入者・・・コウは小さく笑い、奪い取ったアズサの銃からマガジンを抜いて手動で排莢。それらを地面に置いて、「よっこいしょ」と立ち上がる。
「いやぁ済まん済まん。生意気にもブービートラップが仕掛けられてたせいで、折角の晴れ着が汚れちまったからよ。イラッとしちまってつい、な。ったく卸したてだってのに・・・」
そう言ってコウは帽子の位置を整えながら、パンパンと肩を払う。そしてコートをバサッとはためかせ、羽織り直した。
「ろ、ローザストさん!?」
「おう、確か阿慈谷だったか?元気そうで何よりだ」
「ろ、ローザストって、あの!?」「あら・・・」
アズサを解放し、ヒフミに手を振るコウ。そして出された名前に、コハルとハナコが反応した。
”アレ?コウってば結構有名人?”
「有名も何も!正義実現委員会の委員長、ツルギ先輩と対等な戦いが成立する、数少ない個人として名前が刻まれてるもの!何より訓練の特別講師としても来てるって話だし・・・」
「流石はコハルちゃん、正義実現委員会のエリートは伊達じゃありませんね」
「エリート?ほほぉう?」
その単語に、コウの眼が如実に輝きを増す。ギラギラとした獰猛な笑みを浮かべながら、ずいっと踏み込んだ。
「特徴強いのに見覚え無ぇって事は1年だな。武器種は?戦法は?
「ぴゃっ・・・」
「ろ、ローザストさん。コハルちゃんは少し、人見知りな子で・・・」
「あ~っと、済まねぇつい・・・」
余りの圧に後ろに隠れてしまったコハルを庇い、ヒフミが窘める。コウも大人しく2歩引き下がり、頭を下げた。
「うふふ、ローザストさんったら、コハルちゃんの色んなトコロに興味津々ですね♥️それに聞く所によると、凄まじい手練手管で、様々な女性と親密になったとか」
━キンッ━
「ハッハッハ、失礼な小娘だ。人をまるで女誑しみたいに」
冷え切った笑い声と共に、ハナコの背後で木が倒れる。首横を掠めた刃の気配に、ハナコは表情そのままに青ざめフリーズした。その頃には、刀身は既に鞘の中。
”ちょっと!?”
「よう小娘よ。1つ良い事を教えてやる。敵の腹をまさぐり、手を出させて吊し上げる・・・それがトリニティの
肩を組む。それだけの動作。しかし、ハナコの肩には凄まじい重圧が掛かる。それに押し潰されるようにしゃがみ込んだ彼女の眼の前で、コウの右手が斬り倒された木の幹を掴み・・・
━ばきょっ━
「っ!?」
握り潰した。
「俺に言わせりゃ、それは雑魚のやり方だ。初手で自分の意識を、命を断てない相手とタカを括った、胡座を掻いた遣り口・・・コンマ1秒後に攻撃が飛んで来ても軽くあしらえるってなら、好きにすれば良いと思うがな。それが出来ない相手に、ましてやそれすら見抜けない力量で、やって良い事じゃあ無い。分かるか?小娘」
━バリッバリッ ボリボリ━
「ひっ!?き、木を・・・」「食べた・・・!?」
握り潰した木片を噛み砕き、呑み下す。食べられる筈の無いものを食べる圧倒的異質は、威嚇として最上の効果を発揮した。
「・・・いや、それはそうと女誑しはそんなに間違ってませんわよね?色んな方に割と入れ込まれてますわよ?」
「科加部さァん?」
腹心からの抉るような闇討ち染みた突っ込みに、コウは思わず素っ頓狂な声を上げる。
「イヤイヤ有り得んだろ?こんな性悪でキズモノの化物なんざ、誰を誑し込めるってんだ?」
「あら、社内でゲヘナ生とトリニティ生が良好な関係を築いている会社の社長が何を言ってますの?」
「ゲヘナと、トリニティが?」
アズサが眼を丸くし、呟くように問い返した。犬猿の仲、水と油な両校の生徒が共存している事に驚いた故に。
「えぇ。無論、彼女がゲヘナの中でも一等善良な個人である事は理解しておりますが・・・それでも、ゲヘナだからと十把一絡げに差別するのは止めましたの。どうせ生半に死にはしないのだから、痛い目を見せられた相手を選んで嫌うべきです。私達はその機会があるのだから」
「逞しくなったなぁ。誰の影響だ?」
「”間違いなく
「わ~お異口同音」
肩を竦めておどけるコウに、補習授業部から笑い声が上がる。
「所で・・・リエちゃんにとって、そのゲヘナの方って、どんな人なんですか?」
「あっおいバカ」
「モアさんは!それはそれは思慮深く慈悲深く逞しくそれでいてお茶目な可愛らしさもあり守り守られ背中を預け合える私にとってまさに光であり最早半身と言っても過言では無い・・・」
「え・・・?」
「あーあ、火が着いちまった。ありゃ暫く止まらねぇべ」
眼にハートを浮かべ、恍惚と上気した頬に手を当ててくねくねと身を捩りながら惚気話をノンストップで垂れ流すリエに、言い出しっぺのハナコは圧倒されて硬直。コウは帽子で呆れ顔を隠す。
「あ、あらあら、想像以上に情熱的ですねぇ・・・」
「邪険な態度を取ってしまった私を落ち着かせ寒いから翼の中に入れてくれと躊躇無く弱味を見せて寄り添いながら絶えず励まし続けてくれたあの心の傷を癒す温もりは魂に深く刻み込まれ最早忘れようも無く・・・」
「あー、そのエピソードは外せねぇわな。馴れ初めだもんな、ウン」
「えっと、簡潔に言うとどんなエピソードなんですか?」
「ブラックマーケット散策してたら人攫いに遭って相方共々下着姿にひん剥かれ、危うくオークションで売り飛ばされて変態のオモチャにされる所だった」
「「え゛?」」
「お、オモチャって・・・!?」
「いやぁ俺達に救出されなきゃどうなってた事か。と言うか社員3人全員その闇オークションで救出された被害者だし。お前も何かが違えばウチの社員だったかも知れねぇな、おう阿慈谷?」
概要を聞き、絶句するヒフミとハナコ。コハルはその旺盛な知識と妄想力から顔を青ざめさせ、コウは言外に「ブラックマーケットを散歩するのも大概にしとけよ」と釘を刺す。
「そしてお前はそろそろ戻って来い」
━ごちっ━
「あイタ!?ひ、酷いですわボス!頭を鋼仕込みの鞘でぶつなんて!」
「惚気話は大好物だがな、TPOを弁えんかい」
━ごちっ━
「あっ!?に、2度もぶちましたわね!?モアさんにも叩かれた事の無い頭を!これ以上成績が下がったらどうしてくれますの!?」
「所で、このカルキ臭はプールか?水着だし。けどプール開きにはちと早い気がするが?」
「スルーなんてさせませんわよこの~!」
むくれたリエが割と強めに殴り掛かるが、悉く右手で叩き落とされるか払い除けられ、カウンターとしてデコピンが入る。これ程ムキになっている彼女を初めて見て、補習授業部の面々は印象を更新した。
”ハハハハ!リエってこんなに愉快な子だったんだ。ちょっと態度固かったからサ”
「割と面白ェ女だぞ。で?結局何をしてたよお前らは」
”お掃除。合宿に使うこの校舎を、どーせなら綺麗にしてから使いたいよネって事で。丁度最後、プール掃除が終わった所だヨ。今は水張りしてるとこ”
「あぁ、それでか」
漂っていた臭いに合点が行き、頷くコウ。その間にもリエの額の赤みはどんどん増し、遂に涙目になって攻撃を諦めるに至った。
「ローザスト・・・」
「ん、何だ?あ、生身の俺を呼ぶ時は叢雲コウって名前で頼む」
アズサからの呼び掛けに、訂正を加えながら答える。そしてその真剣な眼に、コウの意識がカチリと切り替わった。
「では、コウ。単刀直入に言う。私と手合わせしてくれ」
「ほう・・・理由は?」
「高名なローザストの戦闘技術、先程も味わった。さっきので分かるかもしれないが、私は正面切っての格闘戦に関して経験が足りない。それを埋める為に・・・」
「良いぜ。気の済むまでやろうか」
「・・・良いの?」
想定よりも数段軽い即答に、思わず聞き返すアズサ。それに対し、コウはニコニコと上機嫌で答える。
「自分に足りないものを理解する客観視、それを改善する為に他者を頼る姿勢、どちらもかなり好印象だからな。現状の自分では足りないと言う適度な焦燥と強さへの渇望、それを持ってトレーニングに励む奴は大好きだ。グラウンドで待ってろ、着替えてすぐ行く。フル武装で来いよ?」
「あぁ、無論だ」
帽子の鍔を撫で、踵を返すコウ。その口許は、狂暴な愉悦に吊り上がっていた。
(コウサイド)
「これはこれは・・・」
いつも通りの服装に着替え、グラウンド。眼前に対峙した挑戦者の姿に、思わず舌舐りする。
「済まない、遅くなった」
メインウェポンはアサルトライフル。顔面にはガスマスク。歩く際の音や重心移動の様子からして、服やスカートの内側にも愉快なオモチャを多数仕込んでいるのが分かる。何と素晴らしい。
「別に良いさ。俺を本気で相手取る為に、気合いを入れて準備をしてくれたって事だ。寧ろ嬉しい限りだね」
俺に対し、学びを得る為に本気で戦いを挑んでくれる。こんなに嬉しい事は無い。
「万事蝗屋、叢雲コウ。有意義な時間を・・・ん?」
「トリニティ総合学園、補習授業部、白州アズサ・・・」
自己紹介を済ませ、構える相手方。その胸元と左腕のワッペンに付けられたエンブレムに眼が留まる。左向きの髑髏と薔薇のエンブレム。あれは・・・
「・・・どうかした?」
「・・・いや、何でも無い。始めようか」
取り敢えず、一旦は後回しで良いだろう。折角のデート中だ、目移りしちゃ失礼に当たる。
「フッ!」
━ダダンッ ガキンッ━
「良い狙いだ」
左股関節、そして膝狙いの2発。サイドステップで膝を射線から外しつつ、下腹部に迫る弾丸を取り出した蝗丸の鞘で弾いた。そのまま左の小指だけを絞めてフワリと握り、蟷螂のように前方へ構える。
「フフッ、フフフッ・・・♪」
前に出していた左脚を抜き、脱力して上体を落下。その重量を右脚で弾き、一気に距離を詰める。
「くっ!?」
「ッシァ!」
持ち手を右にスイッチ。右脛に迫る迫る逆手持ちされた蝗丸の鞘を、アズサはバックステップで何とか躱した。しかし此方は突き出した右腕を反時計回りに引き戻し、その勢いのままに体軸をスピンさせる。
「うっ!?」
爆ぜるように広がったコートが目眩ましとなる。反射的にガードが上がり、必然足元がお留守に。
「ッシレァ!」
「どわぁっ!?」
右拳を地面に立て、両脚をフリーに。そのままアズサの脚をカニ挟みし、身体を捻ってデスロールのように捩り倒した。
「くっ、まだ!」
「いや、終わりだ」
「ぐあッ!?」
脚で挟んだアズサの足首、アキレス腱を軽くつねる。間も無く、俺の太股に降参のタップが入った。
「はい、お疲れ」
「くっ・・・情けない」
「いや流石に相手が悪過ぎですわよ」
割と凹んでいる様子のアズサに、リエが空かさずフォローを入れる。
「全く大人気無いですわね、目眩まし、意識誘導に脚殺しなんて」
「何を言うか。勝ちってのは捥ぎ取りに行くもんだぞ。まず手本を見せずしてどうする」
”スゴいねぇイナホの戦い方。腕っ節が強いだけじゃないもんね”
「そこがボスの質の悪い所ですわ。強者の癖に弱者の戦術も何の躊躇も無く使うんですから。あなたがジャイアントキリングを狙わなければいけない相手なんてどれだけいますの?」
「いる前提で備えた方が良いに決まってるだろ。神に逢うては神を食み、悪魔に逢うては悪魔を喰らう。どうも叢雲コウです」
「キメ顔が鬱陶しいですわ。初めて聞きましたわよそんなキャッチコピー」
「当たり前だろ今思い付いたんだもん」
「それでよくもまぁ得意気にキメ顔で格好つけられましたこと」
肩を竦めて呆れるリエに、ガハハと笑って返す。そしてアズサに向き直り、肩を叩いた。
「リエも言ったが、気にするな。自分で言っていた通り、お前は正面切っての戦いに慣れてないだけだ。お前のペースを作れる戦法を押し付けられれば、俺だって手こずりはするさ」
「負けるかもとは言わないんですね」
「多少の策で災害を完封できたら苦労しねぇだろ?」
「何で自認災害なんですか!?」
「災害起こせるからだが?起こしてやろうか?
「・・・そうか。そもそも変身すら・・・本気には、程遠いか・・・」
ボソリと呟くアズサ。その内容が、脳内で引っ掛かる。
変身・・・噂にはなっているだろうが、それでも未だに俺の仮面ライダーとしての姿をパワードスーツだと思っている奴は多い。変身と言うワードがスラリと出て来るモノか?
・・・だが、ここでつつくのは下策か。もう少し出汁を引いてからだな。
「本気と全力は違う。さっきのは本気で勝つ為の動きだが、相手を壊さない手加減と手段の選択はそこに両立出来る範疇だ」
「そうか・・・強いんだな、貴方は」
「当然さ。その為に生きてると言っても過言じゃねぇからな」
”うっひゃ~武人気質ぅ”
「まぁな」
冷却コートを脱いで、背面に着いた砂を落とす。傷が付きにくいよう特殊加工を施した表面は、こういう汚れが落ちやすくて便利だ。
「で、どうする?俺は飽くまで我流だし、自分の筋力、体格、体重に任せた無茶苦茶な戦い方もする。それでも良いってんなら、教えてやれん事も無いぜ?」
「・・・宜しく頼む」
「OK、決まりだ。誠心誠意、技を教えて行こうじゃないか」
俺が差し出した右手に、アズサが応じた。握手の瞬間・・・彼女の眉がピクリと動いたのを、俺は見逃さない。
「さてと。どうする?もう1本、やってみるか?」
「あぁ、胸を借りよう」
「その意気だ!ばっちこい!」
・・・今は、それも置いておこう。前進を望む若人に手を貸すなら、雑念は要らない。
(NOサイド)
「さぁて、どうにもキナ臭いな、先生?」
夜。寝支度を済ませたコウが、先生に話し掛ける。
”あ、やっぱそう思う?”
「あのアズサ。実戦での対応に必要な臨機応変さが醸成されてねぇだけで、技術自体は明らかに体系化されたモノを習ってた癖がある。そういう動きだった」
”正義実現委員会相手に何時間もゲリラ戦で粘ったらしいし、昼間言ってた通り畑違いなだけなんだろうねェ”
「何より・・・トリニティじゃ、俺がローザストに
”そっかぁ・・・で、イナホが具体的に疑ってる事って?”
「・・・アズサがメモリユーザー、つまりドーパントである可能性だ」
”・・・マジかぁ~・・・”
「俺の中じゃ、現状6割って所だな」
顔を覆い、ベッドにドフッと倒れる先生。アビドスでドーパント化のリスクを説明された人間として、妥当な反応である。
「ドーパントの中には、変身解除後の生身にも特徴的な影響が残るものがある。熱が籠って、体温が超高温になったりな。そういう違和感は無かったか?」
”・・・そう言えば、触った時にやたらと体温が低かった気が・・・あと、アズサには氷の魔女って渾名も付いてたみたい。連想ゲームみたいだけど”
「低体温・・・氷の魔女・・・参ったな。それに符合するメモリだとすれば、相性悪いぞ俺。バッタの中には雪山越えようとして絶滅した奴もいる*1ぐらい寒さには弱い」
”いや何やってんのソイツら”
━コンコンッ━
”あら?”
突然響くノックの音。コウはそれ程強く警戒はしないが、それはそれとして腹部にドライバーを出現させて先生を背後に庇う。
”え、警戒し過ぎじゃない?”
「じゃない。誰だ~?こんな時間に」
「す、すみません。ヒフミです」
「・・・おう、入れ」
チラリと先生と目配せし、入室を許可。扉を開け入って来たジャージ姿のヒフミを見て、漸くコウは手を下ろす。
「あ、えっと、失礼します・・・」
「何か用か?こんな時分に」
「その、何だか眠れないと言いますか・・・あれこれ考えていたら、その・・・あうぅ・・・」
”ま、環境が激変すりゃ眠れない事もあるさ。お話でもしよっか。ほら、こっちおいで”
「えっ!?そっちって、その・・・」
ポンポンとベッドを叩く先生に若干狼狽えるヒフミだったが、作業椅子に移動した先生を見て胸を撫で下ろす。そしてベッドに腰掛け1つ大きく深呼吸した。
”いやぁ、改めてお疲れ、ヒフミ”
「先生こそ、今日はお疲れ様でした。明日から本格的な合宿・・・私達、このままで大丈夫なのでしょうか・・・もし1週間後の2次試験に落ちてしまったら、3次試験・・・万が一それにまで落ちてしまったら・・・」
”全員、退学・・・”
「ちょっと待て、それ俺聞いてない」
”あーそっか、イナホには言ってなかったもんね。ごめんネ”
軽く謝罪した先生から、事の概要が説明された。
この補習授業部の顧問を担当し、合格点に満たない者がいた場合は、メンバー全員が退学となる事。それが現
「・・・何かあれだな。昔当たった事があるんだが、後から難癖付けて報酬金値切る気満々なハズレ依頼主。ああ言う手合いと同じ嫌なニオイがするな」
”因みにその依頼主どうなった?”
「キッチリ仕事熟した上で案の定値切って来やがったから、左手で右の握り拳を作るコツを懇切丁寧に教えてやったよ?」
”ひえっ”
「うわぁ・・・と、兎に角!そう考えると明らかに変です!何で学力試験なのに、全員一斉に評価するのか・・・それに、私達の追試の為だけにこんな合宿施設まで提供して貰えるのも不自然です!それに・・・」
饒舌だったヒフミが言い淀み、視線を泳がせる。瞬時に鋭くなる先生を見て、コウは明らかな前提情報の差を感じ取った。
”ナギサから、他にも何か指示出されてたり?”
「えっ!?えーっと、その・・・はい・・・」
もにょもにょと口元を動かして数秒迷い、ヒフミは先生からの問いに首肯する。
「ナギサ様からは、その、誰にも言うなとは指示されているんですが、どうにも私の手に負える事態では無くて・・・えっと、その、何と言ったら良いのか・・・」
”《トリニティの裏切り者》を見付けてくれ、とか?”
「っ!先生も、そう言われたって事、ですよね?」
「裏切り者?・・・あぁ~・・・」
たった今出た、《裏切り者》と言うキーワード。それによりコウの脳内で点が繋がり、彼女は黙って脳内の情報整理に集中し始める。
その間に、ヒフミは先生へと情報共有を行った。
自分がこの役目に抜擢されたのは、シャーレとの繋がり故の事である。第三勢力であるシャーレの先生と言う存在が、裏切り者への牽制になる。その様を指して、ナギサは「ゴミがゴミ箱から飛び出さない為の蓋」と形容した。
ゴミ。その言葉に、先生の眉間に明らかな皺が寄る。
”(ナギサ、君はヒフミを、皆を・・・)”
「わ、私はその、裏切り者だなんて・・・だって!皆、同じ学校の生徒じゃないですか!今日だって、皆でお掃除したり、ご飯だって・・・誰が裏切り者か探れなんて、そんな・・・そんな事・・・私には、とても・・・」
”・・・優しいネ、ヒフミはサ”
「え、えぇ!?」
朗らかに微笑み、先生はヒフミの頭を撫でる。視線を合わせ、空いた手を握り、続けた。
”裏切り者云々の件は、ヒフミは気にしなくて大丈夫!先生に任せなさい!どうにか解決するからサ!だから・・・君に出来る事、やるべき事、それを頑張ってよ”
「出来る事に、やるべき事・・・分かりました!その、私に出来る事が何なのか、まだ分かりませんが・・・ちょっと、考えてみます!」
その後、ヒフミは心が軽くなったと礼をして、部屋を出て行った。先生は軽く溜め息を吐き、コウを見遣る。当の本人は壁に寄り掛かり顔に手を当て、眼を見開いたまま思案の海に潜っていた。
”・・・イナホ?大丈夫?”
「・・・あぁ。一応、現状の結論とそこから紐付く仮説の骨には辿り着いた」
深刻な表情で、目蓋の上から眼を揉むコウ。そのまましゃがみ込み、大きく溜め息を吐いて頭を抱える。
”あらら、ちょっと大丈夫?”
「じゃなァ~い可能性が高ァ~い・・・ハァ。明日ちょっと裏取って来る。丁度良い口実もあるしな」
”そっか・・・じゃあ、何か分かったら報告宜しくネ”
「あいよ」
肌着のカーボンウェア姿になり、コウは通気性のジェルシートを敷いたベッドに沈み込む。
(
特注の冷却枕に顔を埋めながら、先生とヒフミの口から又聞きしたナギサからの要求を脳内で反芻する。
(裏切り者・・・恐らく、直近の
他の学園なら、上位から遠い立場の者の言葉なら、或いは聞き流したかも知れない。だが、回りくどく陰湿な、言葉尻を捕らえてやり込める手口が常套手段と化したトリニティの、更にティーパーティーホストと言うトップ中のトップに君臨する人間が出した不自然な発言。その違和感を、果たして無視して良いか。
コウの結論は、《断じて否》である。
(少なくとも、ナギサちゃんにとって裏切り者の存在確率は「居るかも知れない」じゃ無い。「確実に居る」と言う確信の元で人を動かしてる。《存在の疑惑》段階なら、怪しい動きがあるかも知れないから見張れ、と言う意図で言葉を出す筈・・・つまり、あのナギサちゃんに裏切り者の存在を確信させる《出来事》があって、しかし《物的証拠》が欠如している状態って事だ。
そして、この補習授業部のメンバー・・・最も裏切り者の可能性が高いのは矢張り、白州アズサだ)
アズサは、最近トリニティにやって来た編入生。タイミングとしても、不確定情報が最も多い生徒である。
(何より、あの
一先ず情報の整理を終えたコウは、チラリと先生と見遣る。未だにデスクに向かうその背中は、明日への準備で忙しそうだ。
(電気は消せねぇな。じゃあ、しゃあない)
渋々とベッドから立ち上がり、未使用の枕シーツを数枚引っ張り出す。それを重ねて畳み、即席のアイマスクとして再び寝転んだ。
「じゃ、先寝るわ。先生も根詰めすぎるなよ?」
”なるべくネ。お休みイナホ”
「おう、お休み」
挨拶を済ませたコウは、アイマスクの下で眼を閉じる。間も無く、その意識は微睡みの中に沈んで行った。
━━━
━━
━
「おっ、来た来た!」
はしゃぐような弾み声に、コウの意識は焦点を結ぶ。幾度目かの、殺風景な夢の空間。多少見慣れた悪夢の球体達は、今は不規則に黒い蝶となり、また球体に戻り、2つの形に変化を繰り返している。
「おやすみっ♪コウちゃんっ♪」
「あぁ、良かったぜ。丁度お前に会いたかったんだよ、チェシャ猫」
寝転んでいたコウの眼前に浮かぶ、人懐っこそうな笑顔。何時の間にか床を踏み締め、コウはその姿を見渡す。
明るい金色をしたバサバサの髪に、ピンと立った三角形の猫耳。第一印象が良さそうな金色の垂れ目はしかし、良く見れば白眼と呼ばれる眼球は赤黒く染まっている。囚人の拘束衣を思わせるグレーのゴワゴワした服に、腰の部分から飛び出した尻尾がユラユラと揺れる。その下にはホットパンツのような切り詰められたズボンを履き、そこから傷だらけの細い脚がスラリと、と言うよりもヒョロリと伸びていた。
何度か遭遇する内、段々と明晰になって行った彼女の姿に、コウは好都合だと口角を吊り上げる。
「えっ!?ちょっ、コウちゃんったら大胆なんだからっ!もしかしてアタシ達、両想いっ?」
「ある意味そうかもな」
「あっ!?ち、近いっ!?」
ズイッと顔を突き出し、距離を詰めるコウ。チェシャ猫と呼ばれた少女のキャーキャーと言う黄色い悲鳴を無視して、その左胸を見る。
「やっぱりな。見覚えあると思ったぜ。なぁ、チェシャ。お前の過去に関わりがあるかも知れない奴を見付けたんだが・・・気にならないか?」
そこにあったのは、アズサのそれと同じ図柄。髑髏と薔薇を象った、青黒いワッペンだった。
To be continued・・・
~キャラクター紹介~
・叢雲コウ
久し振りに頭を回してる飛蝗少女。
開幕でリエの補習授業部行きに頭を抱え、まず練りココアを一杯。その後、晴れ着の着初めを兼ねて先生からの要請でトリニティに助っ人に行き、目的地に到着すると生意気にも仕掛けられたブービートラップを発見。誰が仕掛けたのか面を拝んでやろうとした所で不注意で起爆し、折角の晴れ着が初日で煤汚れに塗れる羽目に。
その後アズサに何度か稽古を付けつつ、矢鱈と体系化された教科書通りの動きをする点とエンブレム、更に変身と言うワードから怪しい臭いを嗅ぎ取り警戒。それはそれとして個人的には気に入っている。
寝室は先生と共有。シャワーの前後で補習授業部のメンバーから自己紹介を受け、碌でも無い現場に来たと確信。更に先生とヒフミから共有された情報により現状を分析し、2人よりも半歩程踏み込んだ結論に至った。その裏取りをするのに丁度良い口実を持っている事もあり、翌日の単独行動を決定する。
就寝後、夢の中でチェシャ猫と再会。自分の胸元のエンブレムを確認し、自分の既視感を確信に変えた。
軽いジョークのつもりで発した言葉の趣味の悪さで周囲を白けさせる、もしくは引かせる事がある。本人がシレッとえげつない事を平気でやるせいで、冗談なのか本気なのか瞬時に判断出来ないせいでもある。
未実装。このブルアカの世界線では早くもセミが鳴き始めている。また、「何でコウがアイコンじゃねぇの?」とかも言われている。理由としては飽くまでコウはブルアカに於ける裏主人公であり、メインは青春×学園×物語だから。
・古蟻塚フミネ/シュラウド
ちょっと出た万事蝗屋オペレーター。
オペレーターと言いつつ、平時は料理以外の雑用を熟す。
コウのジョークを悪趣味だと若干煙たがっている。
・科加部リエ
まさかの補習授業部堕ちをやらかした蝗屋社員。
まず最初のテストでは、本来かなり高得点だった筈が解答欄をずらすミスを複数科目でやらかした。そして追試では熱意がから盛大に空回り。徹夜で徹底復習した結果、当日の昼食後に気絶。赤点複数で無事、補習授業部へ。敢えて言おう、アホである。コウからボロクソ言われても反論の余地も無い大ポカである。因みに睡眠時間が減るとガッツリ耐えられなくなる体質である。マジでアホである。
試験前期間も含めてモアとのイチャイチャを断って久しく、既にちょっと正気が怪しい。何を隠そう勉強ドカ盛り気絶の原因はこの欠乏症状から来る焦りである。
未実装。実装を心待ちにする先生が増えて来ている。
・先生
苦労が絶えない先生。
今回の時点で何かしら抱えているメンバーが居る事は察しており、それでも「全員悪い子じゃない」と判断。そして彼女達をゴミ呼ばわりしたナギサに内心かなりピキッている。
・補習授業部
原作メンバー+リエの5人。
リエを加えても1パーティーに収まっている。
・白州アズサ
怪しい氷の魔女。
ローザストへの
体温が人より低い。氷の魔女と言う渾名も相まって、コウからは低温系のメモリで無いかと見られている。
・???→チェシャ猫
悪夢を楽しむ正体不明の猫少女。
名前は本人も知らない。特徴と印象から、コウからはチェシャ猫と呼ばれるようになった。
悪夢での接触を繰り返す度にコウから見える姿は鮮明になり、既にぼやけ無くハッキリと認識可能となっている。
赤黒い眼球に痩せた脚。拘束衣に酷似した上着にホットパンツから裸足と言うチグハグな格好をしており、胸元にはアズサのそれと同じく髑髏と薔薇のエンブレムを象ったワッペンが着いている。