トレセン学園に入ってから、1日のスケジュールは寮生活に授業やトレーニングでほとんど固定されているが、それでも隙間時間が生まれる。休日も毎回外出や自主トレをするわけでもないので、何かすることがある訳じゃない時間ができるのだ。
大体そういう時はスマホで適当にネットを見たり、テイクと喋ったりして時間を潰す。あるいは追加で自主勉強をするのだが、なおも時間が余る時もある。
そういう場合のためにオレが見出だしたもの。それは何かと言うと、学園の授業とは全く関係ない、いわば趣味の領域での勉強だ。
『gehenがgo、kommenがcome、machenがmake……ドイツ語ってやっぱり、英語に似てるんだよね。同じゲルマン語派で大昔は共通の言葉だったからか、へぇ……』
何についての勉強かと言うとそう、ドイツ語。はじめは自分の名前がドイツ語由来というところから適当に決めたのだが、これまでに学習してきた英語との類似点や相違点を見ながら学んでいくうちに面白いと思うようになり、スマホを見る時間を削ってまでのめり込むようになっていた。さすがにテイクと話す時間は変わらず取ってあるが。
「さてと、ドイツ語初級①は大体読んだし次の本買おうかな」
あるトレーニング終わりの日、レース用品の買い物ついでに書店へ寄って次の学習本を手早く見繕って会計し、寮の部屋まで持ち帰ってきた。なのだが……。
「さてと、本は……あれ?」
一瞬ロシア語とか書いてあったのが見えたので思わず目をそらしたが、きっと見間違えだろう。俺はちゃんとドイツ語初級②と③、ついでにトレーニング理論の本を買ったはずだ。
「……やっぱりこれロシア語の本じゃん」
再度確認したが、そこにあったのはドイツ語初級ではなく同じ出版社のロシア語中級だった。これ、親からの仕送りで買ってるから買い直すの地味に痛手なんだよなぁ。
「にしても、フランス語とかアラビア語ならまだしもロシア語って……」
そう、凱旋門賞など名誉あるレースが多く開催されるフランスや近年日本のウマ娘が遠征することも多いアラブ圏ならまだ使いようはあるが、現在はあまりウマ娘レースが盛んでなく、業界ではほとんど注目されてないロシアじゃなあ……。
「どうするよこれ、お金出して買ったわけだし捨てるのもな……」
テイクも別にロシア語は興味ないだろうし、いっそ図書室に寄贈でもするか……。
そうして後日、結局ロシア語の本は寄贈して図書委員のゼンノロブロイから感謝されはしたものの。ドイツ語の書籍を買い直した分、来月まで余裕がない状態で過ごす羽目になり、しばらく失敗を引きずった……。*1
◇ ◇ ◇
そんな事件から数日経ってようやく立ち直ってきたところ。阪神JFに向けてトレーニングを積み重ねていたら、トレーナーが息抜きをということでお出かけすることになった。午後の授業が終わったあと、本来はトレーニングをしている時間を使うので制服のままで待ち合わせ場所のトレーナー室へと向かう。
「来たか、インデアゾンネ」
「今度はどこにお出かけするの?」
そう尋ねてもトレーナーは行けば分かる、と答えるだけ。先日の件で若干気が立っていたオレは脛に小さく蹴りを入れて抗議するが。
「ハハ、元気そうだな」
と笑うだけで張り合いがない。観念して大人しく付いていくことにし、そうしてしばらく歩いて向かった先はというと。
「カラオケ?」
「ああ、この前クルーシャルテイクと来たときに楽しそうだったから」
この前といっても何ヵ月も前のことだが、テイクと偶然出会って向かったカラオケでのことを覚えていてこのカラオケボックスを選んだらしい。まああの時は楽しかったけど、別にカラオケはそこまで好きなわけではない。嫌いでもないが。
「……まあいいけど。料金はそっち持ちだからね」
「分かってるよ」
カラオケ店に入ったらトレーナー二人きりということもあって趣味全開の選曲をして歌い、そして二人だけなのでレパートリーが割と早めに尽きてしまって会計して終わり。息抜きはできたが、何か物足りないかもと思いつつトレセン学園に戻る途中。
「あ、ゾンネっちじゃんね♪はろはろ~☆」
「どうも……コレオプシスカラー先輩」
オレンジ髪のギャルウマ娘、テイクのチームメイトであるコレオプシスカラーが対向から歩いてきて、挨拶を返す。
「そっちはゾンネっちのトレーナーだっけ?お出かけしてたん?」
「ああ、息抜きがてらな」
トレーナーの返事を聞くと、コレオプシスカラーはニヤニヤしながらオレたち二人を交互に見る。またなんかよからぬこと考えてるな。この前熟年夫婦とか妙なこと言いやがったのは忘れてはいない。
「んもぉ、そんなアヤしげな目で見ないでよゾンネっち~☆あーしちゃん、いつメンが補習で全滅しちゃってさ~」
彼女が言うには、遊びに行こうと予定を立てていた友達がまとめて小テストで赤点、補習送りになったため急遽暇を持て余すことになり、適当に府中をぶらついていたところでオレたちに出会ったらしい。
「……それで、つまり?」
「あーしちゃんの暇潰しに付き合ってほしいなって~☆」
そうして彼女は手を合わせて首を傾けながらウインクしておねだりのポーズをする。オレはトレーナーにお前が判断しろ、と目配せをして丸投げする。
「まあ、いいんじゃないか。彼女はティアラ路線の先輩だし、何か学べることもあるかもしれないぞ」
「ふーん……ま、トレーナーがそう言うなら」
「マヂで?あざまる水産!学べるかはしらんけど、あーしちゃんのとっておきギャル活教えちゃうじゃんよ♪」
その返しに若干の不安を感じつつも、一度言ったことなのでとにかく付いていくことにする。
◇
まず向かった場所は、カラオケボックスと同じく歓楽街にあるゲームセンター。ここで何をするのか聞いてみると、返ってきた言葉は。
「もちプリじゃんね!んまその後クレーンゲームもやるつもりだけど~☆」
もちプリ……?なんかそういう物があるのかと思っていたが、もちろんプリクラの略だったようだ。いわゆるプリ機と呼ばれる、プリクラを撮るための写真機の前に連れて来られた。
「これこれ、最新プリ機の『UMERFILM』!一度試したかったんだよね~♪じゃ、まずはゾンネっちとあーしちゃんで撮ろっか☆」
〈撮影ブースに移動してね!〉
「わっ、ちょ……!」
コレオプシスカラーは手慣れているのかあっという間にコインを入れるところから人数指定までを済ませたらしく、オレは返事をする間もなくプリ機へ連れ込まれた。
「荷物はそこに置いて、床のマークに足を合わせてね☆できた?よし、じゃあ撮影スタート~♪」
言われた通り持っている鞄を前方の台に、足跡マークに靴を合わせて立つ。
「え、えっと……こう……?」
「ゾンネっち顔固いよ~」
案内音声の指示通りにポーズを取るのに精一杯で、顔なんてどうすればいいのかと思っていたら……背中を何かふわっとしたものでくすぐられて、思わず声を出してしまう。
「わひゃっ!?」
一瞬斜め後ろを確認すると、オレンジ色の尻尾がオレの背中に伸びているのが見えた。つまり、コレオプシスカラーが尻尾でオレの表情を弛ませるためにかくすぐっていたのだ。
「先輩、くすぐったっ……!」
「ゾンネっちかわいい~♪はーい、次は片手合わせてハート作るよ~☆」
そうしてなんとか規定の枚数を撮り終え、指示に従って隣の落書きをするブースに移ったのだが。
「あはは、ゾンネっちの顔やばっ!」
しっかり笑顔にポーズを決めている彼女と比べて、オレは困惑した顔か必死に笑いをこらえようとしている顔しか撮れていない。
「しゃーなし、落書きは初プリ……っと、まあほどほどにしてやり直そっか!」
「えっ、またやる……?」
一応料金は相手持ちだが、何度もやるのは勘弁してほしいと思いつつ。今度はなんとか笑顔で写れて、落書きも済ませる。
「じゃあ次、ゾンネっちのトレーナー!」
「お、俺か?」
「遠慮しないで、笑顔でね!今度は一発で終わらせたいじゃんね☆」
トレーナーがブースの中に連行されるのを見送り、しばらくしてかなり疲れた表情で出てくるのを見てそっちも大変だなと思っていると、肩にポンと手を置かれ、コレオプシスカラーの声。
「最後はゾンネっちとトレーナーで行ってきて☆」
「「えっ」」
そう料金を手渡されながら言われ、断りにくくて仕方なく入る。
「えっと、インデアゾンネ……」
「すぐ済ませよう」
オレは腹を括り、まずは写真撮影をリードする。そして落書きもコレオプシスカラーのものを見よう見まねで完成させて出てきた。
「これでいい?」
「ふんふん、まあ合格かな~♪あーしちゃん的にはここをもっと盛って、でここにハートを増やした方がいいと思うけどね☆」
そうしてオレとトレーナーのプリクラの初体験はなんとも言えない感じで終わり、クレーンゲームのコーナーへ。色々見て回るが、ここにはぱかプチは置いていないらしい。
「いけ、そのまま……うぎゃーーっ!?」
「惜しかったな、今のは」
人気のアニメキャラのぬいぐるみやお菓子などの筐体を巡るコレオプシスカラーに付き合いつつ、少し周りのゲームを眺める。
「インデアゾンネ、何かほしいものとかあったりするか?」
「さあ……あ、でも」
別に人形とかはそこまで興味はないが、ふと目を引かれたのはレース場っぽい形が箱の側面に描かれた景品。
「それはオルゴールみたいだな」
説明を見るにそれはレース場のコースを象ったオルゴールで、東京、中山、京都、阪神の四種類があり、そのレース場のファンファーレと何曲かのウイニングライブ楽曲を収録しているらしい。
「気になるなら俺が取るよ」
「え、いいの?」
トレーナーはオレの問いかけにただ頷くだけ頷いて財布を取り出し、プレイを始めてしまった。気にはなったが別に絶対欲しいというわけではないので、トレーナーが自腹を切る必要はなかったのだが。
「くっ……中々、難しいな……!」
でも、一所懸命取ろうとしてるのを見るとそんな風に水を差す気にはなれず、ただ見守る。どうしても取れなかったら大丈夫、とは言う準備をして。
「もう、少し……!あっ……」
(……がんばれ)
眺めているうちに、気づけば心の中で応援していた。もし取れたら、褒めてやろうかなと思ったりもして、そして。
「来たっ……そのまま、よし!!」
時間も忘れて没頭し、多分30回以上はチャレンジしたところ。ようやくアームは外箱を保持したまま落とし口の上まで来て、景品を落とした。
「……おめでとう、頑張ったね」
「ああ、でも……」
トレーナーは受け取り口から取り出した景品を、オレの手に渡した。
「元々インデアゾンネが気になってたみたいだから取ろうとしてたんだし、プレゼントだ」
「そういえばそんな話だったね……うん、ありがとう」
箱は手に持ってみると意外と大きい。側面を見てみると、これは阪神レース場仕様のオルゴールらしい。収録曲は一般・特別・重賞・GⅠのファンファーレメドレーに加えて『彩 Phantasia』『Special Record!』『GIRLS' LEGEND U』の3曲。
「阪神レース場のオルゴールだ。もう1ヶ月後には阪神JFだし、景気付けになればと思って狙ったんだ」
「ふふ、そうだね」
クスッと笑って、それからオルゴール取るのに夢中でいつの間にかコレオプシスカラーが居なくなっていることに気づく。
「……あれ、先輩?」
「呼んだ、ゾンネっち~?」
試しに呼んでみたら、すぐ後ろから声が聞こえてきて腰が抜けるかと思うほど驚く。なんとか振り返るとそこには片方に人形、片方にお菓子を詰めたゲーセンのロゴのビニール袋を提げた彼女がいた。
「し、心臓に悪い……」
「いやー、あーしちゃんもクレーンゲームに夢中でさ~。満足して二人を探してたらなんかいい雰囲気だったからずっとスタンバってたじゃんね☆」
そうして、各々戦利品を抱えてゲームセンターを出る。次はどこへ行くのだろうかとコレオプシスカラーの出方を伺っていると。
「うーん……ゲーセンの後はコスメとか見に行きたかったんだけど、思ったより時間食っちゃってたみたい!あーしちゃん今日は帰るから、また今度ね~☆」
「う、うん」
バイバーイと手を振って過ぎ去っていく彼女を見送って、トレーナーに今からどうするの、と視線を送ると。
「そうだな、俺たちもトレセン学園に戻ろうか」
「わかった」
というわけで繁華街からトレセンへと引き上げ、寮の前で解散してオルゴールを抱えて部屋に戻る。テイクは出掛けているのか部屋にはいなかった。
「さてと、開けてみようかな」
箱を開けて梱包材に包まれたオルゴールを取り出してみる。箱よりはさすがに小さいものの、机の上に置いておくにはいささか大きすぎる。少なくとも、使用時以外は箱に入れておいた方がいいかもしれない。
「まあいいや、音楽流すのは……」
実際のレース場だとスタンドがある部分に操作のボタンが並んでおり、一曲ごとに流せるようになっているみたいだ。
「ファンファーレ……おお」
一番左にあった関西ファンファーレメドレーを流すと、一般競争からGⅠまでセットで流れる。オルゴールらしいアンティークな、柔らかな音色は良いものだなと思いつつ次の『彩 Phantasia』を流す。
「ふんふ~ん……♪」
原曲より少しゆっくりなテンポの音に合わせて鼻歌を歌ってみたりしていたら、ガチャっと音がして扉が開く。そこから姿を現したのは、コンビニの袋を持った同室だった。
「あれ、ゾンネちゃん?と、レース場の模型……?オルゴールの音?」
そんないくつもクエスチョンを浮かべていそうな顔を少し面白く思うが、説明してあげることにする。
「今日トレーナーとゲーセンに行ってきて、こういう景品があって取ってくれたんだ。レース場の形したオルゴールなの」
「へぇ、そうなのですか。良ければ、もっと聞かせてもらっても良いですか?オルゴールの音も、ゲーセンでのことも!」
その言葉に頷いて、『GIRLS' LEGEND U』の再生ボタンを押し、オレとトレーナーの他に彼女のチームの先輩もいたことなども話して入浴時間までを過ごした。
やる気が下がった
この小説はインデアゾンネの育成ストーリー、というイメージで書いているので、これまでにもいくつかあったように育成中のイベントを踏襲した話があります。例えば今回はやる気ダウンイベントやお出かけイベントですね。
あとは折角絡んだのでコレオプシスカラーのプロフィールでも置いておきますか。
Coreopsis Color
コレオプシスカラー
CV:???
誕生日 3月3日
身長 167cm
体重 多分ダイジョブじゃんね☆
スリーサイズ B95・W62・H87
常に陽気なパリピギャルウマ娘。学園での生活を楽しむイマドキ女子だが、それはレースも例外ではないらしく、いつか花開くその時まで走りを止めるつもりはないようだ。誰にでもフレンドリーに接し、距離感が近い。
「ってかさこの後暇じゃんね?んじゃ、あーしちゃんにお任せじゃんじゃん♪」