「~♪」
とある夕暮れ時。コウはご機嫌に歌を口遊みながら、タブレットの上にペンを走らせる。レトロな探偵劇の舞台になりそうな事務所、その奥のワーキングデスクに就き、気分の載るまま実に5時間も線を描き続けていた。
「ぃよっし!午後はこんなもんかね!」
━ピンポン♪━
「お?」
筆を置き、グッと背を伸ばした丁度そのタイミングで、事務所の呼び鈴が鳴る。
この音は、最近僅かに鳴る頻度が上がって来ていた。彼女の腕を求めて、飛び込んで来る依頼人。今回もその類いだろうと思い、スマホからインターホンカメラを確認した。
「んっ?この前の・・・開いてる、入っておいで」
見えた顔に覚えがあり、彼女は躊躇無く客人を招き入れる。玄関を開けて階段を登り顔を出したのは、先の闇オークションで囚われていた2人、亜門モアと科加部リエだった。
「お邪魔しま~す」
「失礼します」
軽く会釈して入って来る2人。其々が手に紙袋と紙箱を持って、事務所の内装を興味深そうに見回している。
「やぁいらっしゃい、この間振りだな。今回はどんな要件だい?依頼ってんなら、初回は半額サービスがあるぜ?」
「あーいやいや、今回はそう言うんじゃなくて・・・これ、受け取って下さい!」
「私からも、此方を」
「おぉ、これはこれは・・・」
差し出された紙袋と紙箱。どちらも店舗のエンブレムが入った、土産物用の包装。
「この間のお礼に、食べ物が喜ばれるって聞いたんで」
「私からは、ケーキを幾つか見繕いました。お口に合えば幸いです」
「アタシからは、ゲヘナ名物の
「へぇ、
コウの眼が一瞬鋭くなるが、直ぐにそれも隠してにこやかに受け取った。
「2人は、夕飯はまだかい?」
「んぇ?まぁ、まだ早いですし食べてないですね」
「私もです」
「じゃあ丁度良い。カレーを煮込んでてな、良ければ食っていかないか?」
「えっ!?良いの!?あっ・・・」
「ちょっと、がっつきすぎですわ。口調も砕けてますし」
「あぁ、気は張らなくて良いさ。楽に喋りな。俺としても、その方が気楽だ。それに、1週間分纏めて寸胴で仕込んであるからな。今更3、4人前出したとしても、大して痛くも痒くもねぇのさ。どうだい?」
「そう?じゃあ頂いちゃおっかな~♪」
「・・・ここまで言われれば、断る方が失礼に当たりますわね。私も頂きます」
「よし!じゃあちょっと待ってな」
コウは笑って手を打ち、玄関とデスクの丁度中間にある扉を開ける。その奥には、薄暗い空間と剥き出しの螺旋階段。カンカンと遠ざかる足音に、若干ソワソワする2人。そしてモアはふと、デスクの上のタブレット端末を眼に留める。
レトロモダンな雰囲気の事務所の中で、明らかに浮いている物体。その異質さに興味を引かれ、フラフラと近付くモア。
「ちょっとモアさん?」
「あ、あぁ悪い。これ、お仕事で使ってんのかな」
「それはそうでしょう、仕事机に置いてあるんですから・・・触っちゃ駄目ですわよ?」
「分かってるって!只でさえ大事なもんだろうし、信用第一なこの仕事なら尚更。下手に触ったら、殺されても文句言えないでしょ」
「そこまで理解してるなら結構」
「「うひゃぁ!?」」
大きな寸胴鍋を抱えて戻ったコウの言葉に、2人して肩を跳ね上げた。
「安心しな、触っても無いのに目くじら立てたりしねぇさ。気になるなら、飯を食いながらでも話してやる。ライス、トースト、バゲット。どれが好みだ?」
「あー、じゃあアタシはバゲットで」
「私はライスでお願いします」
「あいよ」
ワーキングデスクの向かって左、入り口からは壁の陰になる所にあるコンロに寸胴鍋を置き、バゲット2切れを取り出しグリルに入れる。スパイダーショックでタイマーをセットして点火し、これでよしと手を打った。
「じゃ、コイツについてもお見せしようか」
軽く言いながら、コウは机からタブレットを取る。そしてクルクルと玩びつつ、電源を入れた。
「と言っても、コイツ自体はちょっと高性能なだけの、普通の範疇のタブレットPCだ。コイツでホームページを作ってな、依頼のメールや電話が来たりする。外に出てる時はスマホで対応するがな。
ただ、俺が主にコイツを活用してるのはそこじゃない。そこの本棚見てみな」
「ん、これ?」
振り返ったモアの視界に映る、1段目が埋まりつつある本棚。その内の1冊を手に取り、タイトルに眼を走らせる。
「仮面ライダー・・・ダブリュー?仮面ライダーって・・・」
「ダブル、だな。俺の大好きなヒーローさ。だから俺も、勝手ながらその名を背負って活動してる」
「へぇ、原作があったんだ・・・ん?タブレット使ってるって・・・」
パラパラとページを開くモア。エリも肩越しに覗き込み、中身を読もうとする。
「・・・この漫画、もしかして描いてるの、仮面ライダー本人?」
「おう。鋭意執筆中だぜ」
「すっげぇじゃん!」
流し読みを終えた1冊を最初から読み返しながら、感嘆の声を上げるモア。描き込まれた情報量も然る事ながら、アクションシーン躍動感やバイクシーンの疾走感等、その世界に引き込まれる描写が意識を掴んで離さない。
「いやぁ、すげぇ作品だよ・・・これ普通に売ってる?」
「ネット版もあるぞ。基本無料の漫画アプリで読める。あと、作品毎に特殊効果音を再生出来るサイトも作った。PCなんかでシーンに合わせて再生すれば、盛り上がる事間違い無しさ」
「至れり尽くせりかよ・・・!」
━ピピピッ━
「おっ、焼けたな。じゃ、飯にしようぜ」
タイマーを切り、コウはグリルの中からバゲットを取り出して皿に乗せる。そして寸胴をお玉でかき回し、深皿によそった。
「わぁ、美味そう!」
「平皿出すのも手間だから、バゲットはそのまま乗せちまうぞ。ほれ、召し上がれ」
「頂きます!」「頂きます」
2人にカレー皿を渡し、コウも自分の分をよそってバゲットを添える。そして隣り合って座る2人の向かいに腰を下ろし、手を合わせた。
「うんま!すっげぇ美味い!」
「本当・・・お肉も柔らかくて野菜の甘味も効いて、とても美味しいです!」
「お気に召したなら良かった。コイツは我ながら上手く出来たと思ってたのさ」
ガハハと豪快に笑いながら、千切ってカレーに浸したバゲットを食べるコウ。こんがりと炙られたバゲットがバリバリと音を発て、鋭い歯に噛み砕かれる。
「・・・何と言うか、イメージ変わるな。あの時は結構クールと言うか、渋いイメージがあったんだけど」
「あぁ、そりゃあ格好つけて演じてたからな。仕事用のスイッチとも言う」
「成る程、公私を切り分ける為の意識の切り替えですわね」
「そう言う事。ま、半分以上は俺がその方が格好良いと思ってるからだけど」
「何と言うか、人間臭いとこもあるんだな」
「そうそう。寧ろ、俺としてはそこが大事なのよ」
ソファの背凭れに体重を預け、ガシッと脚を組むコウ。視線を上げて宙を泳がせながら溜め息と共に続けた。
「仮面ライダーたるもの、心無き冷徹な戦闘装置であってはならない・・・俺は、自分にそう課してる。
俺にとって仮面ライダーは、夢であり、希望であり、憧憬だったり幻想だったり・・・そして何より、守護者の名前だ。だから、俺は人の為に闘える戦士でありたいと思う。格好つけるってのは、謂わばその為の
「おぉ~・・・何かかっけぇ」
「クククッ、まぁその程度の認識で良いさ。そう思って貰えるよう、頑張って格好つける。それが俺のスタイルだ」
小さく笑い、再びバゲットを口に放り込む。そんな彼女の姿は、それぞれ1年生になって間も無い2人にとって、何処か大人びて見えた。
「・・・そう言えば・・・ライダーさん、で良いのかな?素の時も」
「ん?あぁ、そう言えば名乗ってなかったな、失敬失敬。仮面ライダーってのは、あのバッタ人間の姿の名前だからな。呼び分けは必要だ。
俺は、草薙イナホ。上でも下でも、生身の時は此方で呼んでくれ」
口許を擦り、ニッと笑った。
草薙イナホ、それが今の彼女を指す名前である。
━━━
━━
━
「いやぁ、来て良かったな!」
「そうですわね。お礼も出来ましたし、面白いものも知れました」
「カレーも美味かったしな!」
万事蝗屋から出て、談笑しながら駅を目指す2人組・・・亜門モアと科加部リエ。互いに顔を綻ばせ、運ぶ足取りは跳ねるように軽い。
「さーて、次はいつ会える?今度の週末とかどう?」
「残念ですが、その日には予定が・・・」
「そっかぁ・・・やっぱお嬢様学校ってアタシと違って大変なんだね。アタシはいっつも暇だからさ、そっちの都合の良い日を教えてよ」
「えぇ、ではそのように」
「・・・」
会話が途切れる。コツコツと地面を叩く足音の隙間を、妙に冷えたが通り抜けるのをお互いに感じた。
「・・・その、ごめんなさい」
「ん?何が?」
「えっと・・・ぶっきらぼうに、会話を切ってしまって」
「あぁ~・・・ま、慣れてないだけって感じがするし、アタシは気にしないよ」
「・・・ありがとう、ございます」
屈託無く笑い、ヒラヒラと手を振るモア。対するリエは多少素直になったものの、未だに会話に慣れていない。
人の機微に聡いモアの気質に頼ってしまう。そんな自分に、リエは不甲斐なさを感じていた。
「・・・あのっ」
「おっ、どした?」
「その・・・好きな、お茶菓子などは・・・何でしょうか?」
距離を縮めようとした、第一歩。少々眼を泳がせながら、共通の話題を作ろうと問い掛ける。
「あーお茶請け?うーん・・・アタシ、どっちかって言うとコーヒー派でさ、紅茶は飲んだ事無いんだけど・・・強いて言うなら、ちょっと塩の効いたビスケットとか、後は安物のバウムクーヘンとかかな」
「ビスケットに、バウムクーヘン・・・あのっ!・・・ありがとう、ございます」
もう一歩。そう踏み出そうとしたがしかし、読んで字の如く二の足を踏む。
「・・・リエはさ、どんなのが好み?」
「っ!・・・その・・・私は、モンブランが・・・」
「へぇ!確かに美味いもんなぁモンブラン!甘味が強めだと、ブラックコーヒーに結構合うんだよなぁ」
「・・・」
チクリと、エリの胸の奥が痛む。相手の話題と自分の話題を、スムーズに繋げる能力。それが自分に無い事、何より、それを持つ新しい友人を、浅ましくも妬んでしまう自分の事も。
「・・・どした?あ、もしかしてコーヒー嫌いだったか?」
「い、いえ!そんな事は・・・ただ、此方もコーヒーは飲んだ経験が無くて・・・」
「あぁ~・・・じゃあ、次来る時はお互いに好物交換なんてどう?イナホさんも一緒にさ!」
「確かに、それはとても楽しそうですね。では、茶器と茶葉を用意して参ります」
「おー・・・あ、アタシとしては、高級品よりお手頃価格のやつの方が、味に集中出来ると思うから・・・そこんとこ宜しくね?」
「分かりました。では、リーズナブルなものを用意しますわ」
「にへへ、楽しみだな~♪アタシもコーヒー淹れるのは結構得意だからさ、期待しといてよ♪と、もうそろそろ電車来るな。じゃあまたな~!」
改札を電車パスで通り、足早に乗り場へと消えるモア。その曇り1つ無い笑顔に、また何かがリエの胸を刺した。
(リエサイド)
「それでその後・・・」
「あらあら、そんな事が・・・」
「・・・」
よく晴れた日曜日。楽しそうな談笑を、3歩引いた位置から聴きながら付き従う。
1人の3年生と、2人の2年生。そして1年生の私。この人達に、私はこの学校での
「ちょっと科加部さん?聞いてまして?」
「あ、申し訳ありません!少し、上の空で・・・」
「しっかりして下さる?全く、物覚えも悪い上に注意も散漫、貴女は荷物持ち以外に何が出来るのかしら・・・」
「紅茶の淹れ方もまだまだですからね。早く最低限使えるようになって下さいませんと」
「・・・申し訳、ありません」
陰湿で粘着質な、批判の体裁を繕った罵倒。
確かに覚えの悪い私も悪い。でも、明確な基準も設けず片手の指で足りる程の指示で完璧にそれらを熟せる練度で無い事も分かっている筈・・・自分達の基準を、ただ押し付けるだけ。そんなの、教育でも何でも無いのでは・・・?
しかしそれでも、この人達からは離れられない。そんな事をすれば、徹底的に集団から切り離される。どぶに落ちた薄汚い野良犬を棒で叩き、訳も分からず面白半分でそれに参加する。それがトリニティの性質だから。
だから、どぶに脚を滑らせないように、必死に付いて行くしか無い。
━そっか、リエか。綺麗で良い名前じゃん━
「っ・・・」
何故、朗らかな笑顔が脳裏にちらつくのか。何故、カラカラと笑う声が耳から離れないのか。
分からない。たった2度会っただけで、自分の心にこんなにも深く食い込んでいる彼女の存在が、怖い。でも・・・同じ位に、今、彼女に会いたい。
私の、この異質な心情・・・これは、一体・・・
「
「・・・ッ!?」
《見ろ》のニュアンス。視線を上げ、眼に飛び込んだ情報を3秒掛けて処理し、理解する。
「ん~っと、どの辺だろ」
郊外とは言え、
(NOサイド)
「ん?・・・あっ」
スマホから上げたモアの視線が、リエと交わる。
(やっべ、鉢合わせた・・・!)(どうして彼女がここに!?)
一瞬の硬直。そして瞬時に巡る思考。
片や、何故相手が此処にいるのか。片や、この状況をどう切り抜けるか。モアは取り敢えず、頭を掻きながらスマホに齧り付く振りをする。それ故か、リエを除いたトリニティの3人組がヒソヒソと話している事に気が付かなかった。
一方、その内容を至近距離で聞いたリエから血の気が引く。間の悪い事に、スマホに視線を集中させているモアに送れる合図が、リエには咄嗟に思い付かない。
「そこのゲヘナ生の貴方、ちょっと宜しくて?」
「えっ?あ、ハイ」
声を掛けたのは3年生。ニッコリと笑顔を浮かべながら、彼女は1歩、モアに踏み寄る。
「何やら道に迷っているご様子・・・お困りのようでしたら、案内して差し上げますわ」
「え、あー・・・ありがたいんですケド・・・ん?」
顔面蒼白のエリを見て、申し出に躊躇うモア。そんな時、彼女のスマホにモモトークの通知が来た。
《逃げて》
《逃げt》
《逃gえて》
《んげて》
《逃げえ》
「ッ・・・」
余程慌てたのであろう、タイプミスが多いメッセージの連投。ぞわりと薄ら寒いモノが、モアの背筋を駆ける。
「い、いやぁ、悪いですよわざわざ!アタシの事はどうかお気になさらないで!」
「いえいえ、困っている方を見過ごしたとなれば、トリニティ生の面目が立ちません。どうか私達の為と思って、案内させて下さいな・・・ね?」
「ッ!」
動いた銃。2年生2人のそれ。モアの眼は、トリガーに掛かっている人差し指を見逃さない。従わなければ撃つ、と言う言外の圧力。諦める他無い。そう判断し、モアは小さく肩を落とした。
「・・・えっと、この店なんですけど・・・」
「あら、此処はかなり遠いですわね。ですが、近道はいくつかあります。さぁ、此方においでなさいな」
薄目笑いに滲む、熱されたタールのようなネバついた悪意。それに気付かない振りをしながら、モアは己の不運を呪った。
(コウサイド)
「ふぃ~、ただいまっとォ」
廃棄された地下鉄路線。その奥にあるオートハッチを潜り、俺は事務所のガレージにクウィンケーを停める。エンジンを止めて車体から降り、スロープを押し上げてドゥオルギャリーのハンガーにセットした。
「シロっころも、大分育ってきたな~。ホシノも、漸く足並み揃えるって事を覚え始めたし・・・」
ヘルメットと左手のグローブを壁のフックに引っ掛け、染々と呟く。アビドスの次世代は、中々順調に育って来ていた。回数を重ねる程に、俺を楽しませてくれる。
「ん~、今夜は外食で良いかな。偶には悪く無いだろ」
スタッグフォンでクウィンケーを固定しているサイクルハンガーを前後反転させ、ガレージから事務所に入った。
「バケツうどんにしようかな、それとも10合チャーハン・・・ん?」
表玄関を開けると、そこに踞る人影。後頭部に見える特徴的な角と、時計盤にも似た紋章的なヘイロー。どちらも見覚えがある。
「モアじゃねぇか、何をしょぼくれて・・・誰にやられた」
蟲の嗅覚は、微かな違和感を逃さない。
鉛と硝煙の匂い、これはキヴォトスでは珍しくない。銃声の止むなんて事は、キヴォトスには有り得ない。
だが、そこに混じる微かな別物。有機鉄・・・血の匂いだ。
「イナホ・・・さん・・・っ」
振り返ったモアの顔には、幾つも青アザが出来ていた。切れた口の端からは血が滲み、泣いていたのか目元は真っ赤に腫れている。
「おいおい、何処の誰がこんな真似を・・・取り敢えず、中入れ。応急処置はしてやる。立てるか?」
「うん・・・っ」
ふらつくモアに手を貸して、事務所に招き入れる。ソファに座らせてコップに汲んだ水を渡し、落ち着いて飲むよう促した。
「えーっと、救急箱救急箱・・・あぁ彼処か」
作業机の後ろに置いてあるキャビネット。その上に、ただの1度も使った事の無かった救急箱を見付ける。
「いやぁ、万が一ってのは意外とあるもんだな・・・取り敢えず、傷は消毒して、打撲には軟膏だな。骨は異常無いか?」
「骨、は・・・大丈、夫・・・たぶん」
「そっか。じゃ、傷見せろ。俺の前で脱ぐのが嫌なら、俺が引っ込んでる間に自分で塗って貰う事になるが・・・」
「・・・イナホさん、お願い・・・」
「分かった。取り敢えず手足からだな。ほら、出しな」
━━━
━━
━
「で?何があった?」
応急手当を済ませて、モアに対面して座る。
ざっと見た所、全身に複数の打撲痕と少数の裂傷。打撲は面積の大小から、囲まれて撃たれまくり、更に複数人から蹴り回されたと推測出来る。服に付いた埃汚れからして、地べたに倒された状態で暴行を受けた、ってとこか。
「・・・えっと、その・・・」
「ゆっくりで良い。そうだな、まず何処でやられた?」
「・・・トリニティの、郊外」
「トリニティ?何でお前が・・・」
トリニティと言えば、モアの所属するゲヘナ、科学分野最先端のミレニアムと並んで、三大校と称されるお嬢様学校だ。そして周知の事実として、ゲヘナと激烈に嫌い合ってる。
何でモアがトリニティなんかに・・・
「・・・その、リエが・・・モンブランが、好きって、言ってて・・・やっぱ、地元のが好きかなって思って・・・あんま奥まで行かなきゃ、大丈夫、かなって・・・」
「・・・そっか。まぁ前提は大まかに分かった」
大方、トリニティの
「で、ちょっと迷っちゃって・・・そしたら、トリニティの人達に声掛けられて・・・従わなかったら、多分大変な事になると思ったから、着いて行って・・・路地裏で、撃たれちゃって」
「で、囲んでバカスカ撃たれて蹴り回されたと」
「うん・・・でも、それだけじゃ無いんだ」
「何?」
眼を泳がせ、言いにくそうにもにょもにょと口を歪めるモア。俺は何も言わず、情報の整理が付くのを待つ。
「・・・ソイツらと一緒に、居たんだよ・・・リエが」
「・・・あ~、成る程・・・」
最悪のタイミングだ。しかも一緒にいたって事は、リエはパテルだったか。コイツは厄介な・・・
「で、リエの様子はどうだった?進んでリンチに参加する性格とは思えんが」
「うん。アイツも顔真っ青にしてた。多分上級生なんだ。ソイツらが、こうするのは当然だとか何とか言ってて・・・」
「・・・どうなった」
「・・・財布を出せって、言ってきたんだ。リエが」
「・・・」
ストレスで口の中が乾いたのか、水を飲んで深呼吸を繰り返すモア。俺は、黙って続きを待つ。
「言う通りに、財布を出したんだ。リエはそれを引っ付かんで、中のお金を抜き初めて・・・」
「・・・それで?」
「っ・・・上級生達が、アタシの財布、踏んづけて・・・リエが抜いたお金を、取り上げて・・・満足したのか、どっか行っちゃった・・・」
「・・・そうか」
何ともまぁ、悲惨な場面だな。学生同士で、こうも儘ならないとは。
「リエの気持ちも分かる。トリニティは、周囲の人間に雁字搦めに縛られるもんだ。彼処で楯突けば、次の標的は自分、保身に走っちまったのも・・・」
「違うっ!」
咆哮にも似た、血を吐かんばかりのモアの叫び。違う、とはどう言う意味か。
「アイツは最初、モモトークで警告してくれたんだよ。逃げてって、何度も・・・でも、アタシが逃げられなくて、囲まれちゃったんだ。アイツはそんな状況で、アタシを逃がす為にあんな事をしたんだよ・・・」
「成る程な。お前に集中していた意識を金銭に向かせ、更に《自分は貴方達と同じ価値観を共有する仲間です》と態度で示して、その行動に対して不信感を抱かれないようにする、か・・・咄嗟にやったとすれば、中々効果的な手段だな。で、だ。お前から見て、それは確かなんだな?何を根拠に判断した?」
「・・・アイツ、泣きそうな眼をしてた」
「眼か」
「うん・・・顔は、何と言うか、ザマァ見ろみたいな表情作ってたけど・・・でも、眼だけは作れてなかった。今にも泣きそうだったんだ」
「成る程な・・・なら、今回はリエも比較的被害者側だな」
「・・・」
眼を逸らし、指を忙しなく組み替えるモア。何やら、まだモヤモヤと引っ掛かっているようだ。
「まだ何か言いたそうだな?」
「っ・・・」
「気にすんな、吐き出しちまえ。俺より事情を隠さず話せる相手なんざ、今ンとこ居ねぇだろお前」
「う、うん・・・今回、さ・・・全部、アタシが悪いんじゃないか、って・・・」
「ほう・・・?」
「アタシがアイツらを怖がらなくても大丈夫なぐらい強ければ、あんな風にはならなかったんじゃないか?と言うか、そもそもトリニティに行かなければ・・・」
・・・まぁ、気持ちは分からんでも無い。こっそり好物を買って喜ばせるつもりが、逆にトラブルに巻き込んじまった訳だからな。
「ま、否定は出来んわな」
「・・・アタシ、リエに謝りたい。勝手な事して、アイツにあんな、やりたくも無い事させて・・・赦してくれなくても良い。でも、アタシが悪いのに謝らないなんて、筋曲げた事したくない・・・!」
「・・・フッ、傲慢だな」
赦しを求めない謝罪。それは詰まる所、只の自己満足だ。だが、そうだとしても・・・
「・・・ダメかな」
「それはお前の志次第だ。謝った後、お前はどうしたい?どうなりたい?」
「アタシは・・・」
ぐちゃぐちゃと絡まった心を解くように、モアは胸に手を当てて深呼吸する。3秒吸って、4秒吐く。そして心が決まったのか、しっかりと開いた眼を俺に合わせた。
「強くなりたい。自分で自分を守れるように・・・あんな風に、友達を泣かせないように」
「・・・強いな、お前は」
強欲で、傲慢。だがそれは、強さには必要な資質だろう。
「良いだろう。丁度明日、俺はトリニティで仕事があるからな。リエを探して、謝罪の機会までは手助けしてやる。だが、今回俺がやるのはそこまでだからな」
「あ、ありがとうイナホさん!」
「良いんだよ、ホンの気紛れだ・・・所でモア。お前・・・蝗屋のメンバーにならないか?」
かなりメンタルを持ち直したモアに、俺は決して軽くは無い提案をする。
俺はコイツに資質を見た。俺よりもずっと純粋な、英雄の資質を。
to be continued・・・
~キャラクター紹介~
・草薙イナホ/叢雲コウ
万事蝗屋。暇潰しとして同人活動もやっている。
連邦生徒会のお膝元、D.U.地区に事務所を構えて活動しており、そこそこのネームバリューが出て来た。事務所の構造はダブルの鳴海探偵事務所と同じになっており、廃線になった地下鉄をガレージと繋げ、ドゥオルギャリーやライドクウィンケーの出入口としている所も同じ。何やら温泉と因縁があるようで・・・
料理は大量に作り置きする派。その為、日持ちするカレーが得意料理になった。自炊しない日はチャレンジメニューや食べ放題がある店に出没し、店側が顔を青くする食いっぷりを見せる。定期的にアビドスに戦闘訓練依頼と言う名目で資金援助を行っており、現状無敗。しかし段々と動きが良くなって来ているアビドスの面々に、期待が隠せない様子。
モアに対してはヒーローの精神性を見出だしており、自分の部下にお誘いした。
・亜門モア
ゲヘナの心が強いヤツ。
相手との距離感の取り方に試行錯誤し、踏み込みの深さまで気を配れるタイプ。しかし手っ取り早く距離を詰めようとした結果、えげつないトラブルに相手を巻き込んでしまうと言う災難に遭う。しかし、危機感無く郊外とは言えトリニティに踏み込んだと言う非もあれど、比率としては3割前後であろう。
ヘイローの形状はとある悪魔のシジルと言う紋章。時計盤にも似た形をしており、12時、3時、6時、9時の位置に文字が入っている。
・科加部リエ
臆病なトリニティ少女。
素の自分を中々出せず、それすら見抜いて気を遣ってくれるモアに対して感謝と不甲斐なさを感じている。
トリニティの生存戦略として、上級生の取り巻きになっている。しかし毎日嫌味とプレッシャーの連続であり、自己開示に消極的なのもこの環境の影響。
リンチされているモアを助ける為に、無理をして彼女の金を奪った。少なくとも、モアはそう信じている。
~小物紹介~
・同人コミックス《仮面ライダー》
コウが暇潰しに連載している同人漫画。マエストロに構図やブラー表現を学び、原作の物語を描いている。改変点として、ライダーが変身するとそのライダーズクレストが頭上にヘイローとして現れると言う表現を組み込んでおり、常人から超人への変質を表現している。
・救急箱
一応用意して置いてあった救急箱。コウはどんな怪我も大体自然治癒で完治してしまうので今まで一度も使われた事が無かった。