11月の終わりと共に寒さも本格化してきた今日この頃。いよいよ阪神JFを数日後に迎え、取材を受けることになったので、インデアゾンネと共に記者と相対する。
「……さて、目前に迫った阪神JFですが。ズバリ、自信の程はいかがでしょう?」
担当はあまり口が回るタイプではないので、ちゃんと答えられるのか一抹の不安があった。彼女をリードするためにまずはこちらの方から答える。
「はい、インデアゾンネが持てる力をフルに発揮できれば、勝ちは彼女のものですよ」
インデアゾンネはデビュー前から一段違う能力を持っていた。それを順調に伸ばしてきて、迎える初のGⅠ。彼女が冷静にレースを進めることができれば、1着は難い目標ではない。
「おや、トレーナーさんは自信満々なようですね!インデアゾンネさんはいかがでしょう?」
担当ウマ娘は横目で「好き勝手言いやがって」とでも言いたげに呆れた視線を一瞬送った後、記者の問いかけに答えようとする。しっかり喋ることができるだろうか。
「わたしの母は知っての通り、過去にトゥインクル・シリーズを駆け抜け、重賞2勝という成績を残しました」
「はい、存じています。やはりお母様のように、活躍したいと?」
これまでインデアゾンネと接してきた中で、なんとなく彼女の言いそうなことが分かってきた。おそらく母のように、という質問にはいいえと答えるだろう。その予想通り、彼女はゆっくり首を横に振って続ける。
「いいえ、確かに母はわたしがトレセン学園を目指すのをよく手伝ってくれましたし、大事な存在です。しかし、わたしは母を超えたいと思っています」
「ほう?」
「母が届かなかった、GⅠのウイニングライブにてセンターで踊ること。それがわたしの目指しているところです。まずは阪神JF、そこで結果を残して母によい知らせができればと思います」
勝負に絶対はないので必ず勝てるとは考えていませんが、と苦笑しつつも堂々とした受け答えで締めくくり、心配は杞憂だったことを悟る。それからは、初めて大きな舞台に出る前の取材ということで、勝負服についての話やレースに関係ない趣味や特技などの話をして、インタビューは無事に終わった。
「インデアゾンネ、見事だったよ」
「あんたは相変わらず自由だったけどね」
記者が戻った後に彼女のことを褒めるが、皮肉で返されてしまった。まあこれまたいつものことだし、特に何か思うでもなく。阪神JFが終わった後のことも考えておこうか、とタブレットを取り出してレース登録画面を眺める。
◇ ◇ ◇
そうして迎えた、阪神JFの当日。朝から電車を乗り継ぎ、昼食も駅弁で済ませながらインデアゾンネと共に阪神レース場入りする。
「すごい人数いるね……」
「ああ、さすがにGⅠだからな。とは言っても、実はサフラン賞の時は2レース後がスプリンターズステークスだったんだが」
あの時は早めに現場入りして控室で待っていたので、まだ観客が集まる前だった。それに今ここに大挙し押し寄せているのは、まさにインデアゾンネが出走するレースである阪神JFを見るために来た人々なわけで。
「……緊張するか?」
「うん、まあね……でも」
彼女はそう言ってスマホを確認し、それから振り返って誰かに位置を示すように手を振る。
「ゾンネちゃん~!」
「テイク、来てくれたね」
そこには同室であるクルーシャルテイクが、制服の上に学園指定のコートを着た姿で現れた。
「はいっ!残念ながら、あたしは出られないのですが……ゾンネちゃんが勝つって信じてるのです」
「うん、ありがとう。それじゃ、また後でね」
そうして僅かな言葉だけ交わして、クルーシャルテイクは場内の一般出入口に向かっていった。しかし、一つ気になることがあった。
「クルーシャルテイクか……あの子は確か、来週に出走予定があった気がするが」
「……テイクのチームトレーナーがね、学べることがあるかもしれないからって許可してくれたんだって」
チームハチサのトレーナーか。直接会ったのは2,3度しかないが、ストイックでやや頭が固いタイプに見えた。それが、レース1週間前に同室の友人のレースを観戦しに行くのを認めるとは。もう少し人格を正確に把握した方がいいのかも知れない。
彼女が抱えるチームメンバーは、インデアゾンネと同期や1期上の先輩だ。レースでぶつかる可能性も高い。特に、クルーシャルテイクはほとんど確実に。そういうわけでチームハチサのトレーナーの手管を──。
「……トレーナー?」
「……ああ、どうかしたか?」
思考に入り込む寸前で、インデアゾンネに引き戻される。ただまあ、丁度よかった。こんな外で思考に耽ってもしょうがないだろうから。
「どうかした、じゃないでしょ。そろそろ行くよ」
「そうだな、控室に行こうか」
関係者用の通路へと向かい、控室へ。そこで真新しい勝負服へと着替え終えたインデアゾンネを見やる。試走の少し後で最終調整を終えて送られてきた、勝負服の完成版。今日、それを着て初めて走るわけで。
「……すごく似合ってるな、勝負服」
「もう見たことあるでしょあんたは」
そう苦笑する彼女と共に、ある人物たちを最終確認をしながら待つ。やがて、扉がノックされて二人が入ってくる。
「ゾンネ!」
「ゾンネちゃん、来たわよ」
「父さん、母さん。来てくれてありがとう」
そう、インデアゾンネの両親。会社が忙しいらしい父親に、かつて重賞を勝っており金に近い栗毛をはじめとしてどことなくインデアゾンネに似た容姿の母親。
「おお、それがゾンネの勝負服か?綺麗で、可愛くて、これ以上ないくらい似合ってるぞ!」
「なるほど、私の勝負服から……そんな感じで要素を受け継いだのね。ふふ、素敵な服だわ」
「このためにいっぱい考えたからね。そう言ってもらえて嬉しいよ、二人とも」
インデアゾンネの勝負服──娘の晴れ姿に感涙さえしそうになる二人だが、ここは堪えてそれぞれの言葉を続ける。
「トゥインクル・シリーズに出て初めてのGⅠだからな、会社に無理言ってでも見に来たかったんだ」
「GⅠを勝つようなウマ娘になるって言ってたけれど、早速ここで勝っちゃったらどうしようかしらね」
自信半分、不安半分と言った様子でおどけて言うインデアゾンネの母親に、自信を持って告げる。
「それならもっと、もっともっとGⅠを勝つだけですよ。な、インデアゾンネ」
「あんたのその自信はどっから沸いてくるのかな全く……」
どこから、と言うのであればインデアゾンネ自身の能力、強さを含めた彼女の総合的な魅力からだが……意味が分からない、と返されそうなので適当に笑って誤魔化しておく。
「では、あんまりお邪魔になってもしょうがないので私らはこれで」
「ゾンネちゃん、センターで踊るのを見せて頂戴ね!」
控室を出る彼女の両親を見送り、レースについて他のウマ娘のことを再確認する。
「さて、このレースで一番警戒すべきウマ娘は……このプリュームクローレだ」
指差したのは、赤いロングヘアでおしとやかな雰囲気のウマ娘の写真。彼女、プリュームクローレは既にGⅡを勝っており、事前の予想ではインデアゾンネを抑えて1番人気に推されている。
「うちのクラスメイトの子だね。確かデイリー杯ジュニアS勝ってるんだっけ」
「そうだな、作戦は差しを得意としているみたいだが、先行や追込もできるという情報がある。当日の相手によってある程度対応を変えることができるんだろうな」
尤も、インデアゾンネもその辺りは柔軟に対応できる。そこが恐いというわけではなく、単純にプリュームクローレの実力がインデアゾンネに次ぐ位置で、頭一つ分抜けているがゆえに警戒している。
「あとは……大逃げを宣言しているウマ娘、テンダートゥチーフだな。相手のペースに惑わされないように注意してくれ」
「うん、わかった」
テンダートゥチーフはこれまで逃げで2連勝しているウマ娘だ。大逃げでもバテない可能性や、大逃げを宣言しつつも途中で息を入れて普通の逃げとそこまで変わらないスタミナ消費ながらも大きくリードを取るなどの戦法を取られる可能性を考慮しなければならない。
「特に注目すべきはそのくらいだな。取ると思われる作戦はテンダートゥチーフを含めて逃げが3人、先行はインデアゾンネを含め4人、差しは7人、追込は4人」
後方脚質が多いが、逃げウマ娘がレースを引っ張っていくだろうからペースは並~やや速い程度になるだろう。あくまで自分の間隔を保ってスタミナを浪費しないようにインデアゾンネに伝え、そろそろパドックへ出る時間だろうか。
「じゃ、パドックに……大丈夫だ、君ならきっと勝てるから」
「……うん、行ってくるね」
見送ろうとしたら不安がまだ残っているのだろうか、少し耳を萎れさせたので大丈夫と念押ししてから改めて送り出す。ここから先は何があろうと、レースが終わるまではインデアゾンネ自身がどうにかするしかない。それでも、彼女ならばきっと。
〈本日の1番人気を紹介しましょう、3番プリュームクローレ〉
〈既に重賞勝ちのあるウマ娘です、その勢いのままジュニア女王の座を狙うようですね〉
インデアゾンネがパドックに出てくるのを今かと待って、そしてその時が来る。
〈実力は引けを取りません、2番人気は6番インデアゾンネ〉
〈1番人気は譲りましたが、王道の先行策で逆転勝利を掴んでほしいですね〉
見たところ、インデアゾンネは焦れ込む様子もなく落ち着いている。やがてパドックでの紹介が終わり、地下バ道を通って本バ場入場へ。
〈さあ、阪神ジュベナイルフィリーズ・GⅠ。ジュニア級、初めての大舞台に挑むは18人のうら若きウマ娘たち。どのウマ娘がジュニア女王の座を戴くのでしょうか、紹介していきましょう〉
〈──ここまで3戦3勝。GⅡデイリー杯ジュニアステークスに続き、本日の1番人気を背負ってこの阪神でその羽は飛び立つか、3番プリュームクローレ〉
担当ウマ娘の姿は……いた、コース上で軽く体を動かしているようだ。変な感じに力が入っている様子は見えない。
〈2戦2勝、合計6バ身差の勝利。実力は折り紙付き、2番人気は6番インデアゾンネです。重賞2勝の母を持つその血を、この大舞台で証明したいところです〉
〈逃げウマながら2戦2勝で勝ち上がってきた7番テンダートゥチーフ。今日は大逃げを宣言してしていますが、そのまま勝ち逃げすることも不可能ではないでしょう〉
18人のウマ娘が本バ場への入場を完了し、発走時刻が迫ってゲートがコース上に設置される。関西GⅠのファンファーレが師走の阪神に高らかに響く。
〈そしてさあ、全員が収まって……ゲートが開きました、芝1600m・阪神ジュベナイルフィリーズがスタートです〉
そして、レースが始まった。1分30秒ほどの後に、全ての結果は導き出される。その答えが、ただ一つ……インデアゾンネの1着であることを信じて、ただ見守る。