勝負服の案の描いたノートをトレーナーに出したところ、さらっと確認しただけで閉じてデザイナーと話す場を設定しておく、とだけ言う。テイクのように……とは言わないが、もっとじっくり見なくていいのかと尋ねると。
『完成したらいくらでも見られるからな、その時まで楽しみは取っておくよ』
『はあ、なんというか……あんたらしいね』
そんなやり取りをして勝負服の完成を密かに楽しみに思いつつ、迎えたトゥインクル・シリーズ2戦目。オレは昼下がりの中山レース場にて黒地に白文字のゼッケンで6番、緑の体操服姿で発走時刻を待っていた。
「インデアゾンネ、君の能力を十全に発揮できれば1着は確実だ。緊張せず伸び伸びと走ってきてくれ」
「はいはい。そういえば、今回は親来てるの?もし黙ったままだったら蹴り入れるよ」
そう威しを入れながら聞くが、相変わらず眉も動かさず答える。こいつ、本当に肝据わってやがるな……。
「いや、今日は忙しいのか来れないみたいだ。ただ阪神JFは必ず見に行きたいとは言ってたし、来ると思うぞ」
「……そう、ならいいよ。じゃ、行ってくる」
後ろ手に手を振りながら控室を出て、地下バ道を通りパドックへ。
〈注目の1番人気を紹介しましょう、6番のインデアゾンネが登場です〉
〈実力は完全に上位です。前戦に引き続き快勝し、ジュニア女王への道を開きたいところですね〉
パドックで前のレースが終わるのを待ち、時間が来たらターフへと出てゲート前。中山・東京レース場の特別競争のファンファーレと共にゲートへ入り、スタートの時を待ち……カンッとゲートの開く音に従って前へ出る。
〈さあ、中山1600mサフラン賞がスタートしました、少し出遅れたウマ娘が2人。ハナを切るのは2番コズミックヤング、その後ろに1番人気の6番インデアゾンネ〉
トレーナーが事前に言っていた通りに逃げウマのすぐ後ろについて、芝が荒れている内側を少し開けて追う。
『中山1600mはスタートすぐから2コーナーに入って、そこからはずっとゴール前まで長めの直線がなくカーブが続く。それに月末で芝も荒れているから、先手を取れないと不利な状況に押し込まれたままだ。スタートを決めたら番手を譲らないように』
コーナーを曲がりつつ、悠々と逃げるウマ娘をマークし、スタミナに気を付けつつただひたすら追走する。
〈ここから向こう正面へと入っていきます、先頭は変わらずコズミックヤング。煽るようにピタッと後ろにインデアゾンネ。2バ身ほどの差を保って様子を見る、中団先頭は8番マーシェリーチャン〉
9月も終わりに近づいて、ようやく涼しくなってきた風を切りながら3コーナーに入っていく。後ろから聞こえる芝を蹴る音が僅かに近づいてきたことで、後方集団が差を詰めてきたらしいと感じ取る。
〈残り4ハロンを通過、半分まで来ましたが先頭から後方までおよそ12バ身、少し開きましたね〉
〈中団、後方集団が団子状態になって仕掛け時を待っているようです。依然としてハナを進むのはコズミックヤング。変わらず位置を保っていますインデアゾンネ、この二人がペースを作っていますね〉
4コーナーに差し掛かったところ、早くも疲れてきたのか、先頭を進んでいるウマ娘はカーブの動きが大振りになって精彩を欠いており、ゴールまで持たなそうだと分析する。ほぼ平坦なコーナーを進んで、スタンドからの歓声が近づいてくる。直線に入ったら、仕掛けどころだ。
〈残り400mです、苦しいけど粘っているコズミックヤング!インデアゾンネ、追走。後方集団も追い上げに移りますが、さあいよいよ中山の直線310mです!〉
ついにバテたのかズルズルと下がり始めた2番のウマ娘をかわして、先頭へ。あとはもうゴールまで、後ろのウマ娘たちに抜かせずにたどり着くだけだ。
〈インデアゾンネが先頭です、そのまま後方との差を詰めさせず粘り込みに入りました!200mを切りましたが追い込んでくるウマ娘は間に合うでしょうか?〉
ゴール前の急坂も乗り越えて、ただ前だけを見て進む。目前に迫った勝利まで。
〈脚色は衰えません、インデアゾンネ!さらに差を開いていきます!3バ身後ろにケンソウウン、3番手争いはクリーミーラザーとマーシェリーチャンです!そして今ゴールインしたのはインデアゾンネ!〉
歓声の中、ゴール板の前を駆け抜ける。前、横を見やるがウマ娘はいない。それはつまり、オレの勝ちということだ。念のために掲示板を確認しても、一番上に表示されているのは6番。
──2つ目の勝利。それを今、オレは確かに手にしている。そして、この勝利で阪神JFへの道は開けた。手のひらを開いて眺め、そして握りしめて小さくガッツポーズをする。
「おめでとう、インデアゾンネ。やっぱり楽勝だったかな」
「それはどうかな。まあでも、4バ身差付けて勝てはしたね」
一旦控室に戻って、まずはトレーナーと言葉を交わす。やはりトレーナーがレース前に言っていた通り、今日は両親は来ていないらしい。いやまあ、嘘を言っていると思ったわけではないが。
「じゃ、ライブ行ってくるね」
「ああ、楽しみにしてるよ」
ライブ衣装に着替えて部屋を出て、ステージに向かう。そしてメイクデビューに引き続きセンターで『Make debut!』のダンスを披露して、無事に終えて制服に着替えた。
「さて、インデアゾンネ。これでいよいよ次は阪神ジュベナイルフィリーズだ」
「うん、分かってる。GⅠの大舞台に挑むんだね」
ジュニア級のレースとはいえ、GⅠを掲げる大競争だ。これまで2戦のようには行かないかもしれない。気を引き締めて挑まなければ。目指すのはただ勝利だけなのだから。
「……インデアゾンネ。これまで何度も言ったかもしれないが、俺は君が力をしっかり発揮できればたとえGⅠだって怖くないと思ってる。だからあまり気負いすぎないでくれ」
「……あんたって読心能力でも持ってんの?怖いんだけど」
オレ、そんな顔に出やすいのだろうか?でもテイクにはそういう風に言われたことないし、トレーナーがおかしいだけか。そういうことにしておこう。
「ハハ、まあともかく。今日は戻ろうか、そしてゆっくり休もう」
「うん、あっ……」
今日は帰るということで、テイクにお土産でも買ってあげようかと思ったものの……間食減量令が解除されたという話は聞いていないので、やめておくことにした。
「どうかしたのか?」
「いや、何でもない。帰ろうか」
それに、一週間後は彼女のデビュー戦があるのだ。そこに向けて追い込んでいる時期だろうし、お菓子はメイクデビューが終わってからにしよう。
◇ ◇ ◇
10月に入っていよいよ迎えた、テイクのデビュー戦当日。彼女は11時45分発走の第4R、東京レース場・芝1600mでデビューとのこと。トレーナーにトレーニングのスケジュールを調整してもらい、トレセン学園から徒歩で来た。
〈ここは負けられない1番人気の登場です、2番クルーシャルテイク〉
〈調子は上々と言ったところでしょうか、まずは1勝に向けて気合いが入っていますね〉
黒のブルマに白のニーハイソックス、白地に黒文字のゼッケンで2番を付けて、見慣れたお下げ髪のウマ娘がパドックに見える。
若干ソワソワしているのか、その場でピョンピョン跳ねたりしているがまあ大丈夫だろう。そうして発走時刻が近づき、本バ場へと入りウォーミングアップをしているのが見える。やがて関東の一般レースのファンファーレが吹奏され、ゲートに続々と収まっていき。
〈さあ、ゲートインが完了して……今ゲートが開きました!〉
〈まずは4番のワッピッピーがハナを取りました、それに続いて好スタートを決めたのは5番ワンダアドベンチャ〉
テイクはやはり中団の後方、差しの位置に付けている。向こう正面の長い直線を様子を見ながら駆けていき、3コーナーに差し掛かる。
〈1番人気のクルーシャルテイク、この位置にいます〉
〈その外からナスカピース、半バ身差です。さて依然として先頭は芦毛を風に流してワッピッピー。どうでしょうかこの展開〉
〈ワッピッピー、彼女の脚質には合っていますね〉
自分がレースしてる時にはあまり気にしてなかったが、よく聞くと変な名前のウマ娘がたまにいるんだよな……一体どういう意味なんだろうか、ワッピッピーって。あとナスカピースって聞き覚えがあるんだよな、前に走ったことがある気がする*1。
〈4コーナーから府中の長い直線に入っていきます!仕掛けるか、クルーシャルテイク!〉
〈まだリードをキープしていますワッピッピー、しかしこれまでか!クルーシャルテイクとエルゴレッドが上がっていきます!〉
「おお……!」
残り400m、テイクが仕掛けて伸びていき先頭に立つのを見て思わず声を上げる。同じタイミングで仕掛けたウマ娘も置いていき、差し脚を炸裂させる。テイクはゴールに向かって加速していき、そして1着でゴール板の前を駆け抜けた。
「おめでとう、テイク」
歓声に紛れて聴こえないだろうけど、そう一人で祝辞を送る。すると、それによるものかは分からないが、ゴールして客席に手を振っていたテイクと目が合い、明らかにこちらに向けてさらに手を大きく振ってアピールし出した。
「見つかった……?しょうがない、応えよう」
さすがに無視するわけにも行かないので手を振り返し、テイクが満足してウイナーズ・サークルから地下バ道へ向かっていくのを見届けたら、ステージでウイニングライブを鑑賞してから学園に戻った。
◇
その後はトレーナーの指示で軽くトレーニングしてから、寮の部屋へと戻ってくると。
「お帰りなさいなのです!」
「ただいま、テイク。それとメイクデビューおめでとう、見てたよ」
間食減量令がついに解除されたのだろうか、嬉しそうに机にお菓子を広げるテイクが出迎えたので、改めておめでとうを言うと、彼女はますます笑顔になる。
「はい!観客席にいたのを見つけたのです」
「あ、あの時のやっぱりそうだったんだ」
しかし、一応最前列の席を取っていたとはいえあの人数からオレ一人を見つけるとは……おそるべし、だな。
「ゾンネちゃんは綺麗な金色の髪なので、見つけやすかったですよ」
そう言われて思わず自分の髪を触る。いや、触ったところで色は分からないが。
「そんなに喜んでくれるなら、できる限り見に行こうかな」
「そうしてくれると嬉しいですけど、無理はしないでくださいなのです。それに、いずれは同じレースで戦うかもしれないですし」
「そうだね、もちろん一緒に走る時でも全力で勝ちに行くけど」
もちろんなのです、というテイク。クスッと二人で笑って、いつになるかは分からないが、彼女とターフの上で競い合う場を想像する。
残念ながらテイクは阪神JFには間に合わないらしいが、どちらもティアラ路線を進むからにはトリプルティアラ最初の一冠である桜花賞でぶつかるだろうか、それともその前哨戦か。オークスや秋華賞も距離適性に問題はないだろうし、調子が万全なら確実に出てくるだろう。尤も、どこで戦うとしても勝ちを譲る気はないけど。