「俺は仮面ライダーだ。俺は仮面ライダーだ。俺は仮面ライダーだ。俺は仮面ライダーだ。俺は仮面ライダーだ。俺は仮面ライダーだ。俺は仮面ライダーだ。俺は・・・」
「あれ、何があったの?」
「さぁ・・・」
教室の片隅。平積みした漫画を穿たんばかりに読みながら、譫言のように繰り返すコウ。その異様な光景に、コハルを始め補習授業部の面々はドン引きしていた。
「と言うかボス、何時の間に持って来たんですか?それ」
「・・・あぁ、今朝方にな」
リエの呼び掛けに間を置いて応え、本を閉じるコウ。その表紙を、コハルが覗き込む。
「仮面、ライダー、ダブリュー?何、この左右ツートンカラーのデザイン・・・変なの」
「ダブル、だ。そして、読んでみれば分かる。これが最高の、ベストデザインだとな」
「え、嫌なんだけど・・・」
「俺が基本的にお手本にしてる相手だって言ったら?」
「!・・・それなら、ちょっとだけ・・・」
圧倒的な強さを誇るローザストが、手本とするもの。その情報は、正義実現委員会への帰属意識が強いコハルの好奇心を強く刺激したらしい。
「お前らもどうだ?最近、根を詰めっぱなしだろ。気晴らしに丁度良いぞ」
「うぅん・・・そうですね。今日の午前は、思い切ってリフレッシュの時間にしましょうか!」
「では此方のアプリを。変身音声を再現する優れものですわ」
「何処に力入れてんのよ・・・」
「ハハハ、この方が没入出来て面白ぇさ。じゃ、確り楽しめよ。俺はちっとばかし、気晴らしに行って来るわ」
そう言うコウだったが、その声には疲れが滲み、明らかに覇気が無い。先程の奇行と合わせて、それが精神面に掛かった強烈な負荷の表出であると、誰の眼にも明らかだった。
「・・・何か、あったんですのね」
「なぁに、ちょっと夢見が悪かっただけさ」
「ちょっと、なんて顔じゃありませんわ。私達の事、あまり見くびらないで下さいまし」
「・・・ハハハ、そうだな。特にお前とは、短い付き合いじゃあねぇもんなァ」
張りの無い、乾いた笑いが漏れる。その眼はどんよりと暗く澱んで、リエに凪いだ水底の泥を連想させた。
「大丈夫だ。俺は仮面ライダーだから・・・だから、そうだ。あぁ、戦わないとな。そうだ、あぁ、敵は何処だ?」
「ボスッ!」
━スァパンッ!━
「・・・ぁ」
乾いた鋭い破裂音が、教室に響く。リエの平手打ちが、コウの左頬に炸裂した音だ。
「・・・今、俺何て言った?」
「少しは、眼が醒めたようですわね」
「・・・はぁ、やべぇな。思った以上に汚染されてやがる・・・」
「汚染?どう言う事ですの?」
「言ったろ、夢見が悪かったってあ・・・済まんが、今日は訓練は無しだ。休む。先生には、体調不良って事で通しといてくれ」
「ちょっと!」
荒々しく呼び止めようとするリエを置いて、コウは教室を去った。突き放されたような形となり、リエは大きく溜め息を吐く。
「コ、コウさん、どうしたんでしょうか。様子がおかしかったですね・・・」
「うん。あれは・・・相当強いストレスを受けて、錯乱しかけているように見えた。会話が成り立っているだけ、まだマシなんだろうけど・・・少し、心配だ」
「何より気になるのは・・・あの人、基本的に他人を躊躇せず頼る癖に、今回は背負い込んでいる所ですわ。全く、どんな夢を見たと言うのやら・・・」
呆れたような口調とは裏腹に、声に心配を色濃く滲ませるリエ。その心情が漏れ出したように、補習授業部を暫しの沈黙が包んだ。
(コウサイド)
「ハァ・・・」
寝室にUターンし、ベッドに座って頭を抱える。
拙い。思った以上に侵食を受けているようだ。
「ロクス、起きてるか」
『あぁ。どうした』
「俺の精神状態・・・お前から俯瞰して、どう見える」
『フム・・・』
言葉を選んでいるのか、それとも形容し難いのか。たっぷり5秒を数えた後、ロクスは答える。
『極めて、不安定だ』
「具体的には?」
『まず、世界を滅亡させなければならないと言う意識が染み着いている。それは分かるか?』
「・・・あぁ。それは、何と無く分かる」
腹の奥底で蠢く、ドロドロとした衝動。もし今ここで黒蝗を無制限に解き放てば、それは容易く達成出来てしまう。これがまた悪質だ。
ヘビースモーカーが胸ポケットに煙草とライターを突っ込んだまま禁煙すると、多分こんな気分になるのだろう。
『しかし、それは悪意では無い。世界から苦痛を消し去ると言う目的に、最適化された手段を行使するべきである、と言うもの。寧ろ使命感に近いものだ。それが、脳に焼き付けられている』
「悪意があろうが無かろうが、結局やろうとしてる事は世界丸ごと安楽死だろ?何とも傲慢な話だな。有り難迷惑も良いとこだ」
引き攣った唇から、自嘲の笑いが溢れる。流石にそんなバカデケェもんは背負い切れねぇって・・・黒蝗が詠唱式で良かったな。
『そして同時に、それを必死に抑え込もうとする本能もある』
「本能?」
『厳密には、本能と同等の深層心理に刻み込まれた、仮面ライダーと言う偶像に拘る意識だ。化物にだけはなるまいと、仮面ライダーの概念を錨に精神を繋ぎ止めている。尤も、そのせいで先程の失言があった訳だが・・・』
「・・・あぁ。《仮面ライダー=敵と戦う》の等式が逆転して、《敵と戦わなきゃ仮面ライダーじゃいられない》になりかけてた訳だ。危ねぇ危ねぇ、うっかり看板に特大の糞団子を投げ付ける所だったぜ」
『周囲全てに当たり散らして敵認定し、殴り掛かっていないだけ上等だと認識しておけ。並大抵の理性では発狂してそうなるだろう』
「・・・そうか」
あぁ、俺って改めてヤベェ奴なんだなぁ・・・客観的な視座から物を言われると余計に実感するぜ。
「・・・で、だ。あの絶滅の悪夢・・・あれ、お前は何だと思う?」
『逆に聞こう。そう言うお前は、どのような所感を得た?』
「・・・そうだな」
ロクスからの問い返しに、改めて脳髄に焼き付いた情報を読み込み直してみる。
・・・何だ、何か強烈な既視感がある。だが何処だ?何処で、あの光景を見た?
「・・・照合を始めよう」
地球の本棚に潜るフィリップをイメージしながらベッドに倒れ込み、腕を広げて眼を瞑る。そして脳内の引き出しを開けて、明確に思い出せるよう意識を集中した。
「・・・キーワードは、《夢》。そして、《絶滅》・・・《殲滅》も入れて良いか?後は・・・《交流のある者が対象》辺りも・・・あ」
ヒットした。見たのが自分自身か、他人かと言う違いはあるが・・・
「ディケイドの夏海・・・ライダー大戦の悪夢・・・!」
類似点がかなり多い、知識の中の該当例。
あれって確か、延々とループしてる世界の、過去の結末の記憶の残滓みたいなもんだったっけ・・・
「・・・え、キヴォトスってループしてる?」
『ループ?どう言う事だ?』
飛躍した合点。唐突な発言に、ロクスが困惑したのが分かる。
「いや、何かの切っ掛けで特定の地点まで時間が巻き戻ってるのかな~、って。でも流石に荒唐無稽過ぎ・・・ん?待てよ?」
強烈に、脳味噌に引っ掛かった。
仮に・・・もし仮に、このループ説が真であるとした場合・・・そして俺以外にも、このループを知覚する事が出来る人物がいた場合・・・
「・・・アリスの封印ッ!?あれそう言う事かッ!?」
何と言う事でしょう。理屈が繋がってしまいました。少なくとも、空論の上では。
アリスが封印されていた廃墟。その解除キーとして設定されていた、先生の生体情報。あの時は訳が分からなかったが、先生の生体情報を入手可能な人物、則ち連邦生徒会長が、ループを知覚していたら・・・二重三重の仮定の上ではあるが、筋は通ってしまう。
未来を知っていた連邦生徒会長が、その未来の為に先生しか解放出来ない場所にアリスを封印していた・・・?破壊しなかったのは・・・未来にアリスが必要不可欠なファクターだったから・・・?
じゃあ、本人が直接アリスを解放しなかったのは何故だ?何故こんな回りくどい・・・自分で出来ない不都合があった?それとも、自分では上手く行かなかった・・・?
「ぐおぉぉ・・・!?クソッ、頭が痛ェ・・・何だよコレ・・・SANチェック級じゃねぇかよ!?何で今、よりによって今だ!?もう特大SANチェックで一時的狂気発症したようなもんなのに、何でこんなタイミングでアイディア成功しちまってんだ!?ふざけんじゃねぇぞ馬鹿野郎ッ!?」
『おい、落ち着け。冷静にならねば、余計に混乱するだけだ』
「どうしろってんだ!?こんなとんでもねぇ仮説に行き着いて、どうやって落ち着けってぐべっ!?」
頬に右拳が突き刺さる。余りの衝撃に、視界がぐるぐると回って焦点が乱れた。
『だからこそ、冷静にならねばどうにもならん。少しは頭は冷えたか?』
「くっ・・・冷えはしたけど、ワザワザ殴るかね・・・あ?待て、お前今何した?」
『何、とは?』
「いや、どうやって俺の頬ぶん殴ったって事よ。俺の右手使ったよな?」
『精神の綻びから、私が表出している右腕に干渉した』
「はぁ!?そんな事出来るなんざ聞いてねぇぞ!?」
『何を言うか。お前が嘗て砂漠でやった事と同じだろう。綻んでいるのが精神か、肉体かの違いだけだ』
「えぇ~・・・」
・・・まぁ確かに、原理としちゃ変わらねぇのか。あの時の俺が出来たんだから、今同じ立場のロクスが出来てもおかしくは無い・・・
「・・・これって俺が権限委譲したらお前は身体動かせんの?」
『ふむ。可否で言えば、可だろうな』
「・・・使えるなコレ」
『・・・ハァ、精神が持ち直したようで何よりだ』
何だ今の溜め息は。オイ、何に呆れた?
『何とも単純な事だとな』
「何だとテメェ」
・・・いやまぁ、こう言う方向に考えれば確かに頭はスッキリしたけども。
『・・・話を戻すぞ。先程お前が辿り着いた仮説、その肯定材料と否定材料を挙げて行け。分析とはそう言うものだろう』
「そうだな・・・言われてみりゃ、肯定材料っつったら俺の知識にある事象との類似性が認められるってぐらいしかねぇし・・・否定材料・・・っつーかよく分からんポイントとして、俺には次元を超越したり未来予知したり、他者の思考や記憶に感応するような類いの能力は無い筈ってとこだ」
・・・まぁ一応、ライダーシリーズの中にはミュータントバッタとかみたく該当例が無い事は無いが・・・俺は今までそっち方面の能力が欲しいとゴネた事も、開発を試みた事も無い。何せ使うべき相手が居ないんだから。召喚した黒蝗は、多少操作出来るっちゃ出来るが・・・
「・・・取り敢えず、情報を整理しよう。あの悪夢は、滅亡に向かった世界線の記憶の残滓、若しくは予知夢のようなものだとして・・・苦痛を取り除く、世界の安楽死・・・」
安楽死ってのは、治療の見込みが無い患者の苦痛を終わらせる終末医療・・・つまり、あの世界は遅かれ早かれ滅亡する事が確定してたって事か?
「・・・だが、あの時点じゃ俺にそんな事は確信出来る訳が無い。世界規模の安楽死の決定を下すには、現在進行形の視点では視座が低過ぎる・・・」
・・・そうだ。思い返せばおかしい。
確かに、ゲヘナが苦痛に塗れて滅んだ様を見て、悲しかったし苦しかった。だが、だからってそれ以外のキヴォトス含めて全部滅んじまえ、なんて飛躍し過ぎだし、俺の思考回路的にも不自然だ。
救えないなら全て滅べなんて、そんな過激思想は持ってねぇ筈だ。
「・・・確か、チェシャは俺の悪夢を指して、自分の根底から発生したものじゃ無いって言ってたな。
自分じゃ無い、他者からの夢の流入・・・映像や音声、つまり脳が知覚する視聴覚が流れ込むなら、同じく脳内にある思考プロセスが流れ込んでも不思議じゃ無い・・・よな・・・待て。おいロクス、俺は俺だよな?」
『・・・少なくとも、衝動に違和感を覚えられる時点で、お前は自分の視座を保てている』
「・・・ありがとな。マジで危ねぇ・・・お前が居なきゃ、自己同一性を疑い始めてたわ。クソ、立て続けにSANチェック入り過ぎだろうよ・・・加減しろよ馬鹿がよぉ・・・」
頭痛い・・・何でこんな事考えにゃならんのだ・・・いや、悪夢に飛び込んだのは俺だけどさ。
「ハァ。今は一旦ここまでにしよう。正気が幾らあっても足りやしねぇ」
”コウ~?大丈夫カナ~?”
「あ?先生か」
ベッドに沈んでいると、ノックが響く。先生の野暮用は済んだらしい。
「あ~、入って良いぞ。一段落着いた所だ」
”一段落?じゃあまぁ、入るヨ?”
扉が開き、入って来る先生。その顔を見て、俺の口から思わず苦笑が漏れる。
「おいおい、何て顔だよ。俺に負けず劣らずゲッソリしてんじゃねぇか」
”あ~らら、やっぱ分かる?いやぁ、中々しんどいもん拾っちゃってさ。あーあ、大変大変。どうすれば良いやら・・・コウちゃんもそんな感じ?”
「あぁ、似たり寄ったりだな。どうする?俺に情報共有しとくか?」
”良いの?体調不良って聞いたけど”
「さっき言ったろ、一段落着いたって。喋った方が楽になるわい」
”あそ~なんだ。じゃ、担いで貰っちゃいますか。いやぁ、ミカにお呼ばれしちゃってさぁ”
「美園に?」
俺が聞き返すと、先生はつらつらと渡された情報を提示して来た。
・・・また頭痛くなって来た。
”まぁこんなとこかな”
「・・・ハァ・・・」
溜め息が漏れる。何でこうドロドロなんだろうなぁ・・・
「・・・アズサが裏切り者、ってのは、半分予想通りだな。で、アリウスねぇ」
先生が美園に渡されたと言う、エンブレムの絵。確かにアズサと、そしてチェシャが着けているワッペンと同じ物だ。
「血で血を洗う、戦乱時代のトリニティ・・・それを終わらせる為の、総合学園への統合・・・そりゃ納得出来ねぇわ」
そして最後まで異を唱え続け、結果として追放され・・・挙げ句の果てに、忘却の彼方へと押し遣られた集団・・・アリウス分派。
”そう言うもん・・・なんだろうねェ”
「あぁ。そもそもな。ここで言う戦争は、先生が思ってるよりも、悲惨で、陰惨で、悍ましい物だ。故にこそ、怨恨は深く、また強い」
”・・・そうだね。想像も出来ないや。子供同士で憎み合って、殺し合うなんて”
「・・・それもあるが、重要なのはそこじゃねぇ」
”えっ?”
・・・先生と俺達では、矢張り思考の前提が大きく違う。いや、一介の教師にそこまで自分で考えろなんてのは酷だな。
「先生、間違えるな。戦争ってのは飽くまで、政治の、交渉の一手段でしか無い。
物資、金銭、土地・・・何でも良い。要は、
じゃあ次だ。始まる理由は今言った通り。なら逆に、どうすれば戦争が終わると思う?」
”それは・・・その欲しい物を、確保した時?”
「そうだな。求めている物、譲れない物を確保した時、もしくは破壊しなきゃいけないモノを破壊した時・・・戦争は終わる。そして・・・目的に対して、割に合わないだけの
”代償・・・それって、まさか・・・”
「あぁ。自分の集団が傾く・・・存続に支障が出る程の、金銭、食料、資材・・・色々あるが、一番は・・・やっぱり、《人命》だな」
”ッ・・・!”
先生の顔が、分かり易く歪んだ。そりゃそうだ。生徒を守る立場の人間に、守りたいと思っている人間に、その命を無駄遣いすれば戦争が終わると言った訳だからな。
「戦場に於いて、人の命は通貨に変わる。あの拠点を落としたい、ならこれだけの人員が
先生の顔が、不快の文字が読める程の表情になる。
「先生。知っての通り、キヴォトス人は極めてしぶとい。眼球に銃弾がぶち当たろうが、土手っ腹に戦車砲が叩き込まれようが、まぁ死なん。そんな生き物同士が
あぁ因みにだが・・・キヴォトス人も酸素、水分、栄養を断たれれば、流石に死ぬぜ?」
”・・・想像も、したくないね”
「だよな。そんな戦争をしてた時代だぜ。皆もう止めよう、で割り切れる程度の怨嗟じゃねぇさ」
キヴォトスに於いて、事故死と言う概念は極めて希薄である。何故なら、《ついうっかり》で死ぬ事も、殺す事も、有り得ないと言ってほぼ差し支えないからだ。
《ついうっかり》で容易く死に、また容易く殺す・・・キヴォトス人から見れば、遥かに脆い生き物同士の社会。そう育った先生には、きっと重過ぎる。
”・・・シッテムの箱で、サラッとではあるけど調べてみたんだけどサ。アリウスについては、マジで連邦生徒会も把握して無いっぽいね。ミカから言われた通り、第一回公会議で袋叩きにされた後の記録が全く無いんだ”
暫しの沈黙を呑み込み、先生が話題を戻した。今必要なのは、矢張り情報の共有だから。
「何時の時代も、ガタガタの集団を纏めるのはスケープゴートだからな。今のトリニティの気質も、多分その頃の思考回路を引きずってる。派閥に所属し溶け込まないと、調和の出汁に虐め潰されるってな・・・
そして、同時に見せしめだったんだろう。迎合しないならば弾劾するぞ、とな」
奇しくも昨日、ヒフミとの会話で思い出した事そのものだ。
「そして、美園の懸念・・・エデン条約機構と言う新たな暴力装置を行使する権限、それを得る事による暴走か。人間は、自分の力を確かめずには居られないからな。当然の心配だろう。前例があれば、尚更だな。
しっかし、コハルが正実への牽制ねぇ。ハッ、何とも腹黒い事を考えるもんだ。流石は海千山千のティーパーティーホストだな」
乾いた笑いが溢れる。何とも似合わない事をしちまって。こりゃよっぽど追い詰められてるな?
「・・・信頼出来る人間が周りに居なくて、被りたくも無い仮面を無理して被っていると見えるわい。ったく・・・いや、しかし仕方無い所もあるか。身内が殺されたと思い込んでりゃ・・・」
”前言ってたあれね。死んでは居ないけど、意識不明の可能性が高いってやつ・・・ホントに、ほぼほぼコウの読み通りだったネ。いやぁ、ミカから聞かされた時はマジでビックリしちゃってサ。ポーカーフェイスには苦労したもんだヨ”
「ホント、お疲れさん」
見合わせたお互いの顔には、乾いて引き攣った笑みが張り付いていた。全く、ストレスの蓄積がえげつねぇったらありゃしねぇや。脳細胞の耐久テストでもしてんのかよ。
”取り敢えず、私はこれから模試出しに行くからさ。コウはどうする?寝とく?”
「・・・そうだな。一眠りするか。悪いな先生、何も手伝えねぇで」
”そんな事気にしなくて良いの。お休みコウ”
「おう」
挨拶一言に手を振り、先生は部屋を出て行った。その背中を見送り、俺はベッドに倒れる。
「・・・ロクス。お前あの夢に・・・チェシャの所に、着いて来られるか?」
『断言はしかねる。私が沈むよりも先に、お前の意識が落ちれば、或いは・・・と言った具合だ』
「じゃ、モノは試しだな」
またシーツでアイマスクを作り、眼の上に掛けて呼吸を整える。
条件付けされたトリガーアクションを検知し、肉体が急速に眠りへと移行。間も無く、意識が沈んだ。
(NOサイド)
「あれ?コウちゃん、来るの早くねっ?」
弾むような声に、コウは眼を開ける。予想通り、目の前にはチェシャ猫の姿があった。
事務所の来客用ソファーにふんぞり返っていた彼女は読み掛けの漫画をテーブルに置き、ペタペタとコウに歩み寄る。
「ちょっとした実験だ」
「実験・・・何の?」
その言葉に、チェシャ猫が耳が後ろに絞る。どうにもこの言葉が嫌いらしいと印象を受けつつ、コウは眼を閉じて意識を集中した。
「ロクス、出て来い」
『ふむ』
呼び掛けに応じ、コウの右腕から黒い煙が噴き出す。それは瞬く間に濃度と体積を増し、軈てコウの隣にヒト型を象って固着。遮る宵闇の如きヴェールを引き裂いて、ドスンと着地した。
「うっひゃ~!すっご!こんなのが出て来るなんて、サイコーにぶっ飛んじゃうじゃ~んっ♪」
『・・・何とも不愉快だ』
100人中98人は悍ましいと認識するであろう
「ま、実験の成功を喜ぼうや。お前の意識があるままに寝れば、明晰夢にお前を連れ込めると証明された」
『左様よな。して・・・チェシャ猫とやら。顔を合わすのは初めてだな』
「おぉ~、コウちゃんと同じっぽい声だけど、何かひっくぅ~い感じ!なになに?コウちゃんの妹?」
「別人格みてぇなもんだ。こんな悍ましい妹がいて堪るか」
『と言うか何故私の関係性候補が妹一択なのだ。つくづく癪に障る小娘め』
「ははははっ♪やだこわ~い♪」
ロクスに歯を剥き出し唸られようと、チェシャ猫は飄々と笑うのみ。コウもロクスも、双方振り回されっぱなしである。
「・・・で、チェシャ。あの絶滅の悪夢・・・あれもやっぱり、外から俺に流れ込んだ夢か?」
「そーだね。多分そう。いや~、あ~んなトべる悪夢は久々だったよ~♪」
「ほぉ、他にもあんなレベルの悪夢を見た奴がいた、と」
「うん!私みたく三角耳が生えてて~、黄色くて~、ちっこいの!アイツの悪夢はスゴかったぜ~?」
「獣耳で、黄色、低身長・・・まさか!」
「あれ?何か知ってた?」
「・・・多分、顔見知りだ。でもって、現在最重要人物でもある」
コウの脳裏に浮かぶのは、病弱な癖をして憎まれ口が減らない金髪の小柄な少女、百合園セイア。ティーパーティーのトップの1人、サンクトゥス分派の首相であり、ミカとナギサに死亡を疑われている人物だ。
「・・・そう言えばアイツ、矢鱈と胡蝶の夢とかラプラスの魔について話題振って来たな」
『今生きてるこの身が夢か現か証明する術は無いと言う話と、この世全ての熱量運動量を完璧に知れば未来を予測する事が出来ると言う与太話の類いだったな』
コウが思い返し、ロクスが補足。どちらも思考実験の類いである。
「・・・なぁ、このキーワード組み合わせると予知夢って結論が出るんだが?どんな悪夢だったんだ?」
「すっげぇよ~?世界が全部真っ赤に染まって、みーんなぎゃーぎゃー叫んで殺し合うんだ!その内頭とか身体とか掻きむしって、ヘイローばりばり割れて死んじゃうワケ!」
「真っ赤に染まる・・・?世界が、全て・・・」
「そんで最後!
「巨大な黒い球体!?それってまさか・・・!」
「うん!コウちゃんがあの悪夢で見たヤツ!こんなの初めてでさ!ワクワクしちゃうよね♪」
「・・・」
『これは・・・何とも面倒だな』
ロクスがボヤき、コウはコメカミに手を当てて固まった。その脳内では矢張り情報が飛び交い、幾度目かの机上の空論が組み上がる。
「そう言えばさコウちゃん。あの悪夢、どうやったら叶う?」
「・・・叶うだァ?」
「ほら!夢が現実になる事を、
「悪夢が叶うなんて言い回し初めて聞いたわ・・・そうさな。一先ず、現行の世界線ではまず叶わんな」
「え~?何で何で~?あんなスッゴいサイッコーの悪夢、何で叶わないの~?」
「・・・んっとな」
カリカリと目尻を掻き、コウは情報を整理する。あの悪夢の世界線と、今の自分との違い。脳髄を蝕む頭痛に耐えて、それを掬い出した。
「あ~クソッ・・・俺は万魔殿との最初の顔合わせの時に、イブキ・・・あの・・・最後の、子、に、案内されたんだ、ウン。ハァ、ハァ・・・ウン。で、だ。そのイブキと、道すがら仲良くなってな。幸いな事に、あの組織で一番発言力が強いのは、他でも無いイブキなんだ。そのイブキに、俺は個人的な太い交流がある。だから、あんな風に軽視されるような事は無いし、いざとなったとて、俺が殴るのは元凶と羽沼議長だけだ。あんな惨状にはしねぇよ」
「ふぅ~ん・・・」
「多分、あの世界線じゃイブキに会えなかったんだろう。だから羽沼議長も、あの俺を無所属の木っ端と見下し、言葉にも取り合わなかった・・・いや、アイツはあれで多少は話が分かる奴だ。あんな強情な、双方の妥協点を探りすらせず突っ跳ねるような態度は幾ら何でも・・・そもそもあのホッパー怪人は仮面ライダーじゃ無かった。って事は仮面ライダーへの拘りは無く、飽くまでガイアメモリとその周辺の概念の情報だけを受信したルートか?だとしたらあれは予知夢の類いじゃ無くて、前提が全く違うifの破滅√とも言える世界線の記録と言う事に・・・」
『おい、耽り過ぎだ』
「おっと、いかんいかん・・・」
考察に閉じ籠ろうとするコウの肩を叩き、引っ張り戻すロクス。もはや彼女も立派な理性側である。
「兎に角、あの世界線に向かう分岐点は過ぎた。俗っぽく言えば、フラグが折れたと言っても良い。だからあの悪夢は叶わんよ」
「な~んだ、残念・・・じゃあ、次の悪夢は叶うかなっ!」
「話聞いてたかテメェ?そもそも悪夢なんて原則叶えたくねぇもんだっつーの」
「まぁまぁ、次の悪夢見てみようよ!ほらコレ!」
ズイッと差し出される、指先に止まった黒い蝶。その存在を思い出し、コウは額を叩く。
「そうだった、もう1匹いた・・・ロクス。付き合ってくれるか?」
『致し方無かろう』
実に嫌そうながら、ロクスはコウの肩に手を置いた。そしてコウは、蝶が転じた紅い球体に手を伸ばし━━━━━
━ドガァンッ!!━
「はぁッ!?」
━━━━━爆音に叩き起こされた。
To be continued・・・
~キャラクター紹介~
・叢雲コウ
SAN値がピンチな飛蝗少女。
悪夢からの精神汚染が洒落にならない所まで行っていた。
特大SANチェックをブチ込まれて一時的狂気を発症したが、リエの拳&精神分析で何とか持ち直し、その後とんでもないSF空論を展開。しかもそれなりに筋が通ってしまう事に頭を抱える。
そしてアイディアロールでよりにもよってクリティカルを叩き出し、とんでもない仮説がポンポンと飛び出してセルフSANチェックが発生。フリーランス故に先生周りで起こった事をほぼ全て拾っている弊害が炸裂した。
一頻りのたうち回った後、ミカとの密会から戻った先生と情報共有。頭痛の種が増える事に。
そして会話を終えてロクスと共に寝直し、チェシャ猫の居る明晰夢へ。今回はロクスを連れ込む事に成功する。
ゲヘナ絶滅√と現状の自分の立場を比べ、恐らく前提が全く異なる並行世界であると分析。あの悪夢は恐らく実現しないと結論を出した。
戦争については極めてドライな価値観を持っており、それ故に戦争が生む怨嗟を推し量る事が出来る。
・科加部リエ
地味に重要だった蝗屋社員。
明らかに様子がおかしかったコウに拳&精神分析を敢行。結果、多少は発狂を落ち着ける事が出来た。これが無いとロクスの言う通り周囲に当たり散らして暴れ回っていた可能性が高いので、実はMVPだったりする。
・先生
お労しい常人教師。
ミカからアリウス分派とその他の情報を受け取り、コウからはキヴォトスに於ける戦争の悍ましさを教えられてストレスマッハ。アロナの似顔絵に近付いているかも知れない。
・ロクス
出来る事が増えてる蝗害怪人。
コウと精神交流を行い過ぎて最早立派な常識人。
VSビナー時にコウがやった主導権の奪取を出来るようになったが、当のコウは一切危機感無く逆に戦術に組み込もうとし始めたのでずっこけそうになっている。
今回チェシャ猫の居る明晰夢に入れており、もうほぼ自律稼働型のスタンドみたいなものと化している。
・チェシャ猫
悪夢中毒キャット。
セイアとの接触歴がある事が判明。
悪夢が叶った世界と言うものに興味津々な模様。