チームハチサとの合同トレーニングから数日、普段とは違う練習相手との経験は良い刺激になっているらしく、阪神ジュベナイルフィリーズに向けてきわめて順調な経過となっている。
「はあっ、っしょっ、とぉっ……!」
「よし、いい感じだ。これなら目下のサフラン賞はもちろんのこと、阪神JFでも不安はないだろう」
「……そう?」
こいつは普段からよくオレを褒めてくる。本気で言ってるのか、それともオレをその気にさせるためにおだてているだけなのかは分からないが……そのせいでかえって、褒め言葉が安くなってしまっているような気がしないでもない。
「どうした?」
「……あんたってさ、やたらわたしのこと褒めるけど……なんか、そんな頻繁に言われると逆に不安になってくるんだよね」
思っていることをぶちまけると、トレーナーはハッと笑ってから言葉を続ける。
「いつだって本気さ。俺はインデアゾンネなら阪神JFを勝てると思ってるし、その先のトリプルティアラだってな」
「それが本気なのか分かんないんだっての。はあ……まあいいや、いつものことだし」
トレーナーは特に表情を変えずにそうか、とだけ言ってタブレットを取り出し何かを確認する。それから、オレに再度顔を向けて。
「そうだ、GⅠに出るつもりなんだし勝負服のデザインをそろそろ考え始めてもらおうかと思っていたんだ」
「勝負服?」
日本のレースではGⅡ以下では体操服にゼッケンを着用して競争するが、GⅠの大舞台ではそれぞれのウマ娘が自分専用の勝負服を着用して臨むことになる。
勝負服には一人一人の理想や夢が込められており、それらを背負った晴れ姿で、ただひとつの頂点を追い求める……だからこそ、GⅠは盛り上がる*1。
「ああ。大事なことだしじっくり考えたいだろうから、早めに知らせておこうと思ってな。10月末までにはまとめて、デザイナーと打ち合わせをしたいと思ってるんだが」
「なるほどね、分かった」
勝負服か……とりあえず、あとでGⅠへの出走経験もあるだろう母親に聞いてみようかな。
「さ、それじゃトレーニングの続きに行こうか」
「はいはい、やるよ」
自分だけの勝負服……レースに出る限り付き合っていくものだし、やっぱり後悔しないようにこだわりたいよなぁ。そんなことを考えつつも、トレーニングに打ち込んだ。
◇ ◇ ◇
今日はダンスレッスンということで、スタジオに向かう。『Make debut!』をサッと流して確認をしたら、阪神JFで踊ることになる『ENDLESS DREAM!!』*2に取りかかる。
「左腕を伸ばして、こう……で、右腕を回して……」
練習用の動画で振り付けを見ながら、一時停止しながら動きを1フレーズずつ確認していく。それを何周か繰り返したら、今度はインストの曲を流して歌いながら大まかな動きで踊って、覚え込んでいく。
「夢のゲート開いて、輝き目指して……」
歌詞を見ながら復唱して、うろ覚えでなくしっかりと記憶していく。
「とびっきりを見せたいなら、自分の"らしさ"を、自分で一番信じてあげなくちゃね……」
自分のらしさ、か……。オレらしさ……一体どんなことがそうなんだろうか?自分ではよく分からない。トレーナーやテイクに聞いてみたら、少なくとも他人にどう思われているのかは分かるだろうけど。
「GET CHANCE、誓うよ、GO TO THE TOPっ……!」
汗を流しながら、ひたすらレッスンに打ち込む。大体覚えられたと感じたら、動画と擦り合わせて、細かな間違いを正していき、通し練習へ。
「ワン、ツー、スリー、フォー!ワン、ツー……!」
この前、トレーナーに言われた通りに気持ちを込めることを意識して、ただ踊る。GⅠの晴れ舞台で披露する曲だ、それをセンターで踊るという名誉はいかほどか。想像して、喜びを全力を魅せることに注力する。
「っと……!はぁっ、よし……!」
そして一回分通しを終えたら、小さく拍手する音がしたので振り返ると、トレーナーが立っていた。
「いい感じだ、インデアゾンネ。最初の頃から随分と見応えのあるダンスになった」
「……どうも。見学に来たの?」
トレーナーはああそうだ、とだけ返す。それから近くの壁に立て掛けてあった折り畳み椅子を手に取って開き、オレの斜め少し前に置いて陣取った。
「はぁ……まあ、別に良いけどさ」
そうしてトレーナーに動きを見てもらい、アドバイスを受けたりしてダンストレーニングを進めていると、スタジオに馴染みの顔が見える。
「こんにちはー、あ、ゾンネちゃん!」
「……テイク。そっちもレッスン?」
「はい、そうなのです。もしよければ、一緒にいいですか?」
特に断る理由もないので頷いて、共に練習に精を出す。途中、何故かトレーナーがテイクにまで指導しようとし始めたので慌てて制止したりということもあったが、とにかく時間いっぱいいっぱいまで踊り続けて手応えを感じた。
「そろそろ時間かな。インデアゾンネ、俺たちはそろそろ上がろうか」
そうトレーナーに言われて、思い出したこと。それは自分らしさについて、オレはどういう風に思われているのかということを聞こうと。
「その前にいい?わたしらしさ……ってなんだろうって思ってて、二人に聞きたいんだ」
「ゾンネちゃんらしさ、です?」
聞き返したテイクに頷いて肯定すると、彼女はトレーナーと共にしばらく考え込み、そして出した答え。
「ゾンネちゃんは飾らない強さ、があると思うのです」
「俺はインデアゾンネは、ただ存在するだけで周囲を照らす太陽……そんな風になれると思うし、なってほしいとも思う」
二人の意見を聞いて、自分なりに解釈する。トレーナーについては、今の話してんのになんで将来のこと言ってるんだよとも思いつつ。
「つまり……自然体で、周囲を照らす……みたいな?」
ううん、どうしようか。自分でまとめてみたがますます分からなくなってきた。
「まあ、そうだな。以前も言ったかもしれないが、トゥインクル・シリーズで走るうちに自然と掴めるかもしれないし、そう焦らなくていいと思うぞ」
「そうなのです、あたしも目指したい姿はありますが……自分らしさ、はまだよく分からないのですよ」
「そっか……見つけられるといいんだけどね」
そうして、まだ練習を続けるというテイクに一旦別れを告げて、今日は解散とした。
◇ ◇ ◇
9月に入っても、まだまだ残暑は和らぐことはなく、暑い日差しがトレセン学園を照り付けている。今日はトレーニングが休み、テイクも所用で外出しており暇なので……机に向かってノートを開き、勝負服について考えているところだ。
「日差し、か……」
自分の名前である『インデアゾンネ*3』はドイツ語で『太陽の中で』という意味らしい。やはり太陽をイメージする意匠は取り入れた方がいいだろうか。
そんな時、ピコンとスマホに通知が届く。母から画像が送られてきたという内容で、トークアプリを開いて確認する。
「へえ、こんな感じなんだ。母さんの勝負服」
そこにはハンガーに掛けられた、暗赤色と黄色の縦縞のフレアスカートに水色のベストが目を引く、落ち着いた印象のデザインの衣装があった。
『大事な衣装だもの、今でも取ってあるわよ』
少し前に母に勝負服について聞いたら、実家にしまってあるので探してくる、とのことだったので待っていたところ。オレにとっては祖父母にあたる彼女の両親が撮ったという、当時勝負服を着て出ていたレースの映像と共に勝負服の画像が送られてきたというわけだ。
『ただ、これを着てウイニングライブを踊ることはなかったのだけどね……』
ウイニングライブで自分の勝負服を着ることができるのは、1~3着のウマ娘だけ。GⅠにはしばしば出走していたがついぞセンターで踊ることはなかったものの、それでも母親にとっては自分が確かに結果を残した証であり、とても大切なものだという。
「……うん、色は母さんのと同じ赤・黄・水色の三色にしようかな。それから太陽をモチーフにして、ドイツっぽい感じってどんなだろう?」
あまり絵は上手ではないが、頭の中には段々とこれだ、という形が出来上がってきて、それを自分のできる限り近づけて描き起こしていく。注釈もびっしり書き込んで、自分のアイデアを一つ残らず注ぎ込む。
「……ネちゃん……ゾンネちゃんー?」
「うえ?て、テイク……?」
時間も忘れてすっかり没頭して、書き終えたらそのままうたた寝してしまっていたらしい。窓から覗く空は外はすっかり夕暮れから闇夜に移りつつあり、相当長い時間座ったままだったようだ。
「はい、そろそろ入浴時間なのです……あ、それってもしかして?」
「……うん、勝負服の原案」
ぜひ見せてほしいというテイクにちょっとだけだよ、と渡して見せる。目を輝かせながら眺める彼女に、そんな興味そそるものなのかなと思いつつ気の済むまで待って、それから。
「とっっっても素敵なデザインなのです!これを着てGⅠで走るゾンネちゃんは、絶対絵になると思います!」
「それはありがとう。でもまだ自分でまとめただけだから、デザイナーと相談して完成に持ってくことになるけどね」
そうしてオレの勝負服案を見て居ても立ってもいられなくなったのか、机に座ってノートを取り出すテイクだが。
「入浴時間だったんじゃないの?」
「あ、そうでした。じゃああたしのは戻ってきてから考えないとですね……」
「うん、テイクがどんな勝負服考えるのか気になるけどね」
そう言ってオレはテイクと共に寮の浴場へと出発し、次のトレーニング日に勝負服の原案をトレーナーに手渡すことを決めた。