新年からしばらく経って、無事にURA賞の表彰式も終わってまたトレーニングに邁進しているところ。冬の寒さもピークを迎えつつある1月の下旬。
白い息を吐きながらダートコース上を周回していると、体操服ではない、おそらく勝負服でグラウンドに立つウマ娘とその周りに2人の人影を見て、気になって近付いた。知らないウマ娘だったらそっと離れるつもりだったが……。
「あれ、テイク?」
「あ、ゾンネちゃん!ほら、見てくださいなのです!」
袖やスカートにピンクと白の縦ストライプ、腹部の青白ダイヤ柄が特徴的な、彼女らしく明るくて可愛らしい、アイドルっぽい感じ*1の勝負服。
「原案は見せてもらったけど、実際に形になったのは初めて見るね。うん、すごく似合ってるよ」
テイクが考えた、勝負服の案は11月くらいには出来上がっていてオレも確認した。なのだが、当時はまだ実績がメイクデビュー勝ちのみだったが故か中々勝負服製作を優先してもらえず、ひいらぎ賞を勝ってからやっと話がまとまり出したらしい。
「はい、あたしもすごく気に入ってるのですよ!ようやく試作衣装が届いたので、着心地とかの確認をしてるところなのです」
「そうなんだ、あの時のわたしみたいな感じか。それと、そっちの2人はテイクのチームの人?」
オレはテイクの側にいる、見知らぬ2人の方へ視線を合わせる。
一人はヒトミミの若い女性らしく、髪は暗赤色のショートカットで黒のジャケットにタイトスカートという典型的なバリキャリスタイル。自分が見たことのある他のトレーナーに比べると、あまり体を動かすことを想定していないような服装に見えるが*2……おそらくテイクの所属しているチームハチサのトレーナーだろうか。
もう一人はジャージ姿のウマ娘で、薄桃色に近いカールのかかった芦毛をボリュームのあるサイドテールに左でまとめており、耳飾りは右側で薄い色の桜の花弁のようなデザインだ。そして……ジャージの上からでも分かるほどに、その丘は大きさを主張していた。
「ええ、そうね。私がチーム〈ハチサ〉のトレーナーよ。貴女がクルーシャルテイクの同室のインデアゾンネかしら」
「そうなりますね」
この人が、チーム名がダサいって数ヶ月前コレオプシスカラーに影口叩かれてたチームトレーナーか。なんと言うか、すごい頭固そうな感じだな……。
そんな失礼な偏見を思い浮かべていると、もう一人のウマ娘がこちらに近付き話しかけてきた。
「キミがインデアゾンネちゃんか……テイクちゃんからよく話は聞いてますよ!あ、アタシはテイクちゃんと同じチームハチサ所属のプルーヌスムーメって言います、同じクラシック級なのでよろしくお願いしますね」
「うん、よろしく……」
どうやら、この前チームハチサのメンバーと顔合わせした時に一人だけその場にいなかったのが彼女らしい。それにしてもプルーヌスムーメか……容姿にも見覚えがなくて、やっぱり名前も前世で覚えがないウマ娘だった。
「プルーヌスムーメ、彼女は共同通信杯で戦うライバルになるのよ。そんな和気藹々としていていいの?」
「え、そうなんですか?」
「まあ、うん」
そこでテイクが、オレが桜花賞トライアルのレースではなく、共同通信杯に出ることを今知ったらしく驚いたりした後で……ハチサのトレーナーが話を戻す。
「それで……丁度良い機会だし、クルーシャルテイクやプルーヌスムーメとの併走に付き合って貰えないかしら」
「わたしは別にいいですけど……トレーナー、そっちの意見は?」
併走の申し出があり、オレとしては別に断る理由もないが……一応様子を見に来た自分のトレーナーにも意見を訪ねる。
「俺からもお願いしたいかな。行ってきていいぞ、ゾンネ」
「……だ、そうです」
「それでは決まりね。まずは、クルーシャルテイクと芝1600mで走ってもらっていいかしら」
そう指示を出されて、スタート地点に行く。当然この距離の意味するところは、一つしかないだろう。勝負服を着こなすテイクの横で、オレはこの前走った阪神芝1600mをイメージしながら……スタートを切る。
「ふっ………!」
「はぁっ……!」
まずはオレが先行し、テイクは後ろで控えている。本番のコースなら、ここからしばらくは外回りの向こう正面、長めの直線。1バ身ほど前に逃げウマがいると仮定して、自分のペースを保ちつつ追走する。晴れた寒空の下でターフの上を駆けていき、コーナーに入る。
内ラチ沿いを外側に膨らまないよう重心に気を付けつつ曲がり、直線が見えてくる。阪神ならここから緩やかな下りの後に坂がある。少し息を入れて、そこから。
「仕掛けるっ……!」
脚を伸ばし、ゴール目掛けて全力で。同時に足音が近付いてきて、テイクも差しにかかってきたようだ。並びかけるテイクを抜かせまいと、さらにギアを上げる。
「たああぁぁっっ!!」
「やああぁぁっっ!!」
一瞬追い抜かれたが、すぐに差し返して先頭へ。そのまま譲らない、譲れない勝負の中でゴールを駆け抜けたのは。
「はあっ、わたしの、勝ち……!?」
「はぁ、そう、ですね……!」
僅かな差だが、オレの方だったようだ。だが、これまでテイクと併走してきた中で……一番スリルのあるレースだったという感想が浮かんできた。やはり、テイクが勝負服だからだろうか、彼女はこれまでより明らかに力を引き出せていたように思う。
「勝負服でも、勝てないなんて……ゾンネちゃんは、本当に強いのです……!」
「テイクの成長は、まだこれからでしょ?桜花賞本番までにどうなるかは分かんないよ」
「でも、俺はインデアゾンネが勝つと思ってるけどな」
そうしていつものように言ってのけるトレーナーに手を額に当てて呆れ溜め息をつく。しかし、それに異議を唱える存在が今日はいた。
「聞き捨てならないわね、実際にその時になるまで分からないでしょう」
「ハハ、俺はゾンネのことを信じてるから」
「……トレーナー、恥ずかしいからその辺にして」
全く人のことを気にも留めず言いたい放題言いやがって。仕切り直して、今度はプルーヌスムーメとの併走。
「距離は1800m芝、準備はいいわね?」
「アタシは準備できと……準備できてます!」
「……?わたしも大丈夫です」
今何か言いかけたが、どうしたんだろうか?まあ今気にすることでもないか、目の前のレースに集中しよう。
スタートを切って芝の上へ駆け出すと、前へ行ったのはプルーヌスムーメ。どうやら彼女は逃げ~先行タイプのようだ。ならば、オレはその後ろに付いて仕掛け時を待つのみ。
「ふっ、はっ……!」
まだ走ったことのない東京レース場、その1800mを情報を元にシミュレートする。まずスタート直後から緩いカーブ、緩い下り坂。そしてバックストレッチの中程にある上り坂。それを想定していたのだが。
(……少し、キツいな)
先頭を往くプルーヌスムーメが作り出すペースが速いので、追走するのが少々苦しい。やや落として自分のペースにすべきだろうか?
「くっ、はあっ……!」
さすがにキツいので後ろに控え、コーナーを曲がりながらプルーヌスムーメの様子を見る。コーナリングに異常はなし、集中が切れていることもなく。このペースにも関わらず、バテてはいないようだ。
「まだ、垂れてこないっ……!?」
ここまで相対してきた逃げウマ娘ならスタミナが切れてかわしていただろうに、彼女はまだハイペースをキープしている。下がるのを待ってから仕掛けようと思ったが、もう行かないと間に合わない。
「はぁっ、ここっ……!」
残り200mくらいだろうか、プルーヌスムーメはまだ3,4バ身は先にいる。少しずつ差を縮めるが、捉えきれないままゴールが近付き……そして。
「くぅっ、負け、た……!?」
「アタシの勝ち、やねっ……!」
1バ身ほど先にゴール前を行かれ、逃げ切られた。結果だけ見ればそれだけかもしれないが、自分の体感としては完封された、という感想が出てくる。
「ゾンネ、大丈夫か?」
「う、うん……あのさ」
心配した様子で歩み寄ってきたトレーナーに返事をしつつ、オレはあることを言おうとした。
「うん?どうしたんだ」
「……いや、何でもない。後で府中1800mの戦略をもっと詰めたい」
「ああ、分かった」
プルーヌスムーメには勝てないかもしれない……だけど、その言葉は一旦呑み込んで前向きな言葉を代わりに出す。
これはあくまでトレーニングだ、レース本番でどうなるかはわからない。悲観的になりすぎていてもしょうがないだろう。そうは思っていても、同世代のウマ娘に全力を尽くしてもなお勝てないというのは初めての経験だった。
例えば昨年コレオプシスカラーと併走した時は、こちらはデビューしたてで相手は既にGⅠ戦線で活躍している一つ上の世代という要素があったが、今回の負けは言い訳できないわけで。
「協力感謝するわ、インデアゾンネ。貴女との併走で彼女たちも得るものがあったでしょう」
「そう、ですか」
その後もしばらくトレーニングに付き合ってからチームハチサと別れ、トレーナー室で先ほど言っていた通りに共同通信杯に向けて二人で確認をする。
「……ゾンネ」
「うん……」
トレーナーが持ってきた情報と、先刻のマッチレースの感覚を元に脳内で東京芝1800mをシミュレートするが、何度やってもプルーヌスムーメに勝つビジョンが見えてこない。少なくとも、オレと相手が互いに万全なコンディションを想定した場合は。
「あまり気負い過ぎないでくれ。共同通信杯はあくまでオークスに先んじて府中を試す、叩きでしかない。極論を言えば、勝てなくても構わないんだ」
「そうは言っても……」
最初から勝ちを捨てるなんて、そんなことはできないししてはいけないと思っている。
「それとも、気が進まないなら他のレースに変更しておこうか?まだ出走登録は受け付けているはずだし……」
他のレース……例えばクイーンカップや、桜花賞のステップレースだろうか。でも、その変更が意味するところはつまり。
「……いや、大丈夫。逃げるみたいでカッコ悪いし」
「……そうか、それならそのままにしておくよ」
なまじこれまで勝ち続けてきたばかりに、敗北がここまでメンタルに来るとは思いも寄らなかった。共同通信杯に向けて不安を抱えながら、レースの当日までを過ごした。
ついに姿を見せたチームハチサのトレーナーに、最後のメンバーであるプルーヌスムーメちゃん登場です。そして何やら不穏な幕引きですが……作品あらすじの悲運、というのはまだまだ先なのでご安心ください。