今日は初のGⅠ挑戦ということもあってか、テイクに両親がオレを応援にしに来てくれている。それはとても嬉しいことだし、元気ももらえているのだが。
(負けられない……)
両親それぞれに褒めてもらえたこの勝負服に誓って、情けないレースはできない。そうして緊張しているのが見抜かれていたのか、トレーナーは。
「じゃ、パドックに……大丈夫だ、君ならきっと勝てるから」
「……うん、行ってくるね」
そういって、君なら大丈夫だと力強い想いを込める。GⅠだと言うのに、本当にこいつはいつもと変わらないな。そんな感じで頬が緩み、緊張はいくらか解れた。
──そう、大丈夫だ。トレーナーが言うなら、きっと。
「わたしなら、やれる……!」
〈実力は引けを取りません、2番人気は6番インデアゾンネ〉
〈1番人気は譲りましたが、王道の先行策で逆転勝利を掴んでほしいですね〉
勝負の前の人気なんて、結果の前には些細なことだ。レース本番で勝った者が勝者なのだから……あれ、オレ今当たり前のこと考えなかったか?
(……まあいいや)
やがてパドックから本バ場へと出る。レース前だというのに観客席から聞こえる歓声は大きい。少しストレッチでもして、寒空の下で体を暖めて発走を待つ。関西GⅠのファンファーレが演奏され、ゲート入りを始める。スタートの時を待って、待って……開いた。
〈そしてさあ、全員が収まって……ゲートが開きました、芝1600m・阪神ジュベナイルフィリーズがスタートです。宣言通りに先を行きました、7番テンダートゥチーフ〉
開始早々から差を広げて逃げるのは金髪に青のメッシュを入れた派手めなウマ娘。あの子が確か、テンダートゥチーフ。
『大逃げを宣言しているウマ娘、テンダートゥチーフだな。相手のペースに惑わされないように注意してくれ』
トレーナーの言っていたことを思い出しつつ、スタートから400mある阪神外回り、バックストレッチの長い直線の上を駆ける。
〈先頭集団に続いて、1バ身ほど開いて追走しています、2番人気の6番インデアゾンネ。その後ろに8番カミヨモキカズ〉
さすがに12月だけあって、切り裂く風は涼しいを通り越して冷たい。体操服じゃなくてよかったと思いつつ、先頭を行くウマ娘たちを見据える。
〈ここにいました、本日の1番人気を背負って3番プリュームクローレ。後団で脚を溜めゴール前で一気に仕掛けるつもりです。さあ、この辺りで先頭が3コーナーへと入っていきます〉
内側の芝はちょっと荒れているが、この程度なら問題はないだろう。少しでもロスを減らすため、前からの垂れウマに注意を払いつつ内側を進む。
〈大逃げ、大逃げであります!テンダートゥチーフがひとり旅。2番手とは6バ身ほど、先頭から最後方まで20バ身以上の差があります〉
少し前に出ようか……?いや、惑わされるな。おそらく垂れてくるだろうから、自分のペースを保って行こう。
〈インデアゾンネ、冷静にレースを進めています。おっとここで上がっていきました、プリュームクローレ!〉
〈掛かってしまっているかもしれませんね、息を入れるタイミングはあるでしょうか〉
横目を見ると、赤毛ロングヘアのウマ娘……あまり話したことはないが、一応クラスメイトのプリュームクローレが仕掛けようと上がっていった。でも、オレの仕掛け時はまだ後だ。
〈先頭との差が縮まってきたところで下り坂に入ります、インデアゾンネはここから仕掛けようとしているぞ!〉
これまでの2戦よりもはるかに大きな歓声に迎えられて、スタンド前の直線。勝負はここからだ。
〈まだリードをキープしています、テンダートゥチーフ!しかしここまで、代わって先頭はプリュームクローレ、1番人気の期待に応えることができるでしょうか?〉
歓声はどんどん大きくなる。地面まで震わせていると錯覚してしまうほどに。その中にはきっと、両親やテイク……それに、トレーナーだっているはずだ。
「負け、ないっ……!」
〈するする伸びてきました、インデアゾンネ!3番手とバ身差を付けて、プリュームクローレとの一騎討ちになりました!〉
絶対に──勝てる。
〈残り200m、仁川の舞台はここから急坂があります!インデアゾンネ、かわしました!先頭に立って、坂を上る!2番手プリュームクローレ、差し返せるのでしょうか?インデアゾンネ、譲りません!〉
緩めず、弛まず、ただゴールまで。一瞬、熱が滾るような感覚を覚えて、そしてたどり着く。
〈インデアゾンネ、1着でゴールイン!続いてグアバサラダ!師走の寒空に太陽は高らかに昇る!インデアゾンネが1着!〉
振り返って掲示板を見ると、自分の番号である6番が1着に表示されていた。それさえ知ることができたなら、充分だ。オレが、勝ったんだ。
そして──この大きな歓声全てが、オレに向けられているんだ。
◇
まだ熱を帯びている体をしばし冷まして、息を落ち着ける。そうしてコツ、コツとシューズを鳴らしながらウイナーズ・サークルに入る。そこにはトレーナーがインタビュアーから先に取材を受けていたようだった。
「インデアゾンネさん、まずは1着おめでとうございます!」
「はい、ありがとうございます」
控室には多分両親を待たせているだろうから、手早く済ませたいところだが。
「GⅠの大レースで見事1着となったわけですが、今一番勝利を伝えたい相手は?」
「そうですね……今、レース場に直接見に来ていると思うので……まあ、そういうことで」
真っ先に思い浮かべたのは両親、そして同室であるテイク。……それに、今隣にいるトレーナーも、だ。
「ああ、そうです。阪神JFを勝ってどんな心境ですか?」
「はい、とても嬉しいです。母の届かなかったGⅠのトロフィーに至ることができましたから……でも」
オレはそこで咳払いし、改めて言葉の続きを紡ぐ。
「まだまだ現役生活は続くわけですから、これからも勝ちを積み上げていきたいですね」
そして、ウイナーズ・サークルから地下バ道を通って控室へ。そこには勝利を伝えたい相手が待っていた。
「父さん、母さん!……と、テイク?」
両親と、制服姿の同室。そして隣にいるこいつ。伝えたい相手たちである。
「寮の同室だからお祝いしたいって言ったら通してもらえたのです」
「そ、そっか……」
そういえばこの子、割と図太いところあったな……まあそれはさておき。
「おめでとう、ゾンネ!感動で泣きそうだよ……!」
「まさかこんなに早くGⅠを勝っちゃうなんて、びっくりだわ!あなたは自慢の娘よ、ゾンネちゃん」
「まずはおめでとうなのです!でも……くぅー、負けられないのです……!来週はしっかり勝って、早く追いつけるようにしないと……!」
三者三様の祝福。しかし、そのどれもが嬉しい気持ちだ。期待に応えることができてよかった。
「テイクの2戦目、見に行くね。トレーナー、いいでしょ?」
「ああ、開けておくよ」
ただ、この後は自分が正真正銘センターで踊るウイニングライブの予定があるので、一旦ライブステージへと向かう。
◇
煌めくステージに立って、ダンスを披露していく。指先まで想いを込めて。
「夢のゲート開いて 輝き目指して」
ゴール前のほんの一瞬だが、目指すべき輝きが見えた気がする。体の芯から熱くなるような滾る熱情。
「とびっきりを見せたいなら 自分の"らしさ"を自分で一番 信じてあげなくっちゃね」
これまでは、トレーナーがオレを信じてると言うからなんとなくだったけど、今日のレースでは初めて自分自身を少しでも信じることができた気がする。
「GET CHANCE 誓うよ GO TO THE TOP!」
頂点へ、そう……今日、オレは確かにGⅠの舞台でトップを取ったんだ。もちろん、インタビューで答えた通り、まだ終わりじゃない。これから始まるんだ。
歌詞の意味を噛みしめて、オレはステージを終えた。この阪神JFできっと確かな一歩を踏み出せた気がする。
◇
ライブを終えて控室に戻ると、トレーナーだけだった。
「あれ、両親は?テイクも」
「残念だけど、時間がないからライブを見たらそのまま帰ると言っていたよ。クルーシャルテイクは居ても立っても居られない、トレーニングをして追いつくんだと」
まあしょうがないか、忙しいみたいだしな。さっき言葉を交わせただけでも御の字だろう。テイクも頑張りたいらしいし。
「さてと、インデアゾンネ……」
「ゾンネ」
「……え?」
なんかこいつこういう時に限って察し悪いよな。いつもは気持ち悪いくらい勝手にこっちの頭の中読み取るのに。
「いちいちインデアゾンネ、じゃ長いでしょ?テイクにはとっくに許可してるんだしトレーナーもゾンネでいいよってこと!」
「そうか、じゃあ……ゾンネ」
なに、と返事するとトレーナーは感慨深そうな表情で噛みしめ出したので、脛を蹴って早よ言えと急かす。
「素晴らしかったよ、本当に。レースはもちろんのこと、ライブも自分の歌のように気持ちがこもっていた」
「それは、どうも……」
そうしてしばしの沈黙、珍しくシリアスな表情でトレーナーが切り出した。
「そろそろ話してもいいかもな。俺がトレーナーを目指した理由」
「……ああ、そういえばそんな話あったね」
もう何ヵ月も前だし半ば忘れかけてたが。そう素直に言うと額に手を当ててマジかーと言いたげにする。正直オレだってそう言いたいんだが。
「まあそうだな、そんな大きな話でもないんだが……昔、子供の頃に見たウイニングライブですごく感動したって記憶があってな」
「……それで?」
「もし、自分が担当するウマ娘がセンターのウイニングライブを見ることができたら、どれほど心が躍るんだろう……そう思ってトレーナーの道を目指したんだ」
なるほど、ダンスの指導にやたら熱心だったのはウイニングライブがトレーナーを目指したきっかけだったからなのか。
……そういうことなら。
「で、どうだったの?あんたの担当ウマ娘はGⅠレースのウイニングライブでセンターになったわけだけど」
そう尋ねるとトレーナーは、躊躇うことなく真っ直ぐに言葉を続ける。
「そうだな、もっと見たくなった。これだけじゃ足りない。君の走りも、君のライブも、まだまだ見続けたい」
「それじゃ、わたしが努力するのはもちろんだけど……トレーナーだって頑張らないといけないね?」
正直なところ相手の出す答えは分かりきっているが、あえて試すように問うと返ってきたのはほとんど予想通りだった。
「その覚悟はできてるよ」
「ふふ、あっそ。そう言うと思ってた」
オレは頬を緩めながらそう言い、トレーナーと笑い合って阪神レース場からの帰途についた。
さて、ここまでで一区切りですね。続きはちょっと開くかもしれませんが、遅くとも1ヶ月以内には。