10月も半分が過ぎた頃、待望していたあるモノが届いたとトレーナーから聞いたので、トレーナー室へ向かう。
「来たよ、トレーナー」
「お、インデアゾンネ。聞いての通りついに届いたぞ」
そうしてトレーナーが折り畳み机の上に置いてある段ボールから取り出したのは、ビニール包装に包まれた、カラフルな洋服。
「じゃ、早速だけど着替えてくるね」
「ああ、楽しみだな」
そうしてオレはその服を持って近くの更衣室へと行き、まずは取り出して広げて、眺める。
「これが、わたしの勝負服……」
──そう、勝負服。今、オレが抱いているレースにかける思いの丈をある限り詰め込んだ、自分だけの1着だ。
「スカートは……こっちはフリルチョーカー……」
母親の勝負服と同じく赤・黄・水色の3色をメインカラーとしており、下は赤1色のスカートでティアラ路線の華やかさと情熱を表している。上は赤と黄色の縦縞模様で太陽の光線を象り、袖口がふわりと広がっている袖や首回りの水色は青空を表現したつもりだ。首にはスカートと同じ赤色の、ティアラを戴く女王をイメージしたレースチョーカーを着ける。
そうして出来上がった全体図は、ドイツやオーストリアなどの中央ヨーロッパの伝統衣装であるディアンドルに似た雰囲気がある。もちろん、オレの名前がドイツ語であることから意図的なものである。
「これで完成……いや、大事なものがあったね」
そうしてオレは、花飾りの付いたリボンを取り出して腰右に取り付ける。これは母親の勝負服の付属品……のレプリカで、オレがいつか花開くことを願ってわざわざ手作りして送ってくれたものだ。本来は腰ではなく帽子に付ける飾りらしいが。
「よし、大丈夫かな」
ちなみにこの勝負服は試作品で、完成品ではない……と言っても、デザインに関してはデザイナーとこれまで何度も納得の行くまで話し合って決めており、あとは実際に着てみて、走る時の着心地や頑丈さについて懸念点があれば改良するといったところだ。なので少なくともデザイン面に関しては、ここから変更することはないだろうし完成といって差し支えないが。
「戻ったよ、トレーナー」
勝負服に着替え終えてトレーナー室へ戻ってくると、珍しくトレーナーは驚いたような表情を見せる。
「おお、これは……すごいな」
「どんな感じ?」
オレがそう感想を求めると、予想外な表現が相手の口から飛び出してきた。
「まるで白雪姫とかの童話のお姫様みたいだな」
「え?」
お姫様……ティアラ路線を走るに相応しい、可憐さと華美さを意識してデザインを考えたから、感想としてはおかしなものではないのかもしれないが……こうもさらっと言われると困惑する。それにオレはお姫様ってタチでもないし。
「……?なんかおかしなことを言ったか?」
「いや、よくそんな歯が浮くような台詞言えるなって」
トレーナーはそう言われてもよく分かっていないようで、一瞬不思議そうな表情をしたあとに話を続ける。
「ああそうだ、改めてその勝負服に込めた思いについて聞かせてほしい」
「……自分で言ってもいいけどさ、あんたはどう思うの?当ててみてよ、どういうモチーフの勝負服なのか」
そう逆に聞き返してみると、トレーナーは迷うことなく答えた。
「太陽、だな。爽やかな青空の中で、明るく地上を照らす太陽。俺はそう感じた」
「ふふ、そうだね。わたしの名前から、太陽のイメージを全面に押し出してる。それにティアラ路線へ憧れ……それから母さんの勝負服の要素も織り混ぜて、想いを受け継いで走る……そんな感じ」
たくさんの想いを込めて作り上げた勝負服だからなのか、これを着ていればいつもより自分に自信が持てる気がする。理想に向かって近付いているように思える。
「なるほど……いい勝負服だな」
言葉にするとたったそれだけだけど、トレーナーは“いい勝負服”という部分に言葉にしきれない重みを込めてそう言った。
「ふふ、そうでしょ」
「その勝負服を着てターフを駆ける君は……1着でゴール板を駆け抜け、勝負服でセンターに立ってウイニングライブを披露するインデアゾンネは、きっと綺麗だろうな」
彼は本当に楽しみで仕方ないといった様子で呟く。別にトレーナーのためというわけではないが、この服を着て臨む最初のレースになるであろう、2ヶ月後の阪神JFにはもちろん全力で挑んで、できることなら優勝を持ち帰りたいところだ。
「そういえば、走って問題がないかフィードバックをしなきゃいけないじゃなかったか?」
「そうだね、グラウンドで試走しようか」
オレは勝負服を着たまま、トレーニングコースへと向かい、まずは1600mのスタート位置からゴールまで芝の上を駆けていく。
「ふぅっ、はぁっ、たあっ……!」
体操服やジャージで走るよりも、ずっと力が入る気がする。それは体が強張るような
「はあっ、ここっ……!」
本番さながらにスパートを掛け、あっという間にゴール板の前までたどり着く。
その次は、2400mのコース。ジュニア級の自分にはまだ苦しい距離だが、やはりというかいつもの練習より手と、脚と、体全ての感覚が研ぎ澄まされて無駄がなく動いているからか体は軽い。そんな感触と共にようやく残暑も落ち着いてきて秋の涼風を受けながら、ゴール位置へと青々とした芝の上を走り続ける。
「はぁっ、はぁっ、よしっ……!」
2400mが終わったら、ラストは2000m。間髪入れずに走り出しても、疲労感は少ない。自分の息づかいと、足元から鳴る地面を踏みしめる音と、自分の体が風を切る音以外には何も聴こえない。今、感じていることは。
(楽しい……!)
そう、走ることが楽しいのだ。別に普段走るのが楽しくないというわけではないのだが、ひたすらそれ以外には考えられないほどに今は走るのが楽しい。勝負服を着ると、ここまで心持ちが変わるものなのか。
「はっ、はっ、わたしがっ……!たあぁっ!!」
ゴールまで328m、その前の下り坂で飛ばしすぎないようにしつつも勢いを得て、そこが仕掛けどころだ。もちろんここはトレセン学園のトレーニングコースだから実際とは違うが、
全部で6000m、菊花賞の2倍の距離をレースさながらに本気で走ったものの、多少息が上がるだけでまだ行けそうとさえ思ってしまうが、無理はよくないだろう。そうしてしばらく息を整えていると、段々と観客席の方から音が、歓声と拍手が響いているのを知覚した。
「歓声がこんなに……これ、わたしに向けて?」
コース上を見るが、疎らに普段通りウマ娘たちが走っているだけで特に歓声が起きるような状況ではなさそうだ。トレーナーを探して、スタンド脇にいるのを見つけて駆け寄る。
「おお、インデアゾンネ。さっきまでの歓声が聞こえたか?ほとんど君に向けてだったよ」
「やっぱり、そうだったんだ……この服だからかな」
さすがに勝負服で走ってたら注目を集めるか。そう思って納得し掛けていると、トレーナーは首を横に振って言葉を続ける。
「いいや、それだけじゃない。君の走りがただただ息を呑んで見守り、ゴール後には賞賛に叫びたくなるほど素晴らしかったからだ」
「……はあ、全く。あんたはいつも通りだね」
まさかこいつも叫んでたんじゃないだろうな。そう尋ねると、俺はインデアゾンネの凄さはもう知ってるから叫んだりしないなどと言い出し、呆れつつもトレーナー室へ引き上げることにした。
そうして実際に走ってみて気になった点、勝負服を確認してどこかほつれたり不具合や強度不足がないかを見た上での改善点をまとめて、勝負服の最終調整のためのレポートをデザイナー及び勝負服制作業者に向けて送ることにした。
◇
そうして翌日の朝、いつも通り寮の部屋で目覚めると、テイクがスマホの画面を見せてきた。
「ゾンネちゃん、ゾンネちゃん!」
「んー……なに、テイク……?」
目を軽く擦って焦点を合わせると、そこに映っていたのはウマチューブのUIにトレセン学園のトレーニングコースを映した手動撮影らしき映像。それが拡大されて、ある一人のウマ娘がクローズアップされる。
「勝負服の……わたし?」
「はいなのです!なんで呼んでくれなかったのですかー!?」
動画の説明を見ると、公式のレース映像ではなく一人で走ってるだけなのに既に1万回以上再生されているようだ。
「届いた勝負服の強度テストのために走っただけだし……」
「えっ、こんな明らかにトリプルティアラの3レースを意識した走り、距離なのにですか!?」
確かに距離は桜花賞・オークス・秋華賞を想定していたが、それでこんなに再生されるものなのか?
「それにほら、コメント見てください!」
そう言われてコメント欄を眺めると、走りに関して称賛する声が多く載せられていた。
『インデアゾンネ……すげえ。感動するくらい迫力ある走りだし』
『勝負服綺麗だし可愛い!ティアラ路線であの姿を見るのが楽しみ~』
『見惚れそう。生で見たらもっとすごいのかな』
『阪神JFに出るんだろ?インデアゾンネが勝つんじゃね?』
目立ったコメントを確認したら、画面から顔を離す。すると、テイクは頬を膨らませて言う。
「この動画を見た時ほど、あたしが阪神JFに間に合わなかったのを後悔した時はないのです……!こんな凄い走りをするゾンネちゃんと走りたい、例え届かなくてもその熱を感じたい、心からそう思ったのです」
「……まあ、それはしょうがないよ。桜花賞には出てくるんだよね、そこでやろう」
オレがそう慰めると、テイクは力強く頷き、気持ちを新たにしたようだった。そうして動画を最後まで見たら、寮の食堂へ朝食を食べに向かった。
ちなみに勝負服の詳細なイメージについてはテイクたちと一緒に活動報告でいずれ載せるつもりです。諸般の事情でしばらく後になりそうですが。