(コウサイド)
「あぐっ、はぐっ、んぐんぐ・・・」
ゲマトリアの拠点。その中央の円卓にて、俺は一心不乱に眼前に並ぶ料理を食べ続けている。
数十人前はあるそれらはどれも精の付く薬膳料理で、
因みに、この5ヶ月間、と言うか今も1度も変身解除していない。理由としては、変身していた方が生理反応が活性化するからだと。まぁ妥当な判断だわな。
「むぐむぐ、ごくん・・・ふぃ~、美味かった。ご馳走さん」
「おやおや、やはり早いですね。では、これで仕上げです」
空の皿を重ねて退かし、黒服が持っていた物をデンッと机に置く。それが何かと言えば、デカいバケツだ。
「え・・・えーっと、黒服さん?これは何ぞ?」
「果糖水です。14kgあります」
「お前某漫画読んだろ」
「読みはしました。それはそれとして、今の貴方には冗談では無くこの量が必要なんです」
「あらそうなの・・・じゃあまぁ、頂くけどさ・・・うっわ、あっま!?」
ガコッと持ち上げたバケツを傾け、1口。余りの甘さに、仮面に隠された表情筋がしわくちゃになるのを感じる。
「飲みながらで結構ですので聞いて下さい。まず、貴方は5ヶ月間変身状態で昏睡していました。素の肉体にどれ程の影響があるか、この後検証させて頂きます」
「んぐっ、んぐっ、ぷはっ。まぁそれは構わねぇよ。俺も自分がどうなってるかは知っとかないといけねぇしな。しかしこんだけ飲んでまだ3割弱かよ・・・んぐっ、んぐっ」
返事をしつつ、中々減らない果糖水と格闘する。不思議と飲めはするが、それはそれとしてしんどい。
「それと、今回の依頼の成功報酬ですが・・・撃破成功により1000万、更に暁のホルスの手加減無しの戦闘データ、加えて貴方の持つ恐怖の力の一端の威力・・・観測された諸々を加味して、追加で500万程上乗せさせて頂きます」
「っぷふぅ・・・結構、太っ腹じゃないの?俺は水っ腹になりそうだけど。うっぷ・・・ちょっと休憩・・・」
漸く半分を切ったバケツを置き、天井を仰ぐ。胃袋がマジでタプタプだよ・・・
━ブシュゥゥゥ・・・━
「あれっ?」
腹の中で水に奪われていた体温が、逆に急激に上昇し始める。上半身の気門から大量の蒸気が吹き出し、全身に高速で血が巡り始めた。
「えっ、何これ!?」
「おや、料理の薬効ですね。滋養強壮と生理活性、吸収効率向上等・・・まぁ、色々と詰め込んだ常人には耐えられないであろうメニューですからね」
「ちょっと黒服どういう事?お前それ俺に言ってないよね?つかアッツい!全身アッツい!つか骨が!関節が軋んでんだけど!?いィててててて!?」
メキメキと全身の内骨格が音を発て、凄まじい痛みと共に変形し始める。身体の内側から容赦無く沸き出す激痛と焦熱感に、耐えられる訳も無く無様にのたうち回る羽目になった。
「ぐおぉぉっ・・・く、黒服!何だこれ、何入れた!?」
「クククッ・・・想定外ですね。何でしょうこの反応」
「いや提供する側は『知らん、何それ、怖っ』は許されねぇんだが!?あぁもう・・・はぁ、漸く治まった・・・いってて・・・」
多少ギクシャクする手足を何とか動かし、やっとの思いで立ち上がる・・・あれ?何か視界に違和感が・・・
「・・・俺の背丈、伸びてね?」
「伸びてますね。目算で大体5cm程でしょうか」
「えぇ~・・・?」
試しに腕をグリグリ回し、腿を上げて見る。うん、かなり重心が変わってるな。どうなってるんだ?
「1度、変身解除して頂けますか?既にバイタルの安定は確認済みですので」
「あぁ、そう?じゃあ戻るわ。ぶっちゃけ忘れてた」
ドライバーからメモリを引き抜くと、真っ白な蒸気が視界を覆う。パタパタと手で扇いで煙幕を散らせば、漸く生身のお披露目となった。
「ほう、これはこれは・・・」
「え、何?何か変わってる?身長以外に」
「えぇ、お顔が少々」
「顔面!?え、怪人フェイスから戻らなくなったりして・・・って腕ェ!?」
動揺してベタベタと顔を触り、気付く。右手の異常な質感。恐る恐る見てみれば、そこにあったのは生身の右手では無く、鋭い爪を備え緑の外骨格に覆われた異形の腕だった。
「え、えっ!?マジで怪人になっちまったのか!?嘘だろ!?」
「落ち着いて下さい。顔面の方は右腕程では御座いませんので」
「ホントか?ホントだよな!?」
「本当です。鏡を持って来ますよ」
「あー、うん、頼む・・・」
奥に引っ込んだ黒服を見送り、改めて右手を見てみる。人間そのままな左手と比べて、関節は繊維質で柔軟な皮膚が覆っており、握る開くの動作は問題無い。外骨格は指で弾いてみれば軽く乾いた音が鳴り、かなりの硬さがあるように感じる。掌をペチペチと叩いてみれば、生身よりも薄れたボンヤリとした感覚。
「ん~、痛覚、いや触覚が鈍いのかね。レザーグローブでも着けたらこんな感覚か?」
袖を捲り、ギュッと力を籠めてみれば、前腕から鋭いアームカッターが鋸刃のように立ち上がる。力を抜けばペタリと寝そべり、収納。中々便利使い出来そうだな。
肘から肩に掛けて、左手でニギニギと感触を確かめる。どうやら、硬質な外骨格は上腕半ばで途切れているらしい。となれば、ビナーに吹っ飛ばされて再生したのが原因だろうな。
「お待たせしました」
「おう、あんがとさん」
黒服がカラカラと持ってきたのは、キャスター付きの姿見。そこに写った俺の顔は、前とはかなり様変わりしていた。
若草色だった髪は黒が混じって斑になり、右の瞳は真っ赤に変色。更に、変身で浮き出る黒い涙ラインが皮膚にタトゥーのように沈着している。そして何より、元から罅が走っていたヘイローが更に割れ、まるで安いペイント風船を膨らませたような質感になっている。
「うわぁ、何かお世辞にも健康とは言えない感じになってんねぇ?ヘイローもガサガサっつーかガビガビっつーか・・・」
「恐らく、
「異常だよな?」
「異常ですねぇ。ですがまぁ、貴方に常識を覆されるのは何時もの事ですので。驚く時間を思考に回した方が建設的でしょう」
「お前も大概順応性高いよな」
「貴方に言われると悪い気はしませんね」
またクツクツと喉を鳴らし、愉快そうに笑う黒服。と言うか、何かホントに嬉しそうなんだが・・・
そんな黒服を他所に、残りの果糖水を一気に流し込む・・・うっわ、底の方にガムシロップみてぇな甘さの暴力が溜まってやがった・・・
「げふぅ・・・さぁてと、そう言えば他のゲマトリア衆は?」
「マエストロは、新たなメモリの調整を。ゴルコンダとデカルコマニーについては、別件の仕事を熟しています」
「あぁそう。じゃあ、また顔出そうかな。あっちからすりゃ久々だろうし」
「その手間は不要だ」
「おっ!」
ギコギコと身体を軋ませながら、マエさんが合流して来た。噂をすれば何とやらだ。
「其方の覚醒に見える事叶わず、無念の極みだ。しかし、先の戦いで破損したメモリの修繕、及び改良は済んでいる。まずは受け取るが良い」
「おう、ありがとな!」
マエさんの手から、ヒート、トリガー、クイーン、メタル、ミメシスの5本を受け取った。そのフレームはスケルトン仕様に変わっており、擬似メモリから正式なガイアメモリへとグレードアップした事が分かる。
「へぇ、遂に俺のホッパーと同じ規格に?」
「如何にも。マキシマムの回数制限も解除され、出力も1.5倍に増加している。但し、以前のような多重マキシマムは容赦頂きたいものだがな」
「いやぁ悪いな。あん時ゃアレしか無かったんだ」
「理解はしている。故にこの件についてはこれにて水に流そう。そして、新たなメモリも完成した。これらも其方に託す。上手く使え」
「へぇ、そりゃ有難い」
新たに取り出されたメモリ。それはサイクロンとルナ、そしてユニコーンの3本だった。攻防両方に使いやすい便利なメモリだ。
「ありがとう。世話を掛けるな?」
「何を言う。私としても、新たな探求の手懸かりとなるものだ。気に病む事は無い」
「そうかい。それじゃ、これからも宜しくな、マエさん」
「承知した」
ガシッと握手を交わし、ニヤリと笑って見せる。やっぱり、ゲマトリアの中じゃマエさんが一番気が合うな。
「では、早速テストと行きましょうか」
「おう、分かった。軽く腹ごなしと行こうかな」
黒服に連れられ、スペック計測用の測定室に向かう。どれだけ強くなっているか、少し楽しみだ。
━━━
━━
━
「あぁ~・・・あっちぃ」
「危なかったですね」
「ホントホント」
測定終了。現在シャワーにて身体を冷却中。
結果として、身体能力は著しく上昇していた。パンチ力は左腕が25t、右手が29t。キック力は両脚共に48tあった。そして走力については、時速180kmで10分走ったら身体がオーバーヒートして緊急中止。カニみたいに茹で上がりそうになってシャワーに放り込まれた次第だ。
そんでもって、気門が無くなる上に翅の展開が出来ない分だけ生身の方が熱が逃げ難い事も分かった。
「やはり、汗腺も潰れてしまっていますね。見た目だけは元通りですが、本来皮膚が持つ放熱機能は78%減少しています」
「なぁ、俺が起きる前に検査とかで分かってなかったか?この状態」
「分かってはいましたね。ですが、カタログスペックでは測れない現象が起きる事も、キヴォトスでは良くある事ですから」
「じゃあそのカタログスペック教えろや。テメェあわよくば俺の身体の反応その物を見ようとしてやがったな?何割だよ、えぇ?」
「否定は致しません。3割程ですね、そのような下心は」
「生々しい割合しやがってクソがよ」
【HOPPER!】
シャワーを止め、ホッパーで変身。水で冷えた空気を気門からいっぱいに取り込み、深部体温を急速に下げる。
「今の時期は冬ですので、屋外で動く分には問題無いでしょう。しかし、激しい戦闘には追加装備で放熱をコントロールする必要がありますね」
「じゃあ冷却コートでも作っといてくれ。走ってみた感じ、速度自体はまだ余裕で上げられるからな。水平疾走で跳び上がっちまうといけねぇから、空力特性でダウンフォースを発生させられる形だと尚良い。欲を言えば、防弾防爆仕様も欲しいな」
「注文の多い事です。しかし、構造は全て理に適っていますね。少々時間は掛かりますが、可能な限り作り上げましょう」
「おう、頼むわ。あ、そうそう忘れちゃいけねぇ」
今になって思い出した、俺の特異能力らしきもの。アレのデータはどうなってるか確かめねぇと。
「チョーカーで送られてるとは思うが、ビナーとの戦闘中に・・・俺の攻撃で、アイツのエネルギーが減衰するような現象が起こった。それについては、どう思う?」
「えぇ、それも解析済みです」
よくぞ聞いてくれたとばかりに喜色満面の黒服。そんなに言いたいなら自分から報告しろや。
「結論から言えば、あれは蝗害の恐怖の一側面、飢餓の恐怖の性質でしょう」
「飢餓?あぁ、それで出力減衰か。成る程成る程」
飢餓状態による虚脱、その状態を相手に押し付ける訳だ。さながら毒だな。
「じゃ、この現象の名前は《飢餓の呪毒》だな」
「呪毒、成る程。分かりやすくて良いと思います」
問題は、生きてる人間にこれを入れてどんな反応が起こるか・・・正直、一撃入れるだけで死ぬ程の猛毒だとは思いたくないが、しかし蝗害の恐怖しかもたらさない災害具合を考えるとどうにも否定しきれない・・・待てよ?
「おい黒服。飢餓の呪毒のデータがあるなら、それを一般的な生徒に喰らわせた場合の影響値とかも計算出来るんじゃないか?」
「飽くまで小鳥遊ホシノへの影響ですが、強烈な脱力作用が認められました。それ以外は特には」
「ほぉ、まぁアイツはキヴォトス最強とか言うぐらいだし、それぐらいで済んだのか・・・いや、脱力や倦怠ってんなら、その程度はビナーに与えた影響とそう変わらねぇな。仮説としちゃ、相手の強さに関わらず弱体化のみを付与するって可能性もあるか。まぁ希望的観測だが・・・致命的影響力を落とした代わりに、どんな相手にも一定の効果を発揮する、なんて状態なら嬉しいんだがな」
ウンウンと唸り頭を捻る。そして、間も無く、俺の脳髄が回答を導き出した。
「よし!保留!まずデータが足りないんだから、こんな時点で結論なんか出る訳ナシ!」
「そうですね。分析するにしても、まだ試行回数が少な過ぎます」
と言う訳で、一時保留だ。うだうだ無駄に考えるより、今は動くべきだろうしな。
「と、そうだ。黒服、アタッシュケースにビナーの報酬の半額詰めてくれ」
「おや、早速ご入り用ですか」
「まぁな。ビナー討伐の舞台にいた役者は、俺だけじゃ無かっただろ?」
「成る程、そう言う事ですか。では、少々お待ち下さい。諸々準備を行いますので」
「おう、頼むわ」
さっさと立ち去った黒服を他所に、タオルで軽く細部の水気を拭き取る。軽く全身に力を込めれば、少々オーバークール気味だった身体もすぐに適温に戻った。
「さぁてと、じゃあ行きますか」
(NOサイド)
「・・・今日も、来てない」
小さく溜め息を吐き、ベッドから起き上がるホシノ。
口座の残高確認、それが彼女の、ここ数ヵ月の日課だった。
「・・・今日は・・・9時か。まぁマシかな・・・」
気だるげにパジャマを脱ぎ、制服に着替える。歯を磨き、顔を洗って、遅めの朝食代わりにカロリーバーをモソモソと齧った。
「はぁ、さっさと学校行かなきゃ・・・」
食べ終わった包みをゴミ箱に放り込み、防寒着を羽織る。そしてシールドとショットガンを手に持ち、玄関の扉に手を掛けた。
「・・・行ってきます」
━━━
━━
━
「うへぇ~、まだまだ寒いな~・・・」
「あっ!ホシノ先輩!」
「およ?ノノミちゃん、どうかしたの~?」
コートの襟に顎先を埋め、校門前に差し掛かったホシノに声が掛かる。その主は、彼女の後輩となる少女、十六夜ノノミだった。
「その、知らないおかしな人がシロコちゃんを縛り上げて、ホシノ先輩を呼べって・・・」
「!」
ブワリと一瞬で殺気立つホシノ。スクールバッグをノノミに投げ渡し、愛用のEye of Horusのボルトを引いて初弾を薬室に送り込みながら校庭に踏み込んだ。
「えぇい、蹴るな蹴るなこのイヌっころめ!」
「イヌっころじゃない!離せ!離せ!むぅ~!」
「・・・は?」
そこに居たのは、ワイヤーでぐるぐる巻きにされた後輩、砂狼シロコ。そしてそんな彼女を掴み上げて怒りと呆れを綯い交ぜにしたように唸る、ホシノの見知った顔。
仮面ライダーローザスト。
「仮面・・・ライ、ダー・・・?」
「ん?おぉ、や~っと来たか!」
ジタバタと暴れるシロコを小脇に抱え、ローザストはホシノに歩み寄る。ご機嫌斜めな膨れっ面のシロコを他所に、彼女から話を切り出した。
「いや~、久し振り、なのか?」
「無事、だったんだ・・・」
「おう!まぁ、今朝方までずっと寝込む羽目にはなっちまったが・・・見ての通り、元気イッパイだぜ?」
「そう・・・そっか・・・それは、良かったよ」
「お?何か雰囲気柔らかくなったか?前はヤマアラシみてぇだったのに・・・まぁ、後輩が増えりゃ丸くもなるか」
「ちょ、ちょっと!それは関係無いんじゃないの!?」
「あぁ、すまんすまん」
「・・・所で、シロコちゃんは何でミノムシになってるの?」
思いの外弾む会話。そして、自分の胸の中で確かに生まれた、多少の安心感。ホシノはそれに驚きつつ、表情には出さずに切り返す。
「あ、そうそう。今回ちょっとクレームがあってよ。俺さ、ついさっきこのイヌっころに強盗され掛けたんだが?」
「え゛っ・・・」
肝が冷える。数少ないホシノの経験が、1つ積み重ねられた。
ローザストの声は、楽しげで穏やかだ。だがその中に、隠し切れない怒気が含まれている。
「いやさ、お前に用事があってここに向かってたらよ?突然銃をバカスカ撃たれて、バイク停めりゃ荷物を全部渡せ、ってさ。うん・・・ホシノ。何で後輩が野盗になってんの?」
「すみませんでした・・・!」
「ッ!?」
90度の最敬礼。自分の知る限り最強であるホシノが、何の躊躇も無く頭を下げた事実に、シロコは愕然とする。
「いやぁ、そのぉ、説明と言うか弁明と言うか、させて貰っても宜しいでしょうかぁ・・・なんて」
「おう、聞くだけ聞いてやるよ」
しどろもどろになったホシノの口から語られる、シロコの事情。
記憶喪失である事。雪の中でボロボロになっていたので保護した事。情緒が未発達故に、獣染みた弱肉強食理論で行動する悪癖がある事。
それらを遮る事無く全て聞き、ローザストは1つ大きく頷いた。
「成る程、お前も大変だったんだな~シロっころ」
「んっ!変な呼び方は止めるべき!わたしは砂狼シロコ!」
「ハァ、何とか荒事にはならずにすみそうですね・・・すみませんでした、ウチのシロコちゃんが」
「おうよ。えっと、お嬢ちゃんのお名前は?」
「あ、すみません!私は十六夜ノノミと言います!」
「そっかそっか、ノノミちゃんね。ただ、話の腰を折るようで悪いんだけどさ・・・俺、何もせず水に流すとは言ってねぇんだが?」
「「「えっ?」」」
ローザストの声から、再び温度が消える。その場にいる全員が物理的な寒さでは無く、背骨に氷柱を差し込まれたかのような激痛にも似た悪寒に震えた。
「いやいや、ねぇ?子供だからって、悪い事して仕置きも無しは逆に教育に宜しくないでしょ。寧ろ、小さい内から因果応報を教えておかなきゃ。と、言う訳で・・・」
「ま、待って下さい!確かにシロコちゃんは悪い事をしましたが、賠償などの能力は無いんです!虫の良い話なのは分かっていますが、どうか私に立て替えさせて下さい!」
「ん?あぁ、違う違う!何も金毟ろうってんじゃ無いさ。別に困ってねぇし。コイツが金持ってないのも明らかだしね」
「え?そ、それじゃあ・・・」
ノノミの懇願を軽く手を振って否定しながら、スタンドを立てたライドクウィンケーに横座りするローザスト。その太股の上にシロコをうつ伏せにして乗せ、右手をメキメキと鳴らす。
「うへっ、ま、まさか・・・?」
「おう、多分そのまさかだな。古今東西、おイタをしたガキんちょへのお仕置きっつったらこれが定番だ。止めてくれるなよ?」
「え・・・の、ノノミ、ホシノ!助けて!」
「あ、あはは・・・シロコちゃん、頑張って☆」
「うん、これについては、おじさん達は文句言えないからね~。シロコちゃん、痛いと思うけど、しっかり耐えるんだよ~?」
苦笑いするホシノとノノミ。助けてくれない2人の様子に、シロコの恐怖心は膨張する。
「ハァ~~~ッ・・・」
「ひぃっ!?何!?何されるの!?やだっ、ヤダッ!怖い!助けてノノミ!ノノミぃ!」
焼け付くような熱気を掌に吹き付け、ローザストはその手を振り上げる。シロコの悲痛な叫びに、ノノミは思わず固く眼を閉ざしてしまった。
「5ッ!」
「やだっ!助けて!」
「4ッ!」
「ごめんなさい!」
「3ッ!」
「もうしない!もうしな━━━」
━ドッパォッ!!━
━━━
━━
━
「そっか、うん、そうだったんだ。わたしがうまれてきたいみって、こういうことだったんだ。わたしは、くるしむためにうまれてきたんだ・・・」
「シロコちゃん、大丈夫です、大丈夫ですよ?」
「・・・流石にちょっとやり過ぎたかもしれない」
「あれがちょっとに見える?」
丸まりながら泥のように寝そべり、光の消えた瞳から冷たく涙を流し続けるシロコ。そんな様を見て、ローザストは細やかな反省を呟いた。
「まぁ、流石にあれに追加でブチ込む程鬼畜じゃねぇよ」
「カウントダウンを切り上げるフェイントも充分鬼畜じゃん。もし追撃してたら私がアンタにぶっぱなしてたよ」
「おー怖い怖い、1発に留めて正解だったな」
「あれ暫く立ちも座りも出来ないんじゃない?」
「そうなるだろうな。まぁ30分もあれば最低限歩けるようにはなるだろ。キヴォトス人だし」
「そんな事言って良いの?何か、先輩方か何かに恥じないように云々とか言ってなかったっけ?」
「周りの人間が銃弾1発で死ぬ生き物な場合と、言い争いレベルで銃撃戦するキヴォトスとじゃ杓子定規だよ。その上で、力に伴う責任を理解しない者には言語による教育の前に痛みによる教訓を与えた方が手っ取り早い。理解は後からで充分さ」
「先輩方ってキヴォトス外の人?ならまぁ知らないのも納得か・・・」
「知らん」
「知らんって・・・あぁもう、訳わかんないなぁ」
「分かんなくて良いさ。大分複雑でこんがらがってる上に、分かって得する事も無い。掃いて捨てておけば良い事よ。と、そうそう。いい加減本題に入らないとな」
「本題?」
ローザストはゴキゴキと首を鳴らし、ライドクウィンケーに寄る。そして座席後方に取り付けていたアタッシュケースを外し、ホシノに差し出した。
「ホレ、受け取れ」
「え、何コレ・・・なッ!?」
押し付けられるように受け取ったアタッシュケースを開き、愕然とする。
中身は、幾つかの札束だった。
「えっ、ちょ、ちょちょっと!?何この大金!?」
「何って、前の戦いの時の報酬と慰謝料。750万」
「ななッ!?」
「良いから受け取れって。お前にはこれを受け取る権利が、俺にはこれを受け渡す義務が、それぞれある」
「いや、でも・・・」
「ハァ・・・あのなぁ・・・」
ウーンと目頭を押さえて唸りながら、ホシノの肩にポンと手が置かれる。
「お前はあの時、冗談でも誇張でも無く文字通りに殺され掛けた、死に掛けたんだよ!寧ろ命の値段としちゃ安いぐらいだろ?何ならあと何百万か追加で払いたいくらいだぞ俺は!殺し掛けた立場として!」
「ひえっ!?わ、分かったよ!分かった!受け取るから揺さぶらないでぇ!目が回るぅ~!」
ガックンガックンと強く揺さぶられ、不承不承ながら金を受け取るホシノ。
「あの、ちょっと良いですか?」
「ん?おう。ノノミちゃんだったな。何かご用で?」
「死に掛けたとか殺し掛けたって、どう言う意味ですか?」
若干訝しげな、警戒心を孕んだ視線を向けるノノミ。しかし、ホシノと気安く会話していた事と、血生臭い過去を臭わせる発言とのギャップに戸惑ってもいる。
「う~ん・・・悪いんだけど、ちょっと言えないな。守秘義務ってやつさ。だが、この金に込めた誠意は本物のつもりだ。信じるか否かは君の自由だが、好奇心を収めて貰うしか無い」
「そんなの・・・!」
「無理言ってるってのは分かってるさ。だがね、この世には、知らない方が幸せな事・・・と言うか、知ったら正気じゃいられないような事があるんだよ。
そして、識るは茶碗の欠けるに似たりって言うじゃないか。どう足掻いても、知る前には戻れない。俺はそんな狂気で、君達の存在を揺るがしたくは無いんだよ」
「それは・・・」
「例えばだ。君がマンホールに落ちたとする。普通は下水道に落っこちる筈だが、そこにあったのはだだっ広い空洞。そこでは小人のような生き物が、せっせこせっせこと柱を建てている。何千、何万、何億と建てられた天井を支える柱はしかし、上に生きている人々が伝える振動で脆くも壊されるんだ。小人達が作るよりも、明らかに壊れる方が早い・・・そんな光景を見て、元の社会に戻った時、君はどうなると思うね?
振動を発するなと訴えても、栃狂った事を言うなと一蹴されるのみ。夢だったと忘れようにも、全てが脳髄に焼き付き真実であると言う確信を剥がす事が出来ない。軈て自分が狂っているのか、世界が狂っているのか、自分が何者かも分からなくなり、精神が崩壊・・・なんて、此は単なる例えだがね」
「な、何言ってるか・・・分かりません・・・」
浴びせられる言語の洪水。しかし常人の思考に理解しやすいよう組み上げられたそれらは容赦無くノノミの脳内に浸透し、不安と恐怖を掻き立てる。
「そうだ、分からなくて良い。無知でいれば、最も簡単に幸せを維持出来る」
「ちょっと、それは聞き捨てならないかな」
ショットガンをカツンと肩に担ぎ、ホシノが口を挟んだ。
「現状から眼を背けて、壁に描かれた幸せを眺め続けるのは家畜と一緒だよ。自分の意思は、自分で勝ち取らなきゃ。私は人間でいたいから」
「ククッ・・・流石だ、ホシノ。お前は強い。そうだ。諦めの中に見出だす安心など、家畜の夢に過ぎない。柵を越え、自分の脚で歩ける者こそが、己の運命を変える権利を獲られる。人間でいられる。
だが、覚悟しておく事だ。その先にあるのは鉄の荊が生い茂る荒野、そこに自分で道を拓くしか無い。膿み、腐れるなよ」
ローザストはシロコを縛っていたスパイダーショックを回収し、バイクのエンジンを掛ける。そして、思い出したように口を開いた。
「おいシロっころ。お前は銃の扱いもまだまだだし、礼儀も成ってなくて生意気で気に入らねぇとこがある。だが、脚技主体の体術は、訓練無しのナチュラルにしちゃ見事だった。良いセンスだ」
「・・・ん、勝ち逃げはさせない。もう1回勝負」
「良いだろう。じゃあ来月辺りにな。連絡先は渡しとくぜ。次は俺を倒せると良いな?」
「絶対負けない!」
「ハハハ!そいつは楽しみだ。じゃあ頑張れよ~♪」
未だに腰を抜かしているシロコに手を振って、ローザスト駆るライドクウィンケーはアビドス高校を去った。その影を見送り、ホシノは小さく溜め息を吐く。
「・・・さぁて、寒いしさっさと校舎入ろ~?風邪引いちゃうしさ~」
「そ、そうですね!シロコちゃん、歩けますか?」
「ん、まだ無理。ノノミ、おぶって」
「分かりました!」
シロコを背負って校舎に入るノノミを余所に、ホシノはグラウンドに残ったタイヤ痕を見つめる。
「仮面ライダー・・・やっぱり、あんたなのかな・・・コウ」
誰の耳にも届かない、ホシノの小さな呟き。白い吐息と共に散ったそれを振り払うように、彼女は踵を返すのだった。
to be continued・・・
~キャラクター紹介~
・叢雲コウ
復活に伴い身長が伸びた飛蝗少女。
全身大火傷の重傷からパワーアップ引っ提げて復活したは良いものの、代わりに弱点もかなり増えてしまった。
肉体の再生に変身態の生命力を長期間ノンストップで使い続けた結果、生身の状態でも髪と瞳の変色、涙ラインの沈着と言う副作用が残り、右腕は欠損から再生して完全に怪人化。仮面ライダーシンにも似たアームカッターと爪が常設されてしまった。更にるろ剣の志々雄宜しく体表の放熱能力を大幅に失った結果、生身では籠った熱を上手く逃がせない状態となった。変身すれば翅や気門から多少は放熱出来るものの、やはりオーバーヒートが目下の課題となっている。
ノノミに対して語った狂気的世界の例えは、作者が以前何処かで見たものをそのまま再出力したもの。また茶碗の欠ける云々に関しては、日本住血吸虫の絶望的な致死率から、その感染の不可逆性を割れた茶碗に例えた事から引用している。
シロコ達に渡した連絡先はスタッグフォンの番号。
・黒服
3割下心の悪い大人。
某格闘ギャグ漫画のメニューそっくりな回復料理のフルコースをコウに振る舞い、ローザストの新たな能力に関しても回答した。
・マエストロ
矢鱈と出番の多い芸術家。
今回、新たにサイクロン、ルナ、ユニコーンのメモリを製作。更に既存のメモリにアップデートを加え、純正メモリ仕様にまで性能を引き上げた。
・小鳥遊ホシノ
若干猫被ってるホルス。
トラウマも多少は鳴りを潜め、後輩が出来たので表面上を丸く繕う事を覚えた。
ローザストの無事を確認した事でトラウマはほんの少しマシになるが、一方様々な情報から彼女の正体に近付きつつある。
・十六夜ノノミ
ほんわかお嬢様な後輩。
半ばシロコの保護者ポジに収まっており、普段はその尋常ならざる腕力によってシロコの手綱を握っている。
知らない方が良い事とのローザストの言い分に納得出来ず、しかし有耶無耶に丸め込まれてしまった。
・砂狼シロコ
クソガキオオカミ。
弱肉強食の理念の元、よりによって災害の擬人化に喧嘩を売ってしまった。闘志自体は折れてはいないものの、尻叩きがトラウマになった模様。