「・・・これは・・・」
水に沈むような穏やかな浮遊感がコウを包み、暗闇が白んでいく。
やがて、コウは見覚えのある床に降り立った。
「ここは・・・事務所か」
「よぉ、コウちゃん。おやすみ~♪」
「チェシャ・・・」
眼を合わせて来るその相手を認識して、コウの意識は曖昧だった全身の輪郭を定義し、感じ取る。
「何でこんなダイナミックな模様替えが起きた?お前か?」
「さ~ね。アタシとコウちゃんの距離が近付いたからじゃね?多分こんなに一緒にくっついてたの、コウちゃんが初めてだろうし」
「つまり、俺が馴染みの住処を見せても良いと無意識に思える程にお前に心を開いていると?」
「そーじゃねーの?細かい事はアタシも知らね~よ?」
「ケッ、前から思ってたが肝心な所で役に立たねぇなお前」
「あっ!ひっど~い!折角新しい悪夢があったって教えてやろうと思ったのに!」
「何?」
むくれてそっぽを向くチェシャ猫の一言が、コウに引っ掛かる。
「おい、新しい悪夢って何の事だ?」
「フーンだ!イジワルなコウちゃんには教えてあ~げない!」
「悪かったよ、ごめん。役立たず呼ばわりは謝るから、教えてくれ。頼む」
「・・・何か美味いの出せよ。そしたら」
「ほれアタリメ、ジャーキー、味醂干し」
「わっ、なんだコレ!?」
チェシャ猫の要求に即決で応え、夢に食材を投影するコウ。ポンポンと出現したそれらにチェシャ猫は興味を唆られたのか、それらをキャッチしてパッケージを開け始める。
「どれも時間をかけて噛むと味が出て来る。ゆっくり楽しめ」
「へぇ~、美味そう!」
「で、悪夢ってのは?」
「んぎぎ、ん~」
早速アタリメに齧り付きながら、シャム猫が指を振った。すると、何処からか2匹の黒い蝶が飛んで来る。それはコウの頭の周りをくるりと回り、そして目の前で弾けるように紅い球体となった。
「ありがとよ。じゃ、見せて貰おうか・・・」
シャボン玉のような悪夢の球体に触れ、覗き込む。コウの視界は紅く染まり、次いで黒に沈んだ。
(コウサイド)
『くどい。何を言われようが、このマコト様が頭を下げる義理も道理もありはしない』
不機嫌を隠さない、刺々しい声。
本人が言った通り、声の主は羽沼マコト。ゲヘナのトップだ。そして豪華な黒檀デスクにふんぞり返った彼女と向かい合うように、この悪夢の中での俺が、叢雲コウが立っていた。
「身体は・・・動くが、移動は出来ねぇな。観客に徹しろってか?」
『取り締まれ?校内に縛れ?それは我が校風、自由と混沌の侵害に他ならん。抑圧、圧政、拘禁、束縛。それらの何が学園の為になる?空崎ヒナもそうだ。風紀、秩序、そんな下らないものの為に、他者に抑圧と鬱屈を押し付け、強いる。
貴様風情の為に、このゲヘナが道を譲ってやる道理が何処にあると言うのだ』
「いかん、コイツ殺した方が良いかも知れん」
冗談抜きに苛ついて本音が出る。ここまで拾えたワードを組み合わせて考える限り、ゲヘナの誰かがやらかして、クレームを入れに来た
『セクス・・・クィンクェ・・・クワットゥオル・・・トレース、ドゥオ、ウーヌス・・・ハァ・・・』
『おい、何をブツブツ言っている?』
「アンガーマネジメントの6秒カウントをラテン語でやる奴始めて見たわ」
『・・・では最終確認だ。お前は俺に、欠片とて謝罪する気は無いと』
『あぁそうだ』
『それは、
『そうだが?』
『では、それ即ちゲヘナの総意と受け取っても問題は無いな?』
『そうだと言っている!しつこいぞ貴様!』
『いやいや。この認識にすれ違いがあっちゃいけないだろう』
「あ、これアカン」
悪夢の俺が、爽やかに笑った。自分だから分かる。これは極まった諦めから来る笑顔だ。
さっきの6カウントは穏便に済ませる為じゃ無い。怒りと言う不純物を排除して、敵対の決意を蒸留する為の時間だ。
『ではこれより、
【HOPPER!】
『は?』
「いやマジでアカン!ハイパー無慈悲モード入ってやがる!謝れマコト議長!ゲヘナが消えるぞ!?」
俺の絶叫も虚しく、ドライバーにメモリが装填される。それも、純化されていない
微妙に見知った物と違うシーケンスを踏み、漆黒の竜巻を切り裂いて、宵闇の如き異形が現れる。
「なっ!?」
それは、俺のローザストとモチーフを共有しつつ、明らかに異なる
顔面の大部分を占める、黒くて円い無感情な複眼。
剥き出しの歯の両端、頬を突き破る様に生えた大顎と、その咬合力を確保する為に発達したであろう頭蓋骨より太く発達した首の筋肉*1。
歪に肥大化し、標的を抉り
示指球*2と小指球*3から湾曲した鉤爪を生やし、さながら手中暗器バグナクを装着したかのような掌。
筋肉の悉くを鋼鉄の板バネに置き換えたが如き、平均的な女性のウェストを軽く凌駕する太さまで増大された大腿部。
本物の直翅目のそれと同じく、鋸刃のようなスパイクを備えた外骨格を纏う細い脛。
小型の獣脚類、特にディノニクスのそれに似た、蹴った物を容易く斬り裂くであろう爪。
俺が最初に、アビドスで変身したベルト怪人。あれを《戦闘・無力化》に特化させたのがローザストだが・・・一目見て分かる。この怪人はより凶暴で、残虐な、《惨殺・捕喰》に特化した姿。圧倒的な、恐怖の象徴。正に、絶望の化身。
長らく忘れていた。俺の使っているガイアドライバーrexは、本来ライダーベルトでは無く、ドーパント用のドライバーだと言う事を。
『・・・キキキッ、馬鹿め』
マコトのフィンガースナップが響くと、議長室に警備員が雪崩れ込んで来る。そして他の議員を退避させながら左右を囲み、8を数える銃口全てをホッパーに向けた。
『このマコト様が、貴様のような異物を知らんとでも思ったか?ブラックマーケットの賞金稼ぎよ。その奇妙な道具で姿を変える事も、並外れた戦闘能力を持つ事も、全て織り込み済みだ。此処に居る全員が、過酷な訓練を踏破した一騎当千の強者!あの空崎ヒナに『喧しい』・・・貴様、この偉大なマコト様の台詞を遮ったな?』
『命乞いはするな。遺言も不要だ。時間の無駄でしか無い』
『言わせて置けば!撃て!』
端から会話を成立させるつもりが微塵も無い事を、これ以上無く端的に示すホッパー。その身体に、前方160度から大量の鉛弾が浴びせられる。
重金属吹き荒れる、灼熱の暴風雨。射手達は発射タイミングを絶妙にずらし、リロードをカバーし合いながら間断無く弾幕を張っていた。
継続する衝撃に押され、粉砕された扉から押し出されるホッパー。そして廊下の壁にまで追い遣られ、まるで磔の如く縫い止められた。扉や壁、そして砕けた弾丸の破片が煙のように舞い散り、ホッパーの姿を覆い隠す。
全員が4つ目のマガジンを使い切った頃、弾幕射撃が止んだ。
『キキキッ、キャハハハハッ!口程にも無い身の程知らずめ!何が駆除だ!自分の結末が正にそれではないか!虫に相応しい末路だ!』
「んな訳ねぇだろこの馬鹿・・・!」
高笑いするマコトに、俺は頭を抱える。
純化されていないドーパントメモリは、毒素と引き換えに、高い成長性を得ている。あのレベルまで姿が変わる、謂わばレベル2以上確定の適合を果たしている相手には、この程度の豆鉄砲等効く訳が無い。悲鳴すら上げて無かった。下手すりゃノーダメージまで有り得るぞ。
『おい、牢獄に放り込んでおけ。4日も繋いでおけば・・・』
『終わりか』
「それ見た事か!言わんこっちゃ無ぇ!」
煙幕が晴れた先、案の定無傷のホッパーに、議長室からどよめきが溢れる。理由は明快。こんだけ撃ち込まれてケロッとしてるなんざ、ヒナちゃんと同格以上が確定してるからだ。そりゃ恐いだろう。
『逃がさん』
【
身動ぎしたのを見て、レイズにより蜘蛛怪人の形質を発現。左手から、無数の粘着糸が放たれる。それは出入口と窓を瞬く間に潰し、室内の人員の退路を奪った。
そして大きく腰を落とし、ドンッと部屋が揺れる。
『・・・え』
『1匹』
コンマ1秒と掛からず、ホッパーが対象を摘んだ。伸ばした右腕が、指先が、容易く胸を貫通していた。
理解が追い付いていないであろう、獲物となった憐れなゲヘナ生は、ポカンとした表情のまま振り切られたられたアームカッターに脇腹まで引き裂かれ、切り飛ばされた左腕と血と臓物を噴き出して床に倒れ伏した。
『は、はは・・・は・・・』
現実逃避か、もしくは死に瀕した事による脳内麻薬の過剰分泌か。空虚な笑いが漏れる。その痙攣する身体から血が抜け、眼球がぐるりと白く裏返った時、呆気無くヘイローが砕けた。
「や、殺りやがった・・・!」
殺した。一切の躊躇も無く、一切の加減も無く、殺しやがった。
『ひ、ヒィィィ!?』『きゃぁぁぁぁ!?』
『2匹。3匹』
理解に3秒を要した後、パニックに陥るゲヘナ生。ホッパーは淡々と延髄切りで頸を刎ね、チョップで袈裟斬りにして追加で2人を殺害。
まるで扉を開けようとノブを捻るように。食事の為に箸を手に取るように。何の情動も無しに、ヘイローを壊した。命を、摘み取った。
『き、貴様ッ!?自分が何をしたのか、分かっているのかッ!?殺したんだぞ!?ヘイローを破壊して・・・!?』
『お前よりは、な。4匹』
振り抜かれた虎爪が、胸骨を突き破る。肋の破片ごと心臓を抉り出し、グシャリと握り潰して捨てた。
『た、助けて下さいっ!お願いします!お、お金!持ってるお金っ、全部あげま』
『5匹。殊勝な虫だ、踏み潰し易くて良い』
土下座して金で命乞いする相手の頭蓋を、一息に踏み砕く。煎餅と豆腐を同時に潰したような生々しい音と共に、ピンク色の脳漿が床に撒き散らされた。
『や、やだ!いやっ!死にたくない!?たっ、助けて下さいマコト様!助けて!?』
『6匹』
『ぎゃぁぁぁ!?』
腰を抜かし、助けを求める獲物の頭をアイアンクローの要領で鷲掴むホッパー。必然的に掌のスパイクが眼球を貫き、劇痛から絶叫が鳴り響く。
『丁度良い。蛋白質を補給しておくか』
『がっ!?い、痛い!?っぎ!?がぁぁぁ!?熱い!?あづい゛ぃぃ!?だずげで!!だずげでまご━━━ごぼ』
鳩尾に突き立てられる、左手の人差し指と小指。極太の毒牙と化したその指から注入された消化液に内蔵を、筋肉を、神経を焼き融かされ、地獄の苦痛の中でヘイローが砕かれた。そして、体外消化された組織は再び指からじゅるじゅるとネバついた音と共に吸い出され、ホッパーの体内に吸収される。残ったのは、骨と皮のみ。
「まるで、グムンじゃねぇか・・・マジで、根っからの怪人になってやがる・・・」
足元が崩れたような気分だった。
信じられない。信じたく無い。俺が、仮面ライダーを心の底から愛するこの俺が・・・1歩間違えれば、此処まで極悪な、人の心を持ち合わせない怪人・・・否、怪物に成り下がっていたなんて。
ゆっくりと引き伸ばされた時間の中で、俺は必死に自分に言い聞かせようとした。こんなのは俺じゃ無い。只の夢だ。所詮は悪夢だと・・・
でも、その反面・・・仮面ライダーと言う手本に、看板に、
どんなに現実逃避をしようとしても、脳味噌の何処か冷めた部分が、それを赦さなかった。
『ぎゃぁぁっ!?痛い!痛い痛いっ!?千切れる!?千切れ』
『7匹』
『あ゛ぁぁぁあぁぁッ!!!?腕っ!?うでうでうぼっ』
腕を引き千切られ、膝蹴りで顔面を潰された。増援に来た人員は、次で最後だ。
『ぱ、万魔殿総員に伝達!戦闘配備、及び非戦闘員は即刻退去せよ!特にイブキだ!イブキを何がなんでも逃がせッ!』
『議長ッ!?増援を、増援をお願いしますッ!?お願い!ねぇ助けを!助けを呼んでよぉ!ねぇ!?』
錯乱し、幼児退行したように泣き喚く部下にガクガクと揺さぶられながら、それでもマコトは蒼白になった唇を血が滲む程に噛み締め、横一文字に噤んでいた。
『8匹』
背中から腹に、抜き手がスルリと貫通する。何の抵抗も無く、水に手を浸すが如く刺し込まれた腕は、そのまま勢い良く振り上げられ、剃刀のようなアームカッターが上半身を左右に分断した。
『・・・これまでか。最期に・・・イブキに、電』
『ラスト』
『がぼっ!?』
台詞を遮って、マコトの喉が抉られる。左手で頭から生えた角を捕まれ、ボタボタと血泡を吹きながら持ち上げられた。そこから、右の虎爪一閃。下顎を捉えたその横凪ぎは、顎を文字通り弾き飛ばした。
『ッ~ッッ~!!!?』
『虫風情が。遺言など烏滸がましいにも程があるわ』
喉と顎、発声の要を完全に潰されたマコトは、ヘイローを罅だらけにし、狂ったように手足を振り回す。しかし、蹴りは強化皮膚に受け止められ、腕はアームカッターにぶつかってギロチンのように切断された。尤も、最早マコトには腕が無くなった事すら理解出来ていないだろうが。
『フンッ』
巨大な鋸刃が、首の筋肉を断ち切る。そして僅かに残る繊維を引き千切り、頭部が僅かな脊髄ごと引き抜かれた。
「あ、あぁ・・・」
・・・正直、ゴア耐性は人よりあると自負していた。他ならぬ自分の身体で、とんでもない経験をしたから・・・だが、流石にこれは・・・キャパオーバー寸前だ。俺の、自分の身体の痛みは耐えられる。だが、これは駄目だ。耐えられない・・・
何より、俺と同一の存在がやってるのが効いてくる。絵空事だと、切り捨てられない。
『さぁ、次だ。Exterminate the Gehenna・・・始まったばかりだ』
「は?」
ホッパーの呟きに、間の抜けた声が漏れる。
「おい、待て、
ホッパーは蜘蛛糸のバリケードを切り裂き、廊下へと出る。そして、そこにいた万魔殿の人員を惨殺し始めた。
『な、何だ!?何なんだお前は!?』
『私たちが何をしたと言うんだ!?』
『羽沼マコトをトップに置いた。それが貴様らの罪だ。罪とは、罰される為にある。罰を噛み締めろ、虫』
「・・・そうか」
理解した。
万魔殿の議長は、建前とは言え民主制だ。生徒からの投票で選ばれる。ならば、議長の失態はそれを選んだゲヘナ生の責任だと、そう言いたいのだコイツは。そして、さっきの確認事項・・・万魔殿議長の決定=ゲヘナ生の総意。故に、ゲヘナの全てが処罰対象。
そんなロジックを以て、コイツは今、ゲヘナに絶滅戦争を仕掛けているんだ。
『躙り寄る貪食の羽音、飛翔する恐怖の軍団。巻き上がり飛来し、森羅を覆い万象を噛み砕く』
手ずから築いた屍山血河の中心で、ホッパーが詠唱を始める。全身から噴き出した禍々しい恐怖のエネルギーが、ザワザワと右腕に収束して行く。
『略奪する奈落の使者。絶えず孵卵する砂の胎盤。叫喚せよ諦観せよ、地に伏し己が術無きを呪え。
破界の零式━━━━━喰い尽くせ、絶滅黒蝗』
ドス黒く輝く右腕を、足元の死体に突き刺す。その死体は苗床となり、瞬く間に内から喰い荒らされ、無数の黒蝗が身体を突き破って生まれ出た。そして周囲の血肉を喰らい、瞬く間に増殖。四方八方に飛び立つ。
『ヒッ!?こ、これは・・・!?』
『アイツだ!撃て!』
『貴様かッ!貴様が皆をォ!!』
重装備の戦闘部隊が到着し、再びの弾幕射撃。しかし、今回は先程と状況が違う。
『
『ぐあっ!?』『ぎゃっ!?』『がぁっ!?』
ホッパーが指差しで指示を出した直後。複数の黒蝗が弾丸のように加速し、標的に突き刺さった。そして内部から肉に齧り付き、痛みで武器を取り落とさせる。
『
次なる命令を受け、10匹前後の黒蝗がその身体を変形。ショウリョウバッタに酷似した形態を取り、此方も突貫する。その細長く鋭い身体はナイフのように対象を切り刻み、貫き、また別の黒蝗の侵入経路を増設する。
『くそッ!人員まだか!?風紀委員会も呼べ!』
『もう呼んでる!じきに風紀委員長が・・・ぐあっ!?』
『・・・状況は認識した』
固く冷たいヒールの音と共に、ゲヘナの最大戦力が到着する。
空崎ヒナ。紛う事無き最強はしかし、この惨状と悪臭に口許を押さえてホッパーを睨み付ける。
『何が目的だろうと、此処まで好き勝手されたなら、容赦はしない』
『黒堅象虫・・・面倒な』
【MIMESIS!】
『命じる。
濁流の如き殺気をものともせずマコトの頭を投げ捨て、ホッパーはミメシスで分身を生成。ボイスコマンドを入力し、その内3体をヒナちゃんに差し向ける。
自分と同等以上の堅さとパワーを併せ持つ怪人による3-1Cell。そして、3対1と言う数的不利を本格的にしない為、ヒナちゃんは周囲の壁を破壊しないよう立ち回る必要がある。恐らく、詰みだ。
そんな苦々しいヒナちゃんの顔を一瞥もせず、ホッパーは窓から飛び降りた。コイツは、本当にゲヘナの絶滅以外はどうでも良いのだ。戦いにも、逃げにも拘らない。唯々、持ち得る全ての手段を使って絶滅への最短ルートを突っ走る。
『集合せよ、黒蝗』
ホッパーの身体から、黒い靄が噴き出した。それに惹かれるように、ゲヘナ生を貪っていたであろう黒蝗達が集まって来る。集合フェロモンの類いだろう。
密度を上げた黒蝗の群れは、瞬く間に共食いを開始。バリバリボリボリと、固いものを噛み砕く異音が雨音のように無数に重なった。
30秒後。大きく数を減らした黒蝗を、今度はホッパーが貪り喰う。掌一杯に掴んでは、口の中に放り込み、飲み下す。嚥下を繰り返す毎に、内包するエネルギーは増えて行った。蝗達に捕食された、憐れな被害者達の神秘を取り込んだのだろう。
『ふん、こんなものか』
鼻を鳴らしたホッパーは、左腕を大きく振るう。再びミメシスを生成。しかし、その数は数十では利かない。少なくとも200体は居る。中隊規模の怪人軍団だ。
『ホッパーレギオン。大勢にして1つなる我ら。只1つ命じる。Exterminate the Gehenna』
命令を受け取って、群れは散開する。バラバラに散った複製体達はしかし、行く先々で異躯同心と死を振り撒く。
頭を引っこ抜く者。頭から股まで唐竹割りする者。頸元から肋骨を丸ごと引き剥がす者。頭から捕喰する者。両脚を掴んで股割きする者。脚をへし折って積み重ね、アームカッターでノコ挽きする者まで。殺しのバリエーションは極めて多彩で、殺し方の数だけ絶望がばら蒔かれていた。
『躙り寄る貪食の羽音、飛翔する恐怖の軍団。巻き上がり飛来し、森羅を覆い万象を噛み砕く。略奪する奈落の使者、絶えず孵卵する砂の胎盤。叫喚せよ諦観せよ。地に伏し、己が術無きを呪え。
破界の零式、黒蝗』
再び放たれる黒蝗。竜巻のように吹き荒れる黒の群れは、周囲の全ての有機物を喰らって増殖。四方八方全てを極黒に塗り潰す。
「・・・まだ、続くのか。この、悪夢は・・・」
喉が、布でも詰め込まれたように苦しい。夢なのに、頭がズキズキと痛む。長い夜は、まだ明けないらしい。
『このっ!私が相手よ!早く逃げて!』
『あがっ!?』
『なっ!?何で!何で私を狙ごっ』
『友釣り・・・とは違うか?まぁ似たようなもんだろ』
「囮役は後回し・・・逃げる獲物を狩り、激昂した所を潰す、か。確かに・・・効率的、だな・・・」
『喰らえッ!』
『き、効いてない!?バカな、戦車砲の直撃だぞ!?』
【
『
「地面を走る爪痕状の切断衝撃波・・・正に、装甲車両の天敵だな。まるで缶詰めか・・・」
その後も、無数の惨殺を見た。死を、見た。
ついさっきまで命だった筈の
そして、神秘の生物濃縮の果て。ホッパーの腕は4本となり、その全てを以て共喰いを重ねる化け物と化した。
『う、うえぇ・・・』
「っ!」
擦り切れた脳に引っ掛かった、聞き覚えのある声。見れば、路地裏の奥、室外機の後ろに座り込む金髪の幼子の姿があった。
「イ、ブキ・・・」
『万魔殿最後の生き残りか・・・絶滅せよ』
「ッ!おい、おい止めろ!違うだろ、その子は違うだろッ!!」
叫ぶ。喉が張り裂けんばかりに。今すぐ駆け出して、あの化け物の前に立ち塞がらなきゃいけない・・・なのに、俺の身体は巨大なゴムの塊に埋め込まれた様に、全く動かない。
「駄目だ!駄目だろそれは!それだけは!動けッ!動けよこの脚ッ!何でだ!何でそこまでやるんだよッ!」
『や、やだ・・・来ないで・・・こわいよぉ・・・』
圧し殺したような啜り泣きに、心臓を抉られる。それでも、俺の身体は動かない。
腰を抜かし、制帽を抱え込んで泣きじゃくるイブキ。そんな彼女を目前に、ホッパーは膝を突いた。
「そうだ、踏み留まれ!せめて、せめてその子だけは━━━━━」
━ばきゅっ━
「━━━━━あぁ」
そんな訳、無いか。
痙攣するイブキだった肉が、上から齧り取られて行く。その様を見せ付けられて、自分の心が渇ききって行くのを感じた。血が抜けるように身体が熱を喪い、頭を苛んでいた痛みが消える。脳の中でヒューズが切れたような、そんな気がした。
結論が出る。
「滅べ」
頭部の甲殻が王冠の様に伸び、尾骶骨が伸びて先端が銛のように尖った尻尾に変わったホッパー。その背中から空に視線を移し、呟く。
「滅べ。全て苦痛無く、丸く悉く鏖せ。躊躇い無く、容赦無く、一息に。それが慈悲だ」
瞬間、空に黒が現れる。太陽を塗り潰す程の、巨大な黒が。
「黒い、太陽?・・・日蝕・・・いや、あれは・・・」
日蝕なんかでは無い。もっと重く、もっと凄まじいものが、やって来る。
見れば、ホッパーもこの現象には困惑している。アイツの意図した事では無いのだろう。まぁ、全てどうでも良い事だが。
「さぁ、来たれ。甘美なる終極よ、来たれ。甘き滅びよ、来たれ」
降って来る。黒が。滅亡が。全てに真夜中よりも深い闇を落とし、そしてそれは、この地に触れた。
「ハハハハッ!最ッ高にブッ飛んだ悪夢だ!楽しいなぁ、楽しめよなぁ?コウちゃん♡」
To be continued・・・
~キャラクター紹介~
・叢雲コウ
精神ズタボロ飛蝗少女。
夢の中でチェシャ猫に新しい悪夢の存在を知らされ、新たなヒントが得られるだろうとそれを鑑賞。結果、自分がゲヘナを滅ぼし、イブキまで躊躇無く喰い殺す様を特等席で見せ付けられた。
・チェシャ猫
危うく大戦犯になる所だった悪夢猫。
役立たず呼ばわりには普通に傷付くし怒る。
コウが覚醒中に何故か発生した悪夢に興味を持ち、コウが悪夢に潜った際には実はずっと一緒に見ていた。
最後に黒い滅びによって押し潰され、巨大な否定が生じていなければ、コウはその分だけ自己否定に囚われテラー化していた所だった。
・コウ(ゲヘナの絶滅者√)
絶滅怪人。
ゲヘナの生徒のやらかしで何らかのデカい被害を受け、万魔殿まで直接クレームをつけに行った。要求としては「学区内で暴れるのはどうでも良いが、せめて外ではお行儀良くさせろ。それが出来ない奴はしっかりと学校内に繋いでおけ」と言う至極真っ当なものだったが、自由と言う概念に病的に固執するマコトの地雷をものの見事に踏み抜き逆ギレされてしまう。当然そんな居直り仕草に完全にブチギレし、「ゲヘナは投票でトップを決める」、「トップの意思はゲヘナの総意である」、「ゲヘナは反省も謝罪もしない」、の3点からマコト=ゲヘナ=害虫の等式を導き出し絶滅を決行した。
真とゾンズとBLACK SUNを足して隠し味にBLOOD-Cを投入して希釈せずにぶちまけたような徹底的な鏖殺を実施。最後に滅亡が来なければ、今度はモモカ等のゲヘナ出身の連邦生徒会役員を殺しに行っていた。
・極黒の滅亡
慈悲深き死。苦痛無き滅び。
~アイテム・技紹介~
・スパイダーメモリ
悪夢のコウが使っていたドーパントメモリ。
左手から蜘蛛糸を放てるようになる他、人差し指と小指が捕喰器官を兼ねた毒牙に変化する。分泌出来るのは、運動神経を妨害する麻痺毒と消化液。感覚の一切を鈍らせる事無く、随意運動のみを封じ、激痛の中で獲物を溶かし殺す悍ましい捕喰である。
毒牙となった指は曲がらず、毒攻撃時は某蜘蛛男と同じ手の形になるのは何とも皮肉な話。
・
黒蝗の派生技。
複数の黒蝗を弾丸として突貫させる。着弾した黒蝗は肉に食い込んで体内に留まり、内側から喰らい付く。
・
黒蝗の派生技。
ショウリョウバッタに酷似した剃刀のように鋭い姿へと変質させた黒蝗をけしかける。金属すら切り裂く刃と化した飛蝗達が、憐れな獲物を血達磨へと変える。
・ビーストメモリ
悪夢のコウが使っていたドーパントメモリ。
左腕の筋肉が肥大化し丈夫な毛皮に覆われ、骨の刃にも似た凄まじい爪を生やす。
只でさえ手が付けられない膂力が更に跳ね上がり、眼前の敵を鏖殺する。
・獣膂躯割断抓
ビーストレイズ時の必殺技。
爪にエネルギーを込めて地面を引っ掻き、敵に向けて地を這う斬撃を飛ばす。モチーフは言わずもがなELDEN RINGの祈祷【獣爪】。