相変異 黒蝗   作:エターナルドーパント

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修学

(コウサイド)

 

「・・・朝、か・・・」

目蓋越しに光を感じ、意識が覚醒。

ベッドの中で全身の筋肉に順に力を入れ、調子を確かめる。うん、悪く無い。

「っあ~ぁ~・・・」

”おっはよ~イナホ。調子は如何?”

「あぁ、悪くねぇ」

ギシリとベッドを軋ませ、弾んだ上体を起こす。そしてタブレットを取り出し、《夢》のフォルダを開いてチェシャ猫から聞いた情報を箇条書きしていった。曰く・・・

 

①自身は人の夢に混ざり込み、鑑賞と干渉を行える存在である。

②その対象はある程度自分で選ぶ事も出来るが、強く意識しなければランダムとなる。

③自身に関する記憶は無い。

④今まで見て来た中で、(コウ)の悪夢は飛びっきりに質が違う。

 

①から③に関しては、まぁこれまでの言動で半ば分かっていた事。そして④の具体的な内容に関しては、俺がアズサの情報を共有する事でチェシャ猫自身の情報の手懸かりとすると言う取引で引き出した。

 

━━━悪夢ってのは普通、深層心理を苗床にする1本の木みたいなもんだ。根底に大きな1つとして集約された情報があって・・・それが混ざったり捻れたりして、夢になる。けどお前のはちょっと違う。お前の深層心理に根差して無い物が重なって、絡み付いてる。木が何本も縒り合わさって、三つ編みみたいに絡まってる、みたいな感じだ━━━

 

ケラケラと笑いはしゃぎながら、今まで煙に巻いていた情報を愉快そうに語ったチェシャ猫。余りにも煩いから、明晰夢の特質でピザを出して口に突っ込んでやったら、眼を輝かせながらも黙々と食い始めたのは少し印象が変わった。

まぁそれはそれとして・・・

「俺自身に根差さない、悪夢の集積・・・集合的無意識?」

類似する概念を上げてみるが、しっくり来るような来ないような・・・俺には別に、他者の思考を感知するようなハイドープ特質も無いし・・・変な怪電波でも受信してるのか?

「アイツがドーパントである可能性も無きにしもあらずだしな・・・出来るとすればナイトメアが筆頭、しかし天然でそう言う事が出来る奴がいても、そこまで可笑しくないってのが厄介な所だ」

アズサと共通のエンブレムを着けていたと言う事は、アズサと同じくガイアメモリの所有者である疑いがある。しかし、メモリを使わずとも超人的な能力を発揮出来る例もある。モアとリエもグリッチ染みた覚醒方法だったとは言え、メモリ自体は使わずにポテンシャルを引き出す事が出来た。ヒナちゃん見たく、ナチュラルでその域に到達する奴がいても・・・

「ふぅ、止め止め。ドツボに嵌まってるわ」

細かい可能性まで眼を向けてちゃキリが無い。そう言う熟慮は悪い熟慮だ。頭の片隅に仕舞っとくぐらいで良い。

 

「ほらコハル、早くシャワーを浴びよう」

「ま、待って!待ってってば!」

「うふふ♥️裸の付き合い、良いですよね。全てを包み隠さず、生まれたままの姿を晒して♥️」

「なっ!?エッチなのはダメ!死刑!」

 

「おうおう、女3人で何とやらだな」

”マ、元気なのは良い事だけどネ。さ~てと、今日もお仕事の準備していこうか”

「おう、気張ってな~。俺ァちょいと出て来るわ」

カーボンウェアの上から、何時もの服を着込む。ベッドの縁に掛けておいた冷却コートも羽織り、グローブを装着。歯ブラシとコップを持って部屋を出ると、丁度風呂道具を抱えた阿慈谷・・・ヒフミとかち合った。

「あ、コウさん!おはようございます!」

「おうヒフミ、お早うさん。朝からシャワーか」

「はい!コウさんも、一緒にどうですか?昨日も浴びるタイミングは遅かったですし」

「え?・・・ククッ、ハハハ!」

ヒフミからの誘いに、素っ頓狂な声が出る。次いで、小さく笑いがこぼれた。

「ど、どうかしましたか?」

「いや、そうだな。良く考えたら、この前見せてなかったな」

右手だけに着けたグローブ。それを外し、異形と化した中身を見せる。

「そ、それは・・・!」

「昔、ちょっと事故ってな。右腕は人間じゃ無くなっちまったのさ。こんなの気色悪いだろ?見せねぇに越した事ァねぇよ」

「そう、ですね。確かに、知らない子はビックリしちゃうと思います・・・いつかは、一緒にお風呂に入ったり、水遊び出来たら良いですね!」

「・・・ハハハ、スゴいなお前」

余りの受け入れの早さに、思わず乾いた笑いが漏れる。これを見てノータイムでそれが出るか・・・

「え、スゴいって・・・な、何がですか?」

「異質な物を受け入れる事に躊躇が無さ過ぎる。封建的になりがちなトリニティよりミレニアムや・・・寧ろゲヘナに近い気質か」

「あ、あはは。それ、他のトリニティ生には言っちゃダメですよ?劇烈に怒らせちゃいますから」

「言わねぇよ。意図的に怒らせる時以外はな」

トリニティ生を相手取る時、それも気遣い無用の奴を叩き潰す場合は、特にこの戦法は有効だ。

トリニティ総合学園。元々多くの学園を無理くり1つに統合した成り立ちを持つこの学校。価値観の違う複数の集団を大きな1つに纏める過程で、最も都合の良い物。それは、共通の嫌悪だ。

共通の敵を憎んでいる。だから味方で居られる。逆に言えば、敵意と言う共有意識が揺らいだ時、それを拠り所にした連帯は容易く損壊する。故に、古典的なトリニティ生を相手取る時は、お前はその憎悪対象、悪魔と断ずるそれと近しい物である、と言う煽りが非常に効く。彼女らのコミュニティへの忠誠は、敵対心への忠誠で表されるから。それを示す為に、その手の挑発を無視する事が出来ない。過剰なまでに激怒せざるを得ない。それが全て、此方の付け入る隙になる。

それは、弱さから群れている奴らに特に顕著だ。逆にツルギちゃんには通用しない。と言うかあの子は挑発されたって戦い方が変わる事は無い。

「まぁ、兎も角だ。皆が皆、お前みたいに寛容な訳じゃ無い。俺は俺なりに動くさ。それまでは内緒だ。良いな?」

「わ、分かりました!」

「よし、行くが良い」

パタパタと去って行くヒフミを見送り、グローブを着け直す。

耳を澄ませば、シャワー組はもうじき上がって来るらしい。歯磨きはトイレで澄ませるとしよう。

 

(NOサイド)

 

「ほぉ、模試ねぇ」

先生から今日の予定を聞き、頷くコウ。

現状を把握する為、過去問題を出来る限り集めて模擬試験を行う。その結果を見て、カリキュラムを組むつもりである。

簡潔に言えば、そう言う事だった。

「確かにな。自分を知り、目標を知らねば進歩は無い。良い事じゃ無いか」

”イナホ、他人事だと思って無い?これ君もやるんだよ?”

「えっ?聞いてないんだが?」

”言う前に寝ちゃったじゃん”

「あー、それもそうか・・・大丈夫かねぇ、俺ほぼ未就学児だぜ?」

”それを見る為の模試でもあるからサ。何より、学生の本分は勉強だよ。学校に通ってなくても、出来るだけやるべきだと思うネ。それに、トップがお勉強出来ないって蝗屋の威信的にどうなの?”

「・・・そうだな。戦略的撤退は兎も角、尻尾巻いて逃げるのは好きじゃねぇ。一時の恥を呑んで、克服しますかね」

”どうする?テストは1年2年3年、全部作ってあるけど。って言うかイナホって何歳?”

「まぁ小手調べに1年ので。あと17の筈だ。ホシノとタメだからな。因みに、昔はアイツとそう変わらんちんちくりんだった」

”エ~?想像つかないなぁ。成長痛しんどかったんじゃ無い?”

「おう。手足が砕けるような劇痛だったわ」

 

━━━

━━

 

「ん~、こんなもんか。にしても分野の偏りがすげぇなこりゃ」

1時間の模試、そしてその採点を終え、答案が返される。結果は、ハナコ4点、アズサ33点、コハル15点、リエ63点、ヒフミ68点。そしてコウは、37点。理化学科目に加えて文章からの読解は完璧だったが、それ以外が致命的である。

「これが、私達の現実です・・・このままでは、私達に明るい未来は訪れません・・・なので!ここからの1週間で、皆合格ラインの60点を超える為に、残った時間を最大限効率的に使っていきましょう!

そこで、まずはコハルちゃんとアズサちゃん!お2人は1年生用のテストですので・・・私とハナコちゃん、リエちゃんが、勉強をお手伝いします!

ハナコちゃん、最近は何があったか知らないですが、1年生の時は高得点だったんですよね?」

「あら・・・?えっと、まぁそうですね・・・」

「実はその、ハナコちゃんの1年生時代の答案を見付けてしまいまして・・・」

「有名でしたものね。浦和ハナコ、トリニティ随一の頭脳と」

「っ・・・」

(おっと、何か地雷踏んだっぽいか?)

リエの一言に、僅かに歪んだハナコの笑顔。それを見逃すコウでは無い。だが、直ぐに表情を取り繕った姿を見た上で、ハッキリと問い質す事はしないだけのデリカシーは持ち合わせている。

「兎に角!ハナコちゃんについては後程、現状の原因を把握してから、私と先生と一緒に解決策を探しましょう!」

「・・・」

「まだまだ出来上がってませんが、他の試験も制作中です!定期的に模試を重ねて、進捗具合も確認して行こうと思っています!

今出来るベストの選択は、恐らくこれです・・・皆で、その結果に挑みましょう!頑張ればきっと、どうにか、全員で合格出来る筈です・・・!」

「へぇ・・・中々どうして、リーダーが板に着いてるじゃねぇか」

「そ、そんな、あはは・・・これが、精一杯考えた、私に出来る事、やるべき事です」

「良いね。リーダーの仕事の8割は決断だ。後は走り出してからやるってのも、時間が無い時は必要だからな」

そう言って笑い、コウはヒフミの肩をポンポンと叩く。停滞せず、少しでも進もうとする様は、彼女にとってとても好ましい心意気だ。

「うん、コウの言う通り。ヒフミの指針は分かり易かった。指示に従う」

「わ、分かったわ・・・」

「一刻でも早くモアさんに会う為なら何でもしますわ」

「おぉっと、リエさんそろそろ臨界点?興奮で眼がバッキバキ~」

「どっちかと言えば禁断症状ですわ」

「うわぁ・・・」

一切()()()()()()()笑顔を張り付けるリエに、コハルが思わず嘆息を漏らした。鬼気迫るとは正にこのリエの顔を指す言葉である。

「それにしても、凄いですねヒフミちゃん。たった一晩でこんなに準備を・・・」

「あ、いえいえ。私だけで出来た訳ではありませんから。手伝ってくれた先生のお陰で・・・」

「成る程、先生が・・・」

”イヤイヤ、ちょ~っとお手伝いをネ?ヒフミが頑張ったのがメインだからサ”

「済まんな、2人が頑張ってるのにグースカ寝ちまって」

”何言ってんの。適材適所でしょ?コウにはまた働ける時に働いて貰うから、心配しなくても良いヨ。報酬だって減らしたりしないしネ”

「そりゃ何より」

”両手とも右手にはなりたくないもんでネ”

「ハッハッハッハッ!」

前日の遣り取りを組み込んだ先生の軽口にコウが笑い、膝を叩く。その遣り取りにヒフミは苦笑いし、コハルとアズサは首を傾げ、リエは「あーあれ話したんだ」と眼を流す。そんな感情の揺れが少ない部員の中で唯一、ハナコだけは口許を僅かに引き攣らせた。先生の台詞と昨日の脅しから、コウがしたであろう行為に想像が及んだのだ。

「そ、それと、ちゃんとご褒美も用意してきました。え~っと・・・こちらです!」

ヒフミがリュックから取り出したのは、大量のぬいぐるみ。何とも特徴的で個性の強いそれらを並べ、眼をキラキラと輝かせる。

「良い成績を出せた方には、この《モモフレンズ》のグッズをプレゼントしちゃいます!」

「・・・モモフレンズ?」

「・・・何それ?」

「あ、あれぇ!?」

ご褒美、つまり友達が喜ぶであろうと考えて見せたそれに対する反応はしかし、芳しくは無かった。ハナコとコハルは共に、モモフレンズのキャラクターを象ったぬいぐるみに対して一切感情が揺れていない。

「さ、最近流行りの、あの《モモフレンズ》ですが・・・もしかして、ご存知無いですか?」

「ヒフミ、諦めろ。その作品はかなりマニアックだ。今流行りの、と称するには無理がある」

「そ、そんな・・・!?」

「そうですねぇ。初めて見ました・・・いえ、何処かでチラッと見た気も・・・?」

「えぇ!?」

「何これ、変なの・・・豚?それともカバ?」

「と、鳥です!ペロロ様は鳥なんです!見て下さい、この立派な羽!この凛々しい嘴!」

「おうちょっと凛々しいの意味を辞書で引いてみようか?少なくとも半開きで舌が出てる様は凛々しいって言葉に大分無茶させてるぞ?」

「何でぇ!?」

「そっちこそ何でだよ!」

余りに大きい認識の解離に、教室は口調を崩してまでボケるヒフミと即座にツッコむコウによる漫才会場と化す。

「め、目が怖いし、名前も何か卑猥・・・」

「えぇ!?た、確かにそう仰る方もいるにはいますけど、・・・で、でも!良く見たら段々可愛く見えて・・・」

「あ、思い出しました。ヒフミちゃんのカバンやスマホケースが、そのキャラクターでしたね。確か、舌を出して涎を垂らしながら、もう許して・・・!と泣き叫ぶキャラクターだったとか・・・?」

「後半部分まるっきり事実無根ですよ!?」

「あーもうややこしくなって来ましたわ」

ツッコミのつもりをしたボケに、意図的にボケを叩き込むハナコが乱入。この混沌とした状況に、リエが痛みを堪えるが如く頭を抱える。

「私は、いらない・・・」

「そんなぁ・・・」

「・・・」

「あ、アズサちゃん?どうかしました?」

ガックリと肩を落とすヒフミ。しかし、その腕の中に抱えられたぬいぐるみをじっと見詰めるアズサに、一抹の希望を宿して問い掛けた。

「か・・・可愛い・・・!!」

「えっ?」

「は?」

「あら・・・?」

「あ、アズサちゃんっ・・・!」

喜色満面のアズサから溢れた4文字に、3人はそれぞれ困惑を隠さない。

「か、可愛過ぎる!何だこれは、この丸くてフワフワした生物は・・・!この目、表情が読めない・・・何を考えているのか、全く分からない・・・!」

「え、評価ポイントそこですの?」

「あ~、まぁ、蓼食う虫も好き好きとか言うし・・・」

漸く同好の士と巡り合えた事を喜ぶヒフミと、一般的に理解し難い着眼でぬいぐるみを評価するアズサ。2人に対する脳の拒否反応に目眩を覚えるリエを、コウが苦笑いしながら支えた。コウの場合、メモリガジェット等のマスコットに覚えがあった事も大きい。

「・・・まぁ、モチベーションが上がったなら良かっただろ。燃料は注入された訳だからな」

広げられたグッズを手に取りピョコピョコとはしゃぐアズサを、眩しい物を見るように細めた眼で眺めるコウ。子供離れしたような刺々しい雰囲気が霧散した様子は、コウの胸中に決して小さく無い安堵を生み出した。

「良いモチベーション管理だ、ヒフミ。約束しよう。必ずや任務を果たして、あの不思議でフワフワした動物を手にして見せる!」

「は、はいっ!ファイトですっ!えへ、えへへへへ・・・」

「・・・あ、そうですわ」

嬉しそうにはにかむヒフミを見遣り、ふとリエが思い付く。

「ボス?他の娯楽として、ボスが描き上げた同人コミックを持ってくるのは如何でしょうか」

「おぉ、確かに」

リエからの提案に、ポンと手を打つコウ。そして暫し考えた後、パチンとフィンガースナップを1つ。

「よし、じゃあまた今度持って来るわ」

「同人コミック、ですか?」

「あぁ。4つ程描いててな。つっても、収益化はしてねぇ道楽だが・・・気晴らしにはなろうさ」

「コミックか。読んだ事が無いな」

「じゃ、楽しみにしときな。俺はこれから救護騎士団に行ってくるわ」

「救護騎士団?それはまた、どうして?」

「どうしてって、決まってんだろ?」

コウの眼が、唇が、三日月のようにグニャリと歪んだ。それは正しく、凶暴な悪魔の笑み。

「午後の()()で怪我するから、その手当て用品貰って来んのさ♪」

「ひぃっ!?」

「ま、リエ以外は強制しねぇよ。自由参加だ。但し見学はして貰うからな」

ヒラヒラと手を振り、教室から出て行く黒い背中。それを見送り、リエは大きな溜め息を吐く。

「皆さん、昼食は控え目に致しましょう。下手な量を食べると、場合によっては全部吐きますわ」

「は、吐く!?」

「どんな訓練よ!?」

「フム・・・分かった。食料を無駄にするのは良くない」

「それもそうですが、何より・・・」

「・・・何より?」

一層顔を青くしたリエは大きく深呼吸し、最も重要な情報を提示した。

「あの人、吐くと激怒しますの。手加減が6割程吹き飛びますわ」

「えっ」「あら・・・」「うわっ・・・」「っ・・・」

「・・・なので、消化が早いものを食べましょう。死にはしませんが、山と積まれるのは御免でしょう?」

全員が一様に顔を青白く染め、コクコクと頷く。

補習授業部の、全体を通した昼食の傾向が決定された瞬間であった。

 

(コウサイド)

 

「よーっす、久し振りぃ~」

「あらっ?」

医務室。ベッドの側から、ピンク色の人影が立ち上がる。

「初めまして。何か、御用ですか?」

「あー、やっぱ分かんねぇか。ほら、これ」

「えっ?・・・あ、あぁ!」

特徴的な冷却コートの襟を正して強調してやると、相手、鷲見(すみ)は漸く分かったようで、眼を円くして驚いた。

「もしかして、蝗屋さんの!?」

「おう!ローザスト改め、叢雲コウだ。改めて、宜しくな」

「わぁ、素顔は初めて見ました!」

「俺も鷲見には初めて見せたな」

ニッと笑い、円椅子に腰掛ける。鷲見の方も荷物を置いて、俺の前に向き直った。

「では、コウさん。本日は、何処かお怪我をされましたか?」

「いや、俺は平気だ。怪我したってすぐ治るしな。午後にちっとばかし荒っぽい稽古を付けてやる事になったから、その応急手当用品を分けて貰えねぇかと」

「あぁ、そう言う事ですね。分かりました。必要な物は、具体的に何かありますか?」

「打ち身用の軟膏と、擦り傷用の消毒液。後は皮膚のヒリヒリを抑える火傷保護なんかに使えるジェルと、大き目の絆創膏だな。多めに箱に詰めて貰えると助かる」

「承知しました。ちょっと待ってて下さいね」

俺の要望を聞き、鷲見は空の救急箱を机の上へ。そして大きな棚の引き出しを次々と開けて、必要な物品をテキパキと取り出し始めた。

「実に良い手際だな。君のような後輩を持って、ミネちゃんも果報者だ」

「えへへ、ありがとうございます。そうやって褒めて頂けると、普段から勉強している甲斐がありますね」

照れたのか、少々頬を朱に染める鷲見。これで第1目標、救急用物品の受領はほぼ完了したと言って良い。ここからは第2目標、メインの重要目標を追うフェーズだ。

「にしても、ミネちゃん今日は居ねぇのか?久々に顔を見たかったんだが・・・またパトロールでもしてんのかね?」

「あぁ、ミネ団長は少し前から外しておりまして。暫く忙しいので、他の業務は受け付けられないと聞いています」

「ほぉ?こりゃ驚き桃の木だな。あの見境無き医療者が、この救護騎士団よりも優先せにゃならん事があるとは」

「何て事言うんですか!」

「でも実際見境ねぇだろアイツ」

「それは・・・ええと・・・はい!出来ました!」

医療物品を詰め込んだ箱を此方に押し付け、露骨に話を逸らしてくる。アイツを知ってる奴は、この評価を覆せはしないだろう。俺が仮面ライダーに固執するように、アイツは救護を志す。但し、その出力方法は「どうせ治せば良いから取り敢えずぶん殴って鎮圧する」と言う何ともバーサクヒーラーな物だが。全く、元祖白衣の天使様の精神を余す事無く継いでやがる。

「おう、ありがとよ。ま、ミネちゃんに関しては、君みたいな優秀な団員が居るからこそ気兼ね無く動き回れるんだろうな。これからも頑張れよ」

「はぁ、全く。このタイミングで言われてもご機嫌取りのお世辞にしか聞こえませんよ?」

「悪い悪い。じゃあな、鷲見」

「えぇ、お大事に・・・と言うのは、違いますね。お気を付けて」

困ったような微笑みで見送ってくれる鷲見に手を振り、俺は医務室を出た。

「・・・さて、可能性は絞れた」

救急箱を懐に収納。第2目標を達成し、得られた情報を整理する。

まず、今回の裏切り者騒動にミネちゃんは関与していると言う前提で見る。と言っても、勿論裏切りに加担してる訳じゃ無い。

他の業務を受け付けられない、それ則ちかなり逼迫した状況にあるか、或いは人前に出られない状況。この推測と、先に出た「ナギサちゃんは既に裏切り者から大きな干渉を受けた」と言う結論を組み合わせると、事態の大まかな輪郭が見えて来る。

上層部の重要人物が裏切り者による襲撃を受け、行動不能に陥った。ミネちゃんはその看護を極秘に依頼され、そっちに付きっきりになっている・・・そんな所か。

さて・・・この説が真であった場合、被害者は少なくとも死んではいない。もし死んでいたなら、ミネちゃんが黙って潜伏してる理由が無い。寧ろ大暴れして、大事件だと拡散する筈だ。

死とは、それ則ちキヴォトスに於いて最も忌避される人生最大にして最期の異変。ミネちゃんの医療への情熱は、イコールそのまま死に対する忌避の強さに他ならない。ならば、死人が出ればそれを隠す事は絶対にしない。次の犠牲を防ぐ為に、死因を徹底解析した上で大々的に発表する。

死んでいない。それでいて付きっきりの看護が必要な・・・意識不明、希望的観測込みで重体寄りの重傷、って所か。

「結論と断定するにはかなり尚早。しかし筋は通ってる」

停めてあったライドクウィンケーのエンジンを始動し、ヘルメットを被って跨がる。アクセルを捻り、ギアをローに。跳ね上がる前輪を抑え付け、合宿舎を目指して風を切り走った。

 

━━━

━━

 

「よし!じゃあやってくぞ~!」

グラウンド。ストレッチを終わらせた面々に、柏手を打つ。

「今日教えるのは、射撃を用いない近接格闘!所謂CQCって奴だ!」

「近接・・・何でそんな事・・・」

「良い質問だ下江。そこに立ちなさい」

「えっ、何・・・」

訝しみながらも立ち上がったコハル。その銃を見て、俺は続ける。

「お前はスナイパー、基本戦術は遠距離からの狙撃だな?」

「当たり前じゃない。他に何があるって言うのよ」

「知り合いに居るんだよ、スナイパーの癖に意気揚々と突撃する銀鏡イオリ(猪突猛進娘)が」

「えぇ・・・?」

うん、スナイパーで突撃って言われりゃ、そりゃそうなるよな。正しい反応だ。銀鏡の奴は、気質的にはショットガン辺りを持たせた方が良いと思うんだが・・・まぁそれはそれとして。

「スナイパーがもし、この間合い(レンジ)で戦う事になったら・・・どうする?」

「それは・・・その・・・」

「不利だよな?そんな場合でも、最低限戦えるようにする為の技術さ。例えば・・・構えッ!」

「っ!?」

「ほっ」

「きゃっ!?」

俺の声に反射的に銃を構えるコハル。その間合いの内側まで一気に踏み込み、左手で銃口を逸らす。そしてそのまま左手を顔面に滑り込ませつつ、コハルの右膝の後ろに左脚を差し込んでブロック。太股の上に押し倒した。

この間、1秒。

「こんな風に、抵抗も何も出来ない中途半端な姿勢に固定しちまえば、捕縛は容易だな?」

「ひ、う・・・」

「おっとすまんすまん、流石にいきなりは怖かったな」

コハルの眼元に涙が浮かび、慌てて姿勢を直してやる。

「と、まぁこんな具合だ。何より、お前らはもし敵に武装解除されたら・・・銃を奪われたら、どうする?」

「えぇっと・・・」

「それは・・・」

・・・ハナコとリエ以外、空気が変わった。

リエは元から叩き込んであるから、無変化は当然。ハナコの方は、そう言った本格的な危険が伴う状況に身を置いた事が無いせいもあって、実感が湧いていない。

だが、他3人は違う。ヒフミはブラックマーケットで、コハルは正実の戦闘状況で。そしてアズサは、それ以外の何らかの経験から。危険な状況に肌で触れたか、最低でも生で見聞きしている。そう言う張り詰めた危機感の空気を、3人は纏っていた。

「これは持論だがな。武器無しで何も出来ない腑抜けは、そもそも武器を握るべきでは無い。なので、俺はお前達に体術体技を仕込む。そう言う事だ」

「まぁ、本当はボスが銃器を使えないせいで教えられるモノが近接(これ)しか無いだけなのですが」

「えっ?」「あら」「そうなのか!?」

「おォい!折角格好良くキリッと纏めた所で腰をへし折りよってからに!」

「出来る出来ないを正確に認知されず完璧超人扱いされて困るのはそちらでしてよ?」

「それはそうだが!もっとこう・・・あるだろう!?」

いかん。コイツ、フラストレーションの矛先を俺に向け始めやがった。とっとと始めよう。

「ったくよぉ・・・リエ、手本ついでだ。久々にやるぞ。イライラしてるなら言葉じゃ無く技でぶつけて来い」

”何か、私の立場からすると拒絶反応がスゴいね、今の台詞”

「確かに、普通の学校生活では健全とは言い難いな。だが、こういう訓練なら話は別だ。さぁやっていこう」

「久方振りな上、テスト期間で鈍っていますので、どうぞお手柔らかに」

俺は両拳を握りボクシングスタイルで構え、リエはホルスターから2挺の愛銃、コスモスとアステールを引き抜く。そして胸の前で上下に構え、そこから身体を半回転させつつ2つの銃口を俺に向けた。特定の動作に精神状態を紐付ける事で、条件反射的に意識を切り替える儀式。所謂プレショットルーティンと言う奴だ。

「ハッ!」

「ッ!」

踏み込み、右の前蹴り。右手のコスモスで逸らされると同時、体軸をズラす事で足先は脇に空振る。更にインパクトを空かされた脚を、右腕でガッチリとホールドされた。

「ッシィ!」

「フッ!」

体重を掛けて崩される前に左脚で地面を蹴り、同時に身体を捻って浮いた爪先をコメカミ目掛けて振り抜いた。

リエは捕まえていた脚を瞬時に離すと同時、左手のアステールのグリップ底部で迫る脚を受け止める。

 

━ガキンッ━

 

硬い音が響くが、打撃地点をズラされた事で衝撃は軽い。更にリエは自分から跳ぶ事でエネルギーを受け流し、軽やかにローリングしてまた此方を銃口で捉えた。

「何だ、そんなに鈍ってねぇじゃねぇか。ギア上げてくぞ!」

「ご勘弁願えません事?」

「災難に遭ったと諦めろ!」

握っていた拳を開き、抜き手を繰り出す。リエは2挺をハンマーのように持ち替え、次々とカミソリのような刺突をパリィ。突き、薙ぎ、引っ掻き。更に蹴り等を織り混ぜても、銃で、弧拳*1で、肘で、ムエタイガードで。悉くを紙一重で裁ききっている。

「ハッ!」

「ふんッ!」

此方の攻撃が途切れた瞬間、今度はリエが攻勢に出た。銃での打撃、蹴りは勿論。距離を詰め、震脚を伴った頂肘(ちょうちゅう)や、銃のL字を用いた引っ掛け技まで。

「きァエッ!」「とゥオッ!」

気合いの声と共に、鉄山靠の衝突。身長と体重で此方が圧倒的に有利な競り合いはしかし、俺の押し込みに対してリエが重心を落として腰に狙いを変えた事で一変。俺の身体が浮き上がり、リエの背中の上をぐるりと転がる。

「ぬおっ!何のッ!」

膝を曲げ、質量を中心に集めて回転を加速。そのまま地面に着地し、腕を刺股のようにクロスして脚力を解放。下から上に、カブトムシのように掬い上げ押し飛ばした。

「チィ!」

「ククッ、良いじゃないか・・・!」

手持ち武器一辺倒にならず、全身を満遍無く攻撃手段として使っている。大変結構。だが・・・

「そこッ!」

「ばっ!?」

一瞬、攻撃箇所のスイッチが遅れた。その隙に目元を掌で叩く。

仰け反ったリエに、空かさず跳躍。左右の太股で頭を挟み、そこから上体を後方に落下させた。

フランケンシュタイナー。地面に手を突き逆立ちとなった俺は、その勢いを回転に変換してリエを崩し、頭頂部を地面に叩き付けんと脚を振り下ろした。

 

━ガゴッ!━

 

「ぐっ!」

重い音と、くぐもった呻き声。しかしどうやら両腕の受け身が間に合ったらしく、俺が姿勢を立て直すと同時に向こうも膝立ちの体制となり、再び両手の拳銃を構えた。

「・・・よし、ここまで!」

「っぷはぁ!」

俺が宣言し、構えを解くと同時。リエは大きく息を吐き出し、力無く両手を下げる。そして土下座のようにへたり込み、荒い息を繰り返した。

「運動能力は兎も角、反射神経と勘はやっぱ鈍ってるな」

「致し方ありませんわよ。只でさえモアさんを摂取出来なくて身体が重いと言うのに」

「本調子じゃ無くてあの動きなのか!?」

キラキラと眼を輝かせ、アズサがズイッと詰め寄って来る。

「そうですわね。ボスに本気のホの字すら出させられませんでしたし」

「そうなのか!?」

「えぇ。尤も、本気のボスなんてお行儀が悪過ぎて、一般人に見せられたものじゃありませんけれど」

「関節潰したり引っこ抜いたりだもんな」

「まぁ、そこまでボスを怒らせる相手は大体それより酷い事を他人にしている輩なので心は痛みませんが」

「そ、染まってますね」

「でもヒフミさん。貴方だってその・・・ペロロ?でしたか。そのキャラのグッズを転売しようと買い占めている輩がいれば」

「擂り潰します」

「貴方も十分同じ穴の狢ですわよ。寧ろボスと言う汚染源無しにそうなってる分、私よりナチュラルに恐ろしいですわ」

「汚染源てお前オイ」

さっきからちょくちょく有り得ん失礼ブチ込んで来るなこの腹心。お前は俺をどうしたいの?

「・・・まぁ良いか。さて、次は・・・ヒフミ!やってみるか!」

「えぇ!?そ、そんな私なんかじゃ・・・」

「大丈夫だ。さっきのは目標値点だから。基礎から優しく教えてやるよ」

「う、うぅ・・・では、お、お願いします・・・!」

 

その後、2時間みっちりと体育を行った。各々個人差は大きいが、それでも確実に俺から技術を吸収し、動きが磨き上げられるのを感じる。実に実りのある時間だった。

 

To be continued・・・

*1
手首を内側に折り曲げ、関節部分で行う打撃。




~キャラクター紹介~

・叢雲コウ
脳細胞トップギアな助っ人飛蝗少女。
チェシャ猫からの情報を整理し、滅亡の悪夢が自分自身に由来しない情報から見ている悪夢である事を認識。自身のハイドープ特質が感応系では無い事、また、チェシャ猫がドーパントなのか天然の能力者なのかと疑問を持つが、現状ではキリが無い疑問だと切り上げた。
ヒフミの寛容気質に驚き、それと相反する封建的でスケープゴートを前提としたトリニティに蔓延する気質を再認識する。
全員が模試を受けるのに合わせ、序でに1年生用を受験。成績については、理化学分野は問題無し。それ以外が問題しか無し。
補習授業部のモチベーション維持の為に、描き上げた同人漫画を持参する事を決定した。
訓練用の応急手当用品を受領する、と言う建前で救護騎士団を訪問。セリナから物品を受け取りつつ、目当ての青森ミネが居ない事を確認。事前に到達していた仮説と組み合わせて推理を次の段階に進める。その中で「死人は出ていない」と言う結論を出し、経過観察を続行する方針に。また、先生には腹芸を余り期待していないのでまだ共有はしていない。
午後から2時間、体育と言う名の格闘訓練を実施。それぞれに体術を仕込む。

・先生
縁の下で頑張ってる先生。
模試用のテストを作成し、その採点までを行う地味ながら重要な仕事を担当。

・阿慈谷ヒフミ
自認普通の逸般人。
コウの異形と化した右腕を容易く受け入れ、その気質で何故トリニティにいるのかと疑問を持たれる。
かなりバイオレンスな思考回路の蝗屋2人に若干引きつつ、転売ヤーを例えに出されれば平常心且つノータイムで「擂り潰す」と言う処罰内容が出て来る辺り、ポテンシャルを隠せていない。
外道戦法と相性が良く、益々強かになって行く。

・白州アズサ
疑われている氷結の魔女。
今まで感情を発露させなかったが、モモフレンズのグッズによって鉄仮面が決壊。歳相応の情緒を見せる。

・科加部リエ
毒舌な蝗屋社員。
モアとイチャイチャ出来ないフラストレーションを遂に上司へとダイレクトに投げ付けるようになって来た。
コウの方針、そして修めたガン=カタの技術により、銃撃せずともかなりの戦闘力を発揮する。
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